マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

29 / 85
2-22

 大金星を上げた一高陣営は、試合が終わった直後からお祭り騒ぎ……というわけにはいかなかった。

 

 なにせ文也と幹比古は無理に魔法を行使しすぎて、体力も精神力もサイオン保有量も限界だ。達也も『術式解体(グラム・デモリッション)』を連発したのでさすがにサイオン保有量が危なく、また鼓膜が破れている。三人とも治療室行きだ。

 

 一高テントに三人が姿を現したのは、試合が終わってから一時間も後のことだった。三人の姿が見えた途端、テントの中では歓声が爆発した。上級生・下級生・男子・女子・一科生・二科生の区別なく、全員が三人の優勝を心の底から喜んだ。

 

 しかし文也と幹比古は足取りが怪しく、額には冷却シートをつけていることからも分かる通り無理できない。二人は隅の椅子に腰かけて休息し、大騒ぎするみんなの相手は達也に任せることにした。また二人には、当たり前のように自ら率先して、文也にはあずさが、幹比古には美月が献身的に介抱をしにきた。

 

「もう何から聞いていいのかわからないわね」

 

 気分上々で嬉しさがあふれ出ている真由美は、一方で激しい試合展開と予想外の連続に、すっかり疲れ切っていた。魔法に詳しい生徒ほど驚きが強く、特に真由美ら三巨頭と鈴音、それに範蔵と五十里は見ているだけでかなり疲れてしまった。

 

「でしょうね。では、自分たちが仕掛け始めたあたりからお話しましょう」

 

 達也がそう言うと、大騒ぎが静まり、全員が耳を傾けたのが達也にはわかった。解説役には慣れているが、さすがにこの人数から傾聴されるのは中々無く、らしくもなくほんの少しだけ緊張して話し始める。

 

「まず、自分が一条に接近して無力化するのが第一目標でした。一条を無力化する手段はいくつか思いついたのですが、その中で一番現実的だったのがこれです」

 

「遠距離からの魔法は『干渉装甲』と移動系魔法で防がれてしまいますからね」

 

 その話を聞いた鈴音がうなずく。この場にいる人物で、当人である三人を除けば、一番試合展開を理解できたのは彼女であり、ゆえに自然と相槌のように話をスムーズに進める役になったのだ。

 

「はい。そこでいくつか状況を想定して、それらに応じた作戦を立てていました。結果、この試合では一条の能力が想定よりもかなり高く、また吉祥寺の支援攻撃がかなり厄介で攻めあぐねました。自分も、近づけば近づくほど一条の照準精度は増すので、接近のペースは自然と遅くなります」

 

「そういうことでしたか」

 

「そのようなわけで、あの場面で一気に仕掛けることにしました。脚力には自信があるので、あの距離ならば一瞬の隙で接近できると考えました。そこで使うのが、幹比古と井瀬の妨害です。幹比古は古式魔法で、隠密性と威力には勝るので決まれば高い効果を発揮しますが、速度が遅いです。その古式魔法を三人同時に決めるために、井瀬が三人同時に集中力を乱すことに特化した魔法を使いました」

 

「悪戯はふみくんの得意技だもんね」

 

「うるせぇやい」

 

 部屋の隅であずさと文也が仲良く会話してるのが全員の耳に入る。ずいぶんイチャイチャしているが、もっと酷い司波兄妹のおかげで大半が甘々空間に慣れているため、数人がブラックコーヒーを飲みたくなった程度で済んだ。

 

「井瀬が使ったのは加重系魔法で、『MTC』の『膝カックン』です」

 

「あれか」

 

「あー俺もやったわ」

 

「うんうん、私もよくやったやった」

 

 達也の説明に、あちこちから懐かし気な声が上がる。

 

 相手の後ろに立って相手の膝裏を押してバランスを崩させる悪戯はこの時代でも現役だ。さらに『マジカル・トイ・コーポレーション』は、なんと無駄なことに、それを魔法で再現する悪戯グッズCADを発売した。その製品名と登録されてる魔法の名前は、そのまんま『膝カックン』。膝裏に対象人物の向いている方向へ加重し、対象人物は膝を折られてバランスを崩すという効果だ。

 

