「ああああああああああああああああああくっそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
悲喜こもごもの中学三年生たちが集う場所に、少年の叫び声が木霊した。
大勢の少年少女が集っているため元から騒がしかったその場所でも、その少年の叫び声はひときわ目立つ。
たくさんの人がいる校門の前でそんなことをしたものだから、当然周りの注目を集めてしまうが、しかし少年は構うことなく、その手に持った紙を睨みながらワナワナと震えていた。
『国立魔法大学付属第一高等学校入学試験結果
氏名・井瀬文也 受験番号2078B
合格
なお、上記の生徒は一科生とする 』
今日は国立魔法大学付属第一高校の入試結果の発表の日。
入試結果はこの時代には珍しく学校に直接取りに来る形式で、その周りではその結果に喜んだり、悲しんだりしている中学生たちがいる。
周りはその少年――文也の叫びをきいて試験に落ちたのだろうと予想したが、実際のところ彼は合格している。
しかも合格者の中でも真ん中より上の成績の者だけが入れる一科に所属することが決まっているのだ。
しかし彼はそんな状況でも悔し気な叫び声をあげたのは、その下を見たからであった。
『獲得点数
国語 89 19位
選択外国語(英語) 82 38位
社会学 80 40位
数学 90 6位
理科学 94 2位
魔法理論 94 3位
魔法工学 99 2位
筆記試験総合 2位
魔法実技 95 2位
総合 2位』
試験の獲得点数と順位が公表されるのは珍しい制度だ。最近まではこうしたことはなかったのだが、試験の透明性を示すためにこの年から導入されている。
(絶対一位だと思っていたのに! くっそおおおお! ○×▽!)
文也は一科生として合格するのは当然だと思っていた。試験の感触もとてもよかった。
しかしこの結果には納得いっていなかった。
彼は心の中でとても書き表せないような悪態をつきながら紙をめくる。
左上でホチ留めされた分厚い書類の束の中身は試験結果と入学関連の書類、そして採点された解答用紙である。
総合一位はとれるとは最初から思っていなかった。ここは進学校なので全科目90点以上みたいな宇宙人が何人か紛れ込んでくるのは予測できる。むしろ総合で2位だったのは彼自身思ってもいなかった結果だ。
そんな文也はほかの科目に目もくれず、迷わず魔法工学の解答用紙を見る。
魔法を教える学校なだけあって、魔法関連の試験は記述式で、さらに内容も難しかった。500文字以上のかなり骨が折れる論述式の問題もあり、ほとんどの受験生はこの科目が終わったあとには泣いているか意気消沈しているか机に突っ伏しているか弁当をやけ食いしているかのどれかに当てはまっていたのは、文也の記憶にも新しい。
しかし、彼は魔法理論が大得意であった。模試でも魔法理論だけは毎回満点だった。
しかし、今回は99点。それでも例年なら余裕の1位だろうが、どうやら今年は満点の宇宙人が紛れ込んでいたようである。自分の99点も他から見れば宇宙人だが、そんなのを冷静に考える余裕など少年にない。
解答用紙は丸ばかりついていたが、最後の論述問題ではある一部分にのみ赤線が引かれ、その横には『-1』と書かれている。
『CADのヅョイント部分をこの素材にすれば、CADを取り出す際に引っかかって魔法を自分の足に使ってしまうなどの事故を防ぐことが出来る。』
ほんの少しの気のゆるみから、簡単なカタカナが乱れてしまった。だれがどうみても『ヅ』である。
「はあ……」
文也は肩を落とし、緩慢な動作で書類を封筒にしまってから、とぼとぼと学校を離れていった。
☆
合格者は他にも受け取るべき書類があることを思いだして文也がダッシュで第一高校まで戻っているころ、その校門の前では仲の良い兄妹が会話していた。
