4つくらいお話がありますので、話数表記は特殊です
なおこの章のタイトルだけは投稿時にとっさに考えました。夏なのに寒いのはご愛敬
3-集合
「ううううううう緊張するううううううう」
「あーちゃんそんなビクビクせんでも」
「そうですよ、中条先輩。そんな怖いやつでもないですから」
九校戦も終わり、魔法科高校は他の高校に遅れて、本格的な夏休みに入った。
そんな夏休み、大きな紙袋を持った文也は、あずさと怪我が治った駿を連れて、ある場所に向けて炎天下の道を歩いていた。
そんな、太陽が容赦なく照り付ける中を歩いているのに、あずさは顔を真っ青にして震えていた。
「だ、だって、い、一条家だよ? 二十八家どころか、十師族だよ?」
そう、三人が歩いて向かっているのは一条将輝の家だ。
九校戦で再会してから文也と駿と将輝と真紅郎は旧交を取り戻した。連絡先を交換していなかったわけではないが、もともと住む場所が離れていたためなんとなく疎遠になっていたのだが、旧交を取り戻したついでに、この夏に遊ぶ約束をしていたのだ。東京から石川へわざわざ三人は出向いているのはそのためである。
さて、この四人の集まりのはずが、なぜあずさがついてきているのか?
あずさは特に文也以外の三人と面識がないし、出会ったきっかけである中学生時代にも一緒にいたわけではない。性別も学年も違うため、明らかな異分子である。
それでも参加した理由は――文也に誘われてのことである。
「駿と石川まで遊びに行くけど一緒に来る?」
文也からこう誘われたあずさは、じゃあお言葉に甘えて、ということでついてきたのだ。下級生の男子二人、それも片方は親交のない駿ということで多少のためらいはあったが、文也の親友と言うならそう悪いことはないだろうし、暑い夏を少しでも避けるために避暑地である石川(といっても暑いものは暑いのだが)に行くというのは、あずさとしてはちょうど良いちょっとした夏休みの楽しみ方だと思っていた。
そう、一条家にお呼ばれしているのだとは、微塵も考えていなかったのである。
行き先を告げられたのは、石川に向かうキャビネットに乗って、もう引けなくなった後だった。
すっかり油断しきった状態で十師族の本宅にお呼ばれする、というのは、あずさにとってとてつもなくハードルの高いことだ。たとえ慣れ親しんだ七草真由美の家でも緊張で大変なことになるだろうが、ましてやほぼ面識ゼロの一条家だ。
「別に十師族が取って食うような連中でもないんだから気楽でいいんだよ」
「案外普通の一家みたいなものです」
「そ、それにしたって、十師族の家にいきなり行くのはびっくりするでしょ!」
あずさはすっかりおびえてしまっている。
あずさからすれば、自分が何か粗相をしてしまわないかが心配でならない。何せただの小旅行だと思っていたからまともな菓子折りやお土産も準備していない――駅で高そうな和菓子は買ったが、こんなの一条家なら食べ慣れているはずだ――という時点ですでに失礼千万な気分になっているのに、尋ねる家が十師族だ。小心者の彼女にとっては厳しいものがある。避暑地に旅行と思っていたので幸いにして多少のおめかしはしているので格好に失礼はなさそうだが、もはや気休めでしかない。
「ううううう、ふみくんはいつも急なんだから……」
「先輩も被害者でしたか……」
駿の同情的な視線にも、あずさの恐怖と不安は慰められない。
そんな会話をしているうちに、ついに一条家に着いてしまった。
その一条家本宅のたたずまいが、あずさの緊張をより増幅させた。
立派な庭と家。平均的な一戸建ての実に十倍ほどの大邸宅であり、いかにも『立派な』一族が住んでいる『権威ある』家であり、とてもではないが気楽に尋ねられるような場所ではないということがわかってしまう。
そんな大邸宅を前にして、あずさはもちろんのこと、駿も訪ねるのは久しぶりであるため、「さてどう訪問の挨拶をしたものか」とやや緊張して考えていたところ、
ガラッ!