「その隙に幹比古が練り上げ、さらにヘルメットの内側という限定された狭い空間に三人同時にピンポイントで行使して見せたのが、『多色点滅』の古式魔法版です。発動原理は厳密には違うのですが結果として発現する効果は一緒で、ただし効果はより強力です」

 

「赤……青……フラッシュ……高速点滅……ポリゴン……電気ネズミ……うっ、頭がっ」

 

 達也の説明を聞いて後ろの方で博がバカなことを言っているが全員に無視された。

 

「それに追撃で井瀬の超音波が刺さって、二人はある程度抑え込めました。ただ一条はさすが胆力であるようで、一瞬の隙こそあったもののすぐに立ち直ってきて、さらに後退までするものだから距離が思ったより詰めれませんでした」

 

「そうでしたね。なぜか途中でバランスを崩したようでしたが」

 

「……そうですか、先輩方もそう見えましたか。……まあそこは置いておきましょう。緊張状態で無理な動きをしたから筋を違えたのでしょう。それで、動揺した一条のレギュレーション違反の魔法が自分に当たったわけですが……」

 

「そう、そこ。そこなのよ。一条君の反則や審判の見逃しはひとまず置いておくとして、達也君、あんなの受けたら絶対無事じゃすまないわよ? なのにどうして?」

 

 達也の話を遮り、真由美が食い気味に質問をする。達也は知らないことだが、彼が起きてから、真由美は一高テント内で軽いパニックを起こしていたのだ。

 

「九重先生から、ああいった時のためのダメージ軽減や受け身も教わっているんです。『圧縮開放』は実戦ではメジャーな魔法なので、受けてしまったとしてもダメージを少なくできるよう対策しておくのは自然なことです」

 

「それにしたってあの威力を受けてノーダメージはありえないだろう」

 

「頑丈さには人一倍自信がありますので」

 

「おーん、なるほどね」

 

 達也は、これについて質問されることは予測していたので、治療を受けながら用意していた嘘を不自然にならないよう気を付けつつもスラスラと話す。摩利が口をはさんだが、それもどこ吹く風だ。

 

 それよりも達也は、文也の平坦な声での言葉が気になった。さりげなくうかがうが、その表情からは何を考えているか読み取れない。

 

「それで、おそらく違反の自覚があったのであろう一条に、自分は結果として不意打ちという形で攻撃を仕掛けました。自分も結構痛かったので起き上がるのに多少時間がかかったのですが、そこは一条の素直さに助けられましたね」

 

「あの攻撃速度には驚きました。失礼ながら、司波君は系統魔法はあまり得意ではないようですので」

 

「あれはかなり頭をひねりました。自分でも高速で行使できて、なおかつ一条を一撃で仕留められるような魔法は、そう多くありません。それで思いついたのが、あの増幅魔法です。新たに生み出すよりももとからあったものを大きくする方が、同じ結果だとしても、ずっと小さな魔法式で十分です。それに単一系統で、しかもかなり簡単な魔法なので、特化型CADの力を借りれば自分でもあれくらいはできます」

 

「だから、わざわざ試合の合間にCADに登録する魔法をまるごと変えていたのですね」

 

「ほーん」

 

 この件についても、達也は知られたらまずい方法を使っているので、事前に用意していた嘘を話す。さっきの話題と違ってこちらは事前に仕込みをしておいたので説得力は十分だ。

 

 だがこちらもやはり、文也の反応が気になった。ほかの解説にはこれといって反応はしないのに、よりによってこの二つで反応をする。反応の中身自体は、なんとなく感心して口から言葉が漏れた、という普通のものだが、それなのにタイミングがタイミングだけに、やけに気になってしまう。

 

 それでもそのような心配は表に出さず、達也は平静を装って解説を続ける。あまり平静が装えてない妹の姿が視界の端に映ったが気にしないことにした。

 

「しかし、一条はこれにも反応して見せました。ほぼ反射と本能で、自分が攻撃した側……一条の左耳に、振動系の障壁魔法を張ったのです。効果こそ低かったものの、一条の鼓膜に音が届くぎりぎりで、おそらく一条の耳の中でその障壁魔法に阻まれ、十全に音波が届きませんでした。ダメージこそ通りましたが軽減されてしまい、気絶まで至らなかったんです。よく考えると、一条は『爆裂』の発散系以外にも、『アイス・ピラーズ・ブレイク』でみせた『爆裂』の領域版の魔法のような振動系にも高い適性があるとわかったはずなのですが……これは自分の作戦ミスでしたね」

