マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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3-サド・サド・サード-3

 翌朝は、避難した人々は早くから全員起き、今日の方針について話すことになった。

 

 本土からの先遣義勇軍は、十時ごろに上陸し、正午にこちらに到着する予定になっている。その動きに合わせてシェルターの中の人々も動くことになった。

 

 まず避難民は、大きく分けて三つのグループに分かれることになる。

 

 まず一つめが避難グループ。

 

 大きなケガがあったり、ひどい体調不良に陥ったり、体に障害があったりといった人々は優先的にこのグループに入る。やることは、この地下シェルターにいて救助を待つこと。即座に船に乗って本土に帰るべき人々ではあるが、それはリスキーなため、とりあえず安全なここに留まることになる。

 

 二つめが義勇軍グループ。

 

 昨日の段階で志願者を集め、この後に来る義勇軍と合流して地上で戦闘を行うグループだ。このグループには将輝のほか、腕に覚えのある研究者や警備員が参加している。

 

 三つめが後方支援グループ。

 

 この地下シェルターにこもり、コントロールルームの機能を使ったり、義勇軍の休憩・治療・避難場所の維持をしたりして義勇軍のサポートをするのが役目だ。また、このシェルターに攻めてこられた時の最終防衛ラインとしての役割も持つ。このグループには文也と真紅郎が入っている。

 

 義勇軍グループのリーダーは、満場一致で将輝となった。

 

 中学生にしてすでにこの状況で冷静に動き、また昨日の戦いでも一番の活躍をし、さらに時期一条家の当主としてリーダーシップ教育をしっかり受けてきた彼は、全幅の信頼を寄せられていた。

 

「この大部屋をメインに使っていきたいところだが、ここは外とつながる道と直通だから、真っ先に攻められる場所となり、一番危険だ。そこでまず、避難グループはこの大部屋以外のサブルームに移動してもらうことになる。指定した二つの部屋に避難してくれ。こちらの部屋には、優先的に風邪など感染の危険がある人が入ってもらう。もう片方はそれ以外の人だ」

 

 全体に指示を出しているのは、後方支援グループのリーダーであり、避難民のリーダーでもある、とある研究室の副室長だ。事前に早起きして、リーダーたちと文也が集まって今日の方針を決めておいたのだ。

 

「義勇軍グループは、しばらくこの大部屋で待機していてもらいたい。折を見て、私たち後方支援チームがサポートして義勇軍と合流できるようにしよう。幸いにしてついさっきこの子がコントロールルームの機能を全部使えるようにしてくれたからね」

 

 リーダーの男が文也を手で指すと、全員の注目が文也に集まる。まだ少し恐れが混じってはいるが、一晩経って『仕方のないこと』と心の折り合いをつけられた人がほとんどで、その視線はほぼ好意的なものだった。

 

「いったいどうやって開けたんだい? あんなの」

 

「まあちょいちょいとハッキング」

 

「恐ろしいやつ」

 

 隣に居た真紅郎が文也にこっそりと問いかけると、文也は平然と答えた。国家研究施設の緊急コントロールルームをハッキングして機能を開放するなど、プロのハッカーでも中々できまい。ただしこの機能はすさまじいもので、ひとまずなにも文句は言わないことにした。これのおかげで今後の動きがぐっと楽になったのだから。

 

 全体への指示はこれでお開きとなり、避難グループが移動を開始する。下痢や咳、熱などの症状を訴えてる人々はその人たち専用の部屋を用意してそちらに入ってもらう。幸いにして生き残った職員の中には、離島研究所就きの医者や看護師が何人かいるので、彼らもこの部屋にいって治療や看病に当たってもらうことになる。このシェルターは実に準備が良く、十分な量のマスクや衛生手袋や各種常備薬が備蓄されていた。戦闘が長引かなければ、重篤化するようなことはないだろう。

 

 大怪我をしたり、いきなりの事態でメンタルがやられてしまった人たちはもう一つの部屋に入る。感染の拡大を防ぐためにこうしたのだ。このシェルターは実に準備が良くて、大部屋のほかに各々の機能を備えた十部屋ほどの小部屋がある。感染の恐れがある患者が出たときも想定してあるのだろう。大したものである。

