マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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疑問に出そうだと思ったこと

一章の生徒総会では、文也と雫とほのかは割と仲良さそうだったけど、二章から距離ができているのはなぜ?

この三か月の間に彼女らもまた悪戯の被害に何度も遭っているということです


2-8

 九校戦二日目。

 

 本日行われる競技は、『アイス・ピラーズ・ブレイク』のみだ。

 

 例年は一日目に『スピード・シューティング』本戦すべてと『バトルボード』予選、二日目に『クラウド・ボール』本戦すべてと『アイス・ピラーズ・ブレイク』予選、三日目に『バトル・ボード』準決勝と決勝に『アイス・ピラーズ・ブレイク』予選の続きと決勝リーグという流れだった。

 

 しかし今年は『フィールド・ゲット・バトル』の都合で変更されている。『クラウド・ボール』のプログラム、つまり二日目にやりそうなものだが、『フィールド・ゲット・バトル』にエントリーしている選手のほとんどが『スピード・シューティング』にもエントリーしていることを受け、連日の競技になることを避けるため、二日目に『アイス・ピラーズ・ブレイク』すべてを行い、三日目に『バトル・ボード』の続きと『フィールド・ゲット・バトル』のすべてが行われることになった。

 

 一日目の結果が芳しくなかった一高は、この『アイス・ピラーズ・ブレイク』でなんとしても高得点を勝ち取りたい。一高の代表選手である克人と千代田花音は優勝候補筆頭だ。しかし、『ファランクス』を用いて無類の強さを誇る克人は優勝確定にしろ、女子の花音はまだ二年生ということもあり、相手の戦術や経験の差によってもしかしたら、ということがあり得る。

 

 そんな日の朝、ホテルのレストランで、一高の生徒が集まっている一角は異様な雰囲気だった。

 

 

 

 

 

「……どうしたんだ、レオ?」

 

 

 

 

 

 

 朝食の席で、向かいに座ったレオの顔面を見て達也と深雪は戸惑った。まるで摩利の怒りを買った後のゲーム研究部員みたいに、顔面にはあざが数か所できており、頬は腫れて目の上にはこぶができていた。レオは達也の問いかけに何か言おうとするが、頬が腫れてしまって上手くしゃべれず、もごもごと言うばかりで聞き取れない。

 

 レオと一緒にレストランに入ってきたエリカは何か訳を知っているだろうと達也は目を向ける。エリカはツンとしていたが、達也に目線で促されて事情を話し始めた。

 

「チョッとこいつが朝っぱらからチャンバラ仕掛けてきたから、あたしがチョロッと相手してやったのよ」

 

 これだけでは今一つ事情が呑み込めず、達也と深雪は困惑した。エリカは家が家なのでその手の実力が超一流なのは知っているが、それではレオが仕掛けた理由と、エリカがここまで叩きのめした理由がわからない。

 

「レオが昨日の渡辺先輩に感化されたみたいで、『とんでくん』を使ってエリカにチャンバラを仕掛けたんだよ」

 

「余計わからないのですが……」

 

 同じく一緒に入ってきた幹比古が補足説明をするが、やはりわからず、深雪も困って首を傾げた。

 

 それを見た幹比古が、レオを促すと、レオは懐から30センチメートルほどの木刀なようなものをとりだして達也に渡した。

 

「これがその『とんでくん』ってやつか?」

 

 達也は受け取ってその木刀のようなものを分析する。真ん中のあたりに切れ込みが入っていてどうやら分離しそうだが、フックのようなものでつながっているようで、引っ張るだけでは離れない。また表面の木の様な見た目の割には軽く、木のように塗装されたプラスチックで主にできていることがわかる。

 

「そう。こうみえても立派なCADだよ。レオ、使って見せて」

 

 達也がレオに『とんでくん』を返すと、レオはCADを上向きにしてグリップ部分にあるスイッチを押してサイオンを流し込む。すると『とんでくん』が上下に分離し、その上側が空中に飛んでいくと、そのまま浮遊したままになった。

 

 食事の場で目立ったことをしたので周りの目線がレオに注がれ、ついでにそのぼこぼこの顔面も注目の的になる。しかし何をやっているのか分かった周囲はすぐに興味をなくして各々の胃袋を満たしたり歓談したりといった行動に戻る。

 

「なるほど。硬化魔法の応用か」

 

