全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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少し前
「一夏の思い出・壱」


 

 

 

 チク・タク、チク・タク。

 秒針が狂ったような正確さで軋むように時を刻む。

 

 チク・タク、チク・タク。

 胸で脈打つ鼓動のように、歯車の音が響く。

 

 

 

 

 

 季節は夏。日本特有の湿度の高い蒸し暑さが頂点に達する時期。

 ルナ・アタック、フロンティア事変を越え、魔法少女事変と呼ばれる異端技術絡みの世界を揺るがす大事件を終えたばかりの日本。

 街の片隅にある他に比べればいくらか活気に満ちた商店街に、小さな時計店があった。

 洋風の店構えに、扉の横にある大きな窓ガラスからは、来客用の丸テーブルと無数の時計が覗き込めた。

 

 店の奥には無数の時計に囲まれながら、一人の男が依頼された時計の解体作業に没頭する。

 壁に掛けられた掛け時計。棚や机に置かれた置き時計。柱と見紛う大きさの振り子時計。絡繰り仕掛けの鳩時計。ショーケースに並べられた腕時計や懐中時計。

 アンティークから最新式、デジタルからアナログ、クォーツ式から機械式、手巻きから自動巻きまで。素人目にはこの世に存在するありとあらゆる種類の時計が存在するのでは、と錯覚してしまう。

 

 此処は昭和の時代から続く個人経営の時計店。

 彼は店を引き継いだ二代目。先代はCWM――Certified Master Watchmaker、公認上級時計師――1954年から現在までで合格者僅か800名前後しかいない超難関を突破した天才であったが、生憎と彼は同じ域にありながら機会に恵まれずにいた。

 この時代、目を引く資格もない状態では個人経営の専門店など立ちいかない。日常使いの時計などそこいらのホームセンターやデパート、雑貨屋で格安で売っている。少々値の張る時計であるのなら、アウトレットなり各ブランドの専門店で買った方が安心・確実である。

 それでもこの店が成り立っていたのは、先代が無意識ながらも地域密着型の経営戦略を選んできたからこその人の情と和、そして先代にはなかった才能が二代目である彼にあったからだ。

 

 

「こんにちはー!」

「んっ……?」

 

 

 秒針と歯車、そして時計を構成する小さな螺子と歯車を分解していく規則的な音色で満たされていた店内に、来客を知らせるベルの音と共に、店の雰囲気には似つかわしくない元気溌剌、天真爛漫な声が響く。

 

 通常の作業台よりも平板の位置が高い時計修理用の作業台に向かっていた二代目がアイルーペを付けたまま顔を上げて来訪者へと視線を向ける。

 店に入ってきたのはその声同様に、明るさと前向きさを形にしたかのような笑みを浮かべた少女が立っていた。

 

 

「あれー? 立花じゃん、それに小日向も。どったの? また何か壊した?」

「あはは。響だって、何時も何か壊してる訳じゃないですよ。こんにちは、優斗さん」

「え? ちょっと待って? 未来と優斗さんの中じゃ、私ってそんな感じなの?」

「そんな感じでしょ。目覚まし時計とか壊し過ぎ」

「響は乱暴じゃないけど、物の扱いが雑だからなぁ」

「ガーン、そんなー」

 

 

 これまで少女――立花 響が涙目で持ち込んできた様々な品を思い出して青年は呆れ顔で、響と共に店に入ってきた少女はからかうような笑みでそう言う。

 途端、響の表情はしょぼくれ、某ポケモンのようにしわしわになっていった。

 

 隣に寄り添うように立っている少女は小日向 未来。

 響の笑みを花に例えるのなら、未来の笑みは暖かな春の日差しに例えられるだろう。

 

 二人は学友であり、幼馴染であり、無二の親友でもある。

 余人には預かり知らぬ話であるが、様々な不和や困難を越え、今も手を取り合って引き裂かれる事なく友情を育んでいた。

 

 しかし、そうなると二人の少女と青年の関係性は如何なるものなのか。

 青年の歳はどれだけ少なく見積もっても二十代の半ば。少女達の歳はどれだけ多く見積もっても二十代に手を掛けてすらいない。顔立ちからして血縁ではないと一目で分かる。かと言って、ただの店主と客の関係にしては親しげだ。

 下手をすれば青少年保護条例に抵触しそうなものであったが、それでも通報されていないのは青年の――――飯塚 優斗の人柄故なのか。

 

