実は、この作品を投稿し始めたころには番外編最終話に着手していたのですが、いろいろあって最終話を書くのに一か月くらいかかりました。
「さて、じゃあそろそろ俺も動くか」
「え?」
研究所周辺の戦況が落ち着いてきたころ、コントロールルームにいた文也がそう言っていきなり立ち上がる。
「ちょっと俺も地上戦に参加してくるわ。衛星からじゃ見えない部分が気になる」
「た、単身はいくらなんでも無茶だよ」
「あくまで偵察だけさ。なんか、嫌な予感がするんだ」
文也はコンピューターにつないでいた端末をポケットに入れ、シェルターが攻められたときに使えるよう準備されていた防弾チョッキを着ながら、止めようとする真紅郎に答える。
「大将との連絡はジョージに任せた。それじゃ」
「待って、せめてこの予備インカムは持っていきなよ。僕らからの情報は必要だ」
「安心しろ。ちょちょいと改造してこんなのにしてみた」
文也が真紅郎に見せたのは、彼が携帯していた端末の画面に映る、衛星から撮った地上の様子だ。文也が端末を操作して切り替えると、研究所内の隠しカメラが映す映像に切り替わる。
「仕事の隙間時間にこの端末で映像が見れるようにアクセス権を改造してみたんだ」
「ええ……」
この小さな少年は何でもありか。
真紅郎は呆れ果てる。同じく話を聞いていた周りも呆れ顔だ。
「まあでも連絡手段は欲しかったところだ。貰うわ。ちゅーわけで、じゃあ」
「うん……気を付けてね」
文也はまるで今から散歩に行くかのような軽やかな足取りでその場を離れる。真紅郎はそれを見送ると、面識のある剛毅に、連絡手交換の挨拶をした。
☆
文也は、まずは監視カメラの映像でクリアリングをしながら慎重に研究所の自分たちの寝室に向かった。避難の際に放置してきたが、そこには自分が持ち込んだ荷物がいくつかあり、それを回収するのが目的だ。そのあとまた慎重にクリアリングをしながら脱出する。とはいえ、研究所内は義勇軍がすべて掃討してくれたので意味がなかったが。
文也はシェルターの中にあった装備をいくつか拝借して身に着けている。防弾チョッキに遮光グラスに防弾メットという、動きやすさと安全性の両面に考慮した装いだ。
研究所を脱出した文也が見て回るのは、外の中でも、遮蔽物があって人工衛星で真上から観測できない場所だ。
ただし、そこを調べて回るのも慎重だ。
不用意に調べていって接敵しては元も子もない。
よって、まず遠くから身を隠しつつざっと魔法で感覚強化した目で確認し、次に持ち込んでいた特殊望遠鏡で細部を確認する。この望遠鏡は、佐渡の自然を探検するときに使うかもと持ってきたものだが、結果的に想定していない場面で役に立つこととなった。研究所の見学が楽しくて自然探検は全くしなかったのがなんとも皮肉である。
そうやって、自分の端末に映した衛星カメラの映像で観測できない場所をチェックする。衛星から見えない場所に敵を見つけたら、インカムで後方支援グループに報告し、そこから義勇軍に報告してもらう。
単身でこの戦場に飛び出してくるという大胆な行動をしているわけだが、そこからの行動内容はどこまでも慎重だ。
安全が確認された場所に隠れて衛星映像を確認。敵がぱっと見て見つからないルートを確認すると、そこを身を隠しながら安全に移動し、次の衛星から見えないポイントを遠くから観測する。また手は常に障壁魔法や防御魔法を入れてるCADに触れられるようにしている。こういう時、スイッチを押さなければならないCADというのは不便なものだ。
この文也の働きは、味方に良い影響を与えた。
敵軍はこちらが真上からなんらかの方法で観測してることを察したようで、積極的に真上から姿を隠せる場所を選んでいる。そしてそこに隠れることでひとまず安心、といったように少しだけ気を抜いている。
そこを文也に見つかり、義勇軍に知らされれば、その隠れ場所はそのまま危険地帯となる。
この義勇軍は一条剛毅の大号令で集まった集団であり、その中には一条家と所縁の者や一条家私設軍参加者が多い。
一条家のお家芸、中長距離からの先制飽和砲撃は、気を抜いて隠れている敵軍にいきなり襲い掛かり、その隠れ場所ごと蹂躙する。
奇襲の可能性をつぶし、かつ離れた場所から安全に敵をピンポイントで効率的に押しつぶせる。
文也のもたらす情報により、義勇軍は大きなアドバンテージを得ていた。
「ははっ、これなら楽勝っぽいな」
文也は、自分が知らせた場所が魔法砲撃でなすすべもなく押しつぶされる様子を観察しながらつぶやいた。一時はどうなることかと思ったが、このままいけば島丸ごと奪還もすぐにできるだろう。
文也はニヤニヤ笑いながら、一旦休憩しようと、手ごろな場所がないかと周囲を見回す。
その瞬間――文也の中でくすぶっていた嫌な予感が、急に膨れ上がった。
(っ!?)