「ウィーッスおひさ~」
文也はインターホンを使うこともなく、まるで自分の家のようにいきなり勝手に玄関のドアを開け、ずかずかと中に入っていった。
「あ、おい!」
「ちょとぉ!?」
緊張による警戒の乱れゆえに、二人はそれの制止に遅れてしまった。
すでに文也は中に入っていってしまっている。失礼千万を見事コンプリートしてしまった後だ。
まずい。二人がそう考えたとき――
「ふぎゃ」
――文也は玄関から放り出され、ビタン、と地面に倒れ落ちた。
潰れたカエルのようになった文也を唖然と見ていると、玄関からすらっとした長身の美青年が、整った顔に呆れた表情を浮かべて出てきた。
「まったく、お前っていつもそうだよな。いい加減礼儀ってもんを学べ」
そのまま文也の首の後ろを掴み、猫のように持ち上げる。そしてついに、駿に、少し遅れてあずさに気づいた。
駿に気づいた瞬間は久しぶりに会う友人の訪問に顔をほころばせ、それに遅れてあずさに気づいたら、一瞬で外行きの礼儀正しいさわやかな表情になる。あずさに気づくのが遅れたのは……身長の高い彼の視界にあずさはより一層入りにくいということである。
「ようこそ、お二人とも。駿は元気そうで何よりだ。そちらの女性は初めまして。僕はこの家に住んでいる文也の友達の、一条将輝と申します」
文也をポイと投げ捨て、流れるような足取りで二人に近づいて挨拶をする。まさしく教育の行き届いた御曹司と言った立ち居振る舞いであり、どっかのチビとは対照的だ。
「おう、怪我はこの通り治った」
「え、えっと、その、初めまして! な、中条あずさです!」
駿は折れていた完治した腕を掲げて見せてアピールし、あずさは上ずった声で自己紹介をしてから勢いよく深々と頭を下げる。
「あなたが中条あずささんでしたか。文也からいろいろなお話を聞いております。お暑い中よくいらっしゃいました。さ、どうぞおあがりください」
「は、はあ……」
促されるままあずさと駿は家の中にお邪魔し、それに遅れて入った将輝が玄関のドアを閉め――
「まてこらあああああ!!!」
――ようとしたところで、放っておかれてた文也がそこに滑り込んで来ようとする。
しかし、間に合わず、文也は手だけを先に玄関に差し込んだが、そこへ将輝がドアを勢いよく閉めたので、思い切りドアに手を挟まれて痛みに叫ぶ。手を先に突っ込んだのはまさに悪手というわけだ。
「将輝、なんか騒がしいけどどうしたの?」
「ああ、ちょっと猿が騒いでた」
「誰が猿じゃ!?」
廊下の奥から出てきたのは、先にお邪魔していた真紅郎だ。それへの将輝の返事に、全身ボロボロになった文也が噛みついた。
「え、えっと、いつもこんな……?」
「はい、そうですよ」
あずさがそれを見て困惑しつつ問いかけると、駿は呆れ顔のままそれを肯定した。
☆
その後文也たち三人は部屋に通され、初体面であるあずさと将輝と真紅郎の間であいさつを兼ねた自己紹介が交わされた。
「先ほども名乗らせていただきましたが、俺は一条将輝。この家の長男です」
「僕は吉祥寺真紅郎です」
「な、中条あずさです。このたびはどうもお招きいただきまして誠にありがとうございます」
あずさからすれば、文也は彼らに確認を取らずに上級生の異性という高校生にとっては中々の異分子である自分を連れてきたようなもので、正直かなり悪いと思っている。
「ようこそいらっしゃいました。俺も文也からお話は聞いているので、一度会ってお話がしてみたいと思っていたんですよ」
「僕らは中学生の時に知り合ったので、ちょうど中条さんとはすれ違いになりますね」
そんなあずさのお礼に混ぜた謝罪に、将輝と真紅郎は和やかに返す。
これは社交辞令ではなく本心だ。
何せ文也と知り合った当初から、何回も『あーちゃん』というワードが文也の口から飛び出している。かなり仲の良い幼馴染か、はたまたそれ以上の存在であることは確定的であり、ちょっとした出歯亀的好奇心も含まれているが、二人はあずさがどのような人物か気になっていた。
