パンガールの山吹さん(仮) 作:RyuRyu(元sonicover)
「いらっしゃい……あら、おかえり沙綾」
山吹さんに連れられてやまぶきベーカリーへ。ドアを開けると、山吹さんの母親らしき女性が店番をしていた。
「ただいま母さん。体調は大丈夫なの?」
「ええ。この時間帯はお客さんも少ないから、大丈夫よ」
言うと、山吹さんの母親が僕に視線を遣ってきた。目が合ったので軽く会釈すると彼女は微笑んだ。
「それはそうと沙綾、そちらの方は?」
「ああ、クラスメイトの東雲君。お昼ご飯にうちのパンが食べたいって言って聞かなくて」
「僕はそこまで言ってない……どうも、東雲和基です」
「あらあらご丁寧に。沙綾の母の千紘です。ゆっくりしていって下さいね」
「はい。そうさせて貰います……?」
千紘さんの言葉に少し引っかかる箇所があったけれど、そう思った時には千紘さんは既に店の奥──多分山吹家になっている所に引っ込んでいた。
「まあ、母さんもそう言ってる事だし、パンでも選んでゆっくりしてて。私は着替えてくるから」
「あ、うん」
山吹さんも奥に引っ込んで店内には僕一人に。という事で大人しくトレーとトングを持って本日の昼食を選別する事に。
定番のメロンパン、カレーパン、アンパンから、オリジナリティーの高い変わり種のパンまで次々にトレーに乗せていく。現在空腹の僕にとって全部が美味しそうに見えるからいけない。買いすぎないようにしなければ。
そう思いながらも、トレーにはパンの山。
選別も何もあったもんじゃない。
「そんなに買うの?」
いつの間にか着替えた山吹さんが戻ってきていた。
後ろからのその声に振り向くと、山吹さんは私服姿に店のエプロンを着ていて、そういえば山吹さんの私服姿なんて初めてだなぁと思った。まぁ、山吹さんどころか女子生徒の私服すら見た事無いのだけれど。
「気がついたらこうなっていたんだ。空腹って怖いね」
「まあ気持ちは分かるけどね」
「という事でこれください」
「はーい。えーっと……」
次々に袋に収められていくパンを見て、更にお腹が減っていく感じがする。
「──はい、お釣りね」
「うん。ありがとう。それじゃあ、僕はこれで。ハガレンは来週に持ってくるよ」
「あ、待って」
「ん?」
山吹さんに呼び止められて振り向けば、どこか言い辛そうに視線を彷徨わせている。
「どうかした?」
「えっと、ウチで食べていかない? そのパン」
「え、ウチでって……どこかにイートインでもあるの?」
店内を見渡してもそれらしきスペースは見当たらない。
「そういう事じゃなくて……」
「?」
「わ、私の部屋で食べていかないって事」
「……は、え。なんで?」
「んーと、この前買ったゲームの初期設定をいろいろとお願いしたくて」
いきなり何を言い出すかと思えば。山吹さんってもしかしたら見た目に反して軽い人なんじゃないかと思ったよ。
「あ、ああ。そういう事なら……?」
「よかった。それじゃあ、玄関はこっちだから」
何かに安心したのか軽く微笑みながら一旦店を出て玄関へ向かう山吹さんについて行く。
「……? どうしたの?」
「あ、ああいや、なんでもないよ」
……あれ。理由はどうあれ結局の所俺は異性の部屋に招待されてるじゃん。
「……ひぇ」
「……?」
山吹さんの真の思惑に勝手に恐れ慄いているうちに通された山吹さんの部屋は、どちらかと言うと落ちついた感じで女の子らしいと言えば女の子らしい部屋だった。僕自身初めて異性の部屋にお邪魔したから具体的には言えないけれど。いい匂いするし、何あの揚げパスタみたいなやつ。
「飲み物持ってくるから、ゆっくりしてってね」
そう言って山吹さんは一旦部屋を出ていったが、ゆっくりできるはずが無い。
なんだか異性の部屋ってだけで別世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。あの揚げパスタみたいなやつから発せられるいい匂いが余計にそれを助長させている様な気がしてならない。
そわそわと手持ち無沙汰で周囲に視線を彷徨わせていると、タンスの上にある写真が目に付いた。
手作りのフォトフレームの中にいるのは制服を着た5人の少女。左から2番目に山吹さんがいて、真ん中にいるのが確か戸山さんだっけ。あ、市ヶ谷さんもいる。
皆一様に弾ける様な笑顔を浮かべ、見ているこっちまで心が暖かくなる。
「お待たせ……東雲君?」
「あ、山吹さん」
「どうしたの……って、それ」
「ああ、ごめん。勝手に見て」
いつの間にか手に取っていたそれを慌てて戻す。謝ると山吹さんは気にしていないという風に飲み物をテーブルに置くと、僕が置いた写真立てを手に取り懐かしそうにそれを眺めた。
