スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人   作:バガン

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赤くにじむ握手

 「今日は弓術の訓練を行う!危険を伴う訓練なので、決してふざけることのないように!」

 

 皆の前で檄を飛ばすのは、実技担当のラモン先生。片目に眼帯をしているほか、顔や腕にキズが付いている初老の男性。だがその声には覇気が満ち満ちている。

 

 「特にドロシー!」

 「なんでオレが名指し?」

 「胸に手を当てて考えて見ろよ。」

 「無い!」

 「ああ、可哀そうなぐらい無いなお前。」

 「殺されてえか!」

 「コラ!ふざけるんじゃない!」

 

 実際ドロシーのバストは悲しいほどに薄い。髪が短いことも相まって、男装していると本当に性別に見分けがつかない。

 

 「弓を引くにはバストは邪魔になるからいいんだよ!」

 「ミキはバスト大きかったけど弓術上手かったぞ。」

 「ミキって誰なん?」

 「この前話したアキラの妹。文武両道。」

 「エリザベスみたいな子?」

 「そうだな。」

 

 談笑しながら、ガイは正確に的を射ぬいていく。

 

 「ほう、かなり慣れているようだなガイ。」

 「どうも。かなりしごかれましたから。」

 「その師も大分粗削りのようだが、我流か?」

 「ほぼ自己流だったと聞いてるかな。弓以外にも剣、拳闘、手裏剣、鎖鎌・・・あと茶道。」

 「茶道は関係ある?」

 

 ありていに言えば何でも出来た。そしてそのほぼすべてをガイは継承していた。

 

 「一番得意にしていたのは、短剣術だったか。」

 「短剣とは珍しいな。潜入、隠密行動が得意だったようだな。まるでニンジャのようだ。」

 

 一口に忍者と言っても、戦闘だけでなく市井に紛れての情報収集に長けた者もいたそうだが、アキラは一人でその両方をやっていた。

 

 「ぜひ会ってみたいが、そいつは今なにを?」

 「死んださ。俺の目の前で。」

 「そうか・・・すまないことを聞いた。」

 「いい。」

 

 ラモン先生ほどの歳にもなると、別れた人も多いだろう。目を伏せて謝罪した。強面で声も大きいけど、本質は優しい人なんだろうと思えた。

 

 「見て見てー、3本同時撃ちー。」

 「全部外れとるがな。」

 「コラ、ふざけるんじゃないぞ!」

 

 空気が読めるんだか読めないんだか、ドロシーはマイペースだ。そのドロシーの的には多くの矢が刺さっている。

 

 「ホントに実技だけは上手いんだな。」

 「『だけ』は余計だ。」

 「ウチは全然アカンわ、ちゃんと飛んでくれへん。」

 「弦を引くにも結構筋力いるからな。」

 

 飛距離を伸ばすにも、まっすぐ飛ばすにもとにかく筋力と集中力を使う。見渡せばクリンやパイルの男子陣はなんとかこなせているが、シャロンもかなり苦戦しているようだった。

 

 「今日の訓練はここまで!来週抜き打ちテストをするから、それまでに備えておくように!」

 「言ったら抜き打ちにならないでしょうが。」

 「誰が受けるかわからないから抜き打ちなのだ。代表者が失敗したら全員不合格になる!」

 

 おお、なんたる連帯責任。

 

 「というわけで、抜き打ちテスト対策会議を行うよ!」

 

 教室に全員集まって、教壇では学級委員のパイルが声を張り上げる。

 

 「というかパイルが委員長だったんだな。」

 「前のクラス会議で決めてたやろ?」

 「お前は寝てたしな。」

 

 「はいはい、何か意見がある人!はいシャロン!」

 「この会議に必要性を感じられませんわ!」

 「おっとぉ。」

 「シャロンが一番下手だったろ。」

 「8人いるうちの1人が代表になるなら、わたくしが選ばれる確率は1/8ですわ!」

 「代表が1人とは言ってなかったろ。」

 「多分、下手だった人間の中から選ぶつもりなんじゃない?」

 

 とすると、候補はシャロンかサリアということになる。

 

