全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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少し前
「一夏の思い出・参」


 

 

 

「――――ふ、提案者であるオレを崇めろ。今後はBBQ将軍と呼べ」

「「ハッ、BBQ将軍様ッ!!」」

「何だコイツら……つーか、その称号は名誉なもんなのか?」

 

 

 太陽が最も高い位置に移動した正午。

 砂浜で優越感たっぷりの表情で両腕を組んで仁王立ちした優斗の前に、響と切歌が恭しく片膝を付いて頭を垂れていた。

 その光景に当然のツッコミを入れるクリス。辟易とした表情は、おちゃらけた知人と仲間に対するツッコみ疲れが見て取れる。特徴的な語彙力は兎も角、感性自体は常識的な彼女には突っ込まずにはいられないようだ。 

 

 砂浜には丸形と長方形のグリルが並び、金網の下では炭が静かに燃えている。準備は万端であるようだが、茶番はまだ続く。

 

 

「そして、金を出してくださったBBQ女王の方々だ。全員、礼!」

『ありがとうございまーす!』

「ふッ、苦しゅうないわ」

「畏まらずともよいよい。楽にせよ」

「マリアも奏も、何なんだそのキャラ付けは……しかもBBQ女王とは一体……」

 

 

 BBQ将軍が指し示したのは、壮観たるBBQ女王の面々。

 水着姿のままサングラスを掛け、サマーベッドの上に寝そべるマリアと奏が渾身のドヤ顔を決めている。その左右では何処で拾ってきたのか、巨大な葉を扇代わりに二人を仰ぐ調とエルフナインがいた。正に女王らしい姿である。

 しかし、生真面目な翼だけが二人の悪ノリについて行けず、若干引き気味に眺めていた。BBQ女王という称号もお気に召さないようだ。当然である。

 

 

「さて、女王様とかいう金を出すしか能がない役立たずどもは放っておいて」

「…………ぐっ、BBQでは防人の業の数々も、確かに何の役に立たない!」

「おい。おい。なんで持ち上げた? なんで持ち上げて地面に叩きつけた?」

「聞き捨てならないわね。私達が役立たずだなんて」

「上げて落とすのは基本! えっ!? ていうかお前等、料理に自信とかあった!?」

 

 

 上げて落としてきた優斗の素朴な疑問。

 アイドルなんてやってる奴等にそもそも自活能力があるのか、という些か以上に偏見に満ち満ちた視線と言葉だった。

 

 その視線に釣られるように、他の者達も一斉に視線を向ける。

 如何に仲間、友人と言えども機会がなければ私生活を微に入り細に入り知ることなどない。ある程度、窺い知れはしても見えてこないものもある。言葉にせずとも興味を持つのも無理はない。

 

 

「わ、私は防人なので、おさんどん的な何やかやは、ひ、必要ありませんから……」

「待て待て待て待て待ちなさい! 生憎だったわね! 私は偏食なマムや幼い調や切歌に食べさせるために学んできたのよ!」

「でも、姉さん。最近、作ってないわよね? 私や調ちゃんに任せきりだし」

「仕事が忙しいから仕方ないけど、マリアがズボラになってきた」

「マリアは私と同じになってきたデス」

「ちょッ!? 三人とも!?」

「料理とか作りたい奴が作ればいいんじゃねえの?」

「ちょっと君達???」

 

 

 まずいの一番に言い訳に走ったのは護国の防人・風鳴 翼。

 自他ともに認める片付けられない女である上に、日本の権力中枢に喰い込む風鳴家の令嬢である彼女には、そのようなスキルは必要としない人生だった。

 しかし、屈辱を感じてはいる。女子力の何たるかは理解していないTURUGIであるが、防人を理由にしてしまい返って大きい敗北感が生まれて表情を歪めていた。

 

 続き、言い訳ではなくドヤ顔を見せたマリア。

 不遇の幼少期、苦労と苦痛の多い少女期を過ごしてきた彼女は家事に自信をあった。ドヤ顔も頷ける。だが、まさかの身内からのインターセプトに、顔が真っ赤になる。

 チャリティーライブにS.O.N.Gのエージェントとしての過重労働で帰ってきては家事に力が入らないのも無理はないが、その様は疲れ切ったOLといった感じ。日に日に衰えていくマリアの女子力に三人が心配するのも無理はなかった。

 

