全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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かなり前
「ネフィリム暴走事件」


 

 

 

 

 

 チク・タク、チクタク。

 時は遡る。狂った時計は怒りと共に見守った悲劇の記録を夢のように垣間見る。

 

 

 

 

 

『………………』

 

 

 アメリカは内陸部。

 海も湖も川も見つける事の出来ない何処までも続くような広大な乾いた荒野の中に、その施設はあった。

 

 米国連邦聖遺物研究機関――――Federal Institutes of Sacrist。通称F.I.Sの研究施設。

 人類が多くの犠牲と積み重ねによって得た先端技術とは全く系統を異にする異端技術(ブラックアート)を研究する機関である。

 異端技術は先史文明時代に端を発すると言われ、現代の技術では到底理解の及ばない魔法じみた結果を引き起こす。

 その際たるものが聖遺物。世界各地の神話伝承に登場し、超常の性能を秘めた武具や道具を総称してそう呼ぶ。

 

 それらに目を付け、これまでに様々な研究が行われてきたが、正確な記録は残されていない。

 数少ない残された記録の中で最も古いのは、第二次世界大戦時のナチス・ドイツによるものと比較的に新しい。あくまでも記録として残っているもの中の話である。実際にはもっと多くの者が夢を見て、欲望を満たすために聖遺物に手を伸ばしているに違いない。

 記録が残されていないのは、手を伸ばした者が危険過ぎると隠蔽を選んだか、己ならば出来るという思い上がりから破滅したからなのか。ともあれ、人の手に余る力を手にした所で幸せな結末などあり得ない。

 

 それはF.I.Sであっても変わらない。

 終わりの名を持つ女、この世で最も異端技術の深奥と真髄に肉薄している者の思惑と米国政府の薄汚れた欲望が始まりであったとしても。

 

 施設は緊急事態と生命の危険を伝えるべく赤い回転灯の光で満たされ、けたたましい警報音で満ちていた。

 あちこちでは火の手が上がり、自らの命を守ろうと逃げ惑う者、自らの研究だけは死守しようとする者、罪で薄汚れながらも人の尊厳を守ろうとする者達の怒号と悲鳴で溢れ返っている。

 

 

 ――――地獄の様相を呈している施設に、異形の影が闊歩していた。

 

 

 眼窩と鼻腔の存在しない頭蓋骨を模したかのような兜。

 肋骨を幾重にも重ねたかの如き一部の隙もない黒鉄の鎧。

 20世紀に入ってから積極的に研究が重ねられている強化外骨格とも明らかに異なる、人型でこそあるが見た者に本能的な畏怖を与えるフォルム。

 

 異形は遠くで聞こえる悲鳴にも意に介さず、明確な目的意識だけは感じ取れる足取りで進んでいる。

 

 

「なっ、何者だ!」

 

 

 混乱に乗じて誰にも悟られることなく施設への侵入を果たした異形であったが、長く続く廊下が交わる地点で、施設の人間にかち合った。

 出会ったのは米国軍人と思しき五名。迷彩柄の戦闘服に同色のヘルメット。その上から防弾チョッキを纏い、手には様々なアタッチメントが取り付けられたアサルトカービン、M4が握られている。

 

 F.I.Sはその研究が非人道的な内容をも含むため、各国どころか米国内部でも存在を知るものは極一部、と存在の秘匿が徹底されている。

 故に、彼等は陸海空軍の特殊部隊から施設防衛のために選出されたより選りすぐり。国に殺人も許可され、彼等自身も任務のためならば殺人も躊躇わない。

 正体不明の異形を前にして即座に引金を引かなかったのは、施設が現在の惨状に至ったある聖遺物の起動実験を知っていたからか、或いは天地万物がひっくり返ったとしても勝てない相手であると本能的に悟ったからなのか。

 

 

「止まれ、動くな!」

『………………』

「チィッ、構わん撃て、射殺しろ――!」

 

 それでもなお、彼等は自らに与えられた任務を全うする。

 それぞれの射線が被らないように位置取りし、銃口を正体不明の異形にポイントした。

 

 一度切りの警告を無視し、異形は恐れもせず足も止めない。

 その様子に、数々の修羅場を経験してきた分隊長と思しき男はこれ以上の問答は無駄かつ無意味と決断し、部下と共に引金を絞る。

 

