マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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2-7

 夜のどったんばったん大騒ぎは秘密裏に解決され、その翌日には何事もなく九校戦が開催された。

 

 最初に行われるのは、『スピード・シューティング』本戦だ。

 

 この競技には早速真由美が出場する。いきなり真打登場というわけである。

 

 その真由美が競技に挑むときのコスチュームは、近未来映画のヒロインのような雰囲気がある。そしてついでにいうと、小柄なのに妙にグラマラスで、しかも地球規模の寒冷期を乗り越えて厚着がベースになったこの時代の中でボディラインがでる服装である。凛々しさとかわいらしさだけでなく、ぶっちゃけエロイ。

 

「会長さんをネタに同人誌を作ってる人たちもいますしね……」

 

「ああ、あいつらか」

 

 美月の何気ない言葉に反応した達也が眉間を抑える。

 

 その様子をみた深雪以外は苦笑いしながら、深雪は絶対零度の眼で、観客席の前列のほうで騒いでいる一団を見た。

 

「うっひょおおおおお!!! スッケベえええええ!!!」

 

「さすが我らが会長!」

 

「普段厳しいのにほんと男の子の味方なんだから!!!」

 

 お察しの通りゲーム研究部員だ。

 

 真由美をネタに薄い本を作る輩は他にもいるが、対象が一応高校生ということで遠慮が働き、妙にエロティックではあるものの内容は全年齢向けだ。

 

 しかしゲーム研究部は違う。

 

 昨年度の冬の大祭で、こいつらはゲーム研究部として健全で質が高いゲームを出品した裏で、何人かは別口で応募した別の団体として、真由美を元ネタにしたスケベ同人誌を売っていたのである。

 

 この件が真由美の耳に入った時は、真由美は激怒した。うら若き乙女としてうろたえて泣くなどの反応を予測した摩利と鈴音は慰める準備をしていたのだが、真由美はむしろ自分で先陣を切ってゲーム研究部員たちを(停学処分など進学や成績査定に響く形で)制裁し、世に出回ってしまった無駄に質が高いウス=異本をすべて回収しつくし、十師族のパワーをフルに生かしてネットからもその情報のほとんどを消し去った。十師族の筆頭クラス七草家の長女として培ってきた性的な嫌がらせやお誘いの数々を乗り越えてきた経験以上に、それまでゲーム研究部を相手にしてきた経験が生きた形だ。ちなみに社会的制裁のほか、ちゃんと摩利が鉄拳制裁も加えている。

 

 また、達也は風紀委員であり、担当は駿に丸投げしてるものの、ゲーム研究部からいい迷惑をこうむった経験がある。

 

 この九校戦の代表に選ばれてから本番までの間、達也は競技の練習やエンジニアとしての調整に大忙しで、しかもトーラス・シルバーとしての開発にも奔走していた。しかしそんな中でも風紀委員の仕事もしなければならない。

 

 そして事件は発覚する。去年は真由美をモデルにやらかしたが、今年はなんと、達也の愛しの妹にして容姿端麗成績優秀才色兼備体型妖艶で第一高校男子たちの人気を真由美と二分している深雪をモデルに、この夏の大祭出品のウス=異本を作っていたのだ。しかも去年よりもさらにスケベ度が進化していた。

 

 いつも通りそれを押収したのは担当の駿だが、彼は中身を確認した瞬間、なぜか鼻血を噴き出して倒れて使い物にならなくなった。本人の名誉のために言っておくが、中身に欲情したのではなく、夏の暑さにやられたということにしてほしい。

 

 これを知った達也は即座にウス=異本を『雲散霧消』した。駿にしか見られてないのが幸いだった。そして達也はそのまま妹を愛するシスコンの鬼としてゲーム研究部に乗り込んだ。ご丁寧にCADも本気モードで二つ引っ提げてである。

 

 ゲーム研究部員たちは即座に逃げ出そうとしたものの、一人残らず狩られた。全員達也の得意技であるサイオン波を何度も浴びされて胃の内容物をすべてリバースさせられ、男どもは股間がしばらく使い物にならなくなるほど蹴り上げられ、作画・ストーリーを担当した部員――なんと女子だった――は痛点をピンポイントで『分解』されこの世のものとは思えない痛みを味わった。