周辺に敵はいない。自分を対象とした攻撃ではない。大規模な軍隊や魔法師部隊がいる様子がないから、大規模攻撃に巻き込まれるという話でもない。
しかし、こちらに大打撃を与えるような攻撃の予感がした。
文也は先ほどとは違う目的ですぐに周囲を見渡す。自身の姿がさらされることもいとわず、小さい背を目いっぱい伸ばして少しでも視野を広くする。視力を強化し、さらに望遠鏡を使ってせわしなく周囲を見回した。目から入ってくる情報の奔流に眩暈と頭痛がするが、それを無理やり抑え込んで周囲を警戒する。
(見つけたっ!)
自身からも、義勇軍本隊からも1500メートルほど離れた場所。夏の日差しを受け取ろうと葉が茂った木々の下で上から見えないようにし、かつ草むらの中に寝転んで身を隠してる。仲間にあのような兵士がいるとは聞いていない。つまり、敵だ。
この真夏だというのに草や土に隠れることに特化した厚い長袖長ズボンの迷彩服を着たその男は、同じく迷彩が施された長い銃を構え、そのスコープを覗き込んでいる。その指は、もう引き金にかかっている。
その銃口が向く先は――義勇軍本隊を指揮する、一条剛毅だ。
「大将伏せろ!!!!」
文也は思わず叫んだ。直接通信がつながってるわけでもないが、コントロールルームの後方支援チームが緊急性を察知して剛毅にとりあえず伏せるよう知らせることを期待してのことだ。
そして叫びながら、文也は準備していた障壁魔法のCADではなく、腰のベルトにぶら下げた懐中電灯の様なものを握りこむ。これは小型懐中電灯の役割も果たす超小型CADだ。
文也が魔法を行使するとほぼ同時、敵兵士は引き金を引いた。
長い銃身の先、銃口から、マズルフラッシュとともに凶弾が放たれる――。
☆
『危ない!』
剛毅の耳元で、いきなり真紅郎が叫んだ。
剛毅は何事かと考える前に、反射的に自身の周りに強固な対物障壁を何重にも張る。とっさの発動でこの干渉力は流石というほかない。
そして、剛毅に超高速で迫る――超音速で銃弾を放つスナイパーライフルのものよりもさらに何倍も速い――凶弾は、その一枚目の障壁に触れ――何もなかったかのように貫いた。
(しまった!)
