生徒会室に一年生二人は案内される。達也に叩きのめされた(5割がた自滅)文也は気絶していたため途中まで軽々――のちに達也は、子供を抱っこするようだと振り返った――と持ち運ばれていたのだが、生徒会室につく直前ぐらいで復活した。
「失礼します」
「失礼しまーす」
達也はドアの前で一歩止まって頭を下げてから入室。一方の文也は頭も下げず、適当にそう言いながらずかずかと入室した――直後に固まる。
「あ」
「あ」
パソコンと格闘していた生徒会室にいた小さな少女と文也の視線が交錯する。その眼はどちらもハトが豆鉄砲を食らったようだ。
(((((シンパシーかな?)))))
その場にいた他の5人はとんでもなく失礼なことを考えるが、それは間違っていた。
「ふ、ふみくん?」
「やっぱりあーちゃんか!」
戸惑うあーちゃんと呼ばれた小さな少女に対して、真由美は戸惑いを隠せない。
舞い上がった新入生がやりがちなトラブルに対処し、それを見ていた一人を連れてきてみたら、どうにも生徒会役員の一人と顔見知りであるらしい。それもお互いに、あだ名の様なもので呼び合っていた。戸惑うのも無理はないだろう。
「どうしたの、あーちゃん? 井瀬君と知り合い?」
それでも、いち早く復帰した真由美が先んじて問いかける。
「え、あ、は、はい! む、昔の知り合いです!」
「おいおいひでえなあーちゃん、マブダチだろ?」
「言葉のあやだから!」
横やりに言い返す少女の言葉には、半ば癖のような敬語がない。
「えーなになに? 運命の再会ってやつかな? お姉さん気になっちゃうなあ~?」
「真由美、その言い方だとお姉さんでなくおばちゃんだ」
「突っ込むだけ無駄かと」
にやける真由美にショートカットの女性が突っ込み、それに黒髪ロングの女性が口を挟む。
「…………」
生徒会室にいた唯一の男子は、こうなったらしばらく状況がまともに戻らないことを学んでいるので口を挟まない。この年頃の女性たちは恋愛っぽいことに関しては無敵だ。
「ち、ちがいますよう。そんな大それた関係じゃないです!」
「そうそう、昔の友達ってだけ」
「言うだけ無駄そうだけど言っておくが、言葉遣いぐらい注意しろ」
顔を真っ赤にする小さな少女、平然と懐かしそうに笑いながら言う文也、それにあきれ顔で口を挟むショートカットの女性。
「え~ほんとお~? あっやし~」
「だから違います!」
真由美が茶々を入れ、それに強く言い返す小さな少女。だが当然逆効果だ。こういった反応は、年頃の女性にとって甘いものの次ぐらいに大好物である。
(……帰りたい)
無関係の達也の心情は、むべなるかな。
☆
実に5分の時間を要してようやく事態が収拾した。真由美が小さな少女をいじるのに満足したからである。
「さ、というわけでお話を始めましょうか」
台風の目・真由美は平然と手を合わせながらそういった。彼女の紹介によって、小さな少女は中条あずさ(あーちゃん)、ショートカットの女性は渡辺摩利、黒髪ロングの女性は市原鈴音(りんちゃん)、唯一の男子は服部範蔵(はんぞーくん)というらしいことが分かった。のちの文也曰く『2人ほどあだ名がおかしい』。
「それにしても、あーちゃんと文也君って知り合いだったのねえ」
「は、はい。小学校で友達だったんです」
「学年は違うんだけど不思議と二人でよく遊んだよなあ」
文也が最後にそういうと、あずさと文也は穏やかな笑顔で顔を見合わせる。
なんか淡い雰囲気を感じ取った達也は自分に関係ない話が長引きそうだったので心底帰りたかったのだが、彼は彼で普段からドギツイピンクオーラを妹と出しているので、盛大なブーメランである。
「昔とほとんど変わってないからびっくりしたよあーちゃん」
「ね、ふみくんもほとんど変わってないね」
にこにこしながらそう言い終わってから二人は顔を青くして机に突っ伏した。小学生のころからほとんど変わってないということは、ずばりそういうことだ。コンプレックスとはかくも恐ろしきものなり。
「で、本題なんだけど」
構っていたら話が進まなそうなので、二人を無視して真由美が話を進める。
「生徒会推薦枠の風紀委員がまだ決まってないから、達也君か文也君のどっちがかやってくれないかしら?」
「「お断りします」」
