Charlotte Bravely Again(st)   作:天然の未

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 投稿の仕方を変えました。
 7分割を統合しただけで内容は同じです。
 既に読んだ方は続きからで支障ありません。
 どうも、投稿の仕方を変えてみた天然の未です。
 活動報告をご覧になっていなかった読者様方、急に変えてしまってごめんなさい。諸都合によって変更させていただきました。
 今回は前回申し上げた通り、かなり複雑です。
 タイトルの通り、まさに倫理と世界線な感じになっております。
 何ヵ所か、いや何ヵ所も訳が分からなくなる部分が出てきます。○○○○の能力を持った○○なんかが出てきたりします。が、いつかその伏線を回収できる日は必ずやってきますのでどうか最後までお読み下さい。


第五話 倫理と世界線

「かんぱーい!」

 

 

「かんぱーい!」

 

 

 茜の声に合わせて、夕輝たちは各々、冷たく結露した透明なグラスを前に突き出した。からん、という気持ちの良い音は、グラス同士がぶつかり、さらにそれによってそれぞれのグラスの中にある氷同士がグラスの内側や互いにぶつかることで起こるものである。

 

 

「今日はパアッとやりましょう!」

 

 

「おー!」

 

 

 5人揃ってパーティーをするのは、これが初めてだ。焼き肉パーティーは7()()29()()、夏休みが始まってすぐの日曜日に開催された。

 

 

「まずはカルビ! どばどば焼いてきましょう!」

 

 

「はい!」

 

 

 雪はノリノリで皿を持ち、トングで生のカルビ達を掴んでは熱々の網に乗せていく。巧は一際輝いた目でそれを見つめる。焼けるまでの間、少し時間があるので夕輝は適当に水を飲んだりちょくちょく肉を裏返したりしていた。すると。

 

 

「あー! いけませんよ夕輝くん!」と茜が夕輝に急に怒鳴った。突然のことに驚いて、夕輝はびく、とジャーキングのように体を跳ねらせた。

 

 

「え?」

 

 

「カルビはまず表面がカリっと上手く焼けてから裏返してじっくり焼くものなんです!」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「ええ、折角カルビがあるんですから、美味しく食べなきゃ損です!」

 

 

 普段、妹の春が魚料理ばかり出すせいで肉の知識に疎い夕輝はそれがどこまで当たり前の常識であるか一瞬分からなかったが、他の3人も感心したような表情を浮かべたので割と専門的な知識であるとすぐに分かった。

 

 

「あー! そのくらい薄い塩タンは裏返さなくて良いんです! 肉汁がこぼれちゃいますよ!」

 

 

 何かと注文の多い友利茜である。奢られている立場だし物言うような理由も特にないので彼女に従ったが、「......その塩タンは夕輝くんが食べてくださいね」と言われたときは少しもやもやした気持ちになった。が、しばらくして肉が焼け、タレを十分につけて頬張った茜が「塩タン美味しぃっ!」と誰よりも喜ばしそうにそれを頬張っているのを見ると、それもどうでもいいか、という風に思えた。

 

 

 

 

 

「にしても、何で今になってこんなことやろうと思ったんだ?」

 

 

「え?」

 

 

()()()。7月の今になって、親睦会なんてする必要あったのか?」

 

 

 夕輝は純粋に疑問を持ってそう聞いたのだが、茜は不思議に思ったようでこう答えた。

 

 

「7月......って言っても、君は先月入ってきたばかりじゃないですか」

 

 

 そう言われると、まあ確かにな、と思って夕輝はその感情をそのまま口に出した。

 

 

「これから生活を共にするメンバーで、お肉を焼いて食べる。なくてはならない一大イベントですよ!」

 

 

 熱心にそう語る茜だが、夕輝はそれが何だか可笑しくて、ははっと声を出して笑ってしまった。初めのころに感じていた茜への苦手意識は今はもうどこにもなく、ただ楽しんで焼き肉を頂いた。最近購買でカツサンドを買わなくなっていたので、久々の肉。そしてそれがなかなか美味いのは、単純に久々であるからというだけではない。茜おすすめのちょっとお高いお店。何だか本当にいいのかな、と夕輝は感じた。

 

 

「なんか悪いな、奢られちまってさ」

 

 

「んも?」

 

 

 ホルモンを白米と一緒に口に含んでいた茜は少なくとも日本語ではない声を発した。え? と言っているつもりだ。彼女はしばらくの後それらを噛みきると、飲み込んで言った。

 

 

「いえいえ、生徒会活動の貯金もありますから、毎週焼き肉に来ても黒字です」

 

 

「お前、毎週焼き肉に来てるのか?」

 

 

「あ、いえいえ、今のは比喩ですよ」

 

 

 そんな何でもない会話をしていると、ようやく今まで黙っていた彼女が口を開いた。落ち着いた表情で、感情はほとんどない。

 

 

「友利茜、肉が焦げますよ」

 

 

「え? ああ、ありがとうございます、()()()

 

 

 琥珀色と言うよりは琥珀そのものがそのまま変化したかのように金色に光る髪の少女。そのマツリの指摘に気付くと茜はいそいそと肉を取り箸で取り、自分と4人の皿に盛った。

 

 

「さあさあ、これからですよ! マツリもしっかり食べて下さい!」

 

 

「言われなくてもそのつもりです。何せあなたの奢りだそうですから」

 

 

 にやり、と笑ってそう言うと、楽しそうに肉を頬張った。ご飯も食べ、たいそう満足そうだ。

 

 

「音永夕輝、醤油が切れました。取ってください」

 

 

「焼き肉醤油で食べるやつなんてお前ぐらいしかいないんだからずっとそこ置いとけばいいだろ」

 

 

 夕輝は、本来その店一押しの冷奴用に用意された醤油差しを取ってテーブルでは左前にいる彼女の前に置いた。マツリはというと、夕輝の発言に対してこう反論した。

 

 

「使ったものはもとの場所に戻す。基本中の基本でしょう」

 

 

 そう言われると夕輝も、確かに正論ではあるため何も言えず「はいはい」と適当に流したのだが、どうも気に入らなかったようで彼女は自らの能力を使った。

 

 

「ん、マツリ何で消え......ぶほっ」

 

 

 1人だけの対象から見えなくなる、という透明人間のような能力を持っているマツリはいつものように、消えては夕輝を軽くデコピンした。

 

 

「なんでだよ!」

 

 

「なんとなく癪だったので」

 

 

 そんな2人のやり取りに、茜が口を挟んだ。

 

 

「外では極力、能力を使わないで下さい。それと、せっかくこんな日なんですから楽しんで食べましょう」

 

 

 そうしてマツリが醤油を入れ終わると夕輝は不機嫌に醤油差しを再び受け取り、定位置とされる場所に戻した。

 

 

 焼き肉屋に来て早1時間。ここで、黙々と肉を食べていた巧が時計を見るなり口を開いた。

 

 

「あ、わりぃ、俺今からバイトだ」

 

 

 申し訳なさそうにそう言うと「茜、ほんとごちそうになったな」と言って荷物をまとめ、立ち上がった。

 

 

「ええ、また能力者が現れたら」

 

 

「ああ」

 

 

 夏休みに入ったので、『また明日』や『月曜日に会おう』といった文句が通じない。しかし彼らは星ノ海学園生徒会。夏休みと言え、実質週7日あれば5日は能力者が現れるのでそれは平日も同然だった。巧は駆け足で店のドアを開けると「ごっそーさんでした!」と大きな声で挨拶をし、出ていってしまった。

 

 

「あいつ、バイトなんてやってたんだな」

 

 

 夕輝が新たな事実をまたひとつ知ると、茜は何かを含んだ表情で「ま、彼にも色々ありますからね」と言った。「色々あるんでしょうね」と言わないあたり何かしら巧について夕輝の知らない部分を知っているのだろうと察しがついたが、夕輝はあえてそんなことは聞かなかった。

 

 

「さ、では我々もカルビを食べ終わったらお開きにしましょうか」

 

 

「了解です」

 

 

 雪は茜に答えると、もうお腹いっぱいだな、といった表情で箸を置いた。そういうわけで、結局残りは夕輝、茜、マツリの3人で仲良く平らげた。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうな」と夕輝は言った。奢られている身であるにも関わらず結構な量を食べてしまったので夕輝は少し申し訳なかったが、茜は全くそんなことを気にしている様子ではなかったので安心だ。

 

 

「いえいえ、私も夏休みは暇なのでお付き合いありがとうございました」

 

 

「じゃあ、今度な」

 

 

 マンションに入り、同じ階で別れると彼らは各々の家に入っていった。夕輝は家に入ると「ただいま」と言ったが、いつもの妹の声は聞こえてこない。どうしたのか、と思って靴を脱ぎ廊下を歩いていくと、何かを隠す妹の春がいた。キッチンにて完全に夕輝に背を向けている。

 

 

「どうした、春」

 

 

「な、なんでもないっ! 兄ちゃんあっち行ってて!」

 

 

 なんと、我が妹に反抗期がやってきた。まさかこんな風に兄をあしらうとは。

 

 

「春、お前......」

 

 

「反抗期とか言い出すんでしょ」

 

 

「ち、ばれた」

 

 