剛毅は自身の失策を、この一瞬で悟った。
訳が分からず半ば反射で張った対物障壁。幾重にも張り巡らし、自身だけでなく仲間も守るように張った障壁は、とっさのものでありながら強固だ。小型戦車の砲弾すらも退けることができるだろう。
しかし、剛毅に迫る凶弾は、凶悪な改造が施されたスナイパーライフルから魔法による加速も併用して放たれたことにより、異次元の速度を出している。しかも銃弾そのものも貫通力特化だ。その一点突破の凶弾は、事象の強度で剛毅の障壁を凌駕した。
ここで、障壁魔法の弱点が出てしまう。
普通の壁や障害物に当たれば、どんな銃弾でも必ず、多少は減速したり、変形したり、軌道がずれたりする。
しかし障壁魔法は、事象の強度で上回られてしまえば、魔法そのものがなかったことになってしまい、減速も軌道ズレも一切起きない。
対魔法師に特化した銃器というのは、この点で、魔法師に対して大きなアドバンテージを持っているのだ。
超高速の凶弾は、幾重にも張られた対物障壁を次々と通過していく。
終わった。剛毅がそう悟った時――その凶弾の通り道に、自身の障壁以外の魔法が行使されるのを感じた。
超高速で飛来する凶弾は、なぜか急に不自然な減速をする。それは剛毅に近づくごとに顕著になっていく。
そして剛毅の眉間と数センチメートルも離れていないところに張られた最後の対物障壁に凶弾が届くころには、普通の拳銃から放たれた銃弾程度の速度になった。
その程度の速度の銃弾ならば大丈夫だ。剛毅の最後の対物障壁は、その凶弾を跳ねのけた。
剛毅は、何が起こったのかわからなかった。あのスナイパーの攻撃に反応できたのは、インカム越しに真紅郎から「危ない!」と通信を受けた自身だけだ。音速を超える通常のスナイパーライフルをさらにはるかに超越した速度で超遠距離から不意打ちで放たれた凶弾に気づく者がいたら、それは超人だ。仲間の中で、気づいた気配がある者はいない。急に対物障壁を張った剛毅を見て目を丸くしてるだけだ。
混乱した。唖然とした。
しかし、一流の軍人たる剛毅の精神はそれを押しつぶす。
何が起こったのか考えるよりも先に、剛毅の体は動いていた。
特化型CADを凶弾が飛んできた方向に向け、砲撃魔法を連発する。
その魔法の雨が生い茂る木々を飲み込み、爆発し、その一帯を火の海にした。あそこに人がいれば、もはや消し炭になっているだろう。
「親父、どうかしたのか!?」
「この方向からスナイパーライフルで撃たれた。これが銃弾だ」
急に障壁を張り、その直後に唐突に木々の中に砲撃魔法の雨を叩き込んだ父に、将輝は何があったのだろうと慌てて問いかける。
それに対し、自分に向かう殺気の消滅を感じ取った剛毅は、足元に転がる銃弾を拾い上げ、将輝に見せながら答えた。
「なっ、親父はそれを防いだってのか?」
将輝は目を丸くして問いかけた。
スナイパーライフルから放たれる弾丸は音よりも速い。銃声を聞くころには、すでに銃弾が体を貫いている。遠距離から放たれているため攻撃の気配もわからないし、マズルフラッシュも見えない。不意打ちで放たれるスナイパーライフルの初撃を防ぐのは、超人的な危機察知能力がないとできない。
前々からすごいとは思っていたが、自身の父親がそこまでの化け物だとは思わなかった。
将輝は、驚きと恐怖と尊敬が混ざった目で剛毅を見ている。
「いや、私はインカム越しに真紅郎君から『危ない!』と言われて、とっさに対物障壁を展開しただけだ」
「とっさであの壁の強度も十分頭おかしいけど……まあそれはいいか」
剛毅の説明を聞いて、将輝はまだ何か釈然としない様子だが、それをすぐに我慢した。
「真紅郎君、衛星で気づいたのかね。命を助けられた」
剛毅は真紅郎に礼を言う。
剛毅の見立てでは、衛星カメラからスナイパーの存在に気づいた真紅郎がとっさに剛毅に警告したのだろうと考えている。『危ない!』みたいなあいまいなものよりも、『伏せろっ!』のようなとりあえず行動できる具体的な指示が欲しいところではあったが、それは民間人で研究肌の彼には酷というものだろう。
『えっと、その、僕もよくわからなくて……剛毅さんが砲撃した場所は、木々の葉っぱに阻まれて衛星からは何も見えません』
しかしそんな剛毅の礼と見立てを、真紅郎は否定した。