 

「さて、義勇軍グループは何人かコントロールルーム来てくれ。合流作戦について話がある」

 

「わかった」

 

 避難グループの移動が終わると、文也たち後方支援グループはコントロールルームに引き上げる。それについてくるよう文也に呼ばれ、将輝は何人か選んで引き連れ、ついていった。

 

 コントロールルームの正面を埋め尽くす多数のモニターは、今は動いている。映すしているのは、この研究所の中に仕掛けられた監視カメラが撮っているものだ。

 

 侵入者は地下シェルター以外の放棄したコンピューターからのアクセス権がすべて遮断されていると気づくと、どうやら地下シェルター内の緊急用コントロールルームの可能性に思い当ったらしく、そこから監視されるのを防ぐために、研究所内の監視カメラを探し出してすべて破壊していた。

 

 ただし彼らが見つけて破壊した監視カメラは、それ自体も監視カメラとしてしっかり機能するが、実はダミーである。

 

 壁の裏や天井の隙間などに隠し監視カメラがいくつも設置されていて、そちらはほとんど壊されていない。

 

 今モニターに映しているのはそちらの監視カメラで撮っている映像だ。研究所内の要所のほか、この地下シェルターにつながる地下廊下の様子も映している。まっすぐな地下廊下内には敵兵士が特に厚く配置されており、こちらを絶対に逃がさない構えだ。

 

 このカメラこそが、文也が今朝ハッキングして解放した機能だ。避難して安全を確保するためだけの場所ではなく、外部と協力して反撃・奪還も視野に入れた攻撃的なシステムであり、この施設が襲撃を受けたときの切り札の一つだ。初見殺しでかつ効果は強力であり、よってこのシステムへのアクセス権限は所長・副所長クラスしか持っていない。どちらも先の戦いで死亡しており、それでもこの切り札を使おうとリーダーグループは四苦八苦していたのだが、今朝になって文也が一時間ほどかけてハッキングし、解放に成功したのだ。

 

「こう見ると、俺らはまだ幸運な方だな」

 

「全く、これで幸運と言えるなんて、とんだ世の中だぜ」

 

 そのモニターを見上げながら、将輝と文也は軽口をたたく。

 

 ゲリラに侵略され多数が死んだのは、間違いなく理不尽で最上級の不幸と言える。敵国側に浮かぶ離島で、軍事的に重要な研究施設があって、それでいて国防軍の配備は薄いという、他人事であれば思わず笑ってしまうようなバカみたいな条件が揃っているのも不幸だ。

 

 ただしその設備には国内でも指折りの質を持つ大規模避難地下シェルターがあって、こうして敵の様子を見れる設備が周到に用意されていて、敵ゲリラは強力だったがこの分厚い壁を破る方法を持っていない。

 

「この研究所はほんと用意がいいぜ。襲われることを想定して何から何まで周到だ。これぐらいの周到さを国防軍の配備に向けてればなあ」

 

「それは言わない約束だろ」

 

 文也の皮肉を将輝は諫める。冗談めかしていても、その発言は周りの不満を刺激し、空気が悪くなってしまうからだ。

 

 この研究所を建てたときは、おそらく相当力を入れて侵略への対策を用意していた。それはこの最高峰のシェルターや周到な監視カメラからわかる。時間の経過と平和ボケで国防軍の規模を減らしに減らされた様をみたら、設計者は泣くだろう。

 

 こうして通路を封鎖するだけにとどめていることから、このゲリラはシェルターへの対策を持っていないのだろう。シェルターへの対策として、壁を破る爆弾や隔壁カッターだけでなく、魔法を使う方法もある。

 

 魔法の行使は距離や遮蔽物は原則関係ないため、壁や扉越しに内部に直接作用するタイプの攻撃魔法を使えばよい。そうなれば、こちらは甚大な被害を負っていただろう。

 

