マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 幾重にも張り巡らされた作戦同士の戦いは、一高の勝利に終わった。

 

 勝敗が決定した瞬間、あずさは膝から崩れ落ち、嬉しさに泣き叫ぶという一幕があったりするなど、テントの方も勝利の喜びに沸いた。

 

 それももういったん落ち着き、今は一高テントは勝者をたたえる場――になったといいたいところだが、真由美は疲労から、羽田と浅田はサイオン切れによる疲労感から、それぞれ医務室のベッドで寝転んでいる。

 

 この九校戦の練習期間、あずさは達也と文也からCADについて熱心に知識や技術を吸収してきた。

 

 その結果、ほんの一瞬の差で勝敗を分けた『スーパーショット』の起動速度向上につながった。

 

 ルール上、インクガンの『ショット』の起動式改造は禁止だが、スペシャルについては、式の根幹さえ変えなければ各々の調整は認められていた。特殊な競技である『フィールド・ゲット・バトル』もこの点ではほかの競技と同じであり、それが勝敗を分けたのである。

 

 また、腰の拳銃型CADのブラフと腕輪型CADの本命の組み合わせを考案したのもあずさだ。この競技は必ず二つのCADを使うわけだが、文也や達也と違って『パラレル・キャスト』をできる超人はいない。よって普通の競技ならばまず複数持ち込みはしない。しかし複数のCADがあるならあるで、それ相応の戦い方がある。例えば、ダミーCADをあからさまに見せて、相手をだますことだ。

 

 この案を真由美にあずさが話した時、真由美は裏でこっそり「あの純粋なあーちゃんがあの悪戯クソガキに汚されて……」と、よよよと泣いていたのだが、これが勝敗を分けたのだから彼女も文句は言わないだろう。

 

 また、インクガンを投げ捨てスペシャルを使ってから再回収するまでの流れを発案したのも、浅田の反射神経に目を付けたあずさであった。

 

 このために、インクガンを最短で捨てて回収するには、またその流れの中で無駄なくCADを起動して照準を向けるにはどうしたらよいか、そこまでの動きも、あずさがずっと頭をひねって考えたのである。

 

 そして、一通り案が固まったところでそれに適うCADを文也に作ってもらったのだ。

 

 そこから浅田の反復練習にあずさはとことん付き合った。そして最終的には、六歳から軍で訓練を受けている達也ですら内心で舌を巻くほどの動きにまで進化した。

 

 真面目な彼女ならば、こんな奇想天外で乱暴な作戦は本来なら考えない。ましてやCADを捨てて蹴飛ばすなど、CADオタクと陰で言われているほどの彼女ならば考えもしないはずだ。

 

 しかし、彼女は自分の殻を破り、勝つためにどん欲に作戦を考案した。

 

 真由美たちの勝利は、あずさの執念の勝利でもあったのだ。

 

「さ、んじゃあ俺らも行きますかね」

 

 もうすぐ女子の四高VS八高の試合も終わる。その次は男子の決勝カードだ。

 

 博がゆっくりと椅子から立ち上がり、体の調子を確かめるように伸びをする。それに追随するように、芦田と桐原も立ち上がる各々勝負に挑む覚悟が決まった顔で出口に向かう。

 

「勝って来いよ」

 

「もちろんだ」

 

 文也が三人にCADを渡しながらそう言うと、芦田は自信に満ち溢れた声でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子一高VS四高。それぞれの色は先ほどと同じく赤と青で、フィールドは『水上』だ。

 

 段差や坂がほとんどない平面のフィールドは深さ40センチメートル大きな水路で大きく三分割されており、その両端の大きな陸が各陣営で、真ん中の一番大きい陸が互いが主に戦う場所となる。大きな水路の上には飛び石のように3メートル四方の島がいくつかあり、そこを渡って真ん中の島に行くことになる。真ん中の陸には障害物としての土壁が大小いくつかと、そしてくり抜いてあるかのように1メートル四方の同じく深さ40センチメートルの水たまりがいくつか穿たれている。フィールド全体としてみれば一番広いが、水がそこそこ占めており、実際に塗れる場所は全フィールドで一番少ないという極端なフィールドだ。