『文也が急に『大将伏せろ』って叫ぶものだから、なんだかわからないけど剛毅さんに伝えなきゃって思ってとっさに叫びました』
「そうか、井瀬君か」
剛毅はそこでようやく納得が言った。
文也は、まさしく衛星から見えない場所の捜索をしていた。その中で、あの木々と茂みに潜むスナイパーを見つけたのだろう。だとしたら、あの魔法を使ったのも文也だろう。あんなに離れた場所から正確に座標を定めて素早く魔法を行使する力は、中学生離れしている。
(まさか井瀬の子に、息子どころか私まで命を助けられるとは)
剛毅は自慢の視力で、自身が砲撃して地獄と化した木々のほうを見る。
その中に、燃え盛る炎に照らされて浮かび上がる、その炎の中の様子を窺うように動いている、小さな黒い点を見つけた。
☆
「ふいー危ない危ない」
文也は魔法で熱と炎を防ぎながら、剛毅が砲撃した林の中を探索する。
とても生きているとは思えないが、一応目視でスナイパーの死亡を確認するためだ。遠くからでは炎に阻まれて確認できず、こうして近づくことになってしまった。
文也が魔法で風を起こして燃える草をかき分けた先には、爆発を受けてバラバラになった黒焦げの死体が転がっていた。そしてそこから少し離れたところには、無残に真っ二つに折れ煤をかぶって真っ黒になった特殊改造スナイパーライフルもあった。爆発によって吹き飛ばされてここまで飛んでいったのだろう。
義勇軍を集めた張本人であり総大将である剛毅の突然の死は、戦力的な意味でも精神的な意味でも日本側にとって大打撃になるに違いない。もし、彼一人が殺されたら、それだけで義勇軍は総崩れしてしまうかもしれないほどだ。そうなると自身や将輝や真紅郎の生存も一気に厳しいものになってしまう。また彼を失うのは、日本の将来にとっても大損失だ。
文也はそんな剛毅を守るべく魔法を行使した。それは半ば反射的なとっさのものだったが、加速する思考によって導き出された、今の文也にできる中では最適解のものだった。
文也が使った魔法は『定率減速』だ。領域魔法の一種で、領域内で動く物体は一定割合でどんどん減速していく。これは移動物体が高速であればあるほど減速幅は大きくなるため、速度がキモであるあの弾丸に効果は抜群だった。
障壁魔法のように『超えて防ぐか、超えられて通過されるか』というイチかゼロかの魔法を行使していたとしたら、文也の干渉力ではなんの意味もなかっただろう。
しかし『定率減速』は『領域内の物体の速度を一定割合で減速させる』という魔法であり、それには銃弾の速度や固さといった面での事象の強力さは関係ない。この『定率減速』の影響を退けるには、魔法的な影響を退ける『情報強化』を銃弾に施す必要がある。
今や無残に折れたこの改造ライフルから放たれるときは加速魔法や爆発増幅魔法を併用して超速度を生み出していたが、銃弾そのものに魔法的保護はかけていなかったのだ。
「真っ二つだし黒焦げだけど、こいつはいい研究材料になるぞ」
文也はその改造ライフルを回収する。真っ二つに折れ、ボロボロになってはいるが、こんなのでもある程度形は残っているため、検分すれば色々と参考になることがわかるだろう。
「さて、じゃあそろそろ帰りますかね」
折れたライフルを束ねて持ち、燃え盛る林から離れてから、自身が出てきた研究所を見る。
端末を覗いて衛星からの映像を確認すると、近海に待機していた敵軍の船の一団の中でも一番大きな船が接近してきている。いよいよ敵本隊の中でもメインのお出ましだ。ここから戦況はより激しくなる。そうなれば、ちょこまか動き回る文也の動きは、全体への貢献は今よりも薄くなり、いたずらに彼個人の危険が増すだけとなる。
(もう潮時だな)
文也は衛星カメラで様子を確認しながら研究所に戻る。研究所の中で一息つくと、シェルターには戻らず、衛星カメラで『南側』の安全を確認する。南側の岸には、義勇軍がここまで乗ってきた大きめの船が三隻と、上陸に使った小舟が何隻も泊められている。
将輝たちと泊まっていた部屋にもう一度行って自分が持ってきていた荷物をすべて回収すると、文也はそのまま南側の岸に向かっていった。
