マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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累計ポイント1000突破ありがとうございます。
あと、日間ランキングにも乗ってたようです。ありがとうございます。


2-25

 九校戦最終日。

 

 もう一高の完全優勝は決定しているのだが、だからといってその熱気が収まるわけではない。

 

 むしろ他校は一矢報いんと闘志を燃やすし、一高はそれを跳ねのけて最終日も勝って気持ちよく終わるつもりだ。

 

 そんな最終日に行われるのは、『モノリス・コード』の決勝リーグのみ。

 

 ずいぶんとバランスの悪い日程だが、最終日は表彰式と閉会式、パーティーなどがあるため、余裕のある時程が組まれているのである。

 

 そんな『モノリス・コード』には選手や作戦スタッフだけでなく、エンジニアも遠慮なく使う。一人につきエンジニア一人ずつという大盤振る舞いだ。

 

 克人には三年生の木下、辰巳には五十里、範蔵にはあずさが、それぞれ担当する。

 

 あずさと五十里は二年生で木下は三年生だが、知識も技能もあずさと五十里のほうが数段上だ。よってあずさと五十里が作戦の軸になるであろう克人と辰巳を担当するべきなのだが、いかんせん、この二人、めっちゃ怖い。怒ったり大声を出したりすることはないのだが、見た目もいかついし、態度も威圧感がある。

 

 ゆえにあずさはどうしても委縮してしまって腕が振るえないので、範蔵を担当することになった。範蔵も人当たりが良くないし気性も荒い方なのだが、あずさが心を許す数少ない友人の一人であり、だれにでも敬語のあずさが普通の口調で話せる数少ない一人でもある。

 

 そしてその調整の様子を、文也と達也は見ていた。

 

 それだけではない。技術スタッフは全員ここに集められている。「今後に生かすために見学するように」ということだ。

 

 ただし文也と達也に対しては建前でしかなく、最終決戦の準備のミスチェックをするアドバイザーとしての役割を期待されて集められた。

 

 故に達也は昨夜のことについての風間たちへの報告のためにわざわざ早朝に起きざるを得なかった。同じ境遇でありながら寝坊して遅刻してきた文也がうらやましい限りである。

 

 そしてこの二人から見られた状態で調整をする三人は、これ以上ないほどのプレッシャーを感じていた。なにせ二人とも一年生にして最高峰の腕を見せたエンジニアだ。上級生として、恥ずかしいところは見せられない。文也に見られることは慣れてるあずさも、達也にもみられているため緊張している。

 

「木下センパイ、『ファランクス』が入ってるデバイスはまあいいとして、汎用型のほうはその登録だと会頭さん大変だぜ。よく使う魔法から順に若い数字にするんじゃなくて、入力しやすい順にするんだ」

 

「五十里先輩、その事前時間設定では、辰巳先輩の拳の速度に間に合いません。あとコンマ1秒ほど早くするべきです」

 

 そしてこの二人、遠慮なくズバズバと切り込んでくる。しかもかなり細かい。

 

 実は、事前に真由美と鈴音から「遠慮なくどうぞ」とおすすめ、および命令されているのだ。

 

 会長からそう言われてしまっては仕方ない。

 

 そう考えた二人は、余すことなく気になったところの修正を要求した。

 

 結局、最終的に三人はいつも以上にぐったりと疲弊したが、出来上がった調整は、三人にとって過去最高の出来だった。

 

 ちなみに三人の中で一番注意が少なかったのはあずさだ。元から優秀なのもあるが、ここ数か月は文也との交流によってさらに実力を伸ばしている。

 

 克人は、そんな姿を見ながら、来年も一高は大丈夫そうだ、と、自分の試合とは全く関係ない安堵をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉会式の表彰は、まず各競技の優勝者の表彰から始まり、新人戦準優勝・優勝、本戦準優勝・優勝、そして総合準優勝・優勝の表彰という流れだ。

 

 新人戦優勝一高、本戦優勝一高、総合優勝一高と、他校にとってはとんでもなくつまらない閉会式となったが、これは王者の特権として、一高はその栄冠と達成感と優越感を大いに楽しんだ。

 

 そして夜のパーティ。達也が他校から見て近寄りがたい反動で、文也には他校からのアプローチが集中した。達也に並ぶ技能と活躍を見せた文也は、すっかり他校、特にエンジニアからは注目の的なのである。

