マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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3-優等生と悪戯小僧-2

 国立魔法大学付属高等学校、通称魔法科高校は、入試科目に、魔法に関する知識・理論を問うペーパーテストと魔法実技がある。

 

 しかし、魔法というのは、生まれながらの才能や血筋に左右される部分が大変多い。しかも魔法の巧拙・才能や適性の差だけでなく、『魔法を使えるか使えないか』という部分まで左右されるのだ。

 

 この魔法を使える人物、および魔法を生業としている人物のことを『魔法師』と呼ぶわけだが、この魔法師という人材はマイノリティである。

 

 魔法科高校で魔法についてより深く学ぶには、魔法に関する勉強や魔法そのものの練習をしなければならない。しかし、その魔法を使えるか否かという点すら血筋と才能に左右され、しかも使える側がマイノリティである以上、中学校までの学校教育において魔法を教えるということはできない。

 

 そこで、魔法師という貴重な才能がより羽ばたけるように、魔法科高校入学希望者向けの国公立魔法塾が全国のいたるところに設立されている。魔法科高校に入学を希望する子供たちは、その塾に通って魔法への造詣を深め、魔法の技能を磨くのだ。

 

 そんな数ある魔法塾の一つに、百家支流・森崎家の一人息子である森崎駿は、中学校に入学したその日から通い始めた。

 

 家の近所や通っている名門私立中学の近くにもいくつか魔法塾はあるのだが、駿はあえて遠出してこの『国立魔法塾三軒茶屋校』に通っている。

 

 ほぼすべての魔法塾が国立であり、それらんは基本的に大差がないものとされている。しかし、実情としては、地域格差や着任している指導教員、塾が保有する設備によって、その塾の生徒の成績に大きな差が出ているのも事実である。

 

 この三軒茶屋校は、駿の家から通える範囲の中では一番進学実績が良く、また所有設備もトップクラスで整っている。また運のいいことに塾長は魔法教育事業に力を入れている三十尾家当主の実の弟であり、そろえている指導講師もこの近辺では随一である。

 

 森崎家の一人息子として才能を持って生まれ、またたゆまぬ努力を重ねた駿は、家の期待を一身に背負ってここに入塾した。

 

 入塾時に行われるテストでも、駿は同期の中で圧倒的なトップに立っていた。そしてその成績は入塾してからさらにぐんぐん伸び、入塾から四か月と少し経った夏休みの真っただ中の今、トップを維持しているどころか、次席との差をさらに突き放している。

 

 その成績は駿自身の誇りと自信となり、彼はより向上心と責任感を持って勉強に励むようになる。森崎家自体も教育のノウハウは十分にあるため名家がよくするように塾に通わせずに家庭教師などで個別英才教育しようとも考えていたのだが、結果的に駿自身に良い影響があったようで胸をなでおろしている。

 

 そんな駿は今、中学生に上がって初めての夏休みも半分以上が過ぎたという頃、塾内テストで一定以上の成績を収めた生徒のみが使用を許される特別自習室に来ていた。この特別自習室には普通の自習室と違ってより高得点を目指すための難しい貸しテキストが準備され、またこの特別自習室専門の講師も数人いる。

 

 その自習室の一角の机で、駿はテキストを前に頭を抱えていた。

 

 駿が苦戦しているテキストのタイトルは『国立魔法大学付属高等学校入試対策テキスト・魔法工学・二年生標準』である。

 

 魔法科高校の入試の筆記試験は、魔法理論と魔法工学に関しては数百文字の論述形式の問題が毎年出題されており、それがべらぼうに難しい。そのことはもはや周知の事実であり、早い段階から対策をしておくのが受験対策の定番であり、駿もまた一年生の夏休みの段階にしてその対策に乗り出していた。

 

 しかし、中学一年生であるはずの駿が向き合っているテキストは二年生用だ。一年生向けのテキストは発展編も含めてすでに解き明かしてしまったので、特別に二年生向けのテキストに挑んでいるのだ。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 さすがに二年生向けのテキストはかなり骨が折れる。一問一問が解くたびに頭が焼き切れそうになるほどだ。

 

 もう数十分悩んでいるのでそろそろ指導講師に頼ろうか、と思い始めたのだが、間の悪いことに指導講師はいま全員が現在ほかの生徒の指導の真っ最中である。本来ならもっと数がいるのだが、さらに間の悪いことに数人が同時に夏風邪を患って欠勤しているのだ。

