マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 新人戦優勝パーティーは、一高全体としてはお預けになった。

 

 達也と幹比古の体調――と言っても達也はすでに完治しているのだが――を考慮すると大騒ぎできないというのもそうだが、この翌日は『ミラージ・バット』の本戦であり、それにはコンバートされた深雪が出場し、またその担当エンジニアを達也が務める。遅くまで起こしておくわけにはいかなかったのだ。

 

 一方で文也は、そのまますぐ会場には戻らず、病室に居座って、本来代表になるはずだった三人とプチ優勝パーティーをしていた。備え付けの冷蔵庫の中には駿以外の二人の手によってちゃっかりジュースとお菓子が用意されていて、それを囲んでの祝勝会だ。途中駿が感極まって泣いたりして多少しんみりした空気となったが、録画しておいた三高との試合を流しながら文也が解説をしたりと盛り上がった。

 

 いつまでも病室に居座っているわけにもいかず文也は会場に帰ったのだが、そのままテントや食堂、自室にはいかず、文也は人気のない林――あの夜に賊を捕らえた場所に来ていた。

 

「こんな夜に愛しの妹差し置いて逢引のお誘いとはまたずいぶん積極的だな」

 

「想像しただけで吐き気がするからやめろ」

 

 そこにいたのは、厳しい顔をした達也だ。

 

 病室からの帰り、達也からメールでここにくるよう指示をされていたのだ。せっかくパーティーをお預けにして周りが休むよう気を遣ってくれてるのに達也も悪いとは思うのだが、これは緊急の用事だ。

 

 もともと九校戦への影響を考慮して今夜言うつもりだった。文也はもとから『モノリス・コード』のエンジニアであり、彼の精神的コンディションも勝負に影響するからだ。

 

 それほど、重要な案件である。

 

 達也は右耳がもうすでに治っていることを誤魔化すために、体を少し傾けて左耳を相手側に向けてそちら側でしか聞けないということを示す。さらに唇のほうを意識的に注視して、唇の動きで何を言っているか読み取ろうとしているという演技もする。今日ずっとこの演技をしていたので、もはや慣れたものだ。

 

「単刀直入に言おう。用件は三つ、まずは先日軍と、お前が氷柱倒しで使った魔法について話した」

 

「あー、うん、それね。あー……どないしましょ?」

 

 文也はそれを聞いて、一気に困り顔になった。珍しく、顔が青ざめている。

 

 その顔を見た達也は、文也が状況を自覚していると察した。そうなると、そもそも元から知っていたなら『分子ディバイダー』を最初から使わないはずであり、おそらく使ってしまった後から気づいたのだろうとも予測した。

 

「今の反応から、お前が『分子ディバイダー』だと知らずにアレを使ったのはわかった。でも向こう――USNAはそうと考えてはくれないだろう」

 

「だよなー。思いついちゃったから使ったはいいけど、あれ絶対まずいよなー」

 

「ああ。おそらくUSNAからは相当穏やかじゃない対応を取られると思う。お前も一応日本人だから、軍もある程度守ってくれると思うが、しばらく大人しくしておいてくれよ?」

 

「一応も何も純粋なジャパニーズピーポーだよ。……わかった。あのオッチャンにもサンキューって伝えといてくれ」

 

 さすがの文也もこの状況には参っているようで、つい先日この場所で敵対していたはずの風間にまで感謝を示している。国防軍がある程度干渉してくれるなら、USNA軍もそう手出しはできないだろう。

 

「それともう一つだが」

 

 ここまでは元から話そうとしていたことだ。そしてここからの二つは、今日、達也自身が気づき、どうしても問いただしておきたいことだ。

 

「お前が最後に使っていたセンサー、あの魔法式をカメラが識別する技術は強く秘匿されてるはずだ。いったいどこからそんな技術を仕入れてきた」

 

 この技術は悪用されれば魔法師の危機であり、海外に流出したりすれば日本の危機である。この情報の出所を、達也は探らなければならない。これは達也お得意のお節介ではなく、真由美からの指示だった。

 

「いやー、ほら、俺も例年の九校戦とか魔法競技は見てたからさ、あのモニターの技術すげーなーと思ってさ……自分で見つけちゃった」

 

「は?」

 

 文也は「テヘペロ☆」と言わんばかりの表情であっけらかんと答え、それを聞いた達也はしばし呆けた。

 

 ありえない。高校生だぞ。こいつは嘘をついているのか?

