「……なんということだ」
達也のツインシングルルームには、達也と文也、エリカと美月とレオ、そして最後の代表代理選手に選ばれた幹比古が集まっていた。
幹部クラスが総出で代表代理を頼みに来て、当然断わることができるはずもなく、流されるがまま了承してここに至っている。顔色は悪く、二科生でなんの準備もなしにいきなり代表をやることになって、すっかり混乱してしまっていた。
「おーん、お前が幹比古ってやつだったのか。二次会だな」
二科生だらけの部屋に一人いる一科生は文也だ。幹比古もあの夜の三人で『モノリス・コード』にでることになる偶然に笑いの一つでも漏らしたくなったが、それ以上に混乱でそれどころではない。
「それで幹比古、『モノリス・コード』のルールは知ってるか?」
「あーうん、知ってる。けど、今年はルール変更があったんだよね?」
話を進めようとする達也の問いかけに、幹比古は今一つ歯切れの悪い答えを返す。
ルール変更の話は全校集会で聞いたものの、自分に関係ないと思っていたので真面目に聞いていなかったのだ。
「大会形式のほかにも変更点があってな。勝利条件が変わったんだ。もともとの勝利条件は二つ。相手全員を戦闘不能にするか、モノリスを割って中の512文字のコードを打ち込むか、だったな?」
「うん、そうだね」
幹比古の答えを聞いた文也が、担当エンジニアを任されていた者として、ルールの変更点を説明する。
「今回はそこがちょっと変わる。まずコードの文字数が256文字に減った。コードは16文字が16行だ」
「そういえばそうだったね」
「もともとウェアラブルキーボードでランダム英数字512文字打ち込むとかいう罰ゲームだったからなあ。俺とか司波兄ならまだしも、普通にやる競技としてみるとクソゲーだろ」
「またずいぶんな自信ね」
文也の解説に、エリカが険のある声で茶々を入れる。文也もようやくどうやら自分が嫌われているらしいことを察したが、覚えはないものの恨まれる理由には心当たりがありすぎるので特に気にしていない。
「そしてこれが最大の変更点だけど、勝利条件が一つ加わった」
文也はそう言いながら端末を操作し、それを渡して表示した画像を幹比古に見せる。
そこに映っていたのはメモリーカードのようなもので、その横にはそれを割ったモノリスに差し込む画像がある。その下には、『モノリス・コード』のルール変更点が書かれている。
「これの名称は『ハッキングカード』だ」
文也はそう言ってから説明を始めた。
ハッキングカードによる勝利条件を満たすには、いくつかの段階を踏まなければならない。
まず、ハッキングカードは各チームに一つだけ渡され、開始前に所有者を一人決める。競技中での変更はできない。
そして相手のモノリスを割って中のコードを露出させ、所有者がそのコードの各行の頭文字の計16文字――これを簡易コードと呼ぶ――をウェアラブルキーボードで入力する。所有者以外はできない。
簡易コードを入力した後、所有者の手によってモノリスを割った中にある差込口にカードを差し込む。
その後の二分間、相手の手でカードを引き抜かれず、さらに差し込んだ所有者が相手モノリスの半径10メートルから離れなかったら勝利となる。離れてしまった場合は二分間のカウントはリセットされる。引き抜かれてしまったら、以降その試合中はカードを使えない。
「ふぅん、なかなか複雑なルールだな」
その説明を聞いたレオは、眉をゆがめて小さく心の声を漏らした。文字を見ないで耳で聞くだけでは、一回で理解がしがたかったようだ。
「今回の変更点はどっちもコード入力の手間が省かれるようになってる。ただハッキングカードを使った方の勝利条件は、そっちはそっちでまた大変そうだけどな」
文也は頭を掻きながら困ったようにぼやく。
何せ、カードを使うにしても、普通にコードを入力するように中距離から魔法を使ったりコードを入力したりするだけでなく、相手モノリスに接近して直接カードを差し込まなければならない。魔法で移動させたり投げたりして差し込んだり引き抜いたりしたら反則となる。
さらに、いきなり相手モノリスも防衛することになり、また差し込んだ後そのまま防衛者になる所有者は、モノリスから離れることになる逃走も、だからといって防衛不可能になる戦闘不能も、相手に接近を許してカードを引き抜かれてしまう消極的防衛も許されない。
「ルールの変更もあるし、時間もあと一日もない。作戦は考えるだけで、あとは練習もなしに出たとこ勝負になるだろうな」
