九校戦七日目で、新人戦四日目。
この日は『ミラージ・バット』すべてと『モノリス・コード』の予選の一部が行われる日だ。
文也は『モノリス・コード』の担当エンジニア、達也は深雪が抜けたものの『ミラージ・バット』の担当エンジニアとしての仕事がある。
他校からすれば、この日は男女の両面でそれぞれこの二人が出張ってくる日であり、警戒をしなければならない日となっている。
そしてその警戒は意味をなさなかった。『ミラージ・バット』のほのかと里美はどちらも一流で、しかも里美はこの競技に特に強い適性を持つ。達也のサポートも備えたこの二人に、予選のレベルで届く選手はいない。戦った他校すべてから強いマークをされ徹底的に妨害戦術もとられたが、それでもなおぶっちぎりの一位で二人とも予選を通過した。
そして達也は次に備え、自室に戻って仮眠をとることにしたのだった。
☆
今年度の『モノリス・コード』はルール改正がいくつかあった。
そのうちの一つが、大会形式の変更だ。
例年では、まず予選で各校が四回ずつ戦う変則リーグ制で行われ、その上位四校が決勝トーナメントという流れであった。
しかし今年度は、変則リーグ制がわかりにくいという一般観衆の声にこたえて、予選を三つのリーグにわけて各リーグの一位が決勝リーグで争う、という形になった。予選で三つに分かれてそれぞれの一位が決勝リーグを行う、という形を取り、『アイス・ピラーズ・ブレイク』や『フィールド・ゲット・バトル』と統一したのだ。
そんな『モノリス・コード』新人戦。一高代表の駿たちは、一戦目の九高との戦いは無事に勝利に終わり、七高との二戦目が始まろうとしていた。
選ばれたステージは『市街地』。ただし市街は市街でも荒れ果てた市街であり、『フィールド・ゲット・バトル』の『ゴーストタウン』を『モノリス・コード』向けにアレンジしたようなステージだ。
担当エンジニアの文也はステージをじっと見ながら、腕組をしてその行く末を見守る構えだ。
九校戦に『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』が絡んでいる、という話だったが、結局今のところ小早川の事故以来動きは見せていない。そもそも動機が不明であり、わからないことだらけなのだが、とりあえず用心に越しておくことはない。
とはいえ、文也にできることは多くなかった。第一戦目の段階から、一応念のため大けがを防ぐためのCADを駿達三人に持たせているのだが、CADレギュレーションの都合で、あまりにも大きな衝撃には気休め程度にしかならない魔法しか入れられなかった。
(何もなければいいんだけどな……)
その時、文也の視界の端を、影が横切った。
「なんだ?」
一瞬だった。廃ビルと廃ビルの間の道の向こう側を、何かが通った気がした。
選手ということはあり得ない。なにせまだ開始時間前だ。開始地点から動くことは禁じられている。
文也は、達也ほどではないにしろ『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』が使えるが、視えるのはうすぼんやりとした魔法式のみで、それ以外はまだ目をつぶって瞼越しにみる光のほうが良く見える、という程度しかないので、それに頼ることもできない。
(まあスタッフかなんかが準備に駆け回ってるんだろう)
文也がそう考えてため息をついた瞬間――
――轟音とともに、廃ビルが崩れた。
「駿っ!!!!」
文也は目を見開き、あらんかぎりの声で叫んだ。
☆
「こ、ここは……?」
目が覚めた駿が最初に見たのは、真っ白な天井だった。
記憶が混濁しており、何が起こったのかわからず、とりあえず寝るときは枕元にいつも充電して置いている端末を確認しようとして――自分の腕が動かないことに気づいた。
いや、体のほとんど、首から下が意思に反して動かない。
少しパニックになるものの、幼いころから受けていた訓練のたまものですぐに冷静になり、状況を確認する。
視界に自分の体は映らない。清潔そうな真っ白い布団をかけられているからだ。まるで病院のようだ。
これは同じような経験がある。家の仕事を手伝っているときに大けがをして、目が覚めたらこんな状態だった。
つまり、怪我をしている状態――怪我?