 完全にふざけていた夕輝に春は気付いていたようで、図星をついて睨んだ。可愛くない妹だと思いながらも、こういうところは間抜けなんだな、と思いながら言った。

 

 

「まーた料理の研究か」

 

 

「え」

 

 

 彼女は兄を睨んでいる間自分をからかおうとする兄に対してのムカムカした気持ちによって自分がそれを隠していたことを忘れていた。

 

 

「これは? ......オムレツ、いやオムライスか」

 

 

「違う、黄色いスライまる」

 

 

「黄色いオムレツ?」

 

 

「違う! 黄色いオムライス!」

 

 

 そう叫んだ後で、春は少しムキになったことを後悔した。まさか兄にしてやられるとは。

 

 

「そうか、今までに比べるとだいぶまともだな」

 

 

 今までは得体の知れない青や緑の半球を食わされてきたが、今回は見ただけですぐに正体の分かるスライまるだったため、逆にここで知ってしまうより食卓に出された方が良かったな、と思った。

 

 

「普段がまともじゃないって言いたいの?」

 

 

「え? いや美味いには美味いんだけどな......」

 

 

 文の構成としては逆接なので夕輝の言いたいことはむしろ先にあったのだが、春はそんなことは知らんぷり、といった感じで「ならいいよね?」と威圧的に言ってきた。夕輝は本当なら魚料理のことに関しても物申したいところがあったのだが、やはり料理をしてもらっている立場ということで何も言えなかった。

 

 

「もう、渾身の出来だったから兄ちゃんを驚かせてやろうと思ってたのに」とぐちぐち文句を言う春を見て夕輝ははは、と笑った。

 

 

 こんな風に夕輝が他人をからかうことは決してない。兄妹ならではの不思議な距離感である。

 

 

 案の定、その日の夜ご飯には黄色いスライまるが満面の笑みで出てきた。スライまるは幸せを感じたとき体を黄色に変えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夜、ひょんな事情で夕輝は外出していた。その日は能力者が現れなかったため午後7時の時点で普通に家におり、そして妹に小麦粉が切れたから買ってこいと言われたために暗い中小麦粉の入った袋を掌にぶら下げているのである。勿論文句のひとつも言わない。

 

 

 そうして夕輝が帰り道をとぼとぼと歩いていると、彼はこんな暗い道の中、明らかに目立っている少女を見付けた。道路を挟んで向こう側の道に彼女はいた。年齢は夕輝と同じくらいだろうか。紫色の髪の少女は、両手に大量の食料をぶら下げて歩いていた。その髪は無造作に伸び、目の下には隈が見えた。距離的には遠いが、街灯が照らしていたのと単純に夕輝の目が良いことから彼女の顔はくっきりと見えた。

 

 

「ねえ、あれって......」

 

 

 と、突然に後ろから高い声が聞こえた。夕輝がちら、と後ろを見ると、そこでは2人の女子学生が歩いていた。学生という言葉が始めに夕輝の頭に思い浮かんだのは、彼女らが制服を着ていたからである。よく見ると、その制服は夕輝の通う星ノ海学園のものである。夏休みにも関わらず制服を着ているのは恐らく何かの部活動か学校ぐるみのイベントの帰りだからだろう。

 

 

「え、もしかして『岩下さん』?」

 

 

「絶対そうだよ~。噂には聞いてたけど、実際見ると......なんか気持ち悪いね」

 

 

「うん、不気味って感じ~」

 

 

 そんな会話を聞いて始めに夕輝は、女子は怖いな、と思った。こんな風に平然と、十分悪口ととれる発言をするから驚きである。

 

 

 それにしても『岩下さん』。初めて聞いた名前だった。星ノ海学園の生徒がその存在を知っているということは、星ノ海学園の生徒なのだろうか。少なくとも夕輝は彼女を見たことがなかった。夕輝はその『岩下さん』なる彼女をもう一度見て、何となく脳にそのビジュアルを焼き付けた。その少女に何か特別なものを感じていたからだ。すぐに彼女の口が尖った。チッ、と舌打ちをしたのだろうと夕輝は思ったが、実際は彼女はこう言っていたのだ。

 

 

「Shit!」

 

 

 それが、夕輝が岩下沙良を見た最初で最後の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「能力は......『治療』。病気を治す能力ですね」

 

 

 松山がそう言ったのは生徒会室にて。8月1日のことだった。

 

 

「またなかなかのチート能力だな」と夕輝は慣れたように言った。実際この手の能力にはある程度慣れている。が、しかし少しだけ気になったことがあった。

 

 

「『治癒』とかじゃないのが不思議ですね」

 

 

 その夕輝の思考を知ってか知らずか、茜はそれを夕輝が言おうとしたより一瞬早く言った。そしてこのように言うのは、単純に松山が自分の能力で得た情報を上手く日本語にしている訳ではないことを茜も知っていたからだ。要は、彼の能力は能力の詳細だけでなくそれに該当する日本語訳までを用意する、ということである。

 

 

「ええ、そしてこれを見てください」とすかさず言うと松山は、普段は彼の机に椅子側を向いてたたずんでいるパソコンをこちらに向けて、そしてその画面を見せた。

 

 

「これは......」

 

 

 そこには、画面の上の方に『能中医療事務所』と柔らかい字体で書かれた何かのホームページが表示されていた。見る限りでは医療系の何かのホームページであるという抽象的なことだけが分かるが、これまでの流れから松山の言いたいことは5人とも把握できた。

 

 

「要は、この事務所とやらの運営者がその能力者だ、と言いたいんですか?」と単刀直入に聞くのはマツリ。「まあ焦らないでください、マツリさん」と松山は続ける。

 

 

「君の言う通り、このホームページを運営している人物こそが今回の能力者であると僕は踏んでいます」

 

 

「それ、知ってます」

 

 

 松山が話している途中だったが、雪は遮るかのごとくそう挟んだ。

 

 

「高校3年生の男の人が沢山の病気を治してる、って都市伝説」

 

 

 なるほど、と夕輝は思った。そこまでの情報でだいたいの察しがついたからだ。

 

 

「ええ。それがこの能中さんです」と言って松山は優しそうな眼鏡の男子高校生の画像を5人に提示した。

 

 

「恐らく彼は、『治療』の能力を使って病気を治しているんでしょう。位置情報も一致します。ほぼ絶対と言って間違いないでしょう。それに、どこまで強力な能力かは分かりませんが、『治癒』でないあたり......想像以上のものかも知れません。すぐに向かってください。場所は......恐らくここです」

 

 

 そうして松山が提示してみせたのは、千葉の小さな病院の位置情報。

 

 

「僕の能力では、能力者発見当初の居場所しか分かりません。特定するのにも苦労しましたよ」

 

 

「何故ここだと?」

 

 

 マツリは不思議に思ったのか、そう聞いてみた。松山はパソコンを少しいじり、そしてとあるSNSサイトへ飛んだ。

 

 

「これです。彼は自身の活動をSNSで報告しています。それもまた厄介です。もう既に科学者たちに目をつけられていてもおかしくはありません」

 

 

 真剣な面持ちでそう言った松山に答えるように茜は「了解です。そうと決まればすぐに向かいましょう、夕輝くん、巧くん、マツリ、雪」と言った。

 

 

「おう」

 

 

 軽く返事をすると夕輝は生徒会室の重い扉を開け、そして先に3人を通すと最後に自分も通った。

 

 

 

 

 

 地下鉄を使ってもたどり着けはしたが、何せ少し時間がかかる。茜は迷わず在来線を選び、そしてやや早歩きで進むこと20分、ようやく駅のホームへ。丁度一番速い電車が来たところだったので、「さ、これに乗りましょう」と言ってすかさず彼女は乗り込んだ。

 

 

 続いて夕輝、雪、巧の順に乗り込むと、最後にマツリが乗って電車は千葉駅へと進んだ。

 

 

 

 

 

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 千葉駅に到着すると、乗ったときと同じように茜、夕輝、雪、巧、最後に()()の順番で電車を降りた。

 

 

「......東口が一番近いみたいですね」

 

 

 茜はそう言うと、早速東口の方へと歩き始めた。4人はそれに付いていく。しばらく人の多い駅を歩き、いりくんだ道を進んでいくとようやく東口だ。

 

 

「ふー、やっと着いたな」

 

 

「おう? 深山、もう息切れしてんのか?」

 

 

 沙良はそんな風にほぼ社交辞令的に一息をついた巧をからかってみたのだが、巧は何か考え事をしていたのかそんな声は聞こえていなかったようだった。普段ならこんなことはないのに、と沙良は少し不思議だと思った。茜が警戒するように巧を見ていたのは、それらの理由を直感的に察していたからだろうか。

 

 

「ま、取り敢えず行きますよ。巧くん、ぼーっとしてないで早く」

 

 

 巧は良くも悪くも嘘がつけないタイプなのだろう、ビクついて「え、あ、ああ」と答えると少しだけ歩みを速めた。夕輝はまだ彼の真意を知らず、どうしてしまったのかとただただ疑問を持ったまま、しかし何でもないようなことだろうとたかをくくって何も聞かずに歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 松山の示した小さな病院を10メートルほど先に見据えた夕輝たちはその入り口を見付けるとすぐにそこに向かった。残り3メートルといったところだろうか。彼は突然現れた。夕輝たちが向かっていた扉から彼は出てきたのだ。恐らく本日の『役目』なるものを終わらせたのだろうか。

