蛇がダンジョンに潜入するのは何かの間違いである   作:Zero Stella

5 / 7
20000UA、1000お気に入りありがとうございます!
日間ランキングにも乗れて本当に嬉しいです!


act 2-1

 アストレア・ファミリアの拠点(ホーム)である『星屑の庭』からオラリオの中心『バベル』へは、およそ徒歩20分。かなり長い道のりだ。その間には、住宅地があり、商業地があり、他のファミリアの拠点がある。

 まだ朝早いにも関わらず、アストレア・ファミリアの団員と顔が知れているリューが街を歩いていると、様々な人から挨拶を飛ばされる。

 看板を出して開店の準備を進める店員や、朝早く起きた健康志向の住人、そして同業者の冒険者達。その誰もがリューに挨拶をしていた。誰もかもが気さくで友達のように挨拶をし、それにリューも応じるあたり、相当この関係は深いらしい。

 

「君達は本当に街の人々に慕われているな。昨日、君達の拠点に行く道でもそうだった」

 

 スネークのその感想に、心なしかリューの顔は誇らしげに変化していた。もちろん、横を通過する人々がそれを感じ取れる事はない程、ポーカーフェイスを貫いてはいたが、それでも表情筋の細かい動きをスネークが見逃す事はなかった。

 工作兵という職業病であろうその能力で見抜いてしまったスネークは、その天然からか恥ずかしがる事もなくそれを指摘する。

 

「やけに嬉しそうじゃないか」

 

「そ、そんな事ないですよ! あ、ほらあそこにじゃが丸くんがありますから、あれを朝ご飯代わりにしましょう」

 

 自分のポーカーフェイスが見破られた事か、それとも気持ちを読まれた事に驚き、そして恥ずかしかったのか。どちらにせよ恥ずかしがり屋なエルフは、話を逸らそうと行く先にある屋台を指さす。

 屋台で売られていたのは、このオラリオの名物料理とも言えるじゃが丸くんだった。ジャガイモに衣をつけて油で揚げたこの料理は、手ごろな価格と豊富な味の種類で人気の商品で、専門店としての屋台がオラリオ中に店を構えていた。

 慌てて屋台へと駆け込んだリューは、じゃが丸くんのカレー味を二人分買うと、紙袋の中の一つをスネークに差し出した。

 

「これが、じゃが丸くんか?」

 

 見た目はどっちかというと、コロッケのようだった。正直、祖国のフライドポテトやマッシュポテトの方が美味しそうである。が、その衣から香る香ばしいカレーの匂いは食欲をそそった。何より、スネークはリューのいう通り朝飯を食べていなかった。

 空腹状態で目の前には食料、そこから導き出される答えをスネークは一つしか持ち合わせていなかった。

 一口目は、大きくガブリと噛みつく。衣はこういったジャンクフードとしては珍しく分厚くはなく、それでいて食感を楽しめる程には薄くはなかった。内部のジャガイモはマッシュされておらず、丸ごと揚げられていたのだが、それでいて衣の中でふかし芋のような状態になり硬い食感ではなく、噛めばほぐれる程の柔らかい食感であった。

 肝心の味は、ジャガイモ本来の甘味に合わせて衣のカレー味も中々効いており、さながら具沢山のカレーを食しているかのようだった。大人から子供まで食べれるようにカレーは甘口だったが、むしろそれは食べ歩きをするときに辛さを消すための水を探さないでも良いという事を意味してもいた。

 総論から言って、じゃが丸くんというのは

 

「うますぎる!」

 

「えぇ!? そんなに驚かなくても」

 

「オラリオでは、こんなに旨いものがいつも食えるのか? いや、こいつは気に入った。携帯性も抜群だしな! 携帯食料代わりに持って行ってもいいかもしれん」

 

「そんなに気に入ったんですか……」

 

 怒涛のべた褒めを目の当たりにしたリューは、スネークのその勢いに若干引きつつも、先ほど本当に自分に説いたり、表情筋で相手の考えている事を読んだりした人物と同一人物なのかを疑った。しかし、残念な事に同一人物であった。

