蛇がダンジョンに潜入するのは何かの間違いである   作:Zero Stella

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モチベーションの上昇も、次への反省もできるので……


act 2-2

 13層。そこは一つ上の階とは全てが異なる場所。敵の強さも、ギミックも、そして要求される技術も物資の量も。

 ここから先は、そう易々とは進ませない。そうダンジョンが告げるのが、この中層と呼ばれる階層群の一番上の13層である。あるはずなのだが。

 

「見つけたぞ。前方距離40に鎧鼠(アルマジロ)。孤立している」

 

「ハードアーマードですか……物理攻撃は相性が最悪ですよ」

 

「なに、盾にも穴はあるさ」

 

 蛇はエルフの助言を軽く流し、得物のナイフを左手に握りしめて巨大な球体状のモンスターに静かに近づく。その歩みは無音でありながら決して遅い訳ではなく、瞬く間に距離は縮まった。

 そして、彼我の距離が5m程になった時、蛇は鎧鼠へと飛びついた。彼が狙うはアルマジロが丸まる時にできる鎧と鎧の関節部。ここなら確かに手持ちの武器でも攻撃が通る。

 だが狩られる側も黙ってはいない。飛びつかれた事に驚いた事による本能か、それとも元々そういう魂胆か、ハードアーマードは背中に乗った蛇を振り落とそうと必死になって暴れ回る。それによって狙いがずれた蛇は、ナイフを甲羅に刺してしまう。文字通りの鉄壁を誇るその鎧は、蛇の得物のナイフの刃を受け付けない。

 鋭く耳に刺さる金属音。衝撃とその堅牢さに左腕が痺れるが、ハードアーマードにしがみつくその右手は未だ離れてはいない。まだ蛇のターンだ。

 しかし彼はすぐに再びの攻撃を仕掛けなかった。これ以上無駄な攻撃をする事で得物を失いたくはなかったのだ。モンスターと言えど、そのスタミナは無限じゃない。この鼠が暴れるのをやめるタイミングを待ち、それから確実に刺突する気だ。

 そもそもハードアーマードの攻撃方法からして、それは非常に危険な賭けではあったが、しかしそれは現状の装備で仕留めるには非常に有効な策ではあった。

 アルマジロが転がるのが先か、蛇の待つタイミングが先か。賭けに勝ったのは蛇だった。

 一瞬だ。一呼吸というその一瞬だけハードアーマードはその動きを停止した。しかしその一瞬すら蛇には十分すぎる時間だ。

 

「ここだぁ!」

 

 突き刺したナイフは、今度はしっかりと関節部に突き刺さり、刀身が見えなくなるまで深々とその刃をアルマジロの身に沈めた。

 さっきまで振り落とすために暴れていたハードアーマードは、今度は深々と刺さった刃の痛みに暴れ始め、流石にまずいと思ったのか蛇は背中から降りる。その際も、ナイフを引き抜きながら切り裂くのを忘れずに。

 関節部には動脈でも通っていたのだろうか。ナイフを引き抜いた途端に血液が噴水のように噴出し始め、その痛みで余計に隙ができたのを蛇は見逃さない。

 ハードアーマードの正面に回り込み、その脚部に向けて足払いを繰り出す。そしてバランスを崩したその胴体に向けてナイフを構えれば、ハードアーマードは丁度良く倒れてくる。

 まるで抱きかかえるかのような恰好になって、前のめりに倒れるハードアーマードの胸には、蛇の構えるナイフが突き刺さっている。自重で更に深くなる傷にたまらず顔を顰めた鎧鼠だが、時すでに遅し。蛇は最後の一撃を放つ。

 

「沈めえぇ!」

 

 突き刺さったままナイフを横に切り裂き、その身を切り裂く。人の大動脈の欠損以上のおびただしい程の血が流れ、蛇の身体を赤黒く染める。それと同時にハードアーマードの命の灯も消え、ナイフと蛇という支えを失い地に伏せる。

