スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人   作:バガン

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燃え上がる巨体

 顔と名前が一緒の人間が2人いたなら、それは同じ人間なのか?例えば同じ遺伝子を持つクローン人間が二人いたとして・・・いやこれは愚問だろう、答えはノーである。

 

 『そんなことを話すために、通話してきたんですの?』

 「いや、そういうわけでもないんだけど・・・。」

 

 携帯はないけどテレビ電話はある、そんな少し不思議な世界。その世界を旅する中、とある街に立ち寄った一行は、再び学園に連絡を入れた。一人3分だけ、という文字通り公衆電話の制約付きで。ガイはエリーゼと通話することを選んだ。

 

 「そっちの方はどう?なにか変わりある?」

 『ありませんわ。そっちこそ、なにかお変わりはありませんこと?』

 「あー・・・ない。天気はいい。」

 『こっちも毎日いい天気ですわ。』

 

 まるでお見合いのように当たり障りのない会話ばかりが続く。

 

 「あー、時間ないや。もうぶっちゃけちゃうと、キミの顔が見たかった。以上通話終わり。」

 『えっ、それはどういう・・・。』

 

 通話終了。なにやら爆弾を放り投げて終わってしまった。

 

 「次オレなー。ガイ何話してたんだ?」

 「なんでもねえよ。」

 「ふーん、なんでもないか。」

 

 「おーいエリーゼ、さっきガイと何話してたんだ?」

 『えっ、いやそのなんというか・・・。』

 「おい。」

 「なんだよガイ、お前の時間は終わったんだから出てけよ。」

 

 「それで何を話してたんだよ?」

 『なんでもないわ、こっちは変わりないとか、いい天気だとか。』

 「ふーん、つまんね。」

 『つまらなくはないわ。』

 「へー?」

 『私のこと・・・忘れられてないかとか、別に考えてはいませんわ。』

 「えっ。」

 

 そうしてまた通話終了。爆弾を投げたら、爆弾が投げ返された。

 

 「なんだ・・・この感情は・・・。」

 「フフ、恋ね。」

 「恋だと?」

 「まああなた容貌も高いし、お似合いじゃない?」

 「ヒューヒュー!」

 

 

 ☆

 

 

 「河か。」

 「また河か。」

 

 しばらくして、地中海までもう一歩という地点までやってきた。地中海へ注がれる河の一つだ。

 

 「あれ、この河なんかあったかい?」

 「温泉?」

 

 これがこの河の特徴、というわけでもなさそうである。川魚が白い腹を見せて浮かんでいる。

 

 「もったいない。」

 「いや、毒でも流れてるのかもしれないから、食うのはやめとけよ?」

 

 かすかに水から硫黄のニオイがしてくる。河の上流には黒煙があがっている。

 

 「火山かな?」

 「そのようだ。あまり近づかない方がいいだろう。」

 

 まあ、行きずりの我々には関係ない話だ。むしろ先を急いだほうがいい。これだけ離れていれば火砕流の心配もないだろうが、ガスが流れてくるかもしれない。

 

 「・・・ん?」

 「どうしたガイ?」

 

 突然、ガイの表情が水に打たれたように変わった。

 

 「はやく河を下りましょう。もうちょっと行けば、港町に着きますわ。」

 「それがよ、ガイが動かねえんだ。」

 「叩けば直るんじゃねえの?」

 「テレビか俺は。」

 

 意識をクラスに戻して、ガイは語りかける。

 

 「そういえば、流れて来てるものに家屋の残骸やらが混じってきてるな。」

 「本当だ、上流に村があるのかな?」

 「この様子だと、巻き込まれたのかもな。」

 

 そのうちのひとつ、柱のような木材を見やる。

 

 「・・・だが、火事や火砕流で押し流された、という感じではないなこれは。焦げてないし、まるで強い力がかかったように引き裂かれてる。」

 

 ガイの考えを代弁するようにデュラン先生は冷静に漂流物を観察した。

 

 「それに、あの鳴き声・・・。」

 「鳴き声?」

 「そんなの聞こえた?」

 

 だが、そのガイにしか聞こえないものもあった。

 

