マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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2-17

 三高VS四高の戦いは、四高の勝利で終わった。

 

 そして最終決戦。一高VS四高。対戦の舞台に選ばれたフィールドは、『アミューズメントパーク』だった。

 

 フィールドの中で唯一楕円形をしており、フィールド上には自動で回り続けるコーヒーカップやメリーゴーランド、屋台や移動販売カー、巨大な馬のキャラクターバルーン――国防軍のイメージキャラクター『うまもるちゃん』だ――といった障害物が並んでおり、また楕円の外周には高い柵で侵入ができないようになっているが線路が通っており、コミカルな模様の汽車型の乗り物が車ほどの速さで走っている。

 

 このフィールドは全フィールドの中で一番ギミックが多い。コーヒーカップやメリーゴーランドは塗れないが乗ることは可能で、その上に乗って移動することもできる。また屋台や移動販売カーの屋根の上面はなんと床扱いであり塗ることができる。また外周を囲む線路も床扱いであり塗ることが可能で、さらに汽車のタイヤを塗れば、汽車が通った後がその色で塗られる。ここの奪い合いも勝負のカギとなる。

 

 ちなみにこのフィールドの図面が送られてきたとき、最初に見た真由美の感想が「どう再現しろっちゅうねん」だった。思わず謎の方言が飛び出してしまったほどだ。

 

 なにせフィールドは楕円形だが、各校に練習用に配られた競技フィールドを作る杭では直線しか結ぶことができない。当然各校から即時クレームが入り急遽『アミューズメントパーク』と同じ楕円形フィールドが作れる長いひもが配送された。

 

 しかしそれでもこの無駄に凝ったステージギミックや障害物はいくらなんでも再現不能であり、各校は練習方法に悩まされた。せめて『うまもるちゃん』の巨大バルーンぐらい販売してくれればよかったのだが、あいにく非売品である。達也は風間に冗談でお願いしてみたのだが、「あんなふざけたものをほかに作ってると思うか?」と真顔で返された。

 

 おそらくルールを考えた集団と実際の運営を任された集団が別で、現実的にどうするかを考えずノリでルールが考えられた結果こんなことになってしまったのだろう。

 

「肝心のジェットコースターがないじゃねえか」

 

 実際のフィールドに立った文也は思わず文句が漏れる。フィールド名と凝った構造の割にはアミューズメントパーク定番のジェットコースターがない。あっても安全に考慮したら背景としてしか使えなさそうなので省いたのだろうが、そんなことするんなら最初からこのフィールド案を没にするべきではなかったのだろうか。

 

 最後の決戦の舞台としてはあまりにも気の抜けた場所だ。

 

 しかし選ばれてしまったものは仕方ない。

 

 こうして、九校戦新人戦・『フィールド・ゲット・バトル』男子の最終決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高も四高も選択した最初の布陣は『2-1』だった。

 

 このフィールドは汽車の取り合いのために後方支援が重要なので、さすがに『3凸』はお互いに選べず、今まで奇策を用意してきた学校同士の対決にしてはスタンダードな立ち上がりだ。

 

「ちっ、なんて図太いやつだ」

 

『パラレル・キャスト』で常に相手にプレッシャーをかけられる文也は、本人の性格的には後方支援や遊撃が似合うが、前線で撃ち合いをするのが一番適任だ。当然、今回も前線を取り合う二人に入っている。

 

 しかし、今文也と撃ち合いしている四高選手は、不利にもかかわらず文也と対等かそれ以上に戦っていた。

 

 文也の運動能力は平均より少し上程度はあるものの、一流のスポーツ選手には足元にも及ばず、またこの大会はそのような生徒が選ばれる。

 

 今までは文也のエイム力や戦術眼、そして強い心理的有利で圧倒できていたが、その心理的有利がなくなれば、運動能力の差が顕著に出てしまうのだ。

 

 ――これまで文也と交戦した四高選手は、誰一人として文也のスぺシャルを気にした様子はない。

 

 それは、四高の作戦スタッフのアドバイスによるものだ。

 

 文也が戦っている様子を見て、四高の『ステラテジークラブ』所属の作戦スタッフは気づいた。

 

 考えてみればスペシャルは試合中に一度しか使えない。ならば、そこまで気にすることはないのではないか?