 身長は180cmオーバー、線の細さを感じさせない以上は体重もそれに見合ったものだろう。顔付きも男らしいが人懐っこい笑みが刻まれており、不思議と厳つさとは無縁でフレンドリー。仕草や雰囲気も相まって、多くの人間が一目見ただけで「善人」「根明」と判断するであろう人の良さが滲み出ていた。

 

 

「そんで? 今日は――――」

「おいすー。邪魔するぜー」

「こんにちはデース!」

「お邪魔します」

「おっ。おいすー。今度は雪音に、暁と月読かー。今日はなんか千客万来だな」

 

 

 彼女達の目的が掴めなかった優斗は謎を明らかにすべく問いを投げかけようとしたが、タイミング悪く新たな来客が現れた。

 

 入ってきたのは響や未来に勝るとも劣らない美少女達であり、同時に二人の仲間でもあった。

 

 日本人離れした顔立ちと銀髪からハーフだと分かり、男勝りな口調が特徴的な少女、雪音 クリス。

 クリスと同じくハーフらしき顔立ちに金髪、バッテンの髪飾りと独特の喋り方が目を引く少女、暁 切歌。

 先の二人とは異なり東洋系の顔立ちに黒髪、控えめで物静かな大和撫子風の少女、月読 調。

 

 此方もそれぞれ優斗とは気心が知れた仲であるらしく、歳の差を感じさせない気安さを見せていた。

 

 

「優斗さん優斗さん! へい! へいへーい!」

「へーい!」

「あ、私も私も!」

「「「イエーイ!」」」

 

 

 切歌がテンション高めに片手を上げると、意図を察した優斗は同じく片手を上げてハイタッチをする。但し、何故ハイタッチをしたのかは理解していない。

 見ているだけで楽しくなったのか、響も参戦を要求する。暫く、三人の間でハイタッチのみならず、ハンドシェイクの応酬が繰り返される。

 

 

「お前らホント仲良いな。お気楽同士波長が合うのかね?」

「ふふ、それが響の良い所だから」

「そう、それが切ちゃんの良い所」

 

 

 生粋の陽キャ達のやり取りをクリスは呆れ返りながら、未来と調は微笑ましげに見守っていた。

 陰キャという訳ではないが、このハイテンションには流石について行けないようであった。

 

 

「ハロハロ。あら? 私達で最後みたいね……」

「こんにちは。ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

「失礼します」

「ちーっす! おっ、相変わらずやってんなぁ」

「こ、こんにちわ」

「ちーっす! 今度はマリアにセレナ。翼に天羽、それに新顔のエルフナインもか、ほんとどうした? 何これ? 今日なんかあったっけ?」

 

 

 ここ数年から数ヶ月の間に知り合い、そして仲良くなった少女達がぞくぞくと店に集まってきた事実に、さしもの優斗も目を丸くして困惑気味であった。

 

 ピンクブロンドの長髪に、キリリとした表情が印象的な少女、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 マリアと同じ髪色によく似た相貌でありながら、性格の違いをそのまま表情に表したかのような少女、セレナ・カデンツァヴナ・イブ。

 刃の如き鋭い視線を持ちながらも、良家のお嬢様らしい立ち居振る舞いと雰囲気を醸して口元を緩ませている少女、風鳴 翼。

 鳥の羽毛を連想させるふわふわとした赤毛の長髪を揺らし笑う、見るからに姉御肌といった感じの少女、天羽 奏。

 小柄な者が多い中一際小柄ながらも、ある意味で誰よりも大人びて見える金髪碧眼の少女、エルフナイン。

 

 一体、如何なる集まりなのか。何も知らない人間には理解できまい。

 学校の繋がり、というには上と下で年齢が離れすぎている。そもそも国籍すらも違う。同じ学校に通っているという線は考えにくい。

 共通点らしい共通点の見出だせない集団であったが、目には見えない肩書きを知れば、ある組織に属している、或いはある組織の保護対象という共通点が見えてくる。もっとも優斗に関しては全くの部外者である。何の因果か運命か。全員にとって共通の知人、友人というだけであった。

 

 彼女達の属する組織はSquad of Nexus Guardians、通称S.O.N.G。

 国連直轄組織であり、超常災害に対抗するために編成されたスペシャルタスクフォース。

 職員はそれぞれが卓越した能力を有しており、その中でも更に特殊な才能を秘めた彼女達は、才能の性質に因んで装者と呼ばれてた。

 