 「・・・俺、ちょっと様子を見てくる。」

 「え?ちょっとって?」

 「先行っててくれ、追い付くから。」

 「おい!」

 

 誰かが俺を呼んでいる。そう確信したガイは制止も聞かずに走り出していた。

 

 ガイと、仲間たちを果たして待っていたのは、想像を絶する体験と、熱く燃えるような出会いであった。

 

 

 ☆

 

 

 「・・・やはり、ここもか。」

 

 まるで生き生きとした木の幹のような色をしたローブを纏った青年が、携えた杖を地面に突き立てながらぼそりと呟く。その周囲の草木は茶色く枯れてしまっていた。

 

 その中心には、ドス黒い結晶体のようなものが地面から析出している。

 

 「あちこちで同じような現象が起こっている。大きな異変の予兆、予測されていた『滅び』の始まりか・・・。」

 「おーいケイ、この木の実うまいぞ。」」

 

 そこへドギツイ色の木の実を抱えながら、赤いフード付きのパーカーを来た男がやってくる。

 

 「はぁ・・・どうしてそうお気楽なのかね?」

 「だって、世界の終わりだとか言われても、一人二人の人間にどうこう出来る話でもないだろ?」

 「世界を動かすのが集団だとしても、その中心にいるのは一人二人だよ。」

 

 ケイと呼ばれたローブの青年は、木の実をひとつ貰って齧る。飛び散った果汁がローブに飛んだのを、恨めしそうにはたく。

 

 「卸したてのおニューなのに。」

 「草食もいいけど、たまにはガッツリ大盛り牛丼が食べたいな。」

 「まあそれはいいとして。君の使命をもう一度確認するぞ。」

 

 ひとしきり食べ終わり、ヘタを土に還したところでケイは改まる。

 

 「『哀の最果て』ってところを目指せばいいんだろ?3日前にも聞いた。」

 「そう。けどそこはこのアルティマと地続きの場所ではない、時間と空間の狭間にある。向かうには光子クリスタルの力が必要になる。」

 「さっき拾った黒いやつ?」

 「これは違う、見たことのない未知の物質だ。」

 

 一見したところ、この黒い結晶は邪悪な力を秘めたダークマター。生命力を吸い取っているとかとは違うようだが、とにかく危険性がある。

 

 「じゃあその光子クリスタルはどこにあるんだよ?埋まってるのを掘り出せばいいのか?」

 「『光携えしもの、意志の力を束ね、太極へと至る道を拓く。』」

 「光携えしもの?」

 「あるところでは、その者を『光の人』と呼んでいた。」

 

 光の人、ここではないある場所では特別な存在として語られていた。

 

 「光子クリスタル、この世界では『オプティクォーツ』と呼ばれている物質だが、それらはある共振波を発信してる。その発信、受信を利用して鏡に映った映像や音の振動を伝える『コールミラー』が使われている。」

 「テレビ電話みたいなもん?」

 「そうだ。そこらの街角にもあるくらいには普及している。」

 

 「そこでだ、この光子クリスタルの共振波の周波数のうち、不明な帯域がある。この不明帯域の中にこそ、哀の最果てから発されているものが含まれていると考えられる。」

 「すぴー。」

 「寝てんじゃねえ!」

 「つまり、どういうことだってばよ?」

 「・・・光子クリスタルを集めて、映像や音だけでなく、物質を転送する装置を作るってことだ。」

 「なるほど、そういうことか!」

 「ほんとにわかってんのか?」

 

 「そんなことより、早く魚釣って村に帰ろうぜ。」

 「あの村に長居するつもりはないんだがな。」

 「火山が近くて、クリスタルが手に入りやすいって言ったのお前だろ?」

 「手に入れるもの手に入れたら、ちゃっちゃと行くんだよ。」

 

 しかし、その役目も遂げられずに終わる。

 

 「!? 地震か?」

 「この揺れは・・・ただの地震ではない。噴火だ!」

 

 突如として襲ってきた揺れと爆音。見れば山の上から黒煙が立ち上っている。しかし、異変はそれだけではない。

 