ルールの変更点の説明が終わったところで、流れでリーダーとなった達也から本番についての説明が入る。
「それで、役割分担なんだが、俺がオフェンス、幹比古が遊撃、井瀬がディフェンスをやってもらう」
「うーい、わかった」
「遊撃……っていうのは、両方の側面支援かな?」
幹比古は『モノリス・コード』に詳しいわけでもないので、役割の名前にしっくり来た様子はない。
「そういうことになる」
「でもそれだったら、いろんな魔法を使い分けれる井瀬のほうがいいと思うけど」
幹比古は今一つ役割分担に納得がいかない様子だ。確かにこれでも問題はないが、攻守両方をやるなら使い分けができる文也のほうが良く見えるし、古式魔法の性質上防衛も得意な幹比古がディフェンスをやってもよさそうだ。
「井瀬は小さいし器用ですばしっこいからディフェンスが一番向かないように見えるが、案外そうでもないぞ」
「おう、俺はこういう試合なら待ちのほうが得意だ」
達也の言葉を受け、文也はそう言ってから壁に向けて灰色のメダルの様なものを投げてくっつけると、レオを指さして、
「そこの頑丈そうなの。ちょっとこの枕を後頭部につけてそれの前を通ってみろ」
と指示をした。
「なんかすげえイヤな予感がする」
レオはそう言いながらも文也に投げて渡された枕を後頭部に当てて手で押さえながら文也が投げたものの前を通る。
すると、
「おわっ!」
レオはいきなり足を滑らせ、後頭部から床に思いきり転んだ。
「こんなふうに、俺は設置型の罠タイプのCADを常にいくつか持ち歩いているんだ――へぶっ」
「先に言え!!!!」
文也がしたり顔でそう説明するや否や、レオは立ち上がって叫びながら文也に枕を投げつけた。それは文也の顔面にクリーンヒットし、文也はそのまま後ろのベッドに倒れる。
「こんなふうに、こいつは罠を仕掛けて待つのが上手い。それに相手がどんな手段でこようと、いろいろな魔法を特化型CADの速度で使えるから対応もしやすいんだ」
「達也さんも知ってたなら説明してあげればよかったんじゃあ……」
美月の小声での突っ込みは黙殺された。
「チョッと待って。CADを使った魔法って、そのCADに触れてないと使えないはずよ」
そんな漫才みたいなやり取りに、エリカが声をとがらせて突っ込む。その顔は焦りと困惑に満たされていた。
CADで魔法を使うには、まず術者がスイッチを押したうえでサイオンを送り込み、そのサイオンをCADの中の感応石が電気信号に変換し、スイッチ(例えば汎用型なら押された番号)に応じてCADがその電気信号を受けて起動式をまた電気信号として出力し、その起動式の電気信号を感応石がサイオンに変換して術者に戻し、そして術者が変数を魔法演算領域で入力し魔法式を組み立て、イデアに魔法式を投射し、それでようやく魔法が発動する、という手順が必要だ。
つまりスイッチを押したり、サイオンを流し込んだり、といった手順を踏むために、術者はCADに触れてなければならないのだ。
その話を聞いて、幹比古たちは、確かにおかしいと困惑の色を浮かべる。
その様子を見た達也は、嫌なことを思い出したと思いながら、文也に説明を譲った。
「まずこのメダルは、いつもの単一の魔法特化のCAD……の一部だ」
文也は壁のメダルを回収して戻ってくると、それを摘まんで幹比古たちに見せる。
「CADの一部?」
「まあよく聞け。まずこれは高感度センサーが組み込まれていて、登録された人間以外が前を通ると、それに反応してこれに入ってる起動式ストレージが反応するようになってる」
文也はそう説明しながら、自分のポケットからもう一つメダルの様なものを取り出す。
「で、起動式の電気信号がペアリングされた片割れのCADであるこれに送られてきて、こっちに入ってる感応石がサイオン信号に変換して俺に帰ってくるって仕組みだ」
「でも、通った最初の一歩でいきなり発動してたよね? 起動式の電気信号を別のに送る時間もそうだし、そんなに早く魔法式が組み立てられるものなの?」
魔法がほぼ自動のように発動される仕組みはわかったものの、通った瞬間にぴったり効果が及ぶ速度には説明がついておらず、幹比古は釈然としない様子で質問を重ねる。
「センサーが特化型CADの照準補助システムの代わりをしてるから座標の変数は入力しなくていいし、最初から出力と接続時間も『すべって転ぶ程度』に決めてるからそっちの変数入力も必要ない。座標の変数をセンサーで勝手に補ってくれるから、対象を見る必要もない。その分だけ早く魔法式が組み立てられるから、簡易的な罠として活躍できるんだよ」
