マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 翌朝、達也が教室に入ると、E組はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた――という展開を予測して達也は扉を開く。

 

 一昨日に達也が九校戦のチームスタッフに選ばれたときは、その翌朝にはすでにクラス中にその話が伝わり、特に親しくもないクラスメイトからも軽く激励の言葉をかけられるくらいだった。どこで噂を聞き付けたのか、というほど情報が速い。上層部の会議の内容を知れてなおかつ口が軽いやつはこのクラスには多くないので、達也は誰が情報源かあたりをつけていたのだが、そこをいちいち攻める必要もないので放っておいた。

 

「……?」

 

 しかし、達也が教室に入っても、教室はお祭り騒ぎにはならなかった。それどころか、ドア越しに聞こえてきた談笑の声も消えている。達也が入った瞬間、教室は静まり返り、みんなが達也のほうを複雑な感情がこもった視線で見ている。

 

 チームスタッフに選ばれただけでもあれだったのに、ましてや選手にまで選ばれたのだから、大騒ぎになってもいいはずだが……

 

(まさか、な)

 

 特にクラスに帰属意識を感じているわけではないが、達也はある可能性に思い当たって少し気分が落ち込んだ。

 

 ここは二科生のクラス。多かれ少なかれ、おのおのは自分の魔法力になんかしらのコンプレックスがあり、それが一科生への嫉妬に転じてしまっている。達也は入学からたった三か月でそのさまを何度も見ている。

 

 自分が九校戦の代表――それもエンジニアだけでなく、選手にまで選ばれた。

 

 これによって、クラスメイトの嫉妬を買ってしまったのではないか。

 

(結局、こういうことか)

 

 達也は小さくため息をつき、そのまま自分の席に向かう。腫物扱いは慣れている。この程度、別にどうってことない。

 

「あー、えっと、達也、おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

 席に着いた達也にレオが歯切れ悪く挨拶をする。いつもの陽気さはすっかり鳴りを潜めていた。

 

(さすがに、な……)

 

 レオまでもがこの態度だと、さすがに気分が落ち込む。

 達也が憂鬱さを感じてそのまま押し黙ると、重い空気に耐えかねたレオが、なおも言葉をつづけた。

 

 

 

「そのー……どんまい、これからきっといいことあるから、さ」

 

 

 

 

「……は?」

 

 その口からでた言葉は、あまりにも予想外だった。

 

 全く文脈が読めない。気にするな、俺らは応援してるから、みたいな気休めか、言い訳じみたことでも言ってくるのかと思ったが、同じ気休めでも、どうにも意味合いが違う。

 

「どういうことだ」

 

「みなまでいうな達也。わかる。わかるぞ、その気持ち。現実逃避したくもなるよな」

 

 問いかけても答えは要領を得ない。しかしこのやり取りの中で気づいたことがある。

 

(これは……憐み?)

 

 嫉妬や羨望、怒りのようなものではない。その目じりは下がり、むしろ温かい目線だ。考えてみれば、教室に入った時の目線も、刺すような感じは全くしなかった。

 

(だが、なぜ……)

 

 しかし、こんなにも急になる理由は思い当たらない。

 

 達也が脳内で首をかしげていると、その答えをレオが教えてくれた。

 

 

 

 

 

「まあ、なんだ、井瀬だって悪い奴じゃないから。その、ちょっと、いや、かなりやんちゃなだけで」

 

 

 

 

 

 

「ッ!? ゲホゲホッ!」

 

 

 達也はその言葉に思わず動揺して咳込んだ。

 

 なんだそれは、と一瞬思ったが、達也はすぐに合点がいった。なるほど、あいつと同じチームというのはかなり骨が折れる。それはたった三か月の間で学校中に浸透した事実で、達也自身もよくわかっていた。

 

「だ、大丈夫か達也!?」

 

「し、司波君!? 大変! あまりのショックに病気になったのかも!?」

 