 達也はすぐにその性質を理解した。

 

 硬化魔法は実際のところは単純な硬化ではなく、相対位置の固定だ。例えば昨日摩利が『バトル・ボード』で見せた安定感も、自身の足裏とボードの相対位置を固定することによって実現した。

 

「今思い出した。それは『マジカル・トイ・コーポレーション』のやつか」

 

「そうだよ」

 

 達也の言葉に幹比古は苦笑いして頷く。そしてエリカはなぜか『マジカル・トイ・コーポレーション』の名前が出た瞬間により一層不機嫌になった。

 

 達也の言う通り、この『とんでくん』は8年ほど前に『マジカル・トイ・コーポレーション』が開発・発売したものだ。当初はこの変わった応用に世間の関心の目は向いたが、最終的に『とんでくん』の少し後に発売された『つかムック』のほうが人気になった。同じ要領で飛ばすのだが、『つかムック』は先がフックになっており、移動せずとも遠くにある物がとれるという便利グッズだ。

 

「なるほど。渡辺先輩に影響されての行動で、しかも朝一に絡まれたもんだからここまで叩きのめしたのか」

 

「そういうこと。まあ、エリカが『マジカル・トイ・コーポレーション』に因縁があることも原因だけど」

 

「ミキ、余計なこと言わないの」

 

 エリカに冷たい声で制止された幹比古は、苦笑いが一転、恐怖に竦んだ顔になる。

 

 達也は余計な詮索はしないが、『マジカル・トイ・コーポレーション』に因縁があるらしい点では自分と同じであり、少しだけ親近感を覚えた。

 

 朝一に、気に入らない渡辺先輩に影響されて、気に入らない会社が発売したCADを使って、自分が一番得意とする分野で絡まれる。なるほど、少しやりすぎな感はあるが、レオにはいい薬になっただろう。

 

 そんな達也たちの様子を、朝食を食べながら少し遠くから見ているグループがあった。文也とあずさである。

 

「あれって、ふみくんが」

 

「そうだな」

 

 人目がある場なので最低限の言葉のみで会話をする。あの『とんでくん』は、小学二年生にして文也が初めて本格的に開発に携わった商品だった。

 

 ちなみに文也は昨夜青タンを作って部屋に帰ってきたとき、あずさの録音を聞いて『九校戦のプレッシャーでネジが飛んだか?』なんて思って朝に会って早々にあずさに確認したが、顔を真っ赤にして「忘れて」と強硬に主張されたので、もう何も考えないようにした。

 

「にしても、あっちの女はなんの因縁だ?」

 

「結構怒り買ってるの自覚ないんだ……」

 

 文也たちに覚えはないが、『マジカル・トイ・コーポレーション』はいろいろな団体から恨みを買っている。

 

 彼らの開発した魔法やCADは独創性が高く、他企業に何度も悔しい思いをさせているが、それだけではない。

 

 独創的な発想は、独創的と言えど先人たちが考えていないとは限らない。

 

 文也たちが世に商品として公開した技術の数々の中には、様々な団体が奥義や秘伝、特殊技能として伝えてきた技術と被るものがある。その団体の代表的な構成が『一家』であり、魔法師の家系には秘匿したり一家固有の魔法技術を持つところがそこそこある。

 

 しかし隠しているがゆえに、『マジカル・トイ・コーポレーション』はそれが他者の秘匿したい技術だとは知らず、思いつくや否や自分たちで開発して、オリジナルの技術として世に出してしまう。かぶせられてしまった側は災難だが、自分たちにとってはなんとしても隠し通したいものであり、表立って抵抗することも、ましてや特許を主張することすらできず泣き寝入りするしかない。幸いにして全部おもちゃレベルなので、大きな損害はないとして納得するしかないのだ。

 

 だが、団体の中で、『マジカル・トイ・コーポレーション』のスパイがいて、それが漏らしたのではないかと疑心暗鬼に陥り内輪もめをする団体もあった。のちに次から次へと新しいことをする様子を見て、たまたま『マジカル・トイ・コーポレーション』が『思いついてしまった』だけということがわかってそのようなことは少なくなったが、そういう風潮ができる前は大変なことになる団体も多かった。

 

(確かあの子は『千葉家』だもんね)

 

 一家の中の奥義でもあったのだろうが、それと被るものが商品として出されてしまったのだろう。そして一家の中で仲たがいがあったのだろう。あずさはこっそり同情した。

 