 「この鳴き声・・・聞こえたか?」

 「聞こえる。あれは・・・村の方か。」

 

 男は走り出し、ケイも後に続く。硫黄のニオイと、腹の下に重く響く音が、辛苦を予言している。

 

 

 ☆

 

 

 村へとたどり着いたガイには、ひとつ勘違いしていたことがある。てっきり火山の麓に村や町があって、そこが災害を被っているのかと思っていたが違った。思いのほか、火山は村から遠い位置にあり、火砕流の心配はなさそうだった。

 

 「あれは・・・。」

 

 にもかかわらず、ガイは目の前の物に驚愕した。それは壊された家々や、燃える街並みのことではない。

 

 「ガイ・・・あんなの見たことあるか?」

 「アタシはないわ。」

 「少なくともオレにはない。」

 

 遅れてきたドロシーたちも驚いていた。ドラゴンだっている世界だということを、授業では聞いていた。10mほどもある猛獣も実際見てきた。

 

 だがあれはなんだ?

 

 『ゴォオオオオ・・・・』

 

 その猛々しさを象徴するかのような見事な一本角、鉄が冷え固まったかのような黒くゴツゴツとした体表、深淵を見通すような爛々と光る眼、ドラゴンというよりは四足歩行の恐竜を思わせられる。

 

 「なんつー・・・デカさだ・・・。」

 

 それらを纏めて超弩級で括る。優に50mを超える怪物が、たしかにそこにいた。

 

 「あんな大きい生き物が存在するなんて、聞いてないぞ?」

 「オレだって初めて見たわ!」

 

 それが村を襲っているのだ。人々は逃げまどい、風に乗って熱が吹き寄せてくる。

 

 「よぉ、奇遇だなこんなところで。」

 「誰?」

 「ガイの知り合いか?」

 「いや、知らん。」

 

 突然、背後からローブの青年がガイたちに話しかけてきた。

 

 「まぁ、いい。あれは『ゴルゴロドン』の成体。それも特別大きくなり過ぎた変異体だ。地殻変動で住処の地底を奪われて地上に出てきたんだな。」

 「なんの解説?」

 「そのマグマや、鉄鉱石を常食しているから全身が火のように熱い。近づいたら丸焦げになるから、近づかない方がいいぞ。」

 「『駆除』出来ないのか?!」

 「武器は角から発する溶岩熱線、これで地中を溶かして泳ぎ進む。喰らえば人間なんてひとたまりもないだろうな。」

 

 そうローブの青年、ケイは解説をくれる。

 

 「じゃあどうすりゃいんだよ!」

 「どう?何もすることは無いんだぞ。このまま河まで逃げればいい。急激に冷やされるのやつは嫌う。」

 「・・・そうね、自分から危険に突っ込む必要なんてないわ。」

 「じゃあ俺だけ行ってくる。」

 「ガイ?!」

 「オレも行く!ゲイルは避難の誘導をしてやってくれ!」」

 「ちょっとドロシーまで!んもう!それで、アナタは?」

 「俺?まあ、この村には一宿一飯の恩義ぐらいはあるし、それぐらいの働きはするよ。・・・アレに会ってしまったからには、放っておくこともできないし。」

 

 ケイの指差す先にいるガイは、振り返りもせずに炎へ飛び込んでいく。

 

 

 ☆

 

 

 そこら中から、助けを求める人々の声、声、声。木造建築の多いこの村では、火の手が廻るのも早く、どちらに逃げればいいのかもわからなくなる。

 

 「こっちよー!こっちの方へ逃げてきなさーい!!」

 

 ゲイルは持ち前の筋肉で、大旗を振って丘の上からアピールする。江戸時代、火消し組が持っていた纏というものは、こういう使われ方をしていたらしい。

 

 「何かあったらここで合流って手はずだけど、ほんとに大丈夫かしら?あのローブのカレもどこかに行っちゃったし。」

 

 風のように現れて、風のように消えていった。風は炎の向きを変えるように扇ぐ。

 

 「ったく、とんだ寄り道になったもんだ。『スプラッシュボルト』!」

 

