九校戦八日目で、新人戦五日目で最終日。
この日の九校戦は戸惑いに包まれていた。
前日の新人戦『モノリス・コード』で悪質なルール違反があり、それによって重傷者が出てしまったため、前日の『モノリス・コード』は一旦中止となった。それによって大幅に予定がずれ込む形でこの最終日を迎えるにあたって、責任がある大会運営は緊急でプログラムを組みなおした。
この最終日の午前で前日に終わらなかった予選残り四試合の予選第二リーグと第三リーグの各第二・第三試合を行い、午後に決勝リーグが行われる形となったのである。
ちなみに予選第一リーグの結果は以下の通りだ。
予選第一リーグの第一試合は一高VS九高で一高の勝ち、第二試合の一高VS七高は七高の反則失格により一高の勝ち、第三試合の九高VS七高は七高の失格により九高の不戦勝となり、予選第一リーグは一高の優勝が決まっている。
「急造メンバーではあるけど、試合が午後にずれこんだのは不幸中の幸いだな」
そんな新人戦五日目の午前中、新人戦『モノリス・コード』一高代表代理の三人は、練習場に携帯テレビを持ち込んで他校の試合を観察しつつ、少しでも慣れておこうと実際に体を動かして作戦の確認をしていた。
達也がつぶやいた通り、これは一高にとって不幸中の幸いだ。
すでに一高は予選勝ち抜けが決まっているため三位の20点は保証されており、急造メンバーであることを考えると実はもう真面目に勝たなくてもよい。真由美や克人ら首脳部も代理を立てたものの特に期待もしておらず、二科生の達也でも活躍しているところを見せて、負けが込んでいる一年生に気合を入れなおしてもらうといった程度の意図しかない。ただしそれは一年生、特に一科生のアイデンティティの否定につながるため逆効果にもなる可能性が高いのだが、もともとメンタル面が強い首脳部はそこまで考えは及んでいなかったのだが。
そういうわけで、達也たちは真面目に勝とうとしなくてもよい。
代理メンバーだし、相手には一条将輝と吉祥寺真紅郎を擁する三高もいる。やるからには勝とうとするべきではあるが、何が何でもというわけではない。
――普通に考えれば、の話だが。
達也も幹比古も、やるからには本気になるタイプだ。また、文也は(達也と幹比古にはあずかり知らぬことではあるが)駿に言われたこともあって優勝にこだわっており、優勝だけを目指すという方針もすでに二人に伝えている。
それに、新人戦の点数勘定を見ても、優勝を目指す理由はある。
ここまでの新人戦は一高・三高・四高の三校でポイントをほぼとっていて、三つ巴の優勝争いをしている。昨日の『ミラージ・バット』のほのかと里美の活躍もあって一高は差を詰め、現在の点数状況は以下の通りだ。
一高・158ポイント
三高・169ポイント
四高・186ポイント
予選の様子を見るに、ほかの予選リーグを勝ち上がってくるのは三高と四高――この二高が同じリーグに固まらなかったのは一高にとって不幸だった――がほぼ確実であり、決勝リーグの一位・50点、二位・30点、三位・20点、をこの三校で争うこととなる。
そう、一高は、実は新人戦総合優勝圏内にいるのだ。
一高は、『モノリス・コード』で優勝してさらに四高が三位なら新人戦総合優勝
三高は、『モノリス・コード』で優勝すれば新人戦総合優勝
四高は、『モノリス・コード』で優勝すれば、または二位になって三高が三位ならば新人戦総合優勝
という形になっている。また三高と四高から見れば、ここで勝つことで、本戦の『ミラージ・バット』と『モノリス・コード』次第では、大逆転の九校戦総合優勝が見えてくる。
(駿は、これを見越していたのかもな)
文也は点数状況などほとんど興味なく、一高が四高――父親がいる高校――に勝ち、また自分と自分が担当した選手さえ勝てばそれだけで良く、優勝やらなにやらは視野に入れていなかった。
しかし、駿は、真に一年生一科生のアイデンティティと発奮のために、一科生による優勝にこだわった。