そう、『モノリス・コード』の一戦目は勝った。文也の調整と作戦はどちらも一流で、想定よりもかなりすんなりと勝利を収めた。
そして二戦目で――
「うっ」
――そこまで思い出して頭によぎったのは、突如天井と床が崩れ、上から大きなコンクリートの塊がいくつも降ってくる光景と、反復練習の癖で腰から抜いた、文也から渡されたCAD。
「目、覚めたか」
麻酔の効果でまだ混濁しているが、ある程度意識が回復してきて逆にパニックになりかけたとき、聞きなれた声が、自分の横からした。
「文也、だな。何があった?」
駿はよく知る友人の声を聞き、パニックが収まった。しかしまだ状況はあまり理解できていないため、文也に問いかける。
「『モノリス・コード』二戦目。ステージは市街地。スタート地点の廃ビルが崩落して、お前らはそれによって怪我をしたんだ」
文也はそう言って立ち上がると、小声で「気を強く持てよ」と警告してから、駿の布団をめくった。
その瞬間駿の目に入ったのは、包帯でいたるところが治療された、自分の体だった。
「なっ」
駿は想像よりも重たい自身の怪我に思わず言葉を失った。そしてそのショックで意識が覚醒し、すべてを思い出す。
「相手の一人がルール違反で勝手にスタート前に移動して、お前らがいた廃ビルに『破城槌』をぶち込みやがった」
文也の言葉を聞いて、まだショックから抜け出せていない中、半ば本能で駿の脳内を魔法の知識が駆け巡る。
加重系魔法『破城槌』。対象物の一つの面に加重がかかるようにする魔法。屋内に人がいる場合、殺傷性ランクA相当として扱われる。
「明確なレギュレーション違反だ。お前ら三人はそれで大怪我して、この裾野に運ばれたんだよ」
「じゃ、じゃあ、『モノリス・コード』は――ぐっ!?」
駿は思わず体を強く起こしてしまい、その瞬間痛み止めでも抑えきれなかった全身の痛みに襲われる。
文也は慌てずゆっくりと駿の背中を支えながら横のリモコンを操作してベッドを起こし、駿が体を起こしながら背をもたれることができるようにした。
「おそらく棄権か代理だ。会頭さんが交渉に当たっているが、どうなることか」
「そんな! だって、俺たちは、この時のために――っ!」
「おい、無理すんな!」
駿はまた急に体を起こして痛みに悶える。文也は駿の肩に手を置き、背をもたれさせようとするが、全身が痛いにもかかわらず、駿の上半身は微動だにしなかった。
「俺が、俺がここで勝たなきゃ、俺の存在意義はなんだ!? 成績っていうのはなんだ!? 一科生の意味はどうなる!?」
「駿、落ち着け」
「アイツは、司波は俺らよりも下のはずだ! 俺らは上に上がるために努力をした! だが、アイツは結果を出し、周りから認められ、どの状況でも中心にいる! じゃあ俺のテストの成績は、立場は、努力は、いったい何だった!?」
「駿!」
「ここで終わっちまったら、俺が間違ってて、アイツが正しいことになる! 結果を、結果を出さなきゃいけないんだよ……」
駿の声は急に震えてしりすぼみになる。文也の服の胸元をかろうじて怪我をしていないほうの手で強く掴み、首をうなだれ、嗚咽を漏らし体を震わせている。
駿は焦っていた。見下していた二科生の達也は、なぜだか異常な能力を持っていて、いつの間にか二科生なのに代表にいて、エンジニアとしても選手としても一流の活躍をしていた。駿があこがれていた上級生たちも、魔法師としての卓越したレベルを持っている同級生の女子たちも、認めているのは達也であって、駿ではない。むしろ駿は、達也と比べられ、空回りするたびに、一番認めてほしい相手から冷ややかに見られていた。
結果を出さなければならなかった。『フィールド・ゲット・バトル』では駿は優勝したものの、一番活躍した優勝の立役者は、二科生の達也だ。一科生のツートップである自身と文也が一緒にいるのに、達也が一番活躍した。
練習でもまざまざと差を見せつけられた。運動能力、作戦、状況判断能力、サイオン量、魔法への知識――自身があこがれの先輩たちから不本意と言えど信任された競技への適性を、達也はこの上ないほど持っていた。格の違いを何度も見せつけられ、それは周りも感じ取り、常に上には達也がいた。
一科生としての自分への誇りを、ズタズタに引き裂かれているのを自覚していた。
それでもせめて、この『モノリス・コード』で結果を出せば、まだ自分の魔法師としての力を証明できるはずだった。
「それなのにっ……それなのにっ……! こんなのって、ねぇだろうがよ……」
