タール、特にコールタールとは、石炭からコークスを乾留したときに発生する副生成物である。石油、石炭などの化石燃料が、元をたどれば生物の化石が変質したものだとすれば、それにダークマターが触れて怪獣化してもなんらおかしくない。
タールが意志を持ったのか、それともタールを纏った生物なのか、ともかくタールゴンはスペリオンを発見すると、身を震わせながら襲い掛かってくる。
『控えめに言ってキモイ!』
『グボォオオオオオオオ!』
一歩と言うよりももはや雪崩と言うほうが正しいタールの波が、泥とヤニの混ざったような猛烈な不快臭を伴ってキャンプのテントを押し流し、飲み込んでいく。
『くっ・・・これは、今までに相手したことのない敵だぞ!』
手を振り上げたところで全く手ごたえが無いのだ。しかも、触れた個所が火のように熱い。重油も混じっているのだろうか、ひどく熱を帯びているのだ。
ならばと光波手裏剣で牽制を試みるが、ただ貫通するだけでこれもまた効果が無い。
『なら今度は、冷凍光線でどうだ!』
パパッと腕を振るい、-200℃にも達する凍結光線を放つ。それは少しの効果があったが、しばらくすると今度はタールが逆に煮えるように泡立つと、噴火のようなガス爆発を起こす。
『うわー!逆効果か!』
『ボボボボボボボボ・・・』
タールの海はますます広がっていく。やがては足の踏み場もないほどに広がっていく様は想像するに容易い。どうする、スペリオン?!
☆
「た、助けてくれー!」
「まってろ!と言ってもどうしたものか・・・このワイヤーで釣り上げるか。」
一方、タールの海となった地上では、アキラが救助活動に勤しんでいた。魚の釣れない湖のほとりで、人間釣りをすることになるなんて。タバコも吸ってないのにガンの心配をしなければならないとは。
「うっぷ・・・ひでぇニオイだ・・・。」
「ありがとう!助かった!」
「おう・・・おえっ、気分悪くなってきた。」
消臭スプレーをぶちまけたくなるほどの異臭に顔をしかめるが、あちこちで火の手が上がり始めたことに気づいた。ちょうどメシ時だったこともあるし、生憎ここには燃えるものに困らない。
「アキラ!こっちにも来てくれ!」
「おう、先輩方は避難指示を頼む!」
遠くにスペリオンが悪戦苦闘しているのが見えるに、スペリオンの助けに期待は持てない。
「うへー、足元にまで迫ってきやがった!」
額から玉のような汗を流し、それが着いた地面がすぐに乾く。だが弱音を吐いている暇もなく、アキラはワイヤーを投げては人を片っ端から人を釣り上げていく。
「こんなクソ忙しい時に、ケイはなにやってんだ。」
「ついさっきまで戦ってたんだよ!」
「おう、ウワサをすれば!はやく火を消してくれ!」
「この規模は無理。」
「使えねえの!」
しかし、いくらなんでもこの量は異常だ。時間が経つごとにタールの量がどんどん増えていくように見える。
「まさか、穴からまだ出続けてるのか?」
「穴なら塞いでしまえばいいだろう。」
「ならこっちだ!」
テントの残骸の上を跳ねていくアキラを、ケイは空中を浮遊しながら続いていく。
「ここだ!」
「これまたデカい穴をあけたもんだな。ロックボルト!」
ケイが杖を振れば、虚空に岩を生み出して、ボーリングが開けた大穴に栓をする。
「これで少しは安心できるか?」
「まだだ、人を助けないと。」
「わかった。」
戦いはなおも続いている。
☆
『おっ、タールの噴出を止めたのか。よぉし・・・。』
負けてられない、とスペリオンも息巻く。冷静になって頭を回してみれば、難しい相手ではないはず。
見た目はどうあれ、ダークマターによって怪獣化しているのなら、どこかにダークマターの結晶があるはず。それさえ取り除いてしまえばこっちのものだ。
『そこで・・・だいっちょアキラの真似をしてみるか。』