 

 なんなら、仮に油断していて使われても、それは相手の切り札を一枚消耗させたということであり、むしろ儲けなのでは?

 

 さらになんなら、後半に比べたら結果にあまり影響しない前半に使ってくれるなら、むしろお得なのでは?

 

 逆に考えるんだ。「使われちゃってもいいさ」と考えるんだ。

 

 それによって吹っ切れた四高選手は、こうして文也を相手に有利に立ち回っている。体格面でも不利な文也はステージギミックを利用してなんとか立ち回れているが、明らかに形勢は四高に傾いていた。

 

「おい駿! こいつら気づいちまったみたいだ! 俺が後方に回るからチェンジしてくれ!」

 

『わかった。30秒こらえろ』

 

 こうなってしまっては文也が前線の取り合いに参加する意味合いは薄い。もっと狙いが正確で運動能力があるスタンダードな強さを持った駿が前線に出るべきだ。

 

『こっちもあまり有利が取れてない。こいつら、相当訓練されてるぞ』

 

 あの達也ですら有利を取れていないようで、冷静ではあるがやや焦った声で達也が文也と駿に連絡をする。

 

 四高選手は、魔法力よりも、経験や運動能力で選ばれている。

 

 達也はそう勘づき、そしてそれは正解だった。なにせ達也自身も同じ判断基準で選ばれているのだ。気づくのも早かった。

 

 駿は前線の文也と交代すべく駆け付けようとする。

 

 しかし――

 

 

 

 

 

 

 

「あ、くそっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――物陰に潜んでいた四高の後方担当がいつのまにか前に抜け出していて、駿に奇襲を仕掛けた。

 

 普段なら物音や呼吸音で気づいただろうが、このフィールドはメリーゴーラウンドなどが絶えず稼働していてコミカルな音が鳴り続けており、それがかき消される。文也の様子から、後ろから駿が駆けつけるであろうことに気づいた四高選手は大急ぎでここに駆け付け、奇襲を狙ったのである。

 

 そしてその奇襲は成功した。

 

 不意打ちを食らった駿はスリープ状態となり、文也との交代に失敗する。

 

「不意打ちでキルされた! もう少し持ちこたえろ!」

 

『まじかよ!』

 

 クリアリングを怠っていたわけではない。たとえ駆け付ける時でも、物陰の前を通るときは必ずクリアリングをしていた。

 

 では、どこに隠れていたか?

 

 駿は右側の横道をクリアリングをしていた時に撃たれた。その時四高選手は、そのもう一つ奥の、左側の横道に隠れていた。

 

 必ず駿がクリアリングをすると予想し、その隙を狙うためだけにそこに隠れていたのだ。

 

 交代に失敗してしまった文也も、ついに追い詰められてスリープ状態とまではいかずとも、撤退を余儀なくされる。

 

 そして、駿をスリープ状態にし、文也を撤退させた相手の二人が向かう先は、達也だ。

 

「司波兄! 全力で後ろに逃げろ! いったん態勢を立て直す!」

 

『わかった。災難だったな』

 

 さすがに三対一では達也でも絶対に勝てない。達也はすぐに踵を返して、俊足で駿がしっかり塗ってくれた自陣へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああ! ど、どうしよう! 頑張ってみんな!」

 

 一高テントであずさが画面にかじりついて心配そうに叫ぶ。

 

 その様子を見ていた真由美も、頬に手を当てて困ったように漏らす。

 

「達也君たちですらああなっちゃうなんて、思いもしなかったわ」

 

 真由美自身が『フィールド・ゲット・バトル』の選手として何回か模擬試合をやっているのだが、文也たちが負けるのを一度も見たことがない。圧倒的な運動能力とエイム力と戦略眼と知識によって、上級生を差し置いて練習試合で全勝しているのだ。