 

 それに気を良くした文也は、あずさの制止も聞かずに、魔法でちょっとした芸を披露して楽しませてみせる。そしてそれを察知して自分の用事を打ち切ってまですっ飛んできた摩利に跳び蹴りを食らう。この場で魔法の行使はご法度なのだ。担当である駿がいない今、文也の監視役は摩利だ。昨日あんなことがあったのにもうこれだけ元気なのはさすがのメンタルというべきである。

 

「このヤロッ、てめえ口ん中切ったじゃねぇか! 旨い料理楽しめないだろボケ!」

 

「うるさい! サルは残飯でも食ってろ!」

 

 他校の注目が集まってる中ギャイギャイ騒ぐ文也と摩利。久しぶりに担当をするものだから、摩利も冷静さを欠いているようだ。

 

 それを見た真由美は恥ずかしさで死にそうになる。文也をエンジニアに選ぶとなった時の懸念が見事的中した。

 

 幸い、摩利は鈴音によって冷静になり、文也は事態を察した将輝が駆けつけて腹パンをして黙らせた。そして、なにげない将輝の同情的な視線が、摩利と真由美を傷つけた。

 

 ちなみに騒ぎを聞きつけたスタッフが止めようとしたが、九島烈が「ほっとけ」と呆れ声で言ったことで、そこまでの騒ぎにはならなかったことを付記しておく。

 

「全くお前は、大人しくするってことができないのか」

 

「ぐえー」

 

 遠慮なく料理を貪り食ってた文也は鳩尾を殴られたせいでリバースしそうになるが、すんでのところでこらえる。話を聞いている様子もない文也を見て、将輝は深いため息をついた。

 

「マサテル」

 

「マサキだ」

 

「おまえさ、司波妹をこのあと誘うのか?」

 

「ブフッ」

 

 そこに唐突に飛んできた文也の問いかけに、将輝は思わず飲んでいた炭酸ジュースを噴き出した。幸い周りに見られることはなかったが、かなり恥ずかしい様だ。

 

「ま、まあ、あー、誘う」

 

「ほーん頑張れよ」

 

 自分から聞いておいてこの返事である。

 

 将輝は気疲れを感じながら、早くお偉方に囲まれているジョージが戻ってこないものか、とため息を吐いた。

 

 そんな時間も過ぎ、大人たちが退出して、ダンスパーティが始まる。

 

 将輝は無事深雪を誘うことに成功し、達也は一年生女子と真由美を次々と相手する中、文也は黙々と出された料理を食べていた。周りがダンスに夢中になっているうちに、好き放題食べるチャンスだ。

 

 文也がピザをほおばりながら歩いていると、同じく暇をしていたあずさに遭遇した。

 

 あずさは身長が低く、体格の良いスポーツマンが集まるこの場ではちょうどよくダンスをできる相手がいない。よってダンスをぼっーと見てるか料理を楽しむか談笑をするかしかないのだが、みんなダンスしてて談笑相手はいないし、ダンスを見ていても一部のペアを除いたら――翻弄されてる達也とか、がちがちな幹比古とかはなかなか面白い――面白くなく、だからといって小食なので料理ももうおなかいっぱいだ。

 

 よって隅っこでぼけーっとこの夏は何して過ごそうかな、とか、次の生徒会長は範蔵君だとして会頭は誰がなるんだろう、とか、とりとめのないことを考えていた。

 

「ようあーちゃん。メシ食わねぇの?」

 

「あ、ふみくん。うーん、もうおなか一杯かな」

 

「ほんと全然食わないよなあ。そんなんだから大きくなんないんだぞ」

 

「よく食べるふみくんがこれだから説得力無いね」

 

「え、ひどくない?」

 

 くだらない会話が交わされる。

 

 しかしくだらなくても、あずさにとっては談笑の相手ができたのだ。これ幸いととりとめのない雑談に花を咲かせる。

 

 そんな二人の前を、真由美にもてあそばれて困憊になって休憩しようとダンスの輪から離れた範蔵が通って、二人に気づいた。

 

「なんだ中条と井瀬。二人は踊らないのか?」

 

「うーん、みんなおっきいから、私踊れないんだよねえ」

 

