マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 九校戦三日目。

 

 この日はまず『バトル・ボード』の準決勝と決勝を行い、その後に『フィールド・ゲット・バトル』すべてを行う流れになっている。

 

『スピード・シューティング』と兼ねてる選手が多いということで三日目にしたはいいものの、一日ですべてを終わらせる強行軍もそれはそれで選手の負担は大きく、この新競技は学校側だけでなく運営側にも混乱をもたらしていることがよくわかる。

 

 この『フィールド・ゲット・バトル』のメインエンジニアは文也だ。これまではあまり働かなかったが、今日はしっかり働かなければならない。

 

「今日は忙しくなりそうだな文也」

 

「といっても、調整するもんはほとんどないんだけどなあ」

 

 駿の言葉に文也はぼやく。

 

 性質上『フィールド・ゲット・バトル』はエンジニアの出る幕が少ない。何せメインのCAD『インクガン』は運営側が用意したものを使用しなければならないし、その中の魔法式もいじってはいけない。『スペシャル』に使うCADは大会規定内なら自由であるため、そちらの調整ぐらいしかないのだ。

 

 よってエンジニアの負担が少ないので、代わりに競技そのものの作戦を一緒に考えるなど、アドバイザー的な役割を持つこととなる。

 

「任せて。君たちに散々しごかれたんだ。成果は持ち帰ってみせるさ」

 

 博はいつも通りに飄々とした様子で緊張はない。

 

 芦田と、そして三人目の代表として『クラウド・ボール』から移る形で選ばれた桐原はやや緊張しているようだが、それでも普段からスポーツ系の部活で大舞台のプレッシャーには慣れているため、むしろ彼らにとっては調子を上げてくれるものである。

 

 これからの競技に備え、文也と博たちに『バトル・ボード』を観戦する暇はない。桐原は同級生の範蔵の調子が気になるようだが、もう後は信じるしかない。駿は特にいる必要はないのだが、新人戦で同じ競技に出るものとして作戦会議に出席しておこうと考えてこの場にいる。そういうわけで、こうして五人は選手用のテントの中で、床に座り込んで円座を組んで膝を突き合わせているのだ。ちなみにあずさは今日はとても忙しく、『バトル・ボード』のサブエンジニアとして働いた後、真由美たち『フィールド・ゲット・バトル』のメインエンジニアとして働くことになる。よって今は作戦会議には出ず、小早川の様子を見に行っている。

 

「司波はどうしたんだ?」

 

「きゃんわいいおにゃのこ連れて呑気に観戦してるんじゃないか?」

 

「何それうらやましい」

 

「バカなこと言ってないでさっさと始めるぞ」

 

 駿のふとした疑問に文也が答え、即座に博が反応し、芦田がそれをいさめる。その様子を桐原は「いつも通りだ」と言わんばかりに眺めているだけだ。

 

「まず、残弾数には常に気をつけろ。10を切ったらすぐに撃つのをやめて自陣に引く。何度も言っているが、これは徹底しろ。どんなに追い詰められても、絶対に残弾数を超えてまで撃とうとするな。その瞬間負けるぞ」

 

 芦田が最重要の注意事項を確認する。

 

 この競技は、インクガンによるショットを競技の間は何百・何千も撃つことになる。ショットは一発一発の燃費が良くなく、一発撃つだけでもちょっとした規模の魔法を使うときと同じ量のサイオンを消費する。数十年前と違って常駐魔法でもなければそう大きく消費をする魔法はないので、このショットも普通に考えたらそう警戒すべきものでもない。しかし撃つ回数が尋常ではないので、その管理は大変重要だ。

 

 そしてさらに重要なのは、残弾数を超えてまで撃つのを絶対に避けることだ。

 

 残弾数を超えて撃つことは禁止でもないし不可能でもない。しかし代わりに『術式解体(グラム・デモリッション)』もかくやというほどのサイオンを消費するため、実質不可能なのだ。『術式解体』は、一回撃つだけでも並みの魔法師が一日かけても集めれないほどのサイオンを消費するので、当然残弾数を超えたショットも不可能というわけである。

 

 そしてさらに質の悪いことに、サイオン量が足りない時に不発になるだけならばいいが、なんと『サイオンを残る限り大量に消費したうえで』不発になるのである。安全に支障が出るほどの量はさすがに消費せず、最低限残るようリミッターがかかってはいるのだが、それでも一度そうなってしまったら、その日一日は魔法をほとんど使えなくなる。普通のショットでもサイオンは消費するため、実質その日の競技は不可能になってしまうのだ。

