パンガールの山吹さん(仮) 作:RyuRyu(元sonicover)
1週間後。
テストも終わり、部活が再開されて校内が再び活気づく放課後。
そんな喧騒を他所に、僕は屋上にいる。
手元には返却された全教科の回答用紙。ふむ、まあまあと言った所か。
そして、僕の前にはヤケに真剣な顔の山吹さん。なんか1人でムムム……と唸っている。川平〇英かよ。クゥーッ!ってか。
そして山吹さんの手元にも回答用紙。
敢えて言おう。なぜこうなった。
よし、山吹さんが唸っているうちに思い返してみよう。
遡るとすれば、やはり僕のお気に入りの屋上が山吹さんに見つかってしまった日からか。
その日以来、僕はやまぶきベーカリーでお昼ご飯を買い、昼休みに
僕としても、本当は1人で昼食を摂り、余った時間を屋上に流れる心地良い風に身を任せて昼寝をしたい所なのだけれど、山吹さんが来てからはそうともいかなくなってしまった。
僕が感想を言い、山吹さんがそれを聞いて頬を綻ばせる。なんだか絵面だけ見れば僕が最も忌み嫌うリア充そのものにしか見えない。なんなら『二人きりの屋上』というシチュエーションも着いてくる。
これなんてエロゲ?そうとる我が同朋非リア勢は少なからずいるであろうこの状況。けれど僕は断言する。
──そんな事あるはずが無い、と。
そもそも前提からして、僕と山吹さんがこうして一緒にいる事自体が間違っているのである。方や巷で人気のガールズバンドのドラマー、方やゲームしか能の無いオタクボッチ。輝く舞台に躍り出るのが彼女ならば、僕はモブにも満たない役どころ。寧ろその舞台に出る資格すら無い。
そんな彼女とこうやって放課後の屋上で二人きり。誰かに見られようものなら双方に風評被害が避けられない。主に僕が。
よって、今この時この瞬間、山吹さんの為僕の為、僕は一刻も早く帰宅したい所なのだけれど。
「……よし」
当の本人はそんな事露知らず。
「それじゃあ、英語から」
真剣な顔を崩さずに山吹さんは僕の前に英語の答案用紙を裏返しで差し出してくる。僕もそれに倣って裏返しで答案を差しだす。
──両者を静寂が支配する。
どこかで空砲が鳴った。
「せーのっ」
それを合図に山吹さんが勢い良く答案をひっくり返す。僕も倣ってひっくり返す。
瞬間、山吹さんの目が見開かれ。
「あぁー負けたぁー」
すぐさま落胆の色に変わった。
「なんで君こんなに点数高いの⋯⋯?」
「なんでと言われても」
「いつも授業中は寝てるのに⋯⋯」
「心外だなぁ。僕だってちゃんと勉強はしてるんだけれど」
「うぅ⋯⋯、じゃあ次!国語は?」
言われて国語の答案を差し出す。
「せーのっ」
裏返す。そして落胆。
「えぇ⋯⋯」
「そんな顔されても」
「そ、それじゃあ日本史は?」
「はい、日本史」
答案を受け取って自分のと見比べる山吹さん。点数を見てうへぇ、という表情を浮かべる。
「⋯⋯ねぇ」
「ん?」
「⋯⋯カンニングとかしてないよね?」
「あたりまえじゃないか。え。何?僕がそんなに点数高いのが納得いかないのかい?」
「うん」
「即答」
失敬な。僕は他人よりも物覚えが良いだけだ。
その後も、化学、生物と点数勝負をしてどちらとも僕が勝利を収めた。目の前で山吹さんが「うぅ……」と唸っているけれど実際山吹さんも点数自体は悪くないし、学年上位も普通に狙えるくらいの成績ではある。ただ上には上がいるというだけの事で、それが僕なだけの事。
「じゃ、じゃあ数学!ⅡとB」
言われるがままに二枚の答案を差し出す。
「……どうしたの?」
なんだか得意げな表情を浮かべる山吹さんに堪らず聞いてみる。
「ふふ、実は私、数学が得意教科なんだよね〜。それに、今回は少し自信あるし」
「へー。そうなんだ」
「む、何そのへん……じ……」
受けとった山吹さんの顔がそれまでの浮かれ顔から絶望に切り替わる。なんだか悪い事しちゃったかなぁ。
「実は僕も数学が得意教科なんだ」
「ひゃ……ひゃ、ひゃく……」
相当なショックのようで僕の満点回答を見て遂に壊れてしまったみたいだ。
「あの……山吹さん……?」
「……んで」
「ん?」
「なんで!?」
「わひゃあ!」
急に大声を上げる山吹さんに思わず変な声が出てしまった。その目には薄らと涙を溜めている。
「なんでどっちも100点なの!?」
「なんでと言われても」
「ううぅ……悔しい」
「はぁ……」
どうしろと。理不尽に怒りをぶつけられている僕の方が泣きたいくらいだ。
「……次」
「……へ?」
「……次は、絶対負けないから」
「え、次って……」
「もちろん、次の期末だよ。数学だけでも勝ってやるんだから」
