マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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2-10

 結局、予想通り、女子で勝ち上がってきたのは四高と八高、男子で勝ち上がってきたのは四高と三高だった。

 

 第一リーグだった一高は昼休みを挟んで決勝リーグに挑む形になるので有利なのだが、代わりに決勝リーグでは一番辛い戦いを休憩なしでいきなり二連戦することになる。

 

 第三リーグが決着して四高の勝ち上がりが決定するや否や、すぐにステージ抽選が始まり、一高と第二リーグ勝者の八高が呼ばれた。

 

「連戦状態で四高と戦うことになったのはなかなかきついわね」

 

 真由美はステージに向かいながらそうつぶやく。

 

 一高にとって一番あってはいけないことは、ここで四高に負け、自分たちのポイントを下げたうえでしかも優勝争いをしている四高にポイントを献上してしまうことだ。一方で優勝レースにすでにだいぶ遅れている八高には負けても特に大きな損害はない。よって、八高相手に手を抜き、四高戦のために温存するという作戦もあり得る。

 

「でも、ここで負けるつもりはないんでしょ?」

 

「当然よ」

 

 羽田からそう言われ、真由美は笑顔を向けてそう返す。

 

 優勝にこだわって、小癪な勝ち負け戦術なんかに逃げたりなどしない。

 

 

 

 

 ――全部勝てば、それで優勝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子決勝リーグ第一試合、一高VS八高のフィールドに選ばれたのは『模擬練習場』だった。

 

 坂や段差といった地形の上下はなく平坦で、全体の形もやや縦長の長方形でスタンダード。障害物は点対称に立てられた十数個の大小さまざまの土壁のみで、一番シンプルなフィールドとなっている。

 

 シンプルであるがゆえに一度陣地で形勢が傾けばそのまま試合が終わることが多く、逆転の一手を打ちづらい。

 

 そんなフィールドでの序盤。一高がとったのは、『3凸』と博が名付けた作戦だった。

 

 一高が練習の中で見出した序盤の定石は『2-1』と呼んでいるもので、二人が真っ先に相手のほうに向かって前線の取り合いをし、一人が自陣側を塗って撤退場所や弾補充の場所を確保するというものだ。

 

 一方『3凸』は、いきなり三人で前線に向かい、序盤の前線有利を数的有利によって無理やりもぎ取るという作戦だ。これは序盤が重要な模擬練習場ステージにおいては有効な戦術だが、これに失敗すると前線を奪われるだけでは済まず、自陣の塗りも整っていない状態になるので、体勢を立て直すのがかなり難しくなってしまうリスキーな作戦だ。序盤有利が取りやすいが、失敗すればこのフィールドではほぼ負け確定という、ハイリスクなものである。

 

 故に、真由美たちが取ったのは、それに多少の保険をかけたものであった。

 

「嘘でしょ!!!???」

 

 前線に出ていこうと最短ルートで全力疾走していた八高の選手が驚愕する。定石の『2-1』作戦を八高は選択したのだが、まだフィールドの真ん中にたどり着いていない段階で、いきなり一高の誰かと接敵したのだ。

 

 しかもその選手は壁の向こうから現れたのではなく、『上から』いきなり攻撃してきたのだ。

 

 全力疾走中の不意打ちによって反応が遅れた彼女は、すぐに応戦してショットを撃つが、一高の選手はそれをすべて跳ね回って避け、壁の向こう側に消えてしまった。

 

「くっ! 自陣で接敵! こちらぎりぎりよ! とんでもない速さで突っ込んできてるわ!」

 

 装備の四分の一以上が塗られてしまい、無駄撃ちまでさせられた彼女は、このままでは前線で戦っても無駄死にするだけだと思い、走りながら自分で塗った場所に戻って弾と面積の回復を図りつつインカムで仲間に情報を飛ばす。これで前線に向かっているのは一人しかいないことになる。序盤でいきなり出鼻をくじかれてしまい、その選手は歯噛みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『奥のほうで一人相手に結構塗ったよ!』

 

「ナイスよツバッティ!」

 

 真由美がフィールドのちょうど真ん中あたりで相手選手と土壁を利用した撃ち合いで前線の取り合いをしていた時、羽田からの連絡を受け取って歓喜の声を上げた。

 

