マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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2-14

 決勝リーグでも深雪は圧勝だった。雫を打ち負かした十七夜だけは多少は粘ったものの、深雪の相手にはならなかった。

 

 それからの男子の決勝リーグ。第一試合では、将輝が第二トーナメントを勝ちあがってきた四高生徒を蹂躙し、一瞬で試合が終わった。相当気合が入っているらしく、少し入れ込みすぎな気もするが、コンディションはばっちりである、というのが真紅郎の見立てだ。

 

 そして、この『アイス・ピラーズ・ブレイク』新人戦一番の注目カードである決勝リーグ第二試合、井瀬文也VS一条将輝の試合が、もうすぐ始まろうとしていた。

 

 さすがにこの試合では深雪も不機嫌オーラを表に出さず、周りが観戦に集中できるように抑えている。また深雪自身も思うところはあるが、学ぶところは多くなるであろう試合なので我慢することにしていた。

 

「それにしても遅いね。何があったんだろう」

 

 幹比古が待ちくたびれたようにつぶやく。第一試合が終わってからだいぶ時間がたっており、これまでの試合の間隔に比べたらもう三倍以上待っている。

 

「深雪と一条があまりにも早く終わらせるものだから、製氷が間に合っていないのだろうな」

 

「なるほど。やっぱりこの強行軍は良くないね」

 

 達也の説明に、幹比古は納得したようにそう言った。

 

 達也は予想したかのように説明したが、これは実は予想ではなく、達也は知っていたことである。

 

 文也の要求に応えて賊のごうも……尋問の資料を受け取るとき、風間からちょっとした愚痴を聞いていたのだ。

 

 九校戦には国防軍が全面協力しており、そのためこの準備が大変な数々の競技が成り立っている。『アイス・ピラーズ・ブレイク』はその中でも準備の手間・時間ともにトップクラスなのだが、今年は無理やり一日で済ませようとしており、本戦ではこの演習場にいる国防軍総出でひっきりなしに準備に駆り出されていたと愚痴を聞いたのだ。その大変な仕事は今日も同じなのだろう。もともとスケジュールもぎりぎりだったのだが、深雪と将輝が早々に終わらせるものだから、ついに間に合わなくなったのだ。

 

 だから、こうして試合をしたばっかで本来は間に合わないはずの達也と深雪が観客席に戻ってこられたのである。

 

(それに、製氷以外でも大変なのはいるだろうな)

 

 達也はひっそりと、運営のCADチェック係に同情した。

 

 文也はCADを大量に持ち込むため、それのチェックにも時間を要しているのだ。

 

(……そういえば、まだ動きはないみたいだな)

 

 そしてCADチェックの連想から、達也はこの九校戦に絡む黒い思惑に思いをはせる。

 

 小早川の事故。小早川の足元の水面の不自然な波だけでなく、小早川に衝突した七高の黒木のオーバースピードも、何者かの工作によるものと踏んでいる。

 

 そしてその工作の手口は、おそらく競技開始前のCADチェックの時に何かしらの細工をすることであり、下手人はその係員に紛れ込んだ工作員だろう。これから自分が担当する選手くらいは、チェックの場に立ち会って監視するべきだろう。

 

「お、ようやく始まるみたいだな」

 

 待ちかねてたレオの声が明るくなる。

 

 達也がもろもろ考えている間にようやく氷は並び終わり、試合が始まろうとしていた。

 

「……アイツってヒマなの?」

 

 その服装を見たエリカは、とげのある怪訝そうな声音で疑問を口にした。

 

 いくらこの競技でコスプレが許されるといえど、あくまでもメインは競技であり、服装を変えるなどはほとんどない。

 

 しかし文也は、先ほどの黄色いネズミが相棒な永遠の十歳児のコスプレから、別のコスプレに変えていた。

 

 黒いブーツに黒い長ズボンに黒いインナーに黒いロングコートと全身黒ずくめで、その背中には二本の剣が交差してさやにしまわれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトかなーやっぱりw」

 

「ちなみに彼女もシリカに似てる(聞いてないw」

 

「これなら大正義! あかん、優勝してまう!」

 

