マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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「とりあえず一勝だな」

 

「そうだね。次勝てば優勝だ」

 

 文也と幹比古は、そんなことをウキウキ気分で話しながら一高テントに帰ってきた。同行する達也も、口元をほころばせている。

 

 一高と四高は、幹比古と狩野、お互いの古式魔法師が基本作戦の要であり、この二校の戦いは、古式魔法師同士で牽制しあう形となった。

 

 またお互いに優秀な古式魔法師が仲間にいるため、古式魔法師がどのような戦術をとってくるのか、ということもお互いに読めるため、そこの騙しあいともなった。

 

 そして達也たちは、お互いの古式魔法師をキーパーソンとして開始直後の戦術を組んだのだ。

 

 狩野がディフェンスだったら。これが最も都合がよいパターンだ。積極的に森林内を移動することになるオフェンスと遊撃を『木霊迷路』でハメるだけのイージーな展開になる。冷静さを欠いてしまった二人の内の片方を、文也がモノリスを放置して出陣して倒し、あとは数的有利を押し付けるだけで勝てる。

 

 狩野が遊撃だったら。幹比古がディフェンスに回り、文也の後方支援をして狩野ともう一人のオフェンスを相手取り、その間に達也はモノリスだけ割ってあとは前線で時間稼ぎをしてもらう。文也の罠が稼働している間、文也はそこへの追撃ができないが、幹比古ならば可能である。罠という地理的有利を活かして相手二人を一気に潰すことが可能だ。そしてこれは、狩野がオフェンスで相手遊撃が攻めてきた場合も同じようにすればよい。狩野がつぶれれば幹比古は精霊魔法をのびのびと行使できる。

 

 そして、実際に起こったのが、一番やりにくい、狩野単独オフェンス、残り二人がディフェンスという形だった。

 

 二人相手では達也も幹比古も単独では攻め切れないし圧倒的不利なので、二人がかりで攻めることを強制される。また文也は実力者である狩野とタイマンを強いられる苦しい展開となる。狩野相手に二人で守って倒す、という戦術は、相手にばれたらすぐに遊撃が駆けつけてくるし、そのころには初見殺しの罠も使い終わっているからもっと不利な防戦を強いられることになってしまうためできない。

 

 そして、達也と幹比古が二人を相手に攻め、文也は狩野を相手に守る、という展開になった時も、やはりキーパーソンは幹比古と狩野だ。どちらかの古式魔法師が倒されてしまった瞬間、倒された側は数的不利だけでなく、常に『視覚同調』が付きまとうという苦しい展開になる。

 

 そこで、オフェンスの二人は、達也が前に出て引っ掻き回して相手ディフェンスと遊撃の二人が攻撃に加わることができないようにして、文也と狩野がタイマンするという最低限の状況を維持する。この時幹比古が一番大事なので、あくまでも身を隠して後方支援に徹する。

 

 タイマンという状況を作ってもらった文也は、初見殺しの罠などを利用して一刻も早く狩野を倒すことが要求される。幹比古を温存しながらの時間稼ぎはそう長くできないからだ。文也は基本的にインドア派なので、一見、森林という環境に慣れていなさそうだが、『stick art ♂hline(スティック・アート・オウライン)』のほとんどは森であり、森林の特性はある程度理解できているため、罠を仕掛けるのも、それをさらに利用するのもお手の物だ。そういうわけで、文也は、本来ならもっと苦しくなるであろう三高との戦いに備えて隠しておきたかった奥の手を二つ使ってまで狩野を倒したのだ。

 

 そうなったらあとは詰めていくだけ。

 

 達也は自分が戦闘不能状態になることを覚悟してでも運動能力と『術式解体(グラム・デモリッション)』のごり押しでなんとしても相手モノリスを割り、相手を常に幹比古の『視覚同調』を警戒しなければならない状態に落とし込む。僥倖なことに生き残ったため、ハッキングカードで相手を焦らせたあげく、すぐに逃げてモノリスを守る敵を一人だけにし、また極度の焦りから解放させることによって油断をさせる。相手は幹比古の『視覚同調』への警戒を強要されるが、一方でその対策は単純なものであるため、油断をしやすい。そこを、達也と文也によって隠密性とスピードを兼ね備えた至高の雷撃魔法で一撃で落とし、安全な状況でコードを入力できるようにする。

