Charlotte Bravely Again(st) 作:天然の未
明くる10月7日の午前。
「全く......無茶するぜ」
「本当です! 凄く心配したんですから!」
咎めるように夕輝にそう言うのは、巧と雪。
「にしても、あんな大きな彗星を吸い込んじゃうなんて......見かけによらず凄い力だね」
琴羽も昨晩話したことを未だ信じられないようで驚いている。しかし、それも仕方ないだろう。何せ、
むくんだみたいな青の楕円体を春が煌々としたした目で抱き抱える。
「本物のスライまるだあっ!」
「うむっ、やめろぉ!」
スライまるは少し困ったようだったが、しかし抵抗は言葉だけで春の顔を
春にはある程度の事情を話すことにしたらしい。彼女の能力についても茜は既に彼女に教えたそうだ。そっちの方が安全性が高いと判断したからだ。
春はと言うと、案外それを冷静に受け止めたみたいだ。
まあ常人なら、雪の能力を前にして流石に何かの偶然だとは思わないだろうし、相手は物分かりの良い春だ。それも当然だろう。
マンションのエントランスに集まった9人と1体。
「そんなことがあったなんて......信じられません」
生徒会員全員がアメリカに行っているといういかにもあり得なさそうな嘘を完全に信じ込んでいた松山は、眼鏡のずれをくいと直してため息をつく。その視線は未来を向いている。
「......ごめんなさい。私のせいで......沢山の人に迷惑をかけてしまった」
「あ、いえ......」
松山の視線に気付いたのか、松山に向けて謝る未来。松山は、いえ、違うんです、と言わんばかりに胸の前で開いた両手を細かく動かす。
「ま、良いんじゃねえの? 結局、万事解決したんだしよ」
巧は屈託のない笑みで松山の言わんとしたことを代弁した。それは彼自身の本心でもある。
「ありがとう。でも......」
未来が罪悪感を抱いてしまうのも仕方ない。今朝の各局報道番組は、彗星の落下の話題で溢れていた。
「......後のことは俺が何とかするよ。行政機関に働きかければ、彗星のニュースを流さないようにすることぐらい造作ない」
平然と言ってのける隼翼。相変わらず恐ろしい人だと胸中で唱えつつ、未来はやはりどこか自分を咎めるように、ぺこりと隼翼に頭を下げた。
隼翼はこれからも引き続き、能力の特効薬を作ることに専念するらしい。
彗星の大接近が起きたということ。それはつまり、今までとは比べ物にならない量のC粒子が地球上に放たれたということだ。
それによって当然能力者は増えるだろうし、個々の能力も強力なものになる。その世代の能力者が現れ始める前に、特効薬を作り上げようとしているそうだ。
「音永くん、それに生徒会の皆......君たちには感謝してもしきれない」
隼翼は半ば泣きそうな表情だった。自分が何もできなかったことに対する罪悪感もそこにはあるだろう。しかし、やはり一番は──。
「未来ちゃんを......助けてくれて」
彼にとって、そして夕輝たちにとってこのことは、そんな些細な言葉で全て片付けられるようなことだった。十分に、隼翼の抱いていた苦悩や葛藤が伝わる。
にしても──。
「なあ、そう言えば何でこいつは消えないんだ?」
夕輝の隣で春と戯れている──と言っても、どちらかと言えば春に一方的に弄ばれているだけだが──スライまるを指差して尋ねた。
思えば、いつしかのダンジョン風の錘状木も母のようなものも、あるいは昨日作ったはずの檻もいつの間にかふと消えていた。
それなのに、スライまるだけが残っている。
「多分だけど......『現実にスライまるがいる』ってことに辻褄が合うからじゃないかな」
琴羽は知的風に喋ろうとしたつもりなのかも知れないが残念ながら失敗している口調でそう言った。
「辻褄が合う?」
「うん。例えば夕輝くんのお母さんは、この世界に存在しているとおかしい、って春ちゃんが気付いたから消えたんでしょ? 同じように、屋上に本来檻はない......」
確かにそれはそうだ。そこまでは説明がついている。しかし。
「それを言うならスライまるだって本来はこの世界にはいないはずだよな?」
夕輝はその疑問符を投げかけた。琴羽は答える。
「......うん。ただ、こう考えれば説明できるんじゃない? 『スライまるはフィクションの世界から現実世界に召喚された』。音永くんがスライまるについての知識に詳しかったのと『創造』の能力を使う瞬間のイメージの強さが影響して、この世界に明確な形を残している、とは考えられない?」
やはり説明自体は頭が良さそうなのに何故かそこに理知的なものを一切感じられないのは、琴羽の性格故だろうか。