 八高側の陣地に高速で乗り込んで足止めさせた一高の生徒の名前は羽田椿。軽体操部でありスタミナはスポーツ選手としては並みだが身体能力が高く、特に脚力やジャンプ力といった身体のバネは一流の選手だ。

 

 通常前線に真っ先に向かう選手は、自分の通り道を塗り、その上を渡って進んでいく。静止しなければ装備面積は回復しないが、走っていても弾は回復するため、前線に至るまでに少しでも塗っておくべきなのだ。自分の退路にもなるし、前線までに大きく弾を消費することもない。

 

 しかし彼女はその身体能力とフィールドを生かして奇策を実行した。

 

 彼女は塗るという手間すら省き、壁をよけながら地面を走るのではなく、『壁から壁へ飛び移って』最速で相手陣地に切り込んでいったのだ。

 

 相手からすれば予測できないタイミング・場所で、予測できない方向からの攻撃であり、序盤の出鼻をくじくのにはもってこいの作戦だ。

 

 この作戦は普通は実行できない。これを実戦レベルの速さで行うには、実際のフィールドでの反復練習が不可欠だ。恐怖もあるし、落ちてしまったらケガをして棄権の可能性すらあるからだ。

 

 しかしそれを解決して見せたのが真由美の力だった。達也の思い付きによるちょっとした冗談――彼は練習なしでも実行できそうだが――にインスピレーションを得てしまった羽田が真由美に無理を言って、運営から渡された図面の通りに再現したフィールドを造ってもらったのだ。壁と壁の間にマットを引いて落下時のけがを予防したうえで、彼女は暇さえあれば真由美と一緒に練習をした。その過程で仲良くなり、真由美もあだ名で呼ぶようになったりもした。

 

「どういうことよ!?」

 

 真由美と撃ち合いをしている選手の集中力が乱れる。自陣側で仲間が襲われた。それはつまり、自分の背中からその敵が攻撃してくる可能性を示唆している。真由美との撃ち合いだけでなく、後ろにも警戒しなければならない。

 

 そんな状態で、努力した天才である真由美相手に勝てる腕はその選手になかった。

 

「あ!?」

 

 隙をついた真由美の攻撃により、ついにユニフォームの半分以上を塗られた彼女はスリープ状態になり、手痛い強制静止状態になる。

 

 その間に、動けなくなったその選手の周りをきっちり塗ると、真由美は復帰からの無敵状態を警戒して離れ、自分のインクの上に立って弾と面積を回復しながら周りの観察を始める。

 

 羽田が一人を足止めし、真由美がもう一人を引き付けている間に、前線に出てきた浅田が前線のほとんどを誰にも妨害されることなく一通りあらかた塗り終えた。

 

 羽田も相手陣地から戻ってきて前線維持に参加しようとするが、その様子を見て、今までほぼ放置してきた自陣塗へと切り替える。

 

 最初の前線の取り合いは制した。あとはこちら有利の前線で相手を抑え込み、隙を見て自陣側を塗ればよい。

 

 ここからの試合運びは、終始一高にとって有利な展開だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ羽田さんって頭おかしいよね」

 

 その試合の様子を、事情があって一足先に試合を終えてみていた博は苦笑いしながら見ていた。

 

 午後、予選リーグの終わりは男女バラバラだったが、決勝リーグは足並みそろえて行われ、第一試合は男女同時に開始されたのだが、トラブルがあって試合が速く終わってしまったのだ。

 

 男子第一回戦の一高VS三高の終わりはあっけなかった。

 

 三高は戦闘系の魔法を重視して教えている学校であり、当然こうした競技にも強く、予選を勝ち上がってきた。

 

 その様子を見て相手のデータを取った文也が提案した作戦は、三高『フィールド・ゲット・バトル』のエースへのダブルマークだった。三高の予選での試合運びは、エース一人を軸に据えた作戦であり、戦いのポイントでは常にそのエース選手が活躍していた。一方で、ほかの二人は悪くはないものの特に強くもない平凡な生徒で、優秀ではあるのだがあまり競技に適応できてない様子だった。

 

