Charlotte Bravely Again(st)   作:天然の未

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 どうも、天然の未です。
 Charlotteがもうすぐ5周年を迎えるということはすなわち、Charlotteはもう5年前のアニメだということです。若干エンプレス構文っぽさが否めませんが、そんな中で僕の二次創作を読んで下さる人がいるというのは非常にありがたく、お気に入りの登録者様が増えた日には外で裸踊りができるのではないかというくらいの高揚感に包まれます。ちなみに感想も受け付けております(食いぎみ)。
 さて、では前書きもそこそこに、二章のスタートです。
 今回、Charlotte Bravely Again(st)の内容と被るところが多々あります。ただし、全て彼女視点になりますので少し違った見方ができるかも知れません。
 勿論、伏線も回収していきますのでお楽しみ下さい。


第二章 少女と蜂蜜酒

 次に目覚めたのは、2037年の春だった。

 

 

 私は始め、このことを十分に理解しなかった。

 

 

 鉄塔から飛び下りて、意識が遠のいて、血が流れて死んで。

 

 

 ──目覚めると、そこは私の部屋のベッドの上だった。

 

 

 部屋は綺麗で、とてもあんな生活を送っていたようには見えない。ゴミも散乱しておらず、服もちゃんと掛かっていて、空間が全体的に整っていた。

 

 

 起きた瞬間は、本当に死後の世界なんてものがあるんだ、と思った。けれどそれは違った。

 

 

 これは死後の世界でも何でもなく、過去の世界だったのだ。正確には、私が中1になったばかりの頃。そして幻覚でもなんでもなく実体があるということ。

 

 

 リビングに出ると驚いた。怜が小学生程に小さくなっており、姉貴が中学2年生ぐらいの体になっていたからだ。

 

 

 私はと言うと──起きた瞬間から視界がぼやけていることを除けば、これまた中学1年の体に戻っていた。()()()()()、アイの能力だったらしいと後から分かる。他人を4年の範囲内で若返らせられる能力で、自分には使えないらしいこと。

 

 

 けれどタイムスリップは、どうやらアイの仕業ではなかった──このときの私はまだアイの存在すら知らなかったわけだが。

 

 

「おー沙良、おはよう。飯、出来てるぞ」

 

 

「おはよう姉ちゃん」

 

 

 この頃は確か姉がメジャーデビューする前で、まだ経済的なゆとりがなかったときだ。つまり母はここにはおらず、仕事に行っているのだろう。9時に起きて母の姿がなく、姉貴と怜が(ここ)にいるということは今日は土曜日だろう。

 

 

「......おはよう」

 

 

 事実を飲み込めないまま、私は朝食を食べる。心ここにあらず、といった心境のまま沢山のことを考えた。何故、こんな状況にあるのか。まさか、人が死ぬと過去に戻るとかではないよな。そんなことを考えたのは最初だけで、すぐに馬鹿げた考えだと気付く。

 

 

 ではどうして過去に戻っているのか。

 

 

「どうした、浮かない顔して」

 

 

 姉貴に話しかけられてはっとする。思わず顔を上げると、やかんの高さがいつもより高いことに気付く。私が低くなっただけだったことをすぐに思い出す。

 

 

 それから、姉貴の目を見た。きょうだいでは私だけがイギリス系の顔で、姉貴と怜は母の方を引き継いだのだろう、日本人系の顔。ただし姉は鼻が高かった。綺麗な顔立ちであることをまた認識する。

 

 

「......いや」

 

 

 上手く答えられないので濁す。事実、何も理解していないのだ。分かることと言えば、私が自分と他の人間の全てを恨みながら自殺をしたことと、その中でもとりわけ姉の存在は目立っていたということだ。

 

 

 こんな優しい姉が、私には疎ましくて仕方がなかった。

 

 

「......」

 

 

 またご飯の一口を含む。

 

 

 私は今、生きている。

 

 

 そのせいで思い出してしまった。

 

 

 私はあのとき、鉄塔から落ちているとき、自分の人生を後悔していたということを。私は確かに昇っていく涙を見た。

 

 

 そしてその涙にはきっと──自殺を選んだことへの後悔の念も含まれていたのだろう。人生が嫌であると共に、死ぬことが嫌だった。

 

 

 矛盾だらけだが、結果論でもそれは真実だった。今更、私はこんなことに気付いている。

 

 

 ならば、これは最後のチャンスだったのではないか。私が恨んだ"神"という存在がくれた最後のチャンス。少なくともそう考える以外に解決方法なんてなかった。

 

 

 母はキリスト教信者で、私も一応そうだということになっていたが、実のところ神なんて信じていなかった。多くの場合私たちが神を信じるのは自分に都合の悪いときだけで、言い訳のための道具として神を使うのだ。

 

 

 けれど、このときは少しだけ信じてみようと思った。

 

 

 そしてもしそうならば、私は一体どうするべきなのか。それを考えた。

 

 

 後から分かったことだが、松山さんが能力を発現したのは彼が中3になってからで、どうやら彼は能力者が能力を発現してから10ヶ月ジャストでないとその能力を探知できないらしく、故に私の『略奪』能力はバレなかったようだった。

 

 

 

 

 

 では私はその『略奪』能力にいつ気付いたのかと言うと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──私がまだ過去に戻ったという事実に順応できていなかったの日曜日のことだった。私は自殺前よりよく人を観察していた。何故かと言えば他人と自分の違いを知りたかったからだ。何故私は彼らになれないのか、どうして自殺の道を選ばなければならなかったのか、と考えていたところ、道端の1人の女性に乗り移っていた。5秒程で、私は元の私の体に再び戻っていた。

 

 

 最初は何が起こったのかを十分に認識しなかった。しかしその直後。

 

 

 まるで神からの啓示のように──脳内に情報が流れてきたのだ。具体的には、これが私に宿った力であることと、その力の使い方に関する詳細な説明が流れてきた。日本語の説明だったかと言われればそんな気もするし、映像だったかと言われればそうだった気もする。

 

 

 何にせよ、私は『略奪』能力のことを自覚したのだった。

 

 

 勿論、これもアイの仕業だった。私はそれをまだ知らないし、それを私に教えるのはこれよりもっと過去のアイだった。私はこの時代ではアイに出会わなかった。

 

 

 アイに()()()のは()()()()だとして、では今からは()()()をしよう。

 

 

 私の、自殺(あれ)とは別の未来の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 能力を自覚してから、私はすぐに能力探知能力を手に入れた。これはほんの事故で、偶然乗り移った人間に宿っていたのだ。

 

 

 それは決して有能と言えるようなものではなく、10秒間まばたきをせずに見詰めた相手が能力者であるかどうかを判断する、というだけのものだった。能力の詳細は分からない。

 

 

 だから私は着実に能力者を発見しては、その能力を奪っていった。どんな能力かは使って理解した。

 

 

 そしてだんだんと気付く──若くて成功している人間の多くは能力を持っていた、ということに。それは多種多様で人により様々だったが、少なくとも役に立つ能力であることに変わりはなかった。

 

 

 私はあるとき、いつかテレビの画面越しに見た同い年の天才アーティストのコンサートに行った。この頃はまだ売れていなかったため、チケットを取るのは簡単だった。

 

 

 コンサート公演中、私は彼女が能力者であることを知った。毎度目が乾く上にコンタクトが外れそうになるので嫌だった。

 

 

 終演後、彼女に突撃する。私の他にもファンはいて、握手会(仮)は長蛇の列となった。私はその最後尾に並び、残り5人というところで彼女に乗り移った。

 

 

 するとどうだろう。列に並んでいた5人は、その列から離れこそしなかったが、明らかに態度を変えた。まるで学校で三者面談を待つみたいに、興味無さそうにスマホやらを弄り始めたのだ。それだけではない。全員、彼女と握手をすると愛想笑いや適当な掛け合いをして帰っていくのである。

 

 

