日本の南西あたりに存在する島国――インドネシア。
都市の一つであるバンドンのとある高校から下校する学生たち。その中に黒髪の三編みとアホ毛の女子生徒の姿があった。駆け足でどこかへ向かおうとする彼女に誰かが呼び止めた。
「ナラ〜」
名を呼ばれた彼女――ナラは足を止めて振り向く。そこには同じクラスの友人たちがいて、その一人が手に何かのチケットを持ってナラに見せていた。
「今日も大事な人という名の彼氏に会うの〜? この頃そういう感じだよね」
「ち、違うよー。今回は別の件があって……」
「そっかー。それじゃあ今度の映画も無理ね」
少し残念そうに思う友人たちだが、ナラにはナラの事情があることは多少理解している。不満を顔に出さず、こう提案した。
「だったらナラの都合がいい時で行こう。これからの予定は忙しい?」
「そうだね……あっ、来週の休みだったら大丈夫かも!」
「わかった。じゃあ、観る映画を決めといてね!」
「ばいばーい」
別れを告げ、それぞれの帰路につく友人たち。それを見送ったナラはため息をつき、周囲を見渡す。高校が見える道に自分の他に誰もいない。
彼女は誰かの名を口にした。
「レタ、いる?」
視界の端から名を呼ばれたなにかが現れ、ナラの正面に立つ。
それは人ではなかった。青の縞模様がある白い虎だ。額に宝石、前足に篭手、尾の先端に刃が装着されているという唯の虎ではない。
その白虎――レタは開いた口から人間の言葉を発した。
「気づいていたのか」
「私たちの話を盗み聞きしてる時からね。映画観る約束しちゃったけど」
「来週の休日、土日か。別に構わないぞ。アルチャとて休みは必要だ」
「それもそうだね。ところで、今日も何かあった? 高校に来てたってことは」
驚きも怖がりもせずにレタと会話しているナラの質問に、レタは答える。
「上空に次元断裂のようなものを見つけた。ヤクシャが出現する様子はないが、そのままにはしておけない。封印できるかやってくれないか?」
「次元断裂のようなもの……? まあ、ほっとくわけにはいかないか」
ナラは頷き、片腕を前に向ける。その掌から魔法陣が広がり、ナラを通していく。彼女の体に変化が起きる。
黒い髪が青の縞模様が入った白に変色していき、虎の三角耳が生えた。うなじからの三編みが一本の尾のように一体化する。目の瞳が青くなり、瞳孔が縦長になる。
服装も変化していく。高校の学生服が再構成し、裾や襟を青く施した衣服の下にキャミソールと変化し、下半身は緑色の民族模様のパレオの下にストッキングといったものになり、腰には黄色い布が巻かれていて両端を垂らしている。
さらに両腕に爪のついた青白の縞模様の篭手、両足全体に同じ模様の装甲を装着した。そして頭部の両側に花を模した髪飾りが二対現れた直後に変身を終えた。
……変身というよりは元の姿に戻ったというべきだろう。
「準備できたか。行くぞ」
レタは宙に浮かび、ナラも彼のあとを追う。少女と虎が飛んでいるオレンジ色の空を見上げる人々はいるが、彼女らの存在を認識する者はいない。そして空に張り巡らす根のような存在にも認識しない。
先頭を進んでいたレタが止まり、ナラも彼の視線の先にある存在に驚きを隠せない。空間が割れたような存在――次元断裂(次元の割れ目であり、向こうの世界から悪しき存在が通ってくる)のような感じだが、同じとは思えない。
ナラに振り向き、尋ねるレタ。
「できるか? ナラ」
「……やってみるよ」
なにかの割れ目に掌を向けて集中する。周囲の根からエナジーを集め、それを割れ目に放つ。普通の次元断裂ならこれで封印できるが……
閉じるところが突然割れ目から腕が飛び出し、ナラの腕を掴んだ。驚く彼女とレタだが、腕が引きずり込もうとしているのに気づき、必死に抵抗する。
「くっ! は、離して……!」
「な、何という力だ……!」
一人と一頭の抵抗は失敗に終わり、引きずり込まれてしまった。割れ目が徐々に塞がっていき、閉じて消滅した。