「ガイー、オーブンまだ直らないのー?」
「もうちょっと。パーツも人手も足りないんだよ。」
元が船のエンジンに使われていたスクラップなので、このオーブンはしょっちゅう止まる。そのうえうるさくて、無駄に揺れるんだから何をかいわんや。
「ところでガイ、あなたにはこれがどういう仕組みなのかわかっているの?」
「空間エネルギーを吸って熱に変えてるんだよ。人間の観点でいえば、永久機関と呼んで差し支えない。」
「よくわからないんだけど?」
「オーブンに使うにはオーバースペックが過ぎるってこと。」
このオーブンでピザ一枚を焼くごとに、その質量分宇宙が縮んでいく。制御装置に不備があれば、おそらく大陸全てどころか惑星ごとなくなりそうなメルトダウンを起こしかねない。このオーブン程度の質量で起こることはまずないだろうが。
「ふぅ、ひとまずこれでいいだろう。」
「もう完璧?」
「当分壊れはしないだろう。さ、昼飯にしようぜ。」
昼飯も当然ピザ。肉がトリ肉やイノシシ肉になりながら、地中海北東部を目指してピザ屋レオナルドは進んでいる。
「いいかげんチーズの味に飽きてきたぞ。」
「代わりにチョコをのせて焼いてみるってのはどう?」
「それはもうクレープ屋にしたほうがいいな。」
毎日同じチーズ味では飽きてくるが、代替案として出てくるのはろくでものない物ばかり。
「ピザが嫌ならケーキを焼けばいいじゃない。」
「チーズケーキしか作れないがいいか?」
「フルーツケーキが食べたいですの。」
あながちクレープというのも悪い提案ではないかもしれない。
「じゃあ試しましょうよ!いい加減栄養バランスが気になっていたところだわ!」
「レオナルドー、ストップなさーい。」
レオナルドは歩を止めて、四肢を畳んで休眠モードになる。現状言うことを聞いてくれるのは、動物好きのシャロンと、野生のパイルだけだ。
「じゃあ新しい食材探し、主にフルーツ、探しに行きましょう!」
「いいの先生?」
「まあ、栄養バランスは大事だし。」
ビタミンが足りなくなると歯ぐきから血も出てくることだし、ストレスも溜まる。決して悪い話ではないだろう、森のど真ん中という点に目をつぶれば。
「そもそも、野生の果物なんてタネばかりで食べられたものじゃないと思うけど。」
「その時はミキサーにかけてフルーツソースにしちゃえばいいんじゃね?」
風味や食感を台無しにすることになるが、まあそれにしたってまずは見つけない事には始まらない。
そうして集まったのは、イチジク、ザクロ、キイチゴ、ヤマブドウ、クマ。
「見事に野性味あふれるものばかりだなあ。」
「いやいや、最後のなんだよ。なんで熊が混じってんだよ。」
「どうやらテリトリーを冒してしまったらしい。」
「今夜は熊鍋だー!」
またかよ。どんだけ生態系を壊せば気が済むのか。
「毛皮は敷物に、内臓は薬にもなるそうね。」
「じゃあ僕は骨で細工でもしようかな。槍に使えそうだ。」
「お前らは手馴れて過ぎだ。」
心なしか、クリンのツッコミが頼もしくも思えてくる。
ふと恐ろしいことが思いついた。海上で遭難した船員たちは、幻覚を見たり、狂気的な行動をとったりしていたらしいが、ひょっとして我々も既に狂気に取り付かれているのではないだろうか。
「残念だけど、学園にいたころから既に狂気に包まれていたよ。」
「やっぱり?」
「その一員であるお前が言うか。」
ガイもまた、立派な狂気のクラスの一員である。
☆
「さてドロシー、準備はいい?」
「おっけー。」
フルーツソースは甘酸っぱかったが、ドロシーに課せられ試練は甘くなかった。
「せぃいいいいい、やっ!」
「練りが甘い!」
「もっと・・・雷に粘りを持たせて・・・。」
四方八方へと霧散する雷を、纏め上げて球にする。これもまたゼノンの基礎能力である。
