全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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出会い・響の場合
「向日葵の少女と時計屋さん・壱」


 

 

「あー、あっつ。流石に、ちょっと無理したかなぁ」

 

 

 ビーチパラソルの下に置いたサマーベッドに身体を投げ出しながら、優斗は誰にも聞こえぬ声で呟いた。

 ようやく始まった海での一時。泳ぎ、ビーチバレーをしてひとしきり遊んだ後、僅かばかりに目眩を覚えて今はこうして休憩を取っている。

 

 一緒にやってきた少女達は思い思いの楽しみ方で海を満喫していた。

 クリスは一人でぷかぷかと波に揺られ、未来とエルフナイン、切歌と調は力作の砂の城を作り、奏と翼、カデンツヴァナ姉妹が白熱するビーチボールの応酬を繰り返している。

 彼女達の顔に浮かぶ心からの笑みに、彼もまた笑みを浮かべて見守る。やや疲れ気味、体調も芳しくないが年長者としての責任から、眠るような真似だけはしない。

 いくら遠浅の海と言えども、危険がないわけではない。もし、彼女達に何かがあれば、真っ先に動く意気は必要。例え、人の助けなど必要としない、普段は人を助ける側に回る少女達であったとしてもだ。

 

 

「ゆ・う・と・さん♪」

「おーう。どうした、立花? お前は遊ばねーの?」

「もう、優斗さんを心配して来てあげたんじゃないですかー」

「心配する必要なんてねーよ。ハシャいじゃいるが、体調管理が出来ないほどガキじゃない。ほら、遊んできなよ」

「まあまあまあまあ。はい、麦茶」

「…………気が利くねぇ。ありがとな」

 

 

 真夏にドライスーツで遊ぶなどバカも良い所であるが、熱中症で倒れるほどバカでもない。

 言外にそう言いながら自分の時間に戻るように促すも、響はやんわりと断りながら、手にしていたチタン製のマグカップの内、一つを差し出した。紙コップではゴミが出るから、と優斗が気を利かせて人数分持ってきたものだ。

 中に注がれた琥珀色の液体は、汗を掻いた身体には砂漠でオアシスを見つけたように魅力的。素直に観念し、礼とともに受け取った。

 

 

「んぐっ、んぐっ……かー、美味い」

「うーん、染みますねぇ」

 

 

 マグカップの中身を優斗は一息に呷り、響は両手で握って少しずつ消費していく。

 僅かな苦味と香ばしい香りのする冷えた液体は、熱の籠もった身体を冷ますように喉を通り、するりと胃の中へと収まった。

 

 喉の乾きも改善され人心地ついたが、砂浜に両足を開いてお尻を落として座った響のチラチラと覗き見るような視線に気付き、笑みを溢す。

 

 

「大丈夫、気にしてない。オレが言ってなかっただけだ。だから、立花は気にしなくていい」

「うぅ、だってぇ……」

「誘ってくれて嬉しかったし、ちゃんと今も楽しんでる」

 

 

 空になったマグカップを砂浜に深く置き、そのまま空いた右手を響の頭に持っていく。慰めるような、励ますような撫で方だ。

 

 優斗が海に入れない。

 その事実を初めて知った少女達の衝撃は大きかったが、中でも一入(ひとしお)だったのは響において他にはいない。

 

 今回の計画の発案者は彼女だった。

 魔法少女事変の最中、訓練と称しながらも息抜きのつもりでこの砂浜へとやってきた少女達であったが、錬金術師の自動人形(オートスコアラー)の襲撃、更には失踪して情けなく変わり果てた父との再会もあり、響にとって決していい思い出だったとは言い切れない。

 其処で、今度は皆の予定を合わせて完全なプライベートでの小旅行を考えた。

 

 思い立ったが吉日、とはよく言ったもので、其処からの行動は迅速の一言であったのが彼女らしい。

 このビーチを利用できるように師匠――風鳴 弦十郎に頭を下げ、掛け替えのない陽だまりや仲間に声をかけて、皆と一緒に計画を立てたが、その時に頭を過ぎったのは、共通の友人である優斗の姿。