 

 また、仮に達也が戦闘不能状態にされ一人を引き付けることができなくなっても、相手の片方はどうせ文也に向かって攻めていくことになるため、ディフェンスは一人という状況はどちらにせよ作れるので結末は同じだ。

 

 結局この戦いのポイントは、自校の古式魔法師をどう活かせるか、という点に収束する。

 

 四高は森林ステージでの『木霊迷路』を警戒し、またノーデータの相手であるため守備を固めることを優先し、結果狩野オフェンス、残り二人がディフェンスと守備寄り遊撃という形を取った。

 

 災難だったのは、四高の予想が外れたことだ。

 

 四高視点では、文也たちはどう考えても急造チームである。また一人はあの将輝と互角の戦いをした文也だが、残り二人は二科生だ。達也は『フィールド・ゲット・バトル』で運動神経とエンジニアの腕こそ目立っている(目立ちすぎている)ものの、『フィールド・ゲット・バトル』単独出場であることから一般的な魔法力は低いと見られていた。幹比古も二科生で、しかも選手登録すらされておらず、さらに狩野は彼がスランプであるということも知っているため、古式魔法こそ怖いものの、実力自体は警戒されていない。

 

 そこで四高は、大エースであろう文也がオフェンスでくるのを二人がかりで止め、『木霊迷路』が効かずまた実力者である狩野の力で、単純な力不足であろう達也と幹比古を突破する算段だったのだ。

 

 一方で一高は、幹比古を最後まで温存して、相手に常に『視覚同調』への警戒を強制し続けた。また実際にエース格である文也を、罠をしかけられる有利な自陣で狩野とタイマンさせて倒すのを待ち、突破力に欠ける二人はタイマンを維持する時間稼ぎに注力した。狩野を倒してしまうと、相手にできる『視覚同調』対策は閃光による単純な目つぶしのみであり、それに意識が傾いているところを至高の古式魔法で急襲できる。

 

 これは情報の少ない一高代表代理の利が存分に発揮された試合だったのだ。

 

「ミキ! あんたすごいじゃない!」

 

「幹比古だ!」

 

 戻ってきた三人を真っ先に迎えたのは、深雪の力で代表戦用のテントに出入りさせてもらったエリカだった。観客席で見ていたエリカは、『神童』と呼ばれたかつての実力以上に活躍する幹比古を見て、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

 上機嫌なようで、幹比古の抵抗も(いつものことだが)無視し、背中をバンバン叩いて褒めたたえている。

 

 この試合で、幹比古はコードの入力こそしたものの、目立った活躍はしていない。派手さで言えば、大立ち回りを演じた達也や奇想天外な戦法を取った文也のほうが目立つ。しかし幹比古の後方支援はタイミングなどの作戦だけでなく単純に魔法力だけで見てもかつてと遜色ないほどで、最後の雷撃魔法は隠密性・タイミング・規模・速度のすべてにおいて過去最高のレベルだった。

 

「アンタ、もうとっくにスランプ抜けてるわよ。『神童』が戻った……ううん、神童が、さらに成長してるわよ」

 

「そ、そうなのかなぁ?」

 

 エリカはしみじみと幹比古の肩に手を置いてほめそやすが、幹比古は恥ずかしさと困惑が入り混じった微妙な顔だ。実力は戻ってきているが、本人はまだその自覚がなくスランプを引きずっていて、『自信』が戻っていないのだ。

 

 そんな漫才を演じているのを放置して、文也と達也はさっそく端末を取り出し、次に戦う三高のデータ収集に入った。戦いは二時間後。この短い時間の間に少しでも情報を集め作戦を詰めておきたい。

 

 見る試合は、今まで予選で三高が戦った二戦。どちらもすでに一回ずつ見ているが、何回見ても損はないし、何回見ても足りてるということはない。

 

 第一戦は、将輝を中心に遠距離から魔法による飽和攻撃で制圧して圧勝していた。将輝の『偏倚開放』と真紅郎の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』が相手のディフェンスだけでなくオフェンスも飲み込み、一気に無力化したのだ。

 