「これ、去年の文化祭の時のなんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。私が正式にポピパに加入した日」
山吹さんの言う『ポピパ』は多分山吹さんの加入しているバンドの事だろう。
「まあ、香澄辺りはそうは思ってないっぽいけど」
クスリと笑って写真立てを元あった場所に丁寧に置く。その仕草だけでどんだけその写真を大切に想っているのかが伝わって、勝手に触った事に対して更に申し訳無く思った。
「さ、食べようか」
「うん。そうだね」
山吹さんもパンを持ってきた様で、一緒にパンを食べた。この間も僕は山吹さんに味の感想を聞かれ、それに僕が答えて、山吹さんが嬉しそうに微笑むという一連の流れが続いていた。
昼食を食べ終えて食後のコーヒーもそこそこに僕は山吹さんに今日の本題について聞いた。
「それじゃ、そろそろ始めようか」
「えっ、何を?」
「何って、初期設定」
「あ、あぁ。そうだね」
「……忘れてた?」
「ま、まさか」
「ならいいけれど。接続とかは……済んでるみたいだね」
山吹さんの挙動に不審感を抱えながら、僕はテレビゲーム機の接続を確認した。僕が来る前に済ませていたみたいで、あとはテレビの電源を入れればいいだけという状況になっていた。
山吹さんからソフトを受け取って挿入すれば、少しの読み込みの後、壮大なBGMと共にスタート画面が表示された。
「おお、これがNFOのコンシューマー版か。操作性だったりは同じなのかな」
「え、えぬ……?」
首を傾げる山吹さんに説明する。
「ああ、アルファベットでNFO。『NEO FANTASY ONLINE』の略称だよ」
画面に表示された《NEW GAME》のアイコンを選択すると、プレイヤーネーム、プレイヤーのビジュアル設定などの初期設定画面に移り変わった。
「名前はどうするの? アルファベットのみだから、名前のローマ字とか自分の名前をもじったりとか、全く関係無いネームでもいいけれど」
「東雲君はどんな名前にしてるの?」
「sinorinだよ。ただ単純に名字をもじっただけ……ってなんで笑ってるの」
「可愛い名前だなぁって思って……ふふ」
「別にいいじゃないか。sinorin。いい名前だろ」
「うんうん。かっこいい、いい名前だよ。しのりん♪」
「バカにしてない?」
そんなこんなで山吹さんのプレイヤーネームは結局《Saya》に決まった。正直、今のプレイヤーネームのくだりを返して欲しい。
その後、山吹さん改め《Saya》のアバターのビジュアルを設定し、チュートリアルへ。
ここからは実際に山吹さんにコントローラーを持ってもらって歩く、走る、ジャンプ、攻撃などの基本的な動作から回避、ジャンプアタックなどの応用までを画面の指示通りにやってもらう。
チュートリアルが終わり、いよいよ本編のストーリーパートが始まった。
このゲームの最大の特徴がストーリーの重厚さと就ける
ストーリーの本筋は、プレイヤーの住む世界を脅かす邪悪な魔王を多種多様な仲間を引き連れて討伐し、世界を平和に導くといった王道モノなのだけれど、王道こそ正道という言葉もあるように、各登場キャラの掘り下げがしっかりしていたり、ストーリー上やジョブ毎に散りばめた複雑な伏線がちゃんと回収されていたりと、細部までこのゲームは作り込まれている。
最近はゲームに限らず映画とかアニメでもしり切れとんぼ感が否めなかったりするから、その点に於いてもこのゲームの評価は相対的に高い。
「これからどうすればいいの?」
いつの間にかプロローグが終わっていて、基本画面に写り変わっていた。
《Saya》のアバターの後姿に、小さな村の背景。僕が最初にこのゲームを始めた時にも見た、言うなれば『はじまりの街』。確かアバターの出身村という設定だったっけ。
「えっと、画面の右上に次のタスクがあるから、それを見ながら暫くは進めていく感じだね」
「りょーかい」
言って、山吹さんはマップの目印の場所に向かって自らのアバターを走らせる。
それからおよそ一時間程、敵モブとの実戦を交えながら山吹さんは順調にストーリーを進めていった。やっぱり楽器をやっているだけあってか、飲み込みが早い気がする。
そんな時、階下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
足音はこっちに近づき、遂に勢いよくドアが開け放たれた。
「お姉ちゃんただいまー! あれ、おまえ誰だ!」
いやお前こそ誰だよ。
「なあ香澄、今日沙綾は?」
「さーやなら今日来ないよ?さっき連絡来たもん」
「へぇ……そっか」
「あ、そう言えばさっき沙綾が男子といるの、見たよ」
「……え、それマジで?」
「わ、私もおたえちゃん一緒に見たよ?あの人って確か、東雲君?だったっけ」
「………は?」