もう1年以上前…。一度だけ同じモンスターを見たことがある。見上げるほど巨大な青い肉体、盛り上がった筋肉、眼はその肌と同じ青く、頭の両側からねじれた何物も貫きそうな角が生えていた。体は人間の体だが一目みれば人間でないことは一目瞭然だ。
悪魔である。
悪魔といえば大抵の《勇者》系RPGなら看板のようなボス設定だろう。だが《現実世界》に少なくとも現代の世界には悪魔など存在してはいない…はずだ。
俺は幾度となく悪魔に似たモンスターをSAOで屠って来たがこのような巨大ボス級悪魔様は別である。
かつて《旧アインクラッド》74層のボス部屋においてこれと全く同じといっていい悪魔様と遭遇した。その時は成り行きではあるがアスナとパーティーを組んでい…、いや組まされていたと言うべきであろう。偶然にもボス部屋を発見してしまった俺たちはボスの姿を一目拝見しようとボス部屋の扉を開いた。当然一目見た後は全速力で逃げた。 そこまではよかった……。
その後偶然クライン達、ギルド《風林火山》とはち合わせ軍もそこに混ざりもうごちゃごちゃになってしまったのだ。
軍のコーバッツ大佐は俺たちに迷宮区のマップデータを要求してきた。アスナや風林火山のみんなは反対したが、俺はこれ以上面倒なことにならないようにマップデータを無償で渡した。今思えばもう少し意地汚いこともできただろうが、アスナも居たことだしなにもしなくて正解だったとふんでいる。
マップデータを受け取ったコーバッツ達、軍がまさかではあるがボス攻略に挑むのではと推測し見事に的中させてしまった。そこで眼前に広がっていたのは今でも忘れることはない。蒼眼の悪魔が軍の連中を屠っていたのだ。アスナは軍の連中を助ける為にボスに向かって行った。俺は身も凍るようないてつく恐怖を全身に味わいつつもアスナを追った。
正直、もうこれで死んだなと俺は思った。たが、アスナやクライン達だけでも守るためそして全滅という最悪の結果を招かないために俺は全てをかけて戦いなんとか倒すことはできたものの死にかけた。
その悪魔が今、1年以上の時を経て再び俺の目の前に立ちはだかっている。あの時のいてつくような寒気が全身を覆っていく。おそらくは俺だけではない。アスナとクラインも当事者であるのだから同じような状態だろう。
アスナがあの時のように俺のコートの袖を弱く握った。
「キリト君なんであれが。」
《The Gleameyes》それがあのボス級悪魔様の名前だ。
「わからない…。ただ一つわかるのがこいつが第一の門の守り主ってことだけだっ!」
不意に飛んできた斬馬刀をステタータスまかせに素早く回避した。同じく回避に成功したリーファが扉の後ろにいたユイとイオに向かって叫んだ。
「ユイちゃんとイオ君は危ないから下がってて!」
「わかりました!気をつけてください!」
返事が返ってくるのを確認すると俺たちは蒼眼の悪魔に向かって走り出した。
戦いは混迷を極めた。
俺、クライン、リズベット、シリカがアタックに専念しリーファとアスナ、シノンでサポートを担当した。このパーティーにはメイジビルドがろくにいないのだ。高位の治癒魔法はアスナ以外は使うことができない。故に俺たちアタッカーはダメージを最小限に抑えなければならない。だがこの蒼眼の悪魔にはそんな考えはまったく通用しなかった。
気がつくとすでに俺のHPはすでにイエローゾーンに入っていた。
「キリトさがれ!」
クラインの言葉に従いたいのやまやまであるが、眼前には斬馬刀を振り上げ追撃にかかろうかというグリームアイズの姿がある。
「ぐぉっ!!」
振り下ろされた巨大な剣をギリギリのところで俺の剣で起動を逸らし直撃は避けられた。しかし先程イエローゾーンだった俺のHPは既にレッドまでに減っている。
あと1秒でも遅ければ今頃俺のHPは消し飛んでいたかも知れない。俺はグリームアイズの斬馬刀の反動を利用して大きく下がることに成功した。
「すまない少し離脱する!」
本来なら魔法で回復してもらうのがセオリーだが彼女たちのマナも残り少ないだろう。自分で回復するのに越したことはない。
回復するのを確認しながら戦況を確認する。アタッカーのクライン等のHPはリズベットを除いてイエローだ。
対するグリームアイズは6本あるそのHPバーが漸く半分削れたところだった。
あと半分。ソードスキルでごり押しすれば行ける…!