 

「そう落ち込まないでくださいお兄様。さすがにあの反応速度を考慮するのは無理が過ぎます」

 

 達也が自虐するや否や、深雪はそれを即座に否定して慰める。一条もそうだが、深雪のこの反応速度も中々のものだ。ブラコン魔人おそるべし。

 

「いやーあれは俺も吉田も全く思いつかなかったね。今から考えるとあれは悪手だったなあ。マサテルが振動系もイケる口なのは一昨日に分かってるんだし、それにその前の俺と吉田の悪戯もどっちも振動系だ。司波兄の牽制攻撃も振動系だったし、こんなのが重なればアイツは無意識の部分で振動系を強く警戒してても不思議じゃねぇ」

 

 正確には幹比古の妨害魔法は振動系ではなく精霊魔法なのだが、結果として光波で攻撃しているのだから振動系魔法に限りなく近いものだ。また達也がいきなりCADの中身を振動系に切り替えているのも警戒しているはずだし、さらには文也はとっさのことでまさしく音波による妨害をしている。これだけの条件が重なれば、将輝が振動系を、意識的か無意識的かに関わらず警戒し、それへの対応が速くなるというのは予測できたことだった。

 

 文也はやれやれといった感じでそういうと、よっこらしょ、と言いながら立ち上がる。

 

「ふみくん、もう大丈夫なの?」

 

「おう、すんなり歩けるくらいには回復した」

 

 まだ顔色は決して良くないが、ここに戻ってきたときに比べたらだいぶ回復している。しっかり歩けるというのも嘘ではないだろう。

 

 文也はテントの出入り口に歩いていき、そのまま出ていこうとする間際、振り返って、

 

「ちょっくら用があるから席外すわ」

 

 と言い残して出て行った。

 

 主役が席を外すとはなんと自分勝手な、と考える生徒もいたが、事情を知っている、または察している生徒は誰一人としてそのようなことは考えず、その空気から、だれも文也を制止しなかった。

 

「……話を続けましょうか」

 

 達也はそれを見送ると、すぐに元の話題に戻す。

 

「踏ん張った一条は、追撃を避けようとまずは自分と距離を取ろうとしました。驚いたことに、自分自身に面積が広い『偏倚開放』を当てて自ら後方に吹っ飛ばしたんです」

 

「あれには驚いたわねぇ。すごい執念よ」

 

「自分も防御度外視の音響攻撃だったので、追撃も、後退への対応もできませんでした。ただ、音響攻撃で相手の注目を集め、また圧倒的エースの一条があの様子なので、相手はかなり集中力を乱していましたね。そこを見逃さず、井瀬は別プランを実行したんです」

 

 達也の説明を聞いた生徒たちは、本来ならここで文也を注目するはずだったのだが、本人が不在であり、代わりに先ほどまで文也が座っていた場所にまだいたあずさに自然と視線が集まり、あずさは恥ずかしさから無駄に居心地の悪さを感じた。

 

 それを見た達也は少しだけ気の毒に思い、説明を再開して注目をまた集める。

 

「井瀬が使ったのは、『MTC』の汎用飛行魔法とその小型化に成功した専用CADです。ただし中の起動式も改造していて、高さや継続性は無視した調整で、ひたすら直進速度を重視した式になっています。移動も、速度は踏み出した速度を増幅するだけですし、方向定義も踏み出した方向に自動的に決まるようにしていますので、魔法式はかなり小さくなりました。自己加速魔法と違って方向の自由度はないですが、障害物がない中での直進速度は随一です」

 

「それを自分の手でやるというのだから恐ろしい話だよね」

 

 穏やかな顔で聞いていた五十里は、ここでついに困惑の表情を浮かべて感想を漏らす。空恐ろしさからか、よく見ると額には冷や汗をかいている。

 

「そして新ルールのハッキングカードによる勝利を狙いました。これはかなり乱暴な作戦で、最後の賭けとして考えていたものです。この作戦を思いついたのは、お察しの通り井瀬です。そもそもあの遮蔽物のないステージではハッキングカードによる勝利はまずできません。誰が持っても大して変わらないので、それならばほんの少しだけ可能性があるということで井瀬に持たせました」

 

「そのほんの少しの可能性というのが、あれか」

 

