太陽が登り始めたばかりの時間のバンドン。大勢の人が行き来する歩道を駆ける少女がいた。アホ毛と三編みの黒髪が特徴のナラだ。
アルチャと学生の休みである今日は友人らと映画を観に行く約束があり、「ゲンソウキョウ」という変な夢を見て寝坊しそうだった彼女をレタが叩き起こしたおかげで間に合いそうだ。朝食を口に押し込み、自分らしい私服をチョイスし、レタに行ってきますと言って家を飛び出した。この日をナラは楽しみにしていた。久しぶりに友達と映画を観に行けるからだ。面白そうな映画を決めて、鑑賞中に自分と友達の反応を比べ、観終わったあとに映画の感想を語り合うのは面白い。
約束した映画館が見えると同時に入り口あたりに待っている友達の姿も見えた。ナラはすぐに声をかけた。
「お待たせ! どういう映画を見るか決まった?」
それを聞いた友達は少々困惑した様子を見せた。まだ決まってないようだ……そんなに良さそうな映画がいっぱいあるの? 友達の反応を探る中、一人の友達がこう言った。
「あなた、誰ですか?」
――――
友達の言葉にショックを受けたと同時に目を覚めた。窓から入った月明かりで照らされた見慣れぬ天井が視界に入った。ナラは上半身を起こし、周囲を見渡した。古い教室に似た部屋の中で、自分の横にレタが眠っている。
あの宴が終わったあと、幻想郷で泊まるところがなかった私達に慧音が寺子屋に泊まらせてくれた。レタはすぐに元の世界に戻りたかったけど、もう遅かったし、私もアルチャの役目や宴で疲れていた。再び布団を掛け直し、目を閉じて意識を消そうとした。「アルチャは人間に認識されず、記憶から消されていく」、この性質は私も理解している。アルチャから接触、もしくは意識することで人間に認識されるが、やがて忘れられていく。
……だからあの夢も、一種の正夢になるかもしれない。
……
…………
……………………
月明かりより強い日光でナラは目を覚ました。体を起こすと先に起きていたレタが挨拶してきた。
レタ「おはよう、ナラ。よく眠れたか?」
ナラ「おはよう……一度起きたけど、また眠れたよ」
レタ「そうか。ここでの出来事が夢なら良かったがな」
そう愚痴るレタを尻目に自分が使っていた布団を畳むナラ。これからどうしようかと思いながら顔を洗いに部屋を出ようとした。
扉が開き、慧音が入ろうとしていたところだ。手に食事を載せたお盆があった。
慧音「おはよう、ナラ、レタ。調子はどうだ?」
ナラ「おはよう。昨日はとても楽しかったよ、ありがとう」
レタ「ああ、おはよう。慧音、我々がここに来た話だが……」
慧音「わかってる。丁度君たちの話を聞きたい者が来ているぞ、これを食べ終わってから寺子屋の入り口あたりの応接室に来てくれないか? 幻想入りに関する専門家だ」
ナラ「OK、ありがとう慧音」
ナラたちに食事を渡し、部屋から出ていく慧音。残されたナラとレタは食べながら会話する。
ナラ「昨日の宴……本当に面白かったね。まるで祭りだったし、他の人も私たちを見えているなんて」
レタ「それで面倒に巻き込まれなければいいがな……ナラ、我々が人間に認識されないのはちゃんとした理由があるのは分かっているだろう?」
ナラ「……人間同士の争いにアルチャの力を使われたらいけない、でしょ?」
レタ「ああ。例えバンドンが火の海になったとしても、ヤクシャとの戦いでなければ動いてはならん。人類を守るアルチャが人類の戦争に関わるなど、本末転倒だ」
レタの言葉を黙って聞くナラは食事を進めて食べ終え、空になった食器を持ってレタと一緒に部屋を出ていく。調理室の流し台で食器を洗ったあと、洗顔を済ませて慧音が指定した部屋に向かう。
応接室の扉を開けると、そこには慧音ともうひとりの知らない少女が座っていた。紅白の衣装が特徴だ。
慧音「来たか。さあ、座ってくれ」
彼女が指す向かい側の座布団に座るナラとレタ。慧音が紹介を始める。
慧音「この子は博麗霊夢。博麗神社の巫女であり、幻想郷での多くの異変を解決してきた。ナラとレタが来るまで例の割れ目を調査をしていたんだ」
霊夢「どうも。あんたらが外来人のナラとレタね」
お茶を飲みながらそう確認する霊夢。
慧音「霊夢は君たちのような幻想入りした者を外の世界に返したことがある。彼女に必要な説明をすればやってくれるはずだが……」
慧音は言いにくそうな様子を見せる。察したレタは言った。
レタ「あのヤクシャ共の異変を解決してからか?」
慧音「まあ……すまないが、そうなるな。霊夢を含む多くの者が異変を解決しようと動いてるが、昨日のナラ達の活躍でやっと一歩進んだんた」
霊夢「んで、あんたらは自己満足して外の世界に帰りたがるのよ」
慧音「おい、霊夢!」
霊夢に注意した慧音はナラとレタに謝る。