その南側の岸には、義勇軍が帰ったり、避難民が避難したり、もしくは万が一の時に義勇軍が撤退するために大小の船が何隻も泊められていて、それを奪われたり沈められたりしないように義勇軍の中から何人かが警備についている。
文也はそのうちの一人に目を付けた。全員同じような装備をしているが、そのうちの一人、一番端のボートのいくつかを守っている兵士は、腰に特徴的なキーホルダーをぶら下げていた。
そのキーホルダーは、六芒星とデフォルメされた笑顔マークがパステルカラーで可愛らしく組み合わされて描かれたマークが両面についている。
これは、『魔法で子供たちに笑顔を』をモットーとする『マジカル・トイ・コーポレーション』のロゴマークだ。このキーホルダー自体が安価な障壁魔法CADで、一般向けにも販売しており、安価なお守り代わりとして身に着ける魔法師がたまにいるため怪しくはない。安価で便利で携帯性に優れたグッズのデザインに会社のロゴを前面に押し出すことで宣伝効果を狙った商品だ。
ただし、一般向けに発売しているキーホルダー型CADは、そのロゴマークは片面にしか描かれていない。しかし、この兵士が腰に下げているキーホルダーは、両面にロゴマークがついていた。
「よっす」
並んでいる兵士の一番端にいる彼に、物陰から合図を送る。その兵士は物陰の文也に気づくと、ほかの兵士に見えないよう体で隠しながら、指を動かしつつ文也に口パクで伝える。
指の数字は五十音の行、口の動きは母音を示している。文也が昔悪戯のために考えた暗号だ。単純極まりないしはたから見てもわかりやすいが、こうした一瞬で何が言いたいかを伝えたい場合はまばたき信号やさりげないしぐさによるモールス信号よりも便利だ。
『文雄さんのお子さんですね。あちらへ』
その兵士が示したのは、岸の陰にこっそり移動させておいた簡易ボートだ。
この兵士は、文雄について義勇軍に参加した、『マジカル・トイ・コーポレーション』の『裏仕事』を担当する魔法師だ。表向きは『マジカル・トイ・コーポレーション』と関係はないことになっていて普段は国防軍の予備役も受け持つ警察官をやっている。文雄の古い知り合いで、『マジカル・トイ・コーポレーション』の『キュービー』について知る数少ない人物だ。
『サンキュ』
文也は暗号でそう言い残してそのボートに乗る。その直後、岸から少し離れた場所、細かい部分が目視できないぎりぎりの距離で、いきなり大きな爆発が起きた。
「何が起こった!?」
その爆発に、船を守っていた義勇軍全員が注意をひかれる。
「私が船をすべて守りますので、皆さんは調査を!」
「了解! 行くぞ!」
真っ先に発言したのは文也を誘導した兵士だ。混乱する中彼が真っ先に指針を示したことで、ほかの義勇軍人たちはついそれに従ってしまい、この岸を離れて爆発の調査に向かっていった。
これで、海側から完全に注意がそれた。
その隙に文也はボートのエンジンをできる限り全開にして、急いで佐渡島を離れる。
(上手くいってよかった……)
文也はだいぶ離れていった背後の佐渡島を見て、ようやく一息ついた。
最後の脱出は、ほぼ賭けだった。この島に来て、侵略者の襲撃を受けてからいくつもの作戦を立ててまた実行してきたが、これが一番無茶なものだ。
文也はお忍びでこの佐渡島に来ている。完全な部外者である文也があの軍事機密の研究所を見学したとなれば、責任者だけでなく、文也自身にも何かしらの害が及ぶ。
よってもともとは一足先にこっそりと個人の船で帰る予定だったのだが、奇襲侵略によってそれもおじゃんになった。
そこで、文也は地下シェルターの中でこっそりと自前の端末を使って父親と連絡を取ることにした。しかしどこの部屋にも誰かしらおり、通話が聞かれてしまう懸念がある。
そこで思いついたのが一石二鳥の策だった。
取り調べていた警備員や職員を人払いし、捕虜と二人きりだけになる。そこでだれにも知られたくない魔法を使って『お話』をして情報を抜き出す。口の中に布を突っ込んで息苦しさと悲鳴を上げれない辛さを同時に味わわせることも考えたが、あえて大部屋に悲鳴が聞こえるようにした。こうして中で何をやっているのかを避難民に匂わせ、『誰にも見せられない』から人払いをしたと思わせる。そして『お話』で消耗した捕虜が気絶しているうちに、もう一つの目的である、誰にも聞かれない状況での父親との通話をした。