 携えた杖の先端から高圧水流を噴射し、それが恐獣ゴルゴロドンの尻を撃つ。

 

 『ゴォオオオオオオウ・・・・』

 

 「こっちだウスノロ。」

 

 なんだ?と不愉快そうに振り返るゴルゴロドンの顔に、今度は光を当てて煽る。怒ったゴルゴロドンは踏みつぶそうと歩みを進めてくる。

 

 戦闘能力に関してはケイにも自信があったが、これを倒すのは少々骨が折れる。そもそも野生動物が縄張りを広げるために地上に出てきただけなのだから、ケイが手を出す理由もなかった。

 

 ただこうでもしておかないと、連れが命を落としかねないのでそれは困る。

 

 「あちちっ、気が済んだら、オサラバさせてもらうか。」

 

 ゴルゴロドンの死角に瞬間移動するが、吹き付けてくる熱風に顔を覆う。ともかく、これで村とは反対の方向に向かってくれる。

 

 腰に携えていた水筒を口につけつつ、杖に取り付けられている水晶のスクリーンを触り、村の様子を投影する。

 

 「アイツ、どこ行ったのかな?」

 

 

 ☆

 

 

 「ぶぁっくしゅん!埃っぽいなここ。」

 「それどころか煙だらけだっての。」

 

 埃どころか煙が立ち込めている。本当はのどかな道であったろうところが、家屋が倒れて見る影もない。

 

 「誰かいないかー!いたら返事しろよー!」

 

 廃墟の中を歩きながら、生存者を探す。人体が焼けるような臭いはしていない。

 

 「おーい、ガイ、ドロシー!」

 「あれ、パイル?来たのか?」

 「結局みんな来たよ。それより、向こうの方で人手が足りないんだ!来てくれ!」

 「あいさ。」

 

 案内されたのは、村の集合所だった場所。火山噴火のために避難していた人たちが、崩れた建物の中に取り残されているのだった。

 

 「火を消せ火を!もっと水持ってこい!」

 「そっち持ち上げろー!」

 

 「お待たせ!先生もいたのか!」

 「ガイ、ドロシー、手伝ってくれ!」

 

 倒れて邪魔になっている柱を、クリンがノコギリで切り、助けた人をゲイルのいる丘に連れていく。そこでサリアやシャロン、カルマが手当てをしている。

 

 「そういえば、さっきパーカーの男に会った。」

 「パーカーの男?ローブの風来坊じゃなくて?」

 「ローブの風来坊ではなかったな。そいつがまたすごかったんだ、1人で屋根を持ち上げて、3人抱えて走っていったんだよ。」

 「すげぇなそれ。」

 「・・・そいつはまだ戻ってないのか?」

 「さあ、どっかで別の人を救助してるのかもしれない。」

 

 また1人出てきた。子供だ。

 

 「おかあちゃん!」

 「まだ中にいるのか?」

 「ちがう!一回家に帰ったんだ、きっと家にいるんだ!」

 「家はどっちだ?」 

 「あっち!」

 

 子供の指差す方向、それはまさにゴルゴロドンの通った跡だった。

 

 「わかった、オレが家まで見に行く。案内してくれ!」

 「おい、ドロシー!俺も見てくる!」

 「ああ、気をつけろよ!」

 

 道なき道を行くと、倒壊した家の前にまでやってきた。

 

 「おい!誰かいるのか!」

 「おかあちゃん!」

 

 返事はない。周囲を見回して家の中を覗くと、中で人が倒れているようだった。見てしまったからには、助けなくてはならない。

 

 瓦礫の山をかき分け、やっとの思いで中に入れた。倒れていた母親は、気絶していたが命に別状はなさそうだった。そう安心したのもつかの間、地鳴りが強くなってきた。

 

 「まずい、崩れるぞ!」

 

 急いで入り口に戻ろうとしたが、もはや崩れる寸前だった。

 

 「くそっ、こうなったら!」

 「ガイ!」

 

 ガラガラと崩れる天井、その下でガイは腕を掲げて支える。

 

 「うぉおおお・・・はやくっ・・・出ろ・・・。」

 「あ、ああ!」

 