 

「いやいやいや、分かってやってますよね、優斗さん」

「はい? …………はは~ん? OK、分かった。みなまで言うな。この謎を解いて見せろと言うんだな。フッ、任せとけ」

「……どういうことだよ。反応おかしくねーか、コイツ」

 

 

 響のそういう冗談はいいですから、と言わんばかりであったが、優斗の思考は少女達とは明後日の方向に飛んでいく。

 彼は全く気付いてはいないようだが、少女達の胸に不安が過り、代表するようにクリスが言葉として漏らした。

 

 

「普段よりも動きやすく結構な薄着。全員が持つ手荷物。日除けの傘や帽子。IQ53万を誇る我が脳内CPUが導き出した答えは…………プール?」

「いえ、海デスけど……」

「海かーっ!! 迷探偵優斗のトンチキ推理、次回に御期待下さい!」

「というか、優斗さんも一緒に行くじゃないですか。響さんから連絡が……」

「………………え? 何それ聞いてない」

『えぇっ!?』

 

 

 自身の推測にボケを交えながら詳らかにするも、生憎のハズレ。

 それだけでなく、明らかに困っている切歌と調の発言に、キョトンとした表情で返すばかりであった。

 そう彼女達は本日、優斗を連れて海へと遊びに行く予定だったのである。

 政府保有のビーチで周囲に気兼ねる事なく遊び倒しつつ、普段から世話になっている優斗に恩返しのつもりで誘ったのだったが、どうやらかなり最初の段階で手違いが発生していたようだ。

 

 

「立花、まさかとは思うが……」

「え、えぇ!? 私っ!? 私ですか!? いや、ちゃんとLINEしましたよ! 記憶、記憶にちゃんとありますもん!」

「いや、来てねーけど。ほれ、オレのLINE」

「あぁっ! 響、私に連絡してくれた時、似たような内容が二回来てたけど、もしかして……」

「え? え? 嘘、嘘だよね。そ、そんな筈は――――――――あっ」

『あぁ~~~~~~~~~』

 

 

 差し出された優斗と未来のスマホを確認し、自らのスマホに目を落とした響の呟きに、少女達は一斉に天を仰ぐ。

 

 優斗は主役でこそなかったが、重大な役割を担っていたのだ。これで計画は破綻したも同然だ。無理もない。

 またしても響はしわしわくちゃくちゃの表情を見せる。明るい少女だと言うのに、曇った表情も似合っているのは気のせいだろうか。

 

 

「だ、だとしても……」

「いや、響。お前のその諦めない心は、先輩として嬉しいけどな。うん、今回ばかりは無理があるだろ」

「だとしてもぉぉぉぉぉ――――!!! 優斗さん!!!」

「はい」

「海に、行きませんか!!」

「とうじつにそんなこといわれてもこまります」

「ですよねーーーーー!!!!」

「当たり前だ、このぬけさく!!」

 

 

 一瞬は凛々しい表情を見せた響であったが、当然の返答に天へと向かって叫びを上げる。

 まるで高校最後の試合に敗れた球児のようであるが、実力不足やら天運によってではなく、ポカミスでやらかしている以上、同情のしようもない。

 優斗が学生であれば、首を縦に振っていた可能性もあるが、自営業とは言え社会人。学生よりも自由になる時間は圧倒的に少ない以上、無理もなかった。

 

 

「あー、ちなみに、場所は……?」

「茨城よ。其処に政府所有のビーチがあってね。以前に行ったけれど、その、仕事が入ってしまって中途半端になったから……」

「はえー、国連の組織だとそんなところも借りられるのか、すげー。つーか、地味に遠いな」

「ど、どどどど、どうするデスか! もしかして、計画は全部ぱあデスか?!」

「切ちゃん、落ち着いて。こういう時は冷静になって諦める」

「いえ、そこは落ち着くだけにしましょう、調ちゃん」

「どうすっかなー。そうなると移動はレンタカーか、電車とバスを乗り継ぐか、かねぇ」

「そうだな。我々の中で運転できるのはマリアだけ。余り負担を掛けるのは流石に気が引ける」

「じゃあ、ルートと時間を確認しますね」

 

 