 「うーん、ウチ自信ないで。」

 「もっと建設的な意見をなにか!はいドロシー!」

 「先生を始末する!」

 「出来るんならやってみろ、元宮廷騎士だぞ。」

 「ガイなにかある?」

 「基礎トレーニングが必要になると思う。地味だけど、体力つけるのは、他の実技の授業にも重要になると思うし。」

 「よかった、まともな意見が出た!」

 

 放っておいたら延々無駄な話を続けそうで怖い。ともあれ、方向性は固まった。

 

 「じゃあこれから、クラス一丸となって抜き打ちテストを突破できるよう、がんばろう!」

 「おー。」

 「じゃあ授業初めていいか?」 

 

 とっくに始業の時間は廻っていたけど待っていてくれたデュラン先生にも感謝。

 

 ☆

 

 「立候補?」

 「うん、さっき先生に聞きに行ってみたら、立候補制の予定だって聞いたわ。」

 「なら、やっぱりわたくしがやる必要はないということね。」

 

 次の休み時間の間に、カルマが情報を仕入れてきた。それに対して当然という反応をシャロンは示す。

 

 「せっかくクラス一丸になれる機会だったんだけど。」

 「ごめんなさいね、水を差しちゃって。」

 「一つ問題が片付いたんだ。それでいいじゃん。」

 「なんでわたくしを見るんですの?」

 

 「大体、人には得手不得手と適材適所がありますの。わたくしには弓術は必要ありませんことよ。」

 「まあ一理ある。」

 

 でもそれと成績が悪いことはまた別問題である。

 

 「でもウチ、もうちょっと頑張ってみよかなって思たんやけど・・・。」

 「サリア?」

 「みんな出来てるのに、ウチだけ上手く出来ひんかったん、ちょっと悔しかってんな。だから、もうちょっと頑張ってみたかったんやけど。」

 

 そのサリアの言葉に、シャロンもぐっと押し黙る。

 

 「ひと頑張り、してみない?シャロン。」

 「し、仕方ないですわ!」

 

 「図書館からよさそうな本借りてきたぜー!」

 「でかした!」

 

 『毎日続けられる体力づくり~基礎編~』 ダイス・キャニッシュ著

 

 「でもこれ、大分長期的なプランじゃないの?」

 「これがちょうどいいだろうって、リーンが言ってた。」

 「ちょっと読んでみようぜ。」

 

 書かれているのは、朝のヨガから始まり、日常的な生活習慣についてのあれこれ。ガイにはこれに見覚えがあった。

 

 「ふーん、アキラのやってた健康体操に似てるな。」

 「ってことは、めっちゃ強くなれるんじゃん!」

 「でも毎日の積み重ねが大事だって言っていた。一日そこらで成果が出るものでもないんだろう。」

 

 だが朝の健康体操なら、全員早起きして集まる習慣にはなるだろう。夏休みのラジオ体操のように。朝一の授業にすら遅れてくる生徒もいるし、これはいい生活改善になるだろう。

 

 「じゃあ、さっそくやってみようぜ。まずは立ち木のポーズから。」

 「その前に授業始めていいか?」

 

 

 ☆

 

 

 ガイが鷹山の家に厄介になり始めた頃のこと。

 

 「よう。」

 「ああ、おはよう。早いな。」

 「寝ていないからな。俺は眠くならない。」

 「そうか。だが夜は寝るものだ。体力が回復するのは寝ている時だ。」

 「覚えておこう。」

 

 太陽が山の天辺から顔を出して間もない時間、ふと部屋から出たガイは庭でアキラにおはようした。

 

 「一体それは何をしてる?」

 「丹田に力を籠めているのだ。」

 「丹田?」

 「ヘソから3㎝程上の部分だ。こうして太陽の力を浴びて、筋肉を動かすことで、気力を練り込む。」

 「へぇ。」

 

 ガイはあまり興味なさそうにしていたが、かまわずアキラは言葉をつづけた。

 

 「強い体を作るのに必要なのは、維持することだ。あんまり飛ばし過ぎても体を痛めるし、長続きもしない。好きこそものの上手なれって言うし。」

 「だが下手の横好きって言葉もあるし、本人が嫌いだけど才能があると言うパターンもある。」

 「下手だからって続けちゃいけないルールはないし、才能があるからと言って続けなくちゃいけない道理もない。決める権利は自分自身にあってこそなんだよ。」

 