 後に私はこの能力が『魅力』などという反則レベルのものだということを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは首尾よく全てが変わっていった。筋肉を自在に動かす能力で声帯周りの筋肉を自由に動かし、誰にも出せない歌声を手に入れた。『強化学習』なんてチート能力は全てギターの練習や音楽理論の習得のために使ったし、何よりもこの『魅力』能力。これの及ぼす影響は大きく、しかも画面越しだろうが何だろうが、私の容姿や私から発せられるもの、生み出されるもの全てに人々は魅力を感じるのである。

 

 

 友人関係が変わった。

 

 

 タイムスリップしたのは茜と琴羽と出会ってすぐだったためあまり深い仲ではなかったが、私たちは時間をかけていわゆる親友と呼べる程度に仲良くなった。つまるところ琴羽と茜とは以前と同じように仲良くなり、同じようにウォーカー作品なんかの話をしたということ。

 

 

 違ったのは、他の友人が出来たということだ。

 

 

「沙良ちゃん、何読んでるの?」

 

 

「え?......ああ、これか? これは『大男と甘いモルヒネ』っていう作品だ」

 

 

「へぇー、面白い?」

 

 

「......まあそうだな。ウォーカー作品はだいたいSF要素とミステリー要素が混ざった感じなんだけど、これはちょっと他と違うんだよな」

 

 

「違うって、どんなところが?」

 

 

「えっと、例えば............」

 

 

 と、私は3回に渡って友人の問いかけに答えた。大事なのはこれが琴羽でないどころか、全員別の人物であることである。4人ぐらいに囲まれて、うち3人が私に質問を浴びせてきた。

 

 

 これまでなら絶対になかったことだ。

 

 

 これも『魅力』能力の賜物だろうか。

 

 

 そんなことを考えて過ごした中1の間に私の性格はどうやらだいぶ変わったらしかった。フロイト曰く"無意識下での欲求や感情は自分の意識的な部分に影響を与える"らしいが、これはまさにそれなのではないだろうか。

 

 

 私がこうなろうとしたわけでもないのに、気付けば周りからは頼れる姉御的存在にされてしまっていた。そして自身の性格もそちらに傾いていたのだ。

 

 

 人間の脆さと適応性を同時に知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蝶々効果(バタフライエフェクト)というものがある。簡単に言えば、私がこの曲がり角を曲がるか曲がらないかで、イケメン男性と結婚できるかできないかが決まる、ということだ。

 

 

 意味が分からないと思われるので説明を加えると、もしこの曲がり角を私が曲がってしまった場合、その次の曲がり角で走っていたイケメン男子とぶつかり、そこから始まるラブコメ的展開によって私と彼は恋に落ち、やがて関係が深まり結婚にまでこぎ着ける、ということだ。

 

 

 こんなのは妄想だが、飽くまで例え話である。要は、曲がり角を曲がるか曲がらないかという小さな選択の差異が、やがてイケメンと結婚するか生涯独り身であるかという大きな差異に繋がる、ということ。

 

 

 風吹けば桶屋が儲かる、とも言うあれである。

 

 

 まして、人1人の行動は様々なところに大きな影響をもたらすのだ。私は私が自殺するまでの未来までとは、全く違う道を進んでいた。そして社会もそのように動いた。

 

 

 SNSで呟いた何気ない一言を理由に一躍有名になり、テレビにまで進出した人間。彼は今なお冴えない呟きを続けている。

 

 

 大きなところでは、アメリカの大統領が私の知る未来と違ったこと。大統領選で2位であり続けた人間への支持率が、最後の最後でひっくり返るということが()()()()()()()のだ。

 

 

 予想通りの人間が大統領に選ばれ、しかしもっと大きく見ればであるが、私1人の行動がもっぱら変わったぐらいでは第三次世界大戦が起こったりなどしなかった。こんなのは誰にでも分かることだ。

 

 

 変わったことは他にもあった。

 

 

 敬愛する小説家のウォーカーがこの12月、私の知らないタイトルを発表したのだ。その名も『遊説家の咳嗽』。私がいた未来ではこの時期、彼女は『インデックス・アート』を発表したはずだった。

 

 

 そして何より、この2作は内容も劇中の仕組みや仕掛けもまるで違ったのだ。つまり『インデックス・アート』は生まれなかったことになり、バタフライエフェクト的なことを言えばこれから似たような作品が現れることも殆ど期待できないだろう。

 

 

 そして、『遊説家の咳嗽』で彼女は瞬く間に大ヒットした。元々有名な作家であったのだが、かの作品はとうとう映画業界随一の有名さを誇るイギリスの都市で映画化したのだ。翌年には珍しくもかなり過去の作品であるはずの『屍威し』も映画化されることになるのだが──これ以上はきりがないので語るのを控えることにする。

 

 

 

 

 

 一番身近なところで変わったもの。

 

 

 それは姉貴だった。

 

 

 姉貴はある日、豹変した。

 

 

 絶望に狂ったみたいになって、その姿はまるで薬物依存者。あんなにキラキラしていたAlisaはもうどこにもいなかった。

 

 

 私には、まさか自らの姉が『時間跳躍(タイムリープ)』能力を何度も頻繁に、かつ短期間において使うことで都合の良い未来を作り上げ、Alisaとして世界進出した──そしてその『時間跳躍(タイムリープ)』能力が消失したことによってその道を失った結果狂ったのだなんて類推することはできず、バタフライエフェクトが原因なのだとばかり思っていた。

 

 

 世界中で有名になった、太陽のような彼女の姿を知っていたからこそ、私は姉が家出したことが信じられなかった。すっかり廃人となってしまった彼女はやがて高校1年になる頃遠い田舎に1人で移住し、今はどこかの中小企業で働いているらしい。

 

 

 私はそれでも──今度こそ夢を叶えるために歌を歌い、ギターを引き続けた。

 

 

 全ては、私のため。神が与えてくれたチャンスをものにするためだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が作曲したと()()()曲を歌った動画を中2でYouChooseに初投稿したところ、それがいきなり100万回再生を越えた。厳密にはそう仕向けた。

 

 

 口コミはある程度操ることができたし、私は既に無数の能力を持っていたのだ。

 

 

 そして何より『魅力』能力。私が自殺した未来で発表されていた『Drealy Machine』の曲をパクって、コード進行を一部変えて発表したものは私の歌声と合わさって、瞬く間に広まったのだ。

 

 

 それからは淡々と全てが変わっていった。まるで映画を観ているみたいに、周りが変わっていったのだ。そして私もまた、能動的、あるいは受動的に変わっていった。

 

 

 中2で琴羽と茜とクラスが離れたのは前と変わらなかったが、中3では茜だけでなく琴羽とも同じクラスになった。これもバタフライエフェクト。そしてこの頃になると、私はもうかなりの有名人だった。

 

 

 日本人なら皆知っている、という段階にいて、私はまだ飢えていた。トップを目指した。

 

 

 莫大な金が動き、周りの目が悪い方に変わった。母は今までのように忙しくはなくなった。

 

 

 初めての作曲は特別大変なものではなかった。私の持つ能力をもってすれば、簡単にヒットする曲を次々生み出すことができた。

 

 

 初めて作詞作曲した曲──『Badbye to Bad you』は、すぐに人気を博したし、他にも様々な曲が億単位で再生され、私は日本を代表するアーティストにまで上り詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程、茜と琴羽とは同じように仲良くなったと言ったが──実際はそうでもなかったかも知れない。私はあちらの未来とは違い、2人を1歩引いた距離から見詰めていた。話題は多少なりとも振るが、積極的に話すこともなくなっていた。

 

 

 私はやっぱり、茜と琴羽が好きだった。

 

 

 琴羽は中3の5月にいなくなった。以前と同じように、である。しかし私はそれに動揺しなかったし、更に言えばそれを未然に防ごうとかも思わなかった。

 

 

 彼女が無事であることは知っていたから。

 

 

 私は彼女が未来を予知する能力を持っているのだということと、表向きには『科学者』を名乗る()()()集団が琴羽を協力者として招いたということを知っていたのだ。

 