 

 

 ごぞごそとバッグの中を整理していた彼は、やっと近付いてくる5人組に気付いた。

 

 

「能中さんですね」

 

 

「......あなた方は?」

 

 

 能力者は皆一番最初にこう尋ねるから面白い。茜はいつも通り答える。

 

 

「どうも、突然すみません。私たちは怪しいものではありません。星ノ海学園の生徒会です」

 

 

 きょとん、という表情の彼は頭の良さそうな、落ち着いた髪型の眼鏡青年だった。身に付けた白衣は医者そのもの。高校3年生ながら大人にすらも見えるのが奇妙でもない。こういうのを身の丈に合っていると言うのだろう。

 

 

「すみません、受診の方でしたらお待ちの患者様もいらっしゃいますので、ご予約いただかないといけません。申し訳ございません」

 

 

 言葉通り申し訳なさそうに謝罪をする姿は並みの大人に勝る対応力を感じさせる。真面目そうな印象も与え、社会人だったら間違いなくエリートと言える存在だ。茜はそれに答える。

 

 

「あ、いえいえ、そうじゃないんです」

 

 

 これも数々の能力者を見てきて何となく思うことだが、彼らは自分のもとにやってきた見知らぬ高校生に対して、自分の能力を聞き付けてその能力を利用しようと考えているとまず始めに察する。前半は間違いではないのだが、若干意味合いが違う。

 

 

「ではどうして?」と能中が聞くのも当然と言えば当然だった。茜は冷静に返答する。

 

 

「私はあなたが、何か不思議な力を持っているのではないか、と考えているんです」

 

 

「え?」

 

 

 茜はこの手の会話能力に長けている。心理的な隙をつく余裕を常に持っている彼女はさしずめ、獲物を狩るハンター。今この瞬間の能中の反応だけで、茜は既に彼が能力者で間違いないとあたりをつけていたのである。そんなことを察した夕輝は、茜は凄いな、と本気で思った。

 

 

「不思議な力、ですか。どういった?」

 

 

 シラを切っているともとれるその能中の反応は、しかし以前チョリソー斉藤に感じたそれと同じものを夕輝に感じさせた。茜もそれを感じただろう。

 

 

「そうですね......例えばですが、私たちはあなたが、その不思議な力を使って病気を治しているのではないか、と考えていました。どうでしょうか?」

 

 

 能中はそう言われると、流石に驚きを隠せなくなったようだった。能力者としては珍しく、あっさりと白状する。

 

 

「......はい、間違いないです。何故、そのことを? あなた方は一体......」

 

 

 彼はその一瞬のうちに、様々なことを考えていたのだろう。それもそのはずである。何故ならば、その能力は本来こんなどこの誰とも知れない高校の生徒会員にばれるわけがないものだったからだ。

 

 

「やはりそうでしたか」と茜。「具体的に、どんな能力なんでしょう?」と続けて能中に尋ねた。能中は一瞬躊躇したが、隠す必要もないだろうと考えたためにこれもまたあっさりと白状した。しかし今回は、茜たちが思っていたような有益な情報は手に入らなかった。

 

 

「病気を治す、それだけです」

 

 

 能中の口から5人の鼓膜に届いたのは、そんな簡易的な説明だった。

 

 

「それだけ?」

 

 

 勿論茜はそれに不十分さを感じ、とりわけ目立ったその部分を反復して尋ねた。しかし次の説明を聞くと、それにも納得できる部分があると分かった。

 

 

「ええ、それだけ。患部にあたる部分を手で触れて、僕の体のエネルギーを注ぐんです。するとその患部はみるみるうちに回復して、その場で健康体と変わらなくなります。そしてそれは......例えば不治の病と言われるものでも簡単に治す力です」

 

 

 そう聞いた瞬間、目から鱗が落ちるのと同じ原理で、今までの常識のようなものが落っこちたような感覚が夕輝を襲った。確かに松山には『治癒』でなく『治療』であると聞いていたが、その正体は想像の何倍も恐ろしいものだった。それに対して茜はそれとはまた違う感情で何かを考えている様子だった。鼻の下に指を据えているのは彼女が深く思考をしている証拠だ。しばらくして彼女は口を開いた。

 

 

「なるほど......。その能力で与える『エネルギー』とやらは患者さんの病気の症状によって変わるんですか?」

 

 

「え? いえ、重症の患者さんでも軽症の患者さんでも同じぐらいのエネルギーで治せますよ」

 

 

 それを聞くと茜は心なしかほっとした表情になった。理由は明白で、重症でも軽症でも体にかかる負担が変わらないということはつまるところ、患者の負担を能中が吸収している、といったことはないということになる。そこまで夕輝がたどり着くにはしばらく時間がかかったので、すぐさまそこまでを考えられる茜は凄いと夕輝はまたひとつ彼女に感心した。

 

 

「そうですか」と茜が答えると能中は腕時計を気にした。

 

 

「どうしました?」と茜は問う。能中はバッグの中からごそごそと何か小さな紙を取り出して「そろそろ次の患者さんのところへ行かなければなりません。連絡先はこちらですので、また明日にでもお話ししましょう。力のことならある程度お話しできますから」と言った。

 

 

 見るとそれは名刺。茜はそれを反射的に受け取る。そうして彼が歩いていってしまいそうになったとき。

 

 

「待ってください」と例によって茜は止める。本来話すべきことはこの先にあるのだ。

 

 

「何です?」と能中はやや困ったように振り向く。悪意がどこにも感じられないそれなので、少し気が引けてしまう。

 

 

「私たちの目的は、あなたの力を利用することでもあなたの力の話を聞くことでもありません。......むしろ逆です」

 

 

「え?」

 

 

 茜がそう言うと能中はこの背の低い少女の表情を見て、そして警戒した。何か伝えられたくないことを伝えられそうな気がしたのだ。そんな鋭い目つきだった。

 

 

「私たち星ノ海学園生徒会は、あなたのように野放しにされた能力者に能力を使わないよう注意喚起をしているんです。つまり今回あなたのもとに来たのは紛れもなく、あなたの能力を使わないよう注意するためです」

 

 

「え......?」

 

 

 やはり能力者は総じて同じ反応をする。状況が飲み込めていないと口から漏れてしまう言葉だった。しかし能中は冷静で、すぐにこう問いかけた。

 

 

「僕以外にも力を持つ人間がいるんですか?」

 

 

 それを聞かれるとはじめから理解していた茜はすぐに反応する。

 

 

「ええ。では雪、お願いします」

 

 

「はい」

 

 

 雪はそう答えると、すぐに茜が持っていた能中の名刺を手元へ引き寄せた。これには流石に驚いたのか、能中は言葉を失った。

 

 

「このように、世界には沢山の能力者がいます。しかしその能力を研究しようとする悪い連中もいます。私たちが科学者と呼んでいる存在です」

 

 

「科学者?」

 

 

「はい、奴らは能力者を捕らえ、廃人になるまで彼らを研究し続けます。そうなりたいですか?」

 

 

 茜はできるだけ多くの事実を詰め込んで問いかけた。短時間で一気に恐怖を増長させる必要があったからだ。その思惑は成功したようで、そんな事実を唐突に突きつけられてしまった能中は心底驚いたような表情だった。

 

 

「それは......事実ですか?」

 

 

「ええ、あなたが能力者であることと同じ程度には事実です」

 

 

 茜は常に冷静に切り返す。

 

 

「そうですか......」

 

 

 能中は全くもって茜のことを疑ってはいなかった。実際に茜の言葉は100%紛れもない真実であった。茜はその調子で続ける。

 

 

「それにその能力は、思春期が終われば消えます。あなたの場合それは明日かも知れませんしあるいは......今日かも知れません。どちらにせよ、このまま能力を使い続けることは不可能です」

 

 

 能中は一旦その情報を飲み込むと「ふむ......それは困りましたね」と言った。そして少し考えるように顎を撫でてから「分かりました」と言った。

 

 

「能力を使い続ければ科学者とやらに捕まり廃人となる。そもそも能力はもうすぐ消える可能性が高い。続けることは不可能、か」

 

 

 頭の中で簡素にまとめたことを口に出すと彼はこんなことを言った。

 

 

「では僕は、能力が消えるまでの間は今まで通り医療活動を続けていきます。そして能力が消えた後は......そのときまた考えることにしますよ」

 

 

 今の話を本当に理解していたのか。当然ながらそんなことを生徒会が許すはずがないので茜は言った。

 

 

「それはいけません。あなたが能力を使い続ける最後の僅かな時間にも、科学者があなたに目をつける可能性はあります。そうなってからでは遅すぎます」

 

 

 が、能中はそんなことはどうやら理解しているようだった。彼はこんな風に言った。

 

 

「承知した上で、です。そうなったらそうなったで仕方ない」

 

 

 出た、と夕輝は思った。能中はまれに見る、自分を顧みないタイプなのだ、と夕輝はこのとき確信した。

 

 

「僕1人が廃人になってしまうことと、本来治せるはずの病気が治せない患者さん何十人、何百人が現れること。天秤にかけずともどちらを取るべきかは明白です」

 

 