 そして第二戦。エリカからようやく解放された幹比古も加えて一緒に見た戦いは、第一戦とは真逆の戦い方だった。

 

 真紅郎とあと一人は陣地から動くことなく、将輝は『干渉装甲』と移動魔法で相手の攻撃をすべて跳ねのけ『進軍』する。対戦相手も上級の実力を持ってはいるが将輝には全く歯が立たず、すべて正面から圧搾された空気を受けて倒れこんでしまった。

 

「うっわマサテルいつみてもえぐいな」

 

「一条なら、中長距離からの先制飽和攻撃がお得意のはずだが」

 

「二戦目は、俺を意識しているな」

 

「会頭さんいつのまに!?」

 

 文也と達也が口々にコメントしているところに、ひょこっと顔を出したのは克人だ。幹比古はいきなり現れた存在感と威厳の塊である大男に委縮して声が出ない。

 

「やっぱこれ会頭さんとこの『ファランクス』的な?」

 

「ああ、おそらく、一条は挑発しているのだろう」

 

「参りましたね、これは」

 

(神経太すぎるでしょ……)

 

 克人を加えても平然と相談をする文也と達也を見て、幹比古は内心で呆れる。下手すれば厳格な父親よりも圧力を感じるほどなのだが、この二人は微塵も感じていないらしい。

 

「正面戦闘をしてこい、ということなのでしょう。単純なパワー勝負では三高に相当分があるので、真っ向勝負に引きずり出そうとしているのかと」

 

「だよなー。別にアウトレンジからペチペチでもいいんだけど、それは結局マサテルの一番のお家芸だから、なおさら勝ち目がないんだよなー。いやー参った参った」

 

 達也と文也は各々、これは参った、という態度を隠そうともしない。しかし一切萎えた様子はなく、それを受け止めたうえでどう勝とうか作戦を考える構えだ。

 

「しかも次のステージは草原で、遮蔽物は何もありません。アウトレンジで戦うのはなおさら悪手です」

 

 達也がそこまで言ったところで、達也の携帯端末がなった。送信者を見ると、達也は一つ頷いて立ち上がった。

 

「頼んでいたものがとどきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なんか、気合急に入ったな? 可愛い可愛い妹ちゃんのおかげか?」

 

「お前には関係ない」

 

 決勝戦までの間に三人で作戦を練った後は、別れて各々の準備をした。そして定刻通りに三人は集合し、草原ステージに向かう。幹比古が着ているのは、達也がカウンセラーの遥に届けてもらったローブとマントだ。幹比古は恥ずかしそうだが、文也は「なんだお前もちゃんと男心あんじゃねぇか」と達也の背中をバシバシ叩いて喜んだ。それをそばで見ていた深雪は怒りをこらえるのに必死だったが。

 

 そして今は草原ステージに向かう途中だ。別れていた間に急にやる気スイッチが入ったかのように雰囲気が変わった達也に対し、文也は思ったことをすぐに口にした。達也からすれば『秘密』に関わるので触れてほしくないため、その話を強く打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この期に及んでまだ隠し玉があるのか」

 

 草原ステージ。遮蔽物のないこのステージは、お互いが自陣モノリスのそば、スタート地点にいても、相手の姿を視認できる。

 

 そんな状況で、幹比古を見た将輝は眉をひそめた。

 

「あれは絶対何かあるね。多分僕の『不可視の弾丸』対策だと思うけど」

 

 達也だけならまだしも、あの文也がそれを受け入れているのだ。文也のことだから「かっこいいから」という理由が主だろうが、それ以外に戦略上の理由がある。なおその服を着ている本人である幹比古が一番不本意そうなのはご愛敬だ。

 

「その対策なのはいいとして、それだったらあとの二人だって着ててもいいんじゃないか?」

 

「あれは動きにくそうだから、多分動き回る前衛は着れないんじゃないかな」

 

「ということは、まさか文也と司波のダブルアタックか?」

 

「そうだと思う。でも、ダブルアタックしてくるって言うことを相手に読まれて、その上誰がダブルアタックするのかまで戦う前に読まれるようなことをしてくるなんて意外だね」

 

「それだけお前の『不可視の弾丸』が脅威なんだろうさ」

 

