マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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「おいおい、なんの騒ぎだ?」

 

 九校戦最後の二日間は、エンジニアが総動員されることになっている。しかしこの大事な試合を怪しげな文也に任せようという勇気ある上級生はおらず、ここから二日間、文也の仕事は無い。

 

 選手としてもエンジニアとしても出番が終わった文也は、九校戦九日目、見事なおそよーございますを決めて一高テントに合流した。

 

「わ、渡辺先輩が、魔法事故で!」

 

「は? 風紀委員長さんが? んなことあるのかよ」

 

 不安そうに目を潤ませるあずさが文也の声を聞くや否やすぐに駆け寄ってきて、パニック気味ながらもなんとか事情を説明する。

 

 それだけではわからない部分は多いが、話の核心だけは理解した。

 

 おそらく、摩利が、『ミラージ・バット』の、時間的に考えて一回戦で魔法事故を起こしたのだろう。

 

 しかし文也からすればありえないことだ。摩利は魔法の達人であり、魔法事故など起こすはずもない。

 

 若い魔法師の卵や雛である普通の高校生ならまだしも、摩利はプロ顔負けの超一流魔法師だ。日常の油断した場面ならまだしも、競技本番という事前に心も体も整えてきた場だ。そんなところで、ここまで騒ぎになるような事故を起こす女ではない。

 

 となると、外的要因……何者かによる工作だろう。

 

 文也は入り口からどいて、あずさを抱きしめて頭をなでて慰めながら、周りの会話を聞き取って情報を得る。

 

『ミラージ・バット』第一戦目にでることになった摩利は、『バトル・ボード』での屈辱を晴らすべく気合十分で挑んだが、途中で何かの原因でCADが作動せず、魔法も起動せず、超高所から水面ぎりぎりで大会委員の魔法によって受け止められるまで落下したのだ。本来ならもっと早く大会委員は受け止められたのだが、そちらのCADも不発を起こし、係員の機転でCADなしで魔法を行使してぎりぎり間に合った。という顛末だ。

 

 一歩間違えれば高所から水面にたたきつけられるという大事故であり、かなり危ないところだったのだ。

 

 さしもの摩利もこれには相当メンタルがやられた。ショックによる気絶もなく、また自分で立てないということもないのは流石だが、自信があった魔法でこれがあっては、とてもではないが平常心ではいられないだろう。

 

 この状態で競技に出るのは危険と判断され、摩利はあえなく棄権となった。

 

 あずさが落ち着くと、文也はすぐに達也に電話をした。

 

「おい司波兄、今起きたんだが、なんか原因はわかったか?」

 

『井瀬か。なにがあったかは分かってるみたいだな。俺の友人が原因らしきものを観測した。渡辺先輩のCADが不発になる瞬間、一瞬だけ古い電化製品の火花の様な現象が見えたそうだ』

 

「それは物理的な方か?」

 

『いや、イデアのほうだ。精霊がそうやってはじけて消えたらしい』

 

「……なんてもんが見えてやがる。まあそれはいい。手口はなんとなくわかった。おい司波兄、二戦目は妹さんだろ? CADを預ける時、よくチェックしておけよ。そのタイミングだ」

 

『わかってる』

 

「ならいい。こっちは『ツテ』を使って調べておく。もう俺は暇だからな」

 

 文也はそう言って通話を切ると、あずさに別れを告げてテントから出て、すぐに自室に戻って電話をかける。相手は文雄だ。

 

「親父、さっきの事故は見たな?」

 

『ああ、あの渡辺摩利が自分のミスでああなることはない。CADに細工をされたな』

 

「そうだ。精霊が見えるらしいやつが、CADのあたりで精霊が火花を散らすみたいにはじけたって言ってたそうだ」

 

『まさか『電子金蚕』か。大陸らしい手口ですこと』

 

「なんだかよくわからんがそんな魔法があるのか」

 

『ああ。簡単に言うと機械の動作を狂わせる魔法だ』

 

「やばいな、それ」

 