「なあ駿。九校戦の時の俺らに喧嘩売ってきたときとは別人のようだぜ」
「そりゃあ戦いと日常は別ということだろ?」
そんなやり取りを見ていた文也と駿はこそこそと雑談をする。
もともと将輝も真紅郎も外面はいい方だし、相手は初対面の先輩だ。対応の丁寧さは、文也・達也・駿を相手にしてる時とは雲泥の差である。
「私は、えーっと、どのくらいだったか……幼稚園に通う頃にはもう一緒に遊んでいたような気がするんですけど、家がすごく近くて、その縁で知り合ったんです」
「家がお隣だったからな」
出会いの経緯を求められていると察したあずさは、多少緊張しながら、顎に指を当てて思い出しながらそれを説明する。そしてそれを、文也は座布団を枕にして寝っ転がって出されたお菓子を食べながら補足した。リラックスしすぎてである。
「そこからずっと、私が小学校を卒業してそれにたまたま重なる形でちょっと遠くに引っ越すまでは、大体ずっと一緒にいましたね」
話しているうちにだんだんと緊張が解けてきたあずさは和やかに微笑みながら話を続ける。こうして話していくうちに、文也との幼いころの思い出が鮮明に蘇ってきて、思わずあずさは顔がほころぶ。
「…………小学生の文也と一緒だったということは……」
「その、えっと……ご苦労なされたでしょうね」
「中条先輩、おいたわしや……」
「…………はい」
そんな思い出と一緒によみがえってくるのは、文也にかけられた迷惑の数々だ。
悪戯を仕掛けられたこともあった。足を滑らされたり、落とし穴に落とされたり、いきなり驚かされたり。
他の人への悪戯を何度も止めさせられた。文也の悪戯にいち早く気付くのが勝手知ったるあずさであり、文也は絶え間なく悪だくみしているため、それを幾度となく阻止する羽目になった。
何度も代わりに謝った。年上の幼馴染として、自然と『姉』のような役目を負うことになった。周りはそこまで任せては実はいないのだが、小心者でありながら責任感が強いあずさはそうしなければ気が済まなかったのだ。
何度も文也を助けた。魔法の実験で部屋が滅茶苦茶になった時は片づけを手伝わされたし、夏休みの宿題を最終日に泣きつかれて手伝わされたし、何回か悪戯の片棒も担がされた。
駿と将輝と真紅郎が文也と知り合ったのは中学生の時であり、その時でもかなりやんちゃだった。
幼稚園生から小学生まではどれほどのものだったのか、想像するに余りある。しかも自分たちは同級生としてその苦労を被ったが、あずさは年上の幼馴染として苦労を被ったのだ。大変だったに違いない。
三人の同情的な視線と表情と言葉を受け、同時にいろいろ思い出してきたあずさは、和やかな笑顔が一転、目に光がないうつろな笑顔で頷く。
「おいなんだお前らひどく――ヒエッ」
文也が起き上がって不満をあらわにするが、振り返った四人の深淵のごとき目を見て縮み上がる。
今ここに、四人の間で深い共感が交わされた。
☆
「中条さん、結構ゲームとかなさるんですか?」
「はい、ふみくんの影響でしょうけど」
そこからしばらくはだらだらとだべったり、ゲームをしたりといった時間が続いた。
あずさと真紅郎はリアルタイム・シミュレーションゲームで対戦し、その様子を文也と駿と将輝が見ているという状況だ。
画面の中での戦況は拮抗しており、どちらかというとあずさが有利という程度だ。
「……ジョージとあそこまで競る人なんて見たことないぞ」
将輝はそれを見て愕然としていた。
このゲームはもう少し本格的にすれば軍事訓練としても使えるほど高度なシミュレーションゲームだ。かなり高度な知識・経験・知性が求められるゲームであり、このゲームの大会で優秀な成績を残した選手が過去に国防軍から何度かスカウトを受けているほどだ。
そしてこのゲームは、真紅郎が大変得意だ。
三高にもゲーム部はあるのだが、真紅郎は彼らにすら一回も負けたことがない。さすがに大会の上位者には勝てないだろうが、それでもそこらのゲームが得意な一般人程度になら負けるということがないほどだ。特に、将輝はしばしばこのゲームで真紅郎と対戦しており幾度となくぼこぼこにされているため、彼の強さを痛いほど実感している。