 将輝と真紅郎はそうして幹比古の服について検討する。二人ほど頭が回るわけではないもう一人はふんふんと頷いて聞いているだけだ。

 

 ひとまず初手の動きはその話の中で決まった。何があろうと、とりあえず地の利を生かし、開始直後にすぐ砲撃戦をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始直後、観客たちの歓声はすぐに爆発した。

 

 大方の予想通りと期待通り、この戦いはお互いの陣地からの砲撃戦で始まった。魔法師はステージを直に見て、一般人はサイオンが見えるよう特殊な技術で映されたモニターで、両陣営のぶつかり合いを見て興奮している。

 

 とくに達也と将輝の攻防は、多くの観客を引き付けた。

 

 将輝の攻撃に集中した『偏倚開放』の嵐を、達也は『術式解体』で叩き壊し、振動系魔法で反撃をしつつ歩み寄る。そしてその反撃を、将輝は『情報強化』ではねのける。特に『術式解体』は派手なサイオン光が発生するため、SF戦争のような光景だ。

 

 またその横でも砲撃戦……というにはあまりにも地味な戦いが繰り広げられていた。

 

 文也は一戦目でも使った拳銃型CADで『エア・ブリット』を、『ループ・キャスト』を利用して真紅郎にマシンガンのように撃ち込みながら進んでいく。それに対して真紅郎は障壁魔法で防御しながら文也に『不可視の弾丸』を浴びせようとする。しかし文也は開始直後から真紅郎の目の前でフラッシュを発生させているため、なかなか狙いが定まらない。そこで自分の目の前だけに『領域干渉』を使って邪魔なフラッシュを防ぐが、今度は真紅郎と文也の間に暗闇が現れ、真紅郎から文也の姿を隠す。真紅郎の攻撃は搦手によって妨害されて不発になり、文也の攻撃は速度こそ異常だが、事象改変規模で言えば初級のもの。達也と将輝の戦いに比べたら地味で、見て楽しめているのはごく少数の玄人だけだ。

 

 一高は、多くの魔法を高速で同時に扱える文也があの手この手で真紅郎を相手し、達也が将輝を相手し、幹比古が後ろから援護するというものだ。

 

 しかしやはり正面からの戦いでは、単純な魔法力の差が出てしまう。

 

 文也は真紅郎に有利に立ち回るものの、将輝のついでのような『偏倚開放』に吹き飛ばされて後退してしまう。その隙に達也は詰め寄ろうとするが、将輝は超人的なスピードで達也に反応し、ほとんど距離を詰めることができなかった。

 

 吹き飛ばされた文也をつぶそうと『不可視の弾丸』を諦めた真紅郎は加重魔法で文也を地面に押さえつけ、そこにもう一人の選手が攻撃を加えようとする。しかしそれは文也が腹に仕込んでいたCADによる障壁魔法で無効化され、さらに幹比古による真紅郎を狙った雷撃魔法で真紅郎の集中が乱れ、その隙に文也は『領域干渉』で加重魔法をなんとかはねのけ、また立ち上がって攻撃に転じるも、なかなか攻め切れない。

 

「やっぱり苦しいですね……」

 

 あずさは胸の前で手を組み、画面を不安そうに見上げている。同じ画面で観戦している真由美たちも表情は不安そうだ。

 

 一見拮抗しているように見えるが、状況は少しずつ一高に不利になっている。

 

 達也は確実に歩みを進めることができているものの、将輝はその分だけ照準がつけやすいため、達也はより危ない状況だ。

 

 文也もまた真紅郎相手に有利に立ち回っているように見えるが、文也の手を変え品を変えと言った搦手にすさまじい速度で対応し始めてきており、一高は攻め手を欠く。少しでも隙をさらせば文也は猛攻撃を浴びてノックダウンを取られるだろう。

 

 幸いにして幹比古はあの服の援護を得た幻術魔法で『不可視の弾丸』の標的にはならずに済んでいるが、余力ができた将輝の攻撃も襲い掛かってきて、文也の援護になかなか集中できない。

 

 この『モノリス・コード』はあまりにも急だったがために、出場している三人以外は作戦を知らず、ただ三人を信じて見守ることしかできない。

 