『モノリス・コード』新人戦と今回、いよいよ黒幕――『無頭竜』は、本格的に一高の妨害を始めた。未だ理由は不明だが、その工作の結果がすべて一高の勝利に不利な働きをしている。優勝をしてほしくないのだろう。

 

「そろそろ本格的に調べてくれ。こっちも友達が二人やられて我慢の限界だ」

 

『あずさちゃんと駿君だな。……わかった、こっちも本気だ。高校の違いなんて関係ない』

 

 息子の親友として、文雄は二人のことをよく知っている。故に、文雄も相当怒っていた。

 

 昨日一昨日は『モノリス・コード』に集中するためと、競技の疲れから何も探らなかったが、文也も本格的に対応し始める。

 

 しかし文也ひとりでやれることは少ない。よってひとまず父親に任せ、文也はとりあえず下手人がいる可能性が最も高い場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、なんの騒ぎだ?」

 

 文也は一高テントに入った時と全く同じセリフを言いながら、CADチェックを行っている大会委員のテントに入った。

 

 その中では、達也が係員らしい男を取り押さえている。

 

 突然の出来事に加えて突然の闖入者に他スタッフが困惑する中、達也は一層拘束を強くしながら文也に説明する。

 

「こいつが深雪のCADに細工した」

 

「そうか」

 

 その瞬間、濃密な殺気が膨れ上がったのを、周りのスタッフは感じた。

 

 文也は表情を変えることなく、平然とすたすたと歩いてテントの端に向かうと、そこに置いてあったパイプ椅子を持って達也たちに近づくと、拘束されている係員の頭に向けて思い切り振りかぶった。よく見ると眼は鋭く、底冷えするほどの冷たい怒りを湛えていた。

 

 二つの激しい殺気にテントが満たされる中、そこに穏やかな老人の声が届いた。

 

「何事かね?」

 

 そこに現れたのは、今代『最巧の魔法師』とうたわれる九島烈だった。

 

「――九島閣下」

 

「九島のジイサンか」

 

 その姿を見た達也は鬼気を収めて立ち上がって一礼して非礼をわびたのに対し、文也はぞんざいな反応をしてパイプ椅子を下ろしただけだ。下ろした時にパイプ椅子の端が係員の頭に当たったが、だれもそれを気に留めない。

 

「君らは――第一高校の司波君と、井瀬のワルガキか。昨日の試合は見事であった」

 

「ありがとうございます」

 

「そりゃどーも」

 

 九島の言葉に、二人は真逆の態度で反応する。その後、達也が説明を始めると九島はCADを手に取り、それが『電子金蚕』であることを見破る。そのまま流れで二人は解放され、一高テントに戻った。

 

 その道すがら、達也は文也に尋ねる。

 

「九島閣下と知り合いなのか」

 

「ちょっとな。親父の知り合いでよ、その縁でうちに来たんだけど、俺が悪戯しかけたんだ」

 

「なんてことを」

 

「まあ即見破られて撃退されたんだけどな」

 

「いくらお前の家族と言えどそれはさすがに怒っただろ?」

 

「親父も母ちゃんも手叩いて笑ってた」

 

「あっそう」

 

 達也は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あーちゃんって結構神経太いの?」

 

「いきなりなんですか!?」

 

 なんやかんやあって予選第二回戦手前、司波兄妹を見て、何か考えているようだが想定していたほど深刻でない様子のあずさに、真由美は声をかけた。

 

「いや、てっきり一科とか二科とかの枠組みとか、あの二人の異常性にいろいろ思うところがあるんじゃないかなって、上級生のお姉さんらしくカウンセリングしてあげようと思ってたんだけど」

 

「えっと、今まさしくそのこと考えていたんですけど……」

 

 あずさは困り顔だ。何せ、彼女の言う通り、まさしくそのことについて悩んでいたからだ。

 

 優等生としての『自信』。それが揺るがされたあずさは、思い詰めていた。

 

「うーん、いや、まあそうなんだけど」

 

 ただ、真由美からすれば、その悩みはだいぶ軽く見えた。

 