 ドロシーは母親を引きずって、どうにか外へ出た。

 

 「ガイ!」

 

 ドロシーが振り返った時には、もう既に完全に崩れ去った後だった。

 

 「ガイが埋もれたぁああああ!!!」

 

 ドロシーが声を張り上げる。すぐに正気を取り戻して掘り返そうとするが、人1人にできることなどたかが知れている。

 

 「うっ、うう・・・ドロシー・・・。」

 「ガイ、生きてるか!」

 「お前はその人を連れて離れろ・・・ここも危険だ・・・。」

 「お前を置いてけるかよ!待ってろ!」

 「聞けよ・・・!俺のことは捨て置け!」

 「嫌だ!」

 

 ドロシーには、柱一本動かすことすらままならない。

 

 「こんな時にこそ・・・ゼノン!」

 

 ドロシーは意識を集中させ、力を込める。だが何の手ごたえも無い。

 

 「なんでだよ・・・こんな時こそ力出してくれよ!」

 「ドロシー、もういい。」

 「よくねえよ!」

 「自分の無力さを嘆く前に、まず出来ることをやれって言ってんだよ!」

 

 はっとドロシーは立ち直る。

 

 「・・・わかった、すぐ助け呼んで戻ってくるから待ってろ!」

 「ああ、待ってるぞ。」

 

 ガイは瓦礫の下で、走っていく足音と共に自分の意識が遠ざかっていくのを聞いた。

 

 「これは・・・ちょっとマズいか・・・。」

 

 

 ☆

 

 

 「なんだと、ガイが?」

 

 ドロシーは集合所に戻ってきた。

 

 「ただいま、なにかあったのか?」

 「ああ、ちょうどいいところに。実はな・・・。」

 

 時を同じくして、噂のパーカーの男も戻ってきた。

 

 「よし、わかった。俺も助けに行こう。」

 「助かる!」

 「お、おい、だがあの恐獣戻ってきたぞ!」 

 「なら急がないとな。」

 

 目に見える危険もなんのその、男は俊足で現場へと向かった。

 

 「そういえば、あいつの名前は?」

 「聞いてない。」

 「後で聞かせてもらおう、生きてればの話だが。」

 

 だが、そう簡単に死ぬような人間ではない、まるで不死身だと思わせられるような雰囲気を彼は湛えていた。

 

 

 ☆

 

 

 「うーむ、果たしてコイツを助ける必要あるのか。」

 

 うーむ、とケイは瓦礫の上に腰かけて悩む。

 

 「まあ助けるは助けるよ。そうするのは俺じゃないけど。」

 「おーい、大丈夫かガイ?」

 「なにやってんだよケイ。」

 

 そこへドロシーたちが合流する。

 

 「これか、ちょっとどいてな。」

 「まかせた。」

 「どっこい・・・しょ!」

 

 ズシーン!と大きな音ともに瓦礫は持ち上げられて、同時に投げ飛ばされた。

 

 「ガイ!しっかりしろよ!」

 「気絶してるな。俺が背負う。」

 「急げ急げ、と言うかもう遅い。」

 「ん?」

 

 気が付くと、もうゴルゴロドロンが目の前にまで迫ってきていた。気にくわねぇやつらを見つけた!と言わんばかりに恐獣は吠える。

 

 「う、うぉおおおおお!間に合わねぇ!」

 「ちっ。」

 

 ケイがドロシーの襟首を掴んだ時、パッとその姿は消え失せた。

 

 「あっ、ケイのやつ置いてきやがった。」

 

 角が発光する。明らかに溶岩熱線の予兆なのである。

 

 直後、彼の体を光が包んだ。しかしそれは、溶かされるような熱さのものでなく、花が芽吹く陽だまりのような暖かさだった。

 

 「これは・・・?」

 『お前に、力を託そう!』

 

 ☆

 

 

 慄くドロシーは襟首を掴まれる感触を味わうと、天地がひっくり返るように視界が暗転した。

 

 「あれ?ドロシーいつの間に帰ってきてたんだ?」

 「うわぁああああああ、ってあれ?なんでみんながここに?」

 