 克人は平坦な声でそう言うが、よく聞くと少しだけ震えていた。普段からずっと冷静な克人がこうなるのは、十文字家の次期頭首として、とてつもなく気になることがあるからだ。

 

「はい、井瀬の疑似『ファランクス』です。十文字先輩、本来の『ファランクス』は、まずひとくくりの魔法として四系統八種の障壁魔法と『領域干渉』と『サイオンウォール』を組み合わせたようなものですよね?」

 

「簡単に説明すればそうなる」

 

「さすがの井瀬でも、一つの魔法としていくつもの障壁魔法をまとめた『ファランクス』は再現不可能でした。しかし、井瀬はいくつものCADを同時に扱えるので、それぞれの障壁魔法や『領域干渉』を一つずつ登録したCADをいくつか同時に連続使用して、疑似的に『ファランクス』と同じような状態を作りました。ただ本来の『ファランクス』に比べたら、防御できる種類も、固さも、範囲も、障壁の間隔も、ランダム性も、何もかもが劣っています」

 

「しかし、あの場面ならそれで十分だということか」

 

「はい。相手三人が得意な魔法を重点的に固くして、範囲も井瀬自身とカードと地面だけで十分です。障壁の強度自体も、殺傷性ランクレギュレーションに収まる威力を防げる程度で十分です。モノリス自体への攻撃は禁止されているので、単純にモノリスを壁にすれば片面分の負担も減ります。自分と幹比古が相手の三人を焦点を見定めて妨害すれば、あれをレギュレーション範囲内で突破するのはかなり難しいでしょう。それこそ穴になってる放出系で破るか、あの狭い範囲に限定した分固くなってる『領域干渉』を圧倒的な干渉力で上回るしかありません」

 

「へえ、あくまでも実戦意識じゃなくて、どこまでも競技用を突き詰めた作戦だったのねぇ」

 

 真由美はそこまでの話を聞いて感嘆の声を漏らす。『モノリス・コード』はかなり実戦の色が濃いが、それでもその本質はスポーツだ。故に、変に実戦を意識せず、ルールの範囲に合わせればよい。

 

 本来なら選手ではない三人は、『モノリス・コード』を想定した準備はしていないし、ましてや、ルールを理解し、それに合わせて考えてからCADや魔法の準備といったことは、間に合うはずがない。

 

 しかし、『アイス・ピラーズ・ブレイク』の選手でありまた普段から多種のCADを携帯する文也ならば、それにある程度柔軟に対応ができる。専用CADばかりであり、その分発揮される効果のわりに性能はすべてレギュレーションに収まっている。

 

 またもともと担当エンジニアであった文也は、今年度の『モノリス・コード』のルールや特性、特徴などを隅から隅まで熟知していた。よってルールを緊急で覚えたりする手間も大きく省ける。

 

 さらには常人の域を超えたエンジニアがメンバーに二人いたのだ。圧倒的な速さでCADや起動式の調整を終えることができるため、対応も十分に間に合うのだ。

 

「でも、最後はなんで直接コード入力にしなかったの? 井瀬君なら2分間よりも早く入力できそうだけど」

 

「いくら井瀬でも、さすがにあれだけの障壁魔法を使いながらあのコードを入力するのは無理でしょう。井瀬はいくらでもCADを同時に扱える異常な『パラレル・キャスト』ですが、だからといってあれだけの魔法を絶え間なく使い続けるのですから、頭の処理が追いつきませんよ」

 

『パラレル・キャスト』は複数CADの同時使用をする高等技術だ。

 

 普通の魔法師ならば、複数電源がついたCADを持った状態でCADによる魔法行使すらまともにできない。よって、例えば複数持ち歩くにしても、使うCAD以外は電源を切っておくか、サスペンド状態にする。

 

 しかし、文也と達也、またはほかの『パラレル・キャスト』をできる魔法師は違う。電源が入っていても可能どころか、その複数のCADを同時に使って別々の魔法を行使できる。

 

 達也は二つまでが限度だが、文也は25個までなら同時に使用可能だ。しかしだからと言って、それらを一気に使用できるわけではない。

 