 なんというか、「まあそういうこともあるだろう」とか、「知ってた」とか、そういった、浮いていながらも何か根拠がありそうな納得をしていて、それがあずさの悩みをかなり軽減させているように見えたのだ。

 

 ただ自分に言い聞かせて割り切っているだけではない。無意識でそう考えているのである。

 

「あ、わかった。あーちゃん、同じくらい異常なの知ってるもんね?」

 

「もういったいなんなんですか……」

 

 真由美があくどい笑顔を浮かべる。この笑顔は何回か見た。あずさの同級生でもあり二年生で自身と双璧をなす生徒会役員、範蔵をからかおうとしているときの顔にそっくりだ。若干うんざりしつつも、あずさは次の言葉を促す。

 

「なあにとぼけてるのよ! 愛しの彼、井瀬君でしょ?」

 

「ふぇっ!?」

 

 からかいがくると身構えていたはずなのに、あずさはすぐに顔を真っ赤にしてうろたえた。ちょろいやつである。

 

「い、愛しの彼ってそんな……いや、そうですけど」

 

「なに? ほんとに付き合ってるの? まあイチャイチャしてるしねえ」

 

「そ、そっちじゃなくて! そうっていったのは、ふみくんのことを考えてたことです! ふみくんは、その、彼、とか、い、愛とか、そ、そういうのじゃなくて、えーと」

 

 真由美はこの時点でかなり満足していた。百点満点中三百点の反応をしてくれた。

 

「た、たしかに、ふみくんのことを知ってたから、軽くなってるのかもしれません。ふみくんは昔からずっと、ずっとすごくて、いつも魔法に関することでは一番でしたから」

 

 真由美は知らないことだが、あずさは知っている。文也は、魔法師界隈を揺るがす『マジカル・トイ・コーポレーション』の魔工師『マジュニア』であると。もともと当時から圧倒的に魔法関係で優秀であった文也に、あずさは勝てた部分があまりない。そうした規格外の存在を知っているから、悩みが小さかったのだ。

 

 そう言ってあずさが浮かべた笑みは、穏やかなものだった。先ほどまでの狼狽によって頬は赤らみ目に涙が少し浮いているが、それがより一層、彼への想いを表しているように、真由美は思えた。

 

 尊敬できる幼馴染を見る親友としてだけでなく、すごい弟を見る姉の様なものや、自覚していない想い、それらが緩やかに混ざり合った、そんな想い。

 

 真由美から見れば厄介なワルガキだが、あずさからこう見られているのを感じた真由美は、文也のことを少しだけ見直した。

 

(大事にしてあげなさいよ、井瀬君)

 

 可愛い後輩の行く末を、真由美はひそかに応援した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪が飛行魔法を披露して決勝進出を決めたり、ジェネレーターが暴れそうだったのを柳・真田・藤林が止めたり、決勝戦で『フォア・リーブス・テクノロジー』製の飛行魔法を使う深雪と『マジカル・トイ・コーポレーション』製の飛行魔法を使う四高選手、それに即興で飛行魔法に対応したらしく得意の『稲妻(エクレール)』と併用して食らいつく三高の一色愛梨が最後まで接戦を繰り広げて深雪が優勝したりしたこの日の夜。

 

 達也は公安である遥から情報を受け取り、藤林の運転で横浜へと向かう。

 

 復讐を果たすために。

 

 その道中、藤林から、妙に気になることを言われた。

 

「ねえ、この件、私たち以外に探っている奴がいるわ」

 

「十文字先輩とか七草先輩のところでは? はたまた『電子金蚕』から逆算して察した九島閣下かと」

 

「いいえ、『数字付き』のところはそこまで深く動けてない。私たちが知らない集団よ。どこまで知ってるかはわからないけど」

 

「だとしたら国家規模でしょう。いよいよ言い訳を諦めて本腰を入れたのでは?」

 

「それくらいしかいないわよねぇ。でも、なんか気になるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待ってくれ! ボスの名前はリチャード=孫だ!』

 

「表の名は?」

 

『……孫公明』

 