「みんな奴に一瞬でいい!隙を作ってくれ!」
俺は叫び、グリームアイズの背後に回り込むように走り出した。
「無茶よシリカ!!」
叫びに似たリズベットの声が響き、俺は足を止めてしまった。
「はぁぁ!」
シリカの短剣が水しぶきを上げ、振り下ろされた斬馬刀を弾き返した。しかし、シリカは大きく吹き飛ばされHPバーが一気に減少し残り数ドットというところで動きを止めた。当たり前だ。短剣でボスの斬馬刀を弾くなどSAOでは自殺行為だ。グリームアイズは壁際まで飛んでいったシリカを追うためか足に力をため始めた。
「シリカ!避けろ!」
じりじりとグリームアイズの足場が凹む。
「ふっ!」
今にも力を解放し追撃に移ろうとするその時、悪魔の頭に鋭く正射された弓がつきささった。そのおかげでシリカは助かったようだ。
「シリカちゃん!スゥ スゥエラ……」
すかさずアスナとシリカが詠唱に入る。
「んおぉぉりゃー!」
体制を崩した悪魔にクラインとリズベットの猛攻がモロに入りグリームアイズが怒りの雄叫びを上げる。
「くそっ!間に合わない!」
隙を作ってもらったにも関わらず、シリカに気を取られ立ち止まってしまったため、回り込もうとダッシュしている俺は間に合わず、スキルにより硬直している二人に斬馬刀が今にも振り下ろされようとしている。
「…だめです!!」
ユイの声が小さくだが聞こえた気がした。
モーターをつんでいるかの如く何処からか音が聞こえた。
猛スピードで戦地を何かが駆け抜けグリームアイズの振り下ろされた斬馬刀は大きく弾かれた。
「…!?」
ここにいる誰もが目を疑っただろう。そこには、彼の身の丈と同じくらいの長さはある片手用直剣を振り切った状態でイオ立っていた。たった一人あんな小さな少年があの巨大な剣を弾き返したのだ。そうあの猛スピードで戦地を駆け抜けたなにかはイオだ。ユイとイオがいる場所から200mはあろうかというこの距離を立った1、2秒で駆け抜けてきたのだ。俺の全力のダッシュなどまるで歯が立たない程だ。
イオは大きく後ろに下がり俺に向かって叫んだ。
「キリトさん今です!」
俺の思考はイオに呼びかけられたことにより漸く蘇った。
「サンキュー、イオ!」
今度こそ回り込んだ俺は《サーベジ・フルグラム》を放った。2段目の垂直斬りを終え左手から最後の3段目を出す寸前、俺はソードスキルから意識を離し切り替える。
「せぇぁぁ!」
《ジ・イクリプス》へとソードスキルを移行する。
左右交互に目にも止まらぬ速さで斬りつける。最後から3段前の突きのところで再び意識を手放す。ここから先成功する確立は五分五分だ。だが決まれば確実に奴のHPバーは吹き飛ばすことができる。
「キリトさんに続きましょう!!」
ここで漸く硬直から逃れたリーファ、クライン、シリカが後に続きここが勝負どころと考えたのかリーファとアスナまでもが加わりシノンも弓でソードスキルを発動させている。
「いっけぇぇぇ!」
片手剣ソードスキル《ハウリング・オクターブ》に俺は切り替えようとした。
これで奴のHPは完全に0になるはず…だった。そうここさえ決まっていれば…。
俺の体は全くうごかなかった。頭の意識と体のタイミングがずれてしまい、ソードスキルによる硬直に入ってしまったのだ…。それも通常よりも長い。
グリームアイズのHPはあと1本と半分程度残っている。だがこれくらいなら時間をかければ削ることができる。
蒼眼の悪魔は斬馬刀を正面に構えると勢いよくジャンプした。ジェット機のように飛び上がった後、鋭く尖った切っ先を真下に向けるとそのまま落下し、地面に斬馬刀が突き刺さったかと思うと地面から光が円形に走り硬直で動けない俺は勿論、アスナ等ももろにくらってしまった。
体から急に力が抜け、地面に倒れこむ。
「やべえぞ、キリト。」
これは…スタン!?74層の時はこんなデバフはなかったのに!?