 

 このフィールドのコツは、水に邪魔されず、かつ相手の邪魔になるように動くことだ。

 

 女子予選の三高VS四高もこのフィールドであった。三高は四高の誘導にはまって選手の一人が水路に転んで落ちてしまい、その後全身ずぶぬれで戦う羽目になった。全身は水を含んで重く、ユニフォームは肌に張り付き、アイガードにはねる水滴は視界を遮り、気化熱が体温を奪い、そこからの動きは惨憺たるものだった。このフィールドのコツがよくわかる出来事であった。

 

 そしてこのフィールドで取られる序盤の動きは、必ずといってもいいほど『三凸』だ。

 

 なぜなら――

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく荒らしまわれえええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――このフィールドに、防御は無駄だからである。

 

 状況を的確に表した博の叫び声がこだまする。

 

 案の定お互いに『三凸』を選び、お互いの陣地にそれぞれの選手と色が入り乱れる大乱戦となった。

 

 いくら水路で分かたれているとはいえ、飛び石の島は大きく、よっぽどのことがない限り大きく足を踏み外すことはない。故に真ん中の島から両陣地につながる道は広く、たった三人では自陣に切り込んでくる相手を防衛することは不可能に近い。故に最初から防御を考えず、なるべくスリープ状態にならないようにして常に動ける状態を確保し、ひたすら走り回って塗りまくるという、スタミナにもサイオン量にも優しくない戦法を取るのだ。

 

 そしてこれは、今このカードにおいては、一高にとって有利であった。

 

「くそ、運がなかった!」

 

 四高の選手は悪態をつきながら走り回って塗っていくが、その足取りは桐原と芦田にくらべたら重い。もともと作戦およびシューティング慣れ重視で『スピード・シューティング』選手を中心に選んだため、撃ち合いなどにはめっぽう強いが、こうした純粋な体力勝負には一高にくらべたら分が悪いのである。

 

 一高は、博はともかく桐原と芦田は鍛え抜かれた一流アスリートであり、そのスタミナと身体能力は随一である。博も芦田も『スピード・シューティング』の一流選手であるが、博は脚を動かさないシューターゲームで鍛えた腕であり、芦田は動き回りながら銃を取りまわすスポーツで鍛え上げたので、その方向性は真逆といってもよい。身体的スタミナがあまり必要ないのが『スピード・シューティング』であるが、芦田はスタミナもあるのだ。

 

 終始有利に進んだラスト20秒。このまま逃げ切れば一高の勝利。

 

 そんなタイミングで、四高は大胆な手に打って出た。

 

 

 

 大きな水音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃああ!!!」

 

「うぐっ!」

 

 

 

 

 

 芦田が水路を渡ろうとしたとき、その『真下から』四高の選手は現れ、不意打ちを食らった芦田はそのままスリープ状態となり、跳んでいた状態で強制的に静止させさせられたのでそのまま渡ろうとした先の島に倒れこむ。

 

 四高の選手は、全身がずぶぬれになってコンディションが大きく落ちようとも、最後の20秒で大逆転の一手に賭けて出て、見事にそれを成功させた。

 

 芦田の動きを予測して、渡るであろう水路の中に潜って身を隠し、虎視眈々と獲物を狙っていたのだ。

 

 一番大活躍していた芦田を、ラスト20秒で10秒のスリープ状態に叩き落した。復帰しても残弾は強制的に十の状態でスタートすることになり、弾を補充する時間も惜しい最終局面でその弾数は、最後のもう一塗りには心もとない。さらに芦田を仕留めた選手は芦田の周りを塗って残弾をその場で回復できないようにして、疲れと潜水で息を止めていたことによる息切れもきにせず、全身ずぶぬれの重い体で塗り面積を逆転すべく走り出した。

 

「はああああああ???? あんな馬鹿な事考えるか普通????? マジキチかよ! 脳みそまでずぶぬれなのか!? ボケが!!!!」

 

 担当エンジニアとして観戦していた文也はモニターに向かって周りの目を気にせず思い切り中指を立てながらあらんかぎりの罵詈雑言の嵐を吐き出す。

 