 

 ──沙良は琴羽よりバンドの方が大事なんですか!──

 

 

 茜の言葉が今も脳裏に過る。

 

 

 そう思われても仕方がないことをしていることは分かっていた。端から見れば私は、友人よりもバンドを優先する薄情な人間だ。

 

 

 ──それでも。

 

 

 たとえ茜に嫌われたとしても、私はやらなければならなかった。バンドを成功させて、世界的に名を馳せるのだ。

 

 

 全ては──自分のために。

 

 

 このチャンスをものにするために。

 

 

 

 

 

 バンドの名前は『Rest Arts』。私が提案し、各地で見付けた才能あるメンバーたちはそれに賛同した。日本人はこの手の()()()()が好きなので、拒否しようとなどしなかった。あるいはこれも『魅力』の力なのか。

 

 

 このバンド名の表す"本当の意味"は誰も知らない。仮に教えたとして誰も信じないであろうことは明白だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 10ヶ月後──茜が星ノ海学園に入ることになった理由を知った。

 

 

 全て、私の持つ数えきれない程の数の能力によって、である。

 

 

 そして私はそこで、星ノ海学園の生徒会が何をしているのかを知った。この世界には沢山の能力者がいて、彼らは自らの欲望に任せ能力を使い続ける。生徒会はそういう人間を()()()()()()()組織なんだとか。真相を知っている私にとってはそれはまあ何とも見当違いな目的だったが、しかし能力者を止めるということはどちらにせよ必要なのかも知れない。

 

 

 私のような存在は、本来ルール違反なのだ。

 

 

 私は罪悪感を抱かないわけではなかった。それは必ずしも能力に関することだけではなく、バタフライエフェクトに関してが大きかった。

 

 

 時間が経てば経つ程この世界は知っているものとは変わっていく。あちらで結ばれていた2人が結ばれない、あちらで生まれていた人間が生まれない。あちらで交通事故に遭い死んでいた人間は生き長らえており、死ぬべきでない人間が死んだ。不幸は幸福に、幸福は不幸に、そしてあらゆる人の運命が変わった。

 

 

 私はそれでも、私自身を変えていった。

 

 

 そして、更なる高みを目指すためにやることは1つ。

 

 

 ──生徒会に入ろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしも......あたしも同じ気持ちだ。琴羽が心配だし、同じ目に遭うやつを減らしたい。......こんなことしか言えないけどさ、頼む、生徒会に入れてくれ」

 

 

 深く頭を下げ、表向きにはそう言っておく。実際はそんなのは大嘘で、私は松山さんを、生徒会を利用しようと考えたのだ。能力者を常日頃発見して、その度に彼らと接触する組織。しかも能力の詳細まで分かってしまうのだ。利用しない手はなかった。

 

 

 

 

 

 すぐに深山が生徒会に加わる。『不死』の能力は使えるだろうかと一瞬は考えたが、長い目で見れば彼が生徒会にいた方が何かと好都合だろう。後に加わった雪の能力にしても、である。

 

 

 私たちは能力者たちに、能力を使わないよう注意し続けた。私利私欲のために能力を使う人間を科学者という虚構(きけん)から守るために、毎日様々な場所を転々した。

 

 

 ──その裏で、私は彼らの能力を奪っていた。全てではない。使えそうなものだけを抽出し、奪い続けた。不完全ではあるが人の心を読む能力なんかも中にはあって、それは1日のうち1分間しか使えないのだが、それだってときにはとても役立った。

 

 

 こうして日々着々と能力を手に入れ、バンドではそれらを惜しみなく使い人々を魅了した。勿論表向きな活動だけではなく、『Rest Arts』がテレビ番組に出るよう仕向けたり、契約している会社自体にも利益を与えることで私たちの活動範囲を広げたりと、裏でも様々なことをした。

 

 

 私は満足などしなかった。

 

 

 自分(あたし)のために、自分(あたし)の人生のために、私は私の能力を使った。

 

 

 ずっとその生き方が正しいのだと信じ続けてきたし、世界的に有名になることこそが、なぜか私がまだ生きている理由なんだと信じて疑わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ではこんな生活が、あるいは私の考え方が変わってしまったのはどうしてなのか。

 

 

 原因があるとすればきっと──あいつの存在が大きかったのだろう。

 

 

 6月下旬、生徒会にメンバーが1人加わった。

 

 

 

 

 

 音永夕輝の能力は『コピー』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから何なのかと言えば、別にどうということはない。ただ、彼は私に──自殺する前の、あるいは自殺する瞬間の私にどこか似ていた。

 

 

 最初はそうは思わなかった。彼はどこかひねくれていて、けれど根はいいやつっぽい......ような、そんなイメージの青年だった。

 

 

 彼は深山や雪と同じように、始めは困惑していた。能力というものの存在自体に半信半疑だったし、目の前で雪が本を引き寄せたときですら、彼は何か仕掛けがあるのではないかと考えたようだった。けれどどうしてか順応性や適応性も上手い具合にあるようで、自分の能力を理解すると間もなく生徒会の摩訶不思議な夢物語を信じたのだった。

 

 

 その翌日である。『先入』という能力を持った人間が現れた。夕輝がその後使い続けることになる能力だが、その詳細は至ってシンプル、かつ驚くべきもので、他人に自分の言葉を信じ込ませることができる能力だった。

 

 

 私は思った──その力が欲しい、と。

 

 

 体力が余りにもない松山さんを除く5人で彼の学校に向かったのは彼の存在が発覚してすぐ。

 

 

 茜の命令に沿って、私たちは学校に虐めがあるのかどうかを聞いて回った。あの辺りの茜の勘は本当に驚くべきものだが、それで本当に能力者に辿り着けたのにはもっと驚いた。

 

 

 名を江道と言った彼は、学校から虐めをなくすために能力を使い続けたらしい。責めるべきことでないかと言えば、必ずしもそうとは言えない。虐めはなくなるかも知れないが、彼のしていたことは同時に生徒たちのアイデンティティを奪う行為でもあったのだから。

 

 

 茜は敢えてそのことに言及はしなかった。彼を思いやる言葉をかけることで説得しようとし、結果的にはそれで彼は折れたようだった。

 

 

 私は複雑な気持ちになった。虐めが原因で自殺した人間がいることもそうだが、やはり普通なら()()なるはずなのだ。

 

 

 友人に、家族に、数えきれない人間に死を悔やまれる。そして悔やまれた方の人間はと言えば、この世から消えてなくなるのが世の正しい仕組みだ。

 

 

 私だけが、死んだのに生きている。

 

 

 私は矛盾した存在なのだと改めて思った。

 

 

 

 

 

 その日、私は駅の改札寸前で忘れ物をしていたことに()()()と、茜たちにそれを伝え、先に帰ってもらった。

 

 

 私は忘れ物などしていないと言うのに。

 

 

 江道の学校からの去る際に、私は彼に目印を付けておいた。それはGPSのような能力で、物質や生物に付けておけば、どこにいても探知できるのである。

 

 

 彼は下校中だった。私は先回りして木陰に隠れると、間もなく彼に乗り移った。

 

 

 つまるところ、夕輝が『先入』能力を持っていたのと同じように、私も『先入』能力を持っていたのである。誰もそんなことに気付きはしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた別の日。

 

 

 確か、あの日から3日後の月曜日だ。

 

 

 その日、私の決意を少しだけ揺らがせる小さな事件が起きた。

 

 

 

 

 

 能力者は"イリュージョニスト・チョリソー斎藤"を名乗り、幻覚を見せる能力で人々から金を取っていた。と言っても、彼は金に興味があったわけではないみたいだった。マジシャンを目指し、そのために能力を使っていた。

 

 

 憧れるものに近付くために私利私欲で能力を使い、結果的にそれが成功し、副産物として金が入ってくる。

 

 

 どこかで聞いたような話だった。

 

 

 そして私は見たのだ。

 

 

 彼が──夕輝が、能力者斎藤を罵倒している姿を。

 