 蛇はとても食に対して貪欲であったのだった。それを思い知ったリューは、自分の脳内のメモ帳にそのことをしかと刻み込んだ。

 

 結局あの後、一つでは物足りなかったスネークのために、リューは追加で他の色々な味を4つ買い与え、それをスネークが食しながらバベルへの道を歩く事にした。

 その道中にある中堅どころのファミリアの拠点や、ポーションなどの薬品を売っている店などを紹介していったところで、丁度あった一つの看板を目に、リューは肝心な事を思い出した。

 

「そういえばスネーク、武器と防具を用意していませんでしたね」

 

 ダンジョンに潜る際に必要なものは何か。

 度胸? 当然必要だが、もっと現実的なものだ。知識? それはギルドで嫌というほど叩き込まれる。ポーションなんかのアイテム? いや、駆け出し冒険者の中には手が出せずにスルーする者もいる。

 武器と防具。それは当たり前のように必要だった。いくら神の恩恵があるからといって、素手で倒せるモンスターなんてそう多くはない。結局は武器がないとまともな戦いはできないのだ。

 同じ理由で防具も必要だ。「当たらなければ大丈夫」なんて考えを背負っている者は、ダンジョンでは必ずと言っていいほど早死にする。「当たらなければどうということはない」というのは、裏を返せば「当たったら死ぬ」なのだから。理想は「当たってもどうということはない」であり、それが無理だから「当たってもとりあえずは死なないけど、余裕を持って避けよう」とするのである。

 どちらも重要。他のモノがいらないというわけではなく、この二つは特に必須である。事実、ギルドで駆け出し冒険者向けの斡旋を行っているのだから、その重要度は計り知れない。

 だが、この蛇はどうだ? 

 

「いや、別に大丈夫だろう。このスーツにナイフ、それに緊急用の麻酔銃。なんの心配もない」

 

「大アリですよ。はぁ、もうすぐ歩けばバベルですね。ギルド行く前に……こっち来てください」

 

 そう言ってリューが連れ込んだのは、このオラリオで最も有名な大手鍛冶師系ファミリア「ヘファイストス・ファミリア」の経営する店だった。バベルの八階にあるこのテナントは、一流の鍛冶職人が作った第一線級武器だけではなく、未だ幹部に認められていない、半人前の鍛冶師達の武具も販売されていた。

 そこへ連れてきたリューは、「駆け出しの冒険者」としての武器や防具を取り繕おうとしたのだが

 

「別に買わなくても良いだろう」

 

 スネークはその一点張りだった。彼にとっては、大きな得物も機動性を妨げる防具も不要だったのだ。結局10分間勧め続けても別にいいという意見を変えないスネークに対し、リューは「一度行けば分かる」という気持ちを固め、普段よりも二本ほど多くポーションを使う覚悟でダンジョンに潜る事にした。

 ヘファイストス・ファミリアの店を後にし、そのままギルドへ向かうと、リューは自分の担当をしているエルフの受付嬢に登録願いの話を持ち込むと、スネークに書類を書くように促した。

 

「ここに名前。で、ここにファミリア名。歳とか生まれも書くんだけど……」

 

「この世界にはアメリカはないんだろう?」

 

「ええ、もちろん」

 

「むう……」

 

 結局本当の事など書くこともできず、妥協して適当な村を書いておいた。ポーションの一種に使う薬草の生産地ではあるが、オラリオからかなり遠方の地で、そうそう確認を取る事もないだろうという話によるものだった。

 名前はやはりスネークのみ。そういったものは深く入り込まないのが冒険者の掟でもある。

 その他どうしようもない事を適当に並べ立てると、「講習会」という名の地獄の叩き込みにスネークは連れていかれてしまった。通常の受付嬢なら長くて数十分で済むダンジョンについての講義だが、リューを担当する受付嬢はこの講義が死ぬほど長い事でオラリオでも有名なのだ。

 最終的にスネークがリューのもとに帰ってこれたのは、講義が始まってから約2時間後の事であった。これは、リューが見た中で最も長い講義であったが、どうもそれは途中でスネークが居眠りをしたことが原因らしい。

 それを聞いたリューは

 