一科生は文也だけだが、一年生男子で最高の成績を持つ文也は、人格はさておき一科生の代表としては申し分なく、たとえ他二人が二科生でも、活躍を見せることで『自分らもやれる』と持ち直し、意気消沈して来年以降大崩れするといった事態を防げる。さらに新人戦で優勝すれば『一年生全体がすごい』と置き換えることができるため、たとえ点数のほぼ全部が二科生である達也が大きくかかわったものであるとしても、一年生の士気低下は防げるだろう。
だからこそ、駿は、文也に参加させて『モノリス・コード』優勝を託したのだ。
文也は、四高の第二試合(第二トーナメントの第三試合だ)の様子を見ながら、今も病室のベッドで心穏やかでないだろう駿に思いをはせる。画面の中では、四高が、市街地ステージ――昨日の大事故にも関わらず選ばれている――で狡猾に立ち回って優勢に戦っている。達也が考え付いた作戦と同じく、廃ビルの五階から三階にある相手モノリスへ『鍵』を打ち込んでコードを露出させ、相手ディフェンスの動揺を誘っていた。
「うわぁ、狩野のとこの、四高にいってたんだ」
同じく画面を見ている幹比古は嫌そうな顔をした。彼の視線は、キザっぽい顔をした長髪の四高生徒に向いている。
「狩野ってのはなんだ?」
古式魔法界隈にはそこまで詳しくない――古式魔法を知ってても、それを扱う界隈に興味がないのだ――文也が幹比古に問いかける。狩野という選手は、なんとこれまた達也が考えた作戦と同じく、『視覚同調』を使ってモノリス探査と遠隔からのコード打ち込みを行っている。
「界隈ではそこそこ有名な伝統一家・狩野家だよ。うちほどではないにしろ名家で、古式魔法の扱いは界隈でもかなり高いほうだね」
「おーん、で、こいつはどんなやつなんだ? 『視覚同調』使ってるからには相当だろうけど」
「ボクもこう見えて神童って呼ばれてた時期があったんだけどね、ボクがスランプになった後に注目され始めた実力者だよ。これは狩野家の次男だ」
「ほーん、なーるほどねえ。作戦が被っちまったからこりゃ三高にも四高にも通じなさそうだな」
幹比古はかつての自分とスランプの自分という状況を思い出して声を曇らせながら解説したが、文也はそれを気にした様子もなく、この後の試合に向けて考え始めていた。
「作戦は考え直しだな。幹比古、この狩野とぶつかった場合、どっちに分がある?」
「悔しいけど、僕に分が悪いと思う。僕がスランプなのに対して、狩野はこの様子だと絶好調だ。ただ、僕が手札を隠してるのに対して、あっちはこうして僕に手札を一枚見せている。こうして見るだけでも、ある程度得意苦手や使用デバイスや癖がわかってきてるから、そこの利を活かせばいい勝負ができそうだ」
「なるほど。古式魔法は手札をいかに隠すかが勝負のカギというわけだ」
達也は顎に手を当て、三人で次の作戦を相談する態勢になった。
☆
結局、予想通り、予選を勝ち上がってきたのは三高と四高だ。
昼休みまで食事をしながら作戦会議をした三人は、決勝リーグ第一試合の四高との戦いに赴くべく移動していた。
「おう、というわけでこれから第一試合だ。ああ、ああ、大丈夫だ。絶対勝つ。お菓子とジュースでも準備してのんびり優勝するまで見ておけよ。そんじゃ」
その移動中、文也は携帯端末で、病室のベッドの上から動けない駿と通話をしていた。
その通話を切ってすぐ、隣を歩く達也が文也に問いかける。
「なあ、井瀬。昨日のあれ、他二人が一部の骨折だけで済んだのに、森崎はあちこちの骨や内臓がやられてひどかったそうだな」
「ああ、そうだよ。他二人はもうそろそろベッドから動けそうだけど、あいつはまだ絶対安静だ」
昨日の大事故で、特に大きなけがをしたのは駿だった。
「それで、それの応急処置をしたのはお前だって会長から聞いたが」
「そうだよ。えーっと、ああ、会長さんもあの場に来てたね。普段偉そうにしてる割に吐きそうな顔してたわ」
「そりゃあ会長も女子高生なわけだし……」
文也のあっけらかんとした物言いに、幹比古は呆れ気味だ。そんな怪我なら、見てその場にいられるだけでも我慢した方だろう。
