『ハァ・・・ハァ・・・。』
(もう・・・限界だ・・・。)
『なんのまだまだぁ!』
爆炎の中、スペリオンが膝をつく。2000℃を超える高熱に、豊かな外交によって得られた先進的な街並みは沈んでいく。
『グォオオオオオオオオオン!!!』
その熱の中心にそいつはいる。まるで火山そのものが立ち上がって動いているかのような威容に、アキラは在りもしない息を巻き、ガイは目を伏せる。
(こっちはもう体力の限界に限界を重ねてるってのに、相手はピンピンしてんだぞ。どうやって逆転しろと?)
『じゃあどこに後退するのか言ってみろよ。もう街が半壊ってどころじゃねえんだぞ。』
(このままだと、俺たちも死ぬぞ。)
『ヒーローが尻尾巻いて逃げられるかよ!』
スペリオンは決死の思いで立ち上がるが、その様を見届けている者は一人としていない。既に街の人間の大半は避難し、そうでもないものは煙をあげて物言わぬ骸と化している。
なぜこうなったのか?それはレオナルドが噴煙の中に消え、ガイとアキラが這う這うの体で帰還した、その夜の出来事。
☆
街はとりあえずの落ち着きを取り戻し、町人の目下の問題は瓦礫の撤去に追われることであり、その一方公会堂では再び会議の場が設けられ、既に事後ムードとなっていた。
他方、教会兼救護所はまだ慌ただしく、窓の外に降り積もる火山灰のことなど見ている余裕なぞない、と言った喧噪を湛えていた。
「・・・。」
「いつまでそんな顔してるつもりだ?」
「なぜおまえはそんなに切り替えていられる?」
「後悔してもどうしようもないなら、前を向くべきだろう。」
「今度こんなことがあったら、迷わずブッ転がすのが正解だってか?」 「そうは言ってないだろう。」
「冗談だ、お前の軽薄さに呆れているんだ。」
教会の一室に、2人の男のなじり合いが木霊する。ひどくヒートアップしていくアキラの声に対して、ガイは冷えた声で応える。
「そうやって怒りを表現するのはいいが、人に向けて振りまくなよ。それとも何か、作戦を立てた俺のミスであって、お前は悪くないと言ってほしいのか?そうだよ、俺のせいだよ。」
「ぐぬぬ・・・。」
「そして出来ることなら俺を殴って鬱憤を晴らしたいと思っているが、弱っている相手を殴りつけるのは気が引けると。お前に心配されるほどヤワではないわ。」
「殴られる準備があるのか?」
「むしろ俺が殴り返してやるわ。」
あまりの温度差に部屋の空気は今にも破断しそうだったが、意外にもガイはその気だった。重い体を起こして構える。
「おいお前ら、一体何して・・・元気そうだなオイ。」
「殴り合いなんてとても文化的な交流とは思えないな僕には。」
「おおパイルいたのか、しばらく顔を見てないと思ったがいたのか。」
「ずっといたよ。まあ大人の会議には学級委員の出る幕はないようだけど。」
いざ楽しい殴り合いタイムというところで邪魔が入った。どうどうと抑えられ、ガイは布団に戻る。
「それで、会議の方はどうだって?」
「とりあえず、ヴィクトールは壊れた街の修繕の手伝いをするってさ。」
「ヴィクトールとしては取引先が増えて万歳ってところか。」
「なんか一人勝ちしやがったって感じ。」
「でも結局ゼノン教団とは折り合いが合わないままだろう。勝手に兵器を持ち込んだんだから。」
その辺のことでまだ揉めてるようだ。普通に考えれば外交問題になりかねない。
「とにかく、この話はまだ終わりそうにないか。一体いつまで拘束されるのかね。」
「そういえばシャロンは?」
「シャロンは・・・今誰にも会いたくないって。」
「だろうな。」
「ところで、ずっと気になってたんだけどさ。」
「なんだドロシー?」
「ガイ?それともアキラか?お前らどっちかって・・・。」
そうドロシーが確信めいたことを言いかけた時、また地震が起こった。
「なんだ?」
「また噴火か?」
「噴火にしては・・・光が強いな。」
部屋にいる全員が窓に集まる。街の人々も、度重なる災害に感覚がマヒしたのか、この異変に大して驚いている様子もない。
「・・・。」
「どうした、ガイ?」
「なんだ、この違和感・・・。」
「ガイ?お前ってさ・・・。」
やがて災厄は、牛歩のごとくゆっくりと、しかし確実に再び襲い来ていた。その事実に感づいたのはごく少なかった。やがてやってきたその威容に、人々は我先にと逃げ出した。
逃げないのはスペリオンだけだ。それも体担当となるガイの体力が回復していない事や、2人の心がバラバラなこともあって大分旗色が悪い。
(いいか、これはただひとり相撲だぞ。最低限の役割は果たした、このまま戦い続けててもこっちに得はない。撤退するのだって勇気だぞ。)
『うるさい!やるったらやるんだよ!』
これはもはや意地だ。絶対に倒してみせるという、アキラの意地だけが、スペリオンを立ち上がらせている。それがどれほど甲斐のないことか。
(アキラ、もう無理なんだよ。)
『無理でたまるかよ!スペリオンには何でも出来るんだろ?!』
(確かに言った。だが、そうは言ってもだ!)
