「あのベンチを選んだのは失敗だったな」
文也はつい独り言で不満と後悔を口にする。
二人が座っていたベンチから一番近いトイレまでは相当歩く。漏れそうというわけではないし余裕で間に合いそうだが、単純に歩いて戻るのが面倒くさい。
そんな道中、脱いだ帽子を指先でくるくると手慰みに回しつつ漫然と周りを見ながら歩いていると、ふと目についた建物があり、思わず足を止めた。
「……そっか、あそこ、建て替えたのか」
それは何の変哲もない、カラオケとゲームセンターが入った複合アミューズメント施設だ。しいて特徴を挙げるとすれば、周りの建物よりだいぶ新しく見えるというくらいだが、この商業施設の出入りが激しい場所では、気合の入った新規参入企業による本格的な建て替えはしばしば行われる。
だがしかし、文也はその建て替えの意味を知っている。
何せ、この建て替えのきっかけを作った人物の一人が、彼自身だからだ。
文也はなんとなく過去の思い出を振り返りながら、まだまだ遠い公衆トイレを目指してまた歩き出した。
☆
「おい森崎。ちょっと来てくれ」
『わかった。五十川は他の塾生に預けたからすぐに行く』
光がほとんど入らないビルとビルの隙間で、文也は先ほど連絡先を交換した駿に電話をかけていた。その足元には、先ほどの不良が白目をむいて転がっている。
場所を伝えてから通話を切り、その不良の体をまさぐって何か持っていないかを改めて確認する。見つけた財布を抜き取り、中身を確認しても、名前や身分がわかるようなものは入っていない。中学生が一日中豪遊できるぐらいの金は入っていたが、いまさらこの程度の金額は文也にとってはどうでもいい。
「さて、参ったね、こりゃ」
文也は財布を投げ捨てながら、腰に手を当て、その不良を見下ろしながらつぶやく。
人気のない場所に連れ込み、口に布を詰め込んで叫べないようにしてからちょこっと乱暴な『交渉』を行い、情報を聞き出した。普通なら別に何しようが自分に危害が及ばなければどうってことはないのだが、ここ川崎でかつ対象が対象なので黙っているわけにはいかないのだ。
(森崎家の協力が取り付けられるといいんだけどなー……)
ブレスレットから察していたが、だいぶ厄介で物騒な案件になりそうだ。しかも、今日動かなければならない。自分がここ川崎に来てるタイミングでしかもこんなことを知ってしまったのは、幸運なのか不幸なのか。どちらなのかはわからないが、これは偶然ではなく必然のようであることは確かだった。
色々考えながら不良の顔にマジックペンで落書きして遊んでいると、しばらくして駿が駆けつけてきた。
「……なにやってるんだ?」
わざわざ走ってきたらしい駿が、多少息を切らしながら問いかけてくる。何をしているのかと思えば、不良の顔に落書きをしているのだ。まさかこれを見せるために呼んだのか? とすら思っているだろう。
「おう。今さっきちょこっとお話ししたんだけどよ。思ったより話が大きいみたいだ」
「どういうことだ?」
駿が問いかけると、文也はしゃがんで倒れている不良の手首を掴んでぐいっと持ち上げ、駿に示す。
「この趣味の悪いブレスレットあんだろ? これ、反魔法師団体のシンボルマークなんだよ」
「は、反魔法師団体?」
文也の言葉に、駿はオウム返ししかできない。ただの不良だと思っていたのだが、どうやら事情はそう簡単ではないらしい。
駿が混乱しながらも目で話の続きを促すと、文也は腕を持ち上げたまま話を続ける。
「この目にも悪いし趣味も悪いブレスレットは、反魔法師市民団体、自称『イコール』のメンバーがつけるやつだ。こいつらはその団体のメンバーで、こいつが持ってた銃もその組織から支給されたものだって教えてくれたよ」
文也は説明を終えると、ブレスレットを見せる必要がなくなったためその腕を離す。乱暴に落とされた不良の腕がコンクリートの地面に当たって痛そうな音が鳴ったが、そんなことを二人は全く気にしないで話を続ける。
「……なるほど。妙だと思ってたんだ。送る途中、五十川からなんであんなところにいたのか聞いたんだよ」
「ほー」
駿はその話を聞いて、釈然としないことがようやく理解できた。
その五十川の話を聞いていない文也は、興味ありげな態度で話を聞きたそうな相槌をした。
「あいつも早く着いてしまったみたいで、暇つぶしがてらに散歩をすることにしたそうだ」
「へー。でもなんでまたこんなとこなんだ? 大人しそうだけど」
「どうやら方向音痴らしい。で、繁華街に来るつもりはなかったんだけど、歩いているうちに繁華街の中に迷い込んだそうだ」
「案外ドジだな」