 

 普段から彼の店を待ち合わせ場所にしたり、溜まり場にしたり、勉強をしたり、ただお茶を飲ませて貰ったりと返すべき恩義を上げればキリがない。

 其処で日頃の感謝を込めて、彼も誘ってみてはどうか、と口にしたのも彼女である。少女達は快く快諾してくれた。女所帯で申し訳なく、水着姿を見られるのは気恥ずかしかったが、誰が言い出したのか、車を出して貰えばいいという話まで上がって、あれよあれよという間に全てが決定した。

 

 だが、蓋を開けてみればこれだ。

 病気の後遺症で海に入れない人間を海に誘うという、見方や受け取り方によっては酷いイジメでしかない行為になってしまっている。いくら相手が笑っていても、誘った側は気が気ではない。

 何よりも、響自身が知っている。リハビリの苦しみや快癒しても祝福されない辛さを。何気ない一言が人間関係を拗れさせ、己の行動が大切な誰かを苦しめる結果になってしまう事を。

 

 

「ありがとうな」

「え、えへへ」

 

 

 けれど、そんな暗澹たる思いも、頭を撫でられている内に霧散していく。

 響にとって未来が陽だまりとするならば、優斗は日陰であり逃げ場だった。

 自分の選んだ道を歩くのに疲れてしまった時、座り込んで思い切り弱音を吐ける。そして、休んでいる内に気がつけば、疲れも弱音も吹き飛んで、また歩こうという気になっている。

 

 こうして彼に頭を撫でられるのが好きだった。

 とても時計の修理のような繊細な動きが出来るとは思えない、体格に見合った無骨で大きい掌。

 かつて父や母に撫でられた時の心持ちとは違う。誇らしさや喜びよりも、もっとずっと熱い気持ちが胸の内に湧いていく。彼女は、それをなんと名付けるのか決めておらず、何と呼ぶのかをまだ知らない。

 

 その時、ふと優斗と目があった。

 何か驚いたような、何か新たな発見でも目にしたような、そんな顔。

 

 

「立花、ちょっと立ってみ」

「え? あ、はい……」

 

 

 彼が何を考えているのか分からず、促されるままに砂浜に立ち、続いて優斗もサマーベッドからのっそりと立ち上がる。

 見上げるような身長差ではあるが、恐怖や緊張は感じない。感じる必要のない人物である以前に、彼の発している何かがひたすらに優しかったから。

 

 顎に手を当て首を傾げながら、響の足先から頭の天辺までをしげしげと眺める。

 品定めとは違う不快感のない視線に、響は何となしに気恥ずかしさを覚えて、視線をあちこちへと彷徨わせた。

 

 

「ふーむ……」

「あのー、優斗さん、これはどんな意味がー……」

「いや、成長したもんだなぁ、と思ってさ」

「初めてあったのは私が中学の時ですよ。そりゃ、成長しますよ、もう」

「そういう意味だけじゃないよ。うりゃうりゃ」

「うーわー、やーめーてー」

 

 

 彼の言葉にどんな意味や意図が込められているのか正確に把握できなかった響は、単に身長の話だと思い込んだ。

 

 優斗はその単純さと実直さこそが、好ましいとばかりに両手で頭を掴んで揉みくちゃにする。

 彼女は口ではやめてと訴えるものの、ケラケラと笑っていた。 

 

 彼等の頭に浮かんでいるのは、出会いの日。

 夕日の沈む公園で、たまたま目についた光景が二人の始まりだった。

 

 両者の関係は何と表現したら良いものか。

 手を差し伸べた者と差し伸べられた者。だが、救いとは必ずしも手を差し伸べられた側にのみ与えられるものではない。他者に手を伸ばしたからこそ救われる事もある。

 優斗は手を差し伸べ、響は手を差し伸べられた。ならば、救われたのはどちらであったのか。

 

 ともあれ、彼女は差し伸べられた手を掴み、忘れていた何かを思い出した。

 ともあれ、彼は差し伸べた手を捕まれ、立ち上がる姿に何かを見い出した。

 

 

 

 

 