「俺は誘われなければ踊る理由ないかなー」

 

「お前ら……」

 

 話しかけてみたは良いが、そんな二人の反応を聞いて半蔵は心の底から呆れた。

 

「まず井瀬、いいか、ダンスパーティーは、通常は男から誘うものだ」

 

「あーそういえばアニメでそんなん見たわ」

 

「そうか」

 

 範蔵の反応はあきれ果ててそっけない。そのまま文也から視線を外し、あずさを見て注意する。

 

「中条。身長が合いそうな相手が、お前の隣にいるだろうが」

 

「へ? ん? ……ああ、確かに!」

 

 あずさは隣を見て、そこにいる文也を見て、ようやく納得した。

 

 一緒に踊るくらいに親交があって、体格が合う。まさしくぴったりではないか。

 

「じゃあふみくん、踊ってみようか」

 

「おう、いいぞ。俺踊れないけど」

 

「井瀬、お前の頭は鶏か?」

 

 そんな会話を始めたので、範蔵が井瀬の頭をひっぱたく。

 

「俺はさっき、なんて言った?」

 

「いつつ……あ? ダンスパーティーは男の方から……ああ、そういうことね」

 

「全く……」

 

 範蔵は文也の反応を見ると、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ改めて。……あーちゃん、一緒に踊ってくれ」

 

「うん、いいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也が差し出した手を、あずさは満面の手で取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しいダンスパーティーが終わっていきなりこれかよKY」

 

「お前は中条先輩と踊った以外は食ってばっかだっただろうが。俺だってこんな日にこれは勘弁してほしいよ」

 

 ダンスパーティーもお開きになり、みんなが寝静まった夜。事前に連絡を受けた文也は、あくびを噛み殺し、憎まれ口を叩きあいながら達也に連れられてホテルの廊下を歩いていた。

 

 用事は断ってもいいのだが、事情が事情だけにそういうわけにもいかない。帰りの準備でドタバタする明日よりも、こっそり動ける今が一番好都合であり、それはわかっているのだが、だからといってあまりにも無粋なタイミングだ。文句の一つや二つは許されるだろう。

 

「失礼します」

 

「失礼されました」

 

 達也はドアを開ける時に挨拶をし、文也は夜中に呼び出された恨みを込めて皮肉を吐く。

 

 その部屋に待ち構えていたのは、風間と真田と柳、藤林に中山――達也からすればいつものメンバー、独立魔装大隊のメンバーだ。

 

「こんな夜分遅くにすまない。そちらに腰を掛けるといい」

 

 呼び出した側の風間は、あくまでも尊大な態度だ。達也が部下だから、という話だけではない。本来なら外部の人物である文也を呼び出した公務員として礼儀はわきまえなければならないのだが、達也から「あいつは、なんかもうそういうのはいらないでしょう」との言葉に従ってこの態度だ。

 

「さて、まずは二人とも、九校戦優勝おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「どーも」

 

 文也は頭を下げない。イスに深く腰掛けて背もたれにふんぞり返り、脚を組んでいる。ただし周りからは反抗期の小学生にしか見えていないのはご愛敬だ。

 

「さて井瀬君、君をこんな時間に呼び出したのは、それだけ緊急の用事があるからだ」

 

「あーうん、『分子ディバイダー』は俺も悪いと思ってる。なんか、こう、すまん」

 

「わかってくれているようで何よりだ。とはいえ我々が動くのも限度がある。自分の身の周りには気を付けておくように」

 

「なんか、外交ルートであちらさん説得できない? 『術式を盗んだんじゃないんです! 知らずに再現しちゃっただけなんです!』って」

 

「そんなことできるというだけで脅威だ。良くて拉致して強制スカウト、悪くて死よりも苦しい目にあって情報を抜かれるだろうな」

 

「やばすぎんだろそれ」

 

 そんな会話をしているうちに、三人に対して藤林から紅茶が出される。文也は毒を疑って風間とカップを交換し、甘党なので砂糖をたっぷり入れ、ついでに達也のカップを奪って互いの中身を折半する。

 

「そんなに疑われたら悲しいわ」

 

「それよりも井瀬、俺は無糖派なんだが」

 

 そのあまりの行動に、文也以外は思わず唖然としてしまう。

 