その通話で、文雄とその息のかかった者が何人か義勇軍に参加して、文也の隠密脱出の手助けをすることになった。その時に急造で立てた作戦が、たった今実行したものだった。
あのタイミングが良すぎる爆発を引き起こしたのは、先ほどの仲間兵士だ。
何人か紛れ込んだうちの一人が上陸後の進軍の時にこっそりあの場所に爆弾を埋め、そのあと文也が脱出するタイミングでボートを守っていた兵士がスイッチを押して起爆させる。船を守っている兵士の中でその爆発の存在を唯一知っているのは彼だけであり、混乱に乗じて真っ先に指針を示して誘導することでほかの兵士の注意を海からそらし、その隙に文也が高速ボートで脱出する。
周到なように見えるが、一か所でも失敗するとそれがそのまま作戦失敗となる。特に最後の部分は、ほかの兵士から『いや、俺も残ろう。一人だけは危険だ』とかド正論を言われてしまえばそれでおしまいである。
さらにその段階が成功したとしても、文也が船で島から離れるところを、違和感に気づいた兵士が振り返って海を確認して見ようものならそれでお終いだ。敵というわけではないのだが、こんな中で唐突に島から離れるボートはあまりにも怪しすぎるのだ。
文也はあまり緊張しないほうだが、この作戦だけは緊張した。あまりにも上手くいきそうにない。結果的に上手くいったが、二度とこんな危ない橋は渡りたくない。
(……色々あったな)
文也はボートの運転を自動運転に任せ、佐渡島を振り返る。
気が合う同級生二人と友達にもなれたし、勉強になることをたくさん見学できた。最後はとんでもない修羅場になったが、まあ魔法師としていい経験を積めたということにしておこう。
「さようなら、佐渡島」
今回の件が一段落したら、もう一度あの二人に会おう。
文也は、この一週間と少しの間に濃密な時間を共に過ごした二人の姿を思い浮かべると、佐渡島から目を離し、ボートの進路に視線を戻した。
☆
謎の集団による佐渡侵攻事件から一週間が経った。
結局、一条父子を中心とした義勇軍の大活躍で、佐渡島は奪還に成功した。少し遅れて到着した連隊規模の国防軍は、その規模を維持したまま佐渡島に駐留して防衛にあたることが決まった。
事件の事後処理で一条家の当主たる剛毅は大忙しで、今日も家には帰ってきてない。
また、両親を亡くして身寄りがなくなった真紅郎は、一条家が引き取ることになった。
そんな、あの大騒動が嘘のように穏やかな真夏のある日、将輝と真紅郎は、とっくに終わらせた宿題を部屋の隅に放り投げて、思い出に浸る。
「あいつ、どこいったんだろうな」
「さあね」
二人が思い浮かべるのは、小学校中学年かと見間違えそうになるほど小さい同級生だ。悪戯好きで、多くの面において中学生離れした能力と知識を持ち、避難や奪還作戦の時も大活躍した。
ことが落ち着いた後、さあ本土に戻ろうという段階になって、文也がどこにもいないことに二人は大きく戸惑った。義勇軍に合流したわけでもなければ、シェルターに戻ったわけでもない。文也は、急にいなくなったのだ。
まさかどこかで死んでしまったのか? そんな焦りから、二人は剛毅に急いで相談しに行った。一条家の当主として、文也があの場にいたことを知る数少ない一人だからだ。
そんな二人に対し、剛毅は『そのような名前の少年はいなかった。いいな?』と、とぼけたように言った。
一瞬二人は戸惑いを強めたが、すぐに理解した。
文也はお忍びだ。剛毅はその事情を知っており、文也が最初から佐渡にいなかったことにするつもりなのだ。
剛毅はその後、生き残った研究所職員全員にも『井瀬文也という少年はこの佐渡に来ていない』ということを念押しした。完全部外者の文也をつまみだしていなかったとなれば彼らの立場も危ないし、研究所を実質的に運営する一条家の当主にこう念押しされては、彼らも従うほかない。
あの、悪戯をして、研究の手助けをして、二人と魔法理論について語らい、避難にも治療にも貢献し、奪還作戦にも貢献した少年は、まさしくあの戦場から『消えた』のだ。
「また、どこかで会えるといいね」
「そうだな。連絡先も、考えてみれば特に交換してないしな」
良くも悪くも、まるで夢の様な一週間だった。
現実感のない日々だったように思う。