 

『………………』

「クソがッ!! 少しは痛がれ!!」

 

 

 無数の弾丸に晒されながら、異形の歩みは止まるどころか緩みもしない。

 確かに其処に存在しているのは弾丸の直撃に際して発生している火花によって明らかであったが、纏った鎧の堅牢さ故なのか、痛みを感じている様子すらなかった。

 大きさからして鎧の厚みなど数cmもないだろうに、内部へ衝撃が通っていない。防弾チョッキが弾丸を防ぎながらも衝撃までは吸収しきれない事実を考えれば、異形の鎧の頑強さはこの世の如何なる金属と比較しても遥かに越えている。

 

 余りにも危険過ぎる存在にして、目的も定かではない正体不明の存在。

 何としても此処で止めねばならない、と判断した小隊長は更なる重火器の使用を命じようとしたが――――

 

 

「――何、だと?」

「消えた……?」

 

 

 ――――異形は忽然と姿を消した。

 

 

 まるで夢が覚めるように。まるで視覚映像が編集されて切り取られてしまったかのように。

 

 兵士達の目の前で起きた現象は、彼等の想像と理解の範疇を大きく越えていた。

 異形が存在したことは間違いない。消費された弾倉、壁や床に残された弾痕、拉げて潰れた弾丸が夢や幻覚の類ではなく、存在していたことを確約している。

 

 

「司令部に連絡! 起動した聖遺物の存在を確認しろ! 逃亡していなければ、アンノウンは別口だ! 情報を全隊に通達させろ! 何らかの聖遺物を行使している可能性が高いともな!」

 

 

 隊員達が動揺を見せる中、分隊長は動揺を掻き消すように怒号を飛ばす。

 

 これが後に“機械仕掛けの魔人”、或いは暗号名(コードネーム)無貌(ノー・フェイス)』と呼ばれる人型存在と米国との初遭遇の記録。

 その正体と力を求め、米国政府は血眼になって追い掛ける切欠となった事件である。

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

『……この先か』

 

 

 異形の魔人は混乱の極致にある施設の最下層に移動していた。

 最下層は天井も壁も床も分厚い金属で出来ている故に空気が重く、広大な空間ですらあるにも関わらず嫌な圧迫感すらある。

 上層の混乱によって電気系統にすら障害が発生しているらしく、喧しかった警報もなければ自家発電機から供給される電力で最低限の明かりだけが保たれている。

 

 静謐ですらある最下層を変わらぬ歩調で奥へ奥へ。

 彼が自らの指針とするのはかつて空間に残っていた聖遺物の残り香。彼独自の技術によるものか、彼が手にした聖遺物の力によるものなのか

 そして、辿り着いた最奥に在ったのは巨大で堅牢な扉。核シェルターをそっくりそのまま最重要秘匿物の保管庫へと変えたものであった。

 

 F.I.Sにとっての最重要秘匿物は言わずもがな発掘された数々の聖遺物。そして、魔人の目的でもあった。

 

 

『一部限定解除。機能の拡大解釈、開始――――仮想術式“アルクビエレ・ドライブ”始動。疑似刀身形成。空間切断、開始』

 

 

 見上げるほど巨大な鉄扉の前に立った異形の足元に、人の手では到底描けない描けない時計盤の魔法陣が現出する。

 異形の言葉に合わせ時計盤の4つの針が回転し、全ての針が重なった瞬間、異形がパチンと指を鳴らす。

 

 瞬間、核攻撃にすら耐える筈の分厚い鉄扉は何の抵抗もなく寸断された。

 音もなく光もない。事前に察知するという前提が通用せず、空間そのものを斬り裂くことで物質の特性にされず、エネルギーや流体であっても問題なく切断する。防御という選択肢が一切通用しない斬撃の極致。

 誰が見ても驚嘆に値するほどの力であっても、彼にとっては当たり前の事柄なのか、腹の底まで響く重苦しい轟音と共に崩れていく鉄扉だった鉄塊を何の感慨もなく眺めていた。

 