 彼は何の迷いもなくそんなことを言うのだ。その意志に気圧されたのか、あるいは別の理由があったのだろうか。茜は、「では失礼します」と言ってその場を立ち去る能中をそれ以上止めなかった。勿論彼女のことだから何か策があるのか、そうでないにせよ、ぶれてはいないだろうと夕輝は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては、巧がそこにいたことが原因だったのだ()

 

 

 それから少し経って夕輝はようやく口を開いた。

 

 

「追わなくていいのか?」

 

 

 既に見失ってしまったからこそ聞けたことかも知れない。茜はその問いかけを殆ど無視するように「......今日は一旦帰りましょう。また明日説得しに向かえばいいだけです」と言った。

 

 

 夕輝は知っている。こういう場合に無視をされたとき大事なのはその言葉の内容よりも、何故無視をされたのかである、と。そして理由は実に明快。応答してはいけなかったのだ。

 

 

 何故なら彼女は『友利茜』だから。

 

 

 夕輝はこんな彼女を初めて見た。

 

 

 そして彼らは茜の言う通り、一旦帰路についた。その間夕輝と雪を除く3人は皆何かを考えている様子で迂闊に話しかけられず、雪と苦笑しながら夕輝は家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 もう日も朱色になった頃、古びたアパートの一室に帰宅したのは身長175センチの少年。制服を着ている。玄関で靴を脱ぎ狭いリビングへ入ると、その電気も付けずに奥にある扉を開いた。小さな部屋だ。1人の女性が閉じたままの窓の外をベッドの上で眺めていた。あのベッドの高さから横に寝返るだけで外の景色が見られるとは、なんとも広い窓だ。窓から入る光が彼女を切なくも照らす。彼女は扉が開いた音を察知すると、すぐにそちらを振り向いた。

 

 

「あら、お帰りなさい」

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 萎れた花のようにどうしてこんなにも儚い姿形の女性はその痩せた頬で彼をにこり、と迎えた。

 

 

「ちょっと待っててな、すぐ晩飯作るから」

 

 

 彼はそう言ってその小さな部屋とリビングとを隔てる扉を開けたまま一旦自分の部屋へと向かい荷物をおろすと、いそいそと狭い狭いキッチンに向かった。

 

 

 やがて香ばしい匂いが部屋を充満した頃。

 

 

「できたぞー」

 

 

 彼は自らの作った簡素な料理を、扉を開いたままの女性の寝室へと運んだ。寝そべったままの彼女は少しだけ上体を起こして「いただきます」と言うと机に置かれたご飯をひとくち食べた。

 

 

「ん! 美味しい! あんた最近料理の腕また上がったんじゃない?」

 

 

「そりゃよかった。さ、俺もいただくとするかな」

 

 

 褒め言葉を半ば無視して彼はそう言うと、自分の分のご飯も持ってきて「いただきます」と言ってそれを食べ始めた。

 

 

「うん、我ながら上出来、って感じだぜ」

 

 

 彼は出来るだけ平然を装っているつもりだったので、今の台詞もいつものように上手く言えた気になっていた。しかし、母の目は盗めなかったようだ。

 

 

「巧......何かあった?」

 

 

「え?」

 

 

 図星をつかれた深山巧は驚き、しかし動揺を見透かされないように「いや、なんも」と言った。それでもまだ疑っている彼の母親は再度聞いてみた。

 

 

「友達と喧嘩でもしたの?」

 

 

「ちげえよ、いいから食って、母さん」

 

 

 これ以上話を広げられたくない、と言った感じで焦るように巧は言う。

 

 

「......ふーん」

 

 

 納得いかない表情で息子を見た母は、しかしそれ以上何も追及せずにご飯を口に含んだ。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 巧は二人分の食器をキッチンに運ぶと、その場ですぐに洗ってしまった。そしてキッチンに置いておいたスマートフォンを手に取ると彼は母親に声をかけた。

 

 

「母さん、俺ちょっと出かけるな」

 

 

「ええ? こんな時間にどこ行くのよ」

 

 

「ちょっと散歩。すぐ帰ってくるからさ」

 

 

 困った表情の母親に無理矢理な返事をして靴を履き、巧はすぐに家を出た。

 

 

「ちょ、巧......気を付けてよ!」という母の言葉は、他のそれとは全く違った意味合いを巧にだけは感じさせた。

 

 

 そもそも巧が家を出た理由は実際は散歩などではなく、そう、全てはそのためだったのだ。

 

 

 巧はスマートフォンを開き、11桁の電話番号を入力した。そしてそれを耳にあて、しばらく待った後口を開いた。

 

 

「......もしもし」

 

 

『はい、こちら──』

 

 

 

 

 

 そして、『それ』もまたその夜起こっていた。

 

 

 

 

 

 翌日、夕輝が生徒会室に入って一番最初に気になったのは、茜の顔だった。

 

 

「お前、どうした?」

 

 

 げっそりとした目の下には隈。可愛らしいあの茜の顔の面影はどこにもない。

 

 

「昨晩よく眠れなくて......」

 

 

 そう言うと茜は、ふわあ、とこちらも眠たくなるような大きなあくびをした。大丈夫か、と夕輝は少し不安になった。昨日が昨日だから余計に、である。

 

 

「じゃ、あとは巧だけか......」

 

 

 生徒会室には現在、何かの曲を聴きながら鼻歌を口ずさんでいる沙良、茜の横にたってそれとなく相づちを打つ雪にその茜と奥に目立たぬ松山、そして夕輝がいた。巧はもうすぐ集合時間だというのにまだ来ていない。

 

 

「ああ、そのことですが......」と茜。

 

 

「ん?」

 

 

「巧くんは今日、風邪でお休みです! まことに残念ですね!」

 

 

 何をそんな風に言う必要があったのか、何か皮肉を言うように彼女は大声ではっきりと、まさにわざとらしく言った。

 

 

「ああ、そうか......」

 

 

 夕輝は彼女の意図するところがよく分からなかったので、適当にそう答えておいた。そうして茜は口を再び開く。

 

 

「では沙良、雪」

 

 

「え?」

 

 

 突然に名を呼ばれた雪は少し驚いたようにそう声を溢した。一方沙良は、音楽に熱中しているのか全く気付かない。

 

 

「沙良、沙良!」

 

 

「......ん? あたし今呼ばれたか?」

 

 

 茜が再び名を呼ぶと、やっとのことで彼女は反応した。

 

 

「はい、呼ばれました」

 

 

 茜はそう言うと雪と茜にこんな依頼をする。

 

 

「雪と沙良には今から、深山くんの風邪のお見舞い品を買ってきてもらいます!」

 

 

「は?」

 

 

 一番最初に声を出したのは夕輝だった。余りにも意味不明過ぎたからだ。そもそも能中はどうなったのか。そのために今日集まったはずなのに。

 

 

「仲間の瀕死は一大事です。早速向かってください。これ、買うものリストです」

 

 

 茜は色々な品目が書かれた薄いメモを雪に渡した。メモとは古典的だなと思ったあとで、いや、そうじゃないだろうと再び思い出した。

 

 

「瀕死って......ただの風邪だろ! それに、これは一体なんだよ!」

 

 

 夕輝はすぐに雪の持っていたメモをぴっ、と取ると茜に提示してみせた。

 

 

「『買うものリスト:鶏肉 じゃがいも にんじん 玉ねぎ カレールー 卵 チョコレート』......。オムカレー作る気まんまんじゃないか! しかもチョコレートって......現実で隠し味にチョコレート入れてるやつなんて見たことないぞ!」

 

 

「ええー! チョコレートがカレーのコクを引き立てるんですよ! チョコレートありきのカレーじゃないですか! それに、オムカレーじゃなくて目玉カレーのつもりです!」

 

 

「やっぱりカレーじゃないか! 病人には普通お粥とかだろ! カレーは重いわ!」

 

 

「なんと! 考え方が前時代的過ぎます! そもそもカレーが重いだなんて......普段どんなカレー食べてたらそんな考え方になるんですか!」

 

 

 夕輝と茜が全くもって内容のない口論をしている傍ら、雪の目は燃えていた。

 

 

「確かにそうですね......! 茜さん! 私、巧くんのお見舞い品を買ってきます!」

 

 

「へ?」

 

 

 夕輝は口論の途中だったが、何故かは分からないが茜の提案に納得したような言葉を発していたことに呆気にとられてしまい、声を漏らした。

 

 

「えっと......あたしも行った方が良いんだよな......?」

 

 

 沙良はこの混沌を解析するように恐る恐る聞くと、茜は「はい、できるだけ新鮮なじゃがいもをお願いします!」と答えた。

 

 

 そうして雪と沙良はメモを持って、生徒会室を出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 生徒会室を静寂が包んでから、ほんの数秒の後。

 

 

「では、本題に入りますか。茜さん」

 

 

「はい」

 

 

 松山が喋り始めた。と思っていると、茜が何か資料のようなものを渡してきた。これは.....。

 

 

「特殊能力一覧表?」

 

 

 ネットで上位検索結果に出てきそうなタイトルの少しだけ分厚い、そしてやたらと古びた資料を1ページ捲ってみると、中は黄ばんだ会計書類のようになっていてこんなことが書いてあった。

 

 

「『特殊能力者発見』『催眠』『透過』『記憶消去』に......『タイムリープ』? 何だこれ」

 

 