 

 お前は自分が好きなだけだ。自分が大切なだけだ。他人の幸せなど願ってもおらず、真に願っているのは自分の幸せなんだと。

 

 

 そして彼はこう続けた──お前は才能がないことから逃げているだけの卑怯者で、大義をかざして自分が気持ち良くなりたいだけの臆病者で、そうすることで偽善に浸りたいだけなんだと。

 

 

 私はそのときどうも、彼──斎藤と私を切り離して考えることができなかった。どころかまるで私が夕輝に罵倒されているような気持ちになったのだ。

 

 

 私は別に、他人の幸福を考えて今の生き方をしているわけではない。誰かに幸せを、活力を与えたいわけでもないし、その手の偽善は大嫌いだった。

 

 

 だと言うのに一瞬揺らいでしまったのは、それより前の言葉──才能がないことから逃げているだけの卑怯者という部分──に動揺してしまったからなのだろう。

 

 

 私は果たしてどうだっただろうか。

 

 

 自らの才能で勝負しようとしただろうか。

 

 

 たった一瞬だが、そんな風に考えてしまったのだ。

 

 

 そしてすぐに思い出す。自殺して過去に戻った理由はそこにあるのだと。この人生で成功するために、私は2周目を始めたのだ。そしてそれはきっと間違いではない。

 

 

 それに、能力だって才能なのではないか?

 

 

 私は間違っていない。

 

 

 正しいことをしている。

 

 

 そう信じることに決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰り、私は昼休みに夕輝と交わした会話を思い出した。

 

 

 私は私の曲を褒め、称賛した友人たちのことを『ミーハー』と言った。夕輝はそれについて詮索しなかった。たぶん私なりの1つの考え方だとでも取ったのだろう。あるいは性格が悪いとでも思われたかも分からない。

 

 

 実際のところ──私はその言葉に、目一杯の皮肉を込めたのだった。

 

 

 だって変な話だろう。かつて私を()()()()()人間が、自分の曲を褒め、私を人気者扱いし、私に羨望の眼差しを向けていたのだ。正直、目眩がする程嫌だった。あのキラキラした汚いものから一刻も早く目を背けたかった。

 

 

 今では何の罪もないファンだと言うのに。

 

 

 私は彼女らを責めることすらもうできない。

 

 

 けれど、復讐に興味はなかった。せいぜい揶揄する程度。それも大部分は自分の中で、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本中を回るツアーが決まった。

 

 

 アメリカでのライブがあった。

 

 

『Rest Arts』はすっかり忙しくなった。

 

 

 私はすっかり忙しくなった。

 

 

 茜たちがどこかの学校と野球をしたらしかったが、私はそれに参加しなかった。アメリカにいたから。

 

 

 帰国直後には焼き肉パーティーが開かれた。私のためのお疲れ会兼親睦会(松山さんは少食のため断ったらしい)らしく、しかも全て茜の奢りだと言うのだから申し訳なくも思ったが、私は少し嬉しかった。茜が、皆が私のために会を催してくれたこと自体がありがたかった。

 

 

 私にとって彼らは何だろう、と考える。

 

 

 夢のために利用する目的で近付いた生徒会のメンバー。彼らは私にとって、きっとかけがえのない存在になってしまっていたのだろう。少なくとも彼らは私をそう思ってくれている。

 

 

 では、茜は私の友達だろうか。茜は私のことを友達として見てくれているだろうか。もしそうだとして、私は茜を友達として見ることができているのだろうか。

 

 

 あの日、あちらの未来での茜は私に手を差し伸べてはくれなかった。別に根に持っているわけではないが、どうしても怖くなってしまうのだ。

 

 

 差し伸べてほしかったと思ってしまっている自分のことも、今は少しだけ怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月の始め、またいつものように能力者が現れた。今回はまた強力な能力だった。

 

 

 能力者の能中は『治療』の能力を有していた。その力で日々様々な種類の病気を治し、それによって生き長らえた人間は沢山いるだろう。

 

 

 茜は随分と悩んでいるようだった。深山の母さんのことと能中自身のこと。2つの間でせめぎあっていたのだ。

 

 

 深山は能中に、母の足を治すよう依頼した。下半身不随の母を普通の人間に戻してほしい、と。

 

 

 一方で茜は、生徒会はそれでは不都合だった。もし生徒会の一員である深山がそれを許諾、どころかその利益を受けてしまったら、生徒会自体が能中が能力を使うことを許してしまうことになり、もう彼を止められなくなる。そうなれば、能中が科学者に捕まってしまったときに責任が取れない、というのである。

 

 

 気持ちは分からんでもなかったが、科学者なんてものはもう存在しないのである。だから彼が能力を使い続けようが何だろうが、危険は及ばないのではないか──とも私は思ったが、しかし実際はそうではない。

 

 

 結局、彼の能力は強力すぎるのだ。不治の病でも治してしまうそれは、そのうち公になるだろう。ならばやはり彼を守るために、あの能力は使わせない方が良かったのだろうか。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 私は夕輝の怒っていた理由は知らなかったし、正直あのときの夕輝の理論は狂っていたと思う。正気の沙汰ではなかったし、もし能中の能力が()()()いなければきっと彼らの仲は険悪になっただろう。そう確信していた。

 

 

 ──いや、それも違うな。

 

 

 私はこの1分間だけ他人の心を読む能力で、茜があのとき真に何を考えていたかを知っている。

 

 

 茜は能中を説得し、帰らせた後で──夕輝に彼の能力をコピーさせようとしていたのだ。そして夕輝が勝手を理解すれば、それで深山の母さんの足を治させよう。そう考えていた。

 

 

 そしてそれが不可能であることを、私は知っていた。何故なら先に言ったように能中は能力を失ったからである。

 

 

 そしてその日の午後、深山の母さんは下半身不随ではなくなった。

 

 

 簡単なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本列島を巡るツアーがやっと始まった。北は北海道、南は沖縄。夏休みの大半の時間はこれのために費やした。

 

 

 私の作った曲を、私の歌う歌を、星の数より多いんじゃないかという程の人間が聴き、そして感動する。最近は歌詞にも意識が向くように能力を上手く使い、彼らは言うのだ。『Rest Arts』の曲はその音楽性だけでなく歌詞も素晴らしいんだと。勿論、全て私が作ったものだ。『Drealy Machine』をパクったものはもう歌っていない。ファンからは幻の曲と崇拝されているが、あれは私の音楽じゃない。

 

 

 だから、私は私の音楽を生み出す。

 

 

 私の音楽を、私の人生を歌う。

 

 

 手元にはギター。口元にはマイク。足元にはいくつもの配線。そして視線の先には──無数のペンライト。米粒より小さい観客。

 

 

 スポットライトに当てられた私は光輝いて、ただひたすらに音楽を奏でる。

 

 

 あれだけの人間を、私は今感動させているのだ。思い描いたことを現実にしているのだ。

 

 

 終曲と共に大きな歓声。

 

 

 大量の花吹雪が舞い、炎が上がり、私はその中心にいた。

 

 

 私は今、報われている。

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誕生日になった。16の誕生日──なのだろうか。残念ながら私には私が16歳になった記憶が以前にもあり、では私の体感では今は何歳なのだろうかと言うと、分からなかった。

 

 

 ただ、クラスメイトに祝われる。私は人気者なのだ。かつて私を虐めていた人間も、そんなことは知らん顔──しかも本当に知らないわけだが──で、私の誕生日を祝福する。会社にもファンからのプレゼントが届き、まるでキリストにでもなったようだ。

 

 

「お誕生日おめでとう、沙良ちゃん!」

 

 

「おめでと~!」

 

 

「ああ、ありがとな、美紀、桜」

 

 

 しかしどうしても、こうクラスメイトの多い場所ではカースト上位の人間が話しかけてくる。つまり、私を虐めていた主犯格である。複雑な気持ちはそのままだが、美紀と桜に礼を言っておく。

 

 