 本来であれば、正式な手続きの下に正式な承認が下り、正式な手順と入力がなければ開かない禁断の扉を越え、保管庫へと足を踏み入れる。

 この保管庫に収められた聖遺物は研究の結果、利用価値無し、或いは今現在人類の手にしている技術力では利用以前に起動すらままならないと判断が為されたものが大半。それらを除いた極一部は万が一起動できたとしても、米国にとっては危険以外の何物でもない超危険物である。

 

 

『………………』

 

 

 ケースを叩き割り、保管庫の中にある小型の金庫を拉げながら破り、幾つかの聖遺物を見繕う。

 それぞれ何らかの欠片であると推察できるが、どんな機能を秘めているのか、そもそも起動できるかすら聖遺物の研究者であっても判然としまい。

 それを迷いなく選んだということは彼もまた異端技術に関する知識、ないし何らかの判別手段を持っているようだ。

 

 目的を手にした異形は、頭上を見上げて指を鳴らす。保管庫の外に比べて近い天井はそのまま堅牢さと厚みを示していたが、空間切断の刃は容易くそれを斬り裂いた。保管庫の扉を切断できるならば、壁や床、天井であっても同じ事。当然の帰結だ。

 自重で落下してくる分厚い鉄塊を片手で弾き飛ばし、そのまま背の歯車を分解したようにも見える羽が広がり、金属の床から浮かび上がる。どうやら、このまま直上に存在する全てを寸断しつつ、施設の外まで飛翔するつもりらしい。

 

 寸断と上昇を繰り返しながら、幾重にも重なったフロアを抜けていく。

 途中、研究者と思しき者は突如として床を破壊して現れた異形を呆然と見送り、兵士は攻撃を加えてきたが全ては無意味。彼を止められる者は皆無であった。

 強大な力の全てを使えば、混乱に乗じずとも全てを真正面から奪い尽くせる。それをしないならば、人命を無意味に浪費するつもりがないと考えても差し支えあるまい。尤も、彼以外の人間にとっては正体不明。萎縮震慄するのも無理はない。

 

 

『………………ッ』

 

 

 後は外へ出るだけ。道中に問題などはなかった。その空間に辿り着くまでは。

 

 空間の大きさ自体は最下層に比べれば随分と小さい実験室。

 しかし、施設の中心に存在し、電気系統が集中し、広まっていない先端技術の粋を集めて造られた機材の数々を見るに重要度の桁違いさが見て取れ、此処で行われていた実験こそF.I.Sの本命であることを伺い知れた。

 

 そして、今や実験室は混乱の元で地獄の中心でも在った。

 

 実験を見守る観覧席を危険から遮る強化ガラスは粉々に砕け散り、壁や天井が崩れかけて崩落が始まっている。

 燃え盛る炎は更に燃え上がり、肌も喉を熱せされた空気だけ焼け、人を物言わぬ黒焦げの肉塊へと変えようとしていた。

 

 一体、此処で何が起こったというのか。

 どれだけ強大な力を持とうとも、全てを知る訳ではない異形には知る由もなく興味もない。ただ、彼が息を呑んだのは、今まさに失われようとしている幼い命を目撃したからに他ならない。

 

 実験室の中心では口と目から血を流し、誰の目からも明らかな致命傷を負った少女だった。

 少女の命は限界だった。だが、それよりも早く終わりを迎える。罅割れた天井が崩れ、人間など原型を留めぬほどに押し潰す巨大な瓦礫が落下していた。

 

 

『……やっち、まった』

 

 

 命そのものが赤く咲く直前、異形は少女へと手を突き出していた。

 

 刹那、奇妙な光景が展開された。本来、重力に引かれて少女を押し潰すはずの瓦礫が空中で静止しているのだ。

 いや、それだけではない。実験の失敗に罵声を上げていた政府関係者と思しき者も、ただただ悲劇に悲鳴を上げるしかなかった者も、燃え盛る炎も、電気も、空気すらも全てが凍り付いたように動いていない。

 

 ――――時間が止まっている。

 

 この世の誰一人、この現象を認識すら出来ない。時間の停止という馬鹿げた現象を引き起こした異形以外は。

 時間が停止すれば、全てが活動を停止する。空気も固定されて身動きどころか呼吸も出来ず、光も停止している故に何も見ないにも、そもそも思考も停止している故に認識すら出来ない。にも拘わらず、異形は手を突き出したまま、少女へと歩み寄っていく。