「さすがです、お兄様。あの筆記試験で満点をとるなんて」
「深雪も魔法実技が満点じゃないか。点数が無制限なら200点ぐらいかもしれないな」
「もう、お兄様、ほめ過ぎですわ」
☆
やけにヒヤヒヤすることを新入生代表が読み上げていた入学式の翌日、その日から新入生は本格的な登校を開始する。昨日まではお客様だったが、今日からは一人の生徒だ。
最寄りの駅を出て一高へ向かう道、そこで注目を集めている生徒がいた。
「なにあれ、リュックでけえな」
「ていうか荷物の割に身体ちっちゃ! リュックが動いているみたい!」
「小学一年生のランドセルみたいな」
「「あーたしかに」」
そこかしこでそんな声が聞こえてくる。
(な れ た)
心の中で強くそう唱えるも、その目には涙が滲んでいる。
荷物の重さにはなれたが、その動くリュック――でなくそれを背負っている小さな少年・文也はコンプレックスである身長についてあれこれ言われるのは嫌であった。
教科書・ノート・筆記用具などは今日は必要ないため、周りの生徒はみな軽い手荷物しか持っていない。
しかし文也はパンパンにつまった大きなリュックサックを背負って汗を流しながら一高までの道を歩いているのだ。目立つのはどう考えても自業自得である。カタツムリがでてくるにはまだ早い季節だ。
朝っぱらから悪目立ちしたものの、その大荷物を教師に預けて身軽になってしまえば、ほかの生徒とそんなに大差はない。身長こそ周りよりだいぶ小さいが、それでもとびぬけたノッポよりかは目立たない。
苗字が「イ」で始まるので席は廊下側の端。どうやらア行の苗字の生徒がいるようで出席番号は二番だった。
今日一日は簡単なオリエンテーションと授業選択、そして学校探検だけだ。本格的な授業は明日からである。
「お前も同じクラスだったか」
「お、駿じゃん。昨日は見かけなかったけどこのクラスだったのか」
「昨日はちょっと周りに目を向ける余裕なくてな」
そういう文也の中学生のころからの親友である森崎俊は、少し顔が赤い。
「まああれはしゃあなし」
文也もうなずく。
このクラスには新入生代表であり絶世の美少女・司波深雪が所属している。下半身と脳みそが直結している男子高校生たちは彼女に見とれるだけで昨日一日が終わった。
何人かの男子はすでにアタックしたみたいだが玉砕しているとも聞く。
ちなみに文也は彼女のスピーチからどことなく危ない性格を察したのでお近づきになろうと思わない。せいぜいが夜のオカズ(意味深)にしようと思うぐらいだ。仮にアタックしても、まだ誰も知らないが、鬼い様に体か世間体のどちらかを『雲散霧消』させられるのがオチである。
この後のオリエンテーションも学校探検もつつがなく終わった。
駿は学校探検や昼食の際に深雪を半ば強引に誘ったり二科生を罵倒したりとトラブルを起こしていたが、文也は朝っぱらから重い荷物を持ったせいで寝ぼけ眼だったので何も覚えていない。
しかし、大きなトラブルは放課後に起こった。
兄やそのクラスメイトである二科生たちと帰ろうとする深雪を駿たちが無理やり引き留めようとした結果、魔法を使う騒ぎに発展したのだ。
巻き込まれたくない文也は、『相変わらず駿は噛ませ犬みたいなことばっかするなあ』と幼馴染に対して至極失礼なことを考えながら黙って立ってことのなりゆきを見守っていた。
その結果、達也と生徒会長の真由美によってその場は収まったものの、達也と一緒になぜか文也も真由美に引っ張られた。
曰く、唯一の傍観者だから客観的な事情を聴きたい、と。
「くっそ、こんなことならあいつらに混じって適当な魔法使っとけばよかったかな」
真由美と達也の後ろをついていきながらぶちぶちと呟く。駿の幼馴染であるらしい彼もまた小物の素質があるようだ、と達也は内心でこれまた失礼なことを考える。悪意は巡り巡ってくるものだ。