「Vやねん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 登場するや否や、またも観客席にいたゲーム研究部の一団が盛り上がった。ちなみに「w」は口で「ワラ」と発音し、「(聞いてないw」は「かっこきいてないワラ」と発音しているため、はたからは全く意味の分からない会話となっている。

 

 文也にコスプレの変更を進言したのは、ゲーム研究部員一同だ。その理由を聞いた文也は納得し、こちらのコスプレに変えたのである。ちなみに前のコスプレがここにきて廃止になった理由は、『毎回いいところまではいくけど絶対優勝しなさそう』だからである。

 

 もはや達也たちは彼らの会話を無視し、各々でこの後の試合がどうなるか予測する。

 

 そして達也はいつも通り、文也のCADボディチェックを始める。

 

(60か)

 

 相手が強敵なので多めに用意してきた様子である。また背中に差している二本の剣もどうやらCADだ。文也にしてはかなり大ぶりのCADであるため、とっておきの魔法を用意しているのかもしれないと達也は期待を少しだけ、本当に少しだけした。予測できる一番の理由は、多分「かっこいいから」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また変なことやってる」

 

 真由美の呆れ声がこだました。

 

 一高テントでは、大きな画面で真由美たち首脳陣が彼の試合を見守っていた。この後の一高の試合はもう文也の二試合だけなのでこちらに詰めず観客席で見てもよかったのだが、試合結果を受けてすぐに次の相談に入るためにも、こうしていつでも会議できる場所で集まっていたほうが良いと判断してこちらにいる。

 

「うううううふみくん、あと一回、これが終われば優勝だよ!」

 

 親友であるあずさは、意外なことに、文也の試合をそこまでのめりこんでみていなかった。全部の試合を見てはいたのだが、彼女なら選手本人よりも緊張して画面にかじりついていても不思議ではない。

 

 真由美が理由を聞くと、「ふみくんが勝つのはわかってますから」と返ってきて、真由美とその場にいた鈴音は無糖アイスコーヒーを買いに行った。

 

 しかし、この試合は違う。相手は一条の御曹司・一条将輝であり、すでに上級生と混ざっても優勝候補に絡むであろう超一流の魔法師だ。真由美ですらこの競技に限っては彼に勝つ自信がないほどである。よってあずさも相応に危機感を覚えているようで、視線は画面に集中していた。その口から出た言葉は、「次の試合はもう勝ったようなもので実質これが最後」という彼女の意識が強く表面化したものであり、もう一人の決勝進出者に大変失礼であることを付け加えておく。

 

「もう何が来ても驚かないぞ」

 

 摩利はすでにぐったりとした様子で、椅子にだらしなく座って観戦する構えだ。

 

 昨日から達也と文也に驚かされ続けて、摩利は驚き疲れしてしまったのだ。真由美も同じくらい疲れているのだが、リーダーとして態度に出すことはしなかった。

 

 昨日だけでも驚き疲れた。

 

 インデックスに登録されることとなった達也オリジナル魔法『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』に、最新技術を用いたお手製CAD、世間にまだお披露目されてない最新の照準補助装置、プチ『深淵(アビス)』に、改造『爆裂』。

 

 それに加えて今日は、深雪の『インフェルノ』や『ニブルヘイム』、常識人だと思っていた雫の『パラレル・キャスト』と『フォノン・メーザー』 、それに加えて文也は劣化といえど『地雷原』と『爆裂』のコピーまで見せてきた。

 

 もうすでに彼女らのおなかはとっくに一杯である。もともと九校戦のプレッシャーに加えて普段の学校生活からゲーム研究部の相手をしている彼女らはもともと胃が最近荒れ気味で胃薬が欠かせないのに、心の胃まで攻めてきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合開始のブザーがなった瞬間、同時に二人はCADを操作した。

 

 将輝が使うのは当然『爆裂』。使用するCADは、この競技のために普段自分が『爆裂』のために使っている専用の特化型CADと同じ見た目で性能をルールの範囲に落としたもので、赤い拳銃型特化CADだ。

 

 激烈な威力と速度を誇る『爆裂』は、守備を捨ててこれで攻撃するだけでも相手の攻撃以上の速度で破壊しつくすため、それだけで勝てる。故に防御のための『領域干渉』も『情報強化』も他の系統種類の魔法も使えなくとも、速度を求めて特化型CADで攻撃するだけでよいのである。

 

 狙うのは、文也の氷柱の奥側の四本だ。魔法は距離があればあるほど効果を及ぼしづらい。文也がこの程度の距離で精度に誤差が生じるとは全く考えていないが、少しでも勝ちの可能性を上げるために手段は選ばない。

 

 そして文也に近い四本の氷柱は、内側から膨れがあった圧力により、意外にもあっけなく四本一気に砕け散った。

 

(このままいけば!)