 

 しかし、今の状況は散々だった。試合も前半から後半に差し掛かろうとしているタイミングで全員撤退を余儀なくされている。残り時間が短い中でここから逆転をすることは難しいだろう。

 

「だが、真由美。あいつらの眼を見てみろ。逆転をあきらめてない顔だ」

 

「あら、本当ね」

 

 そんな真由美に摩利が声をかける。確かに、画面に映るアイガード越しの三人の眼は、まだ負けをあきらめた様子ではない。しかも、絶対にあきらめないというような感情的なものではなく、何か逆転の一手があると考えてのものだ。

 

 そんな様子を見た真由美は、思わず顔をほころばせた。

 

(なんだ。一年生たち、私たちが思ってるよりもちゃんとしてるじゃないの。ふふっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高はなんとか態勢を立て直し、圧倒的不利からかなり不利というレベルまで持ち直した。後ろで駿がしっかり駆け回って塗っておいてくれたおかげだ。

 

 しかしまだ不利であることは変わらず、また立て直しに時間をかけてしまったので、もう残り時間は一分ほどしかない。

 

「文也! 司波! 『あれ』やるぞ!」

 

『わかった。井瀬、引き付けておけ。森崎も例の場所で準備だ』

 

『りょーかい』

 

 一高はついに、逆転の一手を切ることにした。

 

 駿の指示を受け取った文也は四高選手との撃ち合いの中で、ついにスペシャル『バリア』を切った。インクガンを離すことなく素早く魔法信号が放たれ、それを受けた文也のユニフォームが、敵のインクを受け付けなくなる。何かをしてくると敏感に読み取った相手が『スーパーショット』で文也を封じ込めようとしたのだが、予備動作の分遅れてしまい、文也の『バリア』によって無駄撃ちに終わってしまった。

 

「こいつは運がいい!」

 

 もともとこのタイミングで『バリア』は使う予定だった。

 

 文也は逃げようとする『スーパーショット』を撃った相手を意気揚々と仕留め、ついでにそばにいたもう一人を瀕死に追い詰める。文也は、見事に相手のうち二人を引き付けていた。

 

 そしてその間に、達也と駿も動き出す。

 

「ここはお前にヒーローを譲ってやるよ!」

 

「それはどうも」

 

 駿は外周の線路と内側を隔てる高い柵の手前に、バレーボールのレシーブの様な構えをする。それに対して達也は全力疾走で走っていき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――大きく振り上げられる駿の手を踏み台にして高く飛び上がり、柵を『跳び越えた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!?」

 

 何かするのを阻止しようとした四高選手は思わず見上げて呆けてしまう。

 

 その間に、達也はちょうど向かってきていた汽車に跳び下りた。

 

 このフィールドは、線路を柵の内側から塗ることができるし、汽車のタイヤを塗れば通った線路が塗られる仕組みになっている。

 

 そう、柵で区切られてはいるが、この線路も、フィールドの一部なのだ。

 

 当然立ち入りは禁止されていないため、選手は入ることができる。

 

 否、本来は汽車に轢かれることを考慮すると安全の上では禁止するべきなのだが、侵入が想定されていなかっただけだ。

 

 ただし乗り込むには高い柵をよじ登るしかないが、それは大きな隙となるため現実的ではない。

 

 そしてもう一つ、『跳び越える』というもっと現実的ではない方法を、文也が考案し、達也と駿が実行した。

 

 そうしてあまりにも規格外な方法でたどり着いた達也がその汽車の上ですることは――

 

「まさか!?」

 

 ――四高選手のうち、文也と戦って、『バリア』が切れた直後で一発被弾しただけでもスリープ状態になるようになった文也を仕留めた選手が、その意図に気づいた。

 

 魔法工学の非常勤講師がレトロゲームに詳しく、代表選手に選ばれた彼らに、この競技とかなり似ているというレトロゲームのプレイ動画を見せてもらった。

 

 それはコミカルなゲームで、ゲーム世界であるがゆえに、ステージギミックも多彩だった。

 

 そんなギミックを応用した技の一つ。本来移動できない『メガホン』を、移動する場所で使ったら――?