 そのうち、夕輝がやってきた。私の誕生日を知らなかったらしく、クラス全員で計画されたサプライズにもどうやら加わっていなかったようだ。あいつメッセージアプリとかあんま見なそうだし。

 

 

「よう、夕輝」

 

 

「誕生日おめでとう、沙良」

 

 

「ありがとな」

 

 

 何故だろうか、夕輝と話すときは自分をさらけ出せるような気になる。自然に微笑んで、しかもそれが自分の自然な微笑みであると分かるのである。この頃から彼を名前で呼ぶようになったのは、それが理由だろうか。

 

 

「沙良~」

 

 

 前から声が聞こえた。美紀たちが何か荘厳な箱を持ってきている。

 

 

「これ、プレゼント! 私たちからの!」

 

 

 夕輝はそれに合わせるように去っていき、後ろの席で茜と会話なんかをしていた。

 

 

 茜はまるでわざとみたいに私を避けているが──実に分かりやすい。きっと何かサプライズを別で企てているのだろう。察させまいとひそひそしている。

 

 

 それを密かに感じ取ったが、勿論それを聞く程私は不粋ではないので、その日の午前中は茜とは喋らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みはいつも通り、音楽室で歌を歌う。練習と言うよりは、この時間は画家の休憩中のようなものだった。

 

 

 そこに、いつかぶりに夕輝が来た。

 

 

 どうやら私の声に引き寄せられてここに来たようだった。始めは彼の存在に気付かず、私は私のお気に入りながらマイナーなバラードを歌っていた。マイナーと言っても、YouChooseでは軽く1千万再生を越えている曲である。民衆はゆったりとした曲調より速いテンポの曲の方が好きらしい。

 

 

 私は──こういうのも好きなんだけどな。

 

 

 アコギを鳴らして、『Scary Ballade』を歌う。気分は晴れやかで、澄んでいて、あらゆる嫌なことを忘れられた。入る風が心地好い。

 

 

 この曲はそういう曲ではないのだが──むしろ傷付いた自分を慰めるような歌なのだが、気分は子守唄だった。

 

 

 真っ白な世界にいた。

 

 

「沙良」

 

 

 曲が終わって余韻に浸れるぐらいの時間が経つと、声をかけてきた夕輝の存在に初めて気付いた。ギターを置き、ペットボトルを手に取る。

 

 

「ああ、夕輝か。どうした?」

 

 

「いや、特に何て言う訳でもないんだけどな」

 

 

 夕輝から返ってきたのはそんな答えで、私は面白くなってしまった。思わず笑いが溢れる。

 

 

「お前、前もそうだったじゃねえか」

 

 

「......そうだったか?」

 

 

「そうだよ。全く、この岩下沙良サマの歌声に聞き惚れて来ちまったのか?」

 

 

 自意識過剰みたいなことを言ってみる。気の弱かった以前の私なら絶対にしなかったことだ。

 

 

「......まあ、そんなとこかな」

 

 

 夕輝は否定もしない。そして、それが嘘でないことも分かってしまう。

 

 

「......もう1曲聞いてくか?」

 

 

 つい自信満々に尋ねてしまったが、夕輝のことだ、きっとこう言うだろう。

 

 

「じゃあ......頼むことにするよ」

 

 

 思った通りの答えが返ってきたところでら私はペットボトルを置き、ギターを手に取ると息を大きく吸った。

 

 

 この音の消えた夜の海のような空間に、ギターの音と私の声とを同時に響かせる。

 

 

 『Badbye to Bad you』。前奏のないこの曲はファンの間でも人気だった。俗ににわかと呼ばれる人間でも知っている曲。これまたバラードで、以前夕輝がここに来たときも私はこの曲を歌っていた。

 

 

 退屈はさせない。私にはそれだけの能力(ポテンシャル)がある。

 

 

 この曲のタイトルの『you』の訳は、『あなたたち』である。『お前ら』でもあるかも知れない。

 

 

 私を貶めた人間や、私より才能のある人間、私の周りにいた全ての人間に捧げた曲だった。

 

 

 お前らの思うようになるのはもうやめだ。

 

 

 お前らに見下されるのももうやめだ。

 

 

 私は1人で行く。

 

 

 私はお前らを恨んでいる。

 

 

 あの日──自殺した日の思いを忘れないための曲でもあった。

 

 

「......」

 

 

 私が歌い終わった後も、夕輝は取りつかれたように黙っていた。呆然と言うか唖然と言うか、そんな表情をしていた。

 

 

「どうだ? すげぇだろ」

 

 

「あ、ああ......」

 

 

「この曲はさ、あたしが初めて作詞した曲なんだ。だから、気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ」

 

 

「そうなのか......」

 

 

 鼓動を確かめるみたいに胸を押さえる夕輝。

 

 

 本当に嬉しかった。ライブに来てくれた大衆が私の曲に聴き惚れてくれるのはそりゃ嬉しいが、夕輝みたいな身近な人間だともっと嬉しかった。

 

 

 本当の意味で、認められたような気がしたのだ。

 

 

 夕輝はそれから数秒して、何かを思い出したように時間を確認する。

 

 

「お、また教室に深山でも置いてきたのか?」

 

 

 以前もそうだった。深山と夕輝は何だかんだ仲が良い。

 

 

「ああ、悪いな」

 

 

「いや、聴いてくれてありがとな」

 

 

「また聴かせてくれよ」

 

 

「ああ」

 

 

 そう言って、夕輝はこの場から去っていく。音楽室の思い扉が閉まり、私はまた1人になった。

 

 

 今日は素敵な誕生日だ、と──思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案の定と言うべきか、茜はサプライズを仕掛けてきた。そう言えば深山のときも同じことをしたのを思い出す。茜はたぶんこの手のイベント事が好きなタイプだ。

 

 

 本日2度目のクラッカーの音を聴き、全員のハッピーバースデーの合唱を聴き、深山がわざとかってぐらい音痴なことを知った。

 

 

 私が蝋燭の火を吹き消すと、茜はケーキを皆に配っていく。美味しそうなチョコレートケーキで、真ん中にはホワイトチョコレートが乗っていた。『Happy Birthday Dear 沙良』と書かれている。沙良だけ漢字だ。

 

 

 ようやく六等分にケーキを配分し終えると、茜は楽しげに言う。

 

 

「では皆さん、手を合わせて......」

 

 

 メンバー全員が手を合わせる。いただきます、と言おうとしていたまさにそのときだった。

 

 

 ──プルルルル

 

 

 松山の電話に着信があった。彼は一応全員に断って電話に出たのだが──どうやらスピーカーホンをオンにしっぱなしだったようで、そのいかにも悪そうな男の声は生徒会室に大きく響いた。

 

 

 

 

 

『星ノ海学園生徒会だな?』

 

 

 

 

 

 それは──弟の怜を誘拐した犯人の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怖かった。私の金目的で怜が誘拐され、怜を助けるために私はこの廃工場に乗り込んだ。茜たちも一緒で、5人で埃っぽい不気味な空間を息をひそめて歩いていた。

 

 

「にしても、一体どこにいるんだ? まさか嘘ってことは......」

 

 

 夕輝がそう言うので、私は割と本気で焦ってしまった。「それはないでしょう」と茜は言う。

 

 

「そんなことをして、何のメリットが......」

 

 

 そう彼女が言い欠けた瞬間、全員が上に注意を向けたのはガコンと音が聴こえたから。

 

 

 間もなく、夕輝と茜の注意の声。しかし雪をかばう形で深山が犠牲になった。

 

 

「深山くん......!」

 

 

「見ちゃいけません!」

 

 

 グロテスクなそれを私は見ないようにした。ちなみに茜がこう怒号したのは、雪なら本当にトラウマになりかねないようなグロさだったからだ。

 

 

 そして深山が喋れる程度にまで再生すると、とうとう奴らは現れた。

 

 

「ちっ、3人やりそこねたか」

 

 

「兄貴、怒んないで下さい。獲物(岩下沙良)は目の前っすよ!」

 

 

「お友達は事故死ってことにしたかったのになあ、全く、運のいい坊っちゃんたちだこと」

 

 

 出てきたのは、チンピラっぽい男と太った大男。

 

 

「ま、ここまでは予想通りだ。岩下沙良を渡してもらおう」

 

 

「......沙良をどうするつもりでしょうか。あなたたちの目的を教えて......」

 

 

「うるせえ!」

 

 

 震える茜の言葉を遮って叫んだのは細長い金髪。「余計なことを言うと、こうだぞ!」と後ろに縛られて控えていた少年を引っ張り出してきた。

 

 

 ──怜だった。

 

 

「......怜! 怜!」

 

 

「姉ちゃん!」

 

 

 体をきつく縛られており、とても恐怖している。どうして、どうして怜があんなことに。

 

 

 と、その瞬間。

 

 

 ぴっ、と何かが切れるような、耳を必死に傾けないと分からない小さな音がして、それと同時に、怜の頬に縦の線が入ったかと思うと──。

 

 

 その線に沿って、赤い色が現れた。

 

 

 ──触れずに傷付ける能力?