意思の籠った強い瞳で僕を強く見据えてくる。よくわからないけれどどうやら僕は山吹さんに宣戦布告をされたようだ。
売られたケンカはつべこべ言わずに買うのがゲーマーの性である。
「それは別にいいけれど、本当に数学だけでいいの?」
「どういう意味?」
「いや僕さ、国語が唯一の苦手教科なんだよね。今回はたまたまヤマが当たったから点数が高かっただけであって、普段は山吹さんと同じくらいの点数なんだ」
「……それじゃあ国語でも勝負ね」
「仕方ないなぁ」
訂正。売られたケンカは値切れるだけ値切って渋々買います。
痛いの怖いもん。ちかたないね。
「はい、テストの話はこれでおしまい。さ、帰ろっか──」
「ん?ちょっと待って」
山吹さんの行動に少し引っかかる所があって思わず呼び止める。
「……何?」
「え、テストの点数見せ合うだけ見せ合っておしまいなの?」
僕のその言葉に、後ろ姿を見せたままの山吹さんが反応する。
「……そうだけど?」
「それじゃあ、どうして急に答案を見せ合おうなんて言ったの?」
「……君の点数が知りたかったから、じゃ……ダメかな」
「もう一つ」
人差し指を立てて山吹さんに問う。
「こうやって全教科で負けた山吹さんはそそくさと帰り支度をした。それはどうしてかな」
「そりゃあ……早く帰ってテストの復習をしようと」
山吹さんの受け答えに終始戸惑った声音が混ざる。本人は取り繕っているつもりだろうけれど、全然そんな事は無くて、寧ろあからさまに動揺を隠せていない印象を僕に抱かせた。
「それじゃあ、最後に一つ」
再び両者の間を静寂が支配する。
僕は息を吸って、山吹さんに核心となる質問を投げかけた。
「点数勝負をする前の山吹さんの真剣な表情、数学の答案を出す時の山吹さんの得意げな表情、そして今の焦りの表情……勝負をするという事は自分に何か制約をかけて、自分に勝利した際の見返りを敗者に求める。もし山吹さんが僕に点数勝負で勝ったとしたのなら──山吹さんは僕に何をするつもりだったの?」
屋上を一陣の風が吹き抜けた。山吹さんの一つ結びにした髪が靡く。
「……」
「……」
もう一押し足りなかったか?そう思って僕の理論を元に山吹さんに追撃をかけようと口を開きかけた時、山吹さんが静かに両手を上げた。
「……はぁ、バレちゃあしょうがないね。こういう時はこうやって言えばいいんだっけ」
両手を上げたまま振り返ると、山吹さんは満面の笑顔で言い放った。
「──君のようなカンのいいガキは嫌いだよ」
▪▪▪▪
「それで、山吹さんは僕に何を求めるつもりだったのさ」
ところ変わらず学校の屋上。山吹さんがキメ顔で言ったセリフはひとまず置いておいて、僕は山吹さんに再度問い詰めた。そもそもこの勝負を持ちかけて来たのは山吹さんなのだから何か目的があって僕にそういった勝負を挑んできたのだと推察する。
「い、いやー……あはは……」
「誤魔化さない」
「えっと……いつも君が授業中に寝てるから、かな」
「……は?」
「ほら、君ってほとんどの授業で寝てるじゃん?だから君のテストの点数が気になって」
「……ふーん」
「……」
「……」
「……そ、それだけだよ」
「……まあ、それならいいか」
一つ息を吐いて壁に凭れかかる。まあ、本当の所、そこまで理由なんか求めていない。
「一応納得はしておくけれど、特に理由も言わずに他人のテストの点数を知りたがるのはデリカシーの無い行動と取られてもおかしくないからね。その相手があまり点数を気にしない僕だったからよかったものの」
「うぅ、ごめんなさい」
「でも、山吹さんの言うことはわかるよ。まともに授業受けていない人って大概は勉強する事自体を棄てているか勉強しなくても点数が取れるタイプかの二つに別れるからね。それで僕はその後者の方だったと」
「うん。そうみたいだけど……うー、なんだか釈然としないなぁ」
「まだ言うか。正真正銘、僕の実力だよ」
「……わかった、認めるよ。認める」
渋々ながらもようやく山吹さんが僕の成績を認めてくれた。何がそんなに気にくわないのか僕にはわからないけれど。
「それにしても、有咲よりも上がいるなんて……」
「……ん。有咲って、市ヶ谷さん?」
「そうだけど……有咲がどうしたの?」
「ああ、いや。市ヶ谷さんとは去年同じクラスだったんだけれど、彼女もテストの度に僕につっかかってきて。僕が何の用か聞いてもお前には関係ない
、の一点張りで……結局あの人は何が目的だっんだろうか」
山吹さんが「あはは……」と苦笑いしている。うーむ……未だにわからない。僕の答案をひったくってはキッと僕を睨みつけては押し返すの繰り返しで……僕市ヶ谷さんに何かしたのかなぁ?
