Way to Abyss   作:栗粉塵爆発

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灰は灰に、


アッシュズ・トゥ・アッシュズ

――ありふれた、戦場の或る日。

 

遠くで、ポップコーンメーカーのような、アサルトライフルの発砲音が響いている。遅れて、迫撃砲の重たい爆発音が僅かに地面を揺らした。

ここは【天国の外側】。温かい祝福も、神の赦しもない。あるのは血と銃弾の洗礼と、平等な死のみだ。

それでも、俺達は此処にいる。

ここにしか、寄る辺がないのだ。例えどんなに蔑まれようと、戦う事でしか、居場所を見つけられない人間達の楽園なのだ。

血みどろの洗面台の前に立つ。鏡の中には、敵と味方の血で真っ赤になった鬼が、其処にいた。

もうすっかり馴染んだ鋼鉄の左手で、擦り切れるほどに聞いたカセットテープを取った。

【世界を売った男】とは、なんと皮肉の効いた名だろうか。

レコーダーにテープをセットして、再生ボタンを押下する。

懐かしい彼の声が流れ始めた。いつもみたく、悪戯が成功する前の少年のようでもあり、何者にも従属しない凛とした、聞く者を惹きつける、そんな声。

 

≪思い出したか?≫

 

私が何者か、分かっている。

少なくとも、貴方の声を聴いている限りは。

生ける屍同然だった私は、貴方の声で目を覚ました。

あの時、アルストロメリアの咲き誇る丘で、貴方に新しい人生を貰った。

真っ黒に塗りつぶされていた私の世界は、貴方のおかげで、沢山の色を得た。

思い返してみても、貴方はいつも無茶ばかりだった。

毎回傷だらけで帰還するくせに、注射が嫌いで、薬も嫌いで。私の言う事なんて素直に聞いたことなんてない。

でも、それももうお終いです。

私がメディックでいられるのは、これが最後。

貴方と共に戦えたこと。今でも誇りに思っています。

テープが終わる。迷うことなく、録音ボタンを押した。

暫く逡巡した後、口を開く。

 

「ボス。あんたは言ってた」

 

それは、今この瞬間には酷く似つかわしくない、穏やかな、それでいて、少しの希望に満ちたメッセージだった。

 

「さよなら。ボス」

 

そして俺は、【自分自身】に永遠の別れを告げた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

遠くにクラスノゴリエの赤茶けた山頂を望むその場所は、かつて激しい戦闘があったのか、戦いの爪痕がそこかしこに見られた。

中でも、湖の傍にあったのであろうその開けた場所は、大きな爆発が発生したような痕跡が確認できた。周りは炭化した木々があるばかりで、生命の営みなど欠片も無い。その片隅にある小屋は、傍から見れば、湖の水質調査の為に作られた簡素なもののようだが、其処彼処に厳重なセキュリティが張り巡らされた小さな要塞だった。それも巧妙に。一見で見破れるものは、恐らく極僅かだ。

 

鉛色の雲の中から、ひらひらと風花が舞い落ちる。

壮年の隻眼の男が、じっと分厚い防弾性の窓からそれを見上げていた。

かつてこの場所は、オオアマナの群生地だった。真白い花弁が舞い踊り、この世とあの世の境目のような光景。

銃声が響く。純白の絨毯に仰向けで斃れ伏した安らかな笑みを浮かべる彼女。

そして、引き金を。

 

「ボス」

 

落ち着きのあるテノールに名を呼ばれて我に返る。戸口には、西部劇に出てくるようなダスターコートを着た、伊達男というに相応しい銀髪の男。彼は今の空と同じような銀灰色の瞳を自分に向けていた。

 

「オセロットか。どうした」

「アウターヘブンが落ちました」

 

その言葉は、逃れようのない結末を物語っていた。沈黙が部屋の中を支配する間、ぱちぱちと静かに暖炉の薪が爆ぜていた。

そして大きく息を吐きながら、頷く。

 

「そうか。相手は」

「ミラーの教え子です。まだ若い」

 

オセロットが表情を崩さずに言い放った。

 

「カズの教え子なら、手強いだろうな」

 

くつくつと喉の奥で笑いながら言うと、オセロットが面白くなさそうに眉間に皴を寄せた。

 

「笑い事じゃありませんよ。あれは、もう一匹の蛇です」

 

ちらりとオセロットを見やる。そのまま胸のポケットから葉巻を取り出して銜えた。

 

「すまん。見くびっているわけじゃ無い。彼奴を殺したそいつに興味があっただけだ」

 

オセロットが片眉を上げながら、ライターに火を点けて差し出す。ぽっと赤い灯が点いて、ふわりと煙が立った。

 

「そういえば、彼から託されました。貴方にです」

 

オセロットはコートの内ポケットから何かを取り出した。受け取って見てみれば、昔彼にメッセージを吹き込んだカセットテープ。何度も何度も再生されたのだろう。かなり汚れていた。

訝し気にテープをレコーダーに入れ、再生した。ザー、というノイズの後、穏やかな声が響いた。

 

≪ボス。あんたは言ってた。俺達に明日はないと≫

 

それは、自分に対するメッセージだった。

朴訥で、不器用で、呆れるほどに愚直で真摯なメッセージ。

全てが終わり、かちゃりとレコーダーが鳴った。

 

「オセロット」

「はい」

「生き残ったあいつの部下は、全てこちらで引き受ける」

「分かりました」

「暫くの間、俺はゴーストになる。留守の間は頼んだ」

「判っています。その間の連絡は、全てカットアウトを通します」

「すまんな。ジュニア」

「いいえ。貴方の為ですから。それが私の全てです」

 

オセロットは満足そうな笑みを浮かべると、セーフハウスを後にした。

彼の背を見送ると、カセットテープに眼をやった。おもむろにそれを手に取り、赤々と燃え続ける暖炉の中に放り投げた。

黒と灰色の煙を出しながら、プラスチックがゆっくりと燃えて溶けてゆく。

 

お前は、俺と違う方法で理想を夢見たのだな。

少し、お前が羨ましいよ。

 

カセットがばちりと火花を放った。

 

お前のミームは、俺が引き受ける。

 

「さらばだ。エイハブ(メディック)」

 

そして、エイハブ(メディック)という男の存在は、完全にこの世界から消失した。

 

【了】




メタルギアソリッドファントムペインのストーリーや小説がメディックの過去に何も触れていなかったので、メディック=プレイヤー=プレイヤーの数だけのストーリーなのではないかなと思い、補完と自己満足のつもりで書きました。
また、今回はデス・ストランディング発売記念として公開させて頂きました。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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