 そこで、前線に出てくるであろう相手エースを、博と桐原の二人で抑え込むという作戦を思いついたのだ。残りの二人を芦田一人で見る形になるが、競技適正もスタミナもある彼ならば、前線という限られた空間の範囲でなら二人を浅く広く相手することは可能だ。

 

 その策は上手くいき、相手エースをずっと抑え込んでいたのだが、それで相手エースの焦りは重なり、動きはどんどん精彩を欠いていった。その様子を見逃さなかった博は、相手をよく観察したうえで、そのエースの周りを回り左側に常について戦いを進めた。

 

 結果、左側に視線を集中しなければならなくなった相手は視界の右側にホログラムで表示されている自身の残弾が尽きていることに気づかず、焦ってもう一発撃とうとしてしまい、あらん限りのサイオンを吸収されて倒れこんでしまった。

 

 そしてそのエースが試合続行不可能となり、相手は棄権したので、試合は早く終わったのである。

 

 博の視線の先では、羽田がタイミングを見計らって壁から壁へ跳び回り、高速立体機動で相手をかく乱していた。いきなり頭上から現れて『スーパーショット』でぶち抜く姿はもはや恐怖でしかない。

 

「あの動きを魔法なしでやるんですからねえ」

 

 その様子を見ている桐原も苦笑いだ。羽田は適性がありそうな『ミラージ・バット』の代表には――摩利や小早川といった上が強すぎて――選ばれなかったが、この運動神経が評価されて『クラウド・ボール』の選手に選ばれていたのだ。

 

「しかし、あんなに暴れてスタミナは持つのか」

 

 芦田はそれを見て心配をする。身体能力は高いがスタミナはスポーツ選手としては並み程度の彼女が、ここまでトばしていると、その次の本命の四高戦が心配なのだ。

 

 このように、相手に明確な有利を突き付けることができる形で跳び回れる構成をしたフィールドは模擬練習場のみだ。そうだからこそ、せっかく練習したのだからと彼女は張り切っているのだろうが、次が心配ではある。

 

「まあなんとかなるでしょ。あ、こりゃ勝ったね」

 

 博が何も考えないで気休めを言うや否や、最終盤で真由美が動きを見せる。羽田と浅田が相手選手三人を誘い込んで一か所に集めると、そのど真ん中に土壁に隠れていた真由美が現れ、『バリア』を発動して無敵状態で次々と倒していく。

 

 この最終盤でこうなったら、もう逆転の手は残ってない。

 

 決勝リーグの第一試合は、どちらも一高が完勝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二試合からは男女バラバラで行われる。

 

 先に試合が終わり体力が残っている男子一高VS四高が行われそうなものだが、三高が四高との試合も事前に棄権したことで男子は一回戦分の時間が空いたため、女子の試合が先に行われることとなった。女子のほうが基本的に体力がなく、その上女子は最後まで試合をしたというのにこの決定は、運営の都合しか考えられておらず、真由美たちは勝利後の喜びも吹き飛んで怒り、運営にクレームをつけようとしたが、実際に自分たちの要求が通るかもわからないことで体力を消耗するよりかは、と考え、我慢して何もせず休憩を選んだ。

 

 女子の二回戦、実質の決勝カードである一高VS四高が行われる。一高のインクは赤、四高のインクは青。フィールドは『滑り台公園』だった。

 

 なんとも間の抜けたフィールド名だが、その名前の通り、特徴的なのは、ステージ真ん中の大きなくぼみと、そこへとつながる両陣地から伸びた巨大なプラスチック製のでこぼことした滑り台だ。滑り台の両端は階段になっており、真ん中と陣地間の移動は、滑り台でも階段でも各々の特徴を生かしてどちらでもできるようになっている。

 

 構造上、相手陣地へ乗り込むことは難しく、滑り台下のフィールド真ん中の広場の取り合いが勝負の分かれ目となる。仮に一度取られても、階段や滑り台の上から広場に向かって攻撃して位置的有利を取ることで打開もしやすいが、その逆もしかりということで、戦局が激しく入れ替わるフィールドである。

 

 さすがにこのフィールドの再現は七草家の力を以てしても難しかったが、ここで活躍したのがゲーム研究部が自作したフルダイブVRゲームだった。これによって、実際に体は動かせないものの、それに近い形の練習をすることで感覚や距離感を体感することができた。実際に模擬戦をしてみて掴んだ作戦もある。