 

 即座にさらに『爆裂』を使おうとする。

 

 しかしその瞬間、フィールドは衝撃の姿に変貌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ふーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントの真由美は、もはや何も考えまいと悟った目で、そんな気の抜けた声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也の氷柱で一番将輝の陣地に近い四本。それらは極寒の冷気の中で、堂々とそびえ立っている

 

 将輝の氷柱で一番文也の陣地に近い四本。それらは陽炎揺らめく熱波にさらされ、すでに頼りなく溶けていっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『インフェルノ』だと!!!???」

 

 将輝は驚きのあまり思わず叫んでしまう。

 

 深雪も使った『インフェルノ』は、A級魔法師試験の課題として出されるほどの高難度魔法だ。振動系に高い適性がありかつ規格外に優秀な魔法師である深雪でなければ、高校生のレベルで使いこなせる者はまずいないはず。

 

 しかし、そんな魔法を、今は文也が使って見せているのである。

 

「ダウングレード版だな」

 

 達也の分析は正解だ。深雪はフィールド全域を覆っていたが、文也のはそれの三分の一程度でしかない。また出力も速度も深雪が使ったものより断然質が悪く、温度の変化も魔法の発動も遅い。深雪がやれば、将輝の『爆裂』で割られる前にフィールド全域にもっと高い効果を及ぼしていた。

 

「くそっ!」

 

 将輝は即座に気持ちを切り替え、『インフェルノ』に加えた文也の追撃が来る前に終わらせようと『爆裂』を使う。

 

 しかし中心列の四本は、さきほどに比べたら破壊する速度が格段に遅く、一本ずつ順番に破壊する形になった。先ほどあっさり壊せたのは、文也がもともと守る気がなかったからだった。さすがに文也といえど、さらに大幅にダウングレードさせていたといえど、『インフェルノ』の使用には時間と集中力が要したようだ。

 

 将輝の速攻作戦は失敗に終わった。

 

 速攻で攻め切ることができず文也に時間を与えてしまったら、将輝にとって不利となる。準備が整ってしまった文也は、攻撃と防御どちらも同時にかつ特化型CAD並みの質と速度でこなしてくる。対して、攻撃に加えて防御の必要も迫られる将輝は、速度で劣る汎用型CADで不利な戦いを強いられてしまう。故に特化型CADで、捨て身ともいえる速攻を狙ったのだ。

 

 攻めきれなかった将輝は特化型CADをサスペンドし、腕につけた汎用型CADを起動する。その一瞬が決定的な隙となり、文也からお返しと言わんばかりに『爆裂』が見舞われるが、切り替えている間に常人がCADを使った時並みの速度でありながらCADなしで『情報強化』を自陣の氷柱に施すという将輝の絶技によって、破壊された氷柱は、文也から見て左奥側、将輝から見て右手前側の二本で済んだ。

 

 文也は残り六本。『インフェルノ』で覆われている四本と、将輝が攻めきれなかった中央列の二本だ。

 

 一方の将輝の残りは十本もある。しかしすでに文也にとって有利な状況になり、しかもフィールド真ん中の四本は今もなお『インフェルノ』によって溶かされている。

 

 将輝は汎用型CADによって自陣の氷柱のうち手前二列に『領域干渉』を施し、またすでに文也の魔法の支配下にある奥の氷柱には『情報強化』を施した。それにより、灼熱地獄の中にいた四本も『インフェルノ』の影響を受けなくなった。熱された空気によっては溶かされてしまうが、直接魔法による干渉で溶けなくなっただけでかなりマシだ。

 

「お返しだ!」

 