 気が付くとドロシーはクラスの仲間たちと丘の上にいた。

 

 「あれ?ガイはどうしたん?」

 「いない?」

 「いねえ!」

 

 直後、ドーンという爆音と共に、閃光が走った。ちょうど先ほどまでいたあたりが、黒煙が立ち込めている。

 

 「あっ、ガイ死んだわ。」

 「はぁっ?!」

 

 あの爆発では助からないだろう。そう誰もが思ったその時、奇跡は起こった。

 

 「あっ、あれは・・・?」

 

 煙の中に、何かが、蹲るような誰かがいる。その体に触れた粉塵が、キラキラとした光の粒子に変わって弾けていく。

 

 「光の・・・人・・・?」

 

 立ち上がったその姿に、ドロシーは思わず口ずさんだ。

 

 じいちゃんから聞いたお話に出てきた、英雄の姿が、目の前にいる『奇跡』と重なった。

 

 光が漏れているかのような金色の髪が後頭部からわずかに露出している。どうやら顔はマスクを被っているようで、心なしかその顔は猛々しい猛獣を思わせる。

 

 『ゴォオオオオオオウ!』

 

 突然現れた、自分と同じ大きさの存在に、ゴルゴロドンが吠えた。生れてこの方、自分を見下ろすような存在には出会ったことがない。

 

 「ど、どうなるんだ・・・?」

 「この世の終わりだ。」

 「は?」

 「へ?」

 「アレが動くということは、つまりはそういうことになるんだ。」

 「・・・この世の終わりというのは、あんなに輝いて見えるものなのか?」

 

 『これは・・・いったいどういうことだ?』

 

 驚いているのは、巨人自身でもあった。突然自分の目線が高くなった。手や足を見ると、金属のようにツルツルとしている。膝や肘の人間ならば本来骨が浮き出ている部分には、透明なクリスタルが埋まっている。

 

 (集中しろ。まずは間合いを見極めろ。)

 『誰だ?』

 (『光の人』と呼ばれたりもする。)

 『光の人?』

 (だが、自分で名乗るのだとしたら『スペリオン』がいい。)

 

 さあ戦いだ!ゴルゴロドンの怒りの溶岩熱線、それを巨人、スペリオンは腕を振るって苦も無く弾いた。

 

 『この体は、たしかに俺の思いのままに動く。だが、どうしてこうも『馴染む』んだ?』

 (お前が覚えていなくても、俺が覚えているからだ。)

 『どういう意味?』

 (説明してる暇もない。カンとノリで行けってことだ。)

 

 スペリオンの体表は、殻星金属『ウル』で出来ており、6,000℃の熱にもビクともしない。身長50m、体重4万tの巨体が、目の前の脅威を取り払おうと驀進する。

 

 『チェス、トォオオオオオオ!』

 

 スペリオンが大きく一歩を踏み出し放ったチョップが、ゴルゴロドンの首元に命中する。その体表は冷えた溶岩のように堅そうだったが、首元や関節部分はそれほどでもないと踏んでだ。

 

 『おし、効いてるぞ!』

 (油断は禁物だぞ。)

 『わーってる。』

 

 『ゴォオオウ・・・』

 

 こりゃたまらんと一歩退いたゴルゴロドンだってが、すぐさま口から白い煙を吐き出してきた。

 

 『これは?うっ・・・苦しい!』

 (亜硫酸ガスだ!)

 

 火山ガスと水蒸気の混ざった亜硫酸ミストである!あおりをうけた家屋や廃屋が、みるみる溶けていく。

 

 『め、目をやられた・・・。』

 (視界も悪くされたな。)

 

 あたりには煙が立ち込めて、ゴルゴロドンの姿を隠してしまった。

 

 『ゲッホ、どうすりゃいい?ぐっ!?』

 (闇討ちか、姑息な。)

 

 その煙に紛れて、鞭のように尻尾を叩きつけて攻撃を仕掛けてくる。そして鞭の後に、熱の籠った角を突き刺してくる。これが強烈に痛いのだ。

 