 ただし、魔法とはどうしても魔法師の感覚・知覚に大きく依存する。外からは、シェルター内部の状態は観測できないし、そもそも超音波などの専用の観測装置がないと壁の厚さすらわからないので、内部との距離もわからない。そんなシェルターの内部に魔法を行使できるのは、例外を除けば、相当のレベルの魔法師でないとできない。

 

 このゲリラは練度も個人の実力も高いが、やはり敵地へのゲリラであり、そんな捨て石的要素もある部隊にトップクラスの魔法師はいないらしい。装備も対魔法師を強く意識した高速奇襲制圧に特化しており、シェルターに籠ってしまえば向こうは手出しできる装備がない。

 

 そうなると、敵本隊は先遣ゲリラ部隊から連絡を受けて分厚い壁越しに攻撃できる魔法を覚えた熟練の魔法師や壁を破壊する装備を引っ提げてくるだろう。つまり、義勇軍は時間との勝負になる。混乱した腰の重い国防軍に頼っていたら間違いなく大惨事になっていただろう。

 

「さて、じゃあ義勇軍グループは、よかったら、俺たちにCADを預けてくれ。ここにはご丁寧にもCAD調整設備もある。エンジニアたちで調整してやろう」

 

 文也はまず義勇軍グループの代表にそう語り掛けた。

 

 生き残った研究員の中には、CAD調整もできる魔法工学的知識が豊富な人材もいる。彼らにCADの調整をしてもらい、この後の戦闘をより有利に進めてもらう。

 

 義勇軍グループ代表の一人が率先して大部屋に待機している仲間にCADを調整してもらうかどうか聞きに行く。結果、全員が己の大切なCADを預けることを選んだ。命の次に大切なCADだが、ここまできたら一蓮托生だ。

 

「よし、じゃあやるか。ほらマサテル、CAD寄越せ。あとこれつけろ」

 

「え、お前がやるのか?」

 

「ああ、機械は一つしかないからな。一番早くできる俺がやった方がいいだろ?」

 

「……もう驚かないことにした」

 

 プロの研究員たちがいるのに、中学一年生の文也が一番早い。

 

 将輝はもう何も考えないことにしながら、サイオン波をスキャンする機械を身に着ける。文也なら、もはやそれができても不思議じゃない領域だ。

 

 最初に調整をするのは将輝だ。義勇軍グループで主力として期待されており、時間までに何人分終わるかわからないので、主力から順に調整していくことになったのだ。

 

「ふーん、なるほど。おーしじゃあやってくぞ。俺が調整してる間、みんなは作戦会議しててくれ」

 

 そう言いながら、文也は小さな手をキーボードに乗せ、猛然とキーを叩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おいおいおいさすがだぜ)

 

 監視カメラからわかる研究所内の情報を義勇軍情報係の端末に流しながら、文也は感心する。

 

 時間通りに義勇軍は上陸した。規模は百人。一日でどこからかき集めてきたのかという人数だ。しかも全員が手練れであり、上陸するや否や魔法や重火器による飽和砲撃によって高速で制圧し、研究所にすさまじい速さで突入してきた。

 

 いきなり襲撃してきた手練れの集団に敵軍は浮足立つ。しかも研究所内の自分たちの陣形や配置は駄々洩れであり、何もわからぬまま、瞬く間に研究所内のゲリラは無力化されていった。

 

「義勇軍グループ! 予定通りいくぞ! 義勇軍連中も手はず通りだ!」

 

『『『『『了解!』』』』』

 

 コントロールルーム内で映像を見ながら文也が叫ぶと、多方面から返事が返ってくる。

 

「カウントスタート! 5、4、3、2、1、動け!」

 

 文也が叫ぶと、日本側はそれぞれ予定されていた動きを見せた。

 

 まず地下シェルターに続くまっすぐな地下廊下を駆け抜けていた義勇軍は、いきなり方向転換して横道に身を隠した。

 

 続いて、閉ざされていた地下シェルターの出入り口の分厚い扉が開いていく。

 

 義勇軍が攻めてきて浮足立っているのに、さらに、開けようと悪戦苦闘していた扉がいきなり開こうとするものだから、地下シェルター前に陣取っていた敵ゲリラは混乱した。

 

 そんな混乱に、さらに追い打ちがかけられる。

 

 パパパパパパパパパパパンッ!!