そんな真紅郎が、なんと、大人しそうで真面目そうな女の子に接戦を強いられているのだ。
しかも、あずさはこのゲームは数回しかやったことないと言う。真紅郎はこのシリーズの初代からそれなりにやりこんでいる自負はある歴戦の経験者であり、それでこの接戦というのは驚くべきことだった。
「ねえ文也、いったいこの先輩を何回ゲームで汚したの?」
「昔からしょっちゅうゲームはやってたけど、この腕はあーちゃんの才能だっつーの人聞きの悪い」
文也以外の三人からすれば、あずさはゲームというものを全くやりそうにない。せいぜいがメジャーなゲームをたまに数回遊ぶ程度だろう。そんな彼女がゲームをそこそこやるらしく、さらにかなりの腕であるというのは、どう考えても文也の影響であった。
「……ああ、なるほど」
駿もこのゲームはよくやる方であり、先ほど真紅郎に負けて交代させられたばっかだ。現在は真紅郎がタイムを使って戦況をじっくりチェックしているところであり、そこで見つけたあずさが仕込んでいた策に、駿は感嘆の声を漏らした。だいぶ観戦に集中しているようで、周りの雑談が耳に入ってない。
素直で純朴そうな女の子が仕込む策にしては、あずさが仕込んでいたものはだいぶ想像よりもエグいものだった。
メインの戦場での魔法戦が激しさを増す中、そちらに気を取られているうちに別の方向から、魔法に匹敵する戦術的威力を誇る機動機関砲戦車を投入している。さらにその反対方向からは、魔法を使わずに新兵ユニットと思しき数人のユニットがヘリコプターから降下している最中で、彼らは爆弾を抱えている。捨て身の特攻の指示と思いきや、なんと新兵ユニットの服装をして化けている熟練魔法師ユニットであり、相手陣地に突っ込んで爆弾を使用するが自分だけは無傷になるという魔法を仕込んでいた。
「攻略サイトとかよく見るほうですか?」
「いえ、ついさっき思いついただけですよ」
真紅郎の問いに、あずさは和やかな笑顔で答える。文也以外の三人は、そのうららかな木漏れ日の中の妖精の様な笑みが、なんだか逆に恐ろしく見えた。
「あーちゃんはこう見えて中々やる方だぜ。本戦ナワバリ女子の作戦考えたのは大体あーちゃんだし、俺が氷柱倒しで使ったドミノ倒しも考えたのはあーちゃんだぞ」
「ふみくんのは私としては冗談のつもりだったんですけど……」
「あれって中条さんが……なるほど」
文也とあずさの会話を聞いた将輝は真剣に納得した。特にドミノ倒し作戦はまんまと将輝自身がしてやられた作戦であり、それを考え付いたのはどうせ悪知恵が回る文也だろうと考えていたのだが、この見た目や態度と裏腹に意外と『頭が回る』小さな少女だという事実は、将輝には軽くない衝撃だった。
世の中には、いろんな強者がいる。
将輝は、画面の中で機動機関砲戦車の裏側に張り付いて隠れていた魔法師ユニットが真紅郎の陣地を蹂躙しているのを見ながら、自分はまだまだ甘い、と考えを改めなおした。
☆
「あ、しゅんくん!」
「ん? ああ、瑠璃か。大きくなったな」
「真紅郎君、これどうぞ」
「ああ、茜ちゃん、ありがとう」
部屋でだらだらと遊んでいたら、どこかに出かけていたらしい将輝の妹二人が帰ってきていた。小学六年生である茜は真紅郎に、三年生である瑠璃は駿に真っ先に反応して駆け寄ってくる。
駿も真紅郎もその対応は妹を相手にしているような感じだが、将輝の見立てでは、少なくとも茜は確実に恋愛感情だし、瑠璃もなんだかその気配が濃い気がする。
ちなみにあずさはこの時駿と対戦していたのだが、なぜか「大きくなったな」と言いながら瑠璃を軽々と抱っこして相手してあげている様子を見て動揺し、らしくない凡ミスによって自身に有利だった戦局を崩壊させていた。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「おう一条の大将、おひさ」