文也の説明が終わると、幹比古たちは関心半分・呆れ半分で感嘆の声を漏らした。レオは「ほえー」と言った感じで特に間抜けだ。
裏の顔の一つが『トーラス・シルバー』の片割れとして最先端のCADを開発をしている技術者である達也は、最初この仕組みを知った時は脱帽した。CADを分けるという発想も、仮に思いついたとしても問題なく運用する技術も思いつかなかったからだ。
達也がこの仕組みを最初に見たのは、あの文也や幹比古と一緒に賊を捕らえた夜だった。
落とし穴の存在を知った瞬間、達也はすぐに『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で落とし穴の構造を確認した。落とし穴に落ちた瞬間、すぐに縄で複雑に賊が縛られることは本来ならありえない。
文也は落とし穴の入り口にこれと同じ仕組みのセンサー兼起動式ストレージ、それと穴の中に縄を仕込んでおいて、落とし穴に人が落ちた瞬間縄に移動魔法がかけられ、賊が縛られたのだ。もっと簡単で効率的な縛り方はあったはずだしそちらを選べば魔法の負担も少なく済んだはずだが、そんな効率を文也が当たり前のように無視することを達也は知っているので、注意することはしなかった。
そして達也は、このような仕組みのCADがあることを、その時に『思い出した』のだ。
「ん? それって、もしかして『MTC』が流産したあれ?」
「正解。しっかしひでぇ言い様だ」
エリカは若干不機嫌になりながらそう言うと、文也は笑いながらそう言った。
エリカが言う『MTC』とは『マジカル・トイ・コーポレーション』の略語だ。
実はこの仕組みのトラップCADは、去年の春ごろに、『マジカル・トイ・コーポレーション』が防犯用CADとして開発を発表したもので、魔法工学界隈では話題になったものだ。
しかし、その後、このCADが日の目を見ることはなかった。
何せ使用目的の関係上小型化せねばならないし、その割に性能は高くなければならず、開発コストや生産コストは計り知れなかった。これは安さがウリの『マジカル・トイ・コーポレーション』の方針にはそぐわない。
また、どうしても発動できる魔法は小規模なものでしかなく、それだったら同じ仕組みでもっと効果が出る防犯グッズはいくらでもある。センサーが感知してから、大きな警報がなったり、自動で警察や防犯会社に連絡がいってかけつけたり、大げさな話なら人が焼き切れるほどのレーザーを放てたりする機械がある世の中であり、この商品を使う意味が皆無なのだ。
そんなわけで、『マジカル・トイ・コーポレーション』も製品化に乗り気ではなくなったし、需要もないし、意味もないし、ということになり、発売もされなければ世間の記憶に残ることもなければ、技術だけはすごいものの世の参考になるべくその技術が世間に広まることもなかった。魔法工学界隈も最初は話題にしたものの、技術がすごいだけで実用性がほぼ皆無であったため、見向きもしなくなったのだ。
まさしく、『流産』した技術だったわけである。
だから幹比古もレオも美月も、この存在を忘れていたのだ。
エリカが覚えていたのは、まあ好きの反対が無関心なように、嫌いの反対が無関心で、エリカはその反対ということだ。
「そして、『モノリス・コード』は魔法以外の攻撃が禁止されている」
文也の説明が終わったところで、達也は作戦に関する説明を引き継いだ。
「だが、これなら罠として設置が可能だ。ルールに触れることもない」
役に立たないはずの技術が、この競技という一点に限り、有効に働くことができる。
達也はそれを見越して、この短時間で文也をディフェンスに任命するに至った。
実は文也を代表代理に決定してからこの部屋に移動するまでの間に、達也はこっそりと文也からあの落とし穴の仕組みを聞いていた。文也も何でもするといった手前教えないというわけにもいかず、また文也自身すでに達也がほぼ察していることを勘づいていたので素直に教えたのだ。
「オッケー。井瀬がディフェンスに適性があることはわかったよ。でも、僕が遊撃なのは?」
文也に関する説明は終わったものの、幹比古が遊撃である説明はまだついていない。消去法で遊撃、という話だとしても、それなら最初から遊撃に適した生徒を選べばいいので理由にはならない。
「それは、お前の古式魔法の奇襲性に期待してるからだ」
「き、奇襲性?」
達也の説明に、幹比古は今一つ要領を得ないようで、若干声を裏返したオウム返しをしてしまう。