 

 彼らの耳元でいくつもの爆竹がはじけるような音が鳴らされ、さらに目の前で原色の光が明滅し、耳と目に突然の衝撃が与えられる。

 

 幾重にも重なった突然の刺激によって、地下シェルター前に陣取っていたゲリラたちは、冷静な行動が一切不能となった。

 

 そして彼らが混乱している間に、地下シェルターの扉は、もう十分、『銃弾が通るほどには』開いていた。

 

「撃て!」

 

 将輝の号令とともに、シェルターの内側でいくつもの銃声が鳴り、直線の廊下を高速の銃弾の雨が駆け抜ける。

 

 それは混乱していたゲリラたちを貫き、次々と無力化していった。

 

「ライフル止め! 魔法撃て!」

 

 続く将輝の号令によって銃弾の雨は止むが、開ききったシェルターの内側から今度は魔法攻撃の雨がゲリラたちに襲い掛かった。

 

 しかも、今度は反対側からも魔法攻撃を仕掛ける。銃攻撃が止むとともに再び横道から廊下に姿を現した義勇軍も魔法攻撃をしているのだ。

 

 度重なる奇襲と止めの挟み撃ちによって地下シェルターを固めていたゲリラは崩壊し、地下シェルター内の義勇軍グループは、一人も犠牲者を出すことなく義勇軍と合流した。

 

「よし成功だ! 扉は人ひとりが通れる程度の隙間だけ開けて閉めてくれ」

 

 思惑通りに進んだ文也たちはガッツポーズをした。

 

「作戦通りじゃないか。本当にすごいよ君は」

 

 一人の職員が文也に笑顔で話しかける。

 

「だろ?」

 

 そんな彼に、文也は謙遜することなく、自身が考えた作戦の成功を喜んだ。

 

 文也が立てたこの作戦の主目的は、『義勇軍に義勇軍グループが合流する』ことだ。そして、目標は『シェルター内部の避難民は無傷であること』である。

 

 しかし、合流するためには必ずシェルターを開けなければならず、そうなると地下シェルター前を厚く固めている敵兵士の攻撃は、開いた瞬間に必ず中に降り注ぐ。

 

 よって、『開く瞬間には相手が攻撃できない状況』にして、『開き始めた直後にはこちらから攻撃をして相手を無力化する』ということが必要だった。

 

 そこで必要になってくるのが、義勇軍との連携だ。

 

 監視カメラの映像が見れるようになってから思いついたこの作戦内容は、以下の通りだ。

 

 まず義勇軍にはお返しと言わんばかりの電撃奇襲作戦で制圧してもらい、多少の無茶をしてでもこの地下シェルターに接近し、外側に警戒を向けてもらう。

 

 そして、そのタイミングでシェルターをいきなり開け始め、開ける予兆を見せつける。

 

 いきなりの強烈な変化を見せる二方向に注意が向いて敵が混乱したところで、文也の魔法でさらに混乱させる。

 

 そのころにはシェルターは少しだけ開いているので、その小さな隙間から、ここに避難するときに敵兵士の死体から何丁か拝借したハイパワーライフルによる銃弾の雨を浴びせる。貫通力特化のライフルは真っすぐな廊下を駆け抜け、遠くの敵まで攻撃することができる一方、敵に逃げ場はない。同士討ちを避けるため、タイミングを見て義勇軍には横道に退避してもらう。

 

 シェルターが開ききって視界が十分に確保できたら、今度は義勇軍グループと義勇軍が魔法で攻撃して挟み撃ちをして無力化する。

 

 そうした手順と段階を踏むことで、シェルター内部に一切の犠牲を出さず、義勇軍との合流に成功した。義勇軍の規模は敵本隊の規模にはだいぶ足りないが、『爆裂』を有する将輝を筆頭とした腕と意志に覚えがある魔法師十数名が加わればいい勝負ができるだろう。