「保健室の先生呼んできて! はやく!」

 

「ほら、背中さすってやるから、しっかりしろ! 死ぬな!」

 

 咳き込み始めた瞬間、クラスメイト達が達也のところに走って集まってきて大騒ぎになる。

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 このままだと保健室どころか救急車で担ぎ込まれかねない。

 

 達也は大騒ぎになる前に、なんとかクラスメイト達を押しとどめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそったれぇ……」

 

「さ、七草さん、落ち着いて……」

 

 昼休みの生徒会室は、人間の発散されない暗い感情がたまりにたまった肥溜めのような空気だった。

 

 本来なら、どんなに難航しても今日には発足式が行えたはず。

 

 しかし急な競技の変更、それも選手の選び方が特殊なものに変わったので、九校戦関連のあれこれが予定より大幅に遅れていた。

 

 故に主導者たる生徒会役員と摩利と克人、そしてアドバイザーとして(脅されて)呼ばれた博は、こうして休み時間にも集まって急ピッチで選手決めをしなければならなかった。

 

 ところが、選手選びは難航していた。先ほどの通り、今更時代遅れの尺度に関するデータなどそうそう集まっておらず、まずはその調査から始めなければならないのだ。テストで測れるような魔法力ならいくらでもデータは集まる。しかしテストで測れない部分の能力は、情報収集するだけでも一苦労なのだ。

 

 そんな中で漏れ出た真由美の悪態も仕方ないといえば仕方ない。同じようなことを(博以外は)思っている。

 

 生徒会の仕事は九校戦関連だけではない。ほかにも(生徒会の権限が強いがゆえに)仕事はたくさんある。本来なら九校戦にかかりきりになっている時点で、学校内のことが進んでいないということなのだから生徒会活動も本末転倒なのだが、ことのいきさつを知っている教員たちは妙にやさしく、九校戦関連以外の仕事をすべて肩代わりしてくれた。

 

(私たちが何をしたというのでしょう……)

 

 深雪は端末でデータを採集しながら食べていた、まだ半分しか減っていない弁当の蓋を閉める。ながら食事などという行儀の悪いことは生まれてこの方したことないし今後するつもりもなかったが、今は緊急事態だった。それにどうせこの空気だから食欲もわかない。食べた量が半分なら罪も半分と、無理やり自分を納得させた。この場に愛しのお兄様はいない。こうなることはわかっていて心細かったのでついてきてほしかったが、自分のわがままで愛しのお兄様をこんな空気に巻き込むわけにはいかなかった。

 

 昨日の帰り道にあずさが上げた候補たちには今朝からすでに参加依頼を出しており、快く承諾を貰っている。本来なら悪手の可能性が高いが、緊急事態ということで急に『クラウド・ボール』の枠が浮いた真由美も代表になった。

 

「なんとしても明日までには決めるわよ。目標は、明日の午後に発足式!」

 

 お肌も声も心もすっかりがさついてしまった真由美は、教師からの差し入れであるコーヒーを一気飲みすると、そう叫んでまた自分の仕事にとりかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、会長大丈夫かよ……」

 

「急な競技の変更のせいであんなことに。おいたわしや……」

 

 

 講堂に生徒たちのざわめきが響く。

 

 翌日の四限。真由美たち三年生の強行軍――さすがにあずさと深雪には無理をさせられなかったが、なぜか範蔵は巻き込まれた――によって選手をそろえ、発足式の開催にこぎつけた。四・五限の授業変更を朝に教務課に申請しに行ったとき、教員たちの勧めで真由美たちは午前の授業を丸々保健室のベッドで過ごした。なお数が足りなかったので範蔵はソファー、博は床で寝る羽目になった。哀れ。博は日ごろの行いのせいだ。

 

 そんな休憩を経てもなお真由美の体調は完全に回復せず、疲れは顔に色濃く残っていた。昼休みの間にカロリーゼリー飲料と栄養ドリンクで高速エネルギーチャージをし、女性教員のものを借りて化粧を――あまりの忙しさに化粧ポーチを家に忘れてきたのだ――してごまかして、さらに舞台の上という離れた場所でもなお、それは目立った。