 

 ことの顛末は達也によって一部隠蔽されて真由美に報告され、いつも通りのこととして学校中に広まった。深雪がモデルにされてたことは達也は隠蔽し、妹にのみ話している。ちなみに駿はあまりにショッキングだったようで鼻血から復帰して目を覚ましたらすべてを忘れていた。

 

 達也が嫌なことを思い出しながら真由美の活躍を眺めている間に、彼女はパーフェクトスコアをたたき出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ」

 

 摩利はサーフボードに乗って水面の上を高速で移動しながら、『前の背中を追いながら』小さく歯噛みした。

 

 摩利の前を走り単独一位の生徒は、第四高校の生徒だった。

 

「達也さん、さっきのって……」

 

「ああ、やられた」

 

 ほのかの気弱そうな声に、達也は悔し気に返事をした。

 

『バトル・ボード』は摩利が圧勝して終わる予定だった。慢心でも甘えでもなく、客観的な事実と分析によって、摩利の勝利は確実視されていた。魔法力も、運動能力も、駆け引きも、経験も摩利は高校生のレベルをはるかに凌駕している。たとえ他校のトップクラスが出てこようと、負けることは予測できない。

 

 しかしその予測を上回る存在が、今摩利の前を走っているのだ。

 

 魔法力も、運動能力も、摩利は全く負けていない。それどころか、この点では圧倒している。

 

 しかし、この一瞬が勝敗を決める競技で、摩利はその一瞬に負けたのだ。

 

「こっちと同じ作戦だ」

 

 達也は四高の代表である女子生徒をにらむようにつぶやく。

 

 四高の代表生徒がとった作戦は至極単純。摩利を狙って魔法で水面を発光させた。要はただの『目くらまし』である。

 

 しかしその単純な作戦が、摩利に刺さった。

 

 スタートダッシュに成功し、後ろに差をつけて独走態勢を整えようという第一カーブ。そこに入る直前、カーブに備えて減速をしようというぎりぎり、トップスピードのタイミングで目くらましをされたのだ。

 

 摩利の対応は俊敏で、驚きと動揺、そしてつぶれた視覚によって描くはずだったコースを大きく逸脱してカーブの外側の壁すれすれで止まって、かなり減速をしたもののなんとか曲がり切った。

 

 だが、他校の生徒たちも一流であり、その隙を見逃さず、摩利は一瞬にして最下位に転落させられたのだ。

 

 この作戦は、光学系の魔法が得意なほのかに、『バトル・ボード』で使うよう達也がアドバイスしたものと同じだ。しかし、達也の作戦はスタート直後の出鼻をくじくことであり、またほのか本人もサングラスをつけることで自滅を防ぐつもりだった。

 

 しかしこちらは違った。

 

 摩利自身、目くらまし作戦は視野に入れていた。しかしほかの選手たちは全員サングラスをつけていなかった。

 

『バトル・ボード』のサングラスは好みがわかれる。水滴が目に入るのを嫌う場合はつけるが、それ以上にサングラスに水滴がついて視界が制限されることを嫌う選手が圧倒的に多い。摩利もそのクチであり、そこを狙われたのだ。

 

 四高の代表生徒は相当訓練したらしく、サングラスをつけずとも自分の光に影響されることはなかった。また、その発光魔法は、摩利の反応が遅れてしまうほどに『速かった』のである。

 

(またなのか)

 

 達也は見逃していない。四高の選手が切り札として使った魔法を発動したCADは、その選手が競技のために普通に使っているものとは別のものだった。

 

 発光魔法に特化した、一目ではCADとわからない指輪型のCAD――『マジカル・トイ・コーポレーション』が発売している悪戯グッズ、それの強化版だ。

 

 どうにも、ここ最近『マジカル・トイ・コーポレーション』が邪魔をしているように感じられる。全部偶然なのだろうが、『汎用飛行魔法』の件で悔しさがある達也は、そう感じずにはいられない。

 

