マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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2-12

 九校戦四日目。ここから五日間は、本戦と同じような流れで新人戦が行われる。

 

 新人戦は一年生のみが参加できる。代わりにポイントは本戦の半分である。去年までは男女混合であったが、今年は男女別だ。

 

 故に参加者は二倍に増え、代表選びも当然のことながら、エンジニアや作戦スタッフの仕事も増えたことになる。

 

 しかし今年の一高のエンジニア事情は厳しいものがあり、やむなく、選手兼エンジニアを二人選ぶはめになった。しかもこの二人は一年生であり、本戦ならまだしも、自身の競技が近くなる新人戦では負担軽減のため、本戦に比べてさらに担当が少なくなる。一年生同士で調整するほうが互いに気が楽、ということもあるだろうが、そういうわけにもいかないため、この新人戦でも上級生エンジニアに休憩はない。

 

 本日行われるのは『スピード・シューティング』すべてと『バトル・ボード』の予選。

 

 文也が担当するのは『スピード・シューティング』男子の有賀と『バトル・ボード』の男子の西川。

 

 達也が担当するのは『スピード・シューティング』の雫と滝川、それに『バトル・ボード』のほのかだ。

 

 しかし、この新人戦一日目は、一高にとってかなり厳しい展開となった。

 

 

 

 

 

 

「むうううううううう悔しいいいい!!!」

 

「ゴメンナサイ……イキテテゴメンナサイ……」

 

「そうだ。これは夢なんだ。ぼくは今まで永い夢を見ていたんだ。目を閉じてまた開いた時、ぼくはまだ十二歳の少年の夏……」

 

「止まるんじゃねぇぞ……」

 

「え、えっと、その……」

 

 

 

 

 

 

 四日目の競技がすべて終了した夕方の一高テント。うなりながら地団駄を踏む明智英美、すみっこで体育座りでキノコが今にも生えてきそうなほどいじけているほのか、現実逃避をする西川、これから競技に挑む同級生を精一杯応援しようとするもショックで地面に倒れ伏す有賀樹、それを見てどう慰めようか困っている雫。

 

「「「…………」」」

 

 はっきり言って、地獄だ。

 

 その光景を文也と達也、そして深雪はそばで見ていることしかできない。

 

 一高の新人戦一日目の結果は散々だった。

 

『スピード・シューティング』では雫が優勝したものの、ほかは予選敗退または決勝トーナメントまで進んでも一回戦で負けてしまい、ポイント圏内には入れなかった。

 

 男女『バトル・ボード』は全員予選敗退という過去最悪の結果で、点数どころか来年の出場枠も減らしてしまうこととなった。

 

『バトル・ボード』の男子はもとからそこまで期待されていなかった。それでも一人ぐらいは、という思いで一番実力があった男子生徒に文也をあてがったのだが、その予選での対戦相手が、三高、四高、そして海の七高という死のブロック。三高の生徒とラストスパートで激戦を繰り広げたものの、二人だけの戦いに集中して後ろがおざなりになっているところを七高と四高に狙われて二人仲良く落水しまい、あえなく敗退となった。

 

 そして女子で優勝が期待されていたほのかは、相手の作戦が彼女のメンタルの弱さに刺さった結果、負けてしまった。

 

 ほのかは壁に側頭部を打ち付けながら、脳裏にこびりついて離れない記憶を、無意識に再生してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日の摩利が衝撃的な予選敗退をした一件で、他校の目くらましに対する意識は強かった。

 

 故に、ゴーグルをつけてきたほのかに対して他校は強く警戒し、スタートでの目くらまし作戦は失敗に終わった。しかし彼女はそのような小手先に頼らなければ勝てないほど、実力が低いわけではない。

 

 圧倒的な天才である深雪と文也、入学してからの成長が著しい――風紀委員で小癪なゲーム研究部相手にするには魔法力を磨く必要があるからだ――駿の陰に隠れがちだが、この百花繚乱の一高一年生の中で、四位の雫と数点差の五位にいる圧倒的な実力者だ。