 

 故にこのような特徴的なフィールドは、再現技術を持ち合わせて高い質の練習を行ってきた一高に限りなく有利だ。

 

 そのはずだったのだが――

 

『七草、これは……』

 

「ええ、そうね」

 

 浅田と真由美は各々の仕事をしながら通話をする。

 

 試合もすでに中盤。一高の真由美たちは、思わぬ苦戦を強いられていたのである。

 

 四高の動きは、一高のそれに匹敵していた。

 

 明らかにこのフィールドに慣れている動きで序盤から今まで練度の高いチームワークで一高は翻弄された。

 

 一高が取った作戦は、先ほどとは逆に、実にシンプルなものだった。

 

 真ん中の広場で二人が前線を奪い合い、一人は階段に待機して後方から位置的有利を取って援護および自陣塗りをし、前線の一人が残弾や塗られた面積が危なくなると退避し、それと入れ替わるように階段で待機していた選手が滑り台に乗り移って高速で前線に参加する。シンプルでありながら堅実で、かつ強い作戦だ。これは実際に再現された状況で戦ってみたからこそ思いついた作戦で、また実行するための練習も行えたため、予選でもこのフィールドで戦った真由美たちは、奇妙なフィールドにとまどう六高を相手に難なく勝利できた。

 

 しかし、四高は訳が違った。四高も一高と同じような作戦をとっていたのだが、序盤がもうすぐ中盤になろうというころ、相手の前線の一人が、抜け出して『一高側』の階段に乗り込んできたのだ。

 

 この不意打ちに戸惑い動きが乱れた前線の真由美と浅田は、スリープまでされこそしなかったものの、そのぎりぎりまで追い込まれて攻め手を緩めなければならなくなった。

 

 さらに抜け出した相手選手は、一高陣地側、つまり真由美たちの背後上方から支援射撃を行ってきたのだ。この上このまま相手が自陣まで乗り込んできて塗り荒らされたら、たとえ前線で勝ってても最終的な塗りポイントは負けてしまう。

 

 さすがにこれは放置できず、反対側の階段にいた羽田が健脚で駆け抜けてその対応に当たり、なんとかスリープ状態に追い込んだ。ルール上相手はスリープからの復帰後の無敵状態ではさらにこちら側に乗り込めないので、強制的に帰らせたが、これによって羽田の援護射撃が途絶えたことにより、真由美と浅田は前線の広場を捨てて退避せざるを得なくなった。

 

 いったん落ち着いて残弾や装備面積を回復して今は前線を取り返そうとしているが、依然として状況は厳しい。

 

 そんな苦境の中、真由美と浅田、そしてそれに少し遅れて羽田は気づいた。

 

 この動きは、机上論だけで導き出されたものではない、と。

 

 実際に再現した状況で模擬戦をしたからこそわかる定石と、それへの対抗策。その二つを、まるで最初から予定していたかのように決めて見せた四高は、実際に間違いなく、一高と同じかそれ以上の練習環境を整えていたことになる。

 

(井瀬君のお父さんね)

 

 今までさんざん煮え湯を飲まされてきた四高のトリッキーな戦い方は、あの忌々しきゲーム研究部を思い起こさせるものだった。そのゲーム研究部に適応した文也の父――真由美はそれには当てはまらなかったが、親子はよく似ることもある。あの文也の父親ならば、四高の作戦スタッフにアドバイスを与え、そしてゲーム研究部と同じように再現したVRゲームを作っていても不思議ではない。

 

 じりじりと形勢を取り戻しつつあるが、このままではまだまずい。

 

 真由美たちは、逆転の一手を考えなければならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ親父め……禿げちまえ……」

 

「ううううううう先輩たちいいい、頑張ってくださいいいいい」

 

 一高テントで、文也とあずさはその様子を見ていた。文也は忌々しげにこの戦況になった原因であろう父親を呪い、あずさは夢中になって両こぶしを固く握りしめて画面にかじりついている。

 

 画面の中では、真由美が『バリア』を使ったうえで滑り台によって高速で広場に乗り込み、決死でなんとか五分五分まで取り戻した。しかしこれでも状況は不利のままである。まだ中盤だというのに、この逆転が発生しやすいフィールドで、一枚だけの切り札である『スペシャル』を切らされた。一高が編み出した定石は、最終盤で温存してたスペシャルを一気に切って勝利する、というもの。それは四高も考えついているようで、向こうはまだ一回も使っていない。