「居眠りなんて……度し難いですね」

 

 と言いつつ、ダンジョンへとスネークを案内した。

 

 

 

《》

 

 

 

 ダンジョンといえば真っ暗闇の洞窟を松明片手に進むイメージがあるが、このダンジョンはそんな事はない。むしろ地上と変わらず明るい。

 スネークもその光景には舌を巻いた。魔石と呼ばれるダンジョン由来の素材が、ダンジョンではライトのように機能していたのだが、それが蛍光灯のような様だったからだ。

 

「話には聞いていたが、ここまで明るいとはな」

 

「暗い場所ももちろんありますが、当分その心配はないと思います。上層ではそんなのごく1部分ですし」

「さて、そんな事よりモンスターを見つけてみましょうか」

 

 この1層にいるのは、主にゴブリンとコボルト。どちらも冒険者基準では非常に弱い部類で、駆け出しの冒険者が最初に倒すモンスターは大抵このどちらかだ。

 そして、モンスターはダンジョン内である限り何処にでも湧き出てくる。文字通りである。

 ダンジョンの壁からモンスターは生まれ落ちるのだ。それは、小さなアルミラージも大きなミノタウロスも変わらない。

 スネークはナイフを左逆手に持ち、右手はフリーなままで探索を開始する。が、その探索はリューからすれば奇妙とすら言えるものだった。

 常に足音を立てないように気をつけ、周囲の警戒は怠らない。そして何より特徴的だったのは、その気配の無さだ。

 殺気を常に纏う者は少なくない。近寄り難い強者を醸し出す者は、非常に多い。だが、この男は、スネークはなんだ。まるで自らを周囲と一体化させるかの如き振る舞いをする。

 ダンジョンが生きているという話があるが、スネークはそれに合わせるが如く呼吸を行い、自らに備わる気配という気配を押し殺している。目の前に居るはずのリューですら、一瞬目を離せば彼を失ってしまうだろう。

 いったい、これまで誰がこのような探索を行っただろうか。小心者な駆け出し冒険者でも、ここまで警戒して歩みはしないだろう。

 

「あの、スネーク……」

 

「シッ! 見つけたぞリオン。あれがゴブリンだな」

 

 曲がり角で隠れつつ、その先にいるものをスネークは発見する。その数3。

 緑色の肉体に、人間の子供くらいの大きさの身体を持つ矮小で醜いモンスター。それは誰もが知るゴブリンの姿そのままであった。

 

「えぇ、間違いない」

 

「そうか、なら待ってろ」

 

 それがゴブリンなのかだけ確認すると、スネークは気配を殺したままゴブリンに近づいていく。

 曲がり角からゴブリンまでの距離はおよそ30mだ。そこからどんどん短くなる距離に、リューは気が気でなかった。なにしろ彼の得物はナイフ1本。防具は無し。奇襲に失敗すればどうなるか。

 いつでも助けに行く心を固めていたリューだが、その不安はすぐに杞憂に変わった。

 まず一体目のゴブリンを右手で腰を抱え込むように掴みとって身動きを止め、そして鳴き声を出される前に左手に握ったナイフで首を引き裂いた。いかに魔石が核のモンスターでも、首を取られればその活動は停止するのだ。

 次の二体目は一体目が死んだのを直感で察したのか、スネークの方を素早く向いた。が、それは一体目の死体を投げつけたスネークによって、仲間の死体の下敷きにされ動きを制止された。その隙に三体目の頭を鷲掴みにし、力強く床に叩きつけた。冒険者の力に耐えきれなかったのか、その頭から脳漿に相当するであろうものがまき散らされ、返り血でスネークの装備が汚れるが、それに構わず下敷きになったままだった二体目のゴブリンにトドメを刺した。

 10秒とかからず三体のゴブリンを片付けたスネークは、周囲に他のモンスターがいない事を確認すると、そのままナイフで魔石を取り出す作業に移行した。

 手慣れた手つきだった。まるで、このような『動作』を何度も何度も繰り返してきたかのような。しかし、どこかその表情はやりづらいとでも言うような顔つきでもあった。まるで、これでは小さすぎるとでも言うように。