 摩利がカーブで後れを取った後の展開は苦しかった。摩利がトップに立って取る予定だった波を使った後方への妨害作戦を、全員摩利には遠く及ばない腕だが、全員が摩利を狙って仕掛けてきた。もともと圧倒的な優勝候補であった摩利は、他校から徹底的にマークにあっている。後方への妨害が楽な一方で前への妨害がしづらい『バトル・ボード』は逃げ切りが圧倒的に有利だ。そうであるからこそ、摩利は他校のマークや妨害を受けにくい逃げ切り作戦をとろうとしていた。

 

 しかし、四校によってその目論見は崩されてしまった。

 

 なんとかラストラップになって二位にはついたものの、後ろもぴったりついてきているし、前にはやや離されている。

 

「なめるな!」

 

 摩利は吠える。

 

 ゴールまでラストラップ半周。しかし大きく離れていた差をここまで縮めることができた。これだけ残りがあれば、抜くことは可能だ。

 

 だが、ここで、四高の選手が再び動きを見せた。

 

 細身のボディラインが特徴的な少女が、指輪に触れようとする。

 

(あれは!?)

 

 先ほど摩利を引っ掛けた発光魔法だ。もうすぐ最後のカーブに突入する。そこで仕掛けるつもりなのだろう。

 

(二度も同じ手に引っかかるものか!)

 

 先ほどは自分が前を走っていて動きに気づかず、また初回だったこともあって完璧に引っかかった。しかし今回は二度目、しかも動きは読めている。

 

 だが、摩利の予想とは裏腹に、水面に起こった変化は、発光ではなく『波』だった。

 

「な!?」

 

 発光魔法の動きはブラフ。

 

 四高の生徒は、とっくに発光魔法のCADの電源を切り、その『隣の指』の指輪型CADの電源を入れていた。

 

 摩利が使おうとした大波を起こす魔法。普通の波を増幅させ、不自然な波を作り出すことで後方を妨害する。

 

「だがっ!」

 

 自分がとろうとした作戦だ。それの対策も知っている。

 

 即座に意識を切り替え、その波に魔法で作った反対の波を当てることで打ち消した。

 

 いきなりだったので精度は微妙で多少影響を受けたが、問題ない。この程度なら抜かせる。

 

 そう確信した摩利を突如、『後方から』大きな爆発音が襲った。

 

「うわっ!?」

 

 なんらかの爆発の影響だろう大波が摩利を襲う。四校の作戦によって大きく動揺していた摩利は、普段なら絶対にありえないが、それに煽られて落水した。

 

 そんな摩利の横を、ボードから離れて吹っ飛んだように一つ後ろを走っていた選手が通り抜けて落水する。それに遅れて、だいぶ後方に離されていた選手が、落水した二人と唖然と見ながら通り過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなことって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩利の悲し気なつぶやきは、四校選手のゴールによる歓声にかき消された。

 

 渡辺摩利、九校戦『バトル・ボード』本選。予選敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。男子がいない真由美のプチ祝勝会の空気は重い。

 

 主役の真由美が原因ではない。摩利が敗北を未だに引きずり、ぶつぶつと先の試合について文句を言っているからだ。

 

 摩利の一つ後ろで追いかけていた選手は、ゴール手前になって、無謀にも、自身の後方の水面を爆破して強い推進力で猛加速をしようとしたのだ。自力では摩利に絶対追いつけない。だからこそとった、一発逆転の大博打であった。

 

 しかしそれは極限状態の緊張と焦りによって失敗し、本人が意図しない規模の爆発となり、大波を作って本人を吹き飛ばしただけでなく、それによって生み出された大波は前方の摩利をも巻き込んだ。

 

「お、落ち込まないで、摩利。あれはしょうがなかったわよ」

 

 真由美は困り顔で摩利を慰めようとするが、摩利は無視して拗ねっぱなしだ。

 

 実際、摩利にとっては不運が重なった形となり、負けはしかたない。

 

 初戦でいきなり初見殺しの連続によって不利な状況に追い込まれ、最後の最後でもほかの選手の大博打に巻き込まれて敗北。誰も彼女を責めることができない。

 

「今年の四高は特にダーティですね」

 

 鈴音は試合データを見ながらそう分析する。

 

 本日行われた試合は、本選の『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選だ。

 

 一高の『スピード・シューティング』は男女ともに順調だった。

 