 

 舞台の上には選手とスタッフが、各々のユニフォームに身を包んでずらりと並んでいる。文也は面倒くさがってさぼろうとしたが、ちゃんと――かどうかはさておき、顔面に特大の青タンを作って並んでいる。欠席しようとしたところを疲れで極限まで気が立っていた摩利に見つかり、あらんかぎりの力を込めた鉄拳制裁で気絶させられ、ここに引っ張れてきたのだ。というわけで柄にもなくこうしてちゃんと……とは言えないが出席している。

 

 そんな式の進行はつつがなく進んだ。

 

 二科生である達也がエンジニアとしてだけでなくいつのまにか選手として選ばれているのに少なからぬ生徒が疑問と反感を抱いたが、真由美や深雪が放つ気迫によってそれは抑え込まれた。

 

 しかしそれ以外にも理由があった。

 

 式といってもお披露目会みたいなものであるこれは、今年は少し趣向を凝らして、各選手たちがちょっとしたパフォーマンスをすることになっていた。

 

 新人戦の『フィールド・ゲット・バトル』の男子メンバーが紹介された時もそれをやった。

 

 といっても大げさなものでなく、三人で横に並んで手をつなぎ、ワーイと腕を上げるだけだ。

 

 しかしその様子は全校生徒を驚かせた。名目上のリーダーとして三人の真ん中に立っていた駿が、なんと笑顔で文也と『達也』の手をがっちりと強く握り、高々と――文也側は小さくてそうは言えないが――腕を上げたのだ。

 

 あの一科生としての自分に誇りを持ち、魔法主義者で、二科生を見下していて、かつ達也と浅からぬ因縁がある駿が……これは彼のことを知る者たち――生徒だけでなく教員も――全員を驚かせた。

 

 あの森崎駿が認めている? つまり、あれはそれほどの正当性を持つ存在ということか?

 

 そんなようなことを考えさせ、生徒たちが達也のことを認めるに至ったのだ。

 

 ちなみに駿が達也のことを本当に認めているかというと、皆様のお察しの通り全くそんなことはない。

 

 これで何かしらの反感が起きて達也が拗ねて辞退してもらっては困る……そう考えた駿が、自分に対する周りの評価を(あまりの事態に一周して)冷静になって考えて、これをするに至った。実際達也はそんな幼稚ではないので杞憂なのだが、モチベーションが低いことは事実なのでその心配はわからないでもない。

 

 駿の内心を知る者は、あの選手決めの場に居合わせた者だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーん、そんなことがあったのか」

 

「ええ……ふみくん、神経太すぎ……」

 

 八月一日。あれから一か月弱が過ぎて、ついに九校戦に出発した。

 

 バスと作業用車両四台で別れるのだが、まず達也と文也がどちらに乗るかという話になった。二人とも選手兼スタッフであり、どちらにでも乗ってよいのだ。

 

 麗しき妹様を筆頭に一年生女子たちは、達也がバスに乗ることを提案した。またそれには達也のことがぶっちゃけお気に入りである生徒会役員(服部は無言)や克人も肯定的だった。また発足式の件もあって達也への風当たりは意外と悪くなく、環境の良いバスに乗れそうであった。

 

 しかし、達也自身が、なんと自ら作業車両に乗ることを提案した。

 

 これには一同驚いた。

 

 あのシスコン魔人が、妹の願いを断り、妹と離れるほうを選ぶとは。何人かの顎が外れかけたのはご愛敬だ。

 

 達也がそれを選ぶのには理由があった。

 

 作業用車両が四台、ということは、つまりそれだけの大荷物があるということだ。その中には扱いを慎重にしなければならない精密機器もある。当然、安定した管理の腕と、そして移動させる際や緊急事態の対応のための腕力が必要になる。