戦場という非日常に巻き込まれたからというのもある。だが、そんな感覚の一番の理由は、まさしく夢の中の人物のように活躍し、そして夢から覚めたかのように消えた文也だ。
生きているのかすらわからない。奪還して国防軍が配備された後、島内と近海を捜索して死亡者・行方不明者の確認も行われたが、その中に文也らしき人物はいなかった。
そのデータが出るまで、二人は『まさか死んだのではないか』と気が気でなかったが、そのリストを見たことで、『生きている』と確信した。なんせ殺しても地獄の鬼たちから帰れと言われそうなクソガキである。
おそらく、文也からの連絡が途絶えたあの時――剛毅が命拾いした直後から戦争が本格化する直前のタイミングで脱出したのだろう。
今、あいつは何をしているのだろうか。
そんなことをぼんやりと考え、二人は虚空を見つめて黙り込む。緩やかな沈黙の中、蝉の鳴き声だけが響いていた。
その沈黙を、破る音が現れた。
ピンポーン。
「あ、はーい」
インターホンが鳴らされ、将輝の意識は引き戻される。
大声で返事をし、ゆっくりと立ち上がって玄関へ向かう。
「こんにちは、宅配便です」
「どうもありがとうございます」
鍛えられた肉体が長袖の中からもわかる筋肉を持つ大男はさわやかな笑顔で荷物を渡してくる。どこかで見た雰囲気だな、と一瞬不思議に思ったが、まあそんなことはよくあることだと考え直し、礼を言って荷物を受け取る。
荷物に差出人は書いていない。そしてその荷物の送り先は『一条将輝』になっている。
「なんか頼んでたっけな」
将輝は首をかしげながらもそれを自室に運ぶ。それを見た真紅郎が、気になって問いかける。
「なんだいそれ?」
「いやー、今宅配便で受け取ったんだけどさ、差出人が書いてなくて、あて先が俺なんだよね」
「何それ怪しいね」
「確かに」
そんな会話を交わし、二人はそれぞれ探査魔法を荷物に行使する。どうやら、刃物とか毒とか爆弾とか、そういった類ではない。
魔法によって知ったその中身は、携帯端末らしい薄い板状の物体と、ヘッドホンのようなものと、分厚い服と、眼鏡と、そして帽子の様なもの。
全くもって脈絡のない中身だが、ひとまず二人はその荷物を開封してみることにした。
「こ、これは……」
中に入っていたのは、携帯端末とインカムと防弾チョッキと遮光グラスと防弾メットだった。装備のほうは、二人とも見たことがある。あの佐渡の地下シェルターに備蓄されていた安全用の装備だ。
将輝は首をひねっているが、真紅郎はこの装備の組み合わせを知っている。
「これ、文也がシェルターを出ていくときに持って行った装備だよ!」
「なっ、じゃ、じゃあ、これは……」
「多分、文也が送ってきたものだ」
真紅郎はそう結論付けながら携帯端末を手に取って電源を入れる。この端末なら将輝も見覚えがある。文也がプライベートで使っていたものだ。
中身のデータはほぼ消去されていたが、露骨に一つだけ残されたアプリがあった。それを起動すると、画面には、佐渡を上空から見た様子が映し出されていた。
「全く、律義なやつだ」
真紅郎は思わず笑みを浮かべながら端末を操作する。すると衛星カメラの映像から切り替わり、今度は研究所内の監視カメラの映像に切り替わった。まだ戦火の爪痕が残る荒れ果てた研究所内は、活動を再開しようと動き回る人々でにぎわっていた。
「文也は、この装備を持ったままこっそり脱出したんだと思う。で、それを気にして、こうして送り返してきたんだ。あの研究所は一条家のだから」
「変なところで律義だな……」
将輝は、子供用の防弾チョッキを広げながら呆れかえる。乱雑で粗野でいい加減な癖に、こんなところは気にするみたいだ。
「で、この端末は文也の自前のだけど、ハッキングをして色々見れるようになってしまってるんだ。だから、安心させるためにわざわざ送ってきたんだよ」
「いや、まあ、これは確かに気がかりだったけど……」
衛星カメラや機密施設内監視カメラの映像を民間人が見ることができる状態というのは、実際にかなり良くない。真紅郎から文也が何をやったのかを聞かされた(将輝と真紅郎の前だけでは文也がいたとして振舞っている)剛毅もこっそり頭を悩まされていた事案だ。しかしそれはあくまでも『一条』としての都合であり、文也はそこまで気は回らないだろう。せいぜいが自分でアクセスできないようにしておくぐらいだ。しかし、こうして送ってきた。