 

(仕方ない。今日は諦めるか)

 

 そういうわけで、駿はひとまず目の前の難問の解決を諦めた。もう三時間はぶっ続けで勉強して座りっぱなしだ。いい加減全身が凝ってきたし、こんなのではわかる問題もわかりそうにない。

 

 今から二時間後には授業が始まる。長い時間考え詰めた状態で挑んでは、肝心の集中できるものもできないだろう。

 

 一旦勉強は諦めて、トイレに行って適当に軽食をつまんでから魔法の練習で体でも動かそう。

 

 そう考えてテキストを閉じようとしたところで、駿は後ろから、小学生のような高めの声をかけられた。

 

「なあ、その問題で悩んでるのか」

 

「は?」

 

 いきなり声をかけられた駿は、考え詰めててやや不機嫌だったこともあってぞんざいな返事をしてしまう。一応この塾で友達も数人はできたが、こんな声ではないし、そんな知らない人間からなれなれしく声をかけられるとは思っていなかったのだ。

 

 駿が振り返ると、思いもよらない場所に顔があって駿の心臓は一瞬飛び跳ねた。

 

 適当にカットされたしゃれっ気の欠片もない黒髪に、小学生高学年に入るかどうかくらいの童顔、しかし可愛らしい顔立ちというにはあまりにも目つきが悪い。そんな顔が、駿が想定していたよりもかなり駿の目線の近くにあった。

 

 後ろにいた少年が身をかがめていたわけではない。イスに座っていた駿は振り返った時に相手の顔が自分の顔よりもだいぶ上にあると思っていたのだが、その少年の身長が想定よりもかなり低かったのだ。

 

(な、なんだこいつ……小学生か? いや、でも)

 

 駿は脳内でこの少年の素性について考える。

 

 見た目からすれば明らかに小学生だ。実際、この魔法塾は主に中学生向けだが、厳しい入塾テストを超えた小学生相手だけなら授業をしている。この塾に小学生がいてもなんら不思議ではない。

 

 しかしこの特別自習室は中学生専用だ。ここに通う小学生はそれだけで同世代の中ではトップエリートではあるのだが受験が目前に控えているというわけではなく、特別自習室は中学生専用となっている。

 

 周りの指導講師は自習室内での私語を咎める空気を出してはいるが、この少年がいること自体を咎める雰囲気は出していない。つまり、この少年はこう見えて中学生ということになる。

 

「あ、あー、えーと、そうだ」

 

「ほーん」

 

 駿がようやく返答をすると、その少年はテキストを覗き込んで数秒考えると、論述をするうえで踏まえるようにと問題文で示されている数多くの資料の中から、ある一か所を指さした。

 

「ここ読んでみろよ。すげーヒントだぞ」

 

「は? ん、あー、あ、確かに!」

 

 駿は示された箇所を改めて見て、原則私語厳禁の自習室にも関わらず、思わず声を上げた。

 

 確かにその部分を踏まえれば、問題のとっかかりがつかめる。

 

「あー君たち。私語厳禁だぞ」

 

「あ、あー、すいません」

 

「おう、すまんな」

 

 ついに容認しかねた講師が二人に注意する。

 

 駿はバツが悪そうに謝り、小さい少年はいかにも口先だけの謝罪と言ったセリフを残して自習室の奥へと消えていった。駿は解答のとっかかりを掴めたことでモチベーションが戻り、また席に戻って勉強に戻る。

 

 入り口が見つかったことで無事完答までこぎつけた駿は、その成果に満足して席を立つ。少し延長してしまったが、授業の前に魔法練習で体を動かす予定は変わらない。

 

 そして魔法練習場で運動がてら魔法の練習をしながら考えるのは、先ほどの童顔の少年だ。

 

 あの少年が示した箇所は解答の大きなとっかかりになったわけだが、駿は解答している途中に気づいたことがある。その部分がとっかかりになると気づくには、二年生で学ぶような知識の中でもかなり細かくまた理解難度が高い理論が必要だ。

 

 つまりあの少年は、すでにそのレベルの知識を理解し、記憶していることになる。それも、あの資料をさらっと見て、深い知識と結びつけて要点を指摘できるほど理解度が深いのだ。

 

(いったい何者なんだ?)