 将輝は汎用型CADで『爆裂』を起動した。対象は、厳冬に守られて堅牢になった四本だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その四本に、『爆裂』が作用することはなかった。

 

「嘘だろ!?」

 

 将輝は驚愕しながらも、反射的に『爆裂』を冷気に守られていない二本に向け、『情報強化』を貫いて順調に破壊していった。

 

 しかしその隙に文也の猛攻は始まる。

 

 文也は『領域干渉』の穴を突き、将輝の中央列の氷柱の左端を狙う。しかし、氷柱そのものではなく、氷柱と接している地面に、得意の滑らせる魔法を施し、さらにその氷柱の上端に空気の塊をぶつけ、まさしく競技の名前の通り、氷柱を『倒した』。

 

 ガンッ! 

 

 地面との摩擦がなくなった氷柱は、普通に地面を軸として倒れるのではなく、氷柱の真ん中あたりを軸として、まるで滑って転んだかのように倒れ、その隣の氷柱に激突した。すると、激突の直前に当てられた方の氷柱の地面にも文也が摩擦をゼロにする魔法を施したことで、当てられた氷柱のほうも、またその隣の氷柱に向かって倒れていく。

 

「させるか!」

 

 文也のドミノ倒し作戦は二本倒すまでで終わった。将輝が激突の直前に三本目の氷柱と地面とを硬化魔法で固定し、倒されるのを防いだ。さらに『領域干渉』を地面まで広げ、文也の得意魔法を封じる。

 

 ここから文也は攻め続けるが、劣化した『地雷原』と『爆裂』は将輝の固い『領域干渉』を貫くことはできず、10秒ほどの間、戦況は膠着することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『爆裂』の弱点をああやって消してくるか」

 

 将輝の『爆裂』が不発に終わったのを見た達也は、納得したようにつぶやいた。

 

「何々、チョッと、一人で納得しないでよ」

 

 そんな達也にエリカが肩をたたいて声をかける。同じことを、深雪たちも思っているらしく、達也に説明を求める空気になっていた。

 

「一条の『爆裂』は、対象の中にある液体を一気に気化・膨張させて内部から爆発させる魔法だ」

 

「うん、それはわかってるけど……」

 

 達也の説明に、幹比古は頷いたものの、それは周知のことであり、その先を求める。

 

 氷柱は急いで作られた粗製であり、その内部は凍り切らなかったり、あとから溶けたりして液体になっている部分がある。だからこそ、一条の『爆裂』はこの競技に高い適性があるのである。

 

「だが、魔法の発動対象に液体が『含まれていなければ』、発動対象の定義が存在しないため、魔法式はシステムエラーを起こして『爆裂』は不発になる」

 

「そういうことか!」

 

 達也の説明にレオが声を上げた。氷柱同士がぶつかる音で説明は聞こえにくかったが、今の説明で、この場にいる全員が理解したのである。

 

 氷柱の内部には凍り切らなかったり、溶けたりした液体がある。だったら、それを魔法によって強い冷気の中に包み込んで凍らせ、さらに溶けないようにしてしまえばいい。

 

 そうすることで、将輝の必殺技である『爆裂』を封じたのだ。

 

 氷柱は一本でも残っていれば負けにならない。だから、最初の四本を犠牲にしても、ほかの氷柱を守り切れればいいのだ。

 

「けどよ、それって、一条が最初に内側の四本を壊しちゃったらやばくないか?」

 

 レオは即座に疑問を口にする。

 

「井瀬はそれを読んでいたんだ。あいつと一条は知り合いだからな。勝利のために少しでもベストを目指す一条なら、手前の四本を優先して狙ってくるって知っていたんだろう」

 

 達也はそこで解説を打ち切った。文也のドミノ倒し作戦を将輝が攻略し、膠着した局面から、次の局面へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういうことかよ!)

 

 膠着状態の間に冷静になった将輝は、文也の『インフェルノ』の意図をようやく看破した。

 

 そしてその作戦を破る一手を、将輝は用意している。

 

 ここまでの戦いではCADに入れてすらいなかった魔法。しかし、相手が文也ということで念のため入れてきた、とっておきだ。

 

「くらえ!」

 

 将輝が魔法を発動し、サイオンのきらめきが瞬く。

 

 しかし、なんの変化も起こらず、観客たちは不思議そうに見るしかない。

 

 また不発か?