「......なるほど。少し無理矢理にも感じますが、説明が通らないわけではありませんね」
茜はふむふむと頷いて納得の顔をしている。
──何にせよ。
スライまるのいるいないは大した問題ではない。
一件落着。
琴羽の母の記憶も戻したらしく、空白の期間は琴羽が留学をしていたという事実が埋め合わされたことで落ち着いたらしい。曰く、記憶改竄の能力は解く方が簡単らしく、葛島の今後は検討するとして、ひとまず記憶を改竄された人たちにかけた彼の能力を解いたと言うことだ。
どこかほっとした気持ちでスライまるを見ていると──。
足音。と共に少しばかり息遣いの荒い女性の声。
「.....未来」
彼女はエントランスに入るや否やすぐ未来に駆け寄った。碧い瞳の綺麗な女性。すぐに未来を抱き締めたことで、茜以外の、彼女のことを知らない生徒会メンバーもそれが未来の母だと分かった。
「お母さん......」
「未来......良かった、心配したんだよ......」
母の優しさ。抱擁。それが彼女の体を暖かく覆い尽くした。
「お母さん......」
それからはすぐだった。人間なんてものは案外単純で、今までどんなに過酷な運命と背中合わせに生きてきたと言えど、どんなにリーダーとして誰よりも辛い想いをして生きていたと言えど、それでも未来は子供だった。
母の暖かさが肌を伝う。母の吐息が、母の匂いが。
十字架のように課せられていた罪悪感も、戸惑う気持ちも一気にどうでも良くなってしまうくらいに未来は泣いた。
「......うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁ! 怖かったぁぁぁ! 怖かったぁぁぁ!」
乙坂未来はまだ16歳。彼女に振りかかった運命は、まだ十分幼い彼女には余りに酷なものだった。
気負う必要もない。本当はそのはずだったのだ。
遅れて歩いてきた男性。恐らく父にあたるのであろう黒髪の彼は、未来と彼女の母を優しく見詰めている。
「有宇」
盲目だと言うのに気配だけで分かるのだろうか、隼翼は弟の存在に気付いたようだ。こうして見ると2人は兄弟だが全然似ていない。隼翼は音だけで上手く障害物を避けて弟のもとへ。
「有宇、すまない。俺は......」
「良いんだよ、兄さん。兄さんは何も悪くない。それに......」
彼が視線を向けたのはスライまると戯れている春でもなく、未来の隣にいる琴羽でもなく、夕輝──あるいは、夕輝たち。
「もう終わったんだから」
言うとすぐに彼は、
「生徒会の皆、ありがとう」
と感謝の言葉を夕輝らに向けた。雪は居づらそうに視線をあちこちに向け、巧はちょっと威張っている。
──と。
「春、夕輝!」
必死の形相で叫びながら、エントランスに背丈の高い男性が入ってきた。大きな声にびくりと肩を飛び跳ねらせたのは夕輝と春を除く全員。
すぐに夕輝がそちらを振り見たのは、何もただ大きな声がしたのに驚いたからではない。
春の腕の力が弱まり、スライまるはその間をするりと抜けてぺとりと接地すると、その男性を振り向いた。
「......良かった、無事か......」
夕輝だって、そのときは急な彼の登場にただ当惑した。
少し老けただろうか。しわはちょっとだけ増えており、髭が以前より濃いのは──。
いやいや。どうでもいいだろう。
間違えるはずもない。
「お父さん......?」
春の言葉に、一同がその男性を二度見する。
夕輝は驚きを隠せなかった。
「父さん......何で」
「ニュースを観たんだ。彗星がこのマンションに落下してきたと言っていたから、2人に何かあったらと......本当に良かった」
まるで安心したようだったが、夕輝はむしろその逆。その父を受け入れまいとしている。
しているはずなのに。
気付けば足が勝手に彼に向いていた。
1歩。
「父さん、仕事は......」
1歩ずつ、彼に近付く。春の方が速かったのは、夕輝と違って走っているからだ。
「......馬鹿言うな」
気付けば春は、父の胸に飛び込んでいた。
「我が子の大事に仕事もあるか......!」
驚く間もなく泣いたのは春。もうずっと会っていなかった父に会えたこと。それが純粋に嬉しかったから。
夕輝は泣きこそしなかったが、今にも涙が出てしまいそうな気持ちだった。嘘みたいだった。それくらいに驚かされたし、やはり不思議でたまらなかったのだ。
目尻に溜まった涙を人差し指で拭う。あとは泣いている春を見て笑ってやった。
父は──
夕輝の父に対する感情は、完全なものではない。安定的なものでもない。父には複雑な想いを抱えたままだ。