 夕輝は当然のように疑問に思いそう聞いてみた。松山が答える。

 

 

「それは、シャーロット彗星の前回周期の際に現れた能力者の能力を一覧にしてまとめたもの。日本で能力者を統括していた『ある人』のメモのようなもの、と考えて申し分ないでしょう」

 

 

「メモ......」

 

 

 夕輝は気になってそれを捲り続けた。『魅力』『粉砕』『テレパシー』、さらにもう20ページ程進むと『発火』『念動力』『空中浮遊』なるものがあった。

 

 

「行き過ぎです。1ページ戻ってください」

 

 

「え?」

 

 

 茜はそう言ってぺらりとページを捲ると、1つの能力を指差した。

 

 

「これは......『略奪』?」

 

 

「ええ」

 

 

 茜はやけに真剣な面持ちで、前ほどのカレーの口論が嘘であるかのように答えた。「ここからは僕が」と松山が言う。夕輝は彼の方を見る。あれは夕輝が初めてこの生徒会室に入った日と同じ手の組み方だ。ようやく夕輝はその空気感を理解した。

 

 

「そこに書いてある通り」と松山。「前回周期では、『略奪』という能力が存在しました。その能力は極めて単純......そして極端に強力な能力でした」

 

 

「単純? 強力......?」

 

 

 松山は眼鏡をくい、と上げる。それが、これが重要な話であるということを物語っていた。どんな能力だろう、と夕輝は考えた。略奪というぐらいだから、物を奪う能力だろうか。あるいは物以外の、権利や地位ないし学力や長所を奪うなんてものだろうか。松山が口を開く。

 

 

「その能力は『対象の特殊能力を奪う』というものでした」

 

 

「......え」

 

 

 その言葉は夕輝には予想外だった。今まで少なからず能力を見てきた夕輝だったが、つまり松山が示したのは『他人の能力の有無に干渉できる能力』という類いまれなるものであると予想がついた。少なくとも夕輝はそんな能力を知らなかった。

 

 

「お察しの通り『略奪』ですから、奪った能力を略奪能力者は使えるようになりますし、奪われた能力者は能力を失います」

 

 

 ごくり、と唾を飲んだ。そんな能力が存在したのか、と思った。まず先にネガティブなことを連想してしまう。もし略奪などという能力を悪用すれば、世界を征服することも滅ぼすこともできるのではないか? あるいは、それ以上のこと。この世界の秩序を変えるほどの力を持ってしまうのではないか、とそう思った。

 

 

「心配には及びません」と言ったのは茜だった。どうやらまた心の内を見透かされているようだ。夕輝が何を考えているのか全て筒抜けだった。そのまま彼女は「むしろ逆です」と言う。逆、とは何だろうと夕輝は疑問に思ったが、この2人の1を聞いて10を知るようなやりとりについていけていなかった松山が一番混乱している様子だった。軽く咳払いをすると彼は続ける。

 

 

「かつて──、2015年頃のことですが、『略奪』の能力を手にした少年は、その能力をもって世界を救いました」

 

 

「え?」

 

 

 松山がそんなことを言うので、茜の言っていた『逆』のそのままの意味は分かったが、具体的にはまだ分からなかった。松山が説明を続けるのを待つだけだ。

 

 

「当時、能力を利用して勢力を広げる組織が世界各地に表れ始め、恐らくそのまま能力者が野放しになっていれば今頃日本など火の海だったかも知れませんね」

 

 

「そんな......」

 

 

「が」と松山は続ける。「そこで、略奪能力を持った少年は考えました。自分が世界の全ての能力を奪えば、それを防げると」

 

 

「......は?」

 

 

 一旦、夕輝はそれをおとぎ話か何かと考えた。しかし今までの話の流れと、そして『略奪』などという強力な能力を持ってすれば不可能ではないのかもしれない、とも思った。

 

 

「そうして結局、彼が世界の能力を全て奪ったことで世界は秩序の崩壊から免れ、無事今があるというわけです。どうです、夢みたいな話でしょう」

 

 

 松山の問いかけに対して夕輝は「ああ......」と答えることしかできなかった。正直そう思っていたし、今にも茜が「まあ、今の話全部嘘なんですけどね」と言うような気がしていたからだ。そんな不思議な期待も虚しく松山はこう言う。

 

 

「僕も正直半信半疑でした。そんな能力が本当にあるのだろうか、そんなアニメみたいな話があり得るのだろうか、とそんな風に考えていました」

 

 

 夕輝はまだ、この話の内容を詳しく理解してはいなかった。結局彼は何が言いたいのか。そんな風に思っていた矢先。彼がとうとう夕輝に向かってこう言い放った。

 

 

「音永くん、君に出会うまではね」

 

 

「え......?」

 

 

 眼鏡を再度上げながらそう言う彼は、推理小説で犯人を言い当てる瞬間の探偵のようだったが、やけにそれが似合うのはこの空気感のせいだろうか。夕輝は一瞬何を言われたのか分からず困惑したが、それもつかの間、次の松山の台詞で全ては解明した。

 

 

「略奪能力で能力を奪う手段は、相手に『5秒間』乗り移ること。君の『コピー』と余りにも酷似しています。......いえ、厳密には、君の能力は略奪能力に似すぎている」

 

 

「......!」

 

 

 夕輝は驚いた。言われてみればそうだ。自分の能力もまた、他人の特殊能力を使えるようになるためのもの。松山は夕輝に言うためか、自分で再び思考を整理するためか言った。

 

 

「......にも関わらず、同じ能力と言ってしまうには余りにも違いが大きすぎる」と。

 

 

 そうして茜は夕輝の持っている資料を奪い取ると、彼にそれを向けて言った。

 

 

「今さら君を疑ったりしませんが......あえて聞かせて頂きます」

 

 

 試すように下からこちらを見上げると、彼女はじりじりと彼に顔を近づけ、睨み付けながら問いかけた。

 

 

「音永夕輝くん......。()()()()()()()?」

 

 

「......は?」

 

 

 茜が自分に何を聞いたのか。全くもって夕輝はその言葉の意味を理解していなかった。そして考えるよりも先に口に出していた。

 

 

「何者って......。ただの高校生だよ」

 

 

 即席の答えではあったが、夕輝がそう言うと松山も茜も数秒だけ夕輝を鋭く見つめ、そしてすぐに気を緩めてしまった。

 

 

「まあそうですよね」と茜は言った。夕輝が賢しい人間であることを彼女らは知っていたが、それと同時に彼が少なくとも嘘をついたり人を騙したりする人間ではないと認識していたのだろう。夕輝は少しほっとした。

 

 

「しかし気になります」と松山。

 

 

「何がだ?」と夕輝は当然尋ねる。

 

 

「略奪能力者が世界中の能力を奪った後、能力に対するワクチンが世界に出回ったんです。彗星の次の周期が来たときに、誰も能力者にならないように」

 

 

 こくり、と夕輝は頷いた。そんなものができること自体には驚いたが、能力が世界に及ぼしかけた影響のことを考えればそんなものが出来ることは時間の問題だったのだろう。しかしおかしい。何故ならば現に、夕輝や茜が能力者だからである。

 

 

「まるでそれに反応したかのようにシャーロット彗星は速度を速めたんです。偶然でしょうか? あるいは......」

 

 

 夕輝は松山がそんなことを言うので思わずどきりとした。それではまるで──。

 

 

「......彗星に意志があるみたいな言い方をするんだな」

 

 

 ある程度比喩として言った部分もあったのだろうが、それにしてもこの2つの事象を結び付けずに考える方が不自然とすら言えるかもしれない。

 

 

「それから、これは総合的に見てなんですが......」と言ったのは、茜。顔の横に右手に持ったそれを掲げて言う。

 

 

「この能力一覧を見ても、前回の周期と今回の周期では、能力の強力さが違います。あくまで私の考えですが......」

 

 

「それは......例えば?」

 

 

 松山は茜と事前にこの話をすると打ち合わせしていなかったのだろう。単純な疑問としてそう尋ねた。

 

 

「そうですね......。例えばこの『特殊能力者発見』。会長の能力に比べると、名前しか知ることができない能力とはやや劣っていますし、他にも対象の感情にすら干渉する能力に、物質の質量すら変えてしまう能力......。前周期には無かった強力な能力だらけです」

 

 

 松山も夕輝も確かに、と納得しかけた。が、察しの良い2人はすぐにその説明の矛盾に気付いた。夕輝がそれを指摘しようとしたときには茜は「ええ、お2人の考える通り......」と反応した。

 

 

「『略奪』と『コピー』。この2つの能力だけがその説明に反しています。最早これらの事柄は、全くの無関係だとは言えないんじゃないでしょうか?」

 

 

 茜の言葉には説得力があり、夕輝はゆっくりと深く頷いた。松山も真剣に何かを考えている。しかしこの問題は余りに難解だ。紐解くには情報が足りなさすぎる。

 

 

「ま、今日はこの辺ですかね」と茜は夕輝と松山の思考の隙をつくかのように言った。

 

 

「え、ええ、そうですね。まだ君たちにはやってもらわなければならないことがありますから」と松山は思い出したように言った。夕輝はそれが何のことか分からず「何のことだ?」と聞いた。茜が呆れたように口を開く。

 

 

「忘れたんですか?」

 

 

「へ?」

 