 そんな状況で、局面がついに動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そろそろ仕掛けさせてくれ』

 

『了解』

 

「おーけい、任せろ!」

 

 ついに前に進むことができなくなった達也から、ヘルメットに装備されたインカムを通して通信が来る。それを受けた文也と幹比古は、各々の役割を果たそうと動き出した。

 

「おわっ!」

 

「なんだっ!?」

 

「うえっ!」

 

 突如、将輝たちは三人同時に両膝裏に衝撃を受け、大きく体勢を崩した。その隙に達也は一気に走り出して距離を詰める。将輝と、エースを倒されてはまずいと真紅郎たち二人は、その達也を攻撃して妨害しようとするが、幹比古が一瞬の隙を突いてほんの少し速度に劣るが威力が高い精霊魔法によって三人のヘルメットの内側、目の前でカラフルな光を超高速で明滅させてショック状態に陥らせる。さらにその隙に文也が超音波を三人の両耳元で鳴らして三半規管を揺らした。目と耳、二つの器官に襲い掛かってきた急な刺激は、真紅郎ともう一人の集中を乱すのに十分だった。

 

 しかしそれでも、将輝だけは屈しなかった。

 

 ショック状態や酔いを気力で抑え込んで『領域干渉』で無効化し、さらに猛スピードで走ってくる達也に『偏倚開放』で攻撃する。しかし達也は『精霊の眼』を遠慮なく使用して魔法式を破壊し、さらに一流の体術を使ってそれらを回避して接近を止めない。

 

 その接近に、将輝は恐怖した。

 

 戦場を経験したからこそ、生存本能が達也を拒絶する。

 

 しかしだからといって、パニックになってレギュレーション違反をするような攻撃を暴発させるようなことはなかった。

 

 将輝は、恐怖から自然に、また冷静な思考から、後退しながら達也に攻撃を続ける。

 

 そんな将輝は不意に、後ろに踏み出した右のふくらはぎの一点に激痛を感じた。

 

 唐突な激痛に脚は力を失い、バランスが崩れる。

 

 激痛の刺激に意識が飛びかけるが、その痛みによって逆に将輝の思考は加速する。

 

 なぜ? 筋肉痛? 筋を違えた? いや、ありえない。そこまで軟弱な鍛え方はしていないし、脚自体に負担はかけていない。

 

(まさか!)

 

 これは、たった今、将輝自身の後退に合わせて魔法で作られたものだ。それ以外ありえないだろう。

 

 しかし、魔法の兆候は、鋭敏な感覚を持った将輝にはわかる。

 

 

 

 

 

 

 ――普通なら。

 

 

 

 

 

 

 

 今戦っている相手には、将輝にばれずにこれをしかけられる人物が二人いる。

 

 隠密性が高い古式魔法師・吉田幹比古。

 

 余剰サイオンを一切漏らさない、悪戯に長けた魔法師・文也。

 

 どちらがやったか?

 

 将輝はそこまでは考えない。否、考える必要がない。どっちがやったことであろうと、結果は同じだからだ。

 

 ならば考えるべきは――目前に迫る脅威、司波達也だ。

 

 ここにきて初めて、将輝は心の底から恐怖し、ついに軽いパニックに陥った。

 

 半ば本能と反射で、制御から外れた魔法が放たれる。

 

 手間のかかる『偏倚開放』ではない。

 

 圧縮した空気を炸裂させるだけの、単純かつ高威力の『圧縮開放』だ。

 

 その数、一瞬で実に20。

 

 達也はその絶技に驚かされながらも、即座にサイオンで打ち消す。

 

 しかし、間に合わない。

 

 打ち漏らして発動させてしまった、また回避も間に合わない二つの空気の炸裂が、達也を襲った。

 

 それに耐えきれず、達也は吹き飛ばされて強く地面に倒れこむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の、絹を裂くような悲鳴が木霊した。

 

 文也の罵声も、達也の耳に入った。

 

 そして達也は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰もが呆けた一瞬の間に跳ね起き、ルール違反を犯してしまった自覚で茫然としていた将輝の頭の横に手を伸ばす。

 

 文也と将輝はそれを見て、言葉にならない声を漏らした。

 

 そして、音響手榴弾に匹敵する破裂音が、達也の右手から放たれた。

 

 その音を聞き、幹比古も、真紅郎も、三高のあと一人も、達也たちのほうへ振り返る。

 

 そして全員の目に、まるで音に押されるように右側に倒れる途中の将輝が映った。

 

(将輝が――負けた?)