 真由美は優勝し、男子は博と芦田のワンツーフィニッシュを飾り、大きく他校からリードを奪った。

 

 決勝戦の一高同士のカード、博vs芦田の試合は白熱し、かろうじて一枚差で博が勝利した。三年の木下が調整したCADは悪くなく、芦田はいつも以上のコンディションで戦いに臨んだが、文也がエンジニア選考の時ほどでないにしろ攻めた調整したCADを使った博は絶好調で、その差がわずかな差となり、勝敗を分けたのだ。

 

 一方でほかの選手は今一つ振るわなかった。真由美以外の女子選手二人は予選で、もう一人の男子は決勝トーナメントの一回戦で負けてしまった。

 

 このもう一人の男子の対戦相手は四高の選手だった。腕は互角だったのだが、四高の生徒が使う魔法に翻弄されて僅差で負けてしまったのだ。使った魔法自体はシンプルで、素焼きの的を振動させることで破壊するメジャーなものだ。しかし破片は不自然な軌道を描き、一高の男子の視界を少しだけ邪魔するように飛び散り続けた。一回だけなら大したことないが、それが終始続いたため一高の選手は調子を崩してしまったのである。女子の四高生も同じ作戦を用いて準決勝まで進んだが真由美に敗北し、そのまま三位決定戦でも三高の代表に敗れたものの四位に入り、確実に点を取っている。

 

『バトル・ボード』も調子は芳しくない。女子は小早川が、男子は範蔵がかろうじて明後日に行われる準決勝に駒を進めたものの、ほかは摩利を筆頭に手痛い予選敗退だ。摩利以外の敗退者にはもとより大きな期待はしていなかったが、海の七高、優勝争い筆頭の三高、そして奇想天外な妨害中心で老獪な作戦をとる四高に負けてしまったのは痛い。

 

「そうなのよねえ。勝ち進んだはんぞーくんもあまり調子よくないし」

 

 メンタルがどうにも乱れている範蔵は、担当エンジニアの木下とともに調整に苦心していた。この調子では明日も忙しくなるだろう。

 

「そうなると、明日の『アイス・ピラーズ・ブレイク』のサブエンジニアには司波君を回してはいかがですか?」

 

 重い雰囲気で発言しづらかったあずさはそう進言する。

 

 文也の素行を知っている選手はあまり彼の調整を受けたがらない。そのうえ彼自身が新人戦の『アイス・ピラーズ・ブレイク』に出場するため、上級生たちの試合は見学に集中させたいところだ。

 

 一方達也は『アイス・ピラーズ・ブレイク』の新人戦代表女子の担当もしているため、CADの調整もしやすいだろう。幸いにして真由美や克人の影響で上級生たちに達也は二科生のイレギュラーにしては比較的受け入れられている。まあ大半は『文也(あいつ)よりはマシ』と考えているからだろうが。

 

「そうしましょうか。選手兼エンジニアが二人、それもどちらも一年生となると、どうしても負担が大きくなりますね。司波さん、連絡をお願いしていいですか?」

 

「はい。それでは失礼します」

 

 鈴音の悩みに続いたお願いに、先ほどまで口を閉じていた深雪は顔をほころばせてうなずく。愛しのお兄様が活躍する場面が増えるなら基本的に大歓迎である。

 

 深雪が席を離れた後、話題は再び四高の躍進に戻る。

 

 もともと魔法工学中心の論理派な校風であり、過去に優勝を果たしているし、優勝争いにも絡んでいる。しかし今年は特に厄介で、優秀な作戦スタッフ、または全体を取りまとめる軍師のような存在がいるのだろう。

 

「それにしたっていくらなんでも豹変しすぎだ。妨害や対策を高精度で練って挑んでくるのはいつも通りだが、他校の心理まで利用してくるのはとてもではないが高校生レベルとは思えない。鈴音や真由美でもあんなことはできまい」

 

 少し気を持ち直した摩利は、それでも愚痴っぽく四高を評する。自分たちの実力を棚上げしてどの口が、と他校から文句を言われそうだが、事実四高の作戦は精度が高い。それこそ、親睦会で心に響くパフォーマンスをした九島烈のような存在がいるのではないかとすら思える。