 

「やっぱカメラがあるってのはいいもんだな」

 

 文也は背もたれにふんぞり返り、モニターを満足げに見上げる。

 

 外側からシェルター内部への魔法攻撃はできない。

 

 しかし、内側から外側へ攻撃するための条件は整っていた。

 

 あちらは扉の厚さなどがわからないため座標判断ができないし、対象を目視することができない。

 

 しかし、こちらはシェルターを使う側であり、当然扉や壁の厚さに関するデータもある。また外の様子は監視カメラ越しと言えど目で知覚することはできるため、魔法を外部に行使することはできる。

 

 ただしそれでも、自分が直接目視していない対象への魔法行使は難しい。それができる魔法師は、シェルター内部には文也しかいなかった。また文也自身もその条件では強力な魔法は行使できず、せいぜいが質の悪い『悪戯』程度のレベルしかない。しかし、少しでも相手の混乱を誘えればよかったので、これで十分なのだ。

 

「さて、じゃあ第二段階行くぞ。今から、俺たちは『神』になる」

 

 文也が部屋全体に聞こえる声量でそう言うと、後方支援グループたちは自信に満ち溢れた態度で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下廊下で義勇軍と合流した将輝たちは、研究所内のゲリラを無効化し、研究所外で外部の敵を防いでいる義勇軍本隊と合流した。たった今落ち着いたところらしく、各々が外部に警戒を向けつつも、今は戦闘をしている様子はない。

 

「親父!」

 

「将輝! ……無事だったか」

 

 義勇軍が持ち込んだ戦闘用装備に身を包む息子の姿を見た剛毅は、安堵から思わず大きな声でその名を呼ぶ。しかし、今ここが戦場であり、自身が総大将であることを思い直した剛毅は、すぐに口調を抑え、冷静を装って息子を迎えた。

 

 息子に会うのは、実に一週間と数日ぶりだった。一条家が運営に大きく手を出している研究所に夏休みを利用して一人で勉強に行かせ、その終わり際にこの事件だ。義勇軍の大将としてあれこれ働いていたというのもあるが、実は息子が心配すぎて睡眠はあまりとれていない。

 

 その息子は、この一週間と数日で、だいぶ成長したように感じた。

 

 昨日の襲撃直後の連絡で話した時は、どこか無理をしているように感じた。話によると、突発的に『爆裂』を使って兵士を何人も殺したらしいので、それによるのだろうと考えて、正直そんな状態で今日義勇軍に参加して戦闘をするというのは無理なのではないかとも考えていた。

 

 だが、今こうして久しぶりに見る将輝に、あの時感じた危うさはないように見える。まだ人を殺すのも、仲間が死ぬのも、血を浴びるのも、怖いだろう。しかし、何かきっかけがあったのか、そんな自分の感情を受け止め、理解し、消化できている。新兵が一皮むけたときの様な力強さを感じる。

 

「親父、これを」

 

 将輝がそう言って父親に渡したのは、シェルター内にいくつか備えられていた高性能の通信インカムだった。普通の連絡端末でも情報は受け取れるが、これはシェルター内部に用意されていたモノであり、すなわち、シェルター内部との通信がより高度にできる代物ということだ。

 

『ハーイ、おたくが義勇軍の大将か?』

 

「いかにも。一条剛毅だ。君は?」

 

 受け取ったインカムから聞こえてきたのは、自分の息子よりもさらに幼いのではないかと予測できる少年の声だった。

 

『シェルター内で後方支援担当をしてる井瀬だ』

 

「井瀬……そうか、君が井瀬文也君か」

 

『ああ、そうだ。理由あってお忍びだけどな。このインカムは大将のほかにも、義勇軍の連絡係に渡される。色々サポートになる情報は、なるべくこっちのインカムの回線で送るからよろしくな。大将とお話しする担当は俺だ』

 

「例のあれだな。わかった。この際君のハッキングは不問としよう」

 