 そんな考えを巡らせるリューに気付いたのか、スネークはリューの名前を呼び、呼び寄せた。

 

「これが魔石でいいのか?」

 

 そう言って、ナイフでゴブリンの胸から小さな光る石を取り出すと、スネークはリューにそう問う。首を縦に振って肯定を示すと、満足気に魔石を腰の大きめのポーチにそれを仕舞い、更に解体しようとナイフを手に持った。が、それは叶わない。モンスターは核となる魔石が無くなれば灰になるのみなのだ。

 消えていくゴブリンを何処か悲し気に見つめていたスネークは、残りのゴブリンの魔石を引き抜きながらリューに話しかけた。

 

「どうだ、ここの狩りとは少しばかり違うだろう」

 

「ええ、それもだいぶ。でも、あなたは速い。行動も、判断も、そして技も。セーブされているとしてもレベル1とは、とてもじゃないが思えない」

 

「悪いがこれは本来怪物退治のためのものじゃない。人型以外の対応はやってみるしかない」

 

「……なるほど、対人用のものだったんですね」

 

 スネークは確かにモンスターと戦った事もある。火球を吐き出し、空を悠々と飛び回る飛竜や、鋭い爪や狂暴な牙を武器に暴れ回る竜などを。ある意味では巨大兵器の数々もモンスターと呼べるだろう。

 だが、それは銃あっての戦闘だ。結局このナイフと手では人としかやりあった事がないのだから、それ以外の人型でないモンスターと出会ったら、行き当たりばったりでやるしかない。それでもダンジョンに入る前に武器の調達を断ったのは、このナイフがあったからであり、そしてこの一本でどこまでできるのか確かめる必要があったからだ。

 

「それがどこまで通用するのか知りたいからな。悪いが今日は、こいつ一本でどこまでできるのか分かるまでやらせてもらう」

 

 凄まじいプロ精神だった。ここまで真面目にダンジョンに潜っている人を久しぶりにリューは目にした。もちろん、中層や深層に向かう者達を馬鹿にしている訳ではないが、ここは上層。誰しもが容易に攻略できると分かっている。それは、初めてダンジョンに潜る冒険者も例外ではない。

 だからこそ、この男の全てにおいて完璧にしようとする精神が非常に素晴らしいと思えたのだ。

 間合いの把握、モンスターの平均的な体格と大きさ、どのくらいの攻撃をすれば相手が倒れるのか。逆に自分の身体でどれだけ耐えれるのか。その全てをスネークは理解しようとしていた。

 そして、そういった実験と実践を繰り返すうちに、とうとう二人は12層目まで来てしまっていた。5層から出現する初心者殺しのウォーシャドウやキラーアントを問題にもせず、その数が増えてもリューの援護を必要とすらしなかった。

 それにしても狂気的な進軍速度だ。上層のマップを頭に叩き込んであるリューがいるとしても、たったの数時間でLv.1の冒険者が、まともに戦闘を1人で行いながら12層まで来るのは異常だ。

 それを実現しているのは、スネークの持つ卓越した戦闘センスだろう。あれほど自分で心配していた人型以外の相手も、即座に対応できていた。

 12層から13層へと下る階段に到達した時、リューは口を開く。

 

「今日はもう十分です。きりがいいですし帰りませんか?」

 

 次の階層からは、こことは全く違う地域『中層』である事を知っているリューは、昼すぎということもあり帰還を促す。

 だが、スネークはそれに首を縦に振らなかった。

 

「いや、中層に踏み入れてみたい」

 

 今度ばかりはさすがのリューも唖然とした。

 Lv.1の冒険者では、相手をする事すら困難、いや不可能とすら言われるモンスターすらいるのが中層なのだ。

 それに踏み入れてみたい? いくらなんでも無茶ではないか。そう思ったが、しかしリューの持つ1つの持論がその考えを飛び越した。

 

「冒険しなければ前には進めない、ですか。いいでしょう。ですが、次の階層までですからね」

 

 冒険者は冒険してはいけない。ギルドの推奨するその掟を無視した、蛇の初陣が始まる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。