 

「あ、もしかして」

 

 その時あずさが何かに思い当ったようにふっと口を開いた。全員の眼があずさに集まる。

 

「去年の秋ごろから、ふみくんのお父さんが四高の非常勤講師に……」

 

「待って摩利!!! 同じ生徒同士で殺人沙汰だけはダメ!!!」

 

「うるさい!!! 真由美どけあいつを殺せない!!!」

 

 あずさが言うや否や、怒りが爆発した摩利がCADをとって鬼の形相で立ち上がるが、それを予見した真由美が入り口をふさぐ。親の仇うちをせんばかりの摩利にプチ祝勝会は修羅場と化すが、真由美の指示であずさが得意の『梓弓』を使って摩利を落ち着かせ、その隙に鈴音が得意の精神感応魔法で摩利を眠らせる。

 

「それ、詳しく聞かせてもらっても?」

 

 摩利を眠らせた鈴音はあずさに向き直る。その目は鋭く、気弱で臆病なあずさは今にも泣きだしそうだ。同じくあずさを見つめる真由美の目も鋭い。入学以来ゲーム研究部に悩まされ続けてきて、ここにきて九校戦にまでゲーム研究部の期待のルーキーの親が迷惑をかけてきている。摩利ほどではないにしろ、二人の心情もかなり悪い。

 

「え、えっと……ふみくんのお父さんはプロのCADエンジニアで、去年の秋ごろから四高で非常勤講師として働いているんです。それで、その、そのころから四高の『ステラテジークラブ』が急に大会とかで優勝とかし始めましたよね? ふみくんのお父さんはその顧問に就任したみたいなんですけど、もしかしてそこの部員さんかなって……」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

 真由美は今一つ合点がいっていないが、鈴音は納得したようにそう言った。

 

 先の大戦の影響で、やはり多かれ少なかれ、教育の現場も『戦争』につながりが深い。魔法科高校は特に顕著だ。その影響でどの高校にもその影響を受けた部活動が存在する。

 

 その中で流行った競技の一つが、なんと『ゲーム』である。それも単一のゲームの強さを競うものでなく、複数のゲームの総合的な強さを競う大会が多い。そのゲームとは、ビデオゲームだけでなく、将棋やチェスのようなボードゲーム、トランプなどのカードゲームも含まれる。ゲーム研究部は一見遊んでいるだけで、とても公立高校が貴重な部活動費用を出す対象として認めるようには思えないが、そうした背景があって成り立っている。

 

 そしてそのゲームの大会の中でも、アクション性を重視せず、頭を使った戦いが重要となるゲームのみの実力を競う大会が例年行われており、その大会で一高のゲーム研究部は初めて土をつけられ、それどころかほぼすべての競技で完敗して全国二位に甘んじた。ちなみに最終的な点差は33-4であった。

 

 その一高を破った団体こそ、四高の『ステラテジークラブ』だった。

 

 事前の作戦やその場の頭の回転が大きく求められるゲームを専門とするクラブであり、毎年優勝争いに絡むのだが、毎年一高に敗れていた。しかし去年の冬に行われた大会で急成長して完勝を遂げたのである。

 

 鈴音は論理派で、まじめに見えるが意外とこうしたゲームは興味がないわけではなく、多少の情報は持っていたのだ。真由美や摩利はゲーム研究部が負けたときは「ざまあみさらせ」としか感じなかったが、鈴音は興味を以て少し調べていたのだ。

 

「そう、だったら、井瀬君に聞けば相手の手の内が多少はわかりそうね」

 

 摩利に毛布をかけてやりながら、真由美は口角を釣り上げてわっるい笑みを浮かべる。

 

「あーちゃん、出番よ。悪戯小僧ロメオを落としてきなさい、かわいいジュリエット?」

 

「ほえ?」

 

「井瀬君のところ行ってお父さんの情報抜き出してきてって言ってるのよ」

 