 完全に動かなくなった鎧鼠を見た蛇は、魔石を回収するためにハードアーマードの身体を仰向けに向けなおし、奥の角で待機していたエルフを呼び寄せながら魔石を剥ぎ取るためにハードアーマードを解体する。

 淡々と解体作業を行う姿を見てエルフは感心したのか、それとも驚いたか。その顔は普段の冷静という言葉を具現化したようなものではなくなっていた。

 

「スネーク、流石ですね。一体だけだったとはいえ、ハードアーマードをナイフ一本で討伐なんて」

 

「意外といけるもんだ。だが、こいつの硬さは厄介だな」

 

「本来は転がってくるんですよ。まさかそれをさせないとは思いませんでしたが」

 

 ハードアーマードは上層11層あたりから出始めるモンスター。上層では最も高い物理防御力を誇る甲羅の鎧は、文字通り鉄壁であり、中層へ挑戦する冒険者の防具や盾にその素材が使われる程にその堅牢さには定評がある。

 しかし、ハードアーマードの強さはその鎧が全てではない。彼らの攻撃方法はいたって単純。丸まった状態での高速回転突進だ。シンプルにして非常に強力。この状態になれば生半可な攻撃は通さず、少しでも迷いの含んだ防御をすればLv.2冒険者の防御も簡単に打ち砕く。むしろそれ以外の攻撃をしてきた事の方が稀な程だ。

 だが蛇は、スネークはそれを許さなかった。一体だけだからというのもあっただろうが、殆ど無傷で相手しきったと言っていいだろう。ちなみに、殆どと言ったのは最後に寄りかかってきたハードアーマードの重さで首が凝ったからだ。

 

「どんなに強力な装甲を持った者にも、どこかしらに弱点はあるものだ」

 

「ギルドの担当官(アドバイザー)の助言ですか?」

 

「いや、知り合いの技術者(エンジニア)が言っていた。どんなに強力なものでも、弱点がないと可愛げが無いとな」

 

 その言葉を聞いて、少なくとも弱点があったとしてもハードアーマードは可愛げがあるとは言えないとリューは思ったが、それはスネークも同じようだった。自分で言った言葉と目の前モンスターを見比べては首をかしげていた。

 無事魔石を取り終えるまで、リューは周りを警戒しているつもりだったが、彼女の嗅覚と視覚、聴覚よりもスネークのそれらの方が鋭かったようで、ダンジョン内の細かな異変を感じ取った。

 

「おい、リオン。何か聞こえないか?」

 

「何かですか?」

 

 それは普通の人間なら聞こえる事もないだろう"声"だ。神の恩恵を受けた者達ですら、その声を聴くことは難しい。ダンジョンと心を合わせ、気配を一体化させたスネークだからこそ聴くことができた。

 

(モンスターの鳴き声か? この鳴き声はアルミラージか。それにヘルハウンドが炎を吐く音も聞こえる。何かが地面を転がる音は……ハードアーマードか。それに冒険者らしき人の声も混じっている)

 

「スネーク?」

 

「リオン、この階層でなすりつけはどのくらい行われる!?」

 

 考え込むスネークを怪しみ、リューは問いかけるが、逆にスネークに質問される。そのスネークの様子は、ここまでで見たこともないくらいに切羽詰まった様子で、問いかけの外から「早く答えろ」と言っているのと同じだった。

 スネークの口から出てきた『なすりつけ』という言葉に、リューの脳内に浮かんだのは一つの恐ろしく、そして合理的なダンジョン内で生き残るための術。

 怪物進呈(パス・パレード)。他のパーティーに自分達のモンスターをなすりつける行為。稀に他パーティーのモンスターを奪う場合も同じ名前を使う事がある。その行為は文字通り危険なもので、進呈先の練度によっては全滅の原因にもなりかねないものだ。

 もちろんギルドは非推奨としているが、ダンジョン内では基本仲間と自分が最優先。自分の仲間を守るために他人を犠牲にするこの方策は別に珍しいものでもなかった。

 特にここは上層と中層の中間地帯。上層では通用したパーティーが、新たに出現するモンスターに対応しきれずに逃げ回っていたところをたまたま通った別のパーティーに押し付けるなんて行為は、残念ながら非常に多い。