「ところであの女誰だっけか。どっかで見たことあるんだけど」

 

 文也は呑気にそんなことを言っていて気にした様子はない。ちなみに文也とエリカは、皆様がお覚えの通り、喫茶店で一緒にお茶したり、校内にテロリストが攻めてきたときに会話をしたりしたのだが、文也は覚えていないのだ。

 

 覚えもないし、覚えてない。つくづく迷惑なやつである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイス・ピラーズ・ブレイク』はその性質上短時間で何試合も行うことはできない。

 

 大きな氷柱を一試合につき24本作らなければならない上、魔法が観客に当たってはいけないので競技スペースの場所もそれなりに取らなければならない。さらに選手の消耗も激しく、例年二日に分けて行われていた時ですら、後半は『気力勝負』と言われていたのだが、今年は一日で行う強行軍だ。

 

 男女各24人の参加者がいて、それぞれ8人ずつの三つのトーナメントに分かれ、各トーナメントの優勝者が決勝リーグを行い、また各トーナメントの準優勝者には5ポイント与えられる仕組みになっている。

 

『フィールド・ゲット・バトル』の影響でこうなってしまったわけだが、この変更もまた、魔法師のサイオン量を測ることが目的と思われ、意図を察している達也と深雪は、大人の思惑に何も知らない高校生たちが惑わされていることがわかるため、決して気分の良いものではなかった。

 

「競技そのものの強さだけでなく、いかに消耗を抑えるかが鍵だな」

 

 日程を見た克人は、真っ先にこう呟いた。同じ生徒会室にいた深雪は自分のサイオン量が規格外であることを自覚しているためなんとも思わなかったが、自分がかわいがってる後輩が出ることになっている摩利の心中は穏やかではなかった。

 

 そしてその心配は、本番当日になっても変わらなかった。

 

 

 

 

 

「あのバカ……」

 

 

 

 

 

 昨夜は取り乱した摩利も今は冷静だ。

 

 しかし彼女は二日続けて心を波立たせる羽目になった。

 

 摩利の視線の先では、氷柱が次々と砕けていく圧巻の光景が繰り広げられていた。それは片方の陣地だけでなく、双方の陣地で起こっていた。双方が防御を捨ててスピード勝負に出ているのだ。

 

「こっわ」

 

 また別の観客席でその様子を見学していた文也も思わず震えた。そのそばでは文也と博を応援に来たゲーム研究部員たちも同じように震えている。

 

 今試合をしているのは、第一高校の女子代表である二年生・千代田花音だ。千代田家の二つ名『地雷源』の名にたがわず、『地雷原』を使って次々と相手の氷柱を破壊し、見事勝利を収めた。

 

「勝利!」

 

 櫓から降りてきてどや顔でVサインを花音は決める。しかしその花音の頭をペシンと摩利は叩いた。

 

「バカ。あれほど節約しろと言っただろ」

 

「えー短期決戦で終わらせたじゃないですかあ!」

 

「余分に力を入れすぎてるんだ!」

 

 花音の恋人である五十里が出迎える暇もなくそんなやり取りが交わされる。

 

 花音と五十里のイチャイチャはもはやすっかり有名だが、摩利と花音も仲が良い。二人とも気質が同じであり、また風紀委員の先輩後輩でもあり、また摩利が次期委員長として目をかけて可愛がっている。花音は風紀委員活動に特に手加減がなく、ゲーム研究部の上級生たちは何度もひどい目にあっている。ちなみに前年度の担当は花音であった。

 

「啓~! 先輩がいじめるぅ~!」

 

「ははっ、よしよし」

 

 無事言い負かされた花音はそばにいた自分の担当エンジニアでありかつ恋人の五十里の胸に泣きつく。五十里はそれを受け止め、抱きしめて、苦笑いしながらも頭を優しくなでてあげる。その様子を見た摩利は砂糖を吐き出さんばかりの顔をするが、摩利自身も恋人が絡むと甘々で周りを糖分過多にさせているのだからブーメランだ。

 

 そんなやり取りが繰り広げられている間に、別のスペースで試合をしていた克人が櫓から降りてくる。その顔は汗一つかいておらずいつも通りで、一切消耗していないことがわかる。

 