 

 茜にそう言われて、思考を巡らせた。1秒も経たずにカレーの口論までを思い出すと、しかし茜に先を越されてしまった。

 

 

「能中さんですよ。彼を止めるのが最優先です」

 

 

「あ、ああ......。そうだったな」

 

 

 夕輝は何も忘れていたわけではなかったが、先程までのやり取りでは、少なくとも茜はそういう話を積極的にしていなかったはずだ。それともあれらは全て、この場から雪と沙良を外させるためだけのものだったのだろうか。何にせよ、茜はやはりこういうところはしっかりしている。

 

 

「では早速行きましょう」

 

 

 てっきりここで茜が「能中さんのもとへ」とか言うのだろうかと思っていたので、まさか次の一言が飛んでくるなどとは思っておらず非常に驚いた。

 

 

「巧くんの家へ!」

 

 

「......は?」

 

 

 夕輝はぽかりと口を開けて、言葉を失った。しかしすぐに思考力を戻し茜に言う。

 

 

「いや、だから巧のお見舞いより能力者を優先すべきだろ! 何言って......」

 

 

 夕輝がそう言いかけたとき。

 

 

「能中さんは巧くんの家に向かいます。()()()()()

 

 

 彼女はそんな風に言い放った。そしてそれは、先の略奪能力に関する話よりも鋭い表情で、だった。

 

 

「......え? 何で」

 

 

 夕輝は突然そう言われ、ただただ困惑した。風邪をひいている巧と病気の患者を訪ね歩いている能中とに何の関係があると言うのだろうか。まさか、能中が巧の風邪を治すためだけに彼の家を訪問する、とでも言うのだろうか。いいや、例えどんなに頭のネジが外れている人間だとしてもそんなことを考えたりはしない。まして茜のことだ。何か決定的な証拠があるから『間違いなく』などと言うのだろう。一気に勢いを増した声で空気を貫くように茜は夕輝に問いかけた。

 

 

「おかしいと思いませんでしたか? 巧くんの能力は『不死』。そしてその能力は、怪我をしようが1分も経てば元通りという強力な能力。病気だってその例から外れません。......それなのに、彼は今『風邪で休んでいるんですよ』?」

 

 

 そのとき、夕輝の身体にぶわっ、と鳥肌が経ってしまったのは、彼女が決して的外れなことを言わなかったからだ。どうして気付かなかったんだろうか。そんな、余りにも単純な虚偽に。

 

 

「彼は......巧くんは小学5年生のときに交通事故に遭いました。そして、これで彼は贖罪を果たすつもりなんです」

 

 

 茜はそう言うと、すぐに生徒会室の扉を開いた。そうして彼女は夕輝の先を歩き始めた。

 

 

「お、おい!」

 

 

 夕輝はそんな茜についていくことしかできず、とっさに彼女を追いかけ、ほぼ反射的に生徒会の厚く重い扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「......もしもし、茜さん? ......えっ? ああ、はい。......ええ、ええ......はい、分かりました」

 

 

 雪はそこまで言うと通話を終了した。沙良が尋ねる。

 

 

「雪、茜のやつ、何て?」

 

 

 雪は沙良の問いに対して、両手に持ったじゃがいもやにんじんを見回して残念そうに答えた。

 

 

「カレーは後でいいから深山の家に向かえって」

 

 

「......そうか、じゃあ行こう」

 

 

 呑み込みの早い沙良であったから、彼女はすぐにそう答えた。雪はえぇ、と少し戸惑いつつも少しがっかりした表情でついには「はい......」と答え、彼女と共に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 2036年のこと。それは、1人の少年の物語である。何気ない日常の、とある日の、少し空気の冷たい昼下がりの街中の話だ。

 

 

 彼は買い物帰りの道を歩いていた。かじかんだ手を手袋で覆い、その上から両手を擦り会わせたりしていた。周りを見渡せば、彼と同じような家族や、寒さに震えながら息を切らして走る野球部の団体や、落ち着かない様子で尻尾を振る犬を散歩させている女性なんかがいた。彼も両親と共に、他愛のない話をして歩いていた。

 

 

 しばらくして彼は、普段なら白と黒が交差しているはずの地面が全くの美しい白で染まっているのを、歩行者のマークを照らす緑色の光を見ながら歩いた。そのときは無言で、何も喋っていなかったと思う。彼は、そして街並みは、ようやく降りだした白い羽毛に見とれていたから。彼の母親は「雪だね」とだけ言って歩みを続けた。それは雪の降る昼下がりの、何でもない日常の話。彼は彼の母親が持った大きな大きな、ケーキの入った袋をたまにちらちらと横目で見た。母はそれに気付いていただろうか。

 

 

 信号機は彼ら3人の、つまり彼と彼の両親の、その歩みを快くエスコートしていた。ひよこの鳴くような音が冷えきった空気を伝わって彼の耳に届いたりした。ざく、ざくと小さい子供がその白いものを踏んづけては、きゃははと笑っていたりもした。はるか上空を見れば、薄暗い雲の奥に微かな光を感じられたりもした。

 

 

 そんな中、余りにも突然起こったことなのである。今となってはそれが一体何故なのかも分からない。ひどく混乱していたからだ。三つ目の信号機すらその白雪に見とれて自らの任務を忘れてしまっていたのか。それともそれに見とれていたのは、1トンもある鋼の体をまとった白銀の巨体だったのだろうか。

 

 

 今となっては分からないことなのである。

 

 

 そう、それは決して分からないことだ。そして、それ以上の説明はそこに存在しない。ただ只管に、分からないだけなのである。

 

 

 彼が彼の父親に、生まれて初めて突き飛ばされた理由も。

 

 

 彼の母が大声で彼の名を叫んだ理由も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──彼の視界に入ったのは、白の大地が皮肉っぽく染まってゆく光景。雪の地面は固く、成人男性の圧倒的な力で突き飛ばされた彼の頭からは流血が起こったが、しかし些細なことだった。目の前の、不細工に赤黒く積もった雪に比べれば。

 

 

 やがて遠くから聴こえ始めたサイレンの音も、慌てふためきながら騒ぐ人々の焦燥も、彼に声をかける低い声も、到底彼の理解が及ぶものではなかった。

 

 

 目の前に転がっている、ぐちゃぐちゃになったあれは何だろう?

 

 

 先刻僕を突き飛ばして僕に怪我を負わせた、あの邪悪な父はどこにいったのだろう?

 

 

 何故母は倒れているのだろう?

 

 

 僕が今夜食べる予定であったケーキは、何故そこで二度と役目が果たせないように潰れているのだろう?

 

 

 今となっては分からないことなのだ。

 

 

 冬の冷たさに凍りついた街のせいで。

 

 

 冬の冷たさをあざけ笑う血の色のせいで。

 

 

 そして、やっと赤色に変わったその光が、彼の乾涸びた瞳を無理矢理にも照らしたせいで。

 

 

 

 

 

 隊員が到着した頃には手遅れだった。

 

 

 深山巧は小学5年生にして父親を失った。

 

 

 彼の母親は下半身麻痺の十字架を背負った。

 

 

 

 

 

 それが全て。彼はその日、あらゆる感情という感情を忘れて、ただひとつ、こうとだけ思った。

 

 

 

 

 

 ──雪って、思ったより固いんだなぁ──

 

 

 

 

 

 最悪の、クリスマスイブの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんこんこん、と3回、硬い木を叩くような軽い音が聞こえたのでそれがノックだと分かった。巧はごくりと唾を飲むとその軋む床を1歩ずつ踏みしめて玄関へ向かった。やっと、母さんの体を治せる。きっと、茜たちは怒るだろうな。生徒会を辞めさせられるかもしれない。何にせよ、今俺がやっていることはきっと、俺が普段果たすべきだと思っていることと逆なのだろう。そう思いながらも彼は、結局こちらに傾いた。物事には順序があるのだから。

 

 

 

 

 

「はい」と言って玄関のドアノブを捻り、前に軽く押した。重量のないそれは、まさに巧の生活環境そのもの。しかしこれでもまだ良い方で、働き手のいない家庭故高校に入ってからは間違いなく寝る間も惜しんでしなければならないと覚悟していたアルバイトも、生徒会の手当てにより1週間に2回程度で済むようになったのだ。そして、全ては母のためだった。あのとき、もし──。そう考えたから。

 

 

 そしてそれは、今ここで返さなければならないことだ。例え茜や夕輝を裏切ることになっても。

 

 

 しかし。

 

 

 扉を開いてすぐ、違和感があった。そしてその違和感は現実として彼の脳を刺激した。例えばお茶だと思って飲んだものがコーヒーであったときのような、予想との差異に驚いてしまうあれである。

 

 

 巧の視線の先にいたのは2人の少女だった。それも、とてもよく見馴れた2人。

 

 

「......雪に......沙良? どうしたんだ、お前ら」

 

 

 巧は余りにも驚いて、一瞬思考を停止させてしまった。雪が巧の質問に答えようと「えっと......お見舞いのつもりだったんですが......」と戸惑うのは、自分でもここに来た真の理由がよく分かっていなかったからだ。

 

 

 と、そのとき。

 

 