「そんなことまでできるのか。器用なやつだ」
「『バトル・ボード』のあれで処置をしたお前がよーゆーわ。ちょっとばかし事情があって体には詳しいんだよ」
「なるほどな」
幹比古はただ感心した様子だが、達也は別のことを考えていた。
文也の素性についてはおおよそ見当がついているが、一方でその予想だけでは、あの怪我を手際よく応急処置できる理由にはならない。『分子ディバイダー』の件もあって達也は文也を警戒しているが、これからもっと調べる必要がありそうだ。
そこまで考えて、達也はもう一つ気になることがあるのを思い出した。
「それで、なんで森崎だけそんな重傷で、他二人は骨折だけなんだ? あの二人よりも森崎のほうが頑丈そうだが」
「あーそれな。一応何かあった時のために、気休め程度だけど、障壁魔法のCADを持たせてたんだよ」
「それで?」
「でもとっさのことだから反応できなくて、そのCADを使えたのは駿だけなんだけどよ」
「森崎家のクイック・ドロウか。だが、それなら結果は逆のはずだが?」
「それがよー。あのバカ、自分じゃなくて、ほかの二人を守るために魔法使ったんだよ。とっさのこととはいえ自分が一番大事だろうに。ほーんとバカだよなあ」
文也はそう言って、呆れたようにけらけらと笑った。
しかし達也と幹比古は、それが心の底からバカにしているようには感じない。むしろ、心の中では、親友の行動を誇らしいものだと思っているようにすら感じた。
(なるほど。噂通りではあったけど、全部が全部噂通りじゃないのか)
幹比古は文也の様子を見て、こっそり口をほころばせた。
☆
四高との決勝リーグ第一試合のステージは『森林』だ。演習場の一角に人工林を作り、そこを利用している。
「なーんか本当にあの夜の二次会って感じだな」
「本当に皮肉なものだな」
「全くだね」
自陣のモノリスの周りでスタートを待っている三人は、そんな無駄口をたたいていた。緊張感は保っているが、無駄口が叩けないほどに緊張しているわけではなく、むしろちょうどよくリラックスしている。真剣勝負ではあるが、だからといって話せないほど緊張するほど、三人の精神は弱くないのだ。
こうした障害物が多いステージは、本来なら幹比古の『視覚同調』でモノリスの位置を調べてから達也が制圧する予定だった。
しかし相手には幹比古と同格の古式魔法師がいるため、うかつに『視覚同調』は使えない。同調した精霊を奪われて妨害されるだけならいいが、それを利用されて逆探知されたりしかねない。
一方、幹比古はまだ一回も試合をしていないので向こうは油断して『視覚同調』を使ってきて、それを逆探知する、という作戦も考え付いたが、幹比古によってそれは却下された。
幹比古曰く、「古式魔法は狭い業界だ。選手の名前はあっちもチェックしてるはずだし、名前を見られたら、狩野なら僕だってわかる」とのことだ。つまりお互いに古式魔法師であることは知っているため、お互いにうかつな『視覚同調』を牽制する形になっている。これのために、昼休みの間にあわてて幹比古のCADに逆探知魔法を入れたのだ。
役割は変わらない。たとえ『視覚同調』が使えずとも幹比古の利は健在だ。
そして数分後、試合が始まった。
☆
「始まったな」
「そうだね」
三高テントでどっしりと椅子に座って観戦しているのは、将輝と真紅郎だ。
昨日の大事故では友達である駿が大怪我して大慌てしたが、命に別条がないことはわかると、修羅場を乗り越えてきてる二人はすぐに冷静になり、今日の戦いの準備をしていた。一高に代理が立てられることになったと知った時は「まさか」と思い、出場代理選手の名前が発表されたときは武者震いがした。
井瀬文也と、司波達也。
駿は残念だが、この二人が直接対決に出向いてきた。
そのことで、二人はより一層、勝とうという意思を固めたのだった。
試合開始直後、達也と幹比古は探知魔法で索敵をしつつ自陣から離れていく一方で、意外なことにディフェンスらしい文也は、モノリスから少し離れたところで、木々に灰色のメダルの様なものをくっつけて回っていた。