 摩利と花音は見逃したことを後悔した。花音が勝利を決める直前くらいに克人の試合は始まったのだが、それをつい見逃していたのだ。

 

 一方達也と文也はそれぞれこういったやり取りに特別興味がないのでしっかりと試合の様子を見ていた。

 

 その試合は圧巻の一言だった。

 

 克人の試合は花音以上の短期決戦だったが、克人の氷柱は一本たりとも倒されていない。花音は防御を捨てて攻撃にのみ傾倒した短期決戦だが、克人は鉄壁の防御をしながら花音以上の速さで短期決戦を決めたのだ。

 

「『ファランクス』の面目躍如だな」

 

「しかもあれで節約してるっていうんだからねえ。怖い怖い」

 

 文也と博は各々に感想を漏らす。

 

 十文字克人、そして十文字家の得意魔法『ファランクス』。すべての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく出して、何種類もの防壁を何重にも作り出す魔法である。この防壁はそのまま攻撃にも転用でき、その威力は車ぐらいなら軽くぺしゃんこにできてしまう。軍事的価値や競技的価値はもちろんのこと、スクラップ業者でも活躍できるわけだ。

 

 そんな『ファランクス』は、この『アイス・ピラーズ・ブレイク』にはまさしく最適といえる魔法だ。その守りは固く、その攻めは激しい。相手に一切の攻撃を許さず、一方的に押しつぶす。これを破れるものは、高校生どころかプロ選手でもそうそういないだろう。

 

 しかも克人は今回かなり消耗を抑える形で使っていた。防壁の種類は相手の魔法に合わせて最低限で、防壁の間隔もいつもにくらべたらかなり広い。克人本人は防御を最低限にしたつもりなのだが、それでも対戦相手には一本倒すことすら荷が重かったのだ。

 

「文也はあれはどうやって対処したの?」

 

 博は文也にそう問いかけた。文也も新人戦といえど『アイス・ピラーズ・ブレイク』の代表選手であり、校内練習の模擬戦でも克人と何度か戦っている。

 

「あれはちょっと相性が悪すぎる。俺が持ってるジャイアントキリング用の秘策の中では通じるもんはない。八百長も受け付けないだろうし、人質とって脅すくらいしか勝ち目がないな」

 

 文也は嫌なことを思い出したようで、拗ねたように、それでも素直に負けを認めた。文也自身も克人を相手にしたら一本も倒せずに瞬殺されたのだ。しかも克人は、なんとその時は本番の前半の手加減を見据えた、手加減用の練習モードだったのである。

 

「そうだねえ」

 

 文也が変なことを後半に言っていた気がするが、博を筆頭に周りの部員たちも何も突っ込まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱり困ったわねえ」

 

 昼休み。午前中に予選のほとんどが終わり、午後は予選の残りと決勝リーグのみだ。

 

 試合時間は無制限であり、例年のペースを考えると一日ですべてが終わるのかと危ぶまれたが、どこの学校も考えることは同じようで、ほとんどの選手が消耗を抑えるべく、持久戦よりも短期決戦を選択したため、午前中は予定よりも多くの試合を行えた。氷柱を準備するペースも心配だったが、どうやら軍や運営スタッフが総出で本気を出していたようで、特に運営に支障はなかった。

 

 ただし運営は上手くいっても、各校の事情は上手くいっているとは限らない。一高の状況も同じだった。

 

 真由美のつぶやきはそれに対するものだった。

 

 一高は去年の成績によって男女ともに三人ずつ選手を出せる。予選は三つのトーナメントに分かれており、各トーナメントに一人ずつ分かれた形だ。克人と花音は予想通り楽勝で決勝リーグに駒を進めることができ、今は二人とも午後に向けて英気を養うべくゆったりと食事をしている。

 

 しかしほかの選手はそうではなかった。なんとほかの選手四人は、決勝リーグに駒を進めることが叶わなかった。幸い四人のうち二人はいつも以上のコンディションを発揮して予選の決勝までは駒を進めることができたため、5ポイント二人分で10ポイントは獲得した。もともとほかの四人は決勝リーグに進むことは期待されていないため予想より大した損害はないのだが、決勝リーグに上がってきた他校がほとんど優勝争いをしている三校と四校だったため、思ったより優勝争いをリードできそうにないのだ。

 

「申し訳ございません。自分の力が及ばず」

 