 

 

「あんまり騒ぐと、俺の能力でこいつが死ぬぞ? いいのか!? 黙って岩下沙良を渡せ!」

 

 

 深山が復活し、奴らを睨む。

 

 

「この野郎......!」

 

 

「巧くん、いけません!」

 

 

 茜が必死になって止める。しかしそれすらも制止するように、男が言った。

 

 

「ストップ、そこまでだ」

 

 

 大人の男は、有無を言わせぬ圧力で私たちを制し、怯えさせる。

 

 

「我々は、手荒い真似は嫌いでな」

 

 

 まるで、『私たちにはお前たちを蹂躙するだけの力がある』とでも言いたげな、そんな言葉だった。

 

 

「......分かったら、早く岩下沙良を渡せ! 余計なことはするなよ。下手なことをするとこいつどころか、お前らだってどうなるか分からないぞ!」

 

 

 細い男がもう一度念押ししてきた。この広く薄暗い廃工場には、その声が反響して耳がおかしくなりそうだ。その音がだんだんと形を失うにつれて不気味な静けさが襲い、緊張感が漂った。

 

 

 ここは──覚悟を決めるしかない。

 

 

 そう思った。

 

 

「仕方ねえな......潔く行くとするか」

 

 

「......沙良......」

 

 

 茜は何かを言いよどむ。恐らく『駄目です』とでも言おうとしたのだろう。けれど私は怜を助けなくてはならない。

 

 

 それに、私たちには作戦がある。

 

 

「Chanceは1度きりだぞ」

 

 

 夕輝の瞳を見て言った。あちらには聞こえないような小さな声で。夕輝たちは沈黙を返してくる。

 

 

 私はそのまま横にある錆びた階段に近付き、ギシギシと軋むそれを上っていく。

 

 

 上には男2人、そして怜がいた。

 

 

「待っていた。物分かりが良くて助かるよ」

 

 

 太った男が勝ちを確信した顔でそう言った。

 

 

 その表情は遠くの夕輝たちには見えないようだが、私は何故こんなタイミングでもう既に勝ったような気でいるのか不思議でならなかった。

 

 

 

 

 

 不思議でならなかったのだ。

 

 

 

 

 

 まさか、分かるだろうか。

 

 

 

 

 

 この男が、あんなことを言うなど。

 

 

 

 

 

 彼は小さな声で、こう呟いたのだ。

 

 

 

 

 

 それは、私が今までずっと隠し通してきたこと。

 

 

 

 

 

「君は──『略奪』能力のことを生徒会員(かれら)に隠している」

 

 

 

 

 

「..................え......?」

 

 

 

 

 

 その言葉を言われた瞬間。

 

 

 初めは思考が追い付かなかった。その男が言った意味を理解できなかった。

 

 

 次に、やっとこのことでそれを理解し、その上で困惑した。もしかしたら、とは思っていたのだ。

 

 

 私の能力に勘付き──あるいは最も可能性の高い理由として、能力者の探知能力で私の能力を知り、()()()()()()()()怜を誘拐した──?

 

 

「分かってくれたようで何よりだ。さ、弟君は解放しよう」

 

 

 目の前で男がそう不敵に微笑む。勿論そこには威圧以外の何もない。

 

 

「何で......」

 

 

「何ヶ月も、君を手に入れるために試行錯誤したさ。君はもっと自分の立場を弁えた方が良い」

 

 

 男はそう言いながら、怜を連れてきた。「やれ」

 

 

「へい!」

 

 

 すると、彼は怜の手足と体を縛ったロープを能力で切断した。さくり、といとも簡単に切ってしまったのだ。

 

 

「姉ちゃんっ!」

 

 

「怜!......ごめん、怖い思いさせたな」

 

 

 混乱はそのまま、けれど今怜のことを一番に考えていたのは──果たして、怜が大事だったからなのだろうか?

 

 

 考えないようにしていただけではなく?

 

 

 怜はすぐにこちらに駆け寄り、恐怖で流せなかった涙を、やっとここで流した。

 

 

「茶番はそこまでにしておけ」

 

 

 大男は睥睨して言った。

 

 

「もう分かっただろう、岩下沙良。さっさとこっちに来るんだ。下手なことをすれば、お友達にお前の『略奪』能力のことを話さなければならなくなる」

 

 

「っ......」

 

 

 私はまだ戸惑っていた。動けずにいた。

 

 

 ただ、積み重ねてきたものが崩れてしまうのが怖かった。

 

 

 そして、事実を確認するのも怖かった。

 

 

 まだなのか。

 

 

「怜、お前は帰るんだ」

 

 

「え......?」

 

 

 怜にそう微笑みかけたのは、最早ただ現実逃避をするためというそれだけだった。怜は困惑の顔を浮かべる。「姉ちゃんは......?」

 

 

「あたしはちょっと、まだやんなきゃならないことがあるみたいなんだ」

 

 

「そう、君にはやってもらわなければならないことが沢山ある」

 

 

 私はもう、殆ど諦めるように言った。それは演技だ。しかし、そこに含まれていた恐怖の感情はきっと偽物ではなかっただろう。

 

 

 細い男がロープを回収している。

 

 

「でも、姉ちゃん......」

 

 

「いいから早く!」

 

 

「っ!」

 

 

 怜の右頬の傷は痛々しかった。

 

 

 弟は私を見たが、怒鳴られたことによって怖じ気づいてしまったのか「うん......」とだけ答え、階段を下りようとした。

 

 

 そのときだった。

 

 

「兄貴、ロープっす」

 

 

「ああ」

 

 

 子分の細身が、大男にロープを渡したその瞬間だった。

 

 

 隙が生まれるこの時を待っていた。

 

 

 今だ、と思い私は叫んだ。

 

 

「夕輝!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そしてその後はご存知の通り、一気に形勢逆転し、深山の能力もあって割と余裕で男どもを倒すことができたわけだが──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は放心状態だった。

 

 

 認められずにいた。

 

 

 怜が誘拐されてしまった理由を。

 

 

「沙良......」

 

 

 夕輝や茜に心配そうな表情で見詰められるが、そんなことはどうでもいいぐらい私は混乱していたし、恐らく先程の何倍も怯えていた。

 

 

 その上でまだ言い聞かせていた。

 

 

 全部母親や私の金に目が眩んだ人間と、怜を誘拐した2人組のせいだ。

 

 

 怜に怖い思いをさせた。

 

 

 癒えない傷を心にも、体にも植え付けてしまった。

 

 

 でも。

 

 

 それもこれも全部、自分以外の人間のせいだ。

 

 

 私のせいじゃない、と。

 

 

 

 

 

 そうしなければならなかった。

 

 

 そうしなければ、私は今まで何年も続けてきたことを、自分を否定しなければならなくなるから。

 

 

「姉ちゃん、大丈夫?」

 

 

「え?」

 

 