 

 管理の腕はまだスタッフに逸材がそろってるからよい。

 

 しかし、腕力はどうだろうか。

 

 チビの文也、チビで運動とは無縁そうな女の子のあずさ、線が細くて色白でいかにも弱いですよと言わんばかりの女の子みたいな五十里、運動とは無縁そうな女の子の平河と和泉――などなど、力が弱そうな男子と、運動力がこれといってあるわけでもない女子がほとんど。

 

 実は、スタッフの中にいる数少ない力仕事ができる生徒から、達也は事前に頼み込まれていたのだ。

 

 おかげさまでバスのほうの空気は最悪だった。愛しのお兄様が選手に選ばれたことで一緒に乗れると期待が膨らんでいた深雪のご機嫌は大変悪かった。家の事情でストレスと疲れがたまった真由美もプレッシャーに負けて寝られなかったどころか、余計に心労がたまった。クーラーを使わなくてよかったのだけが利点だ。

 

 ちなみに文也は自ら作業用車両に乗るといい、それをきいたあずさも作業用車両に乗ると当たり前のことのように自分から言った。これには思わず生徒たちもほっこり。ついでに摩利の命令で、監視役として選手にもかかわらず駿もその車両に同乗することになった。彼は周りから同乗の強要に同情されたが、だれも反対せず、周りの意見は摩利に同上といった形で、バスを待つ道上で頭を抱える羽目になった。

 

 そんな車の旅道中、事件が起きた。

 

 爆発した車がバスのほうに吹っ飛んできたのである。主に深雪と達也の活躍で生徒にけが人は出なかったが、大変な事件だった。ちなみに入り乱れた魔法式を吹き飛ばして深雪をサポートしたのが達也であることは、文也との決闘で『術式解体(グラム・デモリッション)』が使えることを知られてしまったのでみんなが察した。

 

 それでてんやわんやの大騒ぎだったのだが、車両の中で呑気に眠りこけていた文也が起きたのはすべてが終わって、さあ出発しようか、というときにあずさが起こした時だ。そのあと、事情を寝ぼけ眼で聴いた文也とあずさの会話が先ほどのあれである。轟音が鳴り響いていたのだが起きないとは。

 

 ちなみに、事件の前まで文也とあずさは当たり前のように隣同士で座り、当たり前のようにお互いに寄りかかりあって寝ていた。あずさは小心者なので人前ではそうそう寝ないのだが、安心してぐっすりしていた。この様子を見た同乗者はのちに『遊園地の帰りに遊び疲れて車の中で眠ってしまった小学生の姉弟』と語ったのは二人の心のために秘密だ。

 

 そんなことがあったものの、無事に九校戦の会場に着いた第一高校一行は、おのおのの準備に取り掛かる。選手兼エンジニアの文也と達也はどちらの仕事をしなければならないので特に大忙しだったし、その仕事をさぼろうとする文也を監視するのに駿は大忙しだった。

 

 また、その日の夜の懇親会には文也も出席した。本当は部屋でCADの調整とかしたかったのだが、あずさに引っ張り出されたのである。しかし九島烈のスピーチの時にはたまたまトイレに行っていたため、主人公としての見せ場は特になかった。

 

 さて、懇親会が終わってもうすぐ日を跨ごうかというころ。

 

 作業車で作業していたところを五十里の勧めにより中断したあと部屋に戻らずぶらぶらしていた達也と魔法の訓練をしていた幹比古は不穏な気配に気づき、そちらのほうに向かって対処しようとしていた。

 

 幹比古は呪符を取り出し、三人の賊に向けて電撃を浴びせようとする。しかしそれは発動が遅く、賊の凶弾が幹比古を襲いかねない。そこで後から追いついた達也が拳銃を分解――しようとしたところで、大きな音とともに、賊の足音がしなくなった。

 

「「――は?」」

 