 

 汽車の上から側面に降りて器用につかまった達也は懐からCADを取り出し、汽車のタイヤに向けて魔法を放つ。すると汽車のタイヤから『メガホン』のホログラムが現れた。

 

 そしてそのホログラムは――汽車と一緒に移動している。

 

 正確にはタイヤと一緒に移動しており、タイヤが回るのに合わせて『メガホン』は間抜けな回転運動をしながら横に移動している。

 

 直線にしか放てない『メガホン』。だがそれを、それなりの速度でフィールドを移動する汽車から放ったら――放たれる光の柱も、それに合わせて移動する。

 

 ほかの生徒も少し遅れてそのことに気づき、すぐに汽車の移動と反対方向に逃げようとする。そちら側に逃られれば、移動する光の柱に当たることはない。

 

 しかしそれは間に合わず、ついに光の柱が、フィールドを横断し、汽車に合わせて四高選手たちをまるで追い込み漁のように追い詰めていく。

 

 汽車の側面からなら、伏せれば躱せた。汽車の下端なら、跳び越えれば躱せた。

 

 しかし汽車の大きなタイヤの端に設置された『メガホン』から放たれる光の柱は、タイヤの動きに合わせて大きく速く上下に動いている。

 

 達也たちの行動を阻止しようと動いた選手は、『メガホン』の移動方向とは反対側にいるため範囲外だ。ただし跳び越える達也を見上げて呆けている間に得意の『クイック・ドロウ』でインクガンを構えた森崎に塗られて動けない。

 

 文也を倒し、最初に作戦の中身に気づいた選手は仕方なく『バリア』を使ってしのいだ。

 

 文也に倒された選手は、せっかく復帰したのに無敵時間が解けた直後に光の柱に飲まれてまた動けなくなった。

 

 残り30秒。ここにきて一気に二人スリープされた四高は、一転窮地に陥った。

 

(だが!)

 

 それでも30秒。もともと塗り面積は四高がかなり有利であり、今から一高選手が急いで塗って回っても、スリープから二人が復帰した後や残弾のことも考えると逆転しきれない。

 

『バリア』で難を逃れた選手は逆転を防ごうと、最後の力を振り絞って走って塗って回る。

 

 そんな彼の目に入ってきたのは、車ほどの速度で動く汽車の上から、移動しながらフィールド内を塗る達也の姿だった。

 

 なるほど、あれなら高速で動きながら塗って回れる。

 

 だが汽車の屋根は屋台や移動販売カーと違って、塗れる床ではない。残弾の回復は不可能であり、塗れる量も限界がある。

 

 さすがにあの化け物の様な運動神経を持ってても、一人で魔法なしで柵を跳び越えることはできない。

 

(勝ったっ!)

 

 心の中で確信した彼は、それでも可能性を少しでも減らそうとひたすら塗っていく。

 

 残り20秒が過ぎ、残り10秒。全員が復帰して塗りあいになった状況で、四高選手は異常なことに気づく。

 

 汽車の上から塗り続けている達也――塗り『続けている』?

 

 とっくに30発は撃ち終わっているはずだ。

 

(それなのに――なぜだっ!?)