 達也は恐怖による尋問で、『無頭竜』のボスの情報を次々と聞き出す。そして聞きたいことを聞き出すと、最後に残した男を『消失』させた。

 

(あっけなかったな……結局、俺ら以外に調べていたのは誰なんだ)

 

 達也はそんな疑問を抱きながら、帰り支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃありゃ」

 

 その様子を、藤林やその他の団体の監視から逃れて、高性能望遠鏡で見ていた男がいた。

 

 公安や軍のツテを使って調べ上げ、息子の復讐のために頑張ろうとしていた文雄は、準備をしていた途中で『無頭竜』側の騒ぎに気付き、しばらく様子見をしていた。

 

 ジェネレーターが『消失』させされ、幹部たちも消えていく。途中でジェネレーターたちが指さした方向を見ると、そこには目元を隠した少年が立ち、特化型CADを『無頭竜』のほうに向けていた。

 

 文雄はすぐに恐ろしい魔法であると直感した。あの距離から対象を知覚し、『情報強化』も『領域干渉』も消し飛ばし、人体も消失させる。

 

 文雄は、理論上でしか聞いたことない、究極の『分解』魔法だとすぐにわかった。

 

 息子も『情報強化』だけならなんとか分解できるが、こちらはこの世のものすべてを分解できてしまえそうだ。しかも、その分解の精度は、息子が開発したものとは比べ物にならない。

 

 まさしく悪魔。魔王。

 

 そんな形容すら陳腐なほどに、この少年の姿は恐ろしかった。

 

 文雄は冷静になり、当初の目的を忘れて考える。

 

 望遠鏡で見続けることはしない。明らかに『やばい』案件だ。超遠方から見ていても、第六感の様なもので余裕で気づかれてしまうだろう。

 

 あの少年の体格、立ち姿、構え方……つい最近見たことある。

 

(司波達也君、か)

 

 文雄はばれないよう、そそくさと帰り支度をしながら核心に至る。

 

 なるほど、納得だ。息子から聞いた情報も相当異常だが、その範囲を超えた存在であったようだ。

 

 様々な特徴も合致するし、文也が言っていた情報――魔工師技術、運動神経、戦闘能力、戦術勘、軍の高官と知り合い――からするに、達也は息子すらも超える異常な存在だろう。

 

(こりゃ参ったな)

 

 そして達也のもう一つの正体にたどり着く。

 

 あの分解は、まさしく、もはや伝説となっている最高機密と合致している。

 

 三年前の沖縄防衛戦。自分の息子、文也にも縁が深い出来事だ。

 

 その中で大暴れした謎の魔法師。

 

 その時の様子と一致する。

 

 とんでもないことを知ってしまった。

 

 このことはさすがに息子には話せない。

 

 文雄はそっと心の奥にしまっておいて、帰りながらどう息子に経過を説明しようか頭をひねった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、一仕事終えた達也は、自室で深雪に迎えられた。もうかなり遅い時間なのだが、明日は二人とも完全にオフだ。夜更かしは問題ない。

 

「お兄様、お疲れさまでした」

 

「ああ、ありがとう」

 

 そんなやり取りをして、深雪が準備した紅茶を囲いながら、今日の経緯を説明する。

 

 そんな話が終わると、達也の話は、昨夜の文也との密会についてになった。

 

 深雪はまず、こっそり会っていたことに驚いた。達也は、内容が内容なので競技前に知っては悪影響だろうと黙っていたのだ。

 

 そして文也に『フラッシュ・キャスト』と自己修復について、深い疑念を持たれていることを話すと、深雪は怒りを通り越して、恐怖を覚えた。

 

「そんなことを……そんなことを知覚して、そこまで予測できるだなんて……」

 

「ああ、俺も驚いた。高校生とか魔法師とか、そういうレベルにいるやつではない」

 

 重要な案件だ。本来なら軍だけでなく、『四葉』にも報告しなければならない。

 

 しかし、それはできない。軍はまだ待ってくれるが、四葉は容赦しない。世界最高峰の暗殺部隊が送り込まれ、文也は殺されてしまう。さすがにそれは避けなければならなかった。