即断即決大否定である。
真由美としては、実力が成績から保証されている文也と、魔法式を見ただけで何をしようとしたのかわかるらしい達也、二人の内どちらかはぜひとも風紀委員をやってほしかった。
しかしその願いは、詳細を教える間もなく即拒否されてしまった。
真由美は、明らかに礼儀をわきまえていない文也はともかく、達也のほうはもっとやんわりと断ってきそうと考えていただけに、そのすげない態度に面食らってしまった。
どんな感じの流れになりそうか考えていたかというと、達也は色々理屈を並べて拒否ししようとするが、最終的に彼にとって大事な人の信頼を守るために、反論してきそうな範蔵あたりと模擬戦をして完膚なきまでに叩きのめして成り行きで風紀委員になりそう。そう考えていたのだが、残念ながらそうはならなかった。
そんな達也の内心は、
(これ以上関わっていられない)
であった。早く待たせている妹を迎えにいって、家で淹れてくれる美味しい紅茶が飲みたいのだ。
しかも、どうにも納得いかないような出来事が今発生しているような気がする。具体的には、今となりにいるチビが、本来は入試成績が1位で生徒会役員に誘われたであろう愛しの妹だったような気がするからだ。
「り、理由を聞いてもいいかしら?」
「自分が二科生だからです。実力もそうですが、周りが納得するとは思えません」
「面倒だから。ねえもう帰っていい?」
怯む真由美に二人はそれぞれの理由を述べる。達也の内心も文也の言ったことに相当近かったが。
「おい、先輩相手だぞ、言葉をわきまえろ!」
「お、おちついて範蔵君。ふみくんは昔からああだったから何度言っても無駄だから」
範蔵が我慢できず口を挟んで文也をたしなめる。それをあずさが諦めたような顔で止めたのち、小さく『私があーちゃんはやめてと何度言っても聴いてくれなかったので……』と呟いた。範蔵はそのガチトーンの思い出話を聞いて納得する。もう注意するのはやめた。
(参ったわねえ……)
真由美は頬に手を当てて思案する。二人の意志は固そうだ。
達也の妹を置いてきたのは失敗だったか。えげつないブラコン・シスコンという噂は(新入生の入学二日目にして)聴いていたので、そっちから篭絡するべきだった、と後悔する。
――が、そんな真由美に援護が入った。
「そういえば司波、優秀な妹がいるようだな。先日、例年通り新入生代表だった司波深雪を生徒会にスカウトした。やってくれるそうだ」
真由美は摩利を見る。その顔は薄い笑みを浮かべる、まるで頼りになる先輩のようだったが、付き合いが長い真由美はその奥にある悪役のような笑みを浮かべる摩利を感じ取った。
「そうなのよ。よく出来た妹がいて羨ましいわ。私の妹なんかどうもやんちゃでね。あんな素晴らしい娘と『これからしばらく一緒に仕事ができる』なんて嬉しいわ」
その援護を真由美が活かさない手はない。
摩利は風紀委員長だ。先の出来事から見て、どうやら達也は役に立ちそうだと考えている。達也を風紀委員にしたいという考えは真由美と一緒だ。
摩利が出した援護は、『貴方の可愛い妹としばらく一緒に活動する生徒のトップたちの頼みを断れるのか』と言外に脅すことに役立った。
達也の表情こそ動かないが、困ったような雰囲気が出始める。そこを突かれると、達也としては痛い。風紀委員はやりたくないが、それをかたくなに拒否すれば、のちのち妹の立場が悪くなってしまう可能性がある。それは何とか避けたかった。
一方で、理由はわからないが達也の劣勢を感じ取った文也はその隣で内心ガッツポーズをしていた。『勝ったな』、と。
そして、達也に対してさらに追い打ちがかかる。長い黒髪の怜悧な美人、鈴音が口を開く。
「私も司波君を推薦します。魔法の効果が出る前にその内容がわかるという能力は、風紀委員をやるうえでとても頼りになるでしょう。……それに、井瀬君の態度は模範的とは言い難く、風紀を守る立場はふさわしくないかと」
達也はさらに焦り、文也は内心のガッツポーズがさらにヒートアップして拳を高々と掲げる。