「いいのよ。むしろ大健闘といっていいぐらいだわ」

 

 達也は頭を下げる。サブエンジニアとして男女第二トーナメントの二人のCAD調整を担当したのだが、それぞれ予選決勝で負けてしまったのだ。

 

 しかし真由美からすればもともと予選敗退は予想できたことであり、むしろ予選決勝まで進んでわずかといえどポイントを稼いでくれたのは嬉しい誤算だ。達也が担当した選手たちは、二科生ということで当初は不満げだったが、二人とも「今までと大違い」と達也の調整を手放しで褒めたたえた。

 

「十文字君は心配ないですが、千代田さんの消耗が激しいのが心配ですね」

 

「ああ、全くだ。最後の相手、かなり陰湿だったな」

 

 鈴音の言葉に、摩利は歯噛みして吐き捨てる。

 

 摩利の気が立って口が悪いのも仕方のないことだった。

 

 花音は予選決勝で思わぬ苦戦を強いられた。終わってみれば圧勝だったのだが、このあとが心配になるほどの消耗をさせられたのだ。

 

 その対戦相手はまたしても四高。まるで最初から花音だけを対策していたかのような戦いぶりで、花音の得意魔法である『地雷原』に反対魔法で完封して見せたのだ。

 

 花音もそこで切り替えていればまだよかったのだが、誇りを持っているお家芸をこのような形で完封され、つい頭に血が上って『地雷原』で戦うことにそこからしばらく固執してしまった。いくら花音でも(失礼)普段ならこんなことにはならないのだが、完封されて動揺したタイミングで、相手から指でクイクイッと挑発されて冷静さを欠いてしまったのだ。

 

 結果、試合は長期戦となり、じりじりと相手の氷柱を倒すような形で勝利した。元から防御をほぼ捨てていたにも関わらず花音の氷柱は申し訳程度に二本倒されただけなので結果は圧勝なのだが、決勝リーグに尾を引く形となった。

 

「千代田さんの決勝リーグの相手は……やっぱり三高か四高よねえ」

 

 真由美は予選のトーナメント表を見ながらそう漏らした。

 

 現在残す予選は第三トーナメントの準決勝と決勝のみ。とっくに一高生は男女ともに敗退しているため気にすることはないのだが、午前の試合の様子を見るに、女子で勝ち上がってきそうなのは三高か四高だ。第二トーナメントの女子決勝進出者は四高であり、厳しい戦いが予想される。

 

 試合が始まってすぐに観戦者のほとんどが察したのだが、花音の予選決勝の対戦相手である四高選手がとった作戦は、徹底的な『スタミナ削り』だった。真っ先に使ってくるであろう『地雷原』を徹底的に対策して無駄打ちさせ、そこに挑発を挟んでさらに無駄打ちさせる。そこからひたすら防御に徹して、攻撃を捨てて花音のサイオンや体力を削ることに注力していたのだ。

 

 対戦相手は勝ちを捨てていた。勝ちを捨ててまで、花音を消耗させたのだ。

 

 その理由は当然、決勝リーグで対峙するであろう仲間が勝つためのものだった。

 

 花音には勝てない。しかし、スケジュールの都合でさらに気力勝負となった中、自分が消耗させた後に戦う仲間ならば勝てるのでは? そういった考えであのような作戦をとったことがありありとわかる。さらに優勝争いをしている四高としては、一位の一高がポイントを稼ぐのを少しでも阻止したい。仮にこの作戦が仲間の勝ちにならずとも、他校の選手が花音を負かしてくれればそれでもいいのである。

 

 その作戦は当初観戦者の反感を招いたが、しかしその仲間につないで『チームで勝つ』精神はすぐに伝わり、観戦者たちを大きく感動させた。反感冷めやらぬのは被害にあった一高サイドのみだ。

 

 摩利が怒っているのは、かわいい後輩がそうした作戦にはめられた上、それをやってきたのが例の四高だったからなのである。

 

 未だに一高が優勢なのは変わらない。しかしポイントゲッターの花音の先行きは不安で、優勝確実だった摩利は手痛い予選敗退であり、明日の『バトル・ボード』決勝には挑めない。新人戦は予測が難しく、また新競技もまた予測不可能であり、先行きが見えない。優勝争いの三高と四高もどの競技でもポイントを確実に稼いできている。

 

 ここ三年の中で、一番難しい戦いになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五十里パイセン」

 