 チク・タク、チク・タク。

 狂った時計は全てを視ている。無論、二人の出会いすらも。

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 ――数年前。

 

 

「………………」

 

 

 日が沈む街並みの中、飯塚 優斗は買い物袋を片手に帰路へとついていた。

 周囲は住宅街。すぐ右手側には塀や生け垣が並び、その向こうから夕飯を作る匂いが漂い、子供の笑い声が聞こえる。

 何処にでも有り触れた街並み、何処にでも有り触れた営みを感じながらも、優斗の表情は何処までも無表情であった。

 つい先程まではスーパーの店員やたまたま出会った商店街の知り合いに、人のいい笑顔で接して世間話を弾ませていたと言うのにだ。

 

 此処までの道程で、何かあった訳ではない。不幸があった訳でも、悲劇に行き当たった訳でもない。何も変わらない日常の一コマ。

 ならば、人間性そのものを失ってしまったかのような能面の如き無表情は何なのか。もし、彼を知る人物が今の彼を視ても、同一人物とは認識できないに違いない。

 何処までも善性を思い起こさせる笑顔と何処までも唯一つの感情に支配された無表情。一体、どちらが本当の彼なのか。もしかしたら、彼自身にも答えようがないかもしれない。

 

 

「…………?」

 

 

 その時、彼は何かに気付き、見たくもない光景が飛び込んできた。

 住宅街の直ぐ側。近くに住む子供達が車道で遊ばないよう設けられた遊具もなく、申し訳程度のベンチと植え込みのある公園に、有り触れた地獄は展開されていた。

 

 幾人もの少女が、たった一人の少女を囲み、罵声を浴びせ、髪を引っ張り、身体を突き飛ばし、嘲笑う。

 本気で一人の少女を憎んでいる訳ではない。数多の無関心と大多数(マジョリティ)の声によって生み出される正しさなき正義。いじめと呼ばれる、本来なら忌避して然るべき行為。

 

 けれど、大半の人間は有り触れていると受け入れる。そして、自分は何もしなくていいと決め付ける。

 いじめは千差万別。ましてやいじめられている者にとっては唯一無二の地獄だが、無関係な人間、無関心な人間にしてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考える。これほどまでに、両者の間には海よりも広く、谷よりも深い認識の差があり、だから決して分かり合えない。

 

 面倒事は御免被る、関係がないのなら関わりたくない、という人間の悪癖にして生態機能。

 

 ――それでもなお優斗は足を止めて、その光景から目を逸らさなかった。

 

 一人の少女は歯を食いしばり、今にも泣き出してしまいそうなのに、やめてと叫び続ける。

 余りにも細やかな抵抗。だが、彼女はそれでも暴力は振るわない。痛みと怒り、悲しみに耐えるように拳を握り絞めるだけ。

 

 その姿が、どうしようもなくかつての自分と重なった。

 どうしようもない現実に、解決策も見つけられずに彷徨うだけ。苦しみも吐き出せず、ただただ辛いだけの現実に押し潰されそうになる毎日。

 

 歩を進める毎に、自問自答が重なっていく。

 こんな事をした所で何になる。一時的に手を貸した所で己の目の届かない範囲ではイジメなど何時までも続く。無意味で無価値で無駄な行為だ。

 子供は大人が思っているよりもずっと賢しく悪どいものだ。彼女達が痴漢だなんだと騒ぎ立てれば、悪者になるのは己の方。無関係で無関心でいる事の方が利口と言えよう。

 

 だが――――

 

 

『何時までだって居りゃええわ。同居人がこんな老耄(おいぼれ)で悪いがな』

 

 

 ――――脳裏に、そんな風に笑って手を貸してくれた老人の顔が浮かんでいた。

 

 老人は決して大人物ではなかった。

 特殊な才能は持っていたが、人間性で言えば至極まともで平均的。善人ではないが、同時に悪人でもない。世の中には掃いて捨てるほど居る普通人。

 人並みに臍も曲げれば、悪態も吐く。癇癪も起こせば、ものに当たる事もある。

 けれど、間違いや失敗を認めて謝り、傷ついた誰かが居れば心配になって声を掛ける。どんな状況であっても、ちっぽけな良心を決して捨てない人間だった。

 

 善人でも悪人でもない有り触れた人間の、ちっぽけな良心に救われた。ならば、己もまた自らの良心に従うべきだ。

 

 

(それでも、どうしたもんか。手を上げたら犯罪者、恫喝しても犯罪者、声を掛けても犯罪者…………本当にどうしようこれ、詰んでない?)