 秒針が時を刻む音だけが響いていた店内は、今やてんやわんやの大騒ぎ。

 響はしょぼくれながらクリスと未来に説教され、分かりやすく慌てふためく切歌と冷静に混乱している調をセレナが諌め、残った奏、翼、エルフナインは電車とバスの時刻表をスマホで検索していた。

 

 マリアの説明を聞きながら、優斗は茫と天井を眺めた。

 ここ数年、海に遊びなど行っていない。高校を中退せざるを得なくなり、色々あってこの時計屋を継ぐ事になったが、決して楽な道程などではなかった。

 元々、手先は人よりも器用ではあったが、時計の修理には知識の方が重要だ。どれだけ手先指先が常人よりも繊細精緻に動かせようとも、内部の機構や構造の知識がなければ修理など不可能だ。

 今でこそやっていけているが先代の教え、彼自身の才能と努力があっても、時間を掛けねばならない場面や躓く事など腐るほどあった。気が付けば20も半ば。遊んでいた記憶を探れば、学生時代にまで溯ってしまう。なら、たまには思い出を作るのも、悪くはないだろう。

 

 

「海……海かー……よし、行くかぁ!」

「えっ? い、いいのかよ?」

「よくはねーけど、折角誘って貰ったからさ」

「でも、お仕事が……」

「勿論、ある。あるにはあるが………………あ、もしもし、鷲崎時計店です。突然すみません、今お時間よろしいですか? はい、ありがとうございます。先日、依頼のあったオーバーホールとパーツ交換の件なんですが――――」

「お、おぉ、おぉぉ…………」

 

 

 もう決めた、とばかり声を張り上げて宣言する優斗に、説教を続けていたクリスと未来が目を丸くして振り返る。

 仕事を後回しにして付き合ってくれるなどと思っていなかったのだろう。響が連絡をミスした以上、責任があるのは少女達の側であり、責任のある側の都合に付き合わせるのは余りにも忍びなかった。

 

 けれど、そんな胸中を知った上で無視しているらしく、スマホを操作して何処かへ電話を掛け始めた。

 畏まった仕事用の口調で相手と喋りながらも、少女達に静かにするよう口の前で人差し指を立てるジェスチャーを見せて笑みを浮かべる。

 その姿に、店の床に直接正座させられていた響は、涙すら滲ませて声にならない歓びを漏らしてしまっていた。

 

 依頼主との話も終わり、通話が終了する。僅か数分程度の会話であれば、相手方には快く納得して貰えたようだ。

 

 

「――――だがもうなくなった!」

「ヒューッ! ありがとうございます! 優斗さ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ッ!!!」

「こっちとしちゃありがたいけどよ、嘘ついていいのか、社会人」

「人聞きが悪いな、天羽。嘘はついてないよ。実際、メーカーに依頼したパーツが遅くなりそうだったから、連絡入れようと思ってたんだ」

「ですが、他の仕事もあるのでは……」

「まああるけど、どうとでもなる。一日二日遊ぶくらい何とかなるし、何とかしてみせるさ」

「でも、もし何かあったら、優斗さんに悪いですよ」

「その時は――――笑ってごまかすさあ!」

「「ヒューッ!!」」

「なんだ、このノリ……」

 

 

 皆が口々に仕事や生活を心配する中、優斗は笑いながら軽口を叩くと、響と切歌は感嘆の言葉を漏らす。

 クリスは自分では理解できないノリに呆れ帰り、未来は親友の様子に苦笑いを顔に刻んだ。どうやら、もう説教をする気も失せたらしい。

 

 翼やエルフナインは仕事の進捗が止まってしまう事を憂いていたが、実際のところ、それほど問題があるわけではない。

 自営業も様々あるが、この店――鷲崎時計店に関して言えば、比較的時間の余裕があった。忙しい時は目も回るほどではあるが、今に限定すればそれほどでもなく、根を詰めればすぐにでも取り戻せるレベル。ならば、思い出造りに一役買うのも悪くない、と考えたようだ。

 

 

「そうと決まれば、仕事してる場合じゃねぇ! ちょっと着替えてくる!」

 

 

 そう言うと業務用の紺色の作業着を脱ぎ捨て、店の奥にある階段から住居である二階へと駆け上がっていく。

 昭和に建てられた故か、優斗の体重故になのか、階段を登る度にギシギシと家全体が鳴る。

 

 

「どうよ。褒めろ」

 