 一瞬呆けた二人だが、しかし優秀な彼らはすぐに冷静になり、賊たちが消えたのではなく、いきなり地面に吸い込まれたのだと一瞬で判断した。賊が下からこちらに銃を向けてることを考慮して直接様子を見にいかず、達也はイデアにアクセスして、幹比古は魔法を使ってそれぞれ離れた位置から様子をうかがう。

 

 それによって、幹比古は気づかなかったが、達也はもう一人近づいてくる存在に気づいた。

 

「なんだお前も気づいたのか。ん? あと一人は誰だ?」

 

 後ろからまるで散歩でもするかのように達也の後ろに現れたのは、フックがついた棒を持った文也だった。いつも通りの態度だが、その目はいつもより鋭かった。

 

「あれをやったのはお前か」

 

「ああ。ちょっとした悪戯心で落とし穴を少々ね」

 

 なんでこんなところに落とし穴を仕掛けようと思ったのか。不可解なことは多いが、こちらのことも警戒する幹比古に気を遣って駆け寄って姿を幹比古に見せる。

 

「達也と……井瀬?」

 

 幹比古はこの前悪目立ちしていたクラスメイトとその原因の姿を見て思わず首をかしげる。幹比古からすれば、二人で行動してここに現れたように見える。チームメイトといえど、この二人が一緒に行動しているというのが不可解だった。

 

「思うことはあるかもしれないが、まずは確認に行くぞ」

 

 達也が魔法を使って生け垣を超えると、それを追って文也も、流されるように幹比古も同じように生け垣を超える。この時点で、達也はすでに文也いわく落とし穴に落とされたという賊の武器をとらえて分解して無力化済みだ。

 

 文也が無警戒に成人男性の身長の二倍ほどの深さの穴の中を覗く。そこには気絶して間抜け面になっているだけでなく、亀の甲羅の模様のような形で縄に縛られて無様な姿になっている三人の賊が転がっていた。誰一人得をしない緊縛プレイだ。

 

「あーあ、美人スパイとかだったらよかったのに」

 

 文也はそういうと、達也にフック付きの棒を渡して顎で穴の中を指す。引き揚げろってことだ。

 

 達也は不満だったがそれを漏らさずに素直に従い、一人ずつ亀甲縛りの縄に引っ掛けてひっぱりあげる。文也の体格では届かないし、この悪条件で成人男性を引っ張り上げるのは苦労するだろうからだ。一名ほど引っ掛けた位置の都合で縄が股間に強く食い込む形となったが、同じ男性と言えど賊のことなんざ達也は気にしない。

 

「おーおー、ぴったり気絶してるだけか。これどっちがやったんだ?」

 

 達也が最初に引っ張り上げた賊の頬をぺちぺち叩いて意識を確認した文也はそう問いかけた。そのついでにポケットの中をあさり、財布のようなものを取り出して中身を確認するも、期待したものは入っていなかったようで雑に放り捨てる。いや、まさか金をとろうとしたのではあるまい。きっとそうだ。

 

「それは幹比古がやったやつだな」

 

「へえ、上手くやったもんだな。俺は余計なお世話だったか」

 

「え、あ、うん。でも……」

 

 幹比古が何か言おうとしたが、それは文也の行動で遮られる。達也が引き揚げ終わったのを確認してから近寄って穴を覗くとCADを取り出し、周りの土を魔法で少しずつ集めて穴を埋める。凝視すれば明らかに不自然だが、夜の森の中なので普通にしたら見過ごしてしまうし、昼間でも木陰になるため気づかないだろう。

 

 幹比古の雷撃は、賊が文也が仕掛けたという落とし穴によって狙いは外れたものの、半ば反射で幹比古が軌道を変えたことで賊に命中していた。本来なら亀甲縛りで意識があるまま恥をさらすことになるのだが、本人たちにとって幸いだったことに、それを知る意識はない。股間に強く食い込む縄も感じない。ただちょっと顔が間抜けなくらいだ。