「……久しぶりだな」
一緒に帰ってきてたらしく、遅れて登場したのは、将輝の父親であり一条家の当主・剛毅だ。男らしい濃い顔立ちをすっかり呆れ顔に染め、寝っ転がってだらけながら失礼な挨拶をする文也を見下ろして挨拶を返す。
「ちょ、ちょっとふみくん! 失礼でしょ! え、あ、えーと、な、中条あずさです! 本日は急にお邪魔させていただいて申し訳ございません!」
「同じくお邪魔しております。お久しぶりですが、お元気そうでなによりです」
それに反応したあずさと駿も、家主への敬意として丁寧にあいさつをする。十師族の一角たる一条家の当主にして見た目が威厳たっぷりの剛毅は、あずさの緊張と恐怖を再び再燃させたが、剛毅は文也への反応からさっと表情を変え、歓迎する父親の顔で二人に挨拶をする。とはいえ元々が十文字克人にも劣らないほどの強面であり、顔の人当りについては焼け石に水に等しいのだが。
「駿君か。久しぶりだね。だいぶたくましくなったようだ。それとそちらは中条あずささんだね。文也君からお話は聞いているよ。ゆっくりしていくといい」
剛毅はそういうと、帰って来るや否やお客さんに相手してもらっている二人の娘に言い聞かせて荷物を置きに行かせる。そして二人の娘が部屋を去るのを見送ると、文也と将輝に話しかけた。
「さて、文也君。早速約束通りお話を聞かせてもらおう。将輝、遊んでいるところすまないが、少し借りるよ」
「別にいいけど、肩透かしになるのがオチだぜ……」
「ウイー。よっこいしょっと」
将輝はそれに対して了承するも、すでにしらけ顔だ。文也は剛毅にそう言われると立ち上がり、それについていく。
「え、ちょ、ええ! ふみくん今度は何やらかしたの!?」
「ついに十師族にまでケンカを……」
そんな様子を見ていたあずさと駿は激しく動揺する。いきなり文也が何やら深刻そうな話で剛毅に別室へと連れていかれたのだ。今度はいったい何をやらかしたのかと動揺しても仕方のないことだ。
「落ち着いてください。二人とも、理由は知っていると思いますよ」
将輝はお菓子に手を伸ばしながら冷静な声で二人をなだめる。あずさに気を遣って、駿にも話しかけているのだが敬語だ。
「間違いなく大した話にはならないと思いますが、まあ『一条』としては見逃せない部分があったんですよ。今日遊ぶというのは、実は親父が文也に直接話を聞きたいと言っていたから、ついでに遊ぼうというものだったんですよ」
「な、なにをやらかしたんですか?」
将輝の説明に、あずさは涙目で食い気味に尋ねる。一番気になるのはそこだ。
その問いに、将輝は、不安をほぐすために、穏やかな笑顔を浮かべて答えた。
「我が一条家の秘術『爆裂』を、あいつが使った件についてですよ」
☆
「そこに座るといい」
「ほい。うひょーふっかふか」
文也が案内されたのは、一条家の邸宅の中でも、重要な案件について一対一で話すときに使われる応接室だった。重要な客人を呼ぶこともしばしばあるため内装は大変豪華な洋風で、客人用の椅子も大変高級なものだ。
「おっとそうそう、忘れてた。これ、親父からお土産だってさ」
「ありがとう」
緊張の面持ちの剛毅に対し、文也は持ってきていた紙袋を渡す。あの文雄のお土産となると『ロクでもない』か『とんでもない』のどちらかが当てはまりそうなもので、剛毅は至極嫌な予感がしたか、今日は重要な話があるので素直に受け取って横に置き、本題に進む。
「さて、文也君。君は当然、『爆裂』が一条家の『秘術』であることは知ってるね」
「当然。仕組み自体は公開してるけど、肝心の起動式は秘匿も秘匿だな」
剛毅が深刻な表情を浮かべて問いかける。見た目のせいもあって並の高校生ならすくみ上ってしまいそうな圧力を放っているが、文也は出されたお菓子をつまみながら平然と答える。
「そうだ。しかし、君はその『爆裂』を、九校戦で使って見せたね?」
「間違いないな」
剛毅が重ねた問いに文也はふんぞり返ってふかふかのソファを満喫しながらうなずく。これではどっちが家の主人かわかったものではない。