 

 仮に無理してその試合に勝ったとしても、その次の試合は一人いない状態になる。そうすればその次では負けが確定するのである。

 

 故に、残弾数管理はかなりしっかりとしなければならない。撃ち合いに夢中になっているうちに弾が切れて、さらにうっかりまた撃とうとした結果ダメになる、というのを、この九校戦の練習期間中このメンバーは何回も経験した。一応残弾数が10を切ると、アイガード右上の残弾表示ホログラムが赤く変わるのだが、冷静さを欠けばそれもつい気にしなくなってしまう。

 

「仮に撃ち合いに負けそうになっても、残弾が少なければそこは諦めろ。キルされてもいい」

 

 ルール上、装備を一定以上塗られて動けなくなる状態を『スリープ』と呼ぶが、博や文也、ほか練習に携わったゲーム研究部員たちの影響で、芦田たちも『キル』と呼ぶようになった。

 

『スリープ』状態は大きな損失となるが、しかしサイオンがガス欠になるよりははるかにマシである。こうした、状況に惑わされず、戦っている状態に熱くならず、冷静に残弾管理ができるかが勝負の大きな分かれ目となってくる。

 

「さて、初戦の相手である六高だが――」

 

 芦田が本格的な作戦伝達に入ろうとしたところで、駿のポケットの携帯端末が鳴った。駿は会議の時はしっかりと端末の電源は切るし、それをうっかり忘れるような失礼はしない。鳴っているのは駿の端末であることは確かだが、プライベート用でなく、いつも持ち歩いている『緊急用』の端末だった。送信者の欄には「司波達也」と書かれている。

 

 駿が芦田に確認をとって会議の中断をしてから電話をとる。達也が駿に電話をかけるというのは、異常なことで、それも緊急用の端末にかけてきたのだから、出ないわけにはいかない。

 

「司波。どうした」

 

『森崎だな。そこに『陣取り』の選手と井瀬はいるな?』

 

「あ、ああ。今作戦会議中だ。スピーカーモードにしたほうがいいか?」

 

『頼む』

 

 駿は端末を操作してスピーカーモードにし、文也たちにも聞こえるようにする。いよいよただ事ではない様子だ。

 

『司波達也です。緊急事態が起こりました』

 

 電話の向こうの達也は、先輩である芦田たちに考慮して敬語に切り替える。その声は、らしくもなく、焦っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『波乗り』の小早川先輩が、準決勝の途中にアクシデントに見舞われ、棄権しました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高本選『バトル・ボード』女子は摩利ともう一人が予選敗退し、小早川が最後の希望だった。実力は十分で、精神的なムラさえなければ優勝争いにも絡むことも期待されるほどの生徒だ。

 

 そんな小早川の前に準決勝で立ちはだかったのが、『海の七高』と称されるほど校風によって水系の競技が得意な七高の代表選手・黒木だった。

 

 去年の決勝戦で二年生ながら同じく二年生だった摩利と決勝戦で対戦し、惜しくも敗れ二位に甘んじた選手だ。その技術は摩利とほぼ互角であり、今年も摩利と黒木のどちらかが優勝するに違いないという話だった。

 

 小早川はこの強大な壁の前に多少気後れしたものの、しかし同級生の摩利の無念を晴らさんと意気込み十分で試合に挑んだ。

 

 しかし、その試合でなんと大事故が起きた。

 

 摩利の薫陶もあり、スタートから終始小早川がやや先行する形の有利な状況の中、なんと黒木がオーバースピードで小早川に突っ込んでいき、小早川も対応が上手くいかず、そのまま衝突してもつれこみフェンスに激突してしまい、二人とも大けがを負ってしまった。小早川は特にひどく、腕や足があらぬ方向にまがり、『ミラージ・バット』棄権はもちろんのこと、今後の魔法師生命どころか日常生活すらも怪しいほどだという。

 

 当然レースは中断となり、黒木は失格、小早川は棄権という形になってしまい、小早川が5位、黒木は6位で双方ともポイントが入らない形になってしまった。

 

 達也からの緊急連絡はこのような内容だった。

 

 しかし連絡があったからといって、この五人に特にできることはない。重い空気のまま作戦会議に戻るしかない。しかし文也や博ですら衝撃的だったようで、いつもの軽口は鳴りを潜め、会議の進行はスムーズなものの、集中が乱れていて内容は浅いものでしかなかった。