ぼんやりと考えていると、隣の山吹さんが立ち上がった。
「さて、そろそろ帰ろっか。そう言えば東雲君、お昼まだだったよね?」
「そう言えばそうだった。うん、お腹空いた」
「よかったら、ウチでパンでも食べていかない?今からだったらちょうど焼きたてだと思うよ」
それはいい。僕は頷いて山吹さんの提案に乗ることにした。
山吹さんの家に向かう途中、僕は一旦横に置いておいた話題があった事を思い出した。
「あ、そう言えば」
「ん?どうしたの」
「山吹さんってハガレン読んでるの?」
「ハガレン?……ああ、『鋼の錬金術師』ね。うん、アニメを毎週見てたよ」
「そっか、日曜の夕方だったっけ。放送時間」
「うん。だから弟と妹と一緒に見てたんだ」
「それじゃあ原作はまだ読んでなかったりするのか?」
「まあね。欲しいとは思ってるんだけど……」
「それはもったいないよ。原作にはアニメ未放送の話だってあるんだから」
「えっ、そうなの?」
「そうなんだよ。何話かあるけれど、僕は特に──」
「へ、へぇ」
「あとは──」
「ちょっ、ちょっと待って」
「え?……あ」
これは……やってしまったぜ。
好きなジャンルの話になると気持ち悪いくらいに饒舌になるアニヲタあるある。だって好きなんだもん仕方ないじゃん。
「あ……ごめん。喋りすぎだよね」
「いや、そんな事は無いんだけど……ちょっとびっくりしたかなぁ、なんて」
「そ、そう……」
「ああほら!東雲君っていつも口数少ないじゃん?だから余計にさ」
「僕ってそんなに口数少ないっけか」
「ま、まあ……ね?」
「そう……」
必死になって山吹さんに慰められる僕って本当に情けない……。
自分に落ち込んでいると、何かと勘違いしたのか山吹さんが努めて明るい口調で僕に話しかけてきた。
「あ、ああ〜私も原作読んでみたくなったな〜。東雲君の言う話も気になるし、これを機にまた話をおさらいするのもアリかな〜」
「本当かっ!?」
思わず食らいついてしまった。オタクの敵のリア充の、その頂点の椅子に座る山吹さんがこんな僕の話をきっかけに興味を持ってくれるなんて……!
「ううっ……!」
「えっ、ちょ、なんで泣いてるの!?」
「……僕は、リア充というものは僕達ヲタクの敵だと思っていたんだ」
「……ん?」
「リア充は、ヲタクを都合の良い遊び道具としか思っていなくて、グッズを持っているだけで気持ち悪いだの変態だの臭いだの……臭いは関係無いのに……!」
ぶつぶつと呟く毎にリア充への恨み嫉みが高まっていくのを感じる。僕の発する声がまるで呪詛のように聞こえてくる。
「東雲君?」
「基本的にリア充は強者だ。だから僕が逆らえないのをいい事にクラス中にデマを言いふらして僕に寄って集って苛めるんだ!」
「東雲君」
「……リア充なんか爆発すればいいんだ」
「東雲君!」
「へアッ!?」
山吹さんに肩を掴まれて思わず変な声が喉から出た。
笑われるなぁと山吹さんの方を見るとその顔には笑顔の要素は1ミリも無く、真剣な眼差しが僕を射貫く様に光っていた。
「何をされたら東雲君がそんなに攻撃的になるのかは知らないけど、私は別に君を気持ち悪がったりはしないよ」
「山吹さん……?」
「私は東雲君がヲタクでも全然良いと思っているし、何なら私にもいろいろと教えて欲しいって思ってる」
「……え?」
「ほら、言ったじゃん。興味が出てきたって」
……え、教えて欲しい……?興味……?
山吹さんの言う事をすぐに呑み込めずに脳内で反芻していると、山吹さんが「でも……」と考える仕草を見せる。
「私、今お小遣いがピンチでねー、今から買い揃えるっていうのはちょっと厳しいんだよね」
言いながら、チラチラと僕の方を見てくる。彼女は何が言いたいんだ?
「でも私としては今すぐにでも読んでみたかったりして……あー、どこかに都合良くハガレンの原作全巻持ってる人いないかなぁ〜」
チラッ、チラッと山吹さんが僕を見る。心做しか山吹さんの顔の下辺りに選択肢がポップアップされている気がする。どこのギャルゲーだ。
「……そ、それなら僕のを貸そうか?」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
僕の選択に山吹さんがニッコリと微笑む。どうやら正解だったみたいだ。
「それじゃあ、そうと決まったら早速行こうか」
「そうだね。山吹さんの家のパン、楽しみだよ」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいよ。パン屋冥利に尽きるってね」
そうして僕と山吹さんは改めてやまぶきベーカリーへと歩を進めた。