そんな文也の態度に動揺することなく、剛毅は、単刀直入に問いただす。
一条家の当主として、これは絶対に見過ごしてはいけない案件だ。
「君は『爆裂』の起動式を、どこで手に入れた?」
剛毅個人としては、井瀬家と一条家の昔からの確執は、ある程度水に流しているつもりだ。なにせ、自身にとっても息子の将輝にとっても、文也は命の恩人だ。知り合いでもあった文雄や文也の行動や態度には常識的な面として思うところがないわけでもないが、それも見逃すつもりだ。
しかし、この『爆裂』だけは見逃せない。
一条家の『秘術』でありかつ戦術級魔法である『爆裂』は、まず流出したことそのものが問題であり、また悪用された時の被害も問題である。秘術にしているのは、一条家の優位や長所を確保するという目的のほかにも、この危険な魔法を悪用されないためでもある。
命の恩人で息子の親友といえど、さすがにこれは見過ごせない。
場合によっては、人としての情を排し、何かしらの『対応』をすることも躊躇しないつもりだった。
そんな深刻な剛毅の問いに対し、その増した圧力もどこ吹く風といった様子で、文也は答える。
「自分で作った」
「は?」
剛毅は思わず、先ほどまで放っていた威厳をすべて霧散させてしまうほどの呆けた声を漏らしてしまった。
「ほら、『爆裂』ってさ、要は液体を気化させて体積を膨張させて内側から爆発させる発散系魔法だろ? 内側から爆発させるのが目的ではあるけど、その爆発は『やってること』の『結果』の一つであって、やってることはあくまで『内部の液体を気体にして体積を膨張させる』っていうだけだ」
「た、確かにそれはそうだが……」
「そんな感じの魔法は、発散系の中にいくらでもあるだろ? 例えば、体表の汗を気体にして体を乾かす魔法とかな」
「しかし、『爆裂』は違うはずだ!」
文也の説明に、剛毅は少しだけ声を荒げて反論する。
確かに、文也の言っていることは正しい。
発散系魔法とは、対象物の相転移、つまり、おおざっぱに言うと、気体・液体・固体間の変化をさせる魔法だ。当然液体から気体にさせるという魔法は、簡単なものを含めていくつも世の中には存在しており、やっていることは『爆裂』と大差ない。
ただし、剛毅の反論もまた正しい。
『爆裂』は、そこらの液体を気化させる魔法とは違う。
その事象改変規模は強力であり、それでいて発動のスピードは早く、また発動対象も『対象の内部の液体』というおおざっぱでわかりやすいものに定義することで一気に人体や機械を対象にして破壊することを可能としている。威力・範囲・早さ・安定性・使いやすさ、すべてを兼ね備えた魔法であり、ここに至るまでに長く苦しい研究を続けてきた。『液体を気化させる』という点で世間に知られている魔法と同じであることは確かだが、根本的な部分は世間のそれとはまったく違う革新的な魔法となっている。
文也の『爆裂』は劣化コピーではあるが、それはまさしく『爆裂』であった。
ほぼすべての点において一条家に伝わる『爆裂』に劣るが、行使された様子を見るに、剛毅から見てもエッセンスの部分はほぼ変わらない。そこらの『液体を気化させる発散系魔法』ではなく、『爆裂』としてしっかり仕上がっていた。秘密にしている革新的であり核心的な部分もおおよそ再現できている。細かな部分の違いが劣化につながっているが、『爆裂』と呼んで差し支えないレベルなのだ。
「まあそもそも、『お手本』は三年前にいくらでも見せてもらったわけだし、あとはそれを再現しようとすればいいだけだからな。ゼロから進化させ続けてきた大将たちの結晶をちょっと真似した程度でしかないから安心しろ」
「…………そうか。そうなのだろうな。君がそういうのならそういうことにしておこう」
文也の説明を聞いた剛毅は、疲れたように額に手を当て、目をつぶってゆっくりと首を振る。
「安心できないってなら、ほら大将、オリジナルに敬意を表して特別に起動式見せてやるから」