 

 あずさは、まるで自分が選手であるかのように緊張している。これは気弱な彼女がつい背負いすぎてしまった責任感によるものだが、自分がメインエンジニアであるから、というだけがそうなった理由ではない。

 

 文也に慰められて落ち着いたといえど、あずさがメインエンジニアを務めた小早川の大けがは、彼女を深く傷つけてしまった。どうにもならなかったのはわかってはいるが、一方で、もっとしっかりしていれば、という自責の念はどうしても消えない。

 

 それによって背負いすぎた責任感は、この『フィールド・ゲット・バトル』に向いた。せめてこっちで頑張ろう、というものだが、それは決してプラス方向への思考の転換というわけではない。むしろ後ろ向きで、ここで頑張らなければ私はもう、というような、一歩踏み違えれば自己破滅するような危ういものだった。

 

 彼女自身、これで勝ったからといって、小早川の件は取り戻せず、自分の自責の念は消えないと知っている。この『フィールド・ゲット・バトル』への入れ込みはある種の逃避なのだが、その逃げた先でも彼女は自分を追い詰めてしまったのだ。

 

 そんなあずさの心情を敏感に読み取った文也は、次の男子の戦いに備えて仕事をしているところに、あずさを誘ったのだ。

 

「大丈夫だよ、あーちゃん」

 

 文也は、固く握りすぎて真っ白になったあずさの小さなこぶしを、自分の小さな手で包みながらあずさを励ます。

 

 

 

 

 

「あーちゃんの力は、決して無駄にはならないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面に映像を送っているカメラの前を浅田が走って横切り、その腰には、ホルスターに入れられた拳銃型CADが揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度か逆転を繰り返し、試合も最終盤。

 

 ついにお互いが勝負を決めるべく、動きを見せた。

 

『来るよ!』

 

 階段で後方支援をしながら相手の動きを注視していた羽田が、前線で撃ち合っている真由美と浅田に警告を飛ばす。羽田が観察していたのは、前線ではなく、相手の後衛だ。

 

 その後衛はインクガンを下ろすと、腰につけていたCADを地面に向けて魔法を放った。するとその魔法信号を受けて地面のプログラムが起動し、大きなメガホンのホログラムが現れ、前線の広場にそれが向けられる。

 

 スペシャルの一種『メガホン』。巨大な円柱型の光を放ち、それに触れた相手は一瞬でスリープ状態になる。効果発動まで5秒の時間を要し、しかもその間使用者は一歩も動けず、さらには一発でもショットが当たれば効果はキャンセルされスリープ状態にされる。

 

 効果は大きいといえどそのハイリスクにはあまりにも見合わず、今までの試合でもほとんど使われることもなければ、仮に使われても有効活用とは言えず、むしろ自爆につながってばかりだった。

 

 しかしそんな『メガホン』は、この滑り台公園フィールドでは有効に使うことができる。

 

 この範囲攻撃は、真ん中のくぼみという、人が集中し、かつ離脱しにくい場所にはとてつもなく有効である。

 

 また滑り台の上から放ってしまえば、相手は5秒の間には絶対に上ってきて撃ってくることはできない。

 

 そんな条件が整った『メガホン』を最終盤の切り札で使うことで、勝利をつかむことができる。仮に相手を倒すことができなくても、相手が前線から一瞬でも引いた間にそこを塗ることで圧倒的に有利になる。

 

 真由美と浅田は即座に撤退し、青い円柱型の光から逃れた。

 

 しかし、そうすることによって、やはり前線の広場は青く塗られてしまう。

 

「けど、ちょっと切るのが早かったね!」

 

 羽田はそう叫びながら、自身もインクガンを下ろし、『メガホン』を使用する。

 

 相手がこう来るのは十分に予測の範囲内だった。よってお互いに使うタイミングが重要だったのだが、四高選手は焦ったのか、少しばかり早くに使ってしまった。

 

 一高側の目論見通り、相手の前線は引き、真由美と浅田がまた前線を取り返した。このままあと20秒ほど耐えれば勝利だ。

 