 文也の言う通りで、これは彼ですら予測不可能の奇策中の奇策だ。動き回って息切れしている中で、本当に通るかどうかもわからない水路に、少しでも塗りたいのを我慢して潜る。こんなリスクの高い作戦、考えついてもネタにしかならない。

 

 しかし、結果は、その作戦が実行され、しかも最高のタイミングで成功されてしまった。どうせこのまま負けるなら、と細い勝ち筋を手繰り寄せた胆力と決断力に、別の場所で観戦していた達也も舌を巻いた。過程はどうあれ、結果上手くいったもの勝ちである。

 

 最後の20秒弱で二対三。この数的不利は、これまでの有利を覆すのに十分なレベルだ。

 

 そしてさらにここにきて、四高は芦田を倒した選手以外の二人で、まだまだ動き回れる桐原を徹底マークした。スタミナ切れの博はこれ以上逆転の眼としては動けないはずだ。そこで桐原の動きを封じるのもかねて彼の周りを徹底的に塗って塗り面積を稼いでいく。桐原自身もすでに『バリア』を使用してしまっており、脱出は困難だ。四高側も乱戦の中ですでにスペシャルをすでに使い切ってしまっているが、あとはじっくり詰めるだけでよい。

 

 桐原は必死に動き回ってなんとか自陣から中央の陸まで逃げていて塗り続けるが、もう残弾が危ない。

 

 

 

 

 その時――

 

 

 

 

 

  ――赤い疾風が、桐原の横を駆け抜け、四高の生徒二人を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「「っっしゃあああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 観戦してる文也と、難を逃れた桐原の声が重なる。

 

 桐原はただ闇雲に逃げてきたわけではない。疲労でほぼ動けなくなった博に、インカムで最後の一仕事を指示したのだ。極限状態の中で桐原の口調は、普段ではありえないほど、一応先輩である博に対して荒っぽいものだったが、博は文也で慣れているので気にせず、桐原の提案に乗っかって逃げるルートを指示した。

 

 桐原の周りを囲むように移動していた四高の二人も、さすがに桐原が島を渡るのを追いかける時は、最短で追いつくために同じルートを同じように追いかけなければならない。

 

 それを誘導し、囲む体勢が乱れて固まった一瞬にぴったり――博が、鍛えた射撃の腕と先読み能力で、値千金の『スーパーショット』で二枚抜きを決めたのだ。

 

 四高の二人はその場で強制的に静止させられる。もう動けるのは、全身がずぶぬれで息も絶え絶えの一人のみだ。それに対し、残弾が危ないといえど、まだ動き回れる桐原と、同じく息も絶え絶えだがその場から動かずともショットで塗ることはできる博。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了のブザーがなるまでに、一高は四高の塗り面積を再び追い越した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーっはっはっはっ! 良きかな良きかな!」

 

 その日の夕食の時に行われた『フィールド・ゲット・バトル』男女ダブル優勝祝勝会で、試合後のグロッキー状態が嘘だったように博はご機嫌だ。しかしそれを咎める者はなく、むしろ会場そのもの全体がご機嫌ムードで、普段は何かともめてる生徒会長の真由美とゲーム研究部部長博、そして寡黙な武人タイプの芦田という謎のトリオで肩を組んで揺れながら大声で校歌まで歌って騒ぎ、それを文也と浅田と羽田が拍手して囃し立てていた。ついていけてないのはあずさと桐原である。

 

『バトル・ボード』は、女子は三高が一位と三位で四高が二位で一高はポイント得られず、男子が一高からは服部が二位に食い込んだものの三高が一位で四高は三位四位となり、苦しい展開だ。

 

 しかし『フィールド・ゲット・バトル』で一高はダブル優勝し、大きく点数を稼ぐことができた。『モノリス・コード』と同じく集団戦であるため、一位は100ポイントで二位は60ポイントのため、優勝とそれ以外では大きく差が広がる。

 