 しかし、文也からすればここにいるのは一歩ずれれば全員敵。これでも足りないくらいだ。

 

「うわこれうっま。……そんなこと言われたって、警戒しとくに越したことないだろ。お前らは俺を守ってくれるのは嬉しいけどよ。ちょっとここにいるやつ、全員キナ臭すぎるぜ。普通の軍人さんが一人もいねぇじゃねえか」

 

「なんとかそのきな臭さは紅茶の匂いで我慢してくれるかしら」

 

 文也の反抗も軽く流される。この程度の腹の探り合いなど、ここにいるメンバーなら朝飯前だ。時間的にはお夜食だが。

 

「『分子ディバイダー』の件だけではない。井瀬君、きみは、『気づいた』そうじゃないか」

 

「なんのことだ?」

 

「ふふっ、わかっているだろう?」

 

 文也はあえてとぼけることで、疑っている二つを風間たちがどう呼んでいるのかという情報を抜き出そうとしたが、その程度の意図は当たり前のように読んでいる。子供をあやすように風間はそれを受け流した。見た目はまんまいかつい大人と子供なので間違ってはいないだろう。

 

「達也からも聞いていると思うが、あれらは、最高クラスの国家機密だ。我々としては本来なら勘づかれただけでも厳しい対応を取らなければならない。しかし君はまだ子供で、達也のお友達だ。知られてしまったこと自体、達也自身にも責任がある。よって、まだ手出しはしない」

 

「そりゃまたどーも」

 

 風間が少し圧力を強めてそう言うと、文也は崩れない不遜な態度で応じる。しかしその圧力の変化を感じ取ったようで、少しだけ冷や汗をかいているのを、達也たちは当然のように見逃していない。

 

「しかし、君にはそれを守秘する義務がある。我々は、それを念押ししようと思ってこうして呼び出したのだ」

 

「今さらだよ。あんたと知り合いって時点で機密だろうし、ここの連中もおんなじだ。機密事項しかねぇじゃねえか。司波兄はびっくり箱どころか、開けちゃいけないパンドラの箱だってわけだ」

 

「達也君、言われてるよ」

 

「しかも自分から勝手に開く箱ときたもんだ」

 

「面目ない」

 

 文也の皮肉を聞いた山中と柳がこらえきれず笑いだす。それを聞いた達也は、平然と謝るだけだ。達也自身、仕方ない部分が多いが、勝手に自分が見せただけのことばかりなので、申し訳なくは思っているのだ。

 

 針のむしろになった達也の姿を肴に文也はニヤニヤと紅茶を楽しむ。さっきまで警戒してたのにおかわりまで要求する満喫っぷりだ。

 

 そんな文也に、まだ話が終わっていない風間が呼びかける。

 

「さて、『マジュニア』くん」

 

「ブウウウウウウウウウ!!!」

 

「あっはっはっはっはっ!」

 

 予想しない呼び名で呼ばれた文也は飲んでいた紅茶を思わず勢いよく噴き出す。それが風間の顔面にかかるのを見て、山中は手を叩いて笑ってしまう。達也と文也と風間以外は、みんな笑ってしまっていた。

 

「てめぇ司波兄! お前が察してるのは百万歩譲っていいとして、それをこいつらに言うのはやりっこなしだろうがよ!」

 

「その前に風間さんに謝れよ……」

 

 文也は立ち上がって達也の胸ぐらをつかんで叫ぶが、達也は面倒くさそうな顔で抵抗もせずにそう言った。風間は引きつった顔でポケットから高そうなハンカチを取り出して顔を吹く。糖分たっぷりなのでべたつきも上乗せだ。

 

「き、君もだいぶ自重しなかったからな。我々も遅かれ早かれわかったはずだ」

 

「早ええよ! そんなことするんだったら、司波兄てめぇの素性もこの場でばらすぞ!」

 

「この方たちはもう知ってるぞ」

 

「知ってんのかよ『トーラス・シルバー』! 謎のベールに包まれた魔工師さんはまたずいぶんガッバガバでしたねぇ!?」

 

「お互い様だ。そうそう、これも国家機密だ」

 

「でしょうねえええええええ!」

 

 興奮する文也に対し、達也はまさしくどこ吹く風だ。

 