 

 当然他校の一年生程度の腕では普通にやるとほのかに追いつけるものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう――普通なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水跳ねを嫌ってゴーグルを外したほのかは、順調に後ろとの差を離していた。このままいけば大きな失敗はない。

 

 しっかりと目を見つめ、確実に障害を乗り越え、勝ちへと突き進んでいく。

 

 その時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突如水底から、大量の『腕』が沸いてきて、まるで誰かを引きずり込まんばかりに、執念深く水面へと手を伸ばし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光井ほのかは光波振動系魔法が得意だ。光のエレメンツの血統を継ぐ、生まれながらの天才である。

 

 そんな彼女を恐怖のどん底に、そしてついでに水底にも叩き落としたのは、何を隠そう、彼女が得意な光波振動系魔法による『幻影』だった。

 

『マジカル・トイ・コーポレーション』が発売した光波振動系魔法による幻影で驚かせる悪戯グッズCAD『れいばいヤー』、それを競技向けに改良したものを使用して生み出された幻影は、ほのかどころかほかの選手すらもパニックに陥れ、使用者以外の選手三人は落水するか、逃げるために逆走をしてしまい失格になった。

 

 これは四高の選手が使用したもので、(身分を隠してはいるが)『マジカル・トイ・コーポレーション』の『キュービー』本人である文雄が自ら改良した式とCADによって生み出された幻影は、文雄すらも想像ができないほどのパニックホラーだった。

 

 のちに分かったことであるが、この四高の生徒は、あらゆる困難が科学で解決するこの先進の時代、人々が注目する画面の闇にはびこる魑魅魍魎の存在が登場する映画――ようはホラー映画だ――をこよなく愛する珍妙不可思議で胡散臭い少女である。イメージが重要とされる魔法において特にその傾向が強い幻影魔法。そのイメージの部分を、一流の映画からC級映画まで、あらゆるプロによって作られた、科学の時代においてもなお人々を恐怖に陥れる至高の表現の数々によって学んできたのである。そんな少女によって生み出された幻影はあまりにも恐ろしく、観客たちまでもがパニックを起こすほどだった。ついでにいうと、仕掛け人である文雄と四高の作戦スタッフとエンジニアは気絶した。

 

 この時のほのかは、特にひどいパニックに陥ってしまった。

 

 なにせその腕の群れの中に猛スピードで近づいていく最中であり、しかも、その腕の群れと同じ場所――水の中に、落っこちてしまったのだ。

 

 あまりのパニックに冷静さを欠き、彼女はそのまま溺れてしまい救護室に緊急搬送される羽目になった。体に別条はないものの、もともと怖がりな彼女にとってこの経験はトラウマ以外のなにものでもなかったのである。

 

「モウイイ……ワタシ……マホウシヤメル……」

 

「待ってほのか! 落ち着いて、ね?」

 

 親友の惨状にいつも冷静な雫が焦りながら励ますが、全く効果がない。

 

「悔しい悔しい悔しい!!!」

 

 そんな二人の横にいる英美も、地団駄は収まったものの、いまだ悔しさと怒りは収まらない。

 

 名家ゴールディ家の娘である彼女は決勝トーナメントまでは余裕で進んだものの、その一回戦で三高の生徒と激戦を繰り広げた末に、たった二枚の差で敗北してしまった。

 

「なあ部長。相手の百谷ってもしかして?」

 

「うん、俺の妹だよ。まあ俺と違って大真面目で、俺と離れたいって三高に入ったんだけどね」

 

 その三高の選手の名前は百谷祈(いのり)。女子『スピード・シューティング』優勝者であり百家である百谷家の娘だ。その才能は素晴らしく、また博曰く大真面目なため、天才が激しく努力をした結果なのだろう。

 