 

「深雪、気を強く持って聞いてほしいことがある。まだ確証はないが、井瀬について、確信がある」

 

「はい、どうぞ、お話しください、お兄様」

 

 深雪はまだ動揺しているが、視線は定まり、覚悟を決めている。

 

「あいつ、井瀬文也は、『MTC』の『マジュニア』だ」

 

「……………………そういう、ことでしたか」

 

 驚きと怒りで深雪は暴走しそうになったが、長い沈黙を通して、なんとかその感情を抑え込んだ。

 

「『深淵』、『地雷原』、『爆裂』、『インフェルノ』、『分解』、『分子ディバイダー』、『キルリアンフィルター』、他者の秘匿技術や高等技術を、たやすく再現して見せる。そんな圧倒的な技能と遠慮のなさは、考えてみれば、今まで嫌というほど見せられてきた」

 

 達也は、この結論に至った過程を説明する。深雪ももうわかっていることなのだが、落ち着くための時間を取るためにあえてそうしているのだ。

 

「それは『MTC』の『キュービー』と『マジュニア』だ。最初からヒントはあった。そこの改造デバイスを愛用し、使いこなしている。そりゃあそうだ。開発したのは自分自身だからな。やり口もそっくりだ。井瀬みたいなことができるやつがこの世に何人もいるはずがない。この二人のどちらかと考えるほうが自然だ。登場時期と年齢的に見て、あいつは『マジュニア』だ。四高に、唯一俺に魔法のことを教えられる先生がいると聞く。それは井瀬の父親、井瀬文雄のことだろう。それが『キュービー』だ」

 

「最初から、そういう運命だったのでしょう」

 

 怒りがにじむ声で、深雪はつぶやく。兄の話は、頭に入ってこない。

 

 兄の『聖域』を侵す存在が二つあった。その二つが、深雪はたまらなく憎かった。

 

 一つは『マジカル・トイ・コーポレーション』。『トーラス・シルバー』の片割れとして活躍する兄の名声を技術で奪い合い、アイディアがかぶったあげく、時にはその先を行く。

 

 もう一つは井瀬文也。高校生のレベルをはるかに超えた魔工師技術、『パラレル・キャスト』、分解。兄だけの特別な技能のはずだったのに、それをやってのける。

 

 この二つが同一なのだ。そして、そんな異常な存在が同じ国、同じ年に生まれ、同じ高校に入ってくる。

 

 最初から達也とぶつかってしまう。そんな存在だったのだ。

 

 深雪の憎しみと怒りは、これを受けて倍増した。しかし、その激しさは収まった。

 

 今まで矛先が二つもあって、無秩序に怒りが散っていたが、その対象が一つに収束した。

 

 それにより、感情は増幅されたが、それは塊になり、無秩序にあふれ出すことがなくなったのだ。

 

 そんな妹を、達也は考えることもなく、無意識に抱き寄せ、優しくなでる。

 

 心配ない。大丈夫だ。

 

 妹を元気づける。

 

 頼れる兄として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、あーちゃん」

 

 少し時間は戻り、達也が『無頭竜』と戯れているころ、あずさは文也の部屋を訪れていた。

 

 あずさは笑顔だが、どこか表情に元気がない。

 

 何か悩んでいるのだろうと思った文也は、事情を聞かずに部屋に招き入れる。

 

 あずさはイスに、文也はベッドに座る。あずさはずっと黙って、何か迷うようにもじもじするだけだ。

 

 しかし深呼吸をすると、あずさは覚悟を決め、意を決して話そうとする。

 

「あの、あのね、司波君のことなんだけど」

 

「あいつが『トーラス・シルバー』だってこと?」

 

「もしかしたらトーラ……って、ええ!? なんでわかったの!?」

 

「あーちゃんなかなか勘が利くじゃん」

 

「それはどうでもいいの! なんで私が言おうとしてることが分かったの!?」

 

 あずさは立ち上がり、強く握りしめた両手を胸の前に持ってきて文也に詰め寄る。顔の距離が相当近いが、お互いに気にした様子はない。

 