「本来なら、指導員の元でみっちりと訓練するのだけれど、今はそんな環境もないし。」
「むしろそんな技能をオカマが教えられるとは知らなかった。」
人は見かけによらないものだ。ゲイルが実技、カノンが知識をそれぞれ担当している。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」
「息が上がるのが早いわね。シャロンを見なさい。」
「涼しい顔しやがって・・・。」
「それに、雷球も安定しているわ。」
シャロンの両掌の間に浮く雷は完全な球体で、バリもない。
「じっとしてんの苦手なんだよ!」
「時には待つのも大切よ。」
「待ってるよりオレは近づいて殴る!」
「それとこれとは話が違うんだろ。基礎なら出来て当たり前でないと、基礎じゃないだろ。」
「ぐぬぬ・・・。」
(ガイのいう事なら聞くのね。)
生憎、この手の知識をガイは持っていない。それでも、基礎の重要さは知っていた。
「ほら、彼女を見習え。呼吸は一定だし、視線を動かしもしない、すごい集中力だぞ。」
「あっ。」
「あべっ!!」
「も、申し訳ありませんの・・・近くによられてしまうと集中が途切れますわ。」
「そりゃ・・・俺が悪かった。」
また強烈な電気ショックをその身に味わった。
「もっとこう、感覚的なイメージって無いのか?オレには頭使うのは無理だぜ。」
「そんなに一日二日で出来るようなものではないですわ。わたくしだって、これを覚えるだけで2年かかりましたもの。」
「そんなにかよ?これ旅の間に身に着ける無理じゃないのか・・・。」
「・・・丹田に力を込めるのなら、一つわかる。」
「え、前は教えられるほどうまくないって言ってたじゃねえか?」
「ちょっと恥ずかしい方法なんだよ、これ。」
「恥ずかしい?どんなことさせる気なのよ?」
「『技名』をつけるんだよ。」
「名前?」
「自分の『これだ!』って名前を付けて、腹から力を込めて叫ぶんだ。名前のほうが、完成形をイメージしやすくって、形にしやすいと聞いた。」
「なるほど、それも一理あるわね。名前というのは、ゼノンにとっても重要なファクターのひとつなのよ。」
ある意味言霊の一種なのだろう。名前には力が宿るという。
「じゃあ・・・やってみるか?」
「やってみろ。」
「どんなネーミングセンスなのか楽しみやね。」
「言ってやるなよ。」
「お前ら後で見てろよ。」
ドロシーは目を閉じて集中する。名前が持つイメージ、それを形にする。
「よしっ!」
意を決して、右手のひらに雷球を掴む。
「サンダー・・・ストライク!!」
それを振りかぶって、投げる。
「どうだ?!」
「普通過ぎて笑えんわ。」
「厳しいな。否定はしないが。」
「だー!いきなり考えろなんて言われても無理だ!でも威力はあったろ?」
「ぜんぜんね。」
「ガーン!」
結局この日はドロシーが火傷して終わった。
「ところで、ガイはどんな技名を考えたん?」
「俺にまで飛び火させるのは勘弁な。」
「言い出しっぺお前だろうが!」
「あーあー、長くなるからまた今度な。それより夕食だ。」
オーブンが調子よくなり過ぎたのか、晩御飯のフルーツピザはほろ苦かった。
「どう思うカルマ?」
「どうって、初めてにしては上出来だと思うわ。」
ドロシーの雷球が撃った木をよく見て見れば、それはわかった。一本の木が、生命としての機能を完全に奪われていた。『芯』を撃ち抜いた、見事な一撃だったと言えよう。
「シャロンにはない、思いっきりがあるのねあの子には。これは伸びるわね。」
「そうね、その指示を出したガイにも、見込みがあると思うわ。」
「となると、気になるのはやはり一つ。」
「「どんな技名だったのか。」」
「お前らもか。」
「あら、盗み聞きなんてひどいわね。」
「そんなデカいひそひそ話があるか。」