マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 生徒会室で、真由美からゲーム研究部部室での顛末を聞いた深雪は心底呆れかえり、深い深い溜息を吐いた。

 

 本気で真由美たちも土下座に参加させようとしていた部員たちはついに摩利の怒りにふれ、得意技のスタイリッシュ土下座を各々オリジナリティを発揮しながら決めたが全員顔に拳を食らった。その当人・摩利は現在風紀委員の部室で達也と作業をして――という体で達也に作業をさせて――いる。

 

「結局、交渉方法は別として、そのゲームは実際にプレイできそうよ」

 

 説明を一通りした真由美の目線は端末に向いている。そのゲームのプレイ動画だ。

 

 動画を投稿したらしいプレイヤーがスーパーショットで相手を一気に二人撃ちぬく。それが決定打となり、人数有利になった実況者側は残り10数秒で逆転し、勝利を収めた。どうやら『ナワバリバトル』とやら以外でも色々ルールがあるようで、『ガチマッチ』とやらを怒り狂いながらプレイしている動画も見た。あまり上手くなかったので途中で視聴をやめたが。

 

「それで、このインクガンというのはいつ送られてくるんですか?」

 

「んー、明日だって。それよりも、はあ……どうしよう……」

 

 真由美は答えながら端末を閉じ、溜息を吐きながら呟く。ある程度選手にあたりをつけていたのだが、これでまた考え直しする部分が多くなった。しかも、自分が出場して優勝する予定だった『クラウド・ボール』が廃止になったのだ。色々と憂鬱である。

 

「司波深雪さんは、これまで通り新人戦の『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『ミラージ・バット』をお願いする予定ですので心配いりませんよ」

 

 その横で鈴音が深雪にフォローを入れる。そんな鈴音の目も少し充血しており、作戦スタッフとして動画をいくつも見ていることが伺われた。

 

「まったく、ただでさえエンジニア選出に苦労してるのに、ここで新競技だなんて……」

 

 真由美の愚痴は、作業音の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲーム研究部 わいせつ物持ち込みのため連行 罰・反省文』

 

『ゲーム研究部 授業を放棄し部室で活動のため連行 罰・補習』

 

『ゲーム研究部 夜間に集団で学校に侵入 罰・雑用手伝い一週間』

 

 風紀委員の資料整理を手伝って――というか主に一人でやって――いる達也は心底呆れかえった。

 

 生徒の校則違反記録のほとんどがゲーム研究部についてだ。また先輩からのアドバイスのようなものが資料の端々に見えるが、それらもゲーム研究部についてがほとんどである。『土下座されても許すな』『芸術的な土下座をされても驚くな』『幼稚園生を相手してると思え』など尋常でないアドバイスばかりであったが、入学してから三カ月でそれらが正しいことを達也は知った。

 

 そんな資料整理の中で交わされた雑談は、自然と九校戦の話になった。

 

「今年は三連覇がかかってるんでしたっけ?」

 

「ああ、去年も一昨年も厳しい戦いだった。とくに三高と四高にはヒヤヒヤさせられるよ」

 

「……」

 

 三高は作戦スタッフを連れてきていないが選手の質が高く、逆に四高は作戦スタッフとエンジニアの腕が高い。毎年優勝を競っているのは一高を含めた三校だ。

 

「うちはどちらかといえば三高よりだな。選手の質はとにかく高い。作戦スタッフも鈴音を中心によくやっている。だがエンジニアがな……」

 

「なるほど、足りないと」

 

 四高の名前が出た時に少しだけ動揺したのを悟られていないと思った達也は、安心しながらそう当たり障りのない返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく十文字君が協力して選手が決まってたのにこの仕打ちは何よ……エンジニアも足りないし……」

 

『…………』

 

 翌日の昼休み、生徒会室には闇堕ちした真由美の愚痴ばかりが飛んでいた。その眼に光はなく、化粧で誤魔化しきれない肌つやの悪さと目の下のくまがそのすごみに拍車をかけている。

 

 さすがの達也も消化不良を起こしそうである。深雪と鈴音とあずさはすでに半分も食べきっていないのに箸を止めていた。摩利はさすがだが、箸はいつもよりも進んでいない。

 