 

「失礼するわ」

 

 そこに現れたのは、七草真由美たち『フィールド・ゲット・バトル』女子代表と、担当エンジニアのあずさだった。

 

「ふみくん!」

 

 あずさは文也を見つけるなり、文也のもとに駆け寄って胸に顔をうずめ、そのまま大泣きし始めた。

 

「わ、わたし、こばやかわ先輩に、な、なんてことをっ――!」

 

「あーちゃん落ち着いて。あれは事故だ。あーちゃんは悪くない」

 

「わ、私がもっとしっかりできてたらっ――!」

 

「あーちゃん! そんな予測なんて無理だ。緊急用の魔法だって限界がある」

 

 文也はあずさの頭を強く抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けさせる。

 

 あずさは小早川のサブエンジニアだったが、良い腕を持つ彼女は実質メインエンジニアの様なものだった。

 

 その中で小早川がレース中のトラブルで大事故に巻き込まれ、ショッキングなケガをする瞬間を生で見てしまいパニックになってしまった。

 

『バトル・ボード』の様子見は摩利に任せて作戦会議をしていた真由美は、事故の第一報を受けるとすぐに会議を中断して会場に向かい、一通り指示を出した後、顔を真っ青にして腰を抜かして茫然としているあずさを連れ出し、必死に声掛けして慰めながらここに連れてきた。

 

 気が弱く責任感が強い彼女はこの衝撃に耐えられず、小さな子供の用に泣きじゃくってしまっている。

 

「わ、私が、わ、わ、ひっく、私が、ひっく、ひっ、ひっ――」

 

 文也が慰めてもなお、あずさは泣き止まず、それどころか嗚咽によって過呼吸に陥ってしまい、そのまま脚の力が抜けて、文也に体重を預けたままずるりと倒れこんでしまう。

 

「あーちゃん! 少し息を止めるんだ! 落ち着け! あーちゃんは悪くない!」

 

「ハーッ、ハーッ、ひっ、ハーッ」

 

 あずさが倒れてしまわないように、体を支えながらゆっくり膝を折って支えながらて文也も座り込む背中をさすって呼吸が楽になるようにしてもなお、あずさの過呼吸は止まらない。

 

 救急車を呼ぶか、養護係に連絡すべきか……真由美が判断して行動に移ろうとしたとき、その場にいる者たちは、ごく小さな魔法が使われる気配を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「あーちゃん、ほら、よしよし、大丈夫、落ち着け」

 

「ハーッ、ハーッ……ハーッ…………ひっく………………ハー」

 

 

 

 

 

 

 文也があずさの背中をさする手を、一瞬だけ自分の制服のズボンのすそのあたりに持ってきた。そこからすぐにまたあずさの背中をさすって落ち着かせようとする。

 

 すると、先ほどまでの苦しそうな様子が嘘みたいに、あずさの呼吸が整い、ついにすこし息切れをしてるという程度の状態まで回復した。

 

「さ、あーちゃん、これ飲んでいったん落ち着け」

 

 文也は自分の胸からあずさの顔を離れさせると、わきに置いていた自分のボトルを手に取って、中のスポーツドリンクをあずさにゆっくり飲ませる。涙でぼろぼろになり、パニックで青と赤が混ざったようなひどい血色だった顔も、それで完全に収まった。

 

 あずさは喉を鳴らしてスポーツドリンクをゆっくり飲み込むと、ほう、と深く一息ついてそのまま顔を上げる。

 

「ふみくん、ありがとね」

 

「いや、いいさ。もう大丈夫か?」

 

「うん、もう大丈夫」

 

「そうか。よかった」

 

 文也はそう言ってからあずさの頭をもう一撫ですると、真由美に向き直る。

 

「あーちゃん連れてきてくれてありがとな。で、結局状況はどうなんだ」

 

「え、ええ。えっと、とりあえずすぐに裾野の大きな病院に運ばれたわ。応急処置は達也君がしてくれたわよ」

 

 見入っていた中にいきなり言葉を向けられて一瞬言葉に詰まるが、すぐに真由美は状況を伝える。

 

「そうか。あいつは何でもできるな」

 

「そうね、ところでさっき……っ!? いや、なんでもないわ」

 

 真由美は先ほど何をやったのか文也に問おうとした。しかし、文也の眼……一切光を感じない底なしの深淵のようになった眼で、まるで『何も聞くな』と言わんばかりににらまれて、つい引いてしまう。

 