 

 それから数分と立たない内に、優斗は夏と海を満喫すべく決めたファッションを身に纏って階下に現れた。

 長袖の白い無地のTシャツの上から赤いアロハシャツを羽織り、下はベージュのハーフパンツに、黒いスポーツサンダル。頭の上には麦わら帽。更にはラウンド型の丸いサングラス。

 派手な効果音が付きそうなポーズまで取り、これでもかというほどはしゃいでいるのが嫌でも分かる。

 

 

「うーん、普通!」

「かっこいいとは、ちょっと違うかなぁ」

「赤とか私やおっさんと被ってるじゃねえか」

「いいんじゃないデスか?」

「もっと年相応の落ち着きを持った方がいいと思う」

「問題はないけど、センスも感じないわね」

「私、えっと、男の人のファッションはよく分からなくて……」

「もっといい着こなしがあるのでは……?」

「ハシャいでる年上見ると微妙な気分になるよな」

「ボクは、そこまで変じゃないと思いますけど……」

「やめろ貶すな罵るな。褒めろよ。褒めろって言ったじゃん。褒めてって言ったじゃん!」

 

 

 それぞれがそれぞれの胸に抱いた感想を率直に述べた。

 概ね不評でこそないが、好評でもない。寧ろ、服装それ自体よりも優斗の性格やハシャぎようを酷評している。

 

 当然と言えば当然の、無慈悲と言えば無慈悲な少女達の評価に、優斗はその場に膝から崩れ落ちて喚き散らす。

 本人としてはバチッと決めたつもりだったのだろう。彼の悲しみと悔しさの大きさを物語っているようだ。

 

 

「まあいいや。道案内できるヤツいる?」

「相変わらず切り替え早ぇな」

「案内なら私がするわ」

「じゃあ表に車回してくるからマリアは助手席乗って。天羽は念の為後ろでスマホで地図見てて。取り敢えず、首都高から東関道下ってきゃいいか。出発前にトイレ済ませとけよ~」

『はーい!』

 

 

 まるで引率の教師のような口振りであったが、少女達はにっこりと微笑みながら返事をする。好き放題に評価してはいたが、こうして共に出掛ける事は楽しみであったようだ。

 何の因果か因縁か。何者かの意思が介在したとしか思えない出会いの中で知り合った少女達の笑みを横目に、優斗は同じく笑みを溢しながら店の壁に掛けられていた車の鍵を手に取り、裏口へと回る。

 店の配達用の車は10人乗りのハイエース。これだけの人数であっても、問題なく全員を目的地まで運ぶ事が出来る。

 

 彼は少女達が如何なる使命を帯びて国連直轄の組織に身を置いているのかは聞いていない。

 興味がない、というよりも、相手が語らない以上は踏み込むべきではないと考えているからだろう。人との距離感が近い男ではあるが、決定的な一線や踏み込まれたくない領域には足を踏み入れないように気を遣っているようだ。これもまた、少女達が彼を慕う理由なのでもあった。

 

 何はともあれ、こうして一人の青年と少女達による一夏の思い出造りが始まった。

 

 

「――――はてさて、どうなることやら」

 

 

 その始まりを、道を挟んだ向かいのカフェテラスから見守っていた男が一人。

 癖のある長く白い髪に線の細い身体付き。最高気温が35度にも達しようかという時期にオーダーメイドと思しき黒いスーツを身に纏っていた。

 すらりとした長身と余りにも整いすぎた顔立ちは、一目見た者が男であれ女であれ、一生涯忘れられないほどの美形。男なら嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなり、女ならば見惚れてしまうような、所謂イケメンであった。

 

 しかし、その顔に刻まれた笑みは余りにも胡散臭い。喜楽によって浮かべているのかすら分からず、思考というものが全く読めない。人によっては警戒心を懐き、薄気味悪さすら覚えるだろう。折角の美形も、これでは台無しだ。

 

 彼の手には一つの懐中時計が握られていた。

 だが、それを時計と呼んで良いものか。時を知らせるはずの針が4()()も存在しており、これではどれが何を指し示しているのか分かったものではない。

 

 

「アイスコーヒー、お待たせしました」

「ああ、ありがとう」

「……珍しい時計? ですね?」

「そうかい? ……そうだろうね。だが、壊されてしまってね。困ったものだ」

 

 