文也はそういうと、携帯端末と自分のCADを接続し、端末をいじって文字の羅列を表示させて剛毅に示す。
「私たちは君と違ってエディター上の文字を見ただけで起動式の判別はできない。そのCADを貸してくれるかね?」
「そういやそうだったな。ほい」
剛毅は見せられてもわからないので端末を突き返す。文也は納得すると、接続してるコードからCADを引っこ抜いて剛毅に投げて渡した。CADは精密機器なのでこんな雑に扱うものでもないのだが、文也からすれば『いくらでもあるうちの一つ』でしかない。
剛毅はそのCADを受け取ると、席を立って部屋の隅の机に置いてあるパソコンにつないでその中身を見る。息子の将輝はまだ苦手だが、剛毅は魔工師としての腕もかなりのものであり、自分でCAD調整もできる。
「確かに文也君の言う通りだな……だいぶ雑だが……ふむ、ふむ……いや、やっぱ色々おかしいが、まあいいだろう」
剛毅は一条家の当主であり、『爆裂』のスペシャリストである。よって、代々受け継がれまた改良され続けてきた『爆裂』の経過も、残された極秘資料に書いてある分はすべて暗記済みだ。
剛毅が見た文也の『爆裂』の起動式は、今から見たらお粗末なものだった。確かに『爆裂』ではあるが、起動式には無駄な部分が多く、また再現されてる核心的な部分も本家と違うところが散見される。
しかし、相対的に『お粗末』になっているのは、洗練されてきた『今』のものと比べているからだ。
剛毅の目から見て、文也の『爆裂』は、三年前に初めて見たときから作り始めたとは信じられないほどに洗練されていた。
『爆裂』の起源は2031年にさかのぼる。
2031年、魔法技能師開発第一研究所が設立され、そこに開発対象として才能ある魔法師の卵が集められた。その中には今の一条家の先祖もいる。そこから研究が進み、数年後には一条の先祖が『爆裂』の基礎を習得し、それへの高い適性を示した。そのことが考慮されて、『一条』の苗字が与えられた。
そんな原初から今まで、一条家は代々その才能と魔法に胡坐をかかず、常に研鑽を重ねてきた。そのうちの一つが、『爆裂』の進化や応用である。
文也の『爆裂』は、その完成度で言えば20年ほど前のものとほぼ同じ出来だ。当時はまだ魔法に関してずっと手探りの時代が続いていたのに対して、文也は最新の知識と技術がある時代でそれを十分以上に使える環境と才能がありなおかつ最新鋭の『爆裂』という究極のお手本があったため、文也のほうが昔に比べてはるかに有利なのは確かだが、それでも『爆裂』の専門一族が40年かけてたどり着いた領域に、高校生一年生でありながら三年でたどり着いたのは、剛毅からすれば異常だ。
「ところで大将。なんかずいぶん疲れてるみたいだけどどうした?」
「君のせいで気疲れしてるんだよ」
CADを返してもらうとき、文也が尋ねると、剛毅は投げやりな声音でそう返事する。
しかし、文也はそれで納得しなかった。
「まあそれもあるんだろうけど、なんか気疲れとかじゃなくて普通に疲れたまってんだろ。仕事忙しいのか?」
「……君はそこまでお見通しなのか。ああ、最近、誰かさんのせいでちょっと忙しくてね」
「おーん、そいつは迷惑なやつだな」
文也はそういうと、CADをしまってまたお菓子に手を伸ばす。
「……一条家みたいに、君に秘密にしているはずの魔法を再現されて、心穏やかでないところはいくつもある。競技に本気になるのは仕方ないが、もう少し自重してくれないかね?」
「善処する」
剛毅が疲れ果てながら絞り出すようにそう言うと、文也は一切善処する気がない声で返事をして、勝手に席を立って部屋を出ていった。もう話は終わり。その空気を感じ取り、出されたお菓子も全部満喫したので戻ることにしたのだ。
「…………ふぅ」
疲れ果てた剛毅は、伸ばしていた背筋を緩め、背もたれに思いきり体重を預け、疲れの原因である『誰かさん』が通ったドアをぼんやりと眺め、ここ数日間の苦労・気苦労を思い出す。