文也はヘラヘラ笑いながら口をはさんだ。五十川は百家本流で、魔法の腕もお勉強もなかなかのものだが、会って一週間と少ししか経っていない文也でもわかる程に、なんというか、どんくさいのだ。塾入り口の段差に躓く姿を目撃したこともあるし、授業中に当てられたら毎度毎度一瞬パニックになる。数学などの計算で凡ミスをするのも日常茶飯事だし、喋るのも遠慮がちでスローペースだ。毎日黒系統の地味な服を着ていて、野暮ったい古風なおさげと目が隠れるほど伸びた前髪、いつも俯き加減で暗いイメージであり、かつスマートな体型が多い魔法師だというのに、ちょっとぽっちゃりしている……という見た目が、どんくさい印象をなお強くしていた。人一倍凡ミスが多いのに成績トップクラスだというのは実は驚くべき事なのだが、それに気づくほど文也は彼女に興味はない。
「口を挟まないで黙って聞け。……で、人通りの少ないところはさすがに怖いから避けようとしたんだけど、『お前魔法師だな?』って声掛けられて、うっかり返事をしたらいつの間にか連中に囲まれてたらしい。そのまま力づくで連れ去られたんだけど、その時に『化け物が調子に乗りやがって』とか『その程度で特権とかふざけんな』みたいな文句も言われたそうだ」
「なるほどな。遊ぶ金欲しさとか、狼の巣にか弱い子羊ちゃんが迷い込んで襲われるっちゅう薄い本みたいな話じゃなくて、やっぱそういう事情があったのか」
文也は腕を組みながら軽い調子で頷くが、駿は文也の目つきに気づいた。普段から目つきは悪いが、軽い態度とは裏腹にその目はより険しくなっている。
「なあ森崎。さっきこいつから聞いたんだけどよ。かなりマズいぜ」
「なんなんだ?」
文也は軽い調子をすっかりひそめ、急に険しい声で話し出す。駿もそれにつられ、軽く考えていた心を引き締めて続きを聞く構えに入る。
「さっきの話だと、こいつら、どこから話を聞きつけてきたのか知らんけど、どうやらこの周辺の魔法施設に今日テロ行為を仕掛けるつもりらしい。あの誘拐は、そのテロから注意をそらす陽動だ」
「は? て、テロだって?」
そんな文也の口から出たのは、駿が想像していたよりもはるかに物騒な話だった。
「こいつらの組織が武器を持ってこの近辺にある魔法組織を一斉に襲撃する計画らしい。実行は今日の夕方。計画で言えば、ぎりぎりまでアジトに籠って、一気に駆けつけて急襲する作戦だそうだ」
「ま、魔法施設……じゃ、じゃあうちも!?」
駿が思い浮かべたのは、森崎家が運営する魔法訓練施設だ。そこは、今日はたまたま文也たち特待クラスが魔法の練習をする場所でもある。
「ああ、そこも対象だ。俺らが来るってのをどっかで知ってて、若い優秀な魔法師をまとめて殺すつもりらしい。襲撃対象施設は、森崎家の魔法訓練施設、魔法塾川崎海浜校、魔法科学研究所川崎支部、マジカル・トイ・コーポレーション川崎工場の四つだ」
そんな駿に、文也は指を四本立てて、内心がばれないように声を抑えて説明をした。
(ほんと参ったな)
駿に説明しながら、文也は内心で溜息を吐く。
別に魔法設備がテロリストに襲われようがどうってことない。すぐに鎮圧されるのがオチだし、仮に上手くいかなくて施設側に死者が出ても、文也にとっては『どうでもいい』ことだ。訓練施設が襲われるというのは文也自身の危機でもあるのだが、もう知ってしまったのだから、何も考えずにとりあえず通報だけして、文也自身はさっさと先に逃げてしまえばよい。
しかし、先ほど聞き出した襲撃対象の中に、見過ごせない施設があった。
『マジカル・トイ・コーポレーション』はCADを中心とした魔法関連の開発会社で、文也の父親である文雄が働いている。小規模な会社ながらその開発力はピカイチで、フォア・リーブス・テクノロジーと並んで日本発の魔法産業界を引っ張っている。表向きは文雄は開発部の一人だが、その実この会社の大黒柱である魔工師『キュービー』で、文也もこの年でその会社の開発に関わっている。そろそろもう一人の魔工師として適当なニックネームをつけて世に発表してもいいころだろう。
そんな会社の工場が襲撃される、というのは、文也としてもさすがに見過ごせない。襲撃されれば人的被害や物的被害が出るし、仮にそれが防げても世間のイメージが暗くなるので、経営に悪影響が出てしまう。別に文也や文雄が経営者というわけではないのだが、それは表向きの話だ。実際は会社経営は表向きの社長である文雄の友人(大学のサークルで同級生だったらしい)と文雄が行っており、井瀬家は従業員としての被害だけでなく経営者としての被害も負うのである。
「じゃあやっぱ、警察に連絡しないと。場合によっては国防軍も出動するぞ」