 

 信じられない光景に、真紅郎は数秒呆けてしまう。

 

 その直後――将輝は右足を横に踏み出して倒れるのをこらえると、まるで突き飛ばされたかのように後方へと吹き飛んだ。

 

 そして吹き飛びながら、苦しそうな顔で、何か口を動かす。

 

 声は出ていない。

 

 しかし、真紅郎には、何を言っているかわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ戦える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、全員がスローモーションに感じていた時が、一気に動き出す。

 

 文也は、将輝が吹き飛び、真紅郎とあと一人がそれを見て呆けている隙に、相手モノリスめがけて駆けだす。

 

 将輝の言葉を受け取った真紅郎とあと一人は、異常に長い滞空時間の一歩で迫ってくる文也を撃墜しようとする。

 

 それに遅れてようやく再起した幹比古は、がむしゃらにそれを魔法で打ち落とす。

 

 達也は自身の増幅魔法によって大ダメージを受けた耳を抑え、ひざまずいたまま動けない。

 

 そして地面に背中から激突した将輝は――すでに満身創痍のはずなのに、強い意志が表出した顔を上げ、再び戦いに加わろうとする。

 

 その目標は、文也だ。

 

 ダメージを受けすぎた故にスピードも強度も落ちてしまったもののなお質の高い『偏倚開放』の魔法式が、文也の行く手に展開される。

 

 しかしそれは、ようやく再起した達也のサイオンによって破壊される。

 

 達也と幹比古の援護によって風のごとき速さで三高モノリスに接近した文也は即座に『鍵』を打ち込み、モノリスを割った。

 

 中のコードが露出される。そしてそのままモノリスを通り過ぎて、一瞬だけ将輝たちから見えなくなって攻撃が途切れた隙に滞空しながら振り返って簡易コードをウェアラブルキーボードで送信すると――着地するや否や、また戻るように、モノリスに向けて力強く足を踏み出した。

 

「させるか!」

 

 将輝と真紅郎ともう一人は、三人で文也に集中砲火する。

 

 それに対し、幹比古は脳が焼き切れるのではないかというほどの演算処理をして人生最高の速度で雷撃魔法を連発して真紅郎ともう一人を妨害し、先ほどまでの接近によってぎりぎり相手モノリス周辺が『術式解体』の射程圏内に入った達也が、自分の中のサイオンが枯渇するのを覚悟で将輝の魔法式を壊す。

 

 そんな二人の援護を受けた文也は――いつのまにか取り出したハッキングカードを、四高モノリスに差し込んだ。

 

 その瞬間、六人全員のヘルメットのアイガード上に、ホログラムで2分を数えるタイマーが出現し、減り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ショウタイムだ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也はそう叫びながら、カードを差し込んだ右腕の真ん中あたりを、左手で思い切り握りこむ。

 

 そしてそこに隠された五つのCADが起動し――五つの『壁』が生まれた。

 

『偏倚開放』で放たれる空気や攻撃物体などを跳ね返す、加速系の対物障壁魔法。

 

 加重系など直接作用する魔法を抑え込む『領域干渉』。

 

 光波・音波・熱波・寒波などの攻撃を退ける、振動系の障壁魔法。

 

 雷撃などの魔法を無効化する、放出系の障壁魔法。

 

 サイオンによる攻撃を防ぐ『サイオンウォール』。

 

 その壁が、降り注ぐ文也への攻撃をすべて跳ねのけた。

 

 そしてそれらの壁は、連続で絶え間なく紡ぎだされ、何重もの防壁となる。

 

 その防壁の紡ぎだされる範囲は決して広くない。せいぜいが文也を中心とした半径50センチメートルほどだ。

 

 しかし、守るべきものはモノリスでもなければ仲間でもなく、自身とハッキングカードのみ。それならば、これだけで十分。自分勝手を突き詰めた人生を歩んできた文也だからこそ実践できる方法だ。