 

 四か月と少し塾に在籍しているが、あのような少年は見たことがない。あの自習室に出入りを許されているならば使わない手はないはずだが、駿は今まで何度も利用したが、一度も見たことがない。縁もゆかりもないほかの利用者の顔と名前は一致しないが、さすがにあそこまで小さいと少なからず印象に残るはずだ。それなのに見たことがないとなると、駿には不思議だった。

 

(いや、まあいい。練習に集中しないと)

 

 息抜きと運動がてらの練習と言えど、練習は練習だ。集中力を持つか持たないかでその成果は大きく変わる。

 

 駿はひとまず気になる少年のことを脳みそから追い出し、時間ぎりぎりまで魔法の練習に打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない危ない」

 

 時間を忘れて練習に打ち込んだせいで、駿が準備を終えて授業の席に着いたのは時間ぎりぎりだった。特待クラスなので全員意欲十分であり、授業が受けやすい席はすべて埋まっており、駿は仕方なく後ろの方の空いている席に座る。

 

 鞄からテキストとノートを出している間に授業開始チャイムが鳴り、それと同時にテキストや予備教材を抱えた講師が入ってくる。

 

「うむ、よし、今日も全員出席してるな」

 

 授業を担当するのは三十尾家の傍流の生まれである講師だ。理不尽さすら感じるほど大変厳しい講師だが、それに耐える価値があるほど学力も腕も伸ばすことができる講師でもある。この特待クラスの生徒は理不尽さや厳しさなんかは覚悟の上でここにいるわけだし、怒られたりするようなことがあれば自分の未熟さが原因だ、と割り切っているのだ。

 

「さて、今日はこの特待クラスの新たな生徒を紹介しよう。来なさい」

 

 新たな生徒、と聞いて、クラスの中に困惑が広がる。

 

 この特待クラスに入る条件は厳しい。後から成績が伸びて入ってくる、という事例はないわけでもないし、事実この中にも何人かは入塾してから成績が伸びて入ってきた生徒だ。

 

 しかし、生徒たちは今の塾の同級生にこのクラスに入るほどの人物に心当たりがない。そもそも全国統一魔法塾模試があったばかりで、その結果を反映してクラスの再編成が行われたばかりだ。

 

 そうなると残る候補は、新たに入塾してきた生徒がいきなり特待クラスに入った、というパターンだ。

 

(いったいどこのボンボンだ?)

 

 駿も内心で思わず困惑する。

 

 まだ一年生の夏だから、まだ勉強を始めていない中学生と塾生とで差はそう開いてはいない。しかしこの特待クラスに限っては別で、この時期にはもうすでにだいぶ成長しており、この夏に入ってきていきなり特待クラスに入るというのは無茶な話になっている。

 

 つまり、入塾したばかりの段階ですでに特待クラスに入るほどの学力と実力があるということであり、魔法塾以外のどこかで勉強と練習をしてきたということである。そのようなことができる環境は少ない。

 

 そんな数少ない環境の中で一番有力なのが、『その家庭・家系で特待クラスに追いつくほどの魔法の勉強や練習をできる環境がある』というパターンであり、相当『格』が高い家系だ。それほどの『家』となると、数字付きである二十八家や百家本流くらいしかないだろう。

 

 困惑している間に、教室の外で待機していた新入生が扉を開けて入ってくる。

 

「……なるほどな」

 

 駿は小さくつぶやいた。

 

 扉を開けて入ってきたのは、先ほどの小さな少年だ。口だけでなく態度も悪く、緊張した様子もなくポケットに手を突っ込みながら飄々と入ってくる。

 

 新規入塾でこの時期の特待クラスに入ってこれるほどの実力なら、先ほどの問題を解けたのも頷ける話だ。いくら新規入塾と言えど、この特待クラスでもトップの成績を誇る駿ですら悩んだ問題を軽く解けるほどの知識があるのなら、塾側もいきなり特待クラスに入れざるを得ないだろう。

 

 小さな少年は目つきの悪い目で教室全体を見回し、駿を見て一瞬だけ視線を止める。そしてそのまま視線を正面に戻すと、気怠そうな声で自己紹介を始めた。

 

「井瀬文也だ。よろしく」

 

 右手を頭の横まで上げ、人差し指と中指をくっつけて立ててピッ、と軽く振りながらそう言うと、講師の指示も待たずに勝手に空いている席に乱暴に座った。

 

 そんな身勝手な態度に講師はしばし唖然としたが、咳払いをして気を取り直すと、その少年――井瀬文也の紹介を始める。

 