 

「んじゃ、回収していくか」

 

 達也から棒を返してもらうと、文也は三人を縄でひとくくりにしてまとめて引きずっていこうとする。一見非力な文也は軽々と三人を引きずって移動する構えだ。よく見ると土埃や引きずる音は小さい。魔法で摩擦係数を極限に減らしているのだ。

 

「待て。井瀬。それは俺が回収するから」

 

「大丈夫大丈夫。俺に『ツテ』があるからいーよ」

 

 達也は焦ってそれを制止する。彼としては、これをこの国防軍の富士演習場にいる『知り合い』に引き渡していろいろと情報を引き出したいところだ。しかし、文也は聞く耳を持たない。

 

 達也が実力行使もやむなしか、と考えたところで、そこに横やりが入った。

 

 

 

 

 

「それは困りますな、井瀬君」

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 低い成人男性の声。いきなり、まるでそこに瞬間移動してきたかのように現れた気配に文也と幹比古は臨戦態勢をとるが、それを達也が制止した。

 

「俺の知り合いだ」

 

「ああ、『達也』の知り合いの風間だ」

 

 いきなり現れた男――風間の自己紹介を受け、警戒心はそのままだが二人は臨戦態勢を解く。

 

「……国防軍か」

 

 風間の正体をすぐに見破ったのは幹比古だった。文也はそれを聞いて合点がいったようにうなずいて、すぐに渋面を作る。風間は肯定も否定もしない。

 

「お前の人脈はいったいどうなってるんだチート野郎。こいつ、結構偉いだろ?」

 

「お前の『ツテ』みたいなものだ」

 

 初対面の成人男性をこいつ呼ばわりして失礼なもんだが、この場では対立しているであろう相手なので遠慮はしない。達也の返事もそっけなく、あえて要領が得ないものだ。まあお互いに普段とそんなに変わらない。

 

「そちらの不法侵入者は私たちが引き取ろう」

 

「いえいえおかまいなく。ごみ処理を自分でするのは学校遠足の鉄則なんで」

 

 風間の単刀直入な提案という名の要求に、文也は皮肉で返す。

 

「いや、引き取らせてもらう。君も、高校生が学校行事で外に出てる中、こんな深夜にうろついていたのを知られては困るのではないか?」

 

「知り合いの司波兄とそのお友達も同罪で巻き込まれるぞ」

 

 はたから見ている幹比古は肝を冷やした。国防軍基地の中で賊に襲われ、その賊をなぜか高校生である文也が意地でも回収しようとしている。国防軍のどうやら上層部らしい男にも無礼な態度をとり続けてすげなく拒否しているのだ。

 

「だが、敷地内の森に勝手に大穴をあけたのは君だけだ。こんなことをしたことが知られたら、九校戦にも影響があるだろう。このようなことをする危険人物は、出場停止申請も視野に入る。君のお友達も困るのではないかね?」

 

「チッ」

 

 文也はそこで観念して、縄で縛ってまとめた三人の賊を軽々と担ぐと、風間に放り投げた。いくら鍛えているといえど、成人男性三人分が飛んできたのを受け止めた風間はよろめいた。達也は気づいたのだが、自分が投げる時は魔法を使って軽くなるようにしたが、風間が受け止める直前に魔法を解除している。嫌がらせは忘れないのだ。

 

「だったらそもそも侵入されるんじゃねえよ。将来を担う若者の命の危険だぞバーカ」

 

 文也はそう負け惜しみを言うと、風間のほうにつばを吐いて――どこまでも煽るやつである――生け垣を飛び越えて帰っていった。達也は念のためイデアにアクセスして確認したが、そのまま素直に帰っている。

 

「幹比古。お前ももう帰れ。この後ちょっといい話を教えてやるからさ」

 

 達也は先ほどまでに比べたら柔らかい声音で幹比古を促す。柔らかくなっているが、その内容は強制だ。

 