 真由美たちは、文也が精神干渉系魔法を使ったのではないかと勘繰った。ごく小規模なものではあるが、明らかに魔法を使っていて、その直後にあずさが落ち着いた。その魔法があずさの精神を落ち着かせたのではないかと考えたのだ。

 

 精神干渉系魔法は、その性質上、恐ろしい洗脳技術になり得るため、使用が特に厳しく制限される。例えばあずさの『梓弓』もその一種で、一昨日の夜に摩利を落ち着かせたあれも本来は罰則がある。しかし実際に摩利が武器を以て発狂していたこと、真由美が許可を出していたこと、そして真由美が権力を使って事実を握りつぶしたことによって何もおとがめはない。

 

 今回、文也が使っていたとしたら、いくら治療のためといえども罰則は避けられない。

 

「安心してください、そう悪いものではないですよ」

 

 そのために真由美は問い詰めようとしたが、文也の圧力に負けて、もともと動揺していたこともありつい引いてしまった。真由美のその様子を見て、またその魔法の正体を知っているらしい駿のフォローを信用して、桐原たちは何も聞かないことにした。そんな様子を見ていたあずさは申しわけなさそうに小さく真由美に頭を下げた。

 

 文也はまたあずさのもとに戻ると、床にへたり込んでるあずさを優しく支えて立ち上がらせ、ゆっくりといすに座らせ、この話はここでおしまいというように、少し大きめの音を立ててあずさの隣の椅子に座った。

 

 真由美はそれを見て、これ以上問うのをあきらめて、代わりに大きく、全身の力を抜くように息を吐いた。

 

 そして――再び顔を上げると、毅然とした目つきで、固く口を結んだ、いつも通りのリーダー・生徒会長としての真由美に戻った。

 

「『フィールド・ゲット・バトル』代表の皆さん」

 

 凛としたはっきりと通る声で、この場にいる全員に呼びかける。文也とあずさ、駿は本戦の選手ではないが、彼らも作戦に携わる者として、『代表』に含んだ。

 

「みなさんが連絡を受けた通り、『バトル・ボード』はこのような結末となってしまいました」

 

 その声を通して、全員に緊張感が伝わる。彼女の声は、この場にいる者の心に火を灯す。

 

「しかし――いえ、だからこそ、私たちはなんとしても、この競技で勝たなければなりません」

 

 灯された火は、真由美の演説という風にあおられ、さらに勢いを増して燃え上がる。その熱は表面化し、全員の表情に熱が戻り、その熱気が場の空気に伝わり、またお互いに火を激しく燃やしあい、いつしか重なって大きな炎となった。

 

 それを感じ取った真由美は満足げにうなずくと、いったん全員に笑いかけ――そしてまた表情を引き締め、こぶしを固く握って、高々と掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝つわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 各々の返事が、テントの中にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子の代表選手は、結局急に廃止となった『クラウド・ボール』の選手三人がそのまま採用される形になった。操弾射撃部などのシューティング系の部活動から採用することも考えたが、あの段階ではいきなりなれというのは酷な話であり、結局もともと競技に参加する予定だった真由美、テーブルスマッシュ部の浅田、軽体操部の羽田が選ばれたのである。

 

 そこからのこの競技に対する練習量は、間違いなく各校で一番であると真由美は自負している。

 

 代表選手同士の練習試合も何度も行ったし、美術系の部活の協力でわざわざ七草家の敷地になるべく本番のステージを再現した障害物も作ってもらった。それだけでなく、文也がオリジナルでサイオン効率が良いインクガンと専用ユニフォームを作ってそれを代表選手以外の生徒に渡しての練習試合も何度もやった。特にゲーム研究部とほかの魔法に頼らないタイプのシューティング系部活の生徒はとてつもなく強く、代表選手たちは幾度となくぼこぼこにされて競技勘を磨いてきた。また、ゲーム研究部の協力で、本番のステージやルール、感覚などをなるべく再現したフルダイブVRゲームを作ってもらいそれで実際のステージでの動きも高精度で確認できた。思わぬところで、まるで論文コンペの様な学校総出での練習となったが、その分他校より多くの面で有利となっている。

 

 そのせいか、女子代表は予選リーグの二高と九高をあっけなく下し、楽勝で決勝リーグに駒を進めた。エース格の真由美は『スピード・シューティング』の選手といえどあくまでも的撃ちのみで、銃型での戦闘は経験がないのだが、地力の差で圧倒できたのもある。まだ他リーグは終わっていない――一高は幸いにして男女とも第一リーグだったため、午前に試合が集中した――が、他校で決勝リーグに進んできそうなのは八高と四高だ。優勝争いをしている三高と四高が同じリーグで潰しあってくれたのは、一高にとって僥倖だった。