 兄妹愛コンタクトで達也は離脱を試みる。真由美の愚痴が丁度折よく途切れたので立ち上がろうとした、その時、

 

「あの、エンジニアにはふみくんと司波君がいいんじゃないでしょうか」

 

 達也にとって特大の地雷があずさによって投下された。

 

「……そうか、達也君!」

 

「……盲点だった。委員会も深雪のも、コイツが調整していたんだったな」

 

「あ、あのう、ふみくんは……」

 

 真由美と摩利の目に光が戻るが、まだどことなく濁っている。まるで、希望と一緒に聞きたくない名前が出てきたかのようだ。

 

「エンジニアの重要性は存じ上げていますが、自分は一年生ですが? 前例がないはずです」

 

「前例はいつの時代もつくるものよ」

 

「あの、だからふみくんは……」

 

 達也の反論を真由美が撃ち落とす。その口調からは危ない雰囲気が察せられた。

 

「CADの調整はユーザーとの信頼関係が重要です。自分がなるのはいかがなものかと」

 

「私はお兄様に調整していただきたいのですが」

 

「ふみくん……」

 

 なおも反論を募る達也に王手をかけたのは、さきほどまで仲間だと思っていたいとしい妹だった。

 

「お、おい、みゆ……」

 

「そうよね!? いつも任せている信頼できるエンジニアがいれば選手の調子もあがるわ!」

 

「ああ、しかも司波は一年生のエースだ! 彼女がここまで推すのだからな!」

 

 真由美と摩利が達也の言葉を遮る。完全にチェックメイトである。

 

「はい、私だけでなく、光井さんや北山さんも安心できますね」

 

 深雪の言葉はもはやただのダメ押し。そうして話が進もうとしたとき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、ふみくんはどうなんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――生徒会室が、大声でふるえた。

 

 盛り上がっていた生徒会室が急に静まり返る。

 

 声の主は、提案者のあずさだ。普段の気弱そうな様子は鳴りを潜め、立ち上がっていて、その顔は怒りに染まっている。

 

「司波君はいいとして、どうしてふみくんのことを無視するんですか!? 一年生でも、いや、この学校全体で見ても、ふみくんは間違いなくCAD調整では一番です!」

 

 机を叩いてなおも大声で真由美たちに詰め寄るあずさは、その体格からは想像も出来ない迫力を放っていた。その普段見ない様子に呆けていた一同だったが、真由美と摩利はいち早く復帰して言い返す。その眼は、さきほどよりもさらに濁っていた。

 

「ふみくん? あはは、それだれかしら?」

 

「いやはや、そんなにいいいちねんせいがいたのかあ? にたようなあだなのやつで、じゅっしぞくにどげざさせようとしたれんちゅうのなかまならしってるんだがなあ」

 

 現実逃避気味の声は、どこまでも渇いていて、空虚だった。

 

「私のCADだってふみくんが調整してるんですよ。ほら! すごいでしょう!?」

 

「これ以上私の胃痛増やさないでよ! あんなの加えたら何しでかすかわかんないわ!」

 

「あいつの腕は認めるが、問題行動が過ぎる! 他校や来賓の前であんなの出せるか!」

 

 あずさと真由美と摩利が立ち上がり、真っ向からにらみ合って大声で反論しあう。

 

「……」

 

「…………」

 

「……………………」

 

 深雪は目を丸くして脳みそをシャットダウンさせてしまっている中、達也は現実逃避しつつも……それを虚ろな眼で見ながら、鞄からこっそり取り出した胃薬を明らかに制限用量以上にがぶ飲みしている鈴音を見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の部活連準備会議は、始まる前からピリピリしていた。

 

 それは達也に関してもそうだが、椅子に大きな態度で座っておおあくびこいているチビも原因だ。

 

 一時大騒ぎになった生徒会で、改めてこの二人をエンジニアとして採用するかどうかを、この会議で決めることになった。殴り合いに発展しそうな大喧嘩を収めたのは深雪の魔法である。足先の冷えは若いといえど女性の天敵だ、というのが鈴音の証言である。