「古式魔法と現代魔法は、正面から撃ち合ったら、圧倒的な速度の差によって現代魔法が絶対勝つ。だが隠密性と威力に勝る古式魔法は、奇襲に使う場合は現代魔法よりも適している」
「そ、そんなもんなのかなあ。今まで言われたことなかったから」
「なんだ吉田家の仲間はボ――ギエッ」
文也が何やら口を挟もうとしたが、その内容を察したエリカが速攻で文也の顔面にこぶしを叩き込んで黙らせた。
幹比古とレオと美月は目を丸くしてるだけだが、何を言おうとしたかを達也とエリカは察している。
吉田家の仲間はボンクラばっかなのか? 文也はそう言おうとしたのだ。
古式魔法の専門家の集まりである吉田家ならば、当然古式魔法の特徴や現代魔法との違いや差別化点を熟知していて然るべきであり、またそれを踏まえて古式魔法の発展を目指すはずだ。
そして、奇襲に優れている、という点は、真っ先に現代魔法より優れている点として思い浮かんでもよいものだ。当然それを吉田家内で情報共有して、利点を進化させる方向で開発を進めるということもあってよい。
しかし、そこの子であるはずの幹比古は、そのようなことを言われたことがない。周りの大人たちはこの利点に気づいていたら言うはずだし、言っていないということは、専門家の癖に利点に気づいていないということ。文也の理屈ではそうなる。
しかし古式魔法の世界にも詳しい達也や、幹比古の幼馴染で吉田家についてもある程度知っていてまた自身も千葉家であるため家の伝統というものを肌で感じているエリカは、その文也の論理を否定する。
文也は現代魔法とその開発の、合理的な論理に基づいて考えている。
しかし伝統ある古式魔法の世界はその論理とは離れており、仲間内で情報を共有して発展をさせる、ということを必ずしも第一目標としていない。エリカは吉田家、特に幹比古の父親が厳格であることを知っており、なんでもかんでも教えるということはなく、あえてほとんど何も教えないで、本人に『気づかせる』という方針を取ることがある。
どちらがいいかは、どちらにも利点があるのであえて褒めたり貶したりすることはないが、それでも文也の発言をエリカは容認することはできない。それにそもそも、その家の子供がいるのにボンクラとかいうのは常識的に考えて無礼が過ぎる。いつも通りだが。
「……そうだな。ここで、この前約束した、チョッといい話でもするとしようか」
前が見えねぇ文也を放置して、達也は話の続きをする。
あの夜、達也は幹比古の考えを読み取って、いい話をするから、と約束して代わりに風間との会話のためにあの場から離れてもらった。それから九校戦が始まって話す暇もなくなったので約束を放置していた形になるのだが、ここで戦力強化のためにも話すことにした。
「幹比古。お前は自分の魔法の速度に悩みを持ってるな?」
「――っ……まあ、そうだけど」
達也は、あの夜の段階で幹比古の悩みをある程度察していた。
達也か文也のサポートがなければ、幹比古の雷撃は間に合わず、彼自身が賊の凶弾に倒れていた。所詮たられば論ではあるが、文也と達也という超イレギュラーはその存在を考慮するべきものでもないというのもわかる話であり、やはり幹比古のここ数日の強い悩みの種になっていた。
「あの例の雷撃魔法、あれは多分『雷童子』の派生だと思うが、どうだ?」
「……いったいどこまでわかるんだ……うん、そうだよ。麻痺させるのが目的だから、殺傷性ランクもC相当で『モノリス・コード』にも使える。隠してるのは発動過程だけだから、CADでなら競技でも使っていい」
達也の意図を読み取り、幹比古は先に『モノリス・コード』で使えることを教える。あまり術式については教えたくないのだが、これから戦いを共にする以上、どうせ話すことだ。
「そうか。それなら僥倖だ」
達也は満足げにうなずくと、少し真剣な空気を出す。それを感じ取り、文也以外は姿勢を直して達也の話を聞く構えになった。文也はあくびしてた。
「幹比古。まず、お前が使ってる吉田家の術式には、無駄が多い」
「え、チョッと」
達也のあんまりな物言いに、エリカがそれを咎める。はたから見ていたレオと美月も困惑したが、幹比古はそれを受け入れる構えだ。ただし、挑戦的な態度で。
「……じゃあ、達也は僕に、もっと効率的な術式を教えてくれるのかい?」
「いや、教えるんじゃない。無駄な部分をそぎ落とすアレンジをするだけだ」
「……ゴメン、違いが判らない」