 男が時計に視線を落としていると、グラスに注がれて氷の浮いたアイスコーヒーを持ってきた店員の女性は男と時計に興味を惹かれたのか、声を掛けた。

 女性の視線を避けるように、男は言葉通りの笑みを浮かべながら奇怪な懐中時計を胸元にしまい、テーブルに置かれたコーヒーにミルクもガムシロップも入れず口を付ける。

 深みのある苦味を感じさせながらも優しい口当たりと鼻を抜けていく心地よい香りに満足したのか、うんと微笑んで頷き、二度三度とゆっくりと味わいながらグラスを傾けた。

 

 思わず見惚れてしまうほど様になっている所作であったが、自らの仕事を思い出して女性店員は首を振る。

 

 

「でしたら、向かいの鷲崎時計店に修理の依頼を――――あら、あらら?」

「残念。今日は店仕舞のようだね。随分と可愛らしい店員さんも居たものだ。そんなに腕がいいのかい?」

「ええ。二代目――優斗さんと言うんですけど、時計だけじゃなくて、何でも直してくれますよ」

「ほう? 時計屋なのに?」

「先代は凄い資格を持っていたらしいけど、自分は持ってないからって言って。店の空調を直してくれたりもしましたよ。この前は、車の修理をしているのも見たかなぁ」

 

 

 同じ商店街のよしみだったのだろうか。それとも仕事と称しながら男とお近付きになりたかったのだろうか。女性店員は向かいの鷲崎時計店に手を向ける。

 だが、店の中から現れた響がCLOSEと書かれた立て看板を置いてしまう。これでは勧めた意味がない。

 

 しかし、男は興味を抱いたのか、会話が続く。内心ガッツポーズをした女性店員であったが、男の美貌を考えれば誰も彼女を責められまい。

 

 彼女の言葉に嘘偽りはない。

 今現在の鷲崎時計店は、時計屋とは名ばかりの修理屋と化していた。

 先代のように公認上級時計師の資格でもあれば、噂や人の伝手だけでも経営が成り立ったかもしれないが、生憎と二代目の優斗は未だ資格を習得してはいない。であれば、先代にはなかった彼なりのウリがなければ成り立たないと考えた結果が、時計に囚われない修理・修繕稼業であった。

 時計は勿論の事、最新式の家電製品、昔ながらの歯車仕掛け。絡繰り仕掛けの人形なんて珍品まで何でもござれ。先代の作った伝手と商店街の人の和によって仕事には事欠かず、目論見は功を奏して現在に至っている。

 

 

「そうか。またの機会に頼むとしよう――――ところで親切なお嬢さん。仕事終わりは何時だい?」

「え? えっ? 夕方には終わりますけど……」

「色々と耳寄りな情報を聞けたからね。お礼をしたい。仕事終わりに、食事でも」

 

(きゃーーーーーーーーーーーっ!! 嘘うそウソっ! こんなイケメンに、私が食事に誘われてるッッ!?)

 

「どうかな?」

「も、もももも、勿論、行きます! 行かせて下さい!!」

「では決まりだ。連絡先は?」

 

 

 そっと手を取り、少々不安げに見上げてくる男に、女性店員はどもりながらも全力で誘いを受けた。

 今までの胡散臭い笑みは何処へ行ったのか。今度は花が咲くような安堵の笑みを浮かべる。それだけ昏倒してしまいそうな衝撃であった。

 そこから彼女は何をしたか覚えていない。夢心地で連絡先を交換し、夢心地で店内に戻り、男の笑みを思い起こしてうっとりとし、同僚からの嫉妬の視線と店長からの苦言によって戻ってくるまで仕事が手に付かない有り様だった。

 

 

「さて、ボクは此処に何をしに来たのだったか――――――まあいいか。女性を愛でる事に比べれば、全て些事だからね」

 

 

 すっかりと自身の目的を忘れて、ナンパに精を出していたというのに、この発言であった。反省というものが見られない。事実として反省などしていないし、口にした事も全て彼にとっては真実なのだろう。

 

 

 

 

 

 チク・タク、チク・タク。

 狂った時計が時を刻む。その針で定められた生を切り刻み、その歯車で決められた運命を轢き潰しながら。

 

 チク・タク、チク・タク。

 胸の内に秘められた怒りに呼応して。脈打つ鼓動のように呪いを撒き散らして。

 

 

 

 

 

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