 

 真由美たちはほくそ笑んだ。勝った、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう来るのはわかってたわよ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そうはいかなかった。

 

 前線から引い四高選手は、羽田のメガホンが終わっても前線に戻らず、階段最上部の自陣までそう叫びながら駆け上がっていく。

 

 そして登り切ってさらに一歩奥に進んでから振り返ると、足元にCADを向けて魔法を放ち――巨大なメガホンのホログラムが現れた。

 

「「「二本目!!??」」」

 

 真由美たちの声がシンクロする。

 

 さきほどのメガホンはブラフ。安心して一高に『メガホン』を使わせて逆転の一手を使わせ、そのあとに本当の逆転の一手を切るためのもの。

 

 真由美たちはこの作戦は想定してなかった。

 

 このフィールドで『メガホン』が有効といえど、そのリスクは大きいのは変わりない。普通に考えたら、貴重なスペシャルのうち二枠を割くことはできない。

 

 しかし、それを四高は実行した。理屈で考えたらまずない。それゆえに相手に読まれず、有効な手段となる。

 

(まさに、『理外の理』!)

 

 四高の生徒たちは、一高の戦いぶりを見てからこの作戦を発案した作戦スタッフの『ステラテジークラブ』部員である、鼻と目がやけに鋭い伊藤という生徒に感謝をした。これは彼らが『限定じゃんけん』というカードゲームの大会で優勝したときの発想の応用で、その発想を伝えたのが、顧問の講師だったという。

 

(嘘よ!? こんなことって!)

 

 一瞬のうちに真由美の心に絶望が襲い掛かる。

 

 ありえない。このフィールドだって、『メガホン』は無敵ではない。

 

 例えば、そう、高速で撃ちだされる『スーパーショット』なら――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させない!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、浅田が吠えた。

 

 真由美たちの反応が遅れる中、魔法で強化しながらテーブルの上で特殊な二つのボールを打ち返しあう『テーブルスマッシュ』で培った、世界でも随一の反射神経が、彼女を動かした。

 

 彼女が持つスペシャルは――『スーパーショット』だ。

 

 逆転の一手に逆転の一手で返し、さらに逆転の一手で返された。それに対する、最後の切り札。

 

(でも残念でした)

 

 その様子を油断なく観察していた、前線に復帰した四高の生徒は、自分の『スーパーショット』を使用すべくインクガンの電源を切ってCADを起動した。

 

 しかも、自身と、前線の真由美と、浅田は、一直線に並んでいる。このまま撃てば真由美と浅田は二人まとめてスリープ状態になる。これで勝ちは確定だ。

 

(それに、『間に合わないよ』)

 

 これほどの反応速度は予想外だった。しかし、この一手に『スーパーショット』で対抗してくることは読んでいた。だからこそ、この手のために保険をかけていた。

 

『メガホン』の使用を確認してから、『スーパーショット』を放つまでの過程――気づき、反応し、考え、体を動かし、干渉を防ぐためにインクガンの電源を切り、特化型CADを起動させ、照準を向け、魔法を起動し、魔法を放つ。短い動作だけでもこれだけの過程が挟まる。

 

 さらに放ってから届くまで。いくら『スーパーショット』が速くても、タイムラグがある。事前に綿密な計算を重ねた結果、これらが重なることによって、ぎりぎり間に合わないことが分かった。

 

 また仮に相手が達人だったとしても、その保険として、『メガホン』を使った生徒は一歩下がって離れている。完璧な作戦。

 

 

 逆転の一手に逆転の一手で返し、さらに逆転の一手で返された。それに対する、最後の切り札。

 

 

 しかし、その最後の切り札で消されるはずだった逆転の一手は、実は綿密な計画により、その最後の切り札が効かないようになっていた。

 

 

 一瞬の中でそれが脳内に駆け巡った四高生徒はほくそ笑もうとして――驚いた。

 

 

 

 

 

 

 浅田は、インクガンの電源を切るのではなく、手を離して落とした。

 

 

 そのまま一歩でも近くと言わんばかりに、重力を利用して無駄なく前に踏み出し、そのついでにインクガンを蹴飛ばして自分から離す。予想よりも、時間と距離が縮まった。

 