鈴音が話した理由は実にまっとうだ。なにせ真由美が達也を風紀委員に推薦しようとした理由は、まさしく達也の唯一無二の能力であり、風紀委員の仕事にこの上なく役に立つ。一方文也を推薦しようとした理由は、入学時の成績が優秀らしいし推薦枠にも困ってたから適当に言い訳つけて連れてきてしまおうという程度のものだ。しかし、あいにくながら文也はチビなのに特大級の地雷で、態度が滅茶苦茶悪い。鈴音はそこを問題視しているのだろう。それだけのわりにやや声に棘がありすぎる気がするのは、鈴音の苗字を聞いた時に文也が『察した理由』もあるのだが。
「すみませんが、僕は反対です」
それに対して、口を開いたのは副会長の範蔵だ。あずさと文也のやり取りで幾分か冷静に――あんなやり取りを見せられたらアホらしくて冷静にもなるだろう――なった彼は声を荒げるようなことはしない。
「やはり二科生であることから考えて、それを気に入らない一科生はいるでしょう。公然と一科生(ブルーム)と二科生(ウィード)なんて言葉がまかり通ってるぐらいです。それは、風紀を取り締まるものとしての拘束力と説得力に欠けることにつながるのではないでしょうか」
冷静になった範蔵はうっかり感情的に差別用語をこの場で発することはない。そしてその論は至極筋が通っている。
ここの学校の入試における筆記試験は、実は成績に大きく影響しない。入試の合否とクラス分けは、魔法実技に大きく加重配点がかかっているのだ。
つまり、二科生である達也と魔法実技二位の文也では、その実力に相当差があることを試験の結果が示している。
生徒たちに対する説得力というのはもちろん、範蔵は激しい魔法実力主義だ。ぎりぎりで滑り込んで合格したようなものである達也に風紀委員はしてほしくない。それは差別的な意識も多分にあるが、実力がなければ風紀委員は務まらず、学校のためにも生徒のためにも本人のためにもならないという考えもある。
達也が内心で落ち着き、文也は内心で範蔵を罵倒する。達也は勝ち誇った眼で文也を見た。達也は身長が高く、文也はその逆であるため、思いきり見下した形だ。
「司波の実力を心配しているのか」
「はい、彼には申し訳ないですが、そういうことです」
摩利の確認に、範蔵はまったく申し訳なさそうに答える。
範蔵自身、文也にも風紀委員になってほしくない。先輩に敬語は使わないし態度も悪い。とても学校の風紀を取り締まるような人柄でないのだ。
しかし二科生が風紀委員になるよりはマシだし、それに上下関係が厳しく先輩――具体的には目の前にいる摩利――も怖いので、もしかしたら態度がよくなるかもしれない、と考えたから、範蔵はそう言ったのだ。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい)
文也は冷や汗を滝のように流し始める。分厚い制服の下に来ているシャツがぐしょぐしょだ。このまま行くと自分がなにやらきつそうで辛そうで面倒くさそうな役職に就かされる。そんな嫌な予感が全身を駆け巡っている。
「つまり、司波が実力を示せばいいというわけだ」
そんな文也の耳に、まるで天使のささやきのような素晴らしい言葉が聞こえてきた。その発言の主は摩利だ。
摩利はやはり文也よりも達也にやってほしい。それに、どうも達也は二科生という枠におさまらない『何か』を持っている。それを達人の勘と、歩き方などの身のこなしから察したのだ。
「というわけだ、司波。魔法による決闘をしないか?」
摩利のこの提案は普通でない。魔法進学校の中でも特に実力者とされる三巨頭の一角である彼女が、二科生の一年生である達也に決闘をしようというのだ。いじめ、先輩によるしごきと思われても文句は言えない。
「ちょ、ちょっと!」
真由美がそれを制止しようとするが、摩利はそれを遮って言葉を続ける。
「安心しろ。決闘するのは私ではない。自分の委員会の後輩にどちらがなるか分からないが、そのどちらの実力を知れて損はないだろう」
そう言って一呼吸置き、続ける。
「司波、井瀬、お前らで決闘しろ」
「はい、ではそのように申請しておきます」
摩利の衝撃的一言に空気が止まる中、鈴音は予想していたようにそう言って、平然とキーボードを叩いている。なにやら申請しているようだ。
((さて、どうやって負けようか))
一年生二人が考えることは同じだ。
ちなみにそんな中、あずさは終始おろおろしているだけであった。