 これによって、新人戦手前で前半のヤマである三日目を終え、一高は同率二位にいる三高四高に2倍差という優勢を保って新人戦を迎えることとなった。『バトル・ボード』では手痛い結果となってずっとそれに気持ちが引っ張られていたが、それ以外の競技ではすべて男女ともに優勝しており、このままいけば総合優勝も確実だ。『ミラージ・バット』の小早川が棄権になってしまったのが気がかりだが、克人率いる『モノリス・コード』では優勝確実だし、『ミラージ・バット』も摩利が強い。新人戦で大崩れするのが心配だが、獲得ポイントは半分なのでほぼ心配はない。

 

 そもそも一高は勝って当たり前の人材が三巨頭を筆頭に揃っているし、もともと最高にそろいやすい立地なので、多少ポイントを失ったりしようともその強さは盤石である。真由美たちはもうすでに優勝が決まった気分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな気分も、パーティが終わって数時間後の夜には消し飛んでいた。

 

 話があると深刻な表情で、摩利からは真由美とあずさが、達也からは文也が呼ばれ、集まったのは達也の部屋だ。この集まりのメンバーは、達也と深雪、文也とあずさ、真由美たち三巨頭に生徒会の参謀役の鈴音である。

 

 その話の内容は、例の小早川の事故についてで、達也の説明により、改めて何者かが仕組んだことによって起きたことと予想できるというのを真由美とあずさは知った。

 

 いい気分なのになんてひどい話を、と真由美が冗談を飛ばす気にもならないほど深刻な内容であり、しかし一方で学生である彼らにはどうしようもないことでもあった。克人と摩利のツテでも、有力な情報はつかめていない。

 

「いったいただの高校生たちの親善試合に何をやろうっていうの……」

 

 真由美は眉間を抑えて、なぜこんなことを犯人がするのか見当がつかないといった様子だ。

 

「海外の工作員じゃねえか? 将来の一流魔法師の卵が集まってるんだ。どかんと一発かませば国家の大損失だぜ」

 

「ええっ!? そんな!」

 

 文也のとびぬけた予想に、あずさは目を見開いて驚く。

 

 実際文也の言うように、こうして一堂に会しているタイミングでテロを仕掛ければ、将来有望な魔法師を一度に消すことができる。仮にそこまで大規模にせずとも、競技トラブルに見せかけて大けがを負わせれば、メンタルが重要な魔法を扱うことができなくなって数人の有望株がドロップアウトすることになる。

 

「だが、それはいくらなんでもリスクのわりにリターンが見合わないだろう」

 

 文也の予想を、達也は否定した。

 

 将来国家を背負うことになる魔法師の卵たちが集まって、観客も多くて世間の注目も集まり、当然警備も厳しく、そもそも会場は国防軍のおひざ元だ。いくらなんでもリスクが大きすぎる。

 

 文也もわかっていたようでそれに関しても文句は言わない。ただし、その目は達也をじっと見ていた。

 

「海外の工作員ってことは否定しないんだな」

 

「……っ、当たり前だ。違うと断定できる要素はないし、仮に国内犯だったとしても、反魔法団体以外で動機は思い当たらない」

 

 はめられた。達也はすぐに気付いた。

 

 文也は、達也が国防軍とコネがあるということを知っていて、そして先日の賊をその国防軍に渡したのは文也当人だ。当然この賊と小早川の事件は容易に結び付けられるし、先日の賊について達也が何も国防軍から聞かないはずがない。達也自身すでに『無頭竜』が絡んでいると風間から聞いているので、つい外国が関わってるとは否定しなかったのだ。

 

 幸いにして真由美たちは気づいていないようで、兄をはめようとした文也に対して深雪が若干不機嫌になったくらいしか達也にとっての被害はない。

 

 達也はそこからの展開に肝を冷やしたが、幸い文也があの夜の件を暴露することはなかった。冷静に考えたら暴露するはずはないのだが、達也からすれば文也の動きは予想がつかないため、無駄に心配する羽目になったのだ。

 

 そしてこの九校戦に絡む思惑について一通り話し終わったところで、克人と摩利の考えによって、鈴音から小早川の代わりに深雪が本戦の『ミラージ・バット』に出ることが提案される。理由の説明を受けた深雪と達也はそれに快諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集まりが終わって解散してからしばらくして、部屋で明日の新人戦の準備をしていた達也の携帯端末が震えた。