 

 ほとんどがそう思った中、達也と文也はその魔法を察した。

 

「げえええええ何それ!!!???」

 

 文也が目を丸くして叫ぶ。達也も思わず絶句した。

 

 その魔法の効果は、一分半ほど遅れて現れた。

 

 厳冬によって守られていた氷柱にほころびが生じる。

 

 だんだんと、氷柱が溶けてきているのだ。しかも。その速度は数秒ごとにどんどん加速していく。

 

 そしてついには溶けて液体になった水は、そのままさらに気化していく。

 

 猛烈な冷気の中にあってなお溶け、蒸発していく氷柱の姿は、まさしく異世界だった。

 

 将輝が使ったのは、一条家の秘術中の秘術『叫喚地獄』だ。『爆裂』の領域魔法版ともいえるもので、領域の中にある物体内部にある液体を、30秒から60秒かけて気化させる魔法である。ただし『爆裂』は液体をそのまま直接魔法で気化させる発散系魔法であるのに対し、こちらは温度を上げて蒸発させる振動系魔法であり、系統がそもそも違う。

 

 しかし、これもあくまでも対象は液体であり、冷気によって完全に凍り付いた氷柱には効かないはずである。

 

 そう、これはただの『叫喚地獄』ではない。

 

 将輝が『叫喚地獄』を自ら改造して作った、新たな魔法であった。

 

 領域の内部にあるものの分子を振動させて温度を上げる点では変わらない。しかしその対象は『固体』である。

 

 領域の内部にある物体の固体分子を振動させ、温度を上げて液化させる。地面や人体といった物体は融点が高く、そこまでの温度へ上げることはこの魔法ではまだ至ってない。それこそ、まさしく大量の氷を一度に溶かしたいという場面でしか役に立つことはほぼない。

 

 そう、まさしく、この魔法は、この『アイス・ピラーズ・ブレイク』のためだけに、将輝自らが苦心して作ったものなのである。

 

 これは、「『液体』を対象とする」という一条家の得意分野と常識という枠から将輝自身が自ら外れて殻を破り、自分自身の力で開発した渾身の魔法だ。

 

 そして一度溶かしてしまえばあとは一条家の得意分野である。得意分野から離れて固体を対象とした分、速度も威力も劣っていたが、得意分野に戻って元祖『叫喚地獄』を使えるようにしてしまえば、もう将輝の領域だ。液体の気化速度は、溶かした時のそれと比にならないほどに早い。

 

 一条の枠を飛び越えて『一条の結晶』を改造した魔法を自ら作り上げ、その魔法を『一条の結晶』への橋渡しとする。

 

 伝統を革新し、、それでいて一番の得意分野を見失わず、伝統と革新を融合させ、優先順位をつけて戦術を組み立てる。

 

 才能と家柄に胡坐をかくことなく、ずっと自己研鑽を貪欲に積み重ねてきた彼は、もはや一年生どころか、高校生のレベルもはるかに飛び越えていたのだ。

 

 それは魔法力だけでなく、魔法を使う力――魔法師としての力も含む。

 

 文也はただ自分の氷柱が溶かされるのを見ていたわけではない。

 

 それどころか、将輝が何かをやろうとしてると勘づいた瞬間、攻勢を強めた。

 

 しかし――将輝の氷柱は、一本も倒れていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――文也の魔法が、将輝の『情報強化』によって退けられているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて強いマルチキャストなの」

 

 静まり返る一高テントに、真由美の感嘆の声が響く。

 

 複数の魔法を同時に扱うということは、つまり一つ一つの魔法に注ぐリソースが弱くなるということだ。例えば雫は『パラレル・キャスト』で『フォノン・メーザー』を使用したが、高難度の魔法を同時にタスクしている状態では十全に使用することはできなかった。

 

 これはマルチキャストにも言えることであり、例えば『情報強化』の力も、マルチキャスト状態ではどうしても弱くなる。

 

 しかし将輝の『情報強化』は、『叫喚地獄』とその亜種とのマルチキャストをしているにも関わらず、全く弱まっていなかった。

 