 しかし、英美の敗北は痛み分けといってもよい。いきなり一流の卵である英美との激戦、およびそれによるプレッシャーで、彼女は必要以上に消耗してしまい、その直後の四高との試合で僅差で敗北してしまった。

 

 また、達也が担当した滝川も予選は軽々と通過したが、一回戦で四高のエース格と当たってしまったのが運の尽きだった。CADや作戦は滝川のほうが達也の力で優っていたのだが、なんと相手は先日行われた操弾射撃部新人戦全国大会の優勝者で、実力の差によって真正面から叩き潰された。作戦よりも実力勝負の割合が強い競技であるため、達也の協力もむなしく惜敗したのである。思ったよりもCADの調整で差をつけられなかったのが、達也にとっては悔やまれることだった。

 

 その後、滝川を破ったものの消耗した四高生を準決勝で、そして英美を破った祈を破った四高生を決勝で、雫は仇討ちをする形で勝利し、優勝を収めたのである。これが本日の一高の唯一の得点だ。

 

 また男子の『スピード・シューティング』も散々だった。二人は予選敗退し、文也が担当した有賀は決勝トーナメントまで進んだものの、一回戦で三高の『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎と当たってしまい、ぎりぎりまで追い詰めたものの敗北した。そのまま真紅郎が優勝したのだが、彼をここまで追い詰めた選手はおらず、抽選の運が悔やまれる形だ。作戦やCAD調整では勝っていたものの選手本人の大きな実力差で負けてしまったのは、滝川と同じ形といえる。

 

(駿だったら勝ってたかもしれねえなあ)

 

 文也は頭を掻きながらそんなことを考えた。当然この選手に失礼な話であり、そもそも駿を別の競技に移した張本人の一人は文也だ。口に出すことはできない。

 

 文也が珍しくもそんな気遣いを見せたのは――この異様な集団に巻き込まれたくないからと言うのが、偽らざる本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一高のエンジニア、相当頭おかしいな」

 

 ここは三高のテント。『スピード・シューティング』の様子を見ていた一条家の御曹司・一条将輝は、開口一番に、とても失礼にそうつぶやいた。

 

 一高は本戦で圧勝したものの、実際本戦について三高で話題になったのは、四高の大躍進についてだった。一高はもともと選手の技能で他校を圧倒しているため、二倍の差をつけられることは予測の範囲内だったのである。

 

 しかし新人戦になると、三高での話題は一高でもちきりになった。

 

 一高の結果は雫の優勝以外散々なものであり、本来なら注目に値しない。

 

 しかし、その一高選手の戦いぶりを見ていると、注目せざるを得ないのだ。

 

 最新技術を引っ提げて新開発であろう魔法を使用した北山雫、実力で大きく劣っていたものの接戦を繰り広げた滝川と有賀、死のブロックの中で最後まで激闘を繰り広げた西川。

 

 この四人は、実力は雫ぐらいしか特筆すべきものはないが、全員驚きの連続びっくり箱と言わんばかりだった。

 

「やっぱり、あれは井瀬文也がやったんだろう」

 

 将輝はそう言いながら椅子にどっかりと乱暴に座り、不機嫌そうに腕組をして舌打ちをする。もともと気性は荒いが基本的に冷静な彼のこんな姿を、三高の生徒のほとんどは今初めて見た。

 

 家族という単位が特に大事な魔法師の家系は、家同士であった先祖のトラブルをかなり引きずる傾向にある。井瀬家と一条家は、一条家が一方的に迷惑をこうむった関係であり、文也に対する一条家の心証は悪い。さらに将輝と文也はちょっとした縁があってお互いを知っており、将輝自身大変面倒をかけられたので恨みがあるのだ。

 

 その関係で文也を知る将輝は、彼のエンジニアとしての腕を、不本意ながら高く評価している。親友の『カーディナル・ジョージ』こと真紅郎は十三歳にして世界で最初に基本コードを発見した、プロの一流研究者顔負けの研究者であり技術者だが、文也はそれを超える力を持つと踏んでいるのだ。