「ん?」

 

 昼休みも終わり際。午後にも恋人が十全に活躍できるようにCADの調整にいそしんでいた五十里は文也に突然声をかけられた。花音は敵情視察をするべく、第三トーナメントを見に行っている。

 

「午後の試合、これを使え」

 

「え、ええ……」

 

 文也の言葉遣いは上級生である五十里に対しても相変わらずだが、五十里はそのようなことは特に気にしないやさしい性格だ。しかし、いきなり文也から渡されたそれを使うことは、さすがに承諾できなかった。

 

「これCADでしょ? 気持ちは嬉しいし、すごいものなんだろうけど、さすがに試合直前になって大幅な作戦変更はできないよ」

 

 文也が手渡したのは、腕輪型のCADだ。汎用型に見えて特化型であり、中には午前中に『地雷原』を完封した『強制静止』を応用した魔法への対策となる魔法、対象物質の中で場所ごとに異なる大きさ・向きの振動を加えることで破壊する振動魔法だ。

 

 午前に花音対策として使われた魔法は、『強制静止』を応用したもので、その魔法の対象は、物体そのものではなく、物体の『下半分』だった。

 

『地雷原』は地面から振動を与えるため、下半分さえ防いでしまえば氷柱にダメージはほとんどない。普通の『強制静止』は物体全体の移動速度をゼロにするため、対象の氷柱はせいぜい二本が限度で、倒す対象を変えられてしまえばその速度に追いつくには超人的な読みと反応速度が必要になる。しかしこの応用したものは対象範囲を最低限――『地雷原』相手に防がなければならない部分に絞って効果が及ぶため、その分多くの氷柱を守れるのだ。

 

 そしてそれへの対策が、文也が用意した魔法というわけである。下半分が防がれるなら上半分一本ずつでいいから破壊してしまえばよい、という単純な理屈だ。仮に相手が普通に切り替えてきても、それなら『地雷原』で一気に壊してしまえばよい。『地雷原』と同じ振動系であり、花音との相性も悪くはない。CADを複数使うのは花音にはできないが、文也が渡したCADから魔法式のみを花音の特化型CADに移してしまえばよい。作戦としては悪くない。

 

 しかし五十里は断った。試合にしろ演技にしろ、『練習でやったことを一番練習通りにやったら勝つ』といわれる世界であり、本番直前の企図してなかった作戦変更は悪手だ。文也や達也、博などのように柔軟に対応できるタイプならまだいいが、花音はそこまで器用ではないのだ。

 

「そうか。わかった」

 

「うん、せっかくだけど、ごめんね」

 

 文也はいつもとは大違いで素直に引き、それをポケットにしまう。五十里はそれを見て、本当に心の底から申し訳なさそうに謝った。こんな男に、なんと心の優しきことか。

 

「だったらよお、別の案があるんだ」

 

「ん? 何?」

 

 文也の言葉に五十里は興味を示す。代表エンジニアを決めるときの無茶苦茶な調整や普段の素行から、五十里は初めは強い警戒心を抱いていたのだが、この練習期間の間に何度も興味深いことを見せてくれたので、文也に悪い感情は抱いていないのだ。

 

「ちょっと耳かせ……」

 

「え、うん……え、ええええ!?」

 

 五十里は文也の言葉に、目を開いて顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花音、僕の愛しい花音……なんて強く、気高く、そして可愛いいんだ……」

 

 五十里の中性的な甘やかな声で、花音の耳元でささやかれる。吐息までもがはっきりと聞こえる距離でささやかれ、その熱い吐息は花音の耳だけでなく、首筋もくすぐった。花音を体は五十里の細い長身と長い腕にやさしく包まれ、汗で少し湿った髪の毛はたおやかな手でやさしくなでられる。

 

「あと二回……あと二回だけ、頑張ってね……僕と君、君と僕の、二人の力で勝利しよう……不安もあるよね……でも大丈夫、僕がついてるから……僕らは二人で一つ……最高のペアだ」

 

 試合直前、なぜか人払いされた待機テントでいきなり花音は五十里に抱きしめられた。耳元でささやく甘い言葉と声は、鼓膜や肌を通して花音の脳と心臓、そして心をこれ以上ないほど甘く、優しく、激しく、そして熱く刺激する。

 

「さあ、勝とう。僕らの力で……優勝したら、あとで『いいことをしてあげよう』」

 

 甘やかな声から一転、中性的でありながら男らしさを感じる声音で発せられた言葉に、花音はビクッ、と大きく痙攣し、呼吸は荒くなる。そんな花音を、まるで震えて抵抗するのを抑えるように、一層強く抱きしめた五十里は、その声音のまま、最後の一言をささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君と僕……最高の、『一つ』になろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃああああああああああああ!!!!!!」

 

「ええええええええええええええええ!!!!!????」

 

 ドカーン! ズドーン! バコーン! ゴゴゴゴゴズゴーン!!!