 そんな二人のやり取りを見て、ついに風間も笑ってしまう。腹の探り合いしかしない間柄ばかりの生活ばかりな中、文也の率直なリアクションは中々に新鮮に映って面白いのだ。

 

「で、お前はトーラスとシルバーどっちなんだ?」

 

「……井瀬君、念のため言っておくけど、『トーラス・シルバー』が二人グループだっていうのも結構深い秘密よ?」

 

「魔工師の陰謀論大好き界隈では有名な話だろ、二人組だって。あくまで噂レベルだけど、信じてる奴は結構多いぜ」

 

「はめられたな、藤林少尉」

 

 面白そうに柳が藤林をからかう。文也に騙された形になってしまった藤林は、気を抜いてしまったと即座に反省した。

 

『トーラス・シルバー』が二人組である、というのは、まことしやかにささやかれる都市伝説だ。ハードとソフト、どちらも世界最高峰であり、これはハードとソフトそれぞれのスペシャリストが組んでいるはずだ、という論理性と希望的観測が混ざった噂であり、あずさはこれをそこそこ深く信じ込んでいたりする。幼いころに誰かさんの影響で都市伝説物のゲームやアニメを何回か楽しんだ影響がみられる。

 

 文也も噂としか考えてなかったが、達也が『トーラス・シルバー』だと確信した瞬間、その噂を受け入れた。達也はソフト面ならこのレベルにまさしくふさわしいが、ハード面では『トーラス・シルバー』のレベルに届いていないということもわかっていた。よって、文也はハード面でのスペシャリストがいると踏んでいたのだ。

 

 まだ確信ではなかったが、今のカマカケで藤林が見事ひっかかり、二人組であることが確信できた。

 

 こうなってしまっては仕方ない、どうせ遅かれ早かれ知られることだ。と風間たちは開き直り、もう少し文也で遊ぶことにした。

 

「ちなみに井瀬君。君は達也がトーラスとシルバー、どっちだと思うかね?」

 

「は? うーん、トーラスは輪っかって意味だけど、牡牛のタウロスがかかってるんじゃないか? 司波兄は筋肉モリモリでゴリマッチョだし、こっちがトーラスだ」

 

「惜しい、いい線いってるんだけどね」

 

 風間の問いかけへの答えを聞いた山中は指パッチンまでしてわざとらしく反応した。

 

 ハード担当は牛山というエンジニアで、彼の名前からの連想でトーラスとなったので、あながち間違いではない。

 

「司波、シバー、シルバーてことでシルバーか。なんだくだらねえな」

 

「昔のアニメからとったお前らに言われたくない」

 

「どっちもどっちじゃないか?」

 

 文也と達也の会話を聞いた柳は笑いながら茶々を入れる。異常な二人も、こうしてみればただの高校生だ。

 

「そういえば、えーと……オッチャン」

 

「風間と名乗ったはずだが」

 

「そうそう、そんな感じの名前だったな。どうせ呼ばれたついでだ、一つ聞きたいことがある」

 

「答えられる範囲なら答えよう。なんだ?」

 

 謎のベールに包まれた技術者に関する話も終わり、文也は風間に向き直って問いかける。いきなりの質問なので多少面食らったが、すぐに予防線を張ったうえでその質問を許す。

 

「ちょっとばかし『ツテ』があってそっから連絡があったんだけどよ、昨夜、この九校戦でよくもまあやってくれた『無頭竜』の連中が、何か知らんけど、失踪したらしいんだ。なんか知ってるか?」

 

「……ふむ?」

 

「失踪自体を知らないとはさすがに言わせないぞ。それに関する情報を持ってたら教えてくれ」

 

 途端に、先ほどまで和やかだった空気が豹変し、一気に硬質なものになった。

 

 達也たちにしてみれば、この情報は急所だ。絶対に知られてはいけない『大黒竜也特尉』が『トライデント』を以て実行した作戦であり、極秘も極秘である。

 

 本来このことは世間一般に公開されていないのだが、大事でもあるため、然るべき人間が調べれば、東日本支部の面々の失踪と横浜中華街のホテルの壁の穴くらいはすぐにわかるのだ。

 

「……我々としてもそれは極秘事項なのだが……せっかくの縁だ。少しは教えよう」

 