「こーら、そんなこと言わないの。お姉さん怒っちゃうわよ?」
「ふっ、お姉さんねえ……」
真由美の冗談混じりの叱責に、文也は馬鹿にしたようにそう言った。
真由美の身長や顔立ちは、とても最上級生とは思えないものだ。
「ブーメラン」
「ひでぶっ!」
達也の呟きを聴いてしまった――聞こえるように達也は呟いた――文也はその場に謎の悲鳴を上げて崩れ落ちる。真由美が最上級生に見えないとするならば、文也は高校生にすら見えない。中学生と間違えられる程度ならばまだいいが、下手すれば小学生と勘違いされそうだ。
「まったく、理科・魔法工学・筆記総合で2位だった子とは思えないぐらいやんちゃね」
「あべしっ!」
思い出したくないことを思い出して――思い出させられて――しまった文也はたまらずダウン。まさに小物のような悲鳴を上げて立ち上がりかけていたのにまた崩れ落ちる。1位を狙っていてかつそれなりに自信があった文也としては、凡ミスのせいですべての1位を逃したという事実はあまりにも悔しいことなのだ。
家に帰ってから、ガハハと笑う父親に『相変わらず肝心なところで一番がとれないな!』と言われてぽっきり折れた心は時間というセロハンテープでぐるぐる巻きにして直していたのだが、また折れてしまった。
(……なるほど、あいつがそうなのか)
真由美の話を聞いて廊下に(外履きのまま入れるタイプの学校なので不潔である)崩れ落ちてビクンビクンしている文也を見下ろしながら、達也は少し興味を示す。
『とあるツテ』で情報が色々入ってくる達也は、先の情報から、文也が魔法実技でも2位であることが分かった。見た目も態度も小物に見えて中々の実力者のようだ。
トラブルが起きる直前、達也は文也を見てその小ささに多少の驚きを覚えた。弟のように慕ってくれる年下の従弟も年齢のわりにだいぶ小さいが、この文也という少年はさらに輪をかけて小さい。
(しかも、名前が『ふみや』か。この名前は呪われているのか?)
その従弟の名前も『文弥(ふみや)』だ。そしてその従弟は伸びない身長にコンプレックスを抱いている。身長が小さいことやら年齢のわりにだいぶ童顔なことやら名前やら、似ている部分が多い。
ただし、(『裏』仕事をしているくせに)可愛らしい童顔の従弟の文弥と違って、このチビの文也は童顔ではあるが目つきが悪く、与える印象はだいぶ違う。あちらは『可愛い弟』といったような印象だが、こちらのチビは『ワルガキ』や『クソガキ』といった印象を受ける。
ちなみに理科・魔法理論・魔法工学・筆記総合で1位は、今まさしく文也に対して失礼なことを考えているこの達也である。黒髪ロングの美少女が『流石ですお兄様』と言っている幻影が浮かんでくるようだ。
しかし達也はあえてそのことは言わない。どうやら文也は相当悔しがっているようなので知られてしまったら面倒なことに――
「ちなみにその三つで1位だったのはそこの司波達也君よ」
「てめえかああああああああああああああああああああああああああ!!!」
――なりそうだから控えていたのだが、生徒会長が空気を読めない。
床でビクンビクンしていた文也は白い制服にところどころ汚れをつけながらいきなり立ち上がって達也に跳びかかる。その眼は怒りに満ちた野獣のようで、口の端からは涎が出ている。
「………」
「うわらばっ!」
そんな文也全力の跳びかかりを、達也は無感動な眼で、一切無駄のない動きで余裕をもって合気道のようにいなす。自分の勢いを利用されて引っ張られた文也は顔面から壁に激突。世紀末有名悲鳴シリーズをコンプリートしてそのまま崩れ落ちた。
「もう、喧嘩はだめよ」
頬を膨らませて腰に手を当てながら怒る真由美。
((お前が言うな))
多少口調は違うだろうが、二人の心境はこうであった。