 

 二人が座っているのは内定メンバーと同じオブザーバー席である。そこに座りだした二人を見て範蔵は眼を見開き、克人と駿はこっそり胃のあたりを押さえたというのはついさきほどの話である。

 

 そして会議が始まる。

 

 当然のように、真っ先に達也と文也に関して説明の要求がされ、それに回答した真由美へ無秩序な反論が所々からあがり、会議は踊る。

 

 達也にも文也にも好意的な態度を持つものは思ったよりもいたが、こういった型破りが嫌いな人物はどこにでも一定数いる。達也は二科生、文也は素行不良だ。どちらも何も事情を知らない人物からすれば至極まっとうな意見である。

 

 それらに対して強硬に反論したのは、達也に関しては真由美、文也に関してはあずさだった。とくにあずさの強い態度は意外で(あの場にいたメンバーたちはその記憶を封印していたため無表情である)、当の本人である文也すらも目を丸くしていた。

 

「ようするに」

 

 そんな会議を一言で収めたのは十文字克人である。そのオーラはもはや一流の軍人の様だ。ただし最近なんだか胃薬が欠かせないのが目下の悩みであるのだが。

 

「司波については、実際どの程度の実力なのかが問題なのだな? 井瀬も素行は気になるが、本人も乗り気のようだし、素行不良を補えるほどの実力を示せばいい。二人ともが、実際にそうするのが一番だ」

 

 克人は冷静であった。彼も文也のメンバー入りはなにかと心労が予想される身であるが、自分の立場を考えて、あくまで中立である。

 

 文也は何も言わないことこそが、やりたいと思っていることの証左だった。もし嫌なら、彼ならばすぐに『面倒だ』とかいって会議を脱走して部室でゲームをしてそうなのは簡単に予想が付く。

 

「……ですが会頭、井瀬はすでに氷柱倒しの選手にも選ばれています。それにエンジニアも、というのは酷では?」

 

「あー、そこは大丈夫だな。氷柱倒しは体力使わないし、CADいじるのは好きだし、そんな疲れないぜ」

 

 克人に反論したのは範蔵だ。彼は文也の実力をその眼で見ているため強く反対こそしないが、彼の体力の低さを知っている。

 

 だがそれを文也自身が心配ないといってみせた。それならば、もう反論はない。文也が出る『アイス・ピラーズ・ブレイク』は魔法的にも精神的にも体力は使うものの、身体自体は動かさないのでスタミナという意味での体力は必要ない。そして、日常会話の中で、最近あずさのCADを調整しているのは文也だと知っているし、その調整が今までとは比べ物にならないほど高精度であることを彼は知っている。その実力を知り、思い浮かぶ問題点のほとんどが解決した以上、あとは実際に目で見える形で実力を示してもらうだけだ。

 

「反論はないな? では俺が実験台になろう」

 

「いえ、推薦したのは私ですから私が」

 

 克人が立候補し、それを真由美が遮る。そのやり取りは決して文也と達也にとって愉快なものでなく、文也に至っては舌打ちをする始末だ。

 

「それなら俺がやるよ」

 

 それをさらに遮ったのは、ひょろりとした細身の少年だ。

 

「あれ、部長いたの?」

 

「そりゃ『スピード・シューティング』の代表だしね、俺」

 

「知らんかった」

 

 立候補した少年を見て文也は目を丸くする。そこから雑談が交わされるが、それを克人が遮った。

 

「……百谷、そのぐらいにしてくれ」

 

「うーす」

 

 悪名高いゲーム研究部の部長・百谷博は、その部の中でも珍しく一科生であり、また成績優秀者でもある。百家の一家の生まれでもあり、三巨頭の影にこそ隠れているが、試験では『ほとんど』実技でも筆記でも上位10人にいる。たまにゲームのやり過ぎによる連日徹夜で調子が出ず留年レベルまで点数が落ち込むこともあるが。

 