「この井瀬文也君は、先日入塾してきた新入生だ。入塾テストがてら模試も受けてもらったのだが、魔法理論・魔法工学ともに満点だった。試しに二年生向けの中でも理論重視でありその分筆記試験も難しい第四高校入学希望者向けの模試も解かせてみたところ、理論で97点、工学で99点を取って見せた賢い生徒だ」

 

 文也の態度に余計困惑していたクラスが、さらに困惑に包まれる。駿もその例にもれず、強く困惑していた。

 

(井瀬……百家支流ですらないぞ。それなのにもうそこまでの学力を持ってるのか)

 

 しかしほかの生徒と違い、駿はすぐに困惑を収めた。

 

 ここにいる生徒は皆、周りに自分に比肩しうる存在がいない環境で育ってきた天才たちだ。故にこうしていきなり自分が訳もわからないうちにいとも簡単に負かされるという状況に慣れていない。この魔法塾に来てようやく自分に比肩しうる同級生や格上に出会ってはいるが、まだ四か月なので育ってきた環境のほうが心に強く残っている。

 

 しかし駿は、近い将来には家業を手伝う身として、すでに訓練でさんざんしごかれてきている。それに、指導教官やボディーガードのプロ、さらには自分の父親などを相手にして模擬戦を何度もしては軽く負かされ続けているので、「そんな奴もいるもんだな」ぐらいで済んでいるのだ。

 

 講師は文也の軽い紹介だけ済ませるとすぐに切り替え、授業の準備に入る。特待クラスなので余計な遊びは極力少なくしているのだ。

 

 その講師の様子を見てようやくほかの生徒たちも気持ちを切り替えて授業の準備を始める。今は負けていても、努力して追いついて、そのまま抜かせばよい。この四か月の間にこの塾で散々しごかれ、そういった上昇志向は、少しずつ身につきつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が始まってしばらくして、駿はストレスを感じ始めた。

 

 その原因は、新入生の小さな少年・文也だ。

 

 他の生徒は影響されていないようだが、時間に遅れて都合の悪い席に座った駿は、紹介された後に残っていた授業が受けにくい席に座った文也が近いため、何をしているかよく見えるし、物音もよく聞こえる。

 

 授業が始まってからというもの、文也は全く真面目に授業を受ける気配がない。

 

 講師が説明していてもノートも開かずペンも持たず、開いたテキストをぼんやりと眺めるだけ。厳しく時間が設定された演習の時間に入ったらノートをのそのそと開いてペンを動かし始めるが、すぐに解答を終えて余った時間で落書きを始める。授業も中盤に入るとついに飽きてきたのか、講師の話も聞かずに大あくびをし、また落書きを始めた。

 

 別に本人にやる気がないのは勝手なので気にしない。自業自得で成績が下がっていくだけだ。

 

 しかしそんな動作を視界の端や聴覚の端でやられては、授業に集中できない。あくびは遠慮しないのでうるさいし、落書きは図形や汚い文字を組み合わせた見ているだけで頭が狂いそうな謎の絵でそれが視界の端に見えるだけで集中力が削がれる。

 

 そしてタチの悪いことにこの少年は、さっさと終わらせた演習問題はすべて正解しているのだ。

 

 この講師は厳しいのだが、一方でやることをやっていたら何も文句は言わない。授業に多少集中していなくても居眠りをしていても、演習問題さえ正解できていれば何も言わないのだ。厳しい部分は、やることをやっていない、例えば宿題を提出しなかったり、話を聞いていなかったくせに問題を間違えたり、できるはずの難しくない問題を連続で間違えたり、といった時か、はたまたほかの生徒の勉強を邪魔したときだけだ。

 

 今この瞬間、文也は駿の邪魔になってはいるのだが、この程度では駿自身に集中力がないということで済まされるだろう。仮に注意するとしても軽くたしなめる程度で、あのいかにも面の皮が厚い文也はその程度で行動を改めたりしないに違いない。

 

(くそっ)

 

 結局駿は、この日の授業の終わりまで、文也のせいで集中力を削がれ続けた。

 

 そして授業が終わると、さっさと準備を終えて帰ろうとする文也に文句を言うために追いかける。

 

 ハイレベルな内容がハイペースで進み、かつ厳しい時間設定で問題演習をやらされる特待クラスの授業は体力がかなり削られ、終わった後しばらくは疲労感で席から立てない。駿も――今日は気疲れがほとんどだが――疲れて立てなかったのだが、文也は何もなかったかのような顔でさっさと席を立ち、教室を出て行ったのだ。出遅れた駿は文也を追いかける形になってしまい、追いついたのは塾の入り口の前だった。

