パンガールの山吹さん(仮) 作:RyuRyu(元sonicover)
カーテンの隙間から差し込む白い光。
どこかで小鳥の囀りが聞こえる。
微睡みの海から意識が徐々に浮上していく。
目を開けると、天井に貼ったネトゲのビジュアルポスターがまず目に入る。
──いい朝だ。
軽く伸びをする。爽やかな気持ちになる。
スマホの電源を入れる。朝ごはんは何を食べ──
「……………………ふぁっ」
スマホの画面には『9:00』の表示が。
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯いや、何かの間違いだろう。9を6と見間違えたり。
目を擦って、深呼吸を一つ。もう一度スマホを見る。
「……くじいっぷん……」
そうか。これは夢だ。そうに違いない。さあ俺よ起きるのだ!こうやって頬を引っ張れば俺は痛くないけれど今寝てる俺は痛いはず……!
「…………いひゃい」
そりゃそうだよね。少し考えりゃわかる事だったよ……。
「……遅刻じゃん」
またやっちまったぁ……はぁ。
▪▪▪
昼になると、学校内は途端に騒がしくなる。
我先にと購買に向かう者。家から持参したお弁当を机に広げる者。各々が思い思いの時間を過ごす。
どうにも今日の僕はツイていないみたいだ。
昨日は結局二時間のつもりが、RinRinさんがログアウトした後もだらだらとやっていたら気付けばまたもや空が白けていた。お陰で遅刻はしたし、昨日と一昨日の事もあって、僕が登校した時に教室の扉を開けたら授業の合間の休み時間にも関わらず教室内が一瞬静寂に満ちた。なんでだよ。休み時間だよもっと騒いでよ。
「ムッツリーニが皇帝出勤だ」みたいな視線の中自分の席に座ると、隣から物凄い視線が。誰であろう、山吹さんだ。僕は怖くなって山吹さんの方に顔を向ける事ができなかった。
いつもお昼を買うコンビニも昨日から改装工事だったみたいで昼食も買えずじまい。
購買で何か買うかと思ったら授業が長引いた影響で購買に着いた頃には食パンの耳のラスクしか売られていなかった。
仕方ないからラスクを買って廊下をとぼとぼと歩く。向かう場所は屋上。扉には鍵がかかっているけれど、出窓からは出られる。
身を畳んで屋上に出ると、湿った風が吹き抜けた。空を見ると、黒い雲が重く立ち込めていた。そう時間が経たないうちに降ってきそうだ。
折り畳み傘持ってきてたっけ、とか考えながらフェンスにもたれかかる。
ラスクを食べたけれど、明らかに量が少ない。しかも中途半端にお腹に物を入れたせいでさっきよりお腹が空いてきた。
「……ツイてないなぁ」
呟いて、僕は昼休みが終わるまで横になる事にした。
▪▪▪
放課後。来週に定期テストを控えて、今日からは部活動も原則禁止となった為か、いつもよりHR後の教室が騒がしい。「カラオケ行こうぜ」、「誰んちで勉強会する?」、「俺勉強しなくてもイケる気がする」。騒がしい主な原因は運動部の連中で、部活が無いのをいい事にいろんな人を巻き込んで休みの意味を履き違えた行動をとっている。大体、テスト休みなんだから勉強しろって話だし、勉強会なんて大義名分を掲げて実際の所、女子が集まれば
何はともあれ、部活に入っていない僕にとっては蚊帳の外。不在の両親に代わって家事をこなさなくてはならない為、可及的速やかに帰宅するのがこの場合の最適解。
という訳で、さらば──
「待って」
とはいかず、誰かにバッグを掴まれた。まあ、大体の見当はつくけれど。
振り向くと僕のバッグを掴み、僕の事をじっと見つめる女子生徒が。誰であろう、山吹さんだ。僕は可及的速やかに帰宅するのを諦め、極めて迅速に、全速力で帰宅する事にした。
「何?僕これから用事があって急いでいるんだけれど」
あながち嘘ではない理由を述べて山吹さんに手を離してもらうよう申し出る。
「東雲君。少し、お話、しようか」
『お話』の所が妙に強調されたのですが、気のせいでしょうか。山吹さんの視線に有無を言わさぬ威圧感を感じ、まるっきり意思の弱い僕は従う他無かった。
▪▪▪
場所は変わって駅前のファストフード店。
僕が通う学校だけではなく、この辺りの地域の学校のほとんどが同じく来週辺りにテストがあるのだろう。見慣れない制服の中高生がそれぞれの勉強道具をテーブルに展開させている。この人達の爪の垢を煎じてさっきの運動部生に是非とも飲ませたい所である。