 文也がある程度受け入れられていた理由は彼による。ゲーム研究部所属と言えど、彼は一年生の頃から九校戦でその存在感を示していた。文也の実力自体は試験結果からこの場の誰もが知っているため、素行が気になる以外の欠点が見つからない。一年生がエンジニアというのは心配だが、この百谷の前例もあるため『もしかしたら』という期待が少なからずあるのだ。

 

「決まりだな」

 

 克人のその一言でこの後の方針が本決まりになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の採用は決まった。

 

 彼の完全手動調整は博をうならせるほどのものであった。安全第一の調整であったが、博が『スピード・シューティング』の練習機で実際にやってみて『おお、すげえすげえ! 自分のみてえだ! ひゃっほう!』と叫んだほどだ。

 

 決して派手な成果でこそなかったが、あずさや範蔵の強い推薦もあって達也は選ばれた。

 

 そして次は文也の番だ。

 

「どれ、司波兄はかなりやってくれたみたいだし、俺はいっちょ派手にいきますかね」

 

 達也の腕を見せられた文也は、エンジニアとして熱く血が滾っていた。その言葉を聞いたあずさは『嫌な予感が……』と頭を抱える。推薦したこと自体に後悔は全くしていないのだが、感情的に推薦してしまった手前、文也が何かを『やらかし』てしまうと、あずさにとっては恥ずかしいことになる。

 

 博からCADを受け取った文也はそれをそのまま調整機に置いて、達也と同じように文字が羅列する画面を出してそれを高速スクロールでみたりすることもなく、そのままキーボードで設定をいじりはじめた。

 

「もう司波兄が計測も終えてるし、色々後ろから見てたからもう中身もわかってるし、がっつり手順飛ばしたから」

 

 キーボードを達也と遜色ない速度で叩いて次々と設定を変えていきながら文也は周りにそう説明した。

 

 その書き換えた内容を見て、達也は思わず閉口した。

 

(……これは…………)

 

 止めようか迷う。このままだと、下手をすれば、危険なことになりかねない。それほどに『危険』な調整だと達也は変更内容から読み取った。

 

 だが、すぐに考え直す。データをよく見れば、さきほどの懸念は杞憂だと知ったからだ。

 

「ほいお終い。部長、きいつけてね。それ、渡辺先輩や部長みたいにじゃじゃ馬だから」

 

「「どういう意味だコラ」」

 

 摩利と博の口から同時に文句が飛び出る。文也はそれを聞いてヘラヘラに笑うのみだ。

 

 それを見て摩利は諦めたように溜息を吐き、博は苦笑いしながら実験の準備に入った。

 

「んー、あ、これちょっとやばくない?」

 

 模擬競技が始まり、魔法の展開開始と同時、博の顔が引きつる。

 

 それとは裏腹に、打ち出されるクレーは次々と破壊されていく。さきほどの達也の調整とは比べ物にならない精度と速度でクレーは破壊されつづけ、そのまま終了した。

 

 叩きだされたスコアは、さきほどのものどころか、去年実際に準優勝して見せた時の記録を超えていた。

 

 だが戻ってくる博の顔は嬉しそうでない。さきほどまでの涼やかな顔は嘘みたいに歪み、摩利に睨まれたときのように汗をだらだらとかいていた。

 

「な、やばいだろ?」

 

「俺じゃなかったら競技中止もんだよ」

 

「部長だからそうしたんだもん」

 

「ほざけ」

 

 そう言った部長はどっかりと椅子に座り、スポーツドリンクを呷ってようやく一息ついた。

 

「……記録はすさまじいが、井瀬。あれは『どういうこと』だ?」

 

「今のはさすがに私でも見過ごせないぞ」

 

 その横では、みたことない剣幕で摩利と克人が文也に詰め寄っていた。

 

 だが当の本人はいつもの反省文を書いている時の様子が嘘みたいにケロッとしている。

 

「司波兄が安全優先でやってたから、俺は逆に記録優先でやってみただけですって」

 

「それでも限度があるだろう!」

 

 文也の弁解に、摩利が声を荒げる。その胸倉をつかみそうになったが、摩利は自分の手を自分で押さえつけることでそれを我慢することに成功した。そうまでしないと怒りが抑えきれないほどに、文也の調整は危険であると摩利は知っているのだ。