 

 結局、四高は、汽車に乗って高速で外周を移動しながら、30発を何十発も超えて撃ち続けた達也の活躍により、敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういうことだ!」

 

 勝敗判定がでたあと、軽くハイタッチだけしてあとは各々で勝手に帰ろうとする、本当に優勝を喜んでいるのかわからないぐらい淡白な三人に、四高の選手の一人は詰め寄った。

 

 ありえない光景だった。回復できないはずの場所から、何十発も撃ち続ける。残弾を超えて撃つことは可能だが、代わりに並みの魔法師が一日かけても練り切れない量、『術式解体(グラム・デモリッション)』と同じほどのサイオンを持っていかれる。一発だけならまだわかるが、あれは限度を超えていた。

 

「おい司波兄、答えてやれ」

 

 文也が達也にそう言うと、達也は面倒くさそうに足を止め、振り返って答えようとする。その間に、薄情なことに文也と駿は待たずに去っていった。

 

「どうもこうも……俺は、チョッと生まれが特殊で、サイオン量が多いだけだ」

 

「……え?」

 

 達也はそれだけ言って、そのまま去っていく。

 

 四高選手は、思わずその場に立ち呆けた。

 

「……だけ、って量じゃないだろ……」

 

 かろうじて、その様子を後ろから見ていた二人のうち片方がそう漏らす。

 

「一高の連中、異常なのしかいないのか……?」

 

 もう片方も、思わずそうつぶやいた。

 

 ちなみに一高では「四高は異常」と扱われているため、お互いにブーメランを投げあって遊んでいるようなものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人戦三日目は、『バトルボード』全員と『フィールド・ゲット・バトル』の女子は残念だったものの、男子が優勝をして一高はまだ新人戦トップ争いに食らいついている。

 

 しかしそれもなかなかぎりぎりであり、『バトル・ボード』でも『フィールド・ゲット・バトル』でも三高と四高は順調に稼いでいるため、ここからも厳しい戦いは続く算段だ。

 

 そういうわけで、この日の夜の一高の食堂はあまり明るいとは言えない。

 

 幸いにして当の一年生たちはあまり落ち込みすぎた様子が見られない。女子のヒーローである達也、男子の希望である駿が優勝を持ち帰ってきたからだ。そして文也はというと、

 

「やっぱりふみくん無理してたんだ……」

 

「…………」

 

 食事に手も付けず、机に突っ伏している。

 

 文也のスタミナは並み程度であり、ずっと動き回る競技をやったせいですっかりグロッキーだった。一か月の練習程度では体力の底上げもそれ相応程度である。他校の前では意地を張って平気そうなそぶりをしていたが、実際は試合がすべて終わって早々にトイレに直行してリバースしていた。達也を置いて帰っていたのはそういうことである。

 

 そして今。試合からだいぶ時間がたって、なんとか優勝した主役の一人としてこの場にはいるものの、食事がのどを通らない。さっぱりしたデザート類を少しつまみ、そこからはまるでつぶれた酔っ払いのように机に突っ伏し続けているのだ。

 

 そしてそれを介護しているのがあずさだ。もはや手慣れたもので、負けず嫌いの彼は練習でもつい無理をしてこうなることが多々あり、それを介護するのがあずさの役回りだった。あずさ自身も死ぬほど忙しいので他の生徒、例えば一緒に練習していて文也の扱いにも慣れている駿などに任せてもいいのだが、文也の様子を見るなり本人がすっと自然に介護に向かうので、そういう流れになったのだ。

 

 達也は一年女子ハーレム――そのつもりはないが、周りからはそうみられている――に囲まれての質問攻めに対応しつつ、そんな様子の文也を横目で見る。

 

 ああなった文也を今まで何回も見てきたが、不思議と翌日にその疲れを残すようなことはなかった。あまり運動をしている様子もないので筋肉痛などもありそうなものだが、その翌日にはまたケロッとしている。

 

(『再成』でも使ってるのか? いや、でもさすがにそれは……)

 

 達也は心の中で首を振った。

 

 確かにこれなら辻褄は合う。どんなに体調を崩しても即座に回復できるし、それに『再成』に頼り続けているならあの身長にも納得――ひどい扱いである――だ。どうせ自堕落な生活で体調を崩してはそのたびに『再成』を使ってを繰り返しているうちに身長が伸びる機会を失った――本当にひどい扱いである――というのもあり得る話だ。

 