 

 男子は予選リーグで、一高や三高と同じく人数が多く層が厚い二高と同じになり、厳しい戦いを強いられたが辛くも勝利した。終始不利な状況だったが、後半ぎりぎり、相手の集中力が切れた一瞬を、あまり活躍が期待されていなかった桐原が突いて、『スーパーショット』を交えて一瞬のうちに一人で二人をキルし、そのまま数的有利の力でステージを塗りつくしてそのまま陣地有利を保って勝利したのだ。

 

 男子の他校で決勝リーグに勝ち進みそうなのは、三高と四高だ。

 

 男女ともに勝ち上がったのは一高と四高。四高もどうやら特にこの競技に力を入れていたようで、練度の高い動きで他校を圧倒していた。

 

「はーこれがあと二戦? きっつぅ~」

 

「ごはん喉通らないかも……」

 

「そんなこと言わないの。ほら、しっかり食べないと午後は持たないわよ」

 

 たった一試合5分を二回だけといえど常に集中しながら、それでいて冷静でいつつ走りっぱなしで、しかも燃費の悪い魔法をほぼずっと使い続けてきたのだ。いくら練習を積んで慣れているといえども、本番の緊張感で加速した消費が彼女らの体を蝕んでいた。

 

 疲れてへたり込んでいる浅田と羽田の二人を先導して昼食に連れて行こうとしているのは真由美だ。リーダーとして常に導く立場を自任しており、疲れてないように見せているが、この三人の中でサイオン量は圧倒的に一番だがスタミナでは劣る真由美も、実はかなり疲れていた。

 

(私の相手だった子たちもこんな気持ちだったのかしら)

 

 真由美たちが出るはずだった『クラウド・ボール』は、魔法だけでなくかなり体力を使う競技だ。よって真由美以外の二人も体力は鍛えているのだが、真由美は一歩も動かずに魔法だけで相手を完封し、しまいには焦って無理をした相手がサイオン・スタミナ切れで棄権するような試合運びをするため、体力は今まで最低限しか鍛えてこなかったのだ。

 

「おい起きろ。さっさと飯食いに行くぞ」

 

「ほら百谷先輩起きてください。先行っちゃいますよ」

 

「ちょ、ちょっと待って……オエッ」

 

 男子のほうも一人すでにかなりスタミナを消耗している。

 

 スポーツ系の部活の一流選手である芦田と桐原は相当鍛えられているが、百谷はゲームと論理のタイプであり、一応サバイバルゲームや体を動かすゲームもたしなんではいるが、それでもこの真夏に長袖長ズボン・ヘルメット着用で動き回るのはかなり辛い。

 

 体力や運動神経があるわけではないが、駆け引きや作戦・読みの力で予選で一番活躍したのは百谷だった。相手からは残弾数がわからないのを利用して少なくなった振りをし、わざと引いて相手が追い打ちをかけてきたところを実は余裕があった残弾でキルをして序盤有利を導いたりして、巧みにゲームメイクをしてきた。

 

「あの先輩の様子を見るとお前も不安だな」

 

「まあ最悪秘密兵器があるからいけるっしょ」

 

「お前のあれはいつ見ても不思議だよ」

 

 そんな様子を見ていた駿と文也は、自分たちのことも考えてそんな会話を交わした。

 

「森崎、井瀬、『陣取り』の予選は順調だったようだな」

 

「おう、ばっちりだ」

 

 二人で座っていたところに達也が合流する。

 

 達也が言う『陣取り』とは、『フィールド・ゲット・バトル』の別の呼び方だ。いかんせん長いので、各々で呼び方を考えていたのである。ちなみに『陣取り』という呼び方は駿が勝手に作ったもので、それを達也も拝借して使っている。文也と博は当然のように『ナワバリバトル』と呼んでいたが、わかりにくいので結局正式名称で呼ぶか『陣取り』に迎合した。

 

「なあ、なんか急に寒くなってないか?」

 

「暑い外からいきなりクーラーがきいてる食堂に来たんだ。仕方ない。仕方ないということにしておけ」

 

「そうだな」

 

 文也と駿の顔は青ざめている。暑い外からクーラーのきいた食堂に来たとは言えど、これは異常なことである。

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様……」

 