 

「……お前なら、性能の低いハードで大魔法を行使する危険はわかるはずだ」

 

 克人も声を荒げこそしないが、その低い声に怒気が多分に含まれている。傍から見ればトラに睨まれたウサギだが、それでも文也は動じなかった。

 

「まあまあ落ち着けって。俺は部長の実力を知ってて、あそこまでギリギリに手を出したんだよ。失敗するなんて思ってもないさ」

 

「そりゃまた嬉しいね」

 

 文也はヘラヘラ笑いながら反論し、それを聞いた、ようやく息が整った博が苦笑いしながら無駄口を挟んだ。

 

「委員長に会頭、こいつ、『俺の今のコンディション』で出来るギリギリを突いて、わざとあそこまで調整したんだよ。こいつにとって、危険なんてこれっぽっちもない」

 

 そう言ってCADを文也に渡しながら『もどしといて』と言うと、そのままタオルで汗を拭く。一方の文也はまた調整機にCADを乗せ、またキーボードで達也が調整したものと『まったく同じ』ものに調整し直した。

 

「……いまふみく……じゃなくて、井瀬君がやったのは、百谷先輩が言った通り、極限まで記録を求めた調整です。先輩の体調や今の実力を、観察とサイオン波の計測だけで読み取り、それが制御できるぎりぎりまで魔法の性能を高めた調整なんです」

 

 あずさが呆れたように、文也の調整の解説をした。文也がこうした『無理』をするのをあずさは何度も見てきた。ただしコンディションの見極めが絶妙らしく、多少吐いたりはするが、取り返しのつかない事態には一回もなったことはない。あずさが懸念したのは『事故』ではなく、文也のギリギリの無茶が受け入れられるかどうかだった。

 

 達也は文也のギリギリを攻める姿勢に、調整を後ろから見ていた時点でうすら寒いものを覚えていた。

 

(俺だったら……ここまでできるか?)

 

 文也は一回博が実際『スピード・シューティング』をやっているのを見ているとはいえ、彼のコンディションを正確に読み取ってみせた。それはサイオン波の測定と安全マージンを取った調整をした達也も同じことをしていたが、自分があそこまで自信満々にギリギリを攻められるのは、自分自身か妹だけである。

 

人の体のコンディションというのは秒単位で移り変わるものだ。ギリギリを攻めるにしても、安全マージンはそれなりに取るのが普通である。

 

 それなのに文也は、達也が後ろから画面を見た限りでは、まさにギリギリを攻めていた。博は百家の産まれなだけあってかなり良い――性能が高いという意味である――CADを使っており、逆に競技用の性能が制限されたCADはそこまでいいものではない。

 

 良いCADから良くないCADに魔法式をそのまま移すというのは、魔法が発動しないだけならまだいいが、暴走したり暴発したりして使用者を傷つける可能性もある。だから安全マージンは必要以上にとっておくべきなのだ。

 

 それを知らない魔法師は多いが、エンジニアなら知っていて当然の常識を、文也は破ったのだ。

 

 否、本人に破ったつもりはない。そのラインぎりぎりを攻めただけだ。

 

「……はあ…………」

 

 そこまでのやりとりを無言で見ていた真由美は、大きく溜息を吐いた。眉間にはしわが寄っていて、顔に疲労が色濃く出ている。

 

「井瀬君の実力が高いのは分かったわ。スコアを求めてギリギリを攻めるのもわかる。でも、そんな危険なことをやって笑っているような人に、エンジニアは任せられないわ」

 

 真由美は生徒を守る立場である生徒会長としてそう言った。本人とあずさはギリギリ100%安全であるところを狙った、と言ってはいるが、背負うリスクが高すぎるものに対してそこまで狙うというのは、『未来ある』魔法師のエンジニアとしては無責任どころか、非常識だ。これは生徒会長としてだけでなく、この国の魔法師の未来を守る義務がある十師族の長女としても許すべきことではない。

 

「……一つ、僕からいいですか」

 

 そんなところに、手を高く挙げてそう言った生徒がいた。

 

「なんですか、森崎君」

 