 

『俺だ』

 

 電話をかけてきたのは文也だった。達也は名乗らない失礼な態度と先ほどはめられたことへの意趣返しとして、

 

「オレオレ詐欺は間に合ってる。それじゃあ、」

 

『待った待った待ったステイステイステイドウドウドウドウ井瀬文也でええええす!!!!』

 

 電話を切ろうとするが、文也が叫びながら制止をしたことで、耳元で叫ばれたせいで余計不快になり実際に切ろうとしたが、面倒くさくなりそうなのでそのまま通話を続ける。

 

「で、用件はなんだ」

 

『さっきの件だよ。国防軍はなんだって?』

 

「……守秘義務って言葉は知ってるか?」

 

『あの場に一緒にいたんだから俺も身内みたいなもんだろ? そろそろ混ぜろよ』

 

 達也は抵抗するも、なおも文也は食い下がる。このまま意固地に断るのも面倒なので、達也は話すことにした。

 

「……尋問の結果、あいつらが『無頭竜』に関わりがあることが分かった」

 

『ほーんやっぱりな。春のあれとバックは同じかよ。やっぱ大陸のやることはせこいねえ』

 

「……なんで春の件を知ってるのかはこの際置いておこう。確かに国は同じだが、今回のは国じゃなくてその国にいるマフィアだ。むしろ反国家組織だぞ」

 

 達也はまたも頭痛がしてきて目頭をもみながら訂正する。

 

『どうせ裏ではおんぶにだっこだろ。で、それ以上の情報は? まさかやる気がなくて情報は取ってません、ってことはないよな』

 

「まさしくその通りだ」

 

『バカ野郎そんなことするなら最初からこっちに渡せカス』

 

 達也は、思わず電話の向こうで中指を立てている様子を想像した。

 

 文也の言うことはもっともだ。

 

 風間たちの手にかかれば情報のすべてを引っ張りだすことができるし、それによって、小早川の事故も未然に防げたかもしれないからだ。

 

 しかし、文也はそうした一般的な理由で怒っているわけではないことは明白だ。事故が起こったことそのものや、けがをした当人たちのために怒っているわけではないのだ。

 

「……中条先輩については確かに申し訳ないことをした」

 

 達也は春の騒動について、文也の動きを、エリカなどを通して把握していた。

 

 血の気の多い彼ならば、さらなる戦いの気配を感じ取ってアジトへの突入計画に介入してきそうなものだが、校内のテロリストを排除しただけで満足して、それ以上はなにもしなかった。

 

 また、九校戦移動日のバスの事件でも、達也は別の車両に乗っていたので伝聞ではあるが、文也は一切目を覚まさなかったと聞いている。達也と様々な点で渡り合い、なにやら怪しげな『ツテ』があるらしく、さらには理由はバカらしくても数字落ちだ。警戒心は人一倍あるはずであり、あのような出来事では目を覚まさないはずはない。つまり文也は、あの事件を『警戒する理由』がなかったのだ。それは自分の車には当たらないから、ではなく、同乗者が安全だから、だろう。

 

 文也とあずさは幼馴染であり、互いを各々複雑な感情で特別視していることははたから見てもわかる。達也自身もそうだが、文也の周りの人への意識は、かなり偏っているようだ。

 

『それがわかってんならお前のお友達に今すぐ続きを要求してこい。嫌なら今すぐよこせ』

 

「わかった。わかったから落ち着け。だが今すぐは無理だ。もう夜も深まってきてるし明日の準備もある」

 

『つべこべ言うんじゃねえ。あの風間っておっさん、軍の中でもやべぇやつだってのはこっちゃあ知ってるんだ。数時間もありゃあちょちょいのちょいだろ。明日には手遅れかもしれないんだぞ。なんなら、可愛い可愛い妹ちゃんも巻き込まれるかもしれないぜ?』

 

「……わかったよ。明日の朝には情報がわかるようにはしておく」

 

 妹のことを引っ張り出されてしまってはしょうがない。実際深雪が危機に陥るなんてまずありえないが、そんな高校一年生自体が本来ならありえない。もうすでに文也に勘づかれているだろうから意味は薄いが、『深雪なら大丈夫だから別にいい』ということは言えない。万が一、抱えている事情がばれてしまってはまずいだろう。