「ああ、違うんです」と彼女の後ろから声が聞こえたのは、きっと空耳ではないだろう。それを理解していたからこそ、巧はようやくその意味に気付いてしまった。冷や汗と、絶望がじわじわと彼を蝕み始めた。もう何も考えたくなかった。

 

 

「茜......。それに、夕輝」

 

 

「どうも、体調はどうですか?」

 

 

 茜は始め、巧を試すようにそう聞いた。そして巧は恐らく茜がどこまで勘づいているのか薄々気付いており、その上でそれが勘違いであることを願う。

 

 

「いやぁ......まだちょっと調子が良くないんだ。伝染(うつ)るといけないから、悪いけど帰ってくれ」

 

 

 2回ほど意図して咳き込むと巧は、できるだけ感情を消してそう言った。そして早く逃れようと玄関の扉を閉めようとする。勿論、巧の予想が正しいのであれば──。

 

 

「待ってください」

 

 

「......何だよ」

 

 

 彼女がそのまま逃亡を、そして『それ』を許すはずなどなかった。

 

 

「巧くん。君は能力上風邪など引いてもすぐに治るはずです。......何故、嘘をつくんですか?」

 

 

「え?」と声を発したのは、他でもない雪。()()()()()、その事実に純粋に驚いたのだ。そして同時に、巧は焦っていた。何としても早く茜たちを帰さねば。

 

 

「......はは、いやあ、茜は全部お見通しだな」と始め彼がそう言ったとき、夕輝はここに来るまでに茜に聞いた話の内容を巧が白状すると思っていた。しかし、彼も頑なだったのだ。だから「そうさ、俺はお前に失望したんだよ」と彼が言ったときには驚いた。

 

 

「あんな風に能力者を逃がすなんてな。もうお前に付いていくなんてごめんだ」

 

 

「......なるほど」

 

 

 茜は巧が想定外のことを言ってきたのでそう来たかと少しびっくりした。鼻の下に指を据える。一方雪は、その巧の言葉を本気だと捉えたために非常にショックを受けている。そんな雪など知らんぷりして茜はこう仕掛ける。

 

 

「巧くん、何か焦っているようですが。それに汗も凄いですよ? 何かやましいことでもあるんですか?」

 

 

 不意に図星を突かれてしまった巧はどきりとして動揺しかけたが、しかし何とかそれを抑えた。が、自分がそれに反論しようとしていたところで彼女がそんなことを言うので、とうとう彼は動揺を抑えることができなかった。

 

 

「それとも......そんなにお母さんの体を治したいんですか?」

 

 

「っ!」

 

 

 巧は茜にそう言われると、しかし今度は彼の中に、先程まで演じていたはずの彼女への反感が現実味を帯びる感覚と、そしてあらゆる理不尽に対する怒りが沸き上がって来た。巧はぽつり、と溢すように茜にそれをぶつける。

 

 

「ああ、そうだよ......。どうしても治してえよ......。どんな手を使っても.......例えそれが間違ったことだとしても......!」

 

 

 夕輝はこのとき初めて、若干だが揺らいでしまった。いいや、そしてそれが決して悪いことだとも思わなかった。茜は──。

 

 

 何故、とも思った。ここに来るまでに茜に聞いたことが大きな原因だった。これは──本当にすべきことなのか。雪がぽかんと口を開けて、怒る巧を見ている。

 

 

「悪いことなのかよ......! そんなにルールが大事か......!?」

 

 

 巧が悔しさを露にそう悲観するのを、しかし茜は黙りこくっているだけだった。それには果たして、何の意味があっただろう。

 

 

 ここに来るとき、彼女は冷たくもこう言っていた。

 

 

「私たちは巧くんを止めなければなりません。本来治るはずのない病気を治してしまうなど、本来あってはならないことだからです。できたとしても、してはいけないんです」

 

 

 その言葉を彼女から聞いていたからこそ、夕輝は今彼女がそうする理由を認識できなかった。

 

 

「何とか言ってみろよ、なあ、茜!」

 

 

「君がしようとしていることは」

 

 

 茜が口を開いた。

 

 

「......能中さんがしていることは、本来あるべき秩序を壊すこと。科学者がどうとか、そう言う問題ではありません」

 

 

 茜は淡々と続けた。生憎、その表情は誰からも確認することはできなかったが。

 

 

「巧くんの気持ちは......」と言って彼女はすぐさま口をつぐんだ。一瞬そう言いかけたのだ。『巧くんの気持ちは分かります』と。それは彼女が決して口にしてはならないことだった。そのはずだった。少なくとも夕輝はそう認識している。そんな『友利茜』としての茜と、『茜』としての茜。そう、そこには少なくとも2つの感情が介在していた。始め──少なくとも茜が能中を一度逃がした時点では──、夕輝は彼女に何か策があると思っていたが、実際はそうではなかった。彼女は......夕輝が思っていたよりも、人間なのだ。もしかしたら、巧がこうすることも予想できていたのかもしれない。その上で逃がしたのだとしたら、彼女は余りにも人間的過ぎる。彼女の目の下の濃くなった隈が、何よりの証拠だった。......しかしながら友利茜が抵抗するのは、そうなってしまえばもう能中を、彼を止めることはできないからだ。そして彼女は今なお迷っているのかもしれない。仕方のないことだ。

 

 

「巧くん」

 

 

「何だよ......!」

 

 

 彼らの目的は生徒会員として能力者を発見し、二度と使わないように促すこと。それに対し、巧を既に認識している能中。この2つの事象は、まず噛み合うことなどなかった。

 

 

「能力なんてものがこの世に存在すること自体が間違ってるんです。治すことのできないはずの病気を治してしまうこと......。それ自体がありえてはいけないんです。私は君に恨まれても仕方ないと思っています。それでも、倫理に反する行為を見逃すことなんてできません」

 

 

 そんな風に言う彼女は、しかしまるで自分の言葉を言っているようには見えなかった。しかし受け売りの安い言葉にも聞こえなかった。つまるところ、どちらもが彼女の本心なのである。コミュニケーションも不自由なく行え、車椅子に座れば移動だってできる大人の女性。まだ健康なのにも関わらず、科学者によってその理性を失ってしまう可能性のある青年。比べてはいけないことであるけれども、茜は彼を見捨てることもできなかったのだ。だからこそ葛藤していた。

 

 

「倫理なんて難しいこと言われてもよお......俺馬鹿だからわかんねえよ!」

 

 

 茜がそれなのだから、現実として重たいものをより一層背負っている巧の葛藤などその比ではないと用意に想像できた。巧だって本当は分かっているのだ。もし星ノ海学園生徒会のメンバーである自分が能中の能力を借りてしまえば、その後彼が何をしようとするのか。

 

 

 その上で選んだことなのだ。

 

 

 あの日から、後悔ばかりしていたから。

 

 

 いつか罪を償える日が来ること、それを望んで生きてきたから。

 

 

 あのとき、もし──。

 

 

 もし父が、俺を庇わずに逃げていたら。

 

 

 もし母が、俺より先に自分の身を案じていたら。

 

 

 もし、俺が死んでいたら。

 

 

 きっと俺は薄情な両親を憎んだろう。憎んで止まなかったかもしれない。あるいは、亡霊になってまでも復讐をしようと現れたかもしれない。結果的に両親を苦しめたかも知れない。

 

 

 

 

 

 それでも、そんな風に今更後悔したところで意味をなさないような馬鹿げたことを考えてしまうのは。

 

 

「だって......! そんなの理不尽過ぎんだろ! 母さんが何したって言うんだよ! ......父さんが何したって言うんだよ!」

 

 

 あのとき、すっかり眠ってしまった我が子に見付からないよう、声を殺して泣いていた母のことを知っていたから。

 

 

 巧はあの日から、後悔ばかりしている。

 

 

「もう......嫌なんだよ......! 俺は! 母さんに......普通に幸せになってほしいだけなんだよ! なのに何で!」

 

 

 彼の声に若干ではあれど上ずるものが生じてしまったのは、恐らく誰もが感じるはずの当たり前の感情をただ当たり前に抱いたからだろう。あるいは、そのことにすら巧自身が気付いていたから、気付いてしまったからであろうか。

 

 

「何で......大事なもんばっか奪ってくんだよ......! ひでえじゃねえかよ......! こんなの、酷すぎるじゃねえか......」

 

 

 そして、だんだんと彼の声量が消えていくのが分かった。下手に声を出してしまえば、彼や彼らは、彼の身を襲う不器用な、余りにも不誠実な感情を見出だしてしまう。それを確信してしまう。そして。

 

 

 

 

 

 ──この状況でなお、夕輝は巧が余りにも羨ましかった。茜に話を聞いていたときから、あるいは今この瞬間も。

 

 

「なあ、巧」

 

 

 夕輝は思うよりも先にそう発した。このときはまだ思考が上手く回っていなかった。次に続く言葉も考えていたわけではない。しかしつらつらと滑らかにそれが現れたのは、それが紛れもない彼の本心だったからなのだろう。あるいは、それぐらいは言ってやるのが巧みへの礼儀だと思ったのかもしれない。巧は黙ったまま下を向いている。

 

 

「お前って、ほんと間抜けだよな」

 

 

 その途端に、全員が夕輝を凝視した。巧はぴくり、と反応していたがその感情までは分からない。ただ、夕輝の口から突然にそんな言葉が出てくると予想できていなかったことは確かだ。