『だったら今すぐ、アイツを救って見せろよ!』
『グォオオオオオオオオオン!!!』
正気どころか、生きている証さえ消え失せた眼。腹甲から露出し、太陽のように高熱と光を放ちながら脈動する心臓。ひときわ目を見張るのは、甲羅から突出した背骨で、これが絶えず噴火しては炎をばらまく。
肉が焼けただれ、骨と溶岩で出来た怪物。
ヴァドゥラムが歩を進めれば、そこは溶岩の足跡が出来る。生身の人間が近づけば、それだけでローストヒューマンの出来上がりだ。
『あれってやっぱり、レオナルドなんだよな?』
(元な。元レオナルドだろう。マグマの力を吸収して、その結果ああなったのか。)
『また何も出来ないのかよ!』
(無理だ。)
この世界に神がいるのかは存じないが、もはや生きているとすら言いようのない異質な外見をした、神の手を離れたアンデッドである。
最も、仮に神がいたとしたらあまりにも残酷な思し召しであるが。
「二人とも!砲撃が来る!」
(砲撃?!どこから!)
「ゼノンの合奏詠唱だ!2分後に雷の弾道攻撃が飛んでくる!」
『押さえつける!』
(マジ?!いや、そうするしかないか!)
水のバリアに身を包んだケイが、スペリオンの肩に現れる。その攻撃が飛んでくるまで、ヴァドゥラムをこの場に留めなければならない。
『くっ、熱いぞ!』
(燃え尽きるのが先か、それとも耐えて黒焦げにされるか。)
『どっちも御免被る!』
触れれば腕が燃え始める。それに構わず、スペリオンはヴァドゥラムの腰を掴んで抑え込む。
『ヴォアアアアアアアアア!』
対して、ヴァドゥラムは知覚機能があるのかもわからない肌で接敵を感じ取ると、大きく息を吸い込んで心臓を稼働させる。すると見る間に下半身に赤熱する筋肉が盛り上がり、スペリオンを押し返す馬力を生み出す。
(筋肉と言うよりもジャッキだな、もう生物じゃないな、今更だけど。)
『うぉおおおおお!!!』
「あと30秒だ!」
スペリオンの真上に自然のものとは毛色の異なる紅色の雲が広がる。ヴァドゥラムも迫りくる攻撃を知ってか知らずか、出力を上げていく。
「あと10秒!」
(ケイ、離れてろ!もう一度心臓にマイナス波動を当てる!)
『今度こそ大丈夫なんだろうな!?』
(そうしなけりゃ、何もかもが吹き飛ぶぞ!)
「あと5秒!」
紅の雲に雷が迸り、黒く染まっていく。
「来た!」
満ち満ちた雷雲が解放されるのを見届け、ケイはテレポートする。瞬間、破壊の光がスペリオンとヴァドゥラムに差し込む。
『ぐぅうううううう!!』
(この雷も、マイナス波動に変換させる!)