 しかし、『再成』となるとさすがに自分自身以外ではありえない。分解をつい昨日目の前で見せられたので『再成』も、とはいかない特殊な能力だ。それに達也はしっかり『視て』いたからわかるが、そのエイドスはちゃんと毎日多少は変化している。『再成』ならば、不自然に変わらない部分があってもおかしくないのだ。身長が変わらないのは日ごろの不摂生だろう。

 

(……考えるだけ無駄な人種なのかもしれん)

 

 あの手の無鉄砲な性格は無茶をするのだが、不思議と怪我からの回復が早い。小耳にはさんだ話では『ギャグ漫画の登場人物』と呼ばれる人種らしい。ちなみに達也はもう(覚える気がないので)忘れているのだが、これを小耳に挟ませたのは文也本人だ。

 

 達也はそこで文也について考えるのをやめ、突っ込んだ難しめの質問に対する回答に集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也は部屋に戻ってしばらくしてから、疲れで働かない頭ながら現実に向き合うことにした。

 

 今朝から放置している、父親からのメール爆弾についてだ。

 

「……よう親父」

 

『文也か。よくも無視してくれた上に負かしてくれたなこの野郎』

 

「女子が完敗だから痛み分けだ」

 

 ベッドに寝っ転がり、話しながらも少しでも体を休めようとしながら文雄との通話を開始する。

 

『昨日のあれ、『分子ディバイダー』だってのは気づいたのか?』

 

「今朝メール見て気づいたよ。やべぇよ、アメリカからアメ玉じゃなくて鉛玉プレゼントされちまうよ」

 

 この二人を筆頭とした『マジカル・トイ・コーポレーション』は国内の十師族を筆頭に、数々の魔法に関わる団体から恨まれている。何せ各団体が、存在自体は見せているが術式を公表していない魔法を、劣化コピーながら再現してしまうからだ。さらにはまだ誰も世間では知らないはずの奥義まで、たまたま発想がかぶってしまって多大なる迷惑をかけている。

 

 しかしこれは国内の話であり、また国家機密クラスの魔法にはさすがに手を付けてこなかった。頑張れば手出しできないこともないが、そのような魔法は、『マジカル・トイ・コーポレーション』が発売する商品には見合わないのでやる意味がなかった。

 

 しかし今回、競技ということで本気を出してしまった文也は、まさかの国外の軍の機密事項を、自覚なしに暴いてしまったのだ。文也からすればまだまだ未完成であり、軍の機密になるような術式の足元にも及ばないのでそんな怒らないでくれ、といった感じだが、向こうがどう考えるかは容易に想像がつく。

 

 さすがの文也もこれはやりすぎたと自覚した。すでにやりすぎている二人ではあるが、その中でも過去最高クラスのやりすぎだ。外国の、それも軍の機密事項であり、『いろいろ』あることを視野に入れなければいけないのだ。

 

『それと『無頭竜』のことだけど、』

 

「あーもう勘弁してくれ。疲れて何も考えたくねえ」

 

『……はあ、チャチャッと『あれ』使えばいいだろうが』

 

「うっせぇあれは時間がかかるってことぐらいわかってんだろバカ親父。こっちは明日のエンジニアもあるんだ。さっさと寝るお休みグッナイ」

 

『わかったよ。おやす』ブチッ

 

 父親の挨拶を待たずして通話を切り、部屋備え付けの風呂にタオルを持って向かう。

 

 そして脱衣所では制服中に仕込んでいたおもちゃのようなCADをジャラジャラと箱に入れると、服を脱ぎ、『CADを持って』風呂へと入る。

 

 CADは精密機械であり、そうヤワではないのだが、やはり水気は避けるべきものだ。

 

 しかしそれでも、そうする理由がある。

 

 浴槽のふちにCADを置き、シャワーで体をさっと洗い流してから、浴槽へ入り、CADを取って、文也は魔法を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也はその夜、こっそりと部屋にやってきた国防軍の下っ端を通じて、風間に呼び出された。なんでも緊急の用事だそうだ。