達也の返事に、幹比古は目頭を押さえて困惑する。自分が今まで使っていた魔法が無駄だった、と断言されたことへの衝撃と悔しさもあるが、あまりにも新しい話が多すぎて混乱しているのだ。
「俺がやるのは、無駄な部分をそぎ落として、より負担が少なく、より速く、そして同じ効果が出るようにするだけだ。どんな魔法を使おうとしているのか隠すために偽装が施されているのだろうが、現代魔法の世界でそれはいらないからな」
「そうか……そういうことか」
幹比古はそこまで聞いてようやく納得した。
古式魔法と現代魔法はそもそも前提が違う。だから、場面に合わせて各々の特徴を考慮し、有効な方を使えばよい。幹比古は達也から教えられたその発想に、心の奥の方から熱が湧き出てくるのが分かった。これから自分に訪れる成長のブレイクスルーに、心が躍り始める。
「そういうわけで、そのアレンジは俺が後でやる。それで、ここからはまた作戦の話になるんだが、『感覚同調』は使えるか?」
「おいおい司波兄、その悪知恵はあんまりにもクレイジーだな」
達也の問いかけを聞いた文也は、達也の作戦を察したようで、復活した顔面の目を丸くし、横からそう言ったあとに口笛を吹いて驚きを表現する。
「九重先生はそこまで教えてるのか……うん、使えるよ。五感までは無理だけど、二つまでなら大丈夫だ」
「おいおいこっちもクレイジーだ。高校一年生で、すでに一つ跳び越えて二つかよ」
そして幹比古の返答にも文也は横からそう言った。
『感覚同調』は古式魔法の中でも高等技術で、高校一年生では一つ同調できるだけでも珍しい。一度に二つ可能というのは、今はスランプではあるが、幹比古の非凡さを示すものだ。
「上々だな。『視覚同調』だけで十分だ。それで作戦についてだが……」
達也が話し始めたところで、幹比古と文也はそれを真剣に聞き取る構えとなった。
☆
達也の悪知恵と、それへのサポートとして文也の悪知恵がいかんなく発揮された作戦会議がちょうど終わったタイミングで、達也からこきつか……依頼されてたあずさが、CADの調整に必要な機材二式を調達して持ってきてくれた。これから文也と達也の二人体制で、『モノリス・コード』向けにCADを調整することになる。
「は? なんだこの『翻訳』は。吉田、これやったの誰だよ」
幹比古のCADから達也が使うパソコンで読み取った起動式のデータを見た瞬間、文也はあけすけにそう文句を言った。
「えっと、それは身内にやってもらったやつだね。古式魔法の式を見せれるくらい信用できて、それでいてそういうのをできる人がいるんだ」
「こんなんじゃあまともな魔法にならんわけだ。司波兄、これずっぽり直さなきゃだぜ」
「わかってる。お前は自分のに集中しろ」
文也と達也はそういいながら、達也は幹比古の、文也は自身のCADを各々のパソコンで調整する。無駄口をたたきながらも高速でキーボードを叩いているため、打鍵音はマシンガンのようだ。その様子に幹比古は目を丸くしているが、あずさはそれよりももっと別のことに驚かされていた。
達也がやっている幹比古の起動式のアレンジは、普通に細かな無駄をそぎ落とすような作業ではない。これすら高校生のレベルでそうそうできることではないが、あずさならこれくらいはできる。
達也は無駄をそぎ落とすだけでなく、先ほど文也が言ったように、起動式そのものまで書き換えて改良している。しかも効果をその眼で確認することなく、すべてエディター上の文字列だけでそれを行っている。
これは高校一年生、高校生のレベルどころか、一流のプロ魔工師レベルになってようやくできることだ。いや、そのレベルでもできるのはごく少数だろう。もはや、魔工師という枠を超えている。
このようなことができる人物を、あずさは『文也と文雄』以外に知らない。達也の隣で同じような作業をしている文也も異次元であり、今、この部屋に、異次元の存在が二人いてその手腕をいかんなく振るっている。もはやこの部屋は異次元空間だった。
文也と文雄。この二人は、魔法工学界隈と魔法界を圧倒的な開発力と技術力で揺るがす、『マジカル・トイ・コーポレーション』の『マジュニア』と『キュービー』だ。
そしてここにもう一人、その二人と同レベルの存在がいる。『マジュニア』と『キュービー』とあともう一人、圧倒的な開発力と技術力を持って魔法界を牽引する存在もいたはずだ。
――『トーラス・シルバー』
あずさの疑惑は、ここでほぼ確信に変わった。
前回・今回とあまり動きのない回なので、次回は早めに投稿しようかなと思っています。