「深雪! 落ち着いて! 気温下げない! ほら心落ち着けて! クールダウンクールダウン!」

 

「そんなこといったら余計気温下がっちゃうよ、ほのか」

 

「だったら雫も止めてよお!」

 

 愛しのお兄様と昼食を囲む機会を、正直良く思っていない文也と駿に奪われた深雪は、すっかり不機嫌だった。

 

 これは九校戦練習期間に入ってからの恒例行事になってしまっている。

 

 達也と文也・駿は仲が良いどころか、相性が悪い。しかし同じチームになった以上お互いに反目している場合ではないし、練習期間が短いぶん昼休みの時間すら貴重だったため、こうして頻繁に三人で昼食を囲んでいるのだ。周りはこの光景に――発足式の件があってもなお――大変驚いたが、その驚きも、深雪が放つ不機嫌オーラと冷気ですぐに消し飛ばされてしまった。

 

「おい司波兄。いい加減なんとかしてくれ」

 

「聞き分けがいい妹なんだが、こればっかりはどうしようもなくてな」

 

「そういう割には『はは、あいつめ、仕方のないやつだ』みたいな笑顔だな。このシスコンめ」

 

「アイスじゃなくてホットコーヒーとってくる」

 

 駿はそう言って逃げるように席を立った。二人とも暑い夏なのでアイスを食べようとしていたのだが、寒気がするし目の前のシスコン魔人が甘いことを言うので、熱くて苦い飲み物が欲しくなったのだ。

 

 駿が二人分のホットコーヒーを持ってきて一息つくと、会話は『フィールド・ゲット・バトル』でなく、午前に起きた『バトル・ボード』の事故についてになる。

 

「まずはこの映像を見てくれ」

 

 達也が端末で見せたのは、事故の瞬間の映像だ。

 

 オーバースピードで水面からサーフボードが離れ、小早川に吹っ飛んでいく黒木。小早川は緊急対応をしようとするが――そこでバランスを崩して失敗し、二人は衝突してもつれ込みながらフェンスに激突。

 

「「これはおかしいな」」

 

 文也と駿は声をそろえてつぶやき、すぐに衝突の直前からスローで再生することを要求すると、達也は満足げにうなずいて要求に応える。

 

「お前らもやっぱりそう思うか。衝突の瞬間、波が不自然に動いて小早川先輩を妨害している」

 

「これは魔法か? だとしても、こんなんできる方法はそうそうねぇぞ」

 

「水面に術者が潜んでた、なんて馬鹿な話もなさそうだ。自滅になるような波を起こすようなことは小早川先輩はしないから、外部から……いや、でも監視システムがある中で……」

 

 三人は口々にこの波について意見を述べる。そして駿が、自身の発言にヒントを得たように声を上げた。

 

「まさか、SB魔法なのか?」

 

「ああ、俺もそう考えている」

 

「だとしたらいよいよ真っ黒だな。これはこの九校戦かなりきな臭いぞ。七高のやつもただの事故か怪しいな。会長さんに報告は?」

 

「いや。試合前なのに動揺させるわけにはいかないからな。代わりに渡辺先輩と十文字先輩には報告してある」

 

「ずいぶんが気が利きますことで」

 

 達也は事故の時すでに不自然な波に気づき、応急処置をした後すぐに五十里と協力して波の検証・解析を行い、同じ結論に至っていた。摩利と克人にはすぐに報告し、各々の人脈で調べてもらっているが、真由美には競技が控えているので報告していない。摩利と克人もまだ競技は残っているのだが、どちらも新人戦を挟んだ後なので、多少動く程度なら差しさわりはないはずだ。

 

「今はとりあえずこの程度しかできなさそうだ」

 

 達也はそう言って、話を締める。

 

「とりあえず、各々で自分の身は守れるようにしておこう。少なくとも、運営に提出した後、自分のCADをもう一度チェックしておくくらいはするべきだな」

 

「めんどくせえけどそうするしかないか。あんまり話も大きくできないから、ほかの連中にはそれとなく気を付けるように言うしかなさそうだけど」

 

 駿と文也も各々の感想を述べ、昼食の席を立つ。そろそろ昼休みも終わりで、午後の競技が始まる。

 

 しばらく一高の試合はないが、他校の戦いぶりを見ておいても損はない。

 

「チッ」

 

 食堂を出る時、何を思い出したのか、文也は食堂を見回してあずさを見つけると――悔しそうに小さく舌打ちをした。


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