 その状況を幾つも目にし、危険状態にあるパーティーに幾度も助けに入った事のあるアストレア・ファミリアのリューだからこそ知っている事であった。

 

怪物進呈(パス・パレード)ですか! ……この階層ではかなりの数が」

 

「なら俺たちは、そのなすりつけられる側になるようだ」

 

 音は時間が経つごとに大きくなり、少しづつリューでも聞こえる音量へと変わっていく。

 ドタバタとした足音が聞こえ、その足音の主達が悲鳴を上げながらこちらへ走ってくるのが聞こえる。いや、既に見え始めている。

 スネークがぱっと見で発見できただけでも、ヘルハウンド4頭、アルミラージ8匹、ハードアーマード3体。錚々たるメンバーだったが、それを見てゾっとしていたのは、むしろリューの方であった。

 

「なんて量だ」

 

「どうする? 隠れて見て見ぬふりもできるが」

 

「……助けたい。本当なら助けたいが」

 

「どうした」

 

「あの量はとてもじゃないが、私とあなただけでは捌ききれない」

 

 例えLv.4の冒険者であるリューであろうとも、ヘルハウンドの一斉放火は耐えきれない。ハードアーマードの鎧は先ほどのように余裕を持って狙っている暇がない。アルミラージもあの量は捌くのに手間取るだろう。

 せめて、せめてアリーゼか輝夜、ライラの誰かがいたら。もう一人いれば怪物進呈を受け入れる事ができたかもしれない。それでも厳しいのに、今二人で迎え撃つのは絶望的だ。

 これまでたまたま一人の時にこういった場に遭遇してこなかったからこそ、気が付かなかった。

 

(輝夜の言っていた『見捨てる必要』とはこういった事なのか)

 

 リューの目には、悔し涙とも悲し涙とも見れる大粒の雫が浮かんでいた。が、隣のスネークはこの状況に全く動じていなかった。そして、悲観的でもなかった。

 

「で、リオン。助けるのか、助けないのか。いや、助けたいのか、助けたくないのか。どっちだ」

 

「そんなの、そんなの助けたいに決まってる!」

 

「なら助けようじゃないか」

 

「え?」

 

 助けたくても助けられない。そう思っていたリューの声に比べ、男の声はやけに明るかった。そのトーンは違っているが、声の雰囲気は確かに、確かに彼女の良く知る赤髪の女性に良く似ていた。

 

 この人は、あれを見ても諦めていないのか! 

 

 驚くと共に、リューは感謝した。スネークのこれまでの行動を見ていれば分かる。きっと隠れようと思えば、本当に隠れてやり過ごす事もできただろう。もちろん、リューも含めてだ。

 それなのにも関わらず、彼は危険な賭けにもなる人助けを嫌とも言わずに受け入れてくれたのだ。むしろ、この選択をリューがとるのかどうかを試すかのように。

 

「人助けをするのは、雇い主(アストレア)からの要望だ。無視するわけにもいかないだろう?」

 

 そう言い放ったスネークの顔は、彼が自分の事を話す時に良く言う「人殺しの顔」にはとても見えなかった。むしろ、人助けをする事を喜んでいるようにも見えたのだ。

 彼はリューにロープを貰うと、ダンジョンの地面スレスレにまるで鳴子のようにそれを設置し、走ってくる冒険者に向けて大声で叫んだ。

 

「お前ら! 死にたくなければ、こっちへ走ってこのロープを飛び越せ!」

 

 それを聞いた冒険者たちは、希望を見出したかのような顔になった。それは、スネークの言葉を聞いたからか。それとも横にいたリューの姿を見たからか。どちらにせよ涙と鼻水で塗れていた顔は途端に明るくなり、先ほどまでの絶望を加工して作ったような表情が今度は希望の光で照らされる。