身振り手振りをして、地面を叩く。
『忍法、蜘蛛の巣縛り!なんてな。そーれっ!』
地中にネットを生み出し、それを引っ張ればタールはすり抜けるが、それ以外は引っ掛かる。底引き網の要領というわけだ。
『うっ、こりゃ思ったよりも大物だぞ・・・!』
引っ張れば、ごつい手ごたえが返ってくる。パワーファイトは好きではないが、力任せに引き抜けば、その正体が露呈する。
『なんと・・・化石そのものにダークマターが・・・。』
タールの底から引き上げられたのは、結晶化したダークマターが表面にビッシリと張り付いた、巨大な生物の化石だった。いや、どうやら一匹の個体ではなく、何頭もの生物が群れという群れとなった、塊の化石のようだった。
『なるほど、このタールの化け物は集合意識のようなものだったのか。ともかく、『ライトオペレーション』!!』
言うならば、それは古代生物の墓場。次から次にいろんなものが出てきて混乱しそうになるが、ともかくこの墓場のダークマターを浄化してしまえば、これで解決する。
『あとは、このタールの海をどうにかするだけだな。』
噴出が収まり、暴れる意思もなくなった。となれば、あとはスペリオンには簡単だ。
『バキュームカーの出番だな。』
手に持った網を油を吸着する物質に変換させ、振り回す。するとあら不思議、深夜のTVショッピングで紹介している布を使うよりも早く、あっという間にきれいになりました。
『はい、完了!』
完了を見届けたスペリオンは、元の姿に戻った。
☆
「うえっ、まだニオイが残ってら。」
「風で吹き飛ばしたりできないの?」
「風下がもれなく被害を受けるがいいか?」
「・・・よくないな。」
油は除去できたが、残ったニオイはどうしようもない。
「さて・・・帰るか。」
「いや、帰っちゃダメだろ。俺ら何しに来たんだ?」
「そうだ、宇宙船のパーツがあったな。でも、無事だろうか?」
「テントがつぶれてるな・・・。」
一番大きかったはずのテントが、見るも無残な姿と化していた。
「うーん・・・ダメだ!見つかんねえ!!」
「壊れて粉々になっちまったのか?」
「・・・いや、きっとベノムの仕業だ。ヤツの狙いはこれだったんだ。」
「どういうことだ?」
「騒ぎに乗じて、パーツを奪うことが狙いだったんだ。」
「何のために?」
「ロクでもないことさ。ヤツはスペリオンの死をも予言していた。」
「スペリオンの死、だと?」
それが、ベノム最大の狙いなのか?
「ま、そんなこと考えててもしょうがないだろ。」
「お前な、自分のことだろう?」
「心配してくれるのか?」
「別に!」
少なくともガイには、その考えが思い当たらなかった。
「おーい、アキラ!それにガイも!」
「おうジュール、生きてたか。」
「久しぶりだな。」
「おう、久しぶり。じゃなくて、ちょっと来てみろよ。大変だぞ。」
「なんだ?これ以上大変なことがあるのか?」
「いいから、すごい化石なんだって。」
ジュールがやってきて、一同をせかす。彼方に見えていた、巨大な化石群の塊に近づいていくにつれて、嫌な悪寒がはしってくる。まるで、直視することを忌避するかのように。
「これ、なんの化石だと思う・・・。」
「オーマイ・・・。」
「これは・・・。」
中央には三角形のような鼻腔穴が開いており、そのすぐわきには眼窟、後方に伸びた後頭骨が脳の大きさの特色を表している。その生物の頭骨には、誰もが見覚えがあった。
「ひ、ヒトか・・・?」
控えめに言っても、明らかに類人猿のそれだ。何十、何百、あるいおは何千もの人骨が塊となっていた。
「一体、なぜこんな大量の人間の骨が、一か所に集まっているのか、なにが原因で死んだのか・・・考えることは山ほどあるぞ。」
「・・・これも、ベノムの思惑の内なのか?」
「わからない、わからないけど・・・。」
化石の頭蓋骨は、なにも喋らない。