 そして、泰然自若としたままの大物・奏。

 女子力? なにそれ美味しいの? と言わんばかりの態度で恥すら感じていないようである。流石に最強の装者だけはある。メンタルも最強だ。

 彼女は彼女で仕方がない。過酷な運命に立ち向かって来た彼女の周囲には彼女を助ける大人が居た。そうした者達は生活も助けてきた故に、自分が持つ必要性を一切感じていなかった。

 

 他、幾人かに流れ弾が当たっている。掃除と洗濯を辛うじてこなせるクリス、家事は一通り出来るものの同部屋の未来に任せきりの響、セレナと調に頼りっぱなしの切歌。全員が目を必死に逸していた。酷いもんである。

 

 一人暮らしの長い優斗は信じられないものを見る目で見ていたが、食事も簡単に手に入り、掃除洗濯も最悪は金を払うなりすればどうとでもなってしまう時代だ。彼の考え方が古臭いと言えなくもないが、それはそれとして女子力は壊滅状態だ。

 

 

「えー、このまま楽しいBBQに洒落込もうと思っていましたが、急遽予定を変更して女子力向上BBQ大会に切り替えていこうと思います。どうですか、女子力高めの皆さん?」

「異議なし。私とセレナばっかりは流石にちょっと疲れるから」

「同じく。家事を分担した方がいいと思います。皆でやると楽しいから」

「私も。響もクリスも女の子としてどうかと思うし」

『ぐっ…………分かりました』

 

 

 調、セレナ、未来による強い威圧感に、他の者は首を縦に振らざるを得ない。

 これまで家事を担ってきた彼女達は家事が生活の基本根幹であることを重々承知している。生活を豊かにするも乏しくするも家事次第。理不尽を強いているのではなく、純粋に女子力低めの皆の明日を憂いての発言だ。

 

 しかし、そんな中――――

 

 

「それよりも酒飲みたい。ビールは?」

「天羽。お前、女子力云々以前におっさん過ぎない?」

「海にBBQと来たらビールだろビールゥッ! 誰がおっさんだぁ!?」

「そういうところだぞ」

 

 

 成人を迎えてすっかり酒の味を覚えた奏だけは、話を聞いておらずに酒を探している。

 数ヶ月前、成人式を迎えた彼女は仲間や大人に祝福され、はにかんだように微笑んでいたのにこれである。

 その時、彼女の保護者である弦十郎、彼女と翼を公私ともに支えてきた緒川、過酷な人生を歩む少女を一人の大人として見守ってきた藤尭や友里も涙を浮かべたが、今は別の意味で涙を流すだろうこと請け合いであった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

「よいしょ、よいしょ……ふぅ、どうでしょうか?」

「上手い上手い。エルフナイン、ホントに包丁握ったの初めて? 実は隠れて練習してたんじゃない?」

「してませんよぅ。え、えへへ」

 

 

 タープの下に組み立てられたアウトドアテーブルに台に乗って向かい合い、エルフナインはナスやズッキーニ、ピーマン、パプリカ、ミニトマトをカットしていた。

 その横で怪我をしないように見守っていた優斗が手放しに称賛していた。あくまでも慣れていないだけで、危なっかしさは皆無である。初めてでは十分すぎるほどに上出来であった。それぞれの均一さがなかったものの、ご愛嬌というものだ。

 

 異端技術の一つである錬金術。

 統一言語を失った人類が、歌によって再び手を取り合おうとした末に生み出されたものであるが、同時に黎明期には台所の片隅で台所用品を使って細々と行われてきたとも言われている。

 その関連性や信憑性は兎も角として、錬金術に深く精通しているエルフナインには存外に相性が良いのかもしれない。

 

 

「この程度のこと、今更……!」

「うわぁ、包丁握ったの久し振りかも。でも、結構覚えてるもんですねー」

「そうね。だが、馬鹿にされたままで終われるものか!」

「二人共、ちゃんと切れてないよ。繋がっちゃってる」

「「あれぇっ!?」」

 

 

 エルフナインよりも上手の包丁捌きを見せるのはマリアと響。

 自転車の乗り方と同じで、包丁の使い方も一度覚えてしまえば中々忘れるものではない――――かに思われたが、監督していた未来に繋がったままのピーマンとパプリカを持ち上げられて、同時に目を丸くして驚きの声を上げていた。

 残念ながら自転車の乗り方とは微妙に違う。切るという作業は多くの人間が考えているよりもずっと難しい。残念ながら二人のスキルは長きに渡る怠慢と惰性によって錆びついてしまっているようだ。

