Charlotte Bravely Again(st) 作:天然の未
「......マツリ」
彼がエントランスに戻ってきた。私の傍らにはスライまるがおり、彼は私を悲しそうな瞳で見詰める。
──本当に、全部演技だったのか......?
彼の心を覗いてみると、そんな声が脳内に流れてくる。
どこまでもお人好しな人間だ、と私は思う。
「......長かったですね」
彼がマンション全員の能力を奪うのに30分もかかってしまったのは、ことあるごとに色々と考えてしまったからなのだろう。記憶を消すのにいちいち躊躇ってしまった。きっとそんなところだ。
──私が彼らの記憶を後で戻そうと考えているとも知らないで。
「......俺に関わった人間の記憶は全部消した。記録もある程度なら改竄できた......あとはお前に任せることにする」
「......夕輝、本当に良かったのか......?」
スライまるが彼に、心配した様子で視線を向ける。その体が紫がかっているのは、音永夕輝に対して嘘をついている自覚があるからなのだろう。
「......良いんだ。茜や春は俺のことを忘れた。けどあいつらはずっと幸せだ。これから先も、俺なんていなかったものとして生きていける。......屁理屈みたいだけどさ、これで誰も傷つかないんだ。......マツリだって」
そう言うが──彼のことだ。どうせ、友利茜がいないことに慣れてしまった今ならば、私の提案を受け入れられるとでも思っているのだろう。
彼の言う通り、こんなのは屁理屈でしかないと言うのに。
「......無茶しますね」
私は寂しげな表情を作り上げ、彼を見定める。これからすることを察させないために。
「お前がさせたんだろ......俺だって、怖くないわけじゃない。......でも、孤独よりはましだと思ったんだ」
取り繕わない言葉。きっと今の彼に本心を偽る程の気力はないのだろう。彼は友利茜たちの記憶を消したことに、引き返せない選択をしてしまったことに心を蝕まれてすらいるのだから。
傷つく人間がいない、と言った張本人が、実はこの方法で唯一傷つく人間が自分であるということを自覚していない。
「俺はお前を、マツリを救いたい。俺はマツリのことを......仲間だと思ってたし、騙された今でもその気持ちは変わらない。だから、力になりたかった......馬鹿みたいな理由だけどさ......」
その通り、馬鹿みたいだ。私は肩をすくめ、思った通りのことを口にする。
「......本当に、馬鹿みたいな理由ですね」
「......何とでも言ってくれ」
彼の表情は覚悟に満ちている。
いつからだろうか。
私があの提案をしたときから?
違う。
自分が不老不死になったことを自覚した日から、音永夕輝はずっと覚悟していたのだ。
大切な人たちと永遠に別れることすら。
「はぁ......音永夕輝、あなたは本当に馬鹿です。救いようのない真のお人好しですね」
私は呆れるように言って、付け足した。
「......しかしまあ、私にそんなことを言う権利はありませんか」
「......え?」
彼はその意味を理解しなかったのだろう、聞き返す。
「つまりですね」
私は平静を装って端的に言う。
「......私も、あなたと同じ、ということです」
「ん? それってどういう──」
と、尋ねようとした彼の言葉を遮るように、私は思いきって彼に乗り移った。
音永夕輝は意識を失う。
──そして。
──
そこにいたのは、いかにも非現実的なスライムであるスライまると、意識を失い倒れた1人の私
──5秒。
「......何が」
私はすぐに意識を取り戻す。
私は確かに音永夕輝に乗り移ったはずなのだ。だからこそ、おかしいと思った。
ならば何故、音永夕輝の視点にならなかった?
何故、私の意識が消えていた?
──まさか。
──それより先に、音永夕輝に乗り移られた?
始めは、そう考えた。
そうとしか思えなかったのだ。
だって、そうでなければ──どうして今、
能力の気配がどこにもない。
普通の人間に戻っている。
奪われたのだ、と最初は思った。
心の中ですら私を欺いていたのだと。
けれど、顔を振り上げてようやく気付く。
「............え?」
音永夕輝が
「何で......?」
「お、おい......夕輝が消えたぞ......? マツリ!」
混乱のさなか、スライまるもそのことに驚愕していた。
「私は......確かに乗り移ったはずなのに......」
私の能力が消え、音永夕輝が消えた。
スライまるは──消えない。
「......一体、何が」
と呟いた瞬間だった。
「って、え!?」
スライまるの驚くような声と共に──。
私は何者かに、肩を叩かれた。
夕輝はすぐに意識を取り戻す。
「......ん」
目を開くと、そこは知らない場所だった。
「............?」
広大な草原。
そこに夕輝は立っていた。
「......ここは」
おかしい、と思う。
数秒前までマンションのエントランスにいたはずなのに、今はどことも分からない草原の上にいる。
「どうして......」
と呟いてすぐに、夕輝は自分の体に異変があることに気付く。
違う。
能力に異変がある。
「......!?」
能力探知能力が自分を指すのはいつものことながら、その数字を見たとき夕輝はとうとう言葉を失った。
──2,271,866──
「──え」
保有している能力の数を表す数値が、言葉通り桁違いに増えている。
200万?