 すべてを隠し立てする、というのは、これに関する情報が自分たちの急所である、と教えているようなものだ。故に多少は教えようと思うが、しかしそれでも予防線は張る。

 

「ただし、まず君が、どこまで知っているか教えてくれないか?」

 

「あーそうかい。俺のツテの能力調べますってか。…………わぁーったよ」

 

 風間の問いの意味をすぐに文也は理解した。大隊のメンバーが警戒レベルを一段階上げる中、文也は十数秒迷い、観念して教えることにした。

 

「っても大したことは知らないんだよ。『無頭竜』がなんだかわからんけど俺らの優勝を邪魔してたこと、それでCADに細工をしたりしてたこと、その本丸らしいホテルに穴が開いてたこと、幹部クラスが全員失踪してたこと、こんくらいだ」

 

「……そうか」

 

 何かを隠していたらすぐに問いただすつもりだったが、風間の目から見て、文也は本当にそれ以上知らないようだった。念のため藤林達にもアイコンタクトで確認を取るが、全員嘘をついているようには見えていない。

 

 昨夜の段階で文也は文雄から連絡を受け取っているのだが、コトを察した文雄があえて情報を隠したのだ。ついた時には、もうすべてが終わってもぬけの殻だった、と伝えられたのである。

 

 達也たちからすれば、この程度しか知らないというのは朗報だ。

 

 失踪に至るまでの手口や過程、会場で起こったジェネレーターのテロ未遂については一切知らず、残された結果しか知らないらしい。この程度の能力ならば、彼らの脅威になりえないからだ。

 

「とはいっても、我々もまだそこまで情報を掴めていない。御覧の通り私たちは軍のはぐれ者だから、あまり情報が貰えないんだ」

 

「ふーん、気合入れて調べればすぐにわかりそうなのばっかそろえてるように見えるけど」

 

 風間の物言いを、文也は目を細めて非難する。事実そのとおりであり、仮に実際にほぼ何も知らない状態からスタートしても、このメンバーなら事の真相にたどり着くくらいの能力は持っている。

 

「まず、君の言った情報はすべて真実だ。そのうえで我々が教えられる補足情報は……失踪した連中の名前と、九校戦を妨害した目的ぐらいだ」

 

「どっちも、もうもはやどうでもいいけど……せっかくだ、教えてくれ」

 

 文也は失望したという態度を隠さずに要求した。

 

 そして風間の口から、失踪した『無頭竜』のメンバーと、九校戦妨害の目的を伝えられる。

 

 その話を聞き終えると、文也は拳を机にたたきつけ、怒りをあらわにした。

 

「そんなくだらねぇことのために、あーちゃんと駿はっ……」

 

『無頭竜』東日本支部の思惑はあまりにも考えが浅く、目的も浅はかだ。その馬鹿らしいといっても足りないほどの理由であずさと駿の心と体がひどく傷つけられたことが、どこまでも憎い。しかもその連中はもはや失踪していて、予定していた復讐すらすることができない。

 

 文也はやり場のない怒りを、机にぶつけることしかできない。

 

 そのあふれ出る悔しさを、達也たちは見て感じ取った。

 

 達也たちがやったことは、国防軍としては正しい。テロ行為を働いた国内に潜む国際マフィアを暗殺し、そのついでに重要な情報を抜き出す。その手際はスムーズであり、国防軍の裏仕事をする部隊としては百点に近い成果だ。

 

 しかしそれでも、それによって理不尽な不幸を背負う者もいる。

 

 達也たちにはわかる。この井瀬文也という少年は、実際に連中に復讐できる力と人脈と感情があった。

 

 それだからこそ、このことがたまらなく悔しい。文也からすれば、あと一歩でせめてもの復讐ができたのに、そこでいきなりその相手が失踪。どこまでも消化不良でしかない。

 

 そんな状況に陥れてしまったのは、まぎれもなく達也たちだ。軍属としてやるべきことを完璧にこなしただけであり後悔はないが、多少の同情と申し訳なさは、この目で見てしまうとどうしても感じた。

 

 しかしだからといって、彼らはそれで文也を特別扱いすることはない。

 

 妙な同情で、自分たちのやったことが勘づかれてしまうかもしれないし、特別扱いはそもそも非情な軍人であるべき彼らはするべきではない。

 

 故に、非情な軍人という役目に徹する。

 