 

 

「へっ、こんなもんどうってこたぁ……!」

「ちょっと待って! クリス、なにその包丁の握り方!?」

「言え! 何で包丁逆手に握ったのぉ!?」

「いや、こう突き刺してぐりぐりやれば切れるだろ? そういうもんじゃねえのか?」

「違う! 少しも全くこれっぽちもそういうもんじゃないからね!?」

「それ確実に息の根を止めるヤツぅっ!!」

「マジか。どーにも刃物ってもんは性に合わねえなぁ」

「「性に合う合わない以前の問題ィッ!」」

 

 

 クリスのとても包丁を扱うとは思えない握り方に、未来と優斗はちょちょちょちょちょちょちょちょ、と両手を前に突き出して慌てて止める。

 その上、これから切ろうとしていた肉の塊を握るように固定している。危ない所の騒ぎではない。確実に怪我をするパターンにしか思えない。監督する側の二人が慌てるのも当たり前だ。

 

 彼女は常識的な感性の持ち主であるが、常識そのものや全うな知識が欠落している節がある。

 それもその筈。かつて海外へと出向いた先で両親を失い、そのまま日本に戻れもせずにゴミを漁り、泥水を啜って生き延びたのだ。まともな包丁の使い方など知る筈もなかったのだが、これは酷い。

 

 

「クリス先輩もかなりのスクリューボール……」

「はっはっはっ。雪音も可愛らしいところがあるではないか」

「本当デスよ! やっぱり私達の中で一番の常識人は私デスね!」

「ところで月読。私達は何時までこうしていれば……?」

「調、調。足が、足が痺れてジリジリと焼けていくのを肌で感じるデスよ」

「駄目。翼さんと切ちゃんがきちんと反省するまでそのまま」

 

 

 調はタープから少し離れた砂浜で日傘にサングラスという紫外線対策がバッチリの状態で、どうにも上手く進まない思惑を眺めている。

 同じく翼と切歌も眺めていたのだが、立っている調に対して、二人は正座である。その上、頭にはタンコブが出来ている。炎天下の砂浜でこれはきつい。火傷はしないが、かなり熱いはずだ。

 正座に慣れている翼は砂の熱さにもぞもぞと足を動かし、照り付ける日光に玉の汗を浮かべていた。正座に慣れていない切歌は、足の痺れとも戦っている。

 

 由緒正しい反省を促す姿勢である。二人が一体何をしたというのか。それは数分前に遡る。

 

 

『風鳴 翼、いざ参る――!』

『私もやってやるデスよ!』

『うふふ、二人とも気合いじゅうぶ…………』

『いやいや……え? お前等、何? そういう冗談いらな――――』

『…………………………』

 

 

 セレナ、優斗、調が見守る中、二人は十分な気合と意気込みで切るべき野菜の前に立ち、刃を握っていた。

 

 ――――両手で。頭上に掲げて。

 

 これにはセレナの微笑みは戦慄に変わり、優斗は止める以前に二人が本気だとは思わず、調はただただ絶句した。

 

 

『きえええええええええええいッ!!!!』

『デェェェェェェェェェェェスッ!!!!』

『…………ひえっ』

『ぶっぼはぁっ?! 何考えてんの君等ぁッ!?』

『……………………はふぅ』

『セレナァァァァァァァァッ!?!?!』

 

 

 裂帛の気合で振り下ろされる刃、もとい包丁。続いてダァンと凄まじい音を立てて、まな板に叩きつけられる包丁。

 

 調は翼の振り下ろした包丁と斬撃の切れ味に小さく悲鳴を上げた。まな板まで真っ二つになっていた。

 優斗は切歌の振り下ろした包丁が吹き飛ばした玉葱が顔面に直撃。

 セレナは目の前の現実が許容を越えてしまい、意識を手放してフラリと身体が崩れ、過保護なマリアの絶叫が迸る。

 

 この阿鼻叫喚を前にして、当の本人達はきょとんとした表情。何も分かっていないのは誰の目からも明らかだった。

 

 

(やいば)両手(もろて)にて扱わねば危険故』

『そうデスよ。これが刃物の正しい使い方デス』

『あーーーーーッ! 分かったお前等バカだわ! ヴァーカ! ヴァーーーーーーカ!!』

『な、何をぅ……!』

『あたしが非常識(バカ)デスとぉッ!?』

 

 