夕輝の持っている能力の数はせいぜい90万程だったはずなのに、そこには夕輝が200万の能力を保持しているという証拠が示されていた。
何故、と考えて、次に頭を数々の情報が抉る。
「──────」
いくつもの能力。夕輝が本来持っているはずのない能力がざっと110万。
1つも持っていないはずのテレパシー系能力が数千あり、『略奪能力』、『
──それだけではない。
『
日本語から能力の詳細を辿る。
「......!」
それは、コピー能力が略奪能力に変化したものだった。つまり、夕輝の持つ『略奪』能力と同じものであるということ。
次に『サイコメトリー』でその能力の出所を確認。
と共に絶句した。
「──」
短く呼吸を忘れると、夕輝は閃くように頭の中に現れた少女の存在に、愕然とした。
「......マツリ?」
この『コピー/略奪』能力の元を辿った結果、夕輝の脳内にはマツリのイメージが映し出された。顔だけなのか体全体なのかは分からないが、ともかく彼女である。
それが示すことはただひとつ。
──この能力が、マツリのものであるということ。
「嘘だろ......?」
それで気付く。
今夕輝の中にある溢れんばかりの能力。
これら全てはマツリから夕輝に移ったものなのではないか。
確認のためそれぞれの能力に『サイコメトリー』を使ってみると、やはりその考えは正しかった。
それぞれから現れた
まさか、マツリに謀られたのか。
マツリに陥れられ、能力を
そうとは考えられないか──と思ったが、この仮説は少々無茶であると夕輝は直感的に気付く。
そもそも、『略奪』能力は随意的にしか使えない能力だ。もしそれをねじ曲げるような能力──即ち能力を強制発動させるような能力を持っていたとして、夕輝は意識を失う前、ちゃんとマツリのことを見ていなかった。
あれは後ろ姿であるにせよ、顔をしっかり見ていないと使えない能力だ。
それに、マツリがこんな身に覚えのない場所に飛ばされていることに説明がつかない。
こうなるためには、少なくとも能力を夕輝に奪わせた後に夕輝をこんなおかしな場所に飛ばさなければならないが、そのときには既に能力を失っているはずだ。
更に、仮に夕輝に能力を奪わせたのだとして、その間の5秒間、夕輝はマツリの体を乗っ取っているはず。だと言うのに夕輝は恐らく5秒間、気を失っていた。
まるで、マツリに乗り移られていたような。
──これでは真逆ではないか。
「......そうだ」
それより、現在地を確認しなければならない。夕輝はまずそれをすることにした。耳を塞ぎ、緯度、経度の取得に集中する。
その値が示した場所は──。
「......え?」
絶対にあり得ない場所だった。
だとしたら少なくとも、
夕輝は高く空を飛び、その遥か上空から下の地形を確認する。
──日本地図と同じ形をしていた。
そして、夕輝がいた場所は。
「......東京」
もっと言えば、そこは地図上では星ノ海学園併設のマンションにあたる場所だったのだ。
「どうして......?」
夕輝はもう一度地面に下りると、しばらく辺りを見渡す。とは言えここは雑草だらけの草むらで、何もない。
混乱したまま白柳第一特殊科学研究所にテレポートしてみたが、またここにも何もなかった。青々とした大きな山が周囲にそびえ立っているだけ。
「......?」
夕輝は不安を覚える。同時に、とてつもない嫌な予感にかられた。
──まさか。
そんなはずはないよな、と夕輝は自問自答をする。あり得るはずがない、そもそも理屈に合わないし、マツリの話にも矛盾している。
しかし、念のため。
そのあり得ない仮説があり得なかったんだと証明するために、夕輝は今日の日付を確認する。
──そのまさかは起きてしまっていた。
「は............っ?」
表示された数字。
──1455/1/17──
それは──500年以上前、遥か昔の日付だった。
「..................何で」
意味が分からない。
意味が分からない。
意味が分からない。
夕輝の中でその言葉だけが木霊した。
意味が分からない。
どうして。
何かの間違いではないか、そう思い立ち夕輝はすぐにその真相を確かめるために、関東の別の場所に飛んだ。
飛んだ後の場所では──およそ弓や刀ばかりが使われている戦が起こっていた。
「え......」
目の前を矢が突き抜けるように翔ぶ。
左を見れば赤い色に統一された集団が、右を見れば藍色に統一されたこれまた数千はいるのではないかという武装集団が、馬に乗り狂ったように大声を上げながら鬼の形相で
「......何だよ、これ......!?」