 

 この防壁は、自分と、あとその範囲内にあるものしか守ろうとしていない。それゆえに守りは一点集中されていて、干渉力で文也を上回る将輝や真紅郎でさえ、渾身の魔法でないと打ち破ることができないほどに固い。

 

 三高の三人によって文也に集中砲火がなされるが、それらを文也の障壁はことごとく跳ねのける。

 

「今度は『ファランクス』かよ!」

 

 三高の選手が、ついに投げやりな涙声を上げる。戦意はかなり萎えてしまっているがまだ残っているようで、半狂乱になりながらも精度の高い魔法を文也に撃ち続けている。

 

 正確には『ファランクス』ではないし効果も範囲も遠く及ばない。しかし、疑似的にそれと同じ効果を得ている。

 

 半狂乱になる仲間の一方で、将輝と真紅郎は残り1分を切ったあたりでこの弱点を見破った。

 

 将輝は渾身の魔法によって強行突破を図る。あの障壁を外から貫くにはレギュレーションに反した威力が必要だ。故に、干渉力で文也の『領域干渉』を上回る魔法式を練って直接干渉しようとする。

 

 真紅郎は、一部の隙も無い障壁群に見えて一点だけある穴を突こうとした。文也の障壁群は、電撃などの放出系魔法に対する障壁だけ弱い。三高の三人が得意な種類の魔法と手軽な無系統魔法を防ぐことを主にしているため、放出系障壁魔法は優先度が低めなのだ。よって、得意分野ではないが、放出系魔法で以て文也を仕留めようとする。

 

 もう一人の生徒は疑似『ファランクス』を見せられて冷静さを失い、放出系魔法を使用せず、自身の得意魔法である振動系魔法に固執してしまってる。

 

 三高で冷静に動けているのは将輝と真紅郎だ。

 

 そんな二人を、達也と幹比古は許さなかった。

 

 達也は放出系魔法だけを選んで魔法式を破壊して、幹比古はなおも頭をフル回転させた絶え間ない雷撃を将輝に集中させることによって高い干渉力を持つ魔法を練ろうとする将輝の集中力を乱して、それぞれ文也を守る。

 

 耐えかねた真紅郎は幹比古を攻撃しようとするが、なんと本来守るべきはずの自陣のモノリスの裏に隠れることで視界から逃れ、『不可視の弾丸』を阻止している。幹比古自身も見えなくなるリスクはあるが、必要最低限の『視覚同調』で将輝の座標だけをうすぼんやりとした視界で確認してなんとか狙いをつけている。

 

 残り5秒。

 

 ここでついに将輝の渾身の魔法が完成した。幹比古はついに息切れを起こし、速度も狙いも落ちてしまった。その隙に将輝はなりふり構わず魔法式を練り上げ、ついに文也の『領域干渉』を貫くことに成功した。達也はこれを破壊できない。文也の人体表面にあたるところに魔法式が投射されたため、これを破壊しようとすると、文也の防壁まで一緒に破壊してしまう。

 

(勝った!)

 

 将輝は勝利を確信した。

 

 魔法は成功する。使ったのは、ほかでもない、親友の十八番である『不可視の弾丸』だ。決して得意な系統ではないのだが、もしもの時のためにと真紅郎に教わって習得しておいたのだ。

 

 これは文也のみぞおちに刺さり、確実に気絶する。すぐに駆け寄ってカードを抜けば、あとは二対三だ。一刻も早く抜くべく、一番近くにいた将輝は駆けだす。

 

(万事休す、か)

 

 達也は諦めた。惰性で真紅郎の放出系魔法を破壊し続けるが、これももう無駄だと悟る。

 

 文也が戦闘不能状態にされ、ハッキングカードが抜かれてしまったら、もう勝ち目はない。

 

 無茶な『術式解体』を連発したのでさすがにサイオンが今までにないくらい枯渇してきている。幹比古ももう限界だ。こんな状態で、二対三の戦いに勝つことはできない。

 

 全員が三高の勝利と、一高の敗北を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面越しに見ていたあずさと駿、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふみくん!」

 

「文也!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、当人の文也以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将輝の魔法式がサイオンの弾丸によって貫かれて崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その直後、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。


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