そしてこのファストフード店、やたら美少女が多い店という事でこの前テレビで特集が組まれていた。その筆頭が、アイドルバンドとして人気急上昇中のpastel*paletボーカル、丸山彩。今をときめくアイドルが店頭でスマイルを無料で振りまくのだから繁盛しない訳がない。それにしても、現役のアイドルがアルバイトしていいのかと甚だ疑問なのだが、詳しい事は彼女に聞いてみなければ分からない。
閑話休題。
果たして勉強道具を広げただけで本当に勉強しているのか分からない学生で賑わう店内の中、ただ一箇所だけ、周りの喧騒から取り残されるように静まり返るテーブルがあった。
……そう。僕たちである。
さっきから僕がハンバーガーを貪るのを山吹さんがずっと見ている。ずっと、だ。だのに山吹さんがそこはかとない怒気を孕んでいるせいでトキメキもへったくれもない。こんなに味を感じないダブルチーズバーガーは初めてだった。
「……ねえ、東雲君」
「あっ、は、はい」
ダブチを食べ終え、お口直しにゼロコーラをチューチュー吸っていたら、山吹さんが口を開いた。
「今日はどうして遅れたの?」
「え、あ、いや……その……」
「正直に言って欲しいな」
「そ、その……ね、ネトゲを、やってました」
「ふーん……何時まで?」
「えっと、朝の五時くらいまで、です」
「……はぁ〜」
なんだかため息をつかれた。確かに遅刻したのは僕が悪いけれど、言ってしまえば山吹さんにここまで問い詰められる謂れはないはずだ。山吹さんがよく分からない。
「それって、昨日もそうだったの?」
「え、うん。昨日は六時だったっけ」
「……よくそんなに起きていられるね」
「まあね。三度の飯よりゲームを取るからね」
「自信満々に言う事じゃないと思うんだよなぁ」
なんだか呆れられた。山吹さんがよく分からない(二回目)。
「とにかく、あまり夜更かしするとダメだよ。健康にも悪いし、次の日持たないよ」
「いや、でも夜の方がフレンドいるし。昼間よりもレベリング捗るから」
「……………………ふーん」
「えっ、な、何?」
「フレンド……ねぇ」
「……?」
少し考え込む仕草の後、山吹さんは僕を見てニヤりと笑って立ち上がった。
「よし、それじゃちょっと付き合ってよ」
「……は?」
▪▪▪
街灯が照らす帰り道。僕は何故か山吹さんと駅前から並んで歩いている。やけにほくほく顔の山吹さんの手には電器屋の袋。
ファストフード店を後にして山吹さんに言われるがままやってきたのは電器屋のゲームコーナー。なんと山吹さんが僕のやっているネトゲのコンシューマー版ソフトを購入なさった。何故か聞いてみたら、「気になった」からだそう。やっぱり山吹さんがよく分からない(n回目)。
「あ、そうだ」
もうすぐで商店街の入口という所で山吹さんが思い出したように話しかけてきた。
「……何?」
「連絡先、交換しよっか」
「……なんで?」
「これで分からない事があったら教えてもらおうかなって」
「まあ、それなら」
了承して僕はスマホのロックを外して山吹さんに渡した。
「……」
「……ん?どうかした」
「いや、渡しちゃって大丈夫かなって」
「ああ、別に見られて困るようなもの入ってないから」
「そ、そう……」
渋々山吹さんは両手にスマホを持って互いの連絡先を交換した。その際、僕のスマホを見て少し顔を顰めたのはもしかしたらホーム画面がネトゲキャラの水着ショットだったからだろうか。そうだったら申し訳ないな。
「はい」
「うん」
「それじゃ、私こっちだから」
スマホを受け取ると、山吹さんはまたねと言って商店街の方へ走っていった。
なんだかトントン拍子で話が進んで僕としては一先ず落ち着きたい所だ。
結局、放課後はずっと山吹さんに引き回されていた記憶しかない。
自宅への道を歩いていると、スマホが鳴った。
確認すると山吹さんからで、『今日はちゃんと寝ること(`_´) 』とよく分からない顔文字付きで送られてきた。
『了解』とだけ返しスマホをポケットにしまうと、湿った風が吹き抜けた。昼過ぎから天候はなんとか崩れずにいたけれど、そろそろ降ってきそうだ。
そういえば、と思い返してみる。
僕、同年代の女子とこんなに長い時間過ごしたのは初めてかもしれない。テスト前に何をやっているんだと思った所で、僕も今日はあの運動部連中と同じ事をしていたではないかとブーメランが突き刺さった気分になって頭を抱えたくなった。
それにしても、山吹さんはなんで僕なんかを気にかけるのだろうか。たかが同じクラスのたかが隣の席なだけなのに。隣の席の人とテスト前にファストフード店に行って電器屋でゲームを購入する事が普通なのだろうか。
……やっぱり、僕は山吹さんが分からない(n+1回目)。