 「けど嫌いなものはしなくていいってわけでもない。それは『必要』になるものだから。」

 「俺にもその体操をしろと?」

 「ご自由に。ただお前はやった方がいい。」

 

 少なくとも、生き延びるために力をつけることが必要になる。ガイは黙って、アキラの後に続いた。

 

 いつからその習慣が無くなったのか考えてみると、ちょうどこの世界に来てからのことだった。

 

 

 ☆

 

 

 「さあ、やることはやった!がんばれお二人さん!」

 「うん、がんばるで!」

 「言われなくとも、わたくしの腕前を見せて差し上げますわ!」

 

 あれから毎日、文字通り血がにじむような鍛錬を続けた結果、心なしか二人の顔つきも変わった。

 

 「うんうん、積極的に参加してくれると教師明利に尽きるというもの。それではまずシャーロットからだ!」

 「はい!」

 

 「上手くやり過ぎたら後がプレッシャーになるんだから、ほどよく力抜けよー!」

 「パピヨンは手を抜くという事を知りませんでしてよ!」

 

 よく狙いすましたシャロンの5本の矢は、おおよそ的の中央を射抜いた。

 

 「ほう、よくぞ短期間でここまで腕を上げた。口だけではないと証明されたな。」

 「ふふん、とーぜんですの。」

 「次、サリアやってみろ。」

 「ううっ、キンチョーしてきたで・・・。」

 

 サリアの第一射は、無情にも的の横を通り過ぎて行った。続く第二射もまた同様であった。

 

 「あかん・・・アガってしもとるわウチ・・・。」

 「サリアー!呼吸だ呼吸ー!」

 「せやった、吸って、止めて、吐く・・・。」

 

 いったん腕を下ろして、心臓の鼓動を整える。心臓から送られてくるエネルギーが強すぎると腕が震えて狙いが逸れてしまう。逆に落ち着かせて、最小限の力で引いて、頭に集中力を高める。

 

 「よっし・・・いくでぇ!」

 

 放たれた三射は、的の外側に当たった。

 

 「いけるいける!こっからこっから!」

 「フィーリングよフィーリング!いつもの調子を思い出すのよー!」

 「ちょっと、応援されると余計に辛いわー!」

 

 サリアの頬に笑みが綻ぶと、その後の四射、五射はしっかりと当たってくれた。

 

 「うむ、サリアも上達したな。前は届いてすらいなかったのを考えると、すごい上昇したと言えるだろう!」

 「じゃあ、抜き打ちテスト、合格だな!」

 「ああ、『この二人』はな。」

 

 ラモンのその言葉に、一同が引っ掛かる。

 

 「え?代表がやるんじゃ?」

 「ん?誰もそんなこと言っておらんぞ?立候補とは言ったがな。」

 「・・・ただ単に『やる順番』が立候補なだけ?」

 「そうだ。さあ次は誰だ!さぞこの二人よりも上手くなったんだろうな?」

 「・・・クリンはダメやろな。」

 「なんでだよ!」

 「だって、ウチら除いたら一番ヘタやったやろ。せやのに全然練習しとらんかったし!」

 「おほほ、大丈夫ですわ。きっとわたくし()よりも上手いですわ!」

 「一番ビリのやつは掃除当番というのはどうかな!」

 「パイルてめぇ!裏切りやがったな!」

 

 と、なんやかんやで抜き打ちテストは楽しく終わった。

 

 「さて、結果はどうあれ、クラス一同得るものがあったと私は思う。いうなれば、それが今回一番の成果だ。より一層研鑽するように。以上!」

 「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 「シャロン、一緒にご飯食べへん?」

 「わたくしと?ええ、いいですわ。」

 

 「あの2人、仲良くなったわね。」

 「そうだな、ここ最近一番顔合わせてたまであるし。」

 「シャロンったら、昔から輪にとけ込めないことがあったから心配していたけれど、もう気にすることなさそうね。」

 「相変わらず男子には手厳しいけどな。」

 

 手に同じ形のマメが出来た女の子同士が、仲睦まじく歩いていくのを、クラスメイトたちは眺めていた。

 

 「ところで、教科の時間使って練習してたから、また授業遅れちまったな。」

 「後でデュラン先生に胃薬持って行ってあげあしょうね。」


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