 CADがどれだけ数を使えても、それらで魔法を使うために処理する人間は一人だし、脳は一つだ。当然使う数が増えるほど魔法の精度は落ちる。レギュレーション範囲内の攻撃を十分に防ぎきれる程度で良いが、つまり十分に防ぎきれるほどまで絶対に維持しなければならない。それだけの強度を持つ障壁を五種類も高速で絶え間なく展開し続けるのは、いくら文也でもかなりの集中力を必要とする。

 

 よってそのような状態で、ランダム英数字256文字を正確に入力するというのは、いくら文也でも無理であった。ハッキングカードは差し込んでしまえばあとは守り続けているだけでいいので、耐えるべき時間は伸びるが、こちらのほうが確実だったのだ。

 

「なるほどねえ、驚かされてばっかだから、ついついなんでもできるって思っちゃったわ」

 

「新ルールに助けられましたね。井瀬自身も、あれだけの壁を張りながら平然としてる十文字先輩はすごいって言ってましたよ」

 

「そうか。ありがたく受け取っておこう」

 

 ほぼすべての説明が終わり、場の空気が弛緩する。真由美と克人、それに注目の的である達也の三人が参加した軽い雑談の様なものが、緊張感を緩めたのだ。

 

 ちなみに、達也は文也の言ったことをほぼ捏造している。実際は「あんな壁はってへっちゃらな会頭さんってやっぱ頭おかしいわ」と言っていた。

 

「さて、これが最後ですね。この最後の最後、幹比古が息切れをした隙に一条は高い干渉力を持つ魔法式を練り上げました。井瀬と一条ではもともと一条のほうに干渉力では分があります。こうなるのは時間の問題でした。だから本来ならこの作戦はやりたくなかったんです」

 

「その魔法を、井瀬君の『仕込み』が壊したと」

 

「はい。これには自分も聞かされてなかったので驚きました」

 

 達也がポケットから取り出したのは、井瀬から預かったCAD……その片割れ、魔法行使の時に文也が持っている方だ。

 

「トラップCADの仕組みは先刻説明したのでご存知だと思いますが、井瀬の仕込みもそれです。今回井瀬が準備した魔法は『サイオン粒子塊射出』です。これは感応石が入っている方なのですが、井瀬が持っている片割れのセンサーは、今までの物理的なセンサーと違い、観戦用モニターのようにサイオンの可視化処理がされているようです。どこからそんな技術を学んだのかは不明ですが……」

 

 達也の言葉にほぼ全員がうなずく。

 

 サイオンが可視化され、エイドス上の魔法式が、魔法師の目や知覚だけでなく、機械によって感知できる。この技術はいたって普通のことのようにこうした大会の観戦モニターなどに使われているが、実は大変な技術だ。魔法師の優位を確保するためにこの技術は秘匿されているのだが、これが流出してしまえば、非魔法師の対魔法師戦闘技術に大革新が起きる。なにせ魔法式を覚えれば、非魔法師でもどのような改変を行おうとしているのかがわかってしまうのだから。

 

「……まあ、それは置いておきましょう。それで、エイドスに投射される魔法式を感知すると、座標変数とともに自動で起動式がこのもう片方に電気信号として送られ、そちらで魔法の処理が行われてサイオン粒子塊が射出され、一条の魔法式を不発にさせました。あの強度の式を崩すには相応のサイオン量が必要だったと思いますが、それは自分自身が放った『サイオンウォール』から供給されるように最初から設定してあったそうです。そこから抜き出せば、最初から固まっている状態なので負担も少ないでしょう」

 

「ですが、センサー部分はどこに仕込んでいたのでしょうか。森林ステージの時のように仕掛けていた様子はありませんでしたが」

 

「ハッキングカードと同じポケットにこのセンサーも入れていたようで、差し込むと同時にモノリスの差込口付近にくっつけたそうです。どうせカードを守ることになるので、センサーも一緒に守れます。攻撃する魔法に巻き込まれてうっかり破壊される心配もありません」

 

「へえ、どこまでも狡猾ねえ」

 

「ふみくんは昔からこんな感じだったんですよ。やれることが多いから、それをできるだけ多くやっていろいろ備えておくんです!」

 

 真由美の感嘆に、あずさがまるで自分のことのように誇らしげに目を輝かせて文也をほめる。その様子を、全員が微笑ましいものを見る目で見ていた。

 

 そんな和んだ空気が、つけっぱなしだったモニターから流れる声で、再び緊張感をはらんだものになる。

 