 

「おい、お前!」

 

 小さな背中に声をかけるが、文也は自分のことだと思っていないのか、振り返ろうとしないし気にした素振りもない。

 

 その様子に駿はさらに苛立ちを覚え、さらに声を荒げて呼びかける。

 

「お前だっ、井瀬!」

 

 自分の名前を呼ばれ、文也は心底不思議そうな顔で振り返る。自分が何をしたのか全く分かっていない様子で、そのせいでさらに苛立ちのボルテージは上がった。

 

「ん? 俺? ああなんだ、自習室のやつか。どうした? サインでも欲しいのか?」

 

 しかもその返事はどこまでもふざけたものだった。悪気はない冗談なのだろうが、苛立っている駿にはそれが自身をバカにしているように見え、さらに苛立つ。

 

「お前のせいで授業に集中できなかったんだよ!」

 

「んーなんかしたっけか。つーか何をそんな怒ってんだ? 元気いいなあ、何かいいことでもあったのかい?」

 

「悪いことしかないわっ!」

 

 帰りの中学生たちと迎えに来た親たち、見送りの講師たちが集まる授業終わりの塾の前でそんな会話をするものだから、二人は悪目立ちをしてしまう。一年生最高の秀才である駿と小学生がいるはずのない時間にいる小さな文也という二人組のため余計に注目を集める。それも内容が妙なものだから、はたから見れば天然漫才に見えるのだ。しかし感情的になっている駿はそれに気づかないでなおも文也に言い寄る。

 

「お前が授業中に大あくびするわ変な絵描いて視界の端に入るわで集中できないんだよ!」

 

「んー? あー、あれね。まあ勘弁してくれ――」

 

 それを聞いても文也はヘラヘラと笑いながら反省の色はない。

 

 それどころか、文也はヘラヘラした笑いを収めると、そのまま口角を上げた悪戯っぽい笑みに変わる。

 

「――よっと!」

 

 そしてそれまでの言葉に続けて、文也は右手で左手首を握りこむ。

 

 駿が何をしたのかと思うや否や、駿の足元がきらめいた。

 

(魔法か!?)

 

 駿はそれが魔法であると認識する前に、自分の足元が光るのを視界の端でとらえた瞬間にCADを自分の足元に向け、魔法を放った。

 

 駿が足元に反射的に放った……というよりも使った魔法は『領域干渉』だ。事象改変内容を定義しない魔法式だけ投射して、他者の魔法と相克を起こして無効にする魔法だ。

 

 幸いにして干渉力はそこまででもなかったようで、文也が放った魔法は打ち消される。

 

「ヒュー、やるじゃんか。いい反応速度だ」

 

「お、お前このっ」

 

 その様子を見た文也は感心したように口笛を吹いて駿をほめるが、当の本人である駿はそれに喜ぶ気持ちは全くない。何せいきなり魔法を行使されたのだ。どんな魔法かまでは判断できなかったが、効果によってはひどい目に遭うところだった。仮に軽い魔法だとしても、他者にいきなり魔法を撃つなど言語道断だ。

 

 そんな駿の怒りを代弁する者が、駿の後ろの扉、塾の入り口から出てきた。

 

「井瀬! お前、魔法を使ったな!? こっちこい!」

 

 出てきたのは駿たちのクラスの講師だ。

 

 この塾ではいろいろな決まりがあるが、その最上位の決まりの一つが、『講師の許可がない限り他者への魔法の行使の禁止』である。入塾時の契約書にも特記事項として書いてあるほどで、違反者には退塾もザラにある厳しい決まりだ。それだけ、無秩序な魔法と言うのは危険なのである。

 

 逃げようとする文也を、その講師は魔法を使用することによって恐ろしい速度で追いかけて捕まえると、そのまま引きずって塾の中へと連れ込んでいった。

 

 一人残された駿は、もはや怒りも霧散し、ただただぽかんと嵐の中心のごときチビが消えていったドアを見ることしかできない。

 

 そのまま数十秒して、ようやく口から漏れた言葉は、駿の今の感情をこれ以上ないほど表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだあいつ……」




原作の主要登場生徒でまともに魔法塾通っていたと思えるのは美月ぐらいですよね。他は家とか家庭教師とかで自己完結してそうです。

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