九校戦が終わってからしばらく、めったに開かれることのない二十八家会議が何回も開かれ、その会議は紛糾した。師族会議のように十師族各家の当主のみが集まるような大げさなものではさすがになく、代理人などの出席もあったが、剛毅は当主として出席していたのだ。
議論は、十師族の威厳を敗北によって落とした一条将輝に関する話でもなければ、九校戦に工作員が紛れ込むという大不祥事の話でもないし、当然七草家と十文字家に九校戦優勝おめでとうというような話でもない。
その議題は、九校戦で、高校一年生にして十師族らの技術を再現して見せた、井瀬文也という少年についてだった。
特に、文也に『群体制御』を使われた第七研究所出身の七宝家・七夕家・七瀬家と、戦略級魔法『深淵』と戦略級魔法師・五輪澪を擁することによって十師族に列せられた五輪家は尋常でない焦りを示していた。
何せ彼らが抱える魔法は強力なものばかりであり、その起動式の機密度も最高クラスだ。秘匿していたものの漏洩によって二十八家の権威が失墜するという心配や、この魔法が悪用されるという心配、そして何よりも、その魔法を文也が利用するにあたっての起動式の『出所』について激しい議論になった。
そしてその議論で槍玉に挙げられたのが、文也が在籍する第一高校に長男がいる十文字家と、長女がいる七草家、そして長男であり次期当主の将輝が文也と親友である一条家であった。
そもそも、この三家も文也の被害者である。
一条は『爆裂』のコピーをされ、十文字は『ファランクス』を再現され、七草家自身も他の『七』の家と同じく研究成果である『群体制御』を『モノリス・コード』の一回戦で狩野に対して利用された。
しかし、やはり各家の長女や長男の親友や知り合いということで、この三家は文也の擁護に積極的に回り、またそれに大変苦労させられた。
途中で、九校戦で勝つために七草家か十文字家が、はたまた親友というツテで一条家が文也に色々流出させたのではないかという疑いが深くかけられたりもして、ここ数日は全く気が休まらなかった。
幸い、七草真由美や十文字克人がこれを見越して、九校戦の途中に文也からさりげなく話を聞いており、文也自身が『ただ再現してみただけ』と解説したため、この本人の証言を使って話を運ぶことができた。
しかしこんなの当然なかなか信じてもらえるはずもなく、しまいには、文也自身をこの会議に証人喚問しようという話にまでなってしまった。
二十八家の会議に一応民間人である文也を呼び出すというのは、いくら何でも乱暴が過ぎる。
そこで何とか三家で協力して説得し、この三家の内のどれかが文也に直接もう一度話を聞くということで納得してもらった。
七草家と十文字家は子供が文也と同じ学校ではあるがどちらも『先輩』であり、しかも魔法科高校の生徒会長や会頭という権力がある『先輩』だ。その家に呼び出すというのは、まさしく『先輩の呼び出し』であり、文也が警戒して了承しないかもしれないし、真由美と克人も家に呼べるほど文也と親しくはない。
そこで、家は遠いが、同級生であり親友でもある一条将輝を通して接触し、剛毅が文也に話を聞くことになった。他の家が預かり知らぬことではあるが、剛毅自身も、息子を通してでなく、息子と同じ縁で文也と知り合いであるため、文也の呼び出しは先ほどまでの通りすんなりとうまくいった。
結果として『自分で作って再現した』という話には変わりがない。そしてこれは、剛毅の目から見ても真実だ。
あとはこれを改めて会議で示し、納得してもらうしかない。
話を聞き出すために文也の「解説したい欲」を引きずり出そうとらしくもなく呆けた演技などの小細工までして聞き出した話は、やはり元から知っていたのと同じものだ。常識の尺度でとらえたら『異常』なのだが、文也からすれば、魔法のお手本を見てそれを試行錯誤によって真似するというのは、当たり前のことなのだろう。
「……本当に、『井瀬』には苦労させられる…………」
遠くから聞こえてくる、息子と文也の大声を聞きながら、剛毅は大きくため息を吐いた。