それらはやがて衝突すると、その2つの入り交じった境界面で人の首がいくつも飛んでいった。馬が大量に死んでいった。あるいは矢に射たれ、脚を折る。乗っていた兵士はやはりすぐに斬殺された。
夕輝は、これが後に享徳の乱と呼ばれる30年規模の戦の始まりであることを知らなかった。
すぐに別の場所へテレポートし、10秒を待つと混乱状態のままヨーロッパへテレポートする。外国の状況を見たかったからだ。
そこでは、あちらと同じように剣のようなものを振り上げて戦う戦士たちがいた。
いくつもの金属製の甲冑が赤く染まる、醜い人間同士の戦いが起こっていた。
それは、夕輝が2年見てきた紛争なんかよりも遥かに生々しいものだった。人間が、人間の断面が飛び交うのである。
夕輝はすぐにその場で吐き出した。
自分の身に起こったことを理解するには、ある程度の時間が必要だった。
過去に跳んでしまう直前、使われたのは『コピー/略奪』能力。それも、マツリのもの。
今思えば、彼女は夕輝を騙して能力を奪おうとしていたのだろう。そうすることで、自分が犠牲になろうとした。
結果、どういうわけか彼女の能力が夕輝に移り、夕輝は500年前に跳んだ。
理屈も何も分からないが、夕輝は長い時間をかけてその結論に至った。肉体はいつまで経っても16歳のまま。
各地の戦を見た。やることがなかったから。
人間の醜さを知った。他に知ることがなかったから。
日本だけでなく、世界中で沢山の人が死んでいった。人権なんてもののない世界を夕輝はあの2年間よりも多く目にした。
戸惑いはいつしか慣れになり、習慣になり、ごく稀に突然孤独になったことへの絶望と、不安と、茜への、皆への愛しさがつきまうこともあったが、夕輝はボロボロにすらなれずに9年もの時を独りで過ごした。
それだけの月日を過ごすと、夕輝はとうとう狂いそうになりながら何とか正気を保つことに必死だった。しかも、不老不死などという嫌な能力のせいで夕輝はギリギリ狂わない。狂うことすら病気。精神病だ。だから能力柄、崩れそうな正気を保ったまま夕輝はただ生きていた。
これすらも彗星のせいなのだと分かり始めたのは、マツリの持っていた『シュミレーション』能力を上手く使うことができるようになってからだった。
結論から言うと──略奪能力者になってしまった元コピー能力者同士が交わってはいけなかったのだ。ただそれだけ。
夕輝とマツリは交わってはいけなかった。
マツリは、夕輝の能力を奪おうとしてはいけなかったのだ。
ここからは夕輝の推測だが、きっとこの『不老不死』はマツリの言う通り呪いなのだろう。今の夕輝にはそれが身に染みて分かる。
彗星の存在意義──人類を滅ぼすこと──に反して全世界の能力を奪ったマツリと夕輝。しかも一度は『略奪』能力者がいなくなっているのに、である。これは彗星の、
そして、夕輝はその罰から解放されようとした。故意ではないが、あのままマツリが夕輝の能力を奪っていれば、夕輝は『不老不死』ではなくなったのだ。
それを阻むために。
自らに課された運命から逃げようとする人間により大きな罰を与えるために。
あるいはマツリの能力は奪ったのだから、彼女はもう不老不死ではないのかも知れない。そうだとすると、また別のことが考えられる。
他人を想って1人で不老不死を背負おうとしたマツリは彗星のルールによって許された、とか。
これら全ては妄想だ。何故ならば、理屈が何一つないのだから。例えば沙良の姉の能力が変化して沙良に移動したように、巧の能力が変化して夕輝に移動したように、理屈がひとつとしてないのである。
だからこれは妄想。全ては存在の環によって説明され、理屈があろうとなかろうとただそこに『ある』だけなのである。
「......」
と、そんなことを考えながら夕輝は団子を食べていた。今や全てのことに飽きてしまい、できることと言えばちょっと知識を蓄えることぐらい。
怠惰な、無感動な心理状態に突如として変化が訪れたのは、団子の串をくず寄せ場にテレポートさせたそのときだった。
捨てたごみはきっとどこかの商人が拾っていくだろう。21世紀では考えられないことだ、とかとすら思わなくなっていた夕輝の心境を、ぐっと揺るがす事態が起きた。
「......っ......!?」
突然、右側の脳が何かに反応するように跳ねたのだ。厳密にはそんな感覚があり、すぐに頭を押さえて確認すると、能力者を探知していた。
有している中では最も速い探知能力。能力の詳細を知ることはできないが、それは別の探知能力で補えばいい。
夕輝は9年ぶりに起こったこの唐突の事態に驚きながらも能力者の位置、そしてどんな能力であるかを検知する。
──それは。
「『略奪』『創出』『時間旅行』......他にもある」