「まあまあ落ち着け。アイツが『トーラス・シルバー』のどっちかなのは、今回のを見ればわかるだろ。司波兄が用意したのは全部高校生どころか、プロの魔工師のレベルに収まってない。あんなことができるのは、俺か親父、それと『トーラス・シルバー』ぐらいのもんしかいないさ。ここにあともう一人なんかいてたまるかよ」

 

「や、やっぱり、そう思った?」

 

「おう」

 

 公開されていない術式、異常な魔工師技術、最新のデバイス、未発売のシルバーモデルCAD、どれもが怪しさ満点だ。文也も、父親への対抗心で本気を出しすぎたので、達也あたりには自分の正体が気づかれるかもしれないという自覚はあるので人のことはいえないが、達也もやりすぎだ。

 

 まあ高校生がかの『トーラス・シルバー』だなんて想像するほうが無理があるが、だからといってこんだけのヒントがあれば結構な人数が勘づきそうである。それでも勘づいたのが文也とあずさだけだった。

 

 やはり、どんな常識はずれなものを見ても、それを常識の尺度で見てしまう。

 

 いくらなんでも、『普通に』、『常識的に』、『まっとうに』考えて、高校生がかの『トーラス・シルバー』であるはずがない。

 

 無意識的に、ほぼすべての人々はそう考えた。

 

 しかし、ここにいる二人は、その『常識外れ』が日常にいる。故に『常識』というタガは外れている。

 

 文也は『キュービー』こと文雄の息子であり、『マジュニア』本人。

 

 あずさはその文也と幼馴染で、さらに二人の素性も知っている。

 

 文也と深い仲だといえど、このことは、駿も将輝も真紅郎も知らない。

 

『そういうこと』を深く知っているがゆえに、「『そういうこと』もある」ということを実感している二人は、達也が『そういうこと』であることにたどり着いたのだ。

 

「同じ高校に『マジュニア』と『トーラス・シルバー』が同学年でいるなんて……」

 

「傑作だよな。いっそジョージも引っ張ってきて『カーディナル・ジョージ』も加えるか?」

 

「何なの、その恐ろしいトリオ……」

 

 この三人が並び立つことを想像して、自身もまた優秀な魔法師であり魔工師でもあるあずさは恐ろしさを覚える。三人が手を組めば、魔法師界隈がひっくり返りかねない。世界中の魔法技術者が全員その道を捨てて別の道を探しそうなレベルだ。

 

「ま、別にアイツが『トーラス・シルバー』だってわかったなら話が早いな。ライバルが二人いると思ってたけど、それが同一人物なら一人だ。少なくとも四位じゃなくて三位は確定」

 

「ふみくん、弱気すぎ……」

 

「だって四と三じゃ全然違うだろ? ま、ゆくゆくは絶対的な一番になってやるさ」

 

 文也がライバル視するのは二人。『トーラス・シルバー』司波達也と、『キュービー』井瀬文雄。

 

 口ではこう言っているが、今の段階でも負けているつもりはない。文也の感覚では、総合的に見れば三人でほぼ横並びだ。

 

 そもそも『フォア・リーブス・テクノロジー』は最先端で最新鋭で最高の技術を提供する会社であり、いわば高級品だ。それに対して『マジカル・トイ・コーポレーション』は安くてお手軽、便利を売りにしており、競争相手とみるのも適切ではない。

 

 しかしそれでも、やっぱり自分の得意分野なのに、負けている部分があるのは悔しいし、勝ちたい。

 

 だから、あえて競争相手として、達也を意識する。

 

 それこそが、文也の『負けず嫌い』だ。

 

「ひとまずテストの成績で勝ってやんなきゃな。よーしこの夏は頑張るぞ」

 

「ゲームばっかりにならないようにねっ」

 

「………………持ち帰って、前向きに善処する方向で検討しようと予定する所存です」

 

 肯定の言葉が並んでいるのに、あずさには否定にしか聞こえなかった。




次回が2章の最終回となります

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