こちらを見据える悪魔の後方から不意に声が届いた。
「もう少し…。任せてくださいみなさん。」
自由の効かない体では体全体を向けることはできず視線だけを声の主に向ける。青いコート、ユイより少し高いくらいの身長、片手には鋭く長い長剣。小さな歩幅でゆっくりとグリームアイズめがけて歩み寄る小さな少年の姿があった。
イオだった。
俺はてっきり一度奴の斬馬刀を防いだ後はユイの下に戻っているものだと思っていた。
イオはグリームアイズの前で立ち止まると一度グリームアイズを見上げその長い剣を頭上に構えて目をつむった。
イオが目をカッと見開いたかと思うと、イオの長剣が形を変えた。剣の刃がみるみる丸くなり自分の身長を優に越すほど長くなっていた。よく見ると、剣自体は長くはなっているわけではなかった。イオの長剣を青白いライトエフェクトが覆っている。そのライトエフェクトが刃を丸く覆い、伸び、あたかも彼の剣そのものが伸びたように見えているようだった。
丸みを帯びた光の粒子…。俺は何か似たような物を知っている気がする。
そんな思考はシノンの一言によって解決した。
「キリト、あれ光剣に似てない?」
そうだ!光剣…。一時期、俺が使ってたあれだ。
俺は以前、ガンゲイルオンラインにおいてイオが手にしている剣と似たような剣を愛用していた。その武器のカテゴリーの名前が「光剣」である。リーチはあれ程長くはないが柄から光の粒子が放出され、その粒子が刃となり敵を斬り裂き、滅する。イオの長剣の輝きライトエフェクトの一部が丸い欠片となり落ちていく様は俺にはまさに光剣のように思わせるのだ
イオは軽くふわりと宙に浮くと長剣のライトエフェクトがイオの通った印を残すかのようにイオが通った場所に残像のように散らばる。
蒼眼の悪魔も負けじと斬馬刀を構え振り下ろそうとしている。
「ふっ!!」
振りかぶったイオの光の長剣は右斜め下にライトエフェクトを散らし逆手に剣を持ち直し再び同じ軌道で蒼眼の悪魔に向かって切り上げた。
縦、斜め、水平。
凄まじい速さで光の長剣と斬馬刀が何度も勢いよくぶつかり合いその度にイオの長剣のライトエフェクトの一部が寸前の軌道を残す。ただぶつかり合うだけなのになぜかグリームアイズのHPはみるみると減っていく。対するイオは無傷だ。その原因はイオの剣さばきにある。受け流すタイミング、その後の攻め。グリームアイズの斬馬刀はいいようにイオに受け流され、逆上したかのように同じ動作を繰り返している。イオの剣さばきは見事の他いいようがなかった。
俺同様、スタンで硬直しているクライン等もただ唖然と剣の応酬を見守っている。
アスナの細剣と同じくらい…いやもっと速いかもしれない。
実際、片手用直剣と細剣とでは圧倒的に速さが異なる。片手用直剣はそれなりのパワーがあるが、速度までは追求してはいない。逆に、細剣はパワーはないが速度を求めた物だ。故に細剣は片手用直剣とは比べられないほどに速く突き刺すことが出来る。
だが、イオの剣速は片手用直剣というジャンルにおいて以上という他ない。あのとてつもなく長い剣を片手用直剣と断言していいのかはわからないが…。
俺はイオの口がわずかだが動いていることに気づく。だが聞き耳スキルが高いわけでもないため聞き取ることは出来なかった。スペルでも詠唱しているのだろうか。
それからも空中で静止したイオとグリームアイズの攻防は続いた。
「ここ!!」
イオが先程の倍は強く声を発した時、俺達のスタンは漸くその効力を失った。だが今更どこで介入することができるだろうか。ここはイオに任せるしかない。
イオが短い気合とともに先程よりも速く振り下ろされた長剣が唸りをあげて悪魔に向かっていく。しかし、イオの気合とは裏腹に振り下ろされた長剣はグリームアイズに届くことはなく虚しくも空気を斬り裂いた。攻撃モーションをすでに起こしていた蒼眼の悪魔は勝ち誇ったように短く唸ると手にした斬馬刀を勢いよく振り下ろした。
「イオさん!!」 「イオくん!!」
「イオ!!」
ユイと俺たちの叫びが重なりこの空間にこだました。
ピンチとは裏腹に一瞬、イオが笑みを浮かべた…。俺にはそんな気がした。
巨刀が振り下ろされ、重い轟音が響き渡った。地面がぶつかり大きく揺れたかと思うと《第一の門》の守り主であり、《第74層》のフロアボスであった、蒼眼の悪魔はなにが起きたのかわからないというような表情を浮かべポリゴンをあたり一面に撒き散らし死散した。
グリームアイズが先程まで猛威を奮い、君臨していた場所には先程同様に空中で剣を振り切った状態で動きを止めたイオが残っているだけだった。
どうもロックンです。
えと、気がついたら5000字到達ということで、申し訳ないですがそのまま挙げます。
とりあえず中2スキル前回で今回も?書きました。笑
いまさらですけど原作では、新アインクラッドでは2刀流スキルは使えませんでした。察していただけると幸いです。
単なる私のミスです。申し訳ありません…。
ですが、一度書いてしまった以上、これからもそういう設定でいきますのでよろしくお願い致します。