 キリリとした表情のまま防人語で語る翼。何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの表情をする切歌。

 この二人、装者として振るう得物は刀と大鎌。確かに、両方とも刃物であるし、両手で握らねば危険という言い分も分からなくもない。だが、それを包丁にまで適応させるのは如何なものか。

 

 そんな二人を目にした優斗は、恐怖と驚きの余りに語彙力の低下した状態で罵倒の言葉を連呼する。

 常識だの普通だのが通用しない、二人の思考の異次元さにそれくらいしか出来ないのだ。

 

 

『おい、優斗。翼と切歌に包丁握らせるのやめよう』

『当たり前だろ、天羽ッ! こんなのナントカに刃物だよ!!』

『そ、そんな、何でなの奏ッ!?』

『何でデスか、優斗さぁんっ!?』

『駄目だコイツラ』

『にどとほうちょうにぎらせねぇ』

 

 

 普段は常に翼の味方である奏だが今回ばかりは見過ごせないのか、真顔で非情の決断を下し、優斗も涙目で賛同していた。

 あのような包丁の使い方、周りも危険だが何よりも翼自身が怪我をする。とてもではないが見ていられない。真面目が過ぎて馬鹿になったり非常識になったりする部分は知っていたが、これは流石に予想外過ぎた。

 

 しかし、その思いは伝わらないらしく、二人は悲鳴のような声を上げる。

 その後、オカンマリアによるげんこつが炸裂して、仲良く熱々砂浜正座の刑に処されるのであった。

 

 

「…………優斗さん優斗さん、奏さんが」

「セレナ、それ凄く可愛くて天使っぽいんだけど、翼然り、暁然り、雪音の刃物の使い方が可愛く見える惨状はもう見たくないんですよ。相方である天羽も似たようなもんだろうから怖いんですよ見たくないんですよ」

「でも、でもほら――!」

 

 

 正座させられている防人と自称常識人の二人を他所に、皆が和気藹々、きゃっきゃうふふと楽しく女子力向上に勤しんでいる中、セレナがドライスーツの袖を摘んで優斗の名を呼んだ。

 視線の先には、きっと奏がいるのだろう。だが、セレナ以外は一切視線を向けていない。もう見るのも怖いのだ。

 翼の相方である奏はどちらかと言えば一般人よりの思考回路である。だが戦闘になれば苛烈、誰よりも強く恐ろしい戦士と化す。つまり、防人たる翼とよく似ている。よく似ているということは、先程のような惨状を展開している可能性が非常に高い。

 皆、恐ろしくて視線を向けられない。幸い、大きい音は聞こえないものの、セレナの反応を見るに予想外が展開しているのは間違いない。

 

 そんな中、姉なるものが声を上げた。

 

 

「優斗、セレナの声をお断りするとか許さないわよ?」

「クソ、この姉バカも怖い。でも、そっちも汗掻いて声震えてますよね? ますよね?」

「狼狽えるなッ! 私と一緒に覚悟を決めろッ! 付き合ってぇ! お願いしますッ!」

「マリアも狼狽えてるじゃん、覚悟できてないじゃんっ! だが、付き合わない訳には、行かないなぁッ!!」

 

 

 セレナの呼び声は無視できない、と勇ましく立ち上がったのは最近豆腐メンタルが改善されて安定してきたマリア。

 行動そのものの勇ましさに反して、その表情は蒼褪めて玉の汗を浮かべており、歌姫の名に相応しい声量を張っているもののどうしようもなく震えていた。マリアにだって怖いものもある。包丁を両手で握って全力で振り下ろすような人間は誰だって怖い。

 マッシュルームを薄切りにしながら、セレナの声に応えさせるべく、自分も一緒に見るからと叱咤激励する。なお、最後の方はもう完全に懇願だ。彼女の胸中も察せようというもの。妹への愛と現実を見つめなければならない恐怖で揺れていた。

 

 彼女の思い切りがいいのか、ただヤケクソになっているのか分からない行動と表情と声に優斗は悲鳴を上げた。

 視線を彼方此方(あちこち)に泳がせながらも、涙目ですらあるマリアを見た瞬間に一瞬で覚悟を決める。そも今この状況を提案したのは己自身、現状を確認も出来ずに何が男か。そんな心意気で精一杯格好を付けて。

 

 寸分違わぬ正確さで、僅かなズレもなく、二人は同時に奏の居る方向を決死の表情で振り向いた。

 

 