「また変なことやってる」
それを見た真紅郎はあきれ果てた。この競技では魔法に使うもの以外の使用はユニフォーム以外禁止なので、あれも何かしらの魔法に使うのだろうが、二人には全く見当がつかない。
「なんかの罠のたぐいか? 魔法に使わないセンサーとかなら反則だが……」
「センサー……あ、そうか。あれか」
「ジョージ、なんかわかったのか?」
「ああ、あれはね」
一流の技術者であるがゆえに思い出した真紅郎から文也が仕掛けた罠の仕組みを聞いた将輝は、呆れながらもその仕組みに感心をした。
☆
『相手オフェンスは狩野だ。最悪のパターンだよ』
「ちっ、まじかよ」
開始数分後、一直線に一高陣地へ向かっていく狩野を見つけた幹比古は、嫌がらせ程度の妨害魔法を仕掛けて足止めしながら文也に連絡をする。
幹比古の精霊魔法『木霊迷路』で相手のオフェンスと遊撃の方向感覚を狂わせる予定だったのだが、相手が狩野ではそれも通じない。タネがばれてしまえばすぐに破られる魔法だ。おそらく相手が手の内を読んで、狩野を遊撃からオフェンスに変えたのだろう。
『どうする井瀬? 幹比古を守りに回すか?』
「いや、いい。低スぺCADじゃあお前と言えど一人では攻め切れない。それよりも吉田、どっちの方向からあと何分くらいでこっちに着きそうだ?」
『えっと、十一時半の方向から、あと五分とちょっとくらいだね』
「おーけい。それならばっちりだ。こっちは任せて二人がかりで攻めてこい」
『了解。頼りにしてるぞ』
「まかせとけ」
文也は、口角を上げて嗤いながら、敵が罠にかかるのを待った。
☆
「なぁにあれ?」
試合の様子を見守っていた真由美は、思わず呆れた声を出した。
開始早々変なことをしだした文也を見て焦りが先行したが、その種明かしがされると、焦りがすべて呆れに置き換わった。
――画面の中では一高モノリスまであと少しというところまできた狩野が、いくつもの魔法の波状攻撃によって滅多打ちにされていた。
滑らされて転び、いきなりうごめいた土によって手は地面に埋もれ、あらゆる方向からバラバラの周波数の超音波によって頭痛と吐き気を催させる魔法が降り注ぐ。
「ふみくん、やっぱり本気だ」
昨日の段階で文也の本気度とその理由を察していたあずさは、その様子を見てうっすらと嬉しそうに笑っている。
鈴音からその仕組みの説明を要求されたのですると、真由美と鈴音と摩利はその力にうすら寒いものを覚えた。
魔法の一つ一つは決して強力ではない。滑るのは一瞬なので体幹がしっかりしていればよろめく程度だし、土の拘束も少し力を加えれば抜け出せる程度だし、音波も少しめまいを起こす程度でしかない。
ただし、予想だにしない方法でいきなりスリップさせられ、混乱しているうちに拘束され、そこに絶え間なくいくつもの方向から音波を浴びせられるとなれば訳が違う。絶え間ない音波による吐き気とめまいで体に力がこもらないので抜け出せないし、仮に抜け出せてもそんなふらふらの状態では立ち上がれば滑らされて抵抗できない。この状況では、魔法を打ち消すほどの『領域干渉』や『情報強化』を練るほどの集中力もなかなかでないはずだ。
このような波状攻撃は、普通は一人の魔法師ではなしえない。
しかし高感度センサーによって変数入力が省かれ、『パラレル・キャスト』をし、さらにループキャストも組み込むことで、これはできる。文也にしかできない荒業だ。
「それにしたってすさまじい演算処理能力だな」
説明を聞いた摩利は、震える声で感心を口にする。
いくらセンサーの補助があってさらに魔法の規模が小さいといえど、あそこまで絶え間なく使うには、かなりの演算処理能力が必要だ。才能だけでは到底届かず、相当な訓練を積まなければならない。
「あの間隔の狭さ、もしかして十文字君を超えてない?」
「ああ。俺の『ファランクス』以上だ」
その様子をみていた克人も、真由美から水を向けられてそう言った。