 真由美はその生徒――駿に対して発言を許す。

 

「文也はああして非常識な調整をしたのはたしかですが、あれはあくまで『この瞬間しか』使わない――つまりコンディションの振れ幅が少ないからそうしています。実際、僕は彼にCADを調整してもらっていますが、かなり使いやすいです」

 

 そう言って駿は自分が使っている競技用CADを見せる。それを受け取ったあずさがすぐに機械につないで中の設定を見てみる。

 

「これは……」

 

 その画面――達也や文也が使ったような文字の羅列でなく、普通に使われるグラフ化されたデータ画面である――を覗いた達也は声を漏らす。

 

 さきほどの非常識な調整とは真逆に、どこまでも緻密な調整が施されたものだった。

 

 駿の家は本流でこそないものの百家支流名家であり、彼自身も良いCADを使っている。当然そこから競技用CAD向けに調整するとなると安全マージンを取らざるを得ない。

 

 それに対してさきほどの文也は安全マージンをギリギリまで削ったが――駿の競技用CADには、安全を確保したうえでなおかつ最高のパフォーマンスが出せる調整が施されていた。

 

「駿がそのCADで出る競技は『モノリス・コード』だ。『スピード・シューテイング』と違ってクローズドじゃなくて、外部の影響を強く受けるオープンな競技なんだよ」

 

 立ったままだった文也が口を開く。その顔は、自信に満ち溢れた笑顔だった。

 

 競技には大きく分けて2種類のものが存在する。

 

 1つは外部の影響が少ないクローズド、もう1つは外部の影響に対して反応するオープンだ。

 

 クローズドは例を挙げるとすれば、水泳・投擲競技・テニスなどのサーブといったものが挙げられる。

 

 逆にオープンはサッカーやバスケの試合・テニスなどのラリーなど、外部の動きに反応するものが挙げられる。

 

 故に文也の例えは本来の意味とは少し違うものであるが、この場にいる人間に意味は伝わっている。

 

『スピード・シューティング』は予選までは一人でやるもので、他者の影響はない。さきほど博がやったのも対戦型でなく、個人のスコアをのばすスコア型だ。

 

 それに対して、駿が出る『モノリス・コード』は対戦型だ。しかもフィールドも様々で、かつ『相手からの攻撃』や『動き回る』といった要素もあるため、コンディションに影響する要素は『スピード・シューティング』よりもはるかに大きい。

 

「攻撃を受けたり走り回ったりしたら、それだけでコンディションが変わる。それに、使う魔法も種類が多いし、こいつはCADの電源を付けてすぐに魔法を起動する、みたいなことをよくするから、安定した魔法の起動が重要なんだ」

 

 だから、こうした調整をしている。

 

 そう最後に結論付けることはなかったが、この場にいる全員が理解した。

 

 彼は競技特性や状況、さらにはコンディションに合わせて、調整を自在に変えられるスキルを持っているというのだ。

 

 それはつまり、選手や天候などのコンディションが悪くとも、その影響がでにくい調整が出来る、ということだ。

 

 リスクの少ない調整が出来るということ。

 

 彼はそれを、あえて『リスクが大きく見える調整』をすることで証明して見せた。

 

 場の空気が静まる。さきほどまで怒りのオーラを出していた克人や摩利ですら、ぽかんとしていた。

 

 そんな状態から、いち早く復帰したのは真由美だった。

 

「そう……。……決めました。私は、井瀬君がエンジニアチームに入ることを支持します」

 

「俺も。こんだけ出来る奴ならCADの調整は任せたいな」

 

「僕も賛成です」

 

「私もです」

 

 真由美に続いて、博と駿とあずさも支持する。生徒会長、三年男子の優秀者、一年男子のエース、そしてエンジニアのエース。彼女らの賛成は場の流れを変えた。

 

 文也の危険な調整に対して怒っていた克人と摩利も冷静さを取り戻し、すぐに――摩利は不本意そうだったが――賛成の意を示した。

 

 反対派は沈黙したままである。これほどの腕を示され、真由美や克人が賛成したのだ。もう何も言えない。

 

 文也のエンジニアチーム入りが決まった。


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