『ああ、助かる。今は、『一条』と『井瀬』の関係はチャラにしようぜ、大将』

 

 インカムの向こうは、因縁ある『井瀬』の一人息子・文也だった。ただでさえ一条家と因縁があるのに、その一人息子をお忍びでよりによって一条家が統括する研究所でお泊り見学をさせるという滅茶苦茶さにはつい先日呆れさせられたものだが、今はそのおかげで事が上手く運び、息子とその親友が生き永らえたのだから、ひとまず水に流すことにした。

 

「それではこちらも動くからいったん通信は切らせてもらおう」

 

『おう、頑張れよ大将』

 

 最後まで敬意のケの字もない文也との通信を切り、剛毅は義勇軍に向け、声を上げる。

 

「勇気ある諸君!」

 

 たった一言、大きな声で呼びかけるだけで、空気が引き締まる。

 

 生まれながらの将としての気質とカリスマを持ち、またたゆまぬ努力を積み重ねてきた彼の言葉は、仲間たちを勇気づける。

 

「我が国を脅かす卑劣な侵略者どもを、我らが武で撃退せよ! 己の力を振るえ! そして、我らが祖国を、我らが故郷を、我らが育った場所を、我らが家族を、我らが友を、守り抜け!」

 

 呼応する義勇軍の声が、空気を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、敵本隊も姿を現し、地上では本格的な戦端がついに開かれた。

 

 義勇軍の中でも、一条父子の活躍はすさまじいものだ。

 

 彼らの前に立つ敵兵士はそのことごとくが内側から爆散させられ、赤血球を飛び散らせて息絶える。戦車や機械は潤滑油やガソリンが急激に気化・膨張させられて爆発する。反撃の銃弾や魔法は、彼らの強力な干渉力を誇る障壁魔法や対抗魔法、『干渉装甲』らによって無意味と化す。

 

 義勇軍は数で劣りながらも終始有利に戦いを進めていた。それはこの一条父子の獅子奮迅の活躍もあるが、それ以外もある。義勇軍の士気や個々の実力の高さも、この戦いが有利に進んでいる要因だった。

 

 特に、この義勇軍に唯一「無名」で登録している、「訳アリ」の大男の活躍はすさまじい。

 

 その大男は総大将である剛毅以外には名前を明かさず、また部隊編成のどこにも組み込まれず「個人」として参加を許されている。全身を分厚い装備で包んでいるが、それ越しでも鍛え抜かれた肉体がわかる。顔もわからないようにフルフェイスヘルメットを装備している。

 

 その働きは目立ったものではない。

 

 協調性の欠片もない見た目と参加経緯だが、その戦術は仲間のサポートだ。後方から敵の妨害をしたり、仲間が攻撃に集中できるように障壁魔法を担当している。そのサポートがどこまでも的確で、また特に干渉力や改変規模が大きいわけでもないが、魔法発動スピードが速いので、目まぐるしく変わる戦況にいち早く柔軟に対応して仲間を助けている。このたった一人のサポートによって全体が相当戦いやすくなっており、実際に戦ってみて初めてこの「無名」の活躍がわかるというものだった。一見その肉体が泣いてるように見えるが、サポートのために戦場を駆け回ってるので、いかんなく発揮されている。

 

 どこの部隊編成にも組み込まれていない、というのは、「無名」であるがためにどこにも組み込めない、というのもそうだが、部隊編成の枠にとらわれずにどの部隊もサポートできるよう、という配慮もある。

 

 今この義勇軍で、この大男の正体を知っているのは、大将である剛毅だけだ。

 

 その正体は、一条剛毅と因縁がある男、文也の父親である井瀬文雄だ。

 

 これは剛毅が知っている彼本来の戦い方ではないのだが、正体を隠すためにはあの特徴的な戦い方はできない。

 

 剛毅は、最初は文雄の参加を断った。正体が明かせずかつ本来の戦い方ができない男など、参加されても迷惑でしかない。しかし彼の実力は知るところであり、また文雄がいつもの理不尽さや粗野さを捨てて真剣に頼み込んできたので、つい折れて承認してしまった。その事情は……お互いに、父親である、ということだ。