何種類もの魔法障壁を何重にも放ち続ける『ファランクス』は、性質上、魔法を絶え間なく高速・連続で発動することが求められる。故に克人はその能力はトップクラスなのだが、文也の音波の速度はそれを超えている。
『ファランクス』が強度のある障壁を何種類もランダムに出さなければいけないのに対して文也は規模が小さいうえに単一の魔法だけでよい、といった大きな差はあるが、それでも異常と言ってよい。
その異常を見せつけられて、観戦している上級生たちは、一様に溜息を吐いた。
☆
「ちっ、逃げやがったか。冷静なやつだ」
待ち構えていた文也は悔し気に舌打ちをした。
狩野はなんとか『領域干渉』を練り上げて、一時撤退をした。センサーに座標変数入力を頼っている以上、その範囲外に出られてしまっては魔法は使えない。おそらく、この罠の存在を可能性の一端として、文雄かその教え子の『ステラテジークラブ』部員から教わっていたのだろう。
もしこのまま無理に突っ込んできたら、意識が朦朧としているところを文也本人が練り上げた魔法で撃退する予定だったが、狩野はしっかりとその可能性を考慮して撤退を選択した。いくら文也と言えどあの高速波状攻撃は相当に集中しないと使えないため、罠にはめている最中はそれ以上の魔法攻撃ができないし、後ろに下がられたら追撃も難しい。
『モノリス・コード』に出る予定はなかったので、持ち合わせのセンサーも限りがある。おそらく狩野はこの後態勢を立て直してから、それを踏まえて別方向から攻めてくるだろう。そうなったら、集中砲火の罠の利なしで正面から戦うことになってしまう。ほかの方向にも申し訳程度に仕掛けてはいるが、それだけでは狩野の足止めにすらならない。
手の内の一つとその弱点を知られた文也は、得意分野とは言えない古式魔法師とぶつかり合うことになってしまった。
☆
(不運だな)
達也は内心でそうつぶやいた。
四高の遊撃は、狩野に続いて攻撃に参加するのではなく、二人で攻めてくる達也たちを抑えるべく防御に参加してきた。攻撃に参加して文也の罠の圧倒的な初見殺しにかかってくれれば、その間に手薄な相手モノリスを二人がかりで攻略できたのだが、そうはいかないようだ。
今は相手モノリスの『鍵』圏外で、達也は四高のディフェンサーと遊撃を同時に相手にしていた。ただし、幹比古が雷撃魔法で遠隔から援護射撃を行っており、数の不利はない。
正面からの戦いとなると、単純な魔法力で劣る達也は不利だ。『普通の』魔法を使うときは普段は超高スペックCADを使っているが、競技用の低スペックCADでは、一年生と言えどえりすぐりである相手には勝てない。
そこで達也は、一時撤退を選択した。
幹比古がフラッシュバンのような閃光と爆音で相手を混乱させる魔法で援護してくれた隙に、達也は健脚で相手から離れ木々の闇に消えると、加重系魔法を使って木に跳び乗り、そのまま『魔法を使わず』脚力だけで隣の木の枝に跳び移った。
木の上からフクロウのように息をひそめて観察していると、相手の遊撃が追いかけてきた。二人同時に来てくれれば引き付けているうちに幹比古にモノリスを割ってもらえたのだが、そこは冷静だったようだ。
魔法の残滓を読み取り、相手は達也が加重系魔法で真上の木に跳び乗ったことを察し、真上を向いた。
その瞬間、達也はCADの引き金を引き、『共鳴』を浴びせる。
完全に背後からの不意打ちを食らった四高の遊撃は膝をついた――かに思われた。
「そこか!!」
達也がサイオン波を放った瞬間、遊撃選手はそれを敏感に察知し、高速ステップでそれを避けると、すぐに達也がいる場所に向けて正確に魔法を放った。
達也は驚いたものの動揺することなく木から跳び降り、その直後に達也が乗っていた枝が加重系魔法によって折れる。着地した達也は流れるように前転受け身をしてそのまままた木々の奥へとまた走って逃げていった。
逃げていく方向は――相手モノリス方向だ。
「しまった!」