 真由美のいきなりの言葉に呆けるあずさに、真由美はなおも続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男を堕とすには、ハニートラップが一番よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どったんばったん大騒ぎの夜(プチ祝勝会)から時間はさかのぼり、九校戦の昼休み。達也はホテルの高級士官室を訪れ、風間たちと話をしていた。内容はちょっとした挨拶からはじまり、『無頭竜』のこと、達也が選手兼エンジニアに選ばれたことへのお祝い、『雲散霧消』使用への釘刺し、そしてその流れで達也がエントリーした(させられた)新競技『フィールド・ゲット・バトル』についてに移る。

 

「達也が予想している通り、あれには軍部の意向が絡んでいる。それも、魔法に積極的な方のかなりのお偉方だ」

 

 風間はあけすけにそういうと、達也は納得したようにうなずく。

 

「やはりそうでしたか。あの仕様は、やはり『飛行魔法』が絡んでいるのでは?」

 

「そうだ。実際に『飛行魔法』を運用するであろう我々もこのことは事前に知らされていた」

 

「だったら、もっと早く教えてくだされば……」

 

「君も高校生の一人だ。それは公平性を欠くだろう」

 

「それはそうですが……」

 

 風間のいたずらっぽい笑みを浮かべながらの返答に達也はうなだれる。そのせいでいらぬ苦労を負っているからだ。

 

「『マジカル・トイ・コーポレーション』のあの発表には驚かされたわね。まさか達也君がまだ着手したばかりの技術を、もうあの段階でほぼ完成させていたなんて」

 

 藤林が言うのは、二月の『マジカル・トイ・コーポレーション』による、『汎用飛行魔法』開発の成功とそれ専用CADの発売発表のことだ。情報を絶えず集めている軍部もこれはまさしく寝耳に水で、すぐに手段を問わず開発の経緯について調べた。しかし出てくるのは世間に公表されている情報に毛が生えたようなもので、全容は見えていない。

 

「そうそう。『マジカル・トイ・コーポレーション』といえば、昨夜のやんちゃ少年の井瀬君について調べてみたものがあるが、いるか」

 

 風間はそう言って部下に書類を持ってこさせる。文也の昨夜の落とし穴について尋常でないものを感じ取った風間は、すぐに情報を調べていたのだ。

 

「では、ぜひ」

 

 達也はそう言いながら資料を受け取り、目を通す。

 

 中身は当たり障りのない情報から始まる。学生証の顔写真に生年月日、身長体重(横で藤林が小声で「ちっさ」と声を出した)に部活動活動記録にここ出身小学校と中学校。出身小学校の欄には、備考として「中条あずさと同じ」と記されている。しかしだんだんと内容は怪しくなり、プライバシーの崩壊が始まる。入学試験と期末試験の点数(筆記が自分に負けて2位なのを見てこっそり達也は満足した)やここ数日間の食事の内容、さらには最近借りた図書館の本や、コンビニで立ち読みしていた漫画雑誌とエロ本のタイトルのようなどうでもいい情報まで記されている。

 

「……普通、ですね」

 

 しかしその内容は、普通の優秀でやんちゃな(矛盾しているが)魔法科高校生のものだ。それが逆に達也に違和感を与える。異常な『パラレル・キャスト』、高校生離れした魔法技術や知識、達也を苦戦させるほどの戦闘能力、どれも怪しさ満載だが、その経歴はいたって普通。同じようなことが自分自身と愛しの妹・深雪にも重なるため、逆に疑念は深まる。それは目の前の風間も同じようで、その顔は渋い。

 

「ん? これは」

 

 そんな情報の中で、達也の目に留まったのは家族構成と各々の経歴だ。その中に、文也の父が四高に非常勤講師として勤め、ステラテジークラブの顧問をやってることが記されている。なるほど、それなら四高のあの作戦も納得だ。主に一年生女子のCAD調整だけでなく作戦立案もしている達也は、午前の様子を見ただけでも四高の作戦に舌を巻いたが、あいつの父親ならばそういうこともあるだろう、と納得する。

 

 そうしてめくっていった最後の一枚、昨日トイレに行った回数とその時間というまったくもってどうでもいい情報の後に、とんでもないことが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『井瀬は「一ノ瀬」の「数字落ち(エクストラ)」』

 

 

 

 

 

 

 

「これって……」

 