『ギャウウウウウウウウウ!!』
遅れて轟音が響き、整えらえれた街並みが沈み、クレーターへと変えていく。
『お、終わった・・・のか?』
(そうらしい、な。)
果たして、ヴァドゥラムは止まった。心臓部は鼓動を止め、全身を循環していたマグマが体外へと漏れ出してクレーターに溜まっていく。
☆
「一体、アイツ、ヴァドゥラムは何故やってきたんだろうか?」
この場にいる多くが、その疑問を頭に抱えているが、その答えを出す者はいない。やれ責任はどこにあるだの、もう終わったのではないかと、会議は混迷を極めているが、そこからまた離れた場所にガイたちはいる。
今、この街は未曽有の大災害に見舞われ、そしてそれはいつ終わるとも知れない。ゼノンの雷で活動を止めたヴァドゥラムが、もう動かないとは到底言えなくなってしまった。
「心臓にはまだフォブナモが眠っている。あれをどうにかしない限り・・いや、どうにかしたところでまた出現するとすら思えてきた。」
「いくらなんでも考えすぎだろ。」
「そう言い切れるか?」
「・・・普通に考えればそうだろ。」
「だが、奴はもはや人間の常識を超えてしまった。」
今まで相手してきた連中は、どれもこれも所詮生き物をただ大きくしただけの存在に過ぎなかった。ヴァドゥラムは、そんな生物の常識を超えた存在。
「考えれば考えるだけ、どんどん奴が強くなっていく気がする。」
「倒す方法があるのか?」
「救わなくていいのか?」
「諦めろつったのはそっちだろ?」
「お前にはもうちょっと自分で考えるって考え方はないのか?」
「俺頭悪いし。」
「あのさ2人とも。」
「なんだよドロシー?」
「2人って、スペリオンなのか?あとケイも。」
唐突にドロシーは核心を突いてきた。教会の一室のこの場にはクラスの人間しかいないことは幸いだった。シャロンほか、ゲイルとカルマはゼノン教団の施設に泊まっているのでこの場にはいないが。エリーゼは当然食いついてくるが、他の皆は少し思考が追い付いていないらしい。
「お前ら、とんでもないことをさらっと・・・。」
「どうして今まで言ってこなかったんだ?」
「単に言う機会がなかったから。」
「それだけ?」
「どう思われるのか不安だったし。まあそれは一旦置いておくとしてだ。」
「置いとくの?」
次にどこに行くのか予想もつかないあれをそのままにしてはおけない。そうでなくとも、これ以上人々に被害を出すわけにはいかない。
「ただいま。」
「おっ、ケイちょうどいいところに戻ってきたな。」
「ちょうどいい?」
「ケイさん!ケイさんがスペリオンなのですか?!」
「違うけど、なんでそんな話に?」
「まさかドロシーに見破られるなんてなぁ。」
「いや、割と誰にでもわかると思うぞ。昨日といい今日といい、なぜかボロボロになって帰ってきたし。スペリオンが出た時に限ってお前ら2人いなくなるし。」
「露骨すぎる。」
確かに。
「で、なんの話をしていたっけ。そうだ、ケイが情報を持ってきたんだったな。」
「別にパシリじゃないんだけどなぁ。結論から言うと、やっぱりあいつの心臓は止まってない。その内動き出す。」
「マジ?あれだけ完全に死んでるって見た目してるのに。」
「心臓のフォブナモだけは生きている。次はどう動くか予想もつきにくい。」
「じゃあ、今のうちにスペリオンになんとかしてもらうってのは?」
「無理だ、もうこれだけで精一杯だ。」
ガイは横になったまま、手を弱弱しく半分だけ上げて見せる。立って戦うなど無理な話だ。
「じゃあ、ガイがスペリオンだったのか?」
「正確には、俺とコイツが融合してスペリオンになってた。」
「融合・・・。」
「まあそれはいいとして、とにかくスペリオンは回復するまで動けない。人間だけでなんとかして頂戴。」
「して頂戴ってな、今のところ何一つうまくやってないんだぞ?」
「せやなー、今かて会議はしっちゃかめっちゃかやし。」
寝ずの議論でそろそろ倒れる人間が出てもおかしくないほど、公会堂は混迷を極めていた。
「これ以上話がややこしくなると、ゼノンも本隊が動くかもな。」
「ゼノンの中でも上位騎士の、バロン隊だな。」
「バロンねぇ。たしか、エリーゼのお父さんがその隊長だったっけ?なんとかできると思う?」
「出来ますわ!きっと、たぶん。」
「そうか、やっぱダメか。」
「もう!ドロシーもバロンを目指しているんでしょう!」
「そりゃそうだけど、なんか色々と自信失くしてきたわ!」
あまりに人間の手に負えない事態が起こり過ぎている。
「対抗するには、ゼノンの在り方そのものが変わる必要があるかもな。」
「ゼノンの在り方?」
「技術開発を制限してるって法がだ。人間同士の戦いならいざ知らず、人間以上の存在との戦いには、どうしても力がいる。」」
「今までにない相手が現れた以上、今までのやり方ではいけないってことだな。」
その辺の話は持って帰ってもらうしかない。
「まあ、なんにせよ回復しない事にはスペリオンは動けない。だから俺はもう寝る。おやすみ。」
「おやすみ。」
「ぐぅ。」
ガイは再び眠りについた。
「オレたちはどうする?」
「俺らも休もうぜ・・・さすがに俺もクタクタだわ。」
「そういえば、今日何も食べてへんでウチら。」
「炊き出しならやってるみたいだし、いただくとしよう。」
そうしてガイを残して皆部屋を後にした。