 

『アイス・ピラーズ・ブレイク』の会場に、うら若き乙女とは思えない叫び声と、素っ頓狂な声と、爆音が響く。

 

 決勝トーナメント。開始数秒にして花音の相手選手である四高の選手の氷柱を破壊しつくした。

 

『地雷原』対策の魔法は何も意味を成していなかった。多くの氷柱を対象として守れてもそれを上回る速度でほかの氷柱は破壊しつくされ、本数が減ってより防御に集中できても、上半分を無理やり激しく振動させられて爆発してしまい、防御が全く追いつかなかった。

 

 午前でサイオンもスタミナも大きく消費させられた花音は、普通に考えたらこんなパワーと集中力を発揮できるはずがない。存分に持久戦に持ち込んでじわじわ氷柱を削り倒す目論見だった四高の選手は悲し気にその場に崩れ落ちた。

 

「この調子なら優勝確定だな」

 

 文也は腕を組んで満足げにうなずく。その隣の真由美と摩利も同じようなしぐさで満足げにうなずいた。

 

 今の花音には、第二トーナメントを勝った四高選手も、第三トーナメントを勝った三高選手も、絶対に勝てないだろう。それくらい今の花音は絶好調だった。克人ですらかなりの苦戦を強いられそうである。

 

「やったじゃないの色男!」

 

「うちの可愛い後輩を末永くよろしくな! はっはっはっ!」

 

 真由美と摩利は上機嫌に五十里の細い背中をバンバンと叩く。まるで遠慮のないおばちゃんのごとし。五十里は痛いのか、この後が怖いのか、真夏だというのに顔は真っ青だ。

 

 文也が五十里に提案したのは、花音に『ご褒美』を約束することだった。恋の力を刺激された乙女パワーは無限大エナジーであり、単細ぼ……単じゅ……素直な花音の性格を見越した文也は、それを利用して、昨夜自分がやられかけたハニー・トラップならぬハニー・チアーを五十里に仕掛けさせたのだ。

 

 その効果たるや絶大。どんな『ご褒美』を期待してるのか知らないが、今の花音を止められるのはいないだろう。

 

「はあ、はあ、さあ啓! いくわよ! 『一つ』になる愛をはぐくみましょう!!!!」

 

「は、はは、待って、焦らないで……」

 

「一応学校行事だから変なことはするなよー」

 

 無事三校の選手も叩きのめした花音が櫓から降りるなり、五十里(エモノ)を捕まえてホテルのほうに連れて行く。顔が真っ赤で息が荒いのは立て続けに試合に全力で挑み、スタミナもサイオンも枯渇してることが理由なのだろうが、主な理由はそうでないように文也たちには見えた。連れ去っていく花音の耳に、摩利の注意(やじ)が入っているのかは定かではない。

 

「くはははは、してやったぜ」

 

 文也はその様子を見送ると、満足げに高笑いした。

 

 そしてその後、四高の選手がすごすごと去っていく四高用のテントの入り口に立って生徒を迎え入れている、高身長で筋肉質で短髪の中年男性を見る。

 

 相手の男もそれに気づいたようで、文也のほうをみて、「やってくれたじゃねえか」とばかりに口角を釣り上げる。

 

 この男こそが、文也の父であり、第四高校の非常勤講師、井瀬文雄だ。

 

 文也は父親のそんな反応を見て、同じく口角を上げ、挑発をするように中指を立てた。




何か質問等あれば感想かなんかで送ってください。お応えできる範囲で返信いたします。なお科学的な面に関しては中学生レベルすら怪しく、ウィキペディアとにらめっこしながら書いていたのでそのあたりはお察しください。
じゃあなんでこの作品を選んだんだってなりますが、それは光井ほのかが可愛いからです

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