慧音「本当にすまない。もちろん、ずっとここにいてくれとは言ってない。君たちの力を幻想郷の者で代用出来ればいいんだ。そのためには君たちの話を聞かせてくれないか?」
ナラ「……それで、何から話せばいいかな? こっちも色々と情報がありすぎて」
霊夢「そうね……あんたらとあの妖怪が何者か、次に幻想入りした状況くらいでいいわ」
守護者&精霊説明中……
――――
・アルチャ
人間を守る都と村の守護者。何らかの理由で命を失われる寸前の人間がラクヤンと契約することでアルチャに転生する。カルパタルの根からエナジーを吸収しヤクシャと戦える力を持ち、次元断裂を封印できるが、人間には認識されず記憶から消されていく。接触、意識する、生前の姿に戻ることで認識されるが、そう長く持たない。
・ラクヤン
アルチャをサポートする都と村の精霊。カルパタルのエナジーで人工的に作り出された存在であり、人格、どの人間をアルチャにする基準、姿は多種多様である。ラクヤンもヤクシャと戦えるが、アルチャより劣る。アルチャと同様、人間に認識されない存在である。
・ヤクシャ
人類の敵である半神。大昔は人間と共存していたが、人間とヤクシャの戦争が起き、破れたヤクシャは別世界に飛ばされて封印された。その封印は文化による効果があったが、近年重要視しない者が増えたことで封印が弱まり、発生した次元断裂から出現してくる。アルチャとラクヤン同様、人間に認識されない存在だが、接触と殺意を向けることで認識される。
・カルパタル
世界を支える大樹。人間とヤクシャが共存していた自体は丸ごとあったが、戦争後、ヤクシャの封印と世界のバランスを支えるために世界の間に移された。それでも根は世界の空に張り巡らせており、エナジー補給や次元断裂の封印などアルチャにとって必要不可欠である。アルチャとラクヤン、ヤクシャ同様(略
――――
慧音「なるほど……」
ナラたちの説明を聞き、巻物に書き込み終えた慧音。説明が終わり、改めて同じ内容を写した巻物に目を通したあと、霊夢にも見せてナラたちと話した。
慧音「昨日の妖怪ヤクシャ、そいつらから人類を守る存在アルチャとラクヤン……それらは人間に認識されず、記憶に残らないか……悪いがナラ、レタ、君たちはここに来てもおかしくない存在だ。ここ幻想郷は外の世界で忘れられたもの――過去の遺物や妖怪等が最終的に来る場所なんだ」
申し訳無さそうに説明する慧音。レタが外の世界に戻ろうと説得しようとしたその時、霊夢が慧音にたずねる。
霊夢「慧音、さっきの説明を聞いておかしいと思わないの?」
慧音「どういうことだ、霊夢? この二人が幻想郷に来てもおかしくはないと――」
霊夢「こいつらアルチャとラクヤン、半神のヤクシャが戦い始めてから数千年以上も立っているのよ。それなのに幻想郷に来たアルチャとラクヤンはこの一人一匹で昨日が初めて。ヤクシャとカルパタルの根の方は最近でしょ」
慧音「た、確かに! 人間に忘れられているならとっくの昔に幻想郷に来ていたはずだ!」
霊夢「それに世界の間のカルパタルの樹とか、大昔の人間と半神の戦争があったって話も幻想郷で聞いたことなんかないわ」
今度はナラとレタに向かって言った。
霊夢「あんたたちも幻想郷のことは知らなかったわよね?」
ナラ「う、うん。アルチャとかの話はレタから聞いたけど、ここの話は全く……」
レタ「そもそも幻想郷の存在を知っていたら、ここに来ない仕組みをしてあったはずだぞ」
霊夢「やっぱりね」
霊夢の言葉に慧音が聞いた。
慧音「やっぱり? 何かわかったのか?」
霊夢「私たち幻想郷はアルチャなど知らない。外の世界に居続けなければならないナラたちは幻想郷を知らない……変なことを言うけど、外の世界ではない異世界からナラとレタたちが来たのよ」
ナラ「い、異世界から……」
レタ「我々が来ただと……?」
慧音「……霊夢、私も納得できないんだが」
霊夢「必要なら長ーい話になるわ。それとも私の勘が間違っているとても?」
慧音「ナラ、レタ、信じられないかもしれないが、霊夢の勘が間違ったことは一度もないんだ。今までの異変もそれで解決したようなものだ」
顔を見合わせるナラとレタ。どちらも疑っている様子を見せながら、レタが霊夢に言った。
レタ「我々がここに来たのは八雲紫という妖怪に無理やり連れてこられたんだ。我々の事情を知りながらもな」
霊夢「……やっぱあいつが関わってたのね。全く面倒にしちゃって」
慧音「紫はこの幻想郷の重要な存在だ。霊夢とよく関わっている以上、ヤクシャの異変をどうにかしないと戻れそうにないな……」
八雲紫の正体を知り、簡単には帰れないと察したナラとレタはただただ困り果てるしかなかった。
異変を解決するのはしなくても、アルチャとラクヤンの代理になるモノを幻想郷に出来れば帰れるかもしれない。
そのためにナラとレタは幻想郷の実力者の協力を得なければならなくなった。