 既に定められた物理法則、世界に敷かれた新たな法ですらも、彼にだけは適用されないかのようだ。先程、兵士と遭遇した際もこうして時を止め、自分だけは悠々と歩き去っただけのようだ。

 

 

『…………確か、ネフィリムだったか』

 

 

 少女の前に移動し、片膝を付いた異形は明らかな呆れと失望の声で呟いた。

 保管庫の中には空になっていたケースが複数あり、かつて何が保管されていたかを示すプレートだけが残されているばかりであった。

 プレートにはシュルシャガナ、イガリマ、ネフィリムと刻まれていた。前者はメソポタミア神話に登場する都市神サババの奮ったされる魂を刈り取る二振りの刃。後者は堕天使の集団と人の娘が交わった末に生まれた巨人であると言われている。

 

 彼女の手には掌に収まるサイズの蛹状の何かが握られている。形状からして、ネフィリムと刻まれたプレートの上に置かれていたケースと一致していた。

 異形には何が起きたのかを推し量るしか出来なかったが、目の前の少女がこの惨劇を引き起こした、とは考えていなかった。

 

 多くの聖遺物は、発掘されても基底状態にあり、そのままでは超常の力を発揮しない。

 これを駆動させるためには歌と共に人間から発せられるフォニックゲインと呼ばれる未知のエネルギーによって励起させる必要がある場合が殆ど。

 少女の握ったネフィリムは実験に用いられたであろうに、どういう訳か完全なる基底状態にある。これでは辻褄が合わない。

 

 少女がネフィリムの起動に関わったのはかなり可能性が高く、同時に制御不能の暴走状態に陥って惨劇を生んだネフィリムを何らかの手段で基底状態にまで戻した可能性は更に高い。

 

 だが、何であれ異形には何の関係もない話。

 F.I.Sの研究者や政府関係者の思惑も、少女の我が身を省みぬ献身すらも。関わりを持たぬが故に、このまま立ち去ってしまうのが彼にとっては一番良い。

 

 

『――――だが、何も死ぬことはない。目的は果たした、手も空いている、手段もある。なら、助けてやるのが人情か』

 

 

 それでも、異形は少女を助ける道を選んだ。

 これが聖遺物を研究すること自体が目的の者や聖遺物の利用によって得られる利益に目の眩んだ者であれば、考えるまでもなく見捨てていただろう。 

 

 だが、少女は違う。

 どんな想いで立ち向かったのかは分からないが、こんな幼い身体と精神でよくやったものだと諸手を挙げて称賛してもいい。

 人から逸脱する力を持とうとも、人から大きく離れた異形に成り果てようとも、人の心と尊厳を捨てるつもりはないと言うように、異形は彼にとって当然の選択をしただけだ。

 

 

『あの裸族の変態女に頼るのは癪だが、仕方がない。人を助けてて自分が死んでも笑えないからな』

 

 

 時の停止によって直立したままの少女の身体を両腕で抱える。

 その動きは乱暴さには程遠く、蝶よりも花よりも丁重に扱う敬意と命に対する慈愛が見て取れた。

 

 異形と少女の姿は一瞬で消失し、そして時は動き出す。

 

 

「セレナァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

 後の実験室には何も知らぬ姉と思しき少女の絶叫が木霊し、崩れる天井と壁の崩落音によって掻き消された。

 

 

 

 

 施設の内部の鎮火後、少女――――セレナ・カデンツァヴナ・イヴの捜索が行われたものの遺体すら見つからず、状況から行方不明ではなく死亡としたものと処理された。

 セレナの姉であるマリア・カデンツァヴナ・イブ、及び育ての親であるナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤも政府の処理とセレナの死を受け入れ、二人の人生に大きな影を落とし、更には後のフロンティア事変に繋がることになるが、全てを見通せぬ者には未だ知ることのできない未来の話。

 

 仲睦まじい姉妹が再会するのもまた未来の話であり、育ての親の最期を看取るのも同様である。

 これがネフィリム暴走事件の事実と顛末。そして、セレナは日本の医療施設にて誰にも存在を知られる事なく、その傷を癒すのであった。

 

 

 

 

 




――――例えその手がどれほど血と罪に穢れていようとも、救えるものはあるだろう。
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