──けれど、1歩だけ踏み出せた気がする。それは大きな1歩だ。彼がここに現れてくれたことだけでも十分だった。
だって、こうして春が涙を流せているんだから。
『また4人でやり直すなんて無理』。そんなのは間違いだった。
きっとやり直せる。すぐには無理かも知れない。それでも、母のことを想いながら寄り添っていけばいつか、また4人で家族になれる。
今は、そのときが来ると信じている。
「なあ、茜」
「......なんです?」
マンションの屋上。2人きりで来るのは昨晩を含めて2度目だ。
あの広い空を遠い目で見る。
「これから、生徒会の活動はどうするんだ?」
互いに目を見ずに話すのは、終わったことをしみじみと感じつつたそがれたいというただそれだけではない。
「と、言うと?」
「ほら、科学者はいないって分かったんだしさ、そしたら生徒会の役目は終わったようなもんなんじゃないのか?」
疑問と言えば疑問だった。この場合、生徒会は続けるべきなのか。はたまた、普通の学校のいわゆる『生徒会』に転身するのか。
やっと茜がこちらを見る。呆れの混じった表情。
「......勿論、活動は今まで通り続けていきますよ」
聞いておいて何だが、そうだろうとは思っていたため夕輝は視線を空から動かさなかった。
「そっか......」
ほっとしてついたため息だったのだが、茜には別の意味に感じられたらしい。
「......嫌なんですか?」
「え?」
夕輝もそんな見当違いの質問にようやく茜の表情を見た。細い目を作っている。疑うような目。思わず変な汗が出る。
「いや、いやいや、そんなわけないだろ! むしろ俺は嬉し──」
言いかけて硬直。汗の加速。口を開いたまま目だけが茜の瞳の奥を捉えている。
数秒間のうちに夕輝の真意を理解してしまったのであろう茜は、口は閉じたままぷるぷると震わせ、目を見開きながら一気に頬を赤らめてすぐに顔を逸らした。
「......夕輝くんのバカ」
反論もできない。夕輝はちょっと赤くなって頭を押さえる。
「ごめんって」
「思ってません」
「......」
しかし、こんなにあからさまに照れた茜を見るのも水族館以来ぐらいだろうか。見ていると何だか面白くなってしまって、からかいたくなってきた。
どんな言葉をかけてやろうかと考えていると。
「私も......嬉しいですよ」
始めは聞き間違いかと思った。澄んだ声は鼓膜を震わせ、夕輝を大いに緊張させた。
突然のことにびっくりして茜を見る。こちらを見ないように顔を横に逸らしてこそいるが、頬が真っ赤になっているし、耳はもっと酷かった。
これには夕輝も流石に照れを隠せない。照れに任せて茜を今すぐにも抱き締めてやりたくなる。
いや、最早抱き締めても問題はないのではないか。そんな考えが、一瞬だけ脳内を過る。
が。
「ばっ......か、何言ってんだよ! ほら、用も済んだし、行くぞ!」
自分を戒めつつ言って、先を歩く。巧や雪にでも見られていたら大変だ。本当に茜は酷い。あんな可愛い顔をして、自分から仕掛けておいて照れるなんて、殆ど夕輝の理性を試しているようなものだ。
「あ、待って下さい!」
言いながら後ろを付いてくる茜。ほのかに甘い匂いがした。不思議と穏やかな気持ちになるような匂い。茜の匂い。
浮わついた気持ちがだんだんと、よくある幸せの気持ちへと形を変えていくのが分かる。それは茜も同じだったようで、気付くと茜は照れも忘れて鼻歌でも歌うように夕輝の隣を歩いていた。
それがまた可愛らしくて。
──これぐらい、許されるだろう。
夕輝は茜の髪をくしゃっと撫でた。
きっと沙良を見付けよう。
茜となら大丈夫だと、夕輝は彼女の手を握った。
茜の頬が、また赤くなって──。
──かくして、物語の序章は終わりを告げる。
彼は運命に抗った?
──違う。
本当に抗えるのならば、人々はそれを運命とは呼ばないだろう。
2040年10月6日、土曜日。
──あるいは、
音永夕輝は、自分でも気付かないうちに
~Charlotte Bravely Again(st)~
Charlotte Bravely Again(st) が完結致しました。と言っても実際はもう1話特別篇と称された話を挟むのですが、ひとまずここまで続けてご愛読頂いた読者様方に感謝感激雨あられなのですな気持ちを表したいと思います。
本当にありがとうございました。
ここから続編のCharlotte Done Edition(s) に続いていきます。
CBAまでの人間ドラマチックなものに比べると、比較的SF要素の大きいものになっています。
引き続き、応援よろしくお願い致します。