「あ、ああ……わかった。これ以上は胃に穴が開きそうだ」

 

 幹比古はそれに素直に従う。真夏の夜なので蒸し暑いのだが、今かいている汗は絶対それによるものではない。

 

 幹比古も素直に帰ったのを確認すると、達也は風間と話し始める。

 

「少佐、どこから見ていらしたのですか?」

 

「落とし穴に賊がはまったあたりからだよ、『特尉』」

 

 二人の関係は、いろいろあって、国防軍の部下と上官だ。風間はせめて達也の素性がわかりにくくなるように、文也たちの前ではあえて『達也』と呼んでいたのだ。

 

「それにしても、高校生であの腕か。二人とも将来有望ではないか」

 

 風間はそういいながら、文也が埋めた穴のあたりに歩いていき、しゃがんで地面をなでる。

 

「『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』でもこの落とし穴には気づきませんでした。意識をすれば気づけたはずなのですが」

 

「意識などできようはずもない。そもそも、こんなところに仕掛けてるなんて思うものか」

 

「それには深く同意します」

 

 達也は心なしか疲れた声でそう返す。国防軍基地に学校のイベントでお泊りして、そこの森の中に落とし穴を仕掛ける生徒がこの世にいてたまるか。まあ、実際にいたからこんなことになっているのだが。

 

「ここは、賊が侵入して狼藉を働こうとしたとき、通り道になりやすい場所だ。監視カメラやほかの防犯システムの穴をくぐれて、なおかつ破壊工作すべき場所にも近い。これは我々も反省しなければなるまい」

 

 昼についてから今まで、あそこまでの規模と精度の落とし穴を掘れるほどの時間はそうない。ついたばかりのころは駿の監視によって抜け出せなかったし、そのあと親睦会にも一応参加している。いくら魔法を使ったといえど、作れる落とし穴の数は限度がある。

 

 そんな状態で作ったたった一つの落とし穴に、賊はピンポイントで嵌まったのだ。

 

「あいつは、防犯システムの穴を知ったうえで、かつ賊が来ることを予測してこの落とし穴を仕掛けたことになりますね」

 

「ああ。特尉も大概だが、彼も深い洞察力と、そう表ざたにできないコネがあるようだ。最近の若者はつくづく恐ろしい」

 

 風間はそういって首を横に振ると、賊たちを担ぎなおしてこの場を立ち去る準備をする。もう夜もだいぶ遅い。風間はいいにしろ、学校のイベントとしてここにきている達也は限界だ。

 

「明日の……ああ、ぎりぎり日はまたいでいないから大丈夫だな……明日の昼にでもゆっくり話すことにしよう」

 

「そうですね。それでは、失礼します」

 

「ああ、またな」

 

 本来なら部下と上官の顔から知人・兄弟弟子の顔になるところだが、二人とも心労でそれどころではなく、帰りの足取りも重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、そんな感じで軍の偉そうな人に邪魔されて無駄足だらけだったよ」

 

「はは、まあそんな上手くいくなんて思っちゃいないさ」

 

 文也は自室に帰った後、自分の携帯端末でとある人物と電話をしていた。内容は、さきほどの出来事の一部始終である。

 

「ちなみに、その『偉そう』っていうのは、態度がでかいってことか? それとも本当に偉い人に見えるのか?」

 

「どっちも」

 

「そいつは厄介だ」

 

 電話の向こうの男はそう言って快活に笑う。うまくいかなかった文也としては決して気分のいいものでもないが、文也ももう眠いので早めに話を打ち切ることにした。

 

「じゃ、そろそろ寝るわ。明日以降のためにケツまくって帰る準備しとけよ。『くそ親父』」

 

「ほざけ。涙をふくハンカチを114514枚用意しておけ、『バカ息子』」

 

 電話の向こうの男は、文也の父で、『マジカル・トイ・コーポレーション』のエンジニア長『キュービー』、そして第四高校の臨時講師でもある、井瀬文雄であった。


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