 

 そんな疑念も湧き出てきたが、達也は抑え込んだ。なにせUSNAの偉大な研究者である故ウィリアム・シリウスが開発した最高傑作であり軍の機密になってる大魔法を、その片鱗だけとはいえ自分で開発してしまった男だ。これもあり得ないことはない。

 

 そもそも考えてみれば、自分自身もなんかいろいろとんでもないものを子供の分際で開発していた。それが――考えたくもないが――このチビにも当てはまってもあり得ないということは、ないのかもしれない。

 

 達也はこれ以上この件について聞くとなると頭が痛くなりそうだったので、次の、最後の質問に切り替えた。

 

「俺が一条の攻撃を食らう前、あいつは後退していた時、急に体勢を崩した。あれは、お前がやったのか?」

 

 達也が気になったのは、このことだった。

 

 達也は『精霊の眼』でイデアを視ていたが、視えるものは視ようとした対象のみで、それ以外は視えない。普通の視覚ならば、例えば木を見ようとしたらその周辺の景色、例えばその隣の木なども視界に入る。しかし『精霊の眼』は、その視ようとした木しか視えない。

 

 故に予想外であった一条の異変、おそらく魔法によるものだが、その原因も見逃してしまったのだ。

 

 達也の反応速度を以てすれば、将輝があそこまで体勢を崩すほどの影響がある魔法なので相応の持続時間があるのが普通であり、その魔法式を視ることは間に合う。

 

 しかし達也が何が起こったのかと思って視てみると、とっくに魔法の痕跡はすべてなくなっていた。たとえ小さな改変だとしても多少の痕跡は残っているべきなのだが、その残滓すらなかったのだ。

 

 これは、達也でも未知の魔法だ。

 

 達也自身は、おそらく一条の脚に何かの魔法を行使したのだろうと予測しているのだが、それ以上はわからなかった。

 

「それは秘密だ。教えられない」

 

 しかし、文也は達也の問いかけを断った。

 

 だからといって、達也は諦めるわけにはいかない。魔法の仕組みや術式を強く問い詰めるのは本来ならマナー違反もよいところなのだが、達也でも観測できないほどでありながらあれだけの効果があるという魔法を、放っておくわけにはいかない。場合によっては国家規模の危機になり得る。

 

 達也の見立てでは、あの魔法は、将輝に付随する周りに干渉したのではなく、将輝自身に干渉していた。彼の『情報強化』を破るほどの魔法は、文也の干渉力では本来ありえない。文也は、『人体に悪影響を与えてかつ隠密性が高い魔法』と、それへの強い適性を隠し持っていたことになる。これは悪用されてしまえば、魔法の予兆や痕跡をほぼ全く残さないのが当たり前という四葉に臣従する『裏仕事』の魔法師よりも、暗殺や洗脳に役に立つこともあるかもしれない。これはさすがに放っておけないのだ。

 

「だが――」

 

「無理なもんは無理! 終わり!」

 

 達也がなおも食い下がろうとすると、文也は強引にそれを打ち切る。そして達也を厳しい目でにらみながら指で指し反撃する。

 

「んなこといったら、お前のだって聞かせてもらうぞ」

 

 そう言われ、達也は途端に嫌な予感がどっと沸き出てきた。

 

 嫌な予想が、的中してしまっている。

 

「まずは、こっちに着いた日の夜に賊を捕まえたときのやつだ。変なんだよ。あいつらが持ってきたであろう武器が落とし穴の中に見当たらなかった。代わりにあったのは、銃の『部品』だけだ。吉田がやったのは気絶をさせた雷撃魔法だって話だし、あの銃の『分解』はお前がやったな? とんでもねえもん隠し持ってやがる」

 

 まず文也が指摘したのは、この会場についた日の夜、賊を捕らえるために達也が使わざるを得なかった『分解』だ。構造情報に干渉する現代魔法の中でも最高難易度に数えられる魔法の一つだが、文也は『情報強化』でのみ自身でも実現しているため、二科生である達也でも『そういうこともなくはない』と考えられるのだ。

 

 達也としては、まだ部品レベルの『分解』だけしか知られていないのは不幸中の幸いだ。『分解』だけでも知られたらまずいのだが、その先の『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』や『術式解散(グラム・ディスパージョン)』までは知られていない。

 

 達也はそこで一瞬安心したが、そこに文也から追撃が入る。

 

「あと、モノリス最終戦の時のだ。俺が人体にちょっとばかし詳しいってのは話したな? 俺の眼は騙せねえぞ」

 

 一瞬安心したところに、さらに知られてはいけないことを言われる予感がした。また再び嫌な予感がどっと沸き出てくる。しかも今回は、さっきのように『不幸中の幸い』すらなさそうだ。達也はここ数日の中で、いや、ここ数年の中でも指折りの大きな動揺をした。

 

「マサテルの攻撃を食らったお前は、確実にダメージを受けていた。それも大怪我だ。あれが直撃して、どんな体術や受け身を取ろうが、普通に動ける程度のダメージに収まるわけねえだろ。俺は確実に、お前が大怪我してるのを見た。肋骨と肝臓あたりがかなりやばかった。それはわかるんだよ。だがその直後。ほんの一瞬、いや、一瞬って言っても足りねえぐらい短さだ。その時にはお前の怪我はすべて一つ残らず治っていた」

 

 やめろ、それ以上は言うな。

 

 達也は、妹が関わること以外でこれまでないほどに自分が動揺しているのが分かった。

 

 これを知られてしまうのは、秘密だとか、それどころの話ではない。

 