 

 最新の技術によって作られたオリジナルCADとオリジナル魔法を使った雫、世間でまだ発売されていない『トーラス・シルバー』製の照準補助装置で操弾射撃全国優勝者をぎりぎりまで追い詰めた滝川、十師族である五輪家を十師族たらしめる日本唯一の戦略級魔法『深淵(アビス)』を不完全ながらも小規模かつ効率化して再現して他校を徹底的に妨害して苦しめた西川、そしてまさしく一条家の秘術である『爆裂』を再現し最低限の威力に抑えた分燃費と速度を向上させさらに『マジカル・トイ・コーポレーション』製の滝川が使ったものにも劣らぬ性能を持つ自動照準器を利用して爆発させた破片でほかの的を破壊するという破天荒なことをして真紅郎を脅かした有賀。

 

 こんな異常なことをできる高校生は、文也しか思いつかない。

 

 抽選の妙で運よく抑え込む形になったが、すこし歯車がずれれば負けは決定的だったはずだ。

 

「それがね、将輝。将輝はそう思いたいだろうけど、僕らにとって残念なことに文也が担当したのは、有賀と西川だけだよ」

 

「はあ!?」

 

 将輝にそう言ったのは、端末でデータを調べていた真紅郎だ。彼は将輝の親友でありなおかつ文也とも交流があり、文也の腕を知っている。だからこそ、彼もどうせあのチビだろうと考えていたのだが、一応調べてみると、どうやら違うらしい。

 

「北山と滝川、それと光井っていう子を担当したのは、司波達也っていう一年生だね」

 

「ねえ、それって一条が親睦会でホの字だった司波深雪の兄弟?」

 

「ああ、兄みたいだ。あまり似てないし、年子なのかな?」

 

「司波達也……」

 

 真紅郎の言葉に祈が反応する。その会話を聞いた将輝は、達也の名前をつぶやきながら、内心で頭を抱えた。

 

(つまり一高の一年には、アイツと、それと同格がもう一人いるってことか?)

 

 こんなの反則だ。将輝は誰にも聞こえないようにつぶやいた。

 

「文也は氷柱倒しと塗り、司波達也は塗りの代表選手にもなってるね」

 

「兄貴が言ってた文也ってのはこの小さいのか。ふぅーん」

 

 真紅郎の端末を覗き込みながら祈はそう漏らす。

 

「一年生にして超一流の選手兼エンジニアが二人か。一高は相変わらず人材の層が厚い。どっちもこなすなんて反則だ」

 

「それをジョージが言うのはイヤミもいいとこだな」

 

 真紅郎の言葉に、打てば響くといわんばかりの速度で祈が皮肉を言った。

 

 さて、皆様はここまでの会話に違和感を覚えなかっただろうか。

 

 妹の祈に対して、博は『大真面目』と表現したが、彼女の口調は乱暴で、とてもではないが大真面目とは言い難い。ここで注目するべきなのは、『大真面目』と表現したのは、あの不真面目を絵にかいたような男、博である。

 

 つまり、祈は、不真面目の化身・博からみて大真面目というだけで、実際はそこまで真面目ではない。ただしかなりの負けず嫌いであり、『スピード・シューティング』でなんとしても真紅郎に勝とうと練習を重ねたので、この一か月で彼女の実力は大きく伸びた。

 

 閑話休題。

 

 真紅郎からの情報を受けた将輝は、こう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「井瀬文也と司波達也。この二人は、俺たちとは最低でも二世代は先を進んでるとみていい。異常な連中だと結論付けてもいい。これからこの二人が担当の競技には気をつけろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本人たちがあずかり知らぬところで異常扱いを受けるようなことがあっても結果は結果であり、一高の今日の結果が大変重いことには変わりはない。

 

「運が悪かった、というのは、言い訳にしかならんな」

 