遊撃選手はたまらず追いかける。しかし「しまった」とは言ったものの、四高側に不利とは言えない。
達也はディフェンスがいるであろう方向に逃げて行っているのだ。これでは、また先ほどと同じ、一高側の不利になってしまう。
すぐにそう考え直し、遊撃選手は笑みを浮かべながら達也を追いかけた。
☆
「まさか、捨て身の特攻か? らしくないな」
摩利はいぶかしげにそう言った。
達也が正面からの戦いでは分が悪いのは先ほどの通りだ。しかし画面の中で森を疾走する達也は、躊躇する様子がない。
ついに達也が相手ディフェンスと接敵した。前後を挟まれる形になり、絶体絶命だ。
前後から達也に向けて魔法が放たれようとする。
その瞬間、達也は腰から拳銃型の特化型CADを抜き――その魔法式に莫大なサイオンをぶつけ、叩き壊した。
「ああ、そういえばこれがあったわね」
真由美はほっと胸をなでおろした。
達也が『術式解体(グラム・デモリッション)』を使えるのは、一高では周知の事実だった。そしてこのことは、『フィールド・ゲット・バトル』で莫大なサイオン量を披露してしまっているため、他校にも知られている。
しかし知ってはいても、つい忘れてしまうこともある。四高の二人はそのような状態だったのだ。
四高の二人は冷静な方だった。魔法式が破壊されても唖然とせず、走って追いかけながらすぐ次の魔法をくみ上げて達也を仕留めようとする。
達也はディフェンスの横を高速で走り抜けることに成功した。体を使った物理的なガードが禁止されているため、もどかしくもディフェンスは足止めの魔法を何度も放つが、すべてをステップで回避されるか、サイオンで破壊されてしまったのだ。
達也の熱い逃走劇が始まる。
四高の二人は追いかけながら魔法で達也を攻め、達也はそれをステップで回避したり、それができないものは魔法式を破壊したりして防ぎながら逃げる。
その逃げる先は――当然、相手モノリスだ。
☆
ほぼ同じころ、ディフェンスの文也とオフェンスの狩野の戦いもクライマックスに入っていた。
罠を集中させたのと反対方面から攻められ接近を許し、文也はモノリスに『鍵』を打ち込まれてしまった。しかし文也は即座に硬化魔法でモノリスが開くのを阻止し、そのまま狩野と正面からの戦闘に入った。
狩野は本来ならこのまま離脱し、遠く離れたところで『視覚同調』をしてゆったりとコードを入力できるはずだった。しかし仲間からはまだ幹比古を倒したという連絡が来ておらず、うかつに『視覚同調』が使えない。同調しているのを利用して強烈な閃光を浴びせられたら、彼は視力を奪われることになるからだ。普通の閃光ならアイガードの遮光効果や反射で目を閉じれば失明までは至らないが、『視覚同調』は直接視覚を同調するのでそういうわけにはいかないのである。
「小癪なことをしてくれるね」
「どーもありがとよっ!」
狩野は、『硬化魔法』で閉じたままにされるのに驚かされた。普通の魔法師ならこのままマルチキャストを要求されながら戦うのは無理だが、文也ならばその程度は息をするようにできる。
古式魔法師である狩野は、文也との正面戦闘は不利だ。
しかしそれでも、勝つためにはここで手を止めるわけにはいかない。
狩野はこの時のために備えて、現代魔法の訓練も相当積んできたのだ。
「くそ、なんだなかなかやるじゃねぇかよ」
文也は乱暴につぶやく。
古式魔法師なら正面戦闘ではまず負けない。そう思っていたのだが、意外と苦戦させられているのだ。文也のほうが優勢ではあるのだが、思ったより時間がかかっている。このままだと、達也と幹比古の作戦が実行できない。
「仕方ねぇ!」
文也は自分の腰のあたりにあるポケットを思い切り叩いた。
その瞬間、狩野は、文也の背後から、大量のメダルが飛んでくるのが見えた。
「くっ!」
狩野は、狙いをすぐに察知した。置きっぱなしになっていた大量のセンサーすべてに移動魔法をかける絶技によって不意打ちで狩野にけしかけ、センサーで囲んで魔法の波状攻撃を再び浴びせるつもりだ。
(こんな切り札があったか!)