 

『六時半の方向からライフル構えた五人ぐらいの敵が接近。尻穴に気をつけろ』

 

『五時方面からは機動戦車とそれを囲む重火器を持ってない魔法師と思われる五人』

 

 剛毅や連絡隊がつけているインカムに通信が入り、それが義勇軍内で即座に共有される。前に意識を向けていたが、後ろからの奇襲を狙っているようだ。

 

 後方の部隊が後ろを振り返り、気づかれていないと思っているであろう奇襲部隊に逆奇襲をかける。向こうもあわてて反撃しようとするが、視力を強化して機動戦車を視認した剛毅が名人芸の『爆裂』で優先して無力化する。

 

 この機動戦車は、普通の戦車と違って砲弾も撃てないし装甲も薄いが、その分小回りが利いてスピードも速く、また生半可な障壁魔法を貫く高威力の機関銃がついており、魔法師を中心とする部隊への対策として有効だ。防ぐことも難しい高威力の弾丸の雨を奇襲で放つことができる優秀な兵器なのだが、機械をも一瞬で爆発させる『爆裂』を先に使われては、ただの粗大ごみでしかない。

 

 義勇軍に通信を送っているのは、地下シェルターの後方支援グループだ。

 

 地下シェルターコントロールルーム最高の切り札は、人工衛星のカメラへのアクセスだった。

 

 科学技術が急速に発達した中、再び宇宙競争が過熱し、各国は自国独自の人工衛星を何基も打ち上げている。宇宙から自国・他国問わず広範囲の監視を可能とする人工衛星は、この時代では軍事的に必須の設備だ。

 

 当然日本も人工衛星を何基も打ち上げており、そのうちの一つ、日本海方面を監視している人工衛星のカメラへのアクセス権を、あの地下シェルターの緊急用コントロールルームは持っていた。

 

 ただしそのアクセス方法とパスワードは、研究所の所長と、佐渡基地の統括者、国家や軍の高官、そして一条剛毅しか知らない。所長は死に、またその場にほかの権限を持つ者はいない。剛毅などが電話越しにアクセス方法やパスワードを教えることもできない。衛星カメラへのアクセスというのは重大で、本人の生体認証までもが必要だったからだ。

 

 そんな衛星カメラへのアクセス権の存在自体は生き残った一部のリーダーは知っていたのだが、アクセス方法もパスワードも知らされていない。

 

 そんな届かない切り札の存在を聞いた文也は、持ってる技術のすべてを駆使してハッキングにチャレンジし、奮闘の末、見事アクセス権を奪った。

 

 このハッキングはいかに緊急事態であろうと、知られたら、表向きは厳罰は免れないし、裏では『処分』されかねない。

 

 しかし剛毅は、事態が事態ということで、自らの権力を駆使してこの事実を握りつぶすことに決めた。

 

 この衛星カメラへのアクセスの効果は甚大で、相手の攻撃が届かない宇宙空間から、一方的に地上の様子を広範囲で真上から確認できる。

 

 まさしく、『神』の視点だ。

 

 時代が進み、技術も進んで、宇宙からでもそれなりの解像度で地上を撮影できるようになった。顔の細かい識別まではいかないが、一か所に固まっていても人数が把握できる程度の解像度はある。これだけの解像度で宇宙から一方的に観察できるので、その情報アドバンテージが義勇軍をより有利にしていた。

 

「こりゃ勝利も時間の問題ですね」

 

 義勇軍の中の一人が機嫌のいい声でそう言った。油断するな、と周りは諫めるが、周りもそう思っているようでそれは友達の悪ふざけを笑いながらたしなめるような感じだ。

 

 油断大敵。

 

 この言葉は使い古されているが、それでも、こうした戦場では毎回のように痛感させられる。

 

 剛毅自身、油断していたわけではない。

 

 ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ、圧倒的に有利な状況で……気が、緩んでいたのかもしれない。


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