 

「どのような御用でしょうか、少佐」

 

「特尉か。とりあえずその椅子に座れ」

 

 知り合いとしての関係でなく、国防軍属としてお互いに接する。よって座れと言われてすぐに、はいそれでは、というわけにもいかないのだが、緊急事態ということでそのようなことは気にせず達也は座る。

 

「まずは『フィールド・ゲット・バトル』新人戦優勝おめでとう」

 

「身に余る光栄、恐悦至極に存じます」

 

 風間はひとまずの挨拶の代わりとして祝うが、祝う気持ちはないわけではないとはいえ、声音は明るいものではない。社交辞令で喜びを示す達也の声にも、言葉通りの色は全くなかった。

 

「さて、なぜ呼び出したかわかるか?」

 

「昨日の件ですね」

 

 達也はすでに察していた。彼が呼ばれた理由は、昨日文也が公衆の面前で披露した『分解』と『分子ディバイダー』だった。

 

 達也の『分解』は国防軍の機密指定なのだが、魔法の存在自体は理論上世間でも認められており、ごくごく少数ではあるが、それを使えるという魔法師は存在する。ただし達也の『分解』は特異なものであり、また国家戦略上大変重要なものであるためトップシークレットになっている。文也の『分解』は「とんでもなくすごい」ことではあるが、国家の問題とは言えない。

 

「そうだ。『分解』は以前報告してもらったのは未完成もいいところだが、私から見てあれは完成されたものだ。特尉からはどう見る?」

 

「完成度は高いですが、おそらく『情報強化』以外は無理でしょう」

 

「そうか。安心した。そのようなことをできるのは特尉だけだろうからな」

 

 ここでようやく風間は少し相貌を崩したが、すぐに真剣な顔つきになり、本題に入る。

 

「しかし、『分子ディバイダー』は大問題だ。私から見てもわかるほどに未完成だが、それでも、その術式はUSNA軍の機密だ」

 

 昨日文也が使った魔法は、文也文雄父子が危惧している通り、USNA軍を刺激するものだ。場合によっては、それこそ最悪のパターンとして戦争の可能性も見えてくる。

 

「連絡が昨日ではなく今日になったのはやはり?」

 

「ことがことだからな。USNAの様子も見つつ術式を分析して問題ある物かどうかを慎重に調べていたら遅れてしまった。諜報部は大騒ぎだよ。特尉から『視て』あれはどう思う?」

 

「『分子ディバイダー』に近いものです。式はほとんどが異なっていますが、分子結合は逆転していましたし、基幹の部分は大差ないでしょう」

 

「そうか。今ので希望的観測もできなくなった」

 

 国防軍が持つ技術と知識の粋も、達也の『眼』と知性の組み合わせには勝てない。達也からもこう言われてしまっては、あれが『違う術式』だとは考えられなくなった。

 

「やはり、もっと『積極的な介入』をしてくるとお考えですか?」

 

 達也の問いかけはかなりオブラートに包んだものだ。達也自身、文也のことは嫌いな方であるが、だからといって一か月間競技でチームを組み、エンジニアとして協力してきた仲でもあるため、いくら彼と言えど心配なようで、それが声にも出ている。

 

「ああ。ほぼ間違いないと考えている。より一層USNAの動向も注視しなければなるまい」

 

 達也も風間も、これはさすがに頭痛の種だ。

 

「……もう夜も遅い。この件については時間をかけてしっかり考えておく。明日もエンジニアの仕事があるのだろう? もう戻っていいぞ」

 

「はい、それでは失礼します」

 

 達也は明日もエンジニアとしての仕事がある。妹は出なくなったものの『ミラージ・バット』の担当であることには変わりないため、いくら達也と言えどなるべく体調を整えておくに越したことはない。

 

 風間の気遣いで、達也は部屋へと戻り、軍人から一人の高校生へと戻った。




なんでこの時の私は、女の子じゃなくてこんなクソガキのお風呂シーンを書いたんだ……

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