 達也は資料から目を離し、風間に向き直る。これで魔法に関して卓越した能力があるのは納得だが、このあまりにもデリケートな事情は達也を少なからず動揺させた。

 

 そんな情報を見て動揺する達也を見る風間の顔は――情報に似つかわしくない、苦笑いだ。

 

「まあ続きを読んでみろ」

 

 訝しみながら、達也は風間に促されて読み進めると、そこに書いてあった内容に頭痛を覚えた。

 

 

 

 

 

 

「大臣クラスの政治家が視察に訪れたタイミングで、常習的に行っていた悪戯をする。その大臣のスーツが泥水で台無しになり、怒りを買って剥奪される」

 

 

 

 

 

 

 

「はああああああ~……」

 

 達也は眉間をもんで深い深いため息を吐いた。その様子を見た風間は満足げに笑って情報を付け足す。

 

「もともと彼の先祖は浮いた存在だったそうだ。大変優秀な魔法師であったようだが、第一研究所の研究テーマにそった魔法は特別覚えるわけでもなく、研究にも非協力的で、よくさぼって逆に研究員側として勝手に参加したり、悪戯をしかけたりしていたそうだ。ちなみに、その件で大臣の怒りを買い、第一研究所ごと潰されそうになり、一条の先祖が大変骨を折って一ノ瀬の除名だけで済んだという話もある。一条の御曹司と因縁があるかもな」

 

「なんですか、それ」

 

 達也はあきれてものも言えない。確かにあれの先祖ならありえそうな話だが、あまりにもバカらしすぎる。

 

「すみません、なんか疲れてしまったので、これで失礼します」

 

「そうか。お大事に」

 

 達也は、だれが持ってきた情報のせいだ、と思いながら、一礼してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、う~、どうしよう……」

 

 時間は戻って夜。あずさは文也が宿泊している部屋の前で、顔を赤くしながらつったっていた。

 

 真由美への抵抗空しく派遣されたあずさは、こうして文也の部屋の前にたどり着いてしまい、途方に暮れているのである。

 

 夜に異性の部屋に行く。あずさはこれで緊張しそうなものだが、文也と夜にお互いの部屋で何度か遊んだことがあるので、相手が文也に限ってはそんなことはない。

 

 しかし、今は状況が違う。ここは高級感あふれるムーディーなホテルで、文也は一人部屋――同室の人がかわいそうだからだ――である。そのいつもと違う状況が、彼女を困らせていた。

 

(な、なんで意識しちゃうんだろう。相手はふみくんだよ?)

 

 幼馴染でお互いに何度も部屋で遊んだ仲だ。今更緊張することはない。

 

 しかし、さきほど真由美に言われた『ハニートラップ』という言葉が頭から離れない。

 

 仲の良さを利用して口が軽くなるのを利用するのならわかる。あずさ自身が幾度となく文也に仕掛けられてきたからだ。

 

 ところが、『ハニートラップ』となるとその意味ではない。その言葉にこのいつもと違うムーディーな部屋、互いの家族がいる家ではなく一人部屋、という条件が重なり、思春期の乙女の思考は、まあ当然、どうとは言わないが、そうなる。

 

「ううううううううううう……えいっ」

 

 ついに勇気を振り絞って、ちょっと背伸びしてインターホンを押す。悲しきかな、彼女の身長では普通にやっては微妙に届かないのだ。

 

 返事を待つ間、心臓がメタルバンドのドラムのようにどったんばったん大騒ぎする。

 

 そんな苦労もむなしく、インターホンからは無情な機械的な声が流れた。

 

「ただいま不在となっております。ご用件がございましたら、ピー、という音の後に、5秒間の間に音声を入れてください」

 

「え、不在?」

 

 あずさは拍子抜けし、またどっと安堵が押し寄せるが、それはすぐにふつふつと沸く怒りに変わった。

 

 さんざん心を惑わされたあげく、この仕打ち。あずさは頬を膨らませながら、思わず声を上「では音声をどうぞ、ピー」た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ふみくんのバカ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに文也は、博の部屋でこっそり持ち込んだゲームで一緒に遊んでおり、隣の部屋にいた風紀委員の辰巳に見つかり、顔面に青タンを作りながら、あずさが去った一時間後に部屋に戻った。


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