 弟に声をかけられ、はっ、と気付く。横を見れば確かにその声をかけた弟がおり、前では薄汚い廃工場に差し込んだ夕日が、茜と夕輝、雪に深山を照らしていた。

 

 

 不思議な光景だった。

 

 

「さあ、こいつらをさっさと縛り上げて帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 併設マンションに住むようになったのは星ノ海学園に入ってすぐだったか、母はこんな立派なマンションに住まわせてもらえると言うのに、殆ど費用がかからないことに驚いていた。

 

 

 金に目がない母は。

 

 

 私は怜と玄関へと入る。靴を脱ぎ、手を洗う余裕もないまま廊下を進んだ。

 

 

 部屋は広い。4人分の椅子が大きなテーブルを囲んでいる。

 

 

「お帰りなさい......って、2人一緒なの?」

 

 

「うん、ただいま、母さん」

 

 

 私の耳にはそんな言葉は届かず、母さんの言葉に答えたのは弟の怜のみだった。私は下を向いたまま、漠然と考えていた。

 

 

 この部屋が嫌いだ。

 

 

 ここにいることが、嫌いだ。

 

 

「......沙良、どうしたの?」

 

 

「......」

 

 

 母さんの声が聞こえた。

 

 

 母さんの、私を心配するような声が聞こえた。

 

 

 それが嫌だった。

 

 

 何も、反抗期だなんてものではない。

 

 

 今まで母さんがしてきたことを知っているから。

 

 

 私が『Rest Arts』のボーカルとして活躍し出した瞬間から、私の金だけを見てきた母さんを憎んでいたから。

 

 

 

 

 

 ──どうして。

 

 

 

 

 

「って、怜! 怪我してるじゃない! どうしたの!」

 

 

 母さんは急にその声のボリュームを大きくする。それが不快でならなかった。

 

 

 怜を心配する母が嫌で嫌で仕方なかった。

 

 

 私はもうとっくに、この人を母親として見ることを諦めていたのだ。

 

 

 姉貴を見捨てた瞬間から。

 

 

「何で、心配なんてできるんだよ......」

 

 

 気付けば声が漏れていた。母さんは驚いたみたいにこちらを覗き込む。

 

 

「どうしたの? 沙良、体調でも......」

 

 

「何で怜のことを心配なんてするんだ!」

 

 

 私は混乱していた。

 

 

 どちらなんだ、と。

 

 

 気付けば叫んでいた。

 

 

「元はと言えば......元はと言えば、あんたのせいじゃないか! あんたのせいで! あんたの!」

 

 

 溜め込んでいた感情を全て爆発させる。今まで溜め込んでいた全ての感情を。声は荒くなり、叫び声は部屋中に響いた。隣の部屋や外には聞こえたりしない。このマンションは完全防音だからだ。

 

 

「ちょっと沙良、どうしたの......」

 

 

 母さんは、怯えたようにこちらに手を伸ばしてくる。私はその手を払った。

 

 

「あんたが私の金ばかり見てるから! あんたが金のことばかり考えてるから、怜が......怜がどんなひどい目に遭ったと思ってるんだ!」

 

 

 そう叫ぶと、それに萎縮したように部屋は急にしんとした。母さんの目も虚ろになってしまったままぇ、けれど私にはどうでもいい。

 

 

 思えば、母さんがずっと許せなかったのだ。

 

 

 あんなに優しくて明るかった姉貴があんな風になってしまったのは、母さんのせいなんだ。

 

 

「何......? 怜がどうしたの......?」

 

 

「あんたのせいだ!」

 

 

「やめてよ、姉ちゃん」

 

 

 怜の制止する声は、白熱していた私には届いていなかった。

 

 

 もう止められなかった。

 

 

「沙良、落ち着いて話を......」

 

 

「落ち着けるか! あんたが金にばっかり目を眩ましてるから! 姉貴だって! 怜だって!」

 

 

「姉ちゃん、もうやめてよ......」

 

 

 私は怒っていた。体が熱いのが嫌でも分かる。母に怒りを向け、何も考えないようにしていた。

 

 

 そうすれば、あらゆることをうやむやにできる気がしたから。現に姉のことは許せなかった。私の道を汚すような真似も許せない。どうしたって、怜が傷付いたのは母さんのせいなんだ。

 

 

「......怜さえも! 怜さえあんたにとっては息子でも何でもないのか! 姉貴みたいに捨てるのかよ!」

 

 

 母さんはショックを受けたような表情になった後、次に敵意を剥き出しにした顔に変貌を遂げる。私の言葉は母さんにも火を付けたようだ。

 

 

「捨てるだなんて......言い方があるでしょう! 母親を何だと思ってるの! 誰が育てたと思ってるのよ!」

 

 

「そういうとこだよ! あんたのそういうとこが、あたしは大嫌いなんだ!」

 

 

「沙良、あんた......親に何て口利くのよ!」

 

 

「うるさい! あんたなんか親でも何でもない!」

 

 

「何ですって......?」

 

 

 母さんは怒っていた。

 

 

 私も怒っていた。

 

 

 けれど、きっと私たちは分かり合えない。

 

 

 私は母さんと分かり合おうとしない。

 

 

「いい加減に......!」

 

 

 そうしてようやく怒りが絶頂に達した母さんが、私以外の何かに怒鳴ろうとしたときのことだった。

 

 

 別の誰かが叫ぶ。

 

 

 

 

 

「──もうやめてよ!」

 

 

 

 

 

 その声が鼓膜を震わせたとき、私も母さんも頭を真っ白にする。

 

 

 一際大きな声で叫んだのは──怜だった。

 

 

 再び部屋は静まり返る。

 

 

「もう......やめてよ、姉ちゃんも、母さんも」

 

 

 怜は、半ば泣きそうな顔で私を見ていた。その表情が嫌と言う程よく見えるのは、怜が私より小さいからだ。

 

 

「怜......」

 

 

 すっかり熱くなってしまっていた。いや、勿論冷めたりはしない。が、私はそのとき我に返った。

 

 

 その隙に入り込むように考えないようにしていたある思いが、脳裏を過る。

 

 

 そしてまるでその思考を促すように──怜はこんな風に言った。

 

 

「僕なら大丈夫だから......。心配しないでよ、こんなのすぐ治るから」

 

 

「......」

 

 

 

 

 

 ──その直後だった。

 

 

 怜は余りにも容易く、余りにも純粋に、私の決意を打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 弟はただ一言、こう言ったのだ。

 

 

 

 

 

「ほら、この傷......。父さんとお揃いだよ」

 

 

 

 

 

 そして──微笑んだ。

 

 

 それだけ。

 

 

「────」

 

 

 それは何でもないことのように思えて、けれど私にとっては実はそれだけで十分で。

 

 

 その笑顔を見た瞬間、とうとう私は気付いてしまった。

 

 

 違う。

 

 

 言い聞かせたって無駄だった。

 

 

 信じたって無駄だ。

 

 

 何で、今の今まで気付かなかったんだ。

 

 

 違う。

 

 

 気付いていたんだ。

 

 

 その上で、無視していた。

 

 

 

 

 

 今日、怜が誘拐されたのは私以外の誰のせいだと言うのか。

 

 

 略奪能力を目的として──恐らくそれを利用するために、私を欲した。

 

 

 そして私を確実に手に入れるために怜を誘拐した。

 

 

 始めから金目的などではなかったじゃないか。

 

 

 

 

 

「あたしのせいだ......」

 

 

 気付いた上で、自分に、全てに嘘をついた。つかなければならなかったのだ。自分の存在を肯定するために。

 

 

 そうだ。

 

 

 母さんのせいに、他人のせいにしようとしていた。金しか見えていない周りのせいに。

 

 

 そしてそれを自分の中で認めてしまった瞬間、私はこの場にいてはいけないんだと──

 

 

 

 

 ──思った。

 

 

 

 

 

 すぐにでもここから離れよう。

 

 

「......ごめん、ちょっと寝るな」

 

 

 静まり返った部屋にそう告げると、扉を開いて自分の部屋にこもる。

 