「井瀬君、君も今回の件については思うところがあるだろう。だが、これ以上の手出しはどうか、控えてもらいたい。今この状況すらもかなりイレギュラーだ。これ以上、民間人であり日本人である君に、私たちも圧力はかけたくない」

 

「わかってる、わかってるさ。どうせもう俺には何もできない。消化不良のまま、それをクソとして出すこともできない。ほんと、力がないってのは困った話だ」

 

 文也は残った紅茶を勢いよく飲み干し、それを置くと立ち上がった。もう話は終わり。そういう空気を感じ取ったので、さっさと退出しようとしているのだ。

 

 その背中に、風間は、非情に、冷徹に、文也の急所を突く形で念押しをする。

 

「改めて言おう。達也や我々について知ったことはすべて絶対に口外しないように」

 

「わかってるよ」

 

 文也はもううんざりというような返事をする。

 

「さもなくば、君だけでなく――例えば、『大切なお友達』も悲しい目に遭うかもしれない」

 

 風間が選択した念押しは、脅し。

 

 今しがたこの目で、文也があずさや駿をとても大切にしていることを知り、それを若者の健全な精神として喜ばしく思った。

 

 しかし、あえて冷徹に、そこを脅しの材料とすることで、文也の口を封じる。

 

 その瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――濃密な殺気が、膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

 風間たちはその殺気の出所をすぐに察知した。

 

 放っているのは、ドアを開けた状態で、出入り口に立ち止まり、背中を向けたままの文也だ。

 

「てめぇら」

 

 うなるような声が文也から発せられる。先ほどのやり場のない怒りを発した時とは比べ物にならない怒りと憎しみが、その中に籠っている。

 

 文也がゆっくりと振り返り、六人をにらむ。小さな体から放たれているとは思えない迫力に、思わず生唾を呑んだ。

 

「あーちゃんたちに手ぇ出したら、許さねえからな」

 

 文也はそう言い残すと、激しくドアを閉めて立ち去った。その瞬間、部屋の空気の緊張が少しだけ弛緩する。

 

 修羅場を幾度となく潜り抜けてきた彼らは、この殺気で動けなくなることも、パニックになることもない。普通のプロの暗殺者や軍人の怒気や殺気程度なら、そよ風の様なものだ。

 

 しかし、彼らは文也の殺気に当てられ、思わず『臨戦態勢』を取ってしまった。

 

 つまり、民間人の小さな高校生一人が放つ空気に、確かな『危険』を感じ取ったのだ。

 

「あの少年……やってるな」

 

 臨戦態勢を解いた風間が、それでもやや硬い声でそう漏らす。その予想、確信に、この場の全員が同意した。

 

 プロの軍人の中でも特に『裏』を潜り抜けてきた彼らを思わず身構えさせるほどの気。

 

 こんなことができるのは、感情的な激しさだけでなく、潜り抜けてきた『説得力』がなければできない。

 

「調べていただいた情報にはありませんでしたが……あいつは、『殺し』を経験していますね」

 

 達也は風間に追従する形で断言した。奇しくも、春のテロリスト掃討作戦の時に、桐原から達也が言われたことと同じだ。

 

「ほんと、面白い子供だった。面白いだけじゃない。力も、心も、経験も、もう軍人入りできるレベルじゃないか」

 

 ようやく余裕を取り戻した柳が、笑みを浮かべて冗談を漏らす。

 

「全くだ。どうだい? 近い将来、私たちにスカウトするといいかもな」

 

 山中はそれを追ってそう言った。半分冗談だが、半分は本気だった。

 

 すでに、生半可な軍人程度の能力は持っている。それでさらにあの技術力と魔法力と心だ。適性は十分ある。

 

 さらに、いろいろな情報を知られてしまった文也を囲い込むことで、監視も管理もしやすくなる。

 

 山中の提案は、的外れどころか、悪くない意見だった。

 

 冗談が大半とはいえ同調の空気が流れる中、達也は、大きなため息を吐いて、それを明確に否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勘弁してください…………」

 

 

 これ以上の苦労と心労を、もう抱えたくない。

 

 達也の願いがあふれた一言に、風間たちは心の底から同情した。




これにて二章は終わりです。
次回からは、原作で言うところの夏休み編および生徒会選挙編にあたる章をやります。

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