狩野は感心と憎しみが混じった感情を覚えながら、それらを打ち落とそうとする。一つ一つは所詮おもちゃのような強度であり、すぐに壊れた。しかし量が尋常でない上、文也が打ち落とすのを妨害するので、半分ほど打ち漏らし、センサー圏内に入ってしまう。
「おおおおおおおおお!!!」
狩野はすぐに『領域干渉』を自身の周りだけでなく足元まで広げた。
こうすれば、足を滑らされることはない。超音波の威力は微弱なので至近距離から放たなければならないため、『領域干渉』の範囲に入ってしまう。
文也の渾身の切り札は失敗した。
狩野はすぐに意識を切り替え、『領域干渉』を維持したまま、文也を倒してモノリスを割るべく、攻撃魔法を行使しようとにらんだ。
そんな狩野の目に入ったのは――両手で拳銃型CADを腰だめに構え、銃口を向けている文也だった。
「終わりだ!」
文也がそう叫ぶや否や――狩野のみぞおちに、圧縮された空気の塊が高速で何発も撃ち込まれた。
「ごほっ!」
狩野は口から空気を大量に吐き出し――そのまま後ろに倒れこみ、失神した。
文也は即座に駆け付けてヘルメットを取って戦闘不能状態にすると、インカムで達也と幹比古に連絡を飛ばした。
☆
『狩野は倒した!』
「よくやった」
敵モノリスに駆けていく達也に文也から連絡が入る。達也は短くそういうと、視野に相手モノリスが入るや否や、自分に魔法が当たるのも構わず『術式解体』をやめてモノリスに『鍵』を打ち込む。
その瞬間モノリスは開くものの、代わりにその一瞬の間に防げなかった魔法が達也に襲い掛かり、達也は背中にその攻撃をしたたかに受け、思い切り地面に倒れこみ、大きな乾いた音を立てて数メートル地面を滑る。
「お兄様!」
観客席の各所、特に深雪たちから悲鳴が上がるが、達也は勢いそのまま腕の力だけで高速で起き上がり、割られたモノリスのコードを流し見すると、腕につけたキーボードで高速で各行の頭文字――簡易コードを入力した。
「くそっ!」
遅れてモノリスが設置された開けた場所に追いついた二人は妨害の魔法を連打するも、再び『術式解体』で破壊し、達也はハッキングカードを差し込むのに成功した。
全員のヘルメットのアイガード上に、二分を数えるタイマーのホログラムが出現する。
達也はそのまま防衛の態勢に入る構えを見せ、四高の二人は接近しながらカードを引き抜こうと即座に決める。
魔法式がどんなに破壊されようとも、二人が進むことは可能だ。同じ無系統魔法である『共鳴』で攻撃こそしてくるものの、その威力は弱く、恐れることはない。
全く効果がないことを悟った達也は、そのままハッキングカードを諦め、反対側へと逃走していった。
「ふう、危ない危ない」
遊撃役は達也を追いかけ、ディフェンスはカードを引き抜く。危うく負けになるところだったが、達也の魔法力が低いおかげで助かった。
息を整えながら、四高のディフェンスはすぐに幹比古対策を開始する。狩野のおかげで、幹比古が古式魔法師であり『視覚同調』が使えることは知っている。そのため、モノリスを割られるのは大変危険であることが分かっており、また割られた後の対策も準備していた。
狩野が戦闘不能状態になったことは自動連絡で知っている。逆探知などができないのは辛いが、自分たちでもできる対策はある。
モノリスの両側に激しい閃光を起こす。仮にこの隙にと『視覚同調』を使っていたら、あまりの眩しさにしばらく使い物にならないだろう。
半分になったとはいえ、256文字のランダムな英数字を片腕につけたキーボードで打つのは難しい。ましてや一高は代理チームだ。こんなキーボードで入力する練習もしていない。
よって、ディフェンスは適当な間隔をあけて閃光魔法を使うだけで『視覚同調』の対策はできる。
「さて、どうしたもんかな」
ディフェンス面での当面の心配はないにしろ、数の不利には変わりない。文也が攻撃に参加してくるのも時間の問題だ。
そのように、『次』のことを考え始めたディフェンスは――『今』から、目を離していた。
「ぐえっ!」
彼が異変に気付いた瞬間には、もう雷撃に襲われていて、彼は意識を手放した。
ようやく、油断が生まれた。
負けに直結する行動を阻止した究極の緊張から解き放たれたことによって生まれた意識の空白。
その様子を実はすぐそばの木々の陰から観察していた幹比古はそこを狙って、隠密性に優れた古式魔法の雷撃で意識を刈り取ったのだ。
「ふぅ」
気の抜けた表情で幹比古は木々の陰から現れ、ディフェンスのヘルメットを外して戦闘不能状態にすると、一高応援団の歓声と四高応援団の悲鳴をBGMに、悠然とモノリスの中に記されたコードを入力し始めた。
オリジナル魔法解説
土を動かして地面に拘束する魔法
移動系と収束系の組み合わせ。移動系で土を動かして相手の体の一部(手など)を覆い、収束系で固定する。現代魔法であり、「土の一部を相手の部位に覆いかぶせる」という曖昧な動きは当然できない。わざわざ土の上方移動と横移動を状況に合わせて都度定義しなければならず、効果のわりに手間や時間がかかる魔法。実は第九研究所で開発されたもので、古式魔法から現代魔法にアレンジした結果劣化してしまった魔法、という使わない裏設定がある。