 

 それに文也は、どこから情報を得たのか、風間が国防軍の中でも特に機密度が高い『独立魔装大隊』所属であることを掴んでいるようだ。実際にどの程度具体的に――もしかしたら、なんか偉い人、という程度しか知らないかもしれないし、独立魔装大隊の隊長であることまで知っているかもしれない――掴んでいるかはしらないが、急所となり得る情報を握られていることを示唆されては達也も困る。

 

『最初からそう言ってれば悪いようにはしなかったものを』

 

「悪役みたいなことを言うな。それじゃあこれで」

 

『おう、ゆっくり寝ろよ』

 

 文也はそういうと一方的に通話を切った。話が上手く進んで満足した感じだが、寝る前にいろいろやらせておいて『ゆっくり寝ろよ』とはどの口が言うのだろうか。

 

(面倒だな……)

 

 達也は溜息を吐くと、今から尋ねると風間に電話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーいくそ親父。ご自慢のカワイイ生徒ちゃんたちが負けたのはどんな気持ちだい?」

 

『悔しすぎて明日からぼこぼこにしちゃいそうだぜバカ息子』

 

 達也に電話をかけた後、文也は報告するために父親の文雄に電話をかけていた。

 

 小早川の事故の不自然さに勘づいたのは、達也たちだけではなかった。

 

 文也から夜の賊の件について聞いていた文雄も即座に結び付け、実は合間を縫って情報を集めていて、祝勝会の前にこっそり文也にその情報を連絡していた。

 

「親父の言う通り、やっこさん、やる気なかったみたいだ」

 

『『アイツ』の言ったとおりだったか』

 

 国防軍は何も一枚岩というわけではない。例えば、今や軍事・防衛に魔法は不可欠だが、積極的に有効な魔法を使おうという派閥と、魔法を良く思っていない派閥とがある。大きな組織の悪い性質で、そうした考えの違う集団同士は、たとえ同じ組織であろうと情報を共有したがらない。

 

 そしてそういった違いは、同じ派閥の中でも起こりうるのである。達也が所属している独立魔装大隊は当然のように魔法を積極的に利用する派閥に属する。しかしこの部隊は十師族から独立した戦力を保持する目的で作られたものであり、派閥の中でも浮いた存在だ。そんな大隊と、対立とはいかずとも、あまり仲が良くない集団というのはいくらでも存在する。

 

 文雄はそうした存在を利用して、国防軍内部の情報を掴んでいたのだ。何やら怪しい組織が九校戦を妨害しようと画策していて、そして会場のホテル周辺の警備システムには穴がある、ということを知っていたからこそ文也はあの落とし穴を仕掛けることができたのだ。

 

「これ以上はもう俺も動けないぞ。なんかここについてからいろいろ付け回されてる。トイレの記録までチェックされてる気分だ」

 

『ああ、されてるぞ。司波達也くん、だったかな? それのお友達がお前について嗅ぎまわってたらしい』

 

「は? なんで教えてくれなかったんだ?」

 

『聞かれなかったしな。ちなみに『数字落ち』の件も知られてるぞ』

 

「聞かなくても教えろボケ。あと数字落ちはどうでもいいや。ただの笑い話だし」

 

 普通の魔法師が聞いたら頭痛を覚えそうな非常識な会話が繰り広げられているが、これを聞かれる心配はない。いくら国防軍のおひざ元といっても、さすがにわざわざ自分たちで自作した情報保護特化の通信端末までは聞き取れまい。部屋に入った時も毎回盗聴器などがないかをチェックしてからもろもろのことをやっている。

 

 そうした情報交換と無駄話を終え、文也は電話を切る。

 

 文也もそう遅くまで起きてはいられない。明日は『スピード・シューティング』の男子を一人だけ担当しているのだ。達也が担当するのは地力が高いからそう小癪な手には落ちないだろうが、文也が担当する選手は高いとはいいがたい。

 

 九校戦を邪魔する輩だけでなく、父親にも、彼は負けるつもりは全くなかった。

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