 

 今更、遅かった。

 

 

 どうしようか。

 

 

 どうすれば償えるのだろうか。

 

 

 全部が裏返しだ。

 

 

 怜にも、姉貴にも、今頃有名になっていたであろう人々にも、どうして償うことができるだろうか。

 

 

 そうだ。

 

 

 思えば全部、母さんのせいなどではなかった。

 

 

 姉貴が売れず廃人になってしまったのは、私が人生をやり直したから──バタフライエフェクトのせいではないか。

 

 

『魅力』能力を奪ったせいで、あの大人気アーティストはファンも名誉も失ったのではなかったか。

 

 

 

 

 

 私は私の私利私欲のために──沢山の人を傷付けてしまった。

 

 

 

 

 

 私は手元のスマホを眺める。

 

 

「......」

 

 

 どうやったら償えるか。

 

 

 その問いに対する1つの答え。

 

 

 

 

 

 ──全ては、嘘だったのだ。

 

 

 ──夢だったのだ。

 

 

 

 

 

 だからもう、こんなことは終わりにしよう。

 

 

 夢の時間は終わらせてしまおう。

 

 

 

 

 

 私にはきっと、それができる。

 

 

 

 

 

 そう思い、気付けば茜に電話をかけていた。

 

 

 もし私の思った通りのことができるのだとしたら、もうお別れなのだろう。

 

 

 間もなく、茜が電話に出た。

 

 

「もしもし、茜か」

 

 

『......もしもし、沙良?......えっと......今日は大変でしたね』

 

 

 茜はまず最初にそれを言った。恐らくその必要性を感じたのだろう。

 

 

『どうしましたか?』

 

 

「......」

 

 

 聞かれるが、しばらく答えが出ない。話す内容も決めないまま電話をかけてしまった。

 

 

 けれど、むしろその方が取り繕わなくて良いと思った。

 

 

「......茜は......琴羽のことが心配か?」

 

 

 不意に口から出たのは、そんな小さな言葉。

 

 

『え......』

 

 

 茜は急な質問に驚いたようだった。

 

 

『......そりゃあ、心配ですよ......決まってるじゃないですか』

 

 

 茜はまだ、琴羽が裏で何をしているか知らない。だから琴羽のことを心配していた。

 

 

 私たちの親友のことを。

 

 

 そして──私もまた、彼女を心配していた。

 

 

 琴羽や隼翼さんとやらについて知っていることはごく一部で、私は今琴羽がどんな生活を送っているのかは知らない。ただ無事で、科学者という存在を撲滅する手助けをしているということを知っているだけだ。

 

 

 もしかして、酷い目に遭ったりしていないだろうか。

 

 

 私は時折、怖くなる。

 

 

 何も知らない茜はもっと怖いだろう。よく生徒会なんて場所で琴羽のことを何も知らされずにリーダーを勤めていると思う。

 

 

 だから、こんなことしか言えないけれど。

 

 

「あいつはさ......琴羽は、きっと今も元気してる。私には分かるんだ。絶対に、あいつは無事だ。......もしかしたら、あいつのことだ......前より元気かも知れない」

 

 

『......沙良?』

 

 

 茜は突然おかしなことを言い出す私に不思議そうな声を返す。私もたぶん、急に茜から電話が来てこんなことを言われたらこんな反応になる自信がある。

 

 

 けれど、私はきっともうここにはいられないのだから。

 

 

「......あのさ、茜」

 

 

『......はい......?』

 

 

 声を聴くだけでも、彼女の怪訝な表情が窺える。何だか可笑しくなってしまった。軽く笑って、最後にこう聞いてみる。

 

 

「......私はお前と......茜と、ちゃんと友達になれたのかな......」

 

 

『......はい?』

 

 

 それはあまりにおかしな質問だった。当然茜は素頓狂な声を返してくる。

 

 

『......あの、沙良? 本当にどうしたんですか......?』

 

 

「......」

 

 

 私は答えない。そうすることで、茜に解答を促したのだ。

 

 

 彼女はしばらく『んん......』と唸るような声を出していた。恐らくどう返すべきか迷っているのだろう。

 

 

 しかし私は、それが──彼女の照れ隠しのときの癖だと知っていた。

 

 

 そのおかげで、もう答えなんていらないとすら思えるが、しかし茜はと言うと結局、ぶっきらぼうに、恥ずかしそうに、いかにも彼女らしく、最終的にはこう答えた。

 

 

『そんなの......当然ですよ......』

 

 

 それは、小さな声。

 

 

 最後の方は消え入ってしまいそうな程小さく、いや、実際に消え入ってしまっていた。

 

 

『親友、じゃないですか......』

 

 

「......茜」

 

 

 私は──そうか、思えばずっとあの言葉が引っ掛かっていたのだ。

 

 

 琴羽よりバンドを優先した私を見限る茜の言葉に、心のどこかでとらわれていたのだ。

 

 

 それぐらいに、私にとって茜は大事な存在だったのだと今なら自信を持って言える。

 

 

 ふと、涙が溢れる。

 

 

「......はは......」

 

 

『......何笑ってるんですか、もう......!』

 

 

 茜は不機嫌そうに、あるいは照れたように文句を溢す。

 

 

 私はそれだけで、救われた気がした。

 

 

『......じゃあ、私はお風呂に入るので切りますよ!』

 

 

 完全に照れている。茜の今の表情を見たいと心から思う。

 

 

 けれど、それはもう叶わないことだ。

 

 

「......ああ、じゃあな」

 

 

『......ではまた明日。お休みなさい』

 

 

「......ああ」

 

 

 軽く答えるふりをしてみたけれど、心の中は重たくて仕方がなかった。

 

 

 また明日、か。

 

 

「......」

 

 

 やがて、スマホがツーツーと寂しげな音を残す。部屋は先程よりもずっと静かになった。

 

 

 ──こんなことを考えたことがある。

 

 

 もし1周目の私が、略奪能力を使って気付かぬうちに過去に戻る能力を奪っていたのだとしたら、と。

 

 

 だから私は無意識のうちにその能力を使い、2周目を始められたのではないだろうか。

 

 

 記憶はないが、そうだとしたら説明がつく。

 

 

 決して、私が成功するためなどではない。

 

 

 全ては偶然で、神が私を救ってくれたわけでもない。

 

 

 そうだとしたら、私のやっていたことには意味なんてなかったのではないか。

 

 

 そして、そう思うと幾分か気持ちが楽になった。

 

 

 できるだろうか。

 

 

 恐らく代償は視力。

 

 

 私の目が悪くなったのは、この力のせいなのだ。

 

 

 

 

 

 できるだけ、遠くへ。

 

 

 もう誰も傷付けないように。

 

 

「──じゃあな」

 

 

 私は大切な人たち──勿論、生徒会の奴らも──に別れを告げると、能力(ちから)を使った。

 

 

 

 

 

 それが姉貴のものであるということは、後から分かったことだった。




 能力と書いてちからと読ませる終わりの世界から戦法で乗り切った第二章でした。そして次がラストです。
 何となくお気付きだと思いますが、第三章は彼女がもう一度過去に飛んでからのお話となっております。
 それと、巧のお母さん結局何なんだろうと思った方、もしくはあの深いのか浅いのかよく分からない言い回しによって気付いてしまった方、いらっしゃるかと思いますが、次で明らかにします。

 この二次創作に来て、先にサブタイトルを予告しなかったのはCZが初めてですね。と言うのも実はギリギリまで構成を決めておらず、二章構成にするか、それともタイムトラベルで区切って三章構成にするか直前まで悩んでいたからです。
 と言うわけで、第三章のサブタイトルだけでも先に発表したいと思います。

 それはズバリ──『隠者の日記帳』です。
 CZにおける各サブタイトルの意味については(これはひょっとすると不粋かも知れませんが)後に解説します。何となくこういう意味なんだろうなぁとか考えながらお過ごし下さい。
 それでは長くなりましたが、今回もありがとうございました。
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