 

 

 ようやく人間らしい表情を取り戻した優斗であったが、刻まれるのは懊悩ばかり。しかし、次の瞬間には何かを閃いたように手を打った。

 

 買い物袋を公園のベンチに置き、おもむろにストレッチを開始する。

 両手を組んで掌を前方に押し出して腕周りや肩の筋肉を解し、屈伸によって膝の稼働を確かめ、片足を折り曲げてもう一方の足を後方に伸ばしてアキレス腱を伸ばす。最後に首をぐるぐると回して準備完了。よし、声を出して、何を考えたのかその場でブリッジをする。

 

 彼の頭にあるのは、何処かで見た気がするホラー映画の一幕である。

 

 

「ギィ、ぎぃいいいいぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!!」

 

 

 奇声を発して手足をガサガサと動かしながら、高速で移動する。

 ブリッジ状態で走るなど、とても人間業ではなかった。左へ右へとジグザグ走行するさまはゴキブリのようだ。これならまだ四足獣の方が人間に近い。その上白目を向いて、涎が流れるのも構わずに舌まで出している始末。

 

 こんな姿を知人にでも見られれば、間違いなく精神病院へ放り込まれること請け合い。

 正に捨て身の行動であるが、一度は社会から爪弾きにされ、路頭に迷った男である、恐れるものなど何もない。

 

 

「なにあれ、アレ何よ!?」

「ぎゃーーーーーっ!!!」

「キモイキモイキモイッ!」

 

 

 夕暮れの公園で謎の生物――もとい、己の良心に従った男と遭遇した名前もなければ主体性もない少女達は、口々に悲鳴を上げて一目散に逃げていく。

 それはそうである。ホラー映画から出てきた怪物、もとい怪物のマネをした男に出逢えば、誰とて逃げるだろう。

 

 

「ははは、根性のないガキ共め。イジメなんて下らない真似をするから、こういう目に遭う」

 

 

 自分達が見たものが頭の可笑しい人間であると思ったのか。はたまた都市伝説的な何かだとでも思ったのか。

 いずれにせよ、優斗の目論見は成功を収めた。あれだけ迫真の演技である。今夜、彼女達が見る悪夢を考えただけで、胸が空く思いであろう。

 

 蜘蛛の子を散らすように消えていったイジメっ子達のブリッジしたままで眺め、満足げに笑う。

 やっていること自体は人間的であるのだが、ブリッジ状態のまま笑っている姿は正に奇人変人狂人の類であった。

 

 

「よいしょ、っと。大丈夫か?」

「…………っ!」

 

 

 流石に何時までもブリッジ状態でいるのは疲れたらしく、人間らしい二足直立の体勢に移行する。

 その姿に、イジメられていた少女はビクリと肩を震わせた。人間であったことに驚いているかのようだ。

 

 

「怪我をしてるな。待ってろ、手当してやるからな」

 

 

 彼を象徴する人の良い善人そのものの笑みを浮かべ、座り込んだままの少女の前に股を開いて座り込み、目線を合わせる。

 手足には大したことはないものの、無数の擦り傷が見て取れた。怪我そのものではなく、怪我を負った理由が余りにも痛々しい。

 

 助けた以上は、そのまま放り出すのも忍びない。せめて、怪我の手当くらいはしてやらないと。そんな善意だけで構築された言葉であったが――――

 

 

「いえ、結構です」

 

 

 ――――助けられた喜びも、望外の幸運に見舞われた呆然でもなく、変な人に出会ってしまったという迫真の表情を見せ、立花 響は震え声のままドン引きしているのであった。

 

 

 

 

 




響、渾身のお断り宣言――――!
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