「…………あら?」

「…………んん?」

「~~~~~~♪」

 

 

 其処には自身のヒット曲『逆光のフリューゲル』を口笛で吹きながら、巧みな包丁捌きを見せる奏の姿がある。

 思わず我が目を疑う二人であったが、夢ではない。均一に切られた食材の数々、輪切り、千切り、みじん切りも完璧の一言。今は、まるまる一尾を買ったイサキの鱗を取り除き終えて、腹を開いて内蔵を取り出していた。

 手慣れているどころか明らかに未来、セレナレベルの腕前を察せられる動きだ。洗礼されていて無駄が少ない。流石に飲食店とはいかないまでも、一般家庭では十分に驚かれるであろう域に達している。

 

 

「奏さん、料理できたんですね……」

「んー? まあな~、これでも一人暮らししてんだぜ?」

「いや、だって、貴女さっき……」

「やりたい奴がやればいいとは言ったが、あたしが出来ないとは一言も言ってないだろ?」

「「た、確かに!」」

 

 

 驚きを隠せないでいるカデンツァヴナ姉妹であったが、奏はにひひと笑うばかり。

 優斗からはおっさん臭いと言われていたが、その実女子力はトップクラスの奏なのであった。

 

 家族を失い、その後は弦十郎や緒川達の協力の下で生活をしていたものの、日本の一機関からS.O.N.Gへと再編される折、折角だからと誰の手も借りない生活を初めてみるかと思い立つ。

 S.O.N.Gの大人達は、年下の仲間にも気を揉まねばならない。ならば先達として少し早く大人の手を離れ、自らも大人の仲間入りを果たそうという発起は、遅すぎるような気もすると同時に何処か気恥ずかしくもあったと記憶している。

 彼女の決意と発起に確かな成長を見た弦十郎は涙ぐみ、緒川は何時でも頼ってくださいねと背中を押し、藤尭や友里は応援していると祝福してくれた。

 

 そうして始まった自活の日々は、一筋縄では行かなかった。

 戦うことは出来ても、自分の生活一つ自分でどうにかできない現実に何度となく打ちのめされたが、負けん気が強く諦めの悪い奏は一歩一歩着実に前へと進んでいる。

 始めの内は手に切り傷や火傷を負って悪態をついていた料理もこれこの通り。見事ですらあった。

 

 

「この食材だ、とぉ、ホイルでアクアパッツァでも作んのか? BBQでシャレオツなもん選んだな」

「へー、分かるんだ。やるじゃん、お前のこと舐めてたわ」

「だろ? だから謝れ。あたしの傷ついたプライドを癒すために謝れ」

「ふっ――――天羽様の女子力をべろんべろんに舐め腐ってました。申し訳ございません」

「分かりゃあいいんだよ、分かりゃあ」

「こ、これがジャパニーズDOGEZA……!」

「そんな簡単にするものじゃないと思いますけど……」

 

 

 何を作るつもりなのかを見抜かれた優斗は一瞬、ニヒルに笑ったものの、直後に全力の土下座へと移行する。完全に自分の非を認めていた。

 

 別段、それほどプライドは傷ついてはいなかったものの、舐められていた現状を覆せて、奏は腰に手を当てて満足気に笑ってみせる。

 隣でその様子を見ていたマリアは美しさすら感じる日本の究極の謝罪・土下座に慄き、セレナは思わず苦笑い。

 

 

「そんなに腕があるなら今度何か食わしてよ」

「…………そ、そりゃ、お前んちに通い妻してか? それともあたしん家か?」

「どっちでもいいけど…………あー、でも世界の歌姫に男の影とか、どっちもマズいか」

「そんなもん今更だろ! すっぱ抜かれても緒川さんが何とかするから!」

「えっ!? 確かに緒川さんなら何とかしそうだけども! 何でそんなに喰い付いてくるの?!」

 

 

 もしかしたら美味い物が食べられるかもしれないとしか考えていない発言に、奏はらしくない熱に浮かされたかの如き表情を見せた。ニヤつく顔を必死で抑え込むような、望外の幸運に驚くような、或いは――――

 

 だが、普段は全く意識していない立場の違い(余計なこと)を不意に思い出した優斗は、調子に乗りすぎだなと反省しつつも、鬼気迫る表情の奏に喰い付かれビビリ散らしていた。