 

 腰の銃型CADを抜くと思われたがそれはブラフ。彼女が起動させるように触れたのは、袖の中に隠した小さな細い腕輪。さらに時間は縮まる。

 

 

 照準を向け――る必要はない。捨てる動作の中で、とっくに向けている。さらに時間は縮まった。

 

 

 魔法を起動する――起動が、予想よりもはるかに速い。時間はさらに縮まった。

 

 

『スーパーショット』が放たれる。疾風をも追い越すのではないかという速さで、赤いインクの柱が『メガホン』を使った生徒に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――『メガホン』が起動する直前で命中し、その生徒はスリープ状態。メガホンのホログラムは四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ほめてやるわ)

 

 しかし、無意味。

 

 圧倒的速さで放って『メガホン』をつぶしたのは称賛に値する。

 

 しかし、無意味。

 

 このまま自身の『スーパーショット』が真由美と浅田をまとめて貫き、二人はスリープ状態になる。

 

 残りは数秒。一高にとっては、復帰が間に合わないわずかな数秒。四高にとっては、塗り替えして逆転する永遠にも等しい価値の数秒。二対一の数的有利で、逆転可能。

 

 

 

 

 

「終わりよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 青いインクの柱が放たれる。高速で、こちらを振り返り驚愕に目を見開く真由美に命中してスリープ状態にし、そのまま浅田に襲い掛かる。

 

(勝った)

 

 逆転の一手を逆転の一手で返され、さらに逆転の一手で返。それに対する、相手の最後の切り札。そしてそれを乗り越えた、自身の最後の最後の切り札。

 

 

 

 勝利を確信して、その最後を詰めるべく、インクガンの電源を入れなおそうとした、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅田はこちらに振り返り、まるで射貫くようににらんだかと思うと、鋭く息を漏らし――そのまま、踏み出して勢いで前に倒れこんだ。

 

 倒れこんだまま転がる浅田。転がる、動いている――スリープモードになっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんて化け物!)

 

 

 

 

 

 

 

 

『スーパーショット』を目視してから、身体能力で避けた。恐ろしいほどの反射神経だ。しかもご丁寧に転がりながらさきほど投げ捨てたインクガンを回収し、すぐに塗りなおす構えだ。

 

(でも、勝ち)

 

 こっちはすでに電源を入れなおして構えている。対して浅田は体勢が崩れたまま。このまま撃ち勝てる。

 

 

 

 

 勝ちを確信した。何度もひっくり返されそうになったが、最後に勝てばよい。

 

 止めを刺そうとした、その時――彼女を、突然影が覆った。

 

 

 

 

 

 

「間に合えええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

『メガホン』を撃つために上にいた羽田は、状況を一瞬で察するや否や、滑り台を『駆け降り』、そのままその勢いで滑り台の途中で健脚を使って叫びながら跳んだ。

 

 ショットが、浅田を射抜こうとした四高生徒を襲い、そのまま四高生徒はスリープ状態となる。

 

 

 残り、3秒。

 

 

 スリープ状態は、真由美一人と、四高選手二人。

 

 四高で唯一動ける選手は、滑り台を急いで降りながら、必死で少しでも塗り面積を増やそうと、浅田と羽田を無視して青色インクで赤い床を塗りつぶす。

 

 それを体勢を立て直した浅田と着地した羽田が抑える。だいぶ塗られ返されていたものの、数の力でそれを取り返す。

 

 

 その一瞬の中で、浅田と羽田は、もう残弾切れなど気にせず、とにかく少しでも塗ろうと撃ち続けた。

 

 

 

 

 

 時間切れのブザーが鳴る。

 

 

 

 

 

 受け身に失敗した四高生徒と、残弾を超えて撃とうとした浅田と羽田が、そのまま地面に倒れこんだ。

 

『結果発表!』

 

 そのアナウンスと同時に、スクリーンに観客全員が目を向ける。

 真由美たち選手も、苦しい頭を持ち上げて、祈るように見上げた。

 

 ドラムロールとともに、数字が高速で回転する。

 

 全員が固唾を飲んで、結果発表を見た。

 

 そしてついに、結果が示される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一高48% VS 47%四高

 

 

 Winner、第一高校』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が、爆発した。

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