 克人の言葉が静まり返った部屋に響く。真由美たちや鈴音といったいつもの首脳部が、真由美の部屋に集まって今後についての会議をしていた。

 

「予選落ちしたあたしが言うのもなんだが、正直このまま行っても総合優勝は固い。だが、この調子では来年以降が心配だ」

 

「そうね。負け癖がついちゃう可能性があるわね」

 

 摩利と真由美も頭をひねる。彼女らは今年卒業だが、そうは言っても、後輩たちの行く末も案じる義務があるのだ。負けを知らない、という状態も怖いが、ここまで負けがかさむと、一年生全体の士気にかかわる。事実、深雪によると、今日競技をやった一年生たちの試合後は、まさしく惨状だったという。

 

「明日の氷柱倒しは司波さんと井瀬君が出るから期待できますね」

 

「そうね。でも、司波さんは問題ないけど……」

 

「明日の男子には、一条の長男が出る」

 

「『クリムゾン・プリンス』、だな」

 

 鈴音の言葉も、三巨頭の心を晴らすことはなかった。

 

 特に真由美と克人は、十師族の直系だからこそ、一条の名の重さを知っている。

 

 先行きは、不安のままだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは、味方ですから……」

 

「深雪……」

 

「わたしはいつまでもお兄様の味方で「こらあああああ司波兄イイイイイ!」……チッ」「ヒエッ」

 

 深夜の兄妹の愛の愁嘆場、そのクライマックスに野暮な存在が乱入した。

 

 ドアを蹴飛ばして叫びながら乗り込んできたのは文也だ。邪魔をされた深雪が舌打ちをし、見られただけで冷凍されそうな絶対零度のまなざしで文也をにらみつけると、文也は蛇ににらまれたカエルのごとく、先ほどの勢いはどこへやら情けない声を上げた。

 

 この九校戦に至るまでの準備期間、文也は深雪の特大の不興を一回買っており、深雪への恐怖が刻み込まれているのである。

 

 仕返しにしばらくそのままにしておこうと思ったが、このままでは深雪が寝るのが遅れてしまうので、文也の要件をさっさと済ますことにした。

 

「すまない。担当が、仕事があると思わなくて深酒をしていたせいで遅れた」

 

「だったらそのことをまず言ってくれよ」

 

 昨晩文也から強制された賊の尋問の要請を達也はちゃんとしたのだが、軍医にして尋問(オブラート表現)が得意な山中が深酒をしていて話にならないため、遅れてしまった。達也は嘘は一切ついていない。そのことを文也に朝のうちに伝えるのは筋であったのだが、ちょっとした意趣返しにあえて放置してたのだ。

 

「ほーん、なんだこれだけか、所詮末端だな」

 

 文也はその場で中身をさっと読むと、その資料を証拠隠滅のために魔法で焼却した。

 

 尋問で得られた情報が書いてあったのだが、有力な新情報は「『無頭竜』東日本支部が依頼者」ということで、あとはこの賊が教えられたダミーと思しき情報しかない。期待外れだった。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

 嵐のごとく現れた文也は、そういってそそくさと帰っていった。

 

 

 

 

 

「……もう寝るか、深雪」

 

「はい、そうします」

 

 兄弟の愛のムードは、すっかり台無しだった。




オリジナル魔法解説

『深淵(アビス)』のダウングレード版
『深淵』は大規模に水面を陥没させる魔法だが、こちらはせいぜい直径1メートル程度しか陥没させない。代わりに速度と効率性に優れており、マルチ・キャスト中でも負担の少ない仕様になっている。

『爆裂』の改造版
対象内の液体を一瞬で気化させて内部から急速膨張・爆裂させる魔法の改造版。素焼きの的には液体成分がほとんど含まれておらず、本来の『爆裂』は効果をなさない。的を破壊する仕組みは全く別の魔法であり、『爆裂』から参考にされたのは、大量にいる的(敵)を次々と破壊するための効率的な式の部分。

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