 人との距離感が近い優斗にしてみれば、会話の延長線上にあるだけのちょっとした願望を発露、或いは変わらぬ日常に刺激を与える思いつきに過ぎないが、受け取る側にとっては意味合いが変わっていたのは相互理解を阻むバラルの呪詛故であろうか。

 

 

「いやいや待て待て待ちなさい!」

「ま、マリア! 流石は頼れるお姉さん! 助けてェ!?」

「私とセレナも料理にはちょっとした自信があるわよ! 私と! セレナも!」

「ちょっと???」

「わ、私の料理、姉さんだけじゃなく、調ちゃんや切歌ちゃんにも、評判です!」

「君達、人の話聞こ???」

 

 

 困惑する優斗を助けるべく救いの手を差し伸べたのは皆の頼れるお姉さん――――かに思われたが、どういう訳だか自分とセレナをアピールしていく()()()、もとい()()()()()()()()()()()。差し伸べられたのは救いの手ではなく、更なる混乱の種であった。

 

 自分の発言が自分では分からないところで自分には関係なく意図しない方向へと進んでいく。妙に気合の入ってるカデンツァヴナ姉妹には目が点になっていた。

 気分は大海原で突然の嵐に翻弄される蟹工船の搭乗員か。現代社会の闇、ブラック企業すらも超え、温厚な人間を鬼に変えるほど過酷な労働環境に放り込まれた挙げ句に嵐という不幸と理不尽に巻き込まれてしまったかのような状況である。

 

 話を聞いて貰えず、困惑は増すばかり。

 

 

「え? 優斗さんの家で料理作るんですか? 奏さんとマリアさんとセレナちゃんが? じゃあいっそのこと皆でやりましょうよ。未来もいれて」

「…………響ぃ、其処は私も通い妻しましょうか、だよぅ」

「うぇ!? だ、だって、私の腕じゃ、奏さんにもマリアさんにも敵いそうにないし、皆でやった方が楽しいしぃ……?」

「はあ、自覚あるんだかないんだか、今から響の将来が心配だよ。そんなだから響は響なんだよ?」

「わ、私が私であることがそんなに悪いことなのぉ!?」

「悪くはねぇけど心配になるのは確かだけどな。あたしも料理の勉強ちったぁやるかぁ……」

「ふふふ、やってくれたなぁ、マリア」

「おほほ、正々堂々と勝負と行こうじゃない」

「うーん、何を作ろうかなぁ。やっぱり得意なものがいいよね」

「マリアもやる。これで優斗さん私達のお兄ちゃん化計画が進む」

「や、矢弾尽き果て、散るも悲しき……ガクッ」

「し、調、あの時のおてがみは、ちゃんと処分しておいて欲しいデス……ぐへぇ」

 

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、八人も集まれば状況も混沌としようというもの。

 更に言えば、彼女達は我も強く、背負った罪も胸に秘める悩みと想いも人一倍に重い少女達。優斗が無意識に形成する何でも話せる空間は肩の力を抜くにはまたとない機会。やりたい放題ハッチャケてしまうのも詮無きことだ。

 

 

「はぁ、空はこんなに蒼いのに……」

「優斗さん優斗さん。ボク、コツを掴めてきた気がします。次はどうすればいいでしょう?」

「エルフナインは可愛いなぁ。よーし、じゃあ次はなぁ――――」

 

 

 喧騒から抜け出し、どうにもならない現実を忘れるように青い空を見上げる。

 分かりきっているが空模様は海に来た時から何も変わらぬ雲一つない快晴。空が彼の複雑な心境など表すはずもない。

 

 そして、空と同じく彼の心境を全く理解していないエルフナインが、むふーと鼻を鳴らしながら次の指示を求めてやってきた。どうやら料理が楽しくなってきたらしい。何かにのめり込むと周りが見えなくなるタイプでもあるようで、周りの騒がしさに一切気付いていない。

 早く早くとせがむような様子に、見た目よりもずっと成熟した精神の持ち主である彼女が年相応の姿を見せるのは微笑ましい。

 取り敢えず、現実逃避の一環としてエルフナインを防人や自称常識人とは同じ魔道に落ちぬよう、BBQの準備に戻っていくのであった。

 

 

 ――――この時、彼はまだ知らなかった。

 

 

 後に鷲崎時計店で開催される大惨事料理大戦において、我が家の台所が恐るべき防人の業前と自称常識人の常識によって無残な姿に変わり果ててしまうことを……!

 

 

 

 

 





聞こえてくる(台所の)破滅の足音――!!

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