人の気も知らないで、という言葉が人間の姿になって好き勝手やっているような奴だが、変なところで気を利かせてくれる。
二人は思わず呆れ九割感心一割の苦笑いを浮かべる。
そんなことをしながらほかにうっかりあのチビが情報を残していやしないかと好奇心で端末をいじって中身を見ていると、ほぼ完ぺきに消されたデータの中に、一つのメモ帳を見つけた。
そのタイトルは、『親愛なるでこぼこコンビへ』だった。
長身の将輝と低身長の真紅郎は、自分たちを指したものだと気づいて、遠慮なくそのメモを開いた。
そこに記されていたのは、携帯端末のものであろう電話番号と、見たことがないドメインのメールアドレスだった。そしてその下には『よかったら連絡を寄越せ』とだけ書かれている。
「は、ははははははっ!」
「あっはっはっはっ!」
二人はそれを見て、思わず声を上げて笑った。
あれからずっと色々と気になっていた奴が、こんな簡単に連絡先を寄越してきた。
積もり積もった諸々の疑問や心配が、こんな単純な方法で、一瞬で解決された。
そのあまりにも冗談のような展開に、二人は思わず笑ってしまったのだ。
「ほんと、どこまでも突飛なやつだね、文也は」
一通り笑って落ち着いた真紅郎は、涙をぬぐいながらまだ笑い交じりの声でそう言った。
将輝も、その言葉に心の底から同意した。
「ああ、飽きない奴だよ、『文也』は」
そういってまた、二人は心の底から愉快に笑いあう。
そこにいるのは、十師族の一族の長男にして次期当主という宿命を背負った男でも、十三歳にして両親を亡くした悲劇の天才少年でもない。
どこにでもいる、ただの中学生だった。
それからしばらくして、この佐渡侵攻事件は日本全国・世界各国で語り草となる。
その戦場で若干十三歳にして獅子奮迅の活躍を見せた将輝は、敵の返り血を浴びて戦い抜いた英雄として『クリムゾン・プリンス』と呼び讃えられるようになる。
またその戦場で両親を亡くした悲劇の少年は一条家に引き取られ、そこからすぐに才覚を発揮し、カーディナル・コードを発見した功績から『カーディナル・ジョージ』と讃えられ、またその生い立ちは美談として語られることになる。
その佐渡にいたもう一人の小さな小さな十三歳の三人目の少年は、誰の口からも語られることはなかった。
☆
「なんか、こう、すごかったんだね」
文也の口から語られる佐渡侵攻事件は、あまりにも軽いものだった。
文也自身の語り口がいつも通り軽薄で、また大筋しか話していないため、その重さがいまいち伝わらないのである。
それでもその内容はハードであり、佐渡侵攻にまつわる有名な話をいくつか知っているあずさは、文也がその戦場を必死で生き抜いたことが分かった。ただし、やはり文也の語り方が日常の笑い話のそれと変わらないため、あまりのギャップに釈然としない部分が多く残り、結果、話を聞き終えたときの反応は、とても曖昧なものであった。
「おう。で、あの後連絡を取り合って、何回か遊ぶ仲になったんだ。そこからちょっと経った頃に通い始めた魔法塾で駿と知り合ってからは、あいつも含めて四人で何回か遊んだな。ま、中三あたりからなんとなく疎遠になってしばらく連絡とってなかったけどな。お互い忙しかったんだよ」
文也はそう言って話をすますと時計を確認する。
もうすでに六時を回っている。あずさはそろそろ帰る時間だ。
「あ、もうこんな時間かあ。じゃあ私帰るね」
「おう、じゃあ送っていくわ」
そう話しながら二人は立ち上がる。昔は家が近かったから遅くまでどちらかの家で遊んでそのまま帰るという形だったが、中条家が引っ越しを何回かした結果、そういうこともできなくなってしまった。
代わりに、文也の家で遊んだ後、あずさが帰るときは文也もついて行って家まで送っていくようになった。
(ほんと、変なところで気が利くんだから)
普段は粗野な男なのに、こうしてたまに気を回す場面がある。幼いころから、ずっとこんな感じだった。
あずさは玄関まで先導する、小さいながらも頼もしい背中を見て、小さくクスリと笑みを浮かべた。
これにて、将輝・真紅郎との出会いの話はお終いです。