「駿……お前……」
文也は、駿の心に気づいていなかった。
文也自身負けず嫌いで、達也に、深雪に、あらゆる場面で負け、そのたびに悔しさで歯噛みをした。
しかし、文也は、一科生・二科生という括りにこだわることはなく、一人の同級生であり競争相手として達也と深雪を見ていただけだった。
しかし駿は違った。何度も達也に差を見せつけられた点では同じだが、駿は『上回っていて当たり前のはずの一科生』としての自我と自尊心を強く持っていたがために、すでに心はボロボロになってしまっていた。『フィールド・ゲット・バトル』で同じチームを組んで多少交流があっても、むしろ運動能力や銃の扱いなど、自分が幼いころから訓練を受けてきた分野ですら後れを取り、むしろ焦りは募った。今まで同じチームとして和を乱さないよう我慢していたが、すでに限界だったのだ。
「…………文也」
数十秒か、数分か。長い間駿の嗚咽だけが病室に響いていたが、不意に、深呼吸をして息を整えた駿が、文也に語り掛ける。
「十文字先輩は、強気の交渉に出て、代理を出して、戦うことを、許されるはずだ。そしてあいつは、司波は、間違いなく、その代理の筆頭として選ばれる」
その声は途切れ途切れで、悔しさを噛み殺している。文也の服を握る力はさらに強くなる。悔しさを、情けなさを、辛さを、悲しさを、必死にこらえていた。
「それじゃあ、ダメだ。二科生でも、あいつが特殊なのは、知っている。でも、ダメなんだ。あいつは多分、俺らが普通に戦うよりも、いい結果を出す。俺らじゃあ、一条将輝に絶対に勝てないことも本当はわかっている。あいつならいい勝負ができる。でもそれじゃあダメなんだ」
駿の体がまた震える。悔しさは再び涙となり、床に落ちて小さな水たまりを作る。
「だから文也――」
しかし声は震えていない。言葉はいつの間にか途切れ途切れではなく、いつの間にかスムーズに紡ぎだされていた。
悔しさもある。情けなさもある。怒りもある。妬みもある。暗い、暗い感情が、駿の中で暴れまわっていた。
しかし彼は、ついに覚悟を決めた。
「――俺の代わりに、『モノリス・コード』で優勝してくれ」
出てくれ、でもない。達也が出るのを抑えてくれ、でもない。
優勝してくれ。
「一高のために、一年生のために、一科生のために、俺のために――優勝をしてくれ」
駿自身のためだけではない。
駿は、一高の一年生の間に暗いムードが漂っているのを感じ取っていた。特に男子はひどい。このままでは今年は良くても来年以降どうなってしまうかわからない。
そしてここで達也が結果をさらに出してしまったら、一科生の立場はなくなる。そうなると、メンタルに悪い影響が出るのは確実だ。そしてそれは一高全体の悪い空気にもなる。
(重い)
文也は思わず心の中で吐き出す。駿に胸を掴まれかけられた重さの比ではない。
文也は、自分の意志と心に任せて動いてきた。九校戦もその延長で、戦って、勝って楽しめればいい。父親を打ち負かし、自分が満足できればそれでよく、ほかの者のことは考えていない。せいぜいがあずさと駿とゲーム研究部くらいだ。
しかし駿からの頼みは、駿の心だけでなく、学校のこれからをも背負うものだった。
それは、気ままに行動しているだけの文也には、あまりにも重い。
いつも通り、「面倒だ」と断ることもできる。
しかし、
(断るわきゃねぇだろうが)
文也は、そうは考えなかった。
親友の駿が、苦しみに苦しみぬいて、悔しさや怒りを抑え込み、涙を流し、自分の立場と自尊心だけでなく、学校そのもののことを考えて出した結論だ。
「わかった」
文也がそう言った瞬間、駿は、はっと顔を上げ、文也を見上げた。
その顔は、いつもの仏頂面でもあきれ顔でもなく、ただただ涙でぼろぼろだった。
文也はゆっくりと駿の手をほどき、上半身を支えて、そっとベッドに戻す。
「そこのベッドでゆっくり見てろよ」
すぐに駿に背を向け、出口に向けて歩き出す。
そして部屋から出る瞬間、少しだけ振り返り、駿に、いつも通りの口角を上げたいたずらっぽい笑顔を向けた。
「俺が優勝する瞬間をよ」
☆
駿が目を覚ましたのは、夕方ころであり、文也が会場の一高テントに走って戻ってきたのは、もう『ミラージ・バット』がすべて終わってからしばらく経った後だった。車で運ばれた文也が会場についた瞬間に競技が終わり、会場アナウンスで一高の二人がワンツーフィニッシュを終えたのを聞いた。
「それで、俺以外のメンバーは誰なんでしょうか?