 そして、彼らがロープを飛び越したのを確認すると同時に、スネークはロープの片側を持ってそれを持ち上げた。

 地面を走っているアルミラージとヘルハウンドは足を引っかけてコケてしまった。

 

「リオン!」

 

 スネークの合図と共に駆け出したリューの目標は、ロープにコケて倒れたヘルハウンドとアルミラージ。ではなく、こちらに向けて高速で転がってくる3体のハードアーマードだ。大型かつ高速の物体を受け止められる程ロープは強靭でないから、そのための作戦だ。

 決意を決めたリューは、大量のヘルハウンドとアルミラージを飛び越して、向かってくるアルマジロに相対する。

 だが、Lv.4のステイタスを持ってしても転がるハードアーマードの装甲を貫通する攻撃を行うのは難しい。特に物理攻撃では尚更だ。魔法を使えば別なのだが、詠唱している暇がない今は使っている時間はない。

 そのため彼女は倒す方向ではなく、止める方法を選んだ。

 ダンジョンはただの一本道というわけでも、内部がただの道だけなどというわけではない。普通に湖もあれば、木も花もある。そして勿論、それらを利用するモンスターもいるわけだ。俗に言う迷宮の武器庫(ランドフォーム)だが、それは上手く使えば冒険者にとってもプラスに働く。

 リューが利用したのは、ミノタウロスも使う大木。これをハードアーマードが通る直前、タイミングよく切り倒す事で防ぐ算段だったわけだ。

 

(止まってくれ!)

 

 道を塞ぐ程の大木は、ハードアーマードがぶつかった瞬間に表面の皮が剥がれ、木屑も大量にまき散らされたものの、完全に破壊される事も、彼らが突破することもなかった。

 それを確認しつつスネークは、リューに言われた通りにヘルハウンドの首を掻っ切る事で先に仕留め、それからアルミラージにかかっていた。が、中々すばしっこいウサギ達は、スネークでも捕まえるのを手間取っていた。

 見かねたリューが手助けをしようと思っていると、スネークは得物のナイフを仕舞い、手でアルミラージを捕まえ始めた。そして、二匹捕まえてその耳同士をロープで縛り、動けないようにすると、それを先に倒してしまった3匹を除いた3組を瞬く間に作ってしまった。

 あまりの早業に目を奪われたが、それどころじゃない事に気が付く。新しい足音が聞こえるのに二人は気づいたのだ。

 大木のバリケードの奥にいるハードアーマードの音ではない。もっと大きな、重厚感のある足音だ。そしてリューはこの足音の主を良く知っている。

 ソレはすぐに姿を現した。バリケードを突破しようと試行錯誤している鎧鼠の群れをなぎ倒し、そして簡単にそのバリケードを破って。いや、そのバリケードを自然の武器(ネイチャーウェポン)へと変貌させて。

 

「ミノタウロス……」

 

 リューはその姿を見て思わず声を漏らす。

 中層、とりわけ17階層までのモンスターの中では最高位の強さを誇る、半人半牛の姿を持つモンスターだ。その強さはギルドのお墨付きで、推定レベルはLv.2。単独での強さはこれまでの他のモンスターの追従を許さない。

 強靭な肉体、ダンジョン内の物資を利用して天然武器(ネイチャーウェポン)すら使う知能、Lv.1とは比べるのもおこがましいレベルの総合力。Lv.4のリューなら余裕で倒せるだろうが、万が一Lv.1のスネークが巻き込まれれば、防御ができずに一撃で致命傷を貰う可能性すらある。

 

(厄介な)

 

 そう思ったのも束の間、リューの前にスネークが躍り出る。

 なんと彼はLv.1でミノタウロスに立ち向かおうとしているのだ。流石に止めようとしたが、それをスネークは片手で制止する。彼は本気だった。

 尊敬を通り越して呆れる彼女に背を向けて、彼は怪物に立ち向かう。

 

「リオン、今夜はスキヤキだぞ」

 

 不穏な言葉を言いながら




リューさん金髪だったんですね。私の読み込み不足を感じました……
という事で、設定の修正とこれから起こるイベントの調整を行いました

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