 『ぐぉおおお!野郎調子乗りやがって・・・!』

 (調子に乗っているなら、そろそろボロを出すだろう。それを待って迎え打ってやれば・・・。)

 『捕らえたぁ!!』

 (・・・とてもスマートとは言えないな。)

 

 鞭打ってきた尻尾を、ダメージ覚悟であえて喰らってから掴んだ。

 

 『そぉおおれぇえええっ!!』

 

 『ギャォオオオオオオン・・・』

 

 風を切るジャイアントスウィングで、霧を吹き飛ばしながら投げ飛ばす。

 

 『っしゃーおらーい!って、なんか体が重くなってきたぜ・・・。』

 (まだ体が慣れていないんだろう。光波熱線でケリをつけろ。)

 『光波熱線?どうやって出すんだ。』

 (お前のしたいようにイメージして、それを体で表現すればいい。)

 『ノリと勢いってことだな!よーし・・・。』

 

 ふむ、と一つ考えて左手で鞘を作り、右手の手刀を収めて、腰に据える。すると、腕のクリスタルから棘が生え、光を放ちながら刃になる。

 

 『グルルルル・・・ゴォオオオオオオ!!』

 

 角を爛々と光らせながら、ゴルゴロドンもまた最後の攻撃を仕掛けてくる。この角突進攻撃も、先ほどのものより強い力が秘められているであろう。

 

 その威力を身をもって知っていると、当たりたくないという恐怖心が芽生え、そしてその隙が命取りとなる。だがスペリオンは一切たじろがずに、己の技に集中する。

 

 『・・・斬ッ!』

 

 『ゴギロギッ・・・・?!』

 

 振り抜いた右手が一閃、角を根元から切り落とす。そして角に蓄えられていたエネルギーが逆流し、恐獣は二重のショックに倒れる。

 

 宙を舞った角が地面に突き刺さると同時に、スペリオンは納刀する。倒れた恐獣はプルプルと痙攣し、やがて瞼を閉じて静寂が還る。

 

 『さて、どうすっかなこいつ。』

 (火口に還してやればいい。)

 『いいのか?まだ死んでないぞコイツは。』

 (だからいいんだ。マグマを食べてくれるおかげで、ここいらの火山の噴火を抑えてくれていた。いなくなられると結局人間が困るんだ。)

 『そういうもんか。』

 

 むんず、と掴んで持ち上げると、噴煙の立ち上る火口に投げ込んだ。傍から見ればトドメを差したようにしか見えないがさておき。

 

 (じゃあ、戻るか・・・。)

 『えっ、戻れんの?』

 (戻らないと話が出来ないだろう?)

 

 徐々に体の表面が、おぼろげにぼんやりと霞んでいく。肌が元の空気に触れる感覚を取り戻すころには、すっかりと元の姿に戻っていた。

 

 「さて、」

 

 立っている人影は、ふたつ。

 

 「お前が、スペリオン?」

 「そうだ、だがこっちの姿は『ガイ』で通ってる。」

 

 ガイは、さも当たり前とでも言わんばかりの表情で答えた。

 

 そして呼んだ。唯一無二となる友の名前を。

 

 「『アキラ』、変わらないなお前は。」

 

 

 ☆

 

 

 戦い終わった直後、まだ熱い角が大地に突き立っている。それを目前にして、少年が1人佇む。

 

 「これは・・・。」

 

 少年、クリンは手を伸ばす。

 

 触れたものは、嫌に冷たかった。折れた角からは熱気が漂ってきているにもかかわらず、まるでそこだけ隔絶されているかのようにひんやりとしていた。

 

 「なんだ?」

 

 触ってみれば、ボロリと崩れてクリンの掌に収まった。見つめていると、引き込まれそうになりそうなほど真っ黒なクリスタルだ。それを光に透かして見たり、指で弾いてみたりするが、何の反応も無い。

 

 「おーい、クリン、まだガスが残ってるかもしれないから危ないぞー!」

 「おう、今戻る。」

 

 持っていたクリスタルのかけらをポイと捨て、元来た道を戻る。

 