「それは、お前がき――」
達也が克人の説得により選手になることを決定したあと、達也が克人に質問し、それに克人が答える途中、そこに闖入者が現れた。
「それ、俺も混ぜろよ」
テントの入り口を勢いよく開け、文也が駆け込んできた。
顔には大粒の汗が浮かび、肩で大きく息をしている。
「俺なら実力も十分だ。あんたたちだって知ってるだろう、俺は司波兄と互角の決闘をした。成績もトップクラスだ。この九校戦でも準優勝と優勝もしている。もう二回出てるけど、もとから選手だったんだから正当性も十分だ。『モノリス・コード』のエンジニアもやってたから、ルールも特徴も戦術も把握してる」
一気にまくしたてながら、真由美と克人に詰め寄る。その必死さと放つ雰囲気、そして見たことないほど真剣な目に、小さな体の下級生を相手にしているにも関わらず、二人は思わず気おされてしまった。
「……残りの二人の選出は、司波に一任するつもりだ」
「そうか。なあ司波兄。俺もメンバーに入れてくれ。さっきの話は聞いてたな? 俺が一番適任なんだ」
克人がかろうじて絞り出した言葉を聞くや否や、文也は達也に振り返り、腕を伸ばして肩を掴んで説得に入る。
そのあまりの必死さと真剣さは、達也ですら黙ってしまうものであった。文也の日ごろの行動に反感を持っている一年生の女子たちや、憎んでいる深雪でさえ、何も口に出すことはできなかった。
「俺にできることだったら何でもする。協力だっていくらでもする。リーダーはお前でいい。いくらでも言うことは聞く。だから、頼む」
文也はそう言い、深々と頭を下げた。
達也は思いを巡らす。
残り二人を自由に選んでいいのだったら、実力面や自分が動かしやすいという面を考慮すると、レオと幹比古が適任だ。文也を選ぶのは大きな不確定要素になる。
断るべきだ。しかし、この文也の必死さが気になる。
達也は考えた。
こんなに必死な姿は見たことがあるか?
風紀委員から逃げる時、謝るときも必死だ。しかし、ここまで真剣ではなかった。必死の方向性が、全く違う。
ここまで自分の力を誇示したことあるだろうか。
今まで示そうとしたときは、何かしら事情があった時のみ。あの決闘の時や、エンジニア選考の時だ。そもそも普段からあまり自分の力をひけらかして喜ぶようなプライドが高いタイプでもない。さっきのは、全く『らしくない』姿だ。
この頭を下げる姿は?
土下座なら何回も見てきた。普通に考えたら土下座よりも今の立ったままの礼のほうが真剣さは下のはず。しかし、いつもの安い土下座とは、纏う雰囲気が段違いだ。
いつもの反省文や反省の文言や軽口とは、言葉の重さと真剣さが違う。これまでにないほど本気で、らしくないことをしてまで、参加したがっている。
その理由は?
(……なるほどな)
達也は察した。
戦いたいとか、目立ちたいとか、結果を残したいとか、そういうものではない。
駿から、代理として出てくれ、と頼まれたに違いない。それも、この様子だと相当懇願された。親友からの、しかもあの駿からの懇願だ。身内に強く感情を傾ける彼なら、それを断るどころか、やる気がたぎるに違いない。
ここまでされて、ここまで考えて、達也は、断る気にはならなかった。
「わかった。お前を正式に、『モノリス・コード』の代理代表に任命する」
「恩に着る」
短い、淡白なやり取りの中で、密度の濃い感情が交わった。
異議を唱える者は、だれもいなかった。
☆
「よし、大成功だ!」
昼頃、横浜の高層ビルの一室で、壮年の男たちが画面を見ながらガッツポーズをして大喜びしていた。
そのようには見えるが、別にスポーツのデイゲームを見て喜んでいたわけではない。いや、見ている九校戦はまさしくスポーツで、昼にやっているのだからデイゲームと言えなくもないのだが、その喜びを覚えた理由はスポーツの勝ち負けではない。
画面では、優雅なBGMとともに美しい湖の上を白い船が悠々と航行しており、画面上部には無機質な文字で「しばらくお待ちください」とでている。
ついさきほどまで、画面には、一高VS七高の新人戦『モノリス・コード』開始直前の映像が生放送で映されていたのだが、ビルの崩落とともにこの画面に切り替わった。
この事故を仕込んだのは、『無頭竜』東日本支部のこの男たちだった。団体競技である『モノリス・コード』は配点が大きいため、ここで一高が無得点になれば、彼らのチャンスが広がるのだ。
「さあ、この調子でやっていくぞ!」
もはや男たちの目に、冷静さはみじんも感じられない。
空元気の様な狂喜は、そこからしばらく続いた。
主人公の見せ場のために大きな見せ場を奪われるレオ。書いてて申し訳なく思いました、はい。
駿を親友枠に置いてるこの作品で、モノリス・コードをどう扱うか気になっていた方も多いのでは?