能力は全部で6つ。6つの能力を持った能力者が急にこの時代に現れたのだ。
しかし夕輝はこのことを知っていた。そろそろだと思っていた。
──
すぐに彼を検知した位置にテレポートする。
彼は広野に独り、身を屈めていた。
全てを呪うようだった。
──許さない。許さない。憎い。殺したい。滅ぼしたい。愚かだ。醜い。嫌いだ。許さない、許さない──
彼の心の中からは同時にいくつもの声が聴こえてきた。マツリに聞いていた通り、彼は人を恨んでいた。
彼はうずくまったまま、空に向かって手を向ける。
「............!」
マツリの話通りならば、ここで──
──彗星が、生まれようとしている。
夕輝は考えた。
どうすべきなのか。
夕輝は、今何をすべきなのか。
彼を止めるべきなのか。
この場で彼の能力を奪ってしまうべきなのか。
マツリは言っていた。
あらゆる方法を使っても、過去を変えることはできない、と。
そして、だから彼女は不老不死であり続けたし──それがなければ、沙良が過去に跳ばないようにすることも可能だったのだろう。
これらは確定事項なのだ。
彼が彗星を生み出さなければ、夕輝が今ここにいることにも矛盾してしまう。
ならばそれは、彼が彗星を生み出すのを止めるのは不可能なのだ。
この9年間で色々方法を探ったけれど、過去は変えられなかったのだから。
ならば。
歴史を変えない程度に、何かを。
──そこで気付いた。
マツリが最後に言っていたあの言葉は嘘だったのだ。
──僅かに、人を思う気持ちが残ったまま彗星を創ってしまったのかも知れません──
あれは大きな間違いだ。彼は今、どうしたって誰かを思うことなんて、想うことなんてしていない。ただ、人が醜く争い死に行くことしか考えていない。
夕輝はここに来て、どうして自分が1455年に時間移動してしまったのか、分かったような気がした。
それは、呪いであると同時に、抗い。
抗うための力を夕輝は生まなければならなかったのだ。
「......はは......」
しかも、もしそれをすれば、今自分がここにいるという事実さえも、自分が原因で引き起こされたということになってしまう。
「......そうかよ......」
ならば。
──ならば、やってやろう。
夕輝はあの空に出来上がっていく巨大な物体を──シャーロット彗星の卵を見上げる。
大きく手をかざした。
「......っ......!」
力を込める。仕組みから変えていく。
彼の作る人類滅亡兵器に、ネゲントロピーを加えていく。春の
もし彗星が接近して粒子が振り撒かれ、人類が自らで自らを傷付けたとしても、決して人が滅びないように。
仕組みを生み出す。
────茜に、もう一度会いたい。
最後に思ったことはそれだった。
間もなく、青い光が閃光となり弾ける。
そして消える。
「......はぁ......はぁ......」
息は切れていた。
けれど、間違いない。手応えがあった。
成功したのだ。
『略奪』能力の仕組みを──さんざん自分やマツリを弄び、苦しませた仕組みを、自分自身で創ってしまったのだ。
これが答え。
夕輝がこの時代に跳んできてしまった理由だ。
夕輝はこのときそれを確信した。
──呪いであると同時に、抗い。
すぐにその場からテレポートする。
その後、1週間と立たずに彼の持つ能力は消失した。理由は簡単。彼が死んだからだろう。
飢え死に、あるいは自害をしたのかも知れない。夕輝はそれを知ろうとはしなかった......どころか、むしろそれを避けた。
残り、578年。
夕輝は決意した。
もう一度、あの頃に戻る。
マツリに会いに行く。
茜に会いに行く。
その後、どうなるかなど分からない。
不老不死の体のままどうなるのか、など。
けれど、覚悟を決めた。
絶対に戻る覚悟を。
自分勝手な覚悟を。
勇気を奮わせて、未来への一歩を踏み出した。
──またどこかで、戦の始まる声がする。
~Charlotte Done Edition(s)~
一般的なアナザーストーリーとはまるで違うことをしでかしつつ、その辺りの説明はCZが終わったときにさせて頂きたいと思っているので、もうしばらく。
ちなみになんですが、一幕から六幕までのサブタイトルの中にわざわざ人名を1つずつ入れていたのにも拘わらず(六幕のサブタイトルの説明は上と同じくもうしばしお待ち下さい)、主人公である夕輝の名前がなかったのはこのAnother Epilogueに持ってくるためでした。
ここから彼がどうなるのか、それともどうにもならないのか──なんてことを考えながら、続きましてCharlotte Zhiendをお楽しみ頂けたらと思います。
天然の未でした。