『まもなく、新人戦『モノリス・コード』決勝リーグ第三試合、第三高校対第四高校の試合を始めます』

 

 お祭りムードでなかったのは、主役三人の帰りが遅かったことだけが原因ではない。

 

 そう、一高の『モノリス・コード』優勝は決まったが、新人戦優勝は決まっていないのだ。

 

 もしここで四高が勝って二位になれば、今まで稼がれたリードの差で、新人戦優勝は四高になる。

 

 第三試合に、全員の目が集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、元気か?」

 

「文也!」

 

「井瀬! よくやってくれた!」

 

「なんだかよくわかんねぇけどすげえよ!」

 

 会場から車に乗り、裾野病院の駿の病室に入るや否や、文也は喜色満面の三人から次々に声をかけられる。

 

 駿のおかげでもうベッドから動けるようになったほかの二人もここに集まり、文也のことを待っていたのだ。

 

「おいおい、まだ新人戦優勝は決まってないだろ? もうそんなお祭り騒ぎかよ」

 

 文也は困り顔と笑顔が混ざったような表情でドアを後ろ手に雑に閉め、駿のベッドの横に用意されていた椅子に腰かける。

 

「文也、本当におめでとう。よく、やってくれた」

 

「おう、約束通り優勝してやったぜ。あとはこれの結果次第だな」

 

 涙声の駿の言葉に、文也はいつも通り口角を吊り上げた笑顔で応じる。文也が指した先にあるつけっぱなしだったテレビでは、もうすぐ第三試合が始まろうとしていた。

 

『まもなく、新人戦『モノリス・コード』決勝リーグ第三試合、第三高校対第四高校の試合を始めます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージは渓谷。水が多く、将輝が一番得意とするステージだ。

 

 しかし一方で、このステージは四高のエース、狩野の得意なステージでもある。

 

 狩野の精霊魔法で発生した濃霧によって、三高生徒の視界は常に遮られていた。この霧に乗じてモノリスを割られ、さらに『視覚同調』によりどこにでも狩野の眼があるような状態になっており、また姿が隠されているため真紅郎の『不可視の弾丸』も使えない。これは達也が考えていた作戦であり、優秀な古式魔法師を擁するからこそできる戦術だ。

 

 この戦いに、四高はとくに気合を入れていた。『モノリス・コード』優勝は逃したが、ここで勝って二位になれば新人戦優勝はもぎ取れる。

 

 一方で三高はここで勝っても新人戦優勝はできない。

 

 そこの差でモチベーションにも差が生まれ――ているわけでもなかった。

 

 敗北を喫した将輝たちは、自身たちの責任を強く痛感していた。

 

 だからこそ、ここで負けるわけにはいかない。

 

 すでに自分たちは敗北者であることが確定している。『モノリス・コード』で負け、新人戦優勝も逃してしまった。

 

 しかしだからといって、三高全体がまだ敗北したわけではない。

 

 ここで勝てば、明日からの本戦後半戦で、『モノリス・コード』で優勝、『ミラージ・バット』で一位から三位を独占し、なおかつ一高の獲得ポイントがゼロであれば、総合優勝が取れるのだ。

 

 あまりにも現実的でないことは、すでに将輝自身も、真紅郎自身も、三高の生徒全員も、とっくにわかっている。

 

 しかし、それでも、ほんの少しの勝利の可能性が残されているのだ。ここで負ければ、その可能性もゼロになる。

 

 武を尊び、己を鍛え、心を強くする。

 

『尚武』の三高として、それを捨てるなど、絶対にありえないのだ。

 

 将輝は思う。

 

 相手にとって有利なステージ? それがどうした。自分にとってもこの上ない有利なステージだ。ここで負けるなんて許されない。

 

 真紅郎は思う。

 

 霧で『不可視の弾丸』が使えない? それがどうした。『不可視の弾丸』が使えないからって負けたわけではない。自分は『不可視の弾丸』だけの人間ではないのだ。

 

 もう一人も思う。

 

 将輝と真紅郎ばかりが優秀で、自分は二人に比べたらあまりにも霞む。それでもいい。周りがどんなに強くても、自分がより強くなればいいだけだ。

 

 この戦いは壮絶を極めた。

 

 互いに絶対に負けられない理由があり、思いがあり、プライドがある。

 

 激しい魔法のぶつかり合い、深い戦術の騙しあい、練られた戦略の通しあい。

 