 これもまた、将輝が努力の末たどり着いた極致だった。

 

 そもそも魔法師は自分の体を無意識に『情報強化』しており、その意味では魔法を使えば常にマルチキャストしている状態であるといえる。

 

 つまり、魔法師は『情報強化』に限っては、特別訓練せずとも、最初からマルチキャストの能力が備わっているといえる。

 

『対人戦闘を想定した生体に直接干渉する魔法』が研究テーマだった第一研究所。そこで開発された魔法は、当然対魔法師も想定されており、無意識の『情報強化』を破る術を熱心に研究した。

 

 そんな研究所が発端の一条家は当然その無意識の『情報強化』に関しての知識は豊富で、将輝はさらに無意識の『情報強化』に対する感覚が鋭敏であった。

 

 そんな彼が研究と練習を積み重ねて至ったのが、この、弱体化しない『情報強化』のマルチキャストであった。

 

 これまで『領域干渉』をメインに使っていたのはブラフ。ここにきて、真に自身が得意とする方法を以て、守りを築いた。

 

 防御は固いまま、ついに攻撃の準備が整った。

 

 将輝に油断はない。このまま『叫喚地獄』でのんびり終わってくれるほど、文也は優しくない。

 

『インフェルノ』の灼熱で覆われていた氷柱もついに溶け落ち、将輝の氷柱は残りは四本しかない。

 

 画面越しに、真由美たちは将輝が勝負を決めにかかっていることを察した。

 

 すでに文也の氷柱は液体が混ざっている。『爆裂』で一気に破壊できてしまう。

 

「勝負あったかしら」

 

 真由美がつぶやく。さすがにここから逆転できる方法を、真由美は思いつかなかった。

 

 同じことを摩利も克人も鈴音も感じたようで、残念そうに溜息を吐き、画面から目を離した。

 

 しかし、一人、このテントに諦めていない人物がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふみくんっ――頑張れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はまだ、希望が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将輝が『爆裂』に切り替えようとした直前。

 

 その気配を感じ取った文也が、背中の二本の剣を、ついに抜き、魔法を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の咆哮が重なる。

 

 ここからは速度勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将輝の指が、汎用型CADのテンキーの上を踊る。

 

 『爆裂』が起動し、冷気の中でかなり溶けてしまった文也の氷柱を一瞬にして一気に破壊しにかかる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也が左手の剣の柄のスイッチを押し、それに遅れて、しかしほぼ誤差ゼロ秒で左手の剣のスイッチを押しながら宙を斬るように振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、将輝の四本の氷柱が、一気に『両断』された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也の氷柱が爆発四散し、将輝の氷柱は両断された面から滑り地面に轟音を立てて落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法発動に動くのは将輝のほうが早かった。しかし文也はスイッチを押すだけであり、また汎用型どころか特化型よりも速く魔法が発動する。しかし、剣を振る動作があり、文也はその分少しだけ遅れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちたのはほぼ同時。人間の眼では判断できない差。

 

 

 

 

 判定は、スーパースロー再生にゆだねられた。




摩擦をゼロにする魔法
原作に出てきた『伸地迷路(ロード・エクステンション)』とは実は違う仕組み。
あちらは放出系だが、この魔法は移動系。
摩擦をゼロにしたい二つの対象の間に、任意の水平方向に移動させる極薄の仮想領域を発生させ、動きやすい方――例えば床と足なら足が――がそちらの方向に、まるで滑るように移動する。超高速で動くランニングマシンの上に何気なく足を乗せたら転ぶのと同じである。つまり、対象を移動させているだけで実際は摩擦をゼロにしているわけではないのだが、床や地面に触れさせないで移動させているということは、床・地面と対象物の間に本来発生するはずの摩擦を起こさせていないということだから、摩擦をゼロにすると表現している。
以下どうでもいい裏設定。障壁魔法の開発にいそしんでいた十文字家は平面の仮想領域を作る魔法を得意としており、これはその初期の初期に半ば遊びで作られた基本的な魔法である。このせいでのちの当主・克人は、この魔法を使う後輩のクソガキに悩まされるのだから、皮肉というものである。

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