 

 

「夕輝くん、何言って......」

 

 

「茜に聞いた話じゃ、交通事故でお前の母さんがお前を庇ったからお前の母さんは下半身麻痺になったそうじゃないか」

 

 

 茜のことなど無視して、夕輝はそう言った。巧は少し顔を上げて「ああ、そうだよ......」と夕輝に反応する。何が言いたい、という表情の彼は、端から見ても威圧的だ。

 

 

「そんでもって自分は何もできなかったから都合良く現れた能力者に母親の体を治してもらおうってか。......それってさ」

 

 

 夕輝は、この中では茜の次には冷静であるのだ。冷静に物事を判断できるし、客観的に物を見ることができる。

 

 

 しかし、この手の話にだけはその例から外れるのだ。夕輝の、唯一欠けた部分だった。

 

 

「ほんとに馬鹿みたいじゃないか?」

 

 

「何......?」

 

 

 夕輝は半分、理性を保っていた。少なくともこの場で見当違いのことを言うつもりは決してなかった。しかし逆を言ってしまえば、その半分はむき出しの感情。理性と照らし合わせて言えば、この場合夕輝の本能のようなものなのである。夕輝は巧を挑発するつもりだった。それは間違いなく彼の頭脳故であるが、ここから彼の感情はその火力を高めていく。

 

 

「なあ、巧。俺さ、つくづくお前のこと馬鹿だと思ったよ。深層心理も質量保存の法則も知らないで、後先考えず行動して、おまけにいざ聞いてみたら......そんな過去拭うために必死だそうだ。全くお前ってのは、馬鹿で、ドジで、間抜け以外の何者でもない」

 

 

 そう言い終わった瞬間だった。突如、夕輝の頬を熱が伝わった。怒りとも、無力感ともとれる熱だ。つまり、夕輝の作戦は成功した、ということだ。

 

 

 巧は反射的に、夕輝を殴っていた。行き場のない怒り。そして夕輝はこのとき、実にそのことに何も感じていなかった。痛みが痛みとしては伝わってこなかったのだ。強いて言うなら、自分の感情の矛盾にも気付いていたからだろう。さらに言えば、巧がもともと学費やお金の関係上中学の勉強もままならずもともとは別の高校に通っていた、とも茜に聞いていたから。

 

 

「馬鹿......? 間抜け......?」

 

 

 しばしの沈黙のあと、やっと巧は口を開いた。

 

 

「ふざけんなよ......。ふざけんな!」

 

 

 先程まで表情の見えなかった巧は、やっとそのとき哀れなまでの、まさに『間抜け』と称するのが適している焦ったような怒ったような表情を見せた。彼は殴られて後ろに倒れた夕輝の胸ぐらに飛び込んだ。

 

 

「俺がどれだけ......! どれだけの思いでここまでやって来たと思ってんだ! 今回のことだってさ......散々! 散々悩んで出した答えなんだ! お前に......夕輝なんかに分かってたまるかよ!」

 

 

 巧は必死で言った。茜にも、雪にも沙良にもその身勝手でねじ曲がった純粋過ぎる感情は伝わっていただろう。夕輝もその例から外れてはいなかった。が、夕輝は同時に、何だか馬鹿らしくなってしまったのだ。殴られたのが大きかったかもしれない。殴られたその瞬間こそ作戦の成功を上手く感じ取れていたが、それも夕輝には限界だった。そして思った。

 

 

『お前だけが──』と。

 

 

 だから夕輝は巧を殴り返した。一発のうちに夕輝と同じく倒れた巧を見ると夕輝は立ち上がり巧の胸ぐらを掴んだが、そんなことは巧にとって些細なことだったのだ。痛い。頬が痛い。だから巧はそのうちに思考を働かせることはできなかったし、だからこそ夕輝と巧はこんなにも違うのだ。

 

 

 夕輝は確かに、巧に殴られたとき痛みなど感じなかったのだ。しかし巧はそれを十分に感じた。それが最大の、もっとも分かりよい夕輝と巧の違いだった。

 

 

「ああ! わかんねえよ!」と夕輝は叫んだ。

 

 

そしてそのとき、本当に巧は戸惑っている様子で、夕輝に怯える表情を見せてすらいたのである。これが違いだ。

 

 

「お前の気持ちなんて! ......お前の中途半端な正義感なんて分かってたまるか! お前の母さんはお前を守るためにその体を犠牲にしたんだ! 間抜けなお前なんかのためにその自由を犠牲にしたんだ!」

 

 

 それは、身を引き裂くような痛み。夕輝は巧のことが本気で羨ましかったのだ。自分の家族のことでこんなにも必死になれること。必死になるべき母がいること。夕輝がとっくに失ってしまった感情。だから夕輝は今、能力者や任務のことなど全て忘れて、彼に怒ったのだ。的外れなことを言っていることにすらも気付けていないのである。

 

 

「お前は......守ってもらったんだよ! お前の父さんはお前を庇ったんだよ! そして死んだ......! そう簡単に償えるだなんて......そんなの違うんじゃねえのか! そんなの間抜けの考えだ! 逃げてるだけだ!」

 

 

 実際はそうでもないのだろう。巧は償いたいとも考えていたが、母に幸せになってほしい、というのが大部分でそのために能中に依頼をしたのだ。そして夕輝は、それを理解した上でこんなことを言った。意地悪と呼ばれる類いのものではなく、単純な怒りであり、そこに理性などもはやないのだから完全にふさわしくないことを言っていても仕方のないことだった。

 

 

「......違う......! 俺は逃げてなんか......」

 

 

「それなのに! お前の母さん生きてるじゃねえかよ!」

 

 

 言いかけた巧だったが、その瞬間、はっ、と彼は目を見開いた。そして初めて、きちんと夕輝の表情を見ると、言葉を失ってしまった。恐れたような、怯えたような表情は巧のものを遥かに凌駕するものだったからだ。このとき巧は思い出したのだ。かつて、6月始めの頃に茜を先頭にして調べた夕輝のことを。そして彼の言いたいことをだいたい理解した。

 

 

「生きてんのに......それ以上何を望む必要があんだよ......! お前の母さんはそんなこと望んでるのか......? いいや、違う! 違うに決まってる......!」

 

 

 これは、夕輝の弱い部分なのである。だから、本来なら言っていいはずのないことも、そして『そうに決まってる』などということも言ってしまえたのだ。

 

 

 巧は気付いてしまった。夕輝の高ぶる感情に。そして、本当は気付いていたはずなのだ。

 

 

 何に。

 

 

 本当に、この言葉は正しいのだろうか?

 

 

 いいや、そうであるはずがない。

 

 

 しかしこうするしかなかった。結果的にではあれど、友利茜の考えていたことは実現されることになる。巧がもう何も言えず、ただ嗚咽だけを続けたからだ。夕輝と自分。それを思わせてしまった。良く考えてみれば、余りにもでたらめな話だ。そう、本当に結果だけを見てしまえば能中は救われたし、巧の母は──。

 

 

「うっ......! うわぁぁぁぁっ......!」

 

 

 巧はどうしようもなかったのだ。音永夕輝とは、それぐらいの人間だったのだ。しかし、止めなければならないことだったのだろうか? 未だに茜は疑問を抱き続けていた。自分が言ったことなのだ。『倫理に反する』と。その上で、何故巧の母を救えないのか疑問に思っていた。

 

 

 そうこうしているうちに能中はやってきた。非常に息を荒くしていたので走ってきたのだろうと予想がついたが、その悲愴な面持ちから何を察すればよかっただろうか。

 

 

「ああ、能中さん......。申し訳ありませんが」

 

 

 茜は友利茜に戻ると、その冷静な態度で彼に向き合おうとした。しかし。

 

 

「違うんです......!」と能中。焦ったようなどうしようもない表情から、相当なことを言おうとしているのが分かった。彼はそのままこう言った。それがどれだけ5人を驚かせただろう。いいや、あるいは。

 

 

「あなたたちの言う通りでした......。今朝起きたときにはもう、僕の能力は......!」

 

 

 それは、いずれにせよ能中は能力を使えなくなり、巧の母の体を治すことはできなかった、ということなのだろうか。

 

 

 神などというものがいるのだとしたら、余りにも酷い話だ、と茜はそう思った。

 

 

 そう思ってしまっていた。

 

 

 誰が予想できただろう。

 

 

 能中が能力を失うことも。

 

 

 翌朝、巧の母の体が()()()()()()()()()()()()




 第五話はどうでしたでしょうか。
 そう言えばこの世界は2040年という設定ですが、あまり近未来的な描写は出てきません。感覚としては今とほぼ同じような科学技術だと考えてもらって申し分ありません。
 次回、第六話なのですが、実はプロローグに書いた全話タイトルの中の第十四話のあとに紛れ込んでいた『特別篇 幸せの形、償いの形』は時系列的には第五話と第六話の間となっております。
 第十四話まで完結させた後執筆したいと思っておりますので、それまでは天然の未をよろしくお願いいたします。
 そう言えば、夕輝と春のやり取りでうにチャーハンの原理を使ったのに気付きましたでしょうか。本当にKey様には毎度頭が上がりません。
 今回はありとあらゆる謎を混ぜ合わせてしまったような内容になっていましたが、次回以降も楽しんでいただけたらと思います。
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