 それにしても、あの巨人の力、計り知れないものだった。学園にいた頃ドロシーたちが口にしていたおとぎ話、いや伝説は本当だった。

 

 そんな力があれば・・・。

 

 そんな考えが脳裏をよぎり、ふと立ち返ってクリスタルのかけらを拾ってポケットにしまった。鉱石ならどこかで調べられないかと思ったからだ。

 

 

 ☆

 

 

 戦いから一夜明けた、その朝。

 

 「本当に、助かりました。なんとお礼を申し上げたらよいか・・・。」

 「いいえ、たまたま立ち寄っただけですから。後は国からの援助に任せます。」

 

 村長とデュラン先生が話している。その通り、この村の復興には国が立ち会うこととなるだろう。これ以上クラスがいても、やれることはない。

 

 「それに、あの怪物をやっつけたのは巨人ですし。誰が信じるかは知りませんが。」

 「そうですな・・・あのようなものを見るのは、生まれて初めてのこととなりますわい。」

 

 廃墟と化した村の空気は冷たかったが、そこにいる人々は未だ興奮冷めやらぬ状態だった。

 

 そんな夢物語のような話をして、信じられるとは思わない。出来るなら恩を仇で返すような、ややこしい話にはしたくないというのが村長とデュランの意見である。

 

 一方、村のあちこちでは既に片づけが始まっていた。

 

 「これどこ持っていけばいい?」

 「燃えるものはあっち、燃えないものはそっち。」

 「あいよ。」

 

 傍から見て重機でも使っているのかと思えるほどの量の廃材を持ち上げ、アキラは涼しい顔をしている。

 

 「なあガイ。」

 「なんだ?」

 「あれって光の人だよな?」

 「そうだな、多分そうなんだろう。」

 「本当にいたんだな・・・エリーゼが聞いたら喜ぶだろうな。」

 「だろうな。」

 「なんかリアクション薄くない?」

 「そうか?」

 「だって、お前も光の人に興味ありげだったじゃねえか。」

 

 

 

 「それ以外に驚くことがいっぱいあったしな。」

 「そうか、あのアキラって、ガイの友達なんだよな?」

 「そうだな。」

 「死んだんだよな、アキラの目の前で?」

 「ああ。」

 「じゃあなんで生きてるんだよ?」

 「俺の知ってるアキラと、あそこにいるアキラが別人だからだ。」

 

 どうやら、ガイはひとつ勘違いをしていたらしい。そういえば、ガイの知っているアキラの死体は別の場所に放置されているはずだった。

 

 「それよりもだ、名前だ。」

 「名前?なんの?」

 「光の人にも名前ってあるのかな?」

 「さあな。」

 「無いんやったら、ウチらが勝手に呼んでもええんとちゃう?」

 

 「候補!」

 「ウルトラスーパージャイアント。」

 「ガッテンダー。」

 「ジョリガゲリュア。」

 「ロクなのがねえな。てかパイルのそれは何語だよ。」

 「ルージアの言葉で偉大な英雄って意味。」

 「あ、それいいな。ジョリガゲリュアでいいんじゃね?」

 

 絶対嫌だわ。ガイは思った。

 

 「スペリオン、だろ。」

 「ん?アキラ、だっけ。スペリオン?」

 「そんな名前らしい。そんなことよりもだ、仕事手伝って。」

 「はいはい、あーあ、そのスペリオンが片づけもやってくれたらよかったのにな。」

 「贅沢言わんの。アイツを追い払ってくれただけで充分だろ。」

 

 このままだと変な名前が定着しそうだと懸念したのはアキラも同じだった。

 

 「あのケイってやつなら色々知ってるんだろうけど。」

 「どっか行っちまいやがったよアイツ。」

 「行くあてもないんだったら、着いてこない?」

 「・・・それもいいかな。」

 

 アキラに他の選択肢も無かった。だが成り行きに身を任せるというのも悪くない。

 

 「みなさまー、ピザが焼けましてよー!」

 「わぁい。」

 「・・・これ何の肉?いや、魚?」

 「聞かない方がいいですわ。」

 

 ガイは少し残した。他の全員は食中毒に当たったのはまた別のお話。


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