「そもそも今だってそうだ。こんな暑い中、その右耳のわざとらしい覆いはなんだ? 唇を注視して、左耳をわざわざこっちに向けてその右耳が聞こえないアピールか? 俺にはバレバレだ。お前の右耳は、とっくに治ってんだよ。治癒魔法でもそんなペースはあり得ない。お前、なんかとんでもないことしてるな? 俺が使ってるセンサーと同じで、お前になんかあったら自動的になんかの魔法が発動して、お前の体調が回復するようになってる。全くなんの魔法か見当もつかねぇけどな」

 

「やめろ」

 

「それもとんでもねぇ速さだ。その速さの秘密は別……多分、あの振動増幅魔法が絶対にありえない速度だったのと同じ理由だ。お前が普段から手を抜いて魔法力を誤魔化してるんじゃないとしたら、特化型であのクソ簡単な魔法と言えど、あの速度で行使されることはありえない。CADとかでは考えられない」

 

「悪かった。謝るから、それ以上は」

 

「一切のタイムラグがない、信号のやり取りが必要ないというようなレベルの話だ。CADを通さないとなると……お前自身がCAD? 体に起動式を保存するメモリが埋め込まれてて神経と直結されてるのか? でも自動で起動式が送られるにしても意識をしてないと魔法はできない。意識レベルであの速度は……まさかお前、無意識で魔法が使える訓練してるのか? でもそんなことできるのか? ほかには……」

 

「頼むからそれ以上の詮索はやめてくれ。これは最高クラスの機密だ。ばれてしまったら、俺もお前も、その周りも、みんな消される!」

 

 達也は必死になって文也を止めた。肩を両手で強く掴み、その顔をにらむ。

 

『フラッシュ・キャスト』も自己修復も、最高クラスの機密だ。軍事的にも、人道的にも、これを知られるわけにはいかない。

 

 最高クラスの機密、というワードを出した途端、文也の口は止まり、また顔色を真っ青にして困り顔になった。

 

「はい今のなし。俺は何も考えない。なんか不思議現象をみただけ。オーケイ?」

 

「……わかってくれたようでなによりだ」

 

 文也の矢継ぎ早な言葉に、達也は安堵した。

 

 文也自身、これ以上やばい秘密で狙われるのは勘弁だ。国防軍が守ってくれるからある程度安心したのに、その国防軍まで敵に回ったら、間違いなく命はない。

 

「ふぅうううう、あぶねぇあぶねぇ。まああれだ。お互いそのおかげで勝てたんだし、もう考えっこはなしだ」

 

「ああ、その方がお互い身のためだな。だが一応、軍のほうにはお前がだいぶ深くまで気づいてしまったかも、ぐらいは伝える義務がある」

 

「俺が危なくなんないように頼むぞ」

 

 もうこの話はこれでおしまい。

 

 そう言うように、文也はこの場を去る。

 

 達也はその場に立ちながら、文也は歩きながら、同じようなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やべぇ)

 

(まずい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也は保身を、達也は軍にどう伝えるか、それぞれ頭をひねって考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あばばばばばばばばばば」

 

「ママッー!!」

 

「ヨーッ! ッセーイなーつがーっ! むっねっをっしっげーきーするぅー!」

 

「まずい……まずみ……」

 

 横浜の高級ビルの豪奢な一室、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

 壮年のおっさんどもが、豪華な部屋の中で、大きなテーブルと豪華な料理を囲み、超高級ブランド物のスーツを着て、やっていることがこの発狂だ。金持ちの違法薬物パーティでもこうはならないだろう。

 

 ムノー・ヘッド……失礼しました、『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』東日本支部の面々は、絶望のあまり、なんというかこう、おかしなことになっていた。

 

 この九校戦で一高が優勝してしまえば、自分たちには死よりもおぞましい末路が待っている。

 

 今の状況は、一高の優勝がほぼ確定した形だ。

 

 一応、将輝たちが四高に勝ったことで、この後三高が最高得点を独占し、かつ一高がゼロポイントならば逆転となるが、そんな都合のいいことは、『普通なら』起こりえない。

 

 故に、一通り騒いで冷静になった……冷静とは言い難いが、多少は落ち着いた彼らは、明日の方針を決定した。

 

「悪いとは思うが、明日の一高選手には全員つぶれてもらう。『ミラージ・バット』は全員棄権、『モノリス・コード』も昨日と同じような感じでやればいい。全員、予選で消えてもらおう」

 

「三高のサポートもしなければなりますまい。こうなったら紛れ込ませた工作員をフルで活動させよう」

 

「よし、勝ち筋は見えた。私たちは、必ず生き残る」

 

 不気味な低い笑いが部屋にこだまする。彼らとて巨大な国際犯罪シンジゲートの幹部にまで上り詰めた猛者たちだ。最後の最後まであきらめない胆力はあるし、笑いが心を活性化させることも知っている。

 

 たとえそれが、空元気であったとしても。




あまり動きのないつなぎの回だったので、次回は早めに投稿します

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