 その過程で互いに二人が倒され、最後は将輝と狩野だけになった。

 

 自分は見えないのに、相手は見放題。いや、関係ない。

 

 自分は吉田幹比古の二番手でしかなく、戦っている相手は一条の長男『クリムゾン・プリンス』。だからなんだ。

 

 濃霧の中で、お互いの力とプライドと背負った責任が、魔法となって、戦術となってぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、すげえよあいつは」

 

「本当、すごいやつだ」

 

 全く別の場所で、同じ試合を見ていた文也と達也は、同じことを考えていた。

 

 自分たちは勝ちはしたが、それは情報の差と不意打ちで勝ってきたようなものだ。それで得られた勝利に価値がないとは言わないし、尊い勝利だとも思っているが、一方で、正面からの力量では、自分たちは確実に負けていたことを痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濃霧が晴れたとき、そこにただ一人立っていたのは、一条将輝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高テントと病室で、歓声が爆発した。

 

 

 

 

 

 




オリジナル魔法解説

膝カックン
名前の通り、膝を折ってバランスを崩させる魔法。『マジカル・トイ・コーポレーション』が開発し、その専用CADがヤンチャな魔法師の卵たちにバカ売れした。非常に簡単な魔法である。
加重系魔法で、対象人物の膝裏に、対象人物が向いてる方向の加圧をかける。膝裏は薄い骨が突出してる箇所であるため、魔法による急な加圧は骨折の元。実際の膝カックンのように怪我がほぼないように面積やら圧力時間やら強さやらの調整が必要で、開発難度で言ったら地味に高度な魔法。

多色点滅
強い原色光をとても速い間隔でランダムに点滅させ、光過敏性発作を引き起こさせる光波振動系魔法。怪我をさせずに無力化させる上では適している魔法で、暴れる犯罪者や暴徒の鎮圧に使われたりする。ただし、光を受けたことによって症状が発生するのであり、魔法が終わったからと言って症状が消えるわけでもないため、慎重な運用が必要である。
幹比古が使ったのはこれの古式魔法版で、名前は『狐火』。光に関する独立情報体(精霊)を使役して行使する。

サイオン粒子塊射出
オリジナル設定があるので解説。オリジナル設定と原作設定が混ざるため、文末にどちらなのかを付記しておきます。文章がごちゃごちゃしていますし、物語展開上別にこれを知らなくても不都合はないので読み飛ばしてください。

原作では主に真由美が使っていた。CADから起動式が展開されるタイミングでサイオンの塊を打ち込むことでパターンを乱して魔法式を構築させない無系統魔法で、対抗魔法(原作設定)
CADにサイオンを流し込む段階でサイオンの塊をそこに打ち込むことで、二者のサイオンを混ぜてCADにエラーを起こさせるという方法もある(オリジナル設定)
前者はすでに出来上がってる起動式に混ぜ込むためサイオン粒子塊には相応の密度が必要だが、後者の段階よりも後の段階に差し込めばよいので楽(オリジナル設定)
一方、後者は差し込む段階こそ前者に比べて早いため難しいが、サイオン粒子塊の密度は流しこまれるサイオンパターンを乱す程度で良い(オリジナル設定)
魔法式が投射されるわけではないので、どんな魔法を使おうとしていたか分からないのが欠点(原作設定)
原作において、魔法式を撃ち抜く使い方をしているかのようなセリフが書かれているが、実際は、展開された魔法式をサイオンで壊すには威力不足とみられる。『術式解体(グラム・デモリッション)』が並の魔法師では一日かけても練り切れないほどのサイオンを消費しなければならない点からも、魔法式を撃ち抜くのではなく、起動式の段階で邪魔をすると考えるほうが自然。
本作においては、御覧の通り、将輝が投射した魔法式にサイオン粒子塊を打ち込んで無効化している。これは、魔法式をサイオン粒子塊で破壊しているのではなく、魔法式の一番肝心な式の部分にサイオンの塊を通過させることで、いわば魔法式を「書き換える」技術。相手が使う魔法式をほぼ完璧に把握し、その重要な部分を通過させないと多少の誤差程度の書き換えしかできず、魔法が効果を発揮してしまう。『不可視の弾丸』は、文也にとっては親友が使うメジャー魔法であり、その式は知っていて当然なのである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。