混乱から立ち直った駿はそう言いながら携帯端末を取り出す。それを見た文也は、駿にまったをかけた。
「森崎、通報はよした方がいい。大事になるのはまずい」
「なんでだ? 五十川の件は上手く誤魔化して、色々あって襲撃計画を知ったことにすればいいだろ?」
駿の言い分はもっともだ。不良に襲われたという程度ならまだ本人が隠したいというのなら仕方ないが、反社会団体による大規模テロ計画となるとそういうわけにはいかない。
「魔法師社会のイメージの問題だ。この件では魔法師はどう考えても被害者だが、世の中にはそう見てくれない厄介な連中もいる。『この超大規模テロ事件は魔法師がいてそれが特権を得ているから起きたことで、魔法師がいなければこんなことは起きなかった』とか抜かして魔法師のイメージダウンを狙うやつもいるだろうさ」
「さすがにそんな馬鹿な連中の言うことは世間も聞かないだろ?」
「まあ実際聞かないだろうな。でも、反魔法師同士でその主張を共有されれば、エコーチェンバーってな具合で思想と活動が過激化する恐れがある。そうなると、より大きな事件を誘発する恐れがあるんだ。頭が危ない連中ってのは、危ない出来事を見たら、奮起してもっと危ないことをするもんだ」
「……なんだか矛盾してるな」
「そんなもんさ」
文也の言葉は、まさしく詭弁であり、それは文也も自覚している。
「魔法師がいるからこんなことになった。やっぱ魔法師は悪だから排除行動を起こす」という反魔法師側の論理を警戒するように文也は言ったわけだが、そもそも「こんなこと」はまさしく今回計画されてる魔法業界へのテロ行為である。つまり、この文也が警戒させようとした論理は「魔法業界へのテロ行為を防ぐためにより過激に魔法業界を攻撃しよう」という論理であるため、始めから終わりまで矛盾しているのだ。
その矛盾は駿もすぐに気付いて釈然としない様子だが、まだ混乱から完全に復帰していないというのもあるし、『テロ計画』という非リアルに直面しているため、リアリティの欠片もないネガティブな未来予想図も「そういうこともあるかも」と思ってしまう。
当然、当の文也はこの論理なんか全く警戒していない。さすがにありえないだろう。
それでも、文也はこの件を大事にしてほしくない。実際に襲われても『マジカル・トイ・コーポレーション』の不利益になるわけだが、さらに言うと、襲撃計画が明るみに出てそれが実行まであと一歩だったということだけでも不利益なのだ。
それに、魔法のイメージが悪くなるような大事件があるというだけで、文也としては悲しい事態につながってしまう。
文也は別に自分と大切に思う人以外がどうなろうが、それこそ死のうが怪我しようが知ったこっちゃない。
しかし、その出来事によって、魔法界を忌避したり、魔法師になることを避けようとしたり、避けさせようとしたりする動きは少なからず発生するのは文也にとっては良くない。
魔法は、楽しい。
こんな楽しいことがあるのに、それを世間が避けようとしたり関わらないようにしたりするのは、文也からすればもったいないことこの上ないのだ。大人が避けてしまうのは自分の意志だから仕方がないが、「子供」は自分の意志でなく、大人たちの意志で遠ざけられてしまう。それは文也からすればあまりにも不本意だ。
他人の危険はどうでもいい。魔法を人々に楽しんでほしい。
文也の心には、あまりにも自分勝手な二つの意志が矛盾しつつも生きているのだ。
そんな文也にとって魔法師を標的とした反魔法師団体のテロ事件というのは絶対に防ぎたい。さらには計画の存在すら握りつぶし、何事もなかったかのようにしたいのだ。
そうして文也は駿を表向きの理由で説得し、警察沙汰になるのを避ける。
「じゃあ井瀬。警察に頼らないで大事にしないとしたら、実際どうするんだ? まさか、このまま放っておくとか説得しに行くとかじゃないよな?」
しかしやはり釈然としない駿は、強い語調で文也に尋ねる。ここまで言うからには、何か案があるに違いない。
そう思っての問いかけに、文也は内心でほっと胸をなでおろしつつ、自信があるように見せるために、また心の底からの自信で、口角を上げて答える。
「簡単だ。アジトの場所も聞き出してる。俺らでぶっつぶせばいいだろ?」
☆
駿としてはとんでもない計画という他なかったが、結局強引に押し切られて参加する羽目になった。駿からすれば大事にしないのは諦めて、警察や国防軍や公安や数字付きなどの魔法組織に頼ったほうが絶対良い。いくらなんでも、魔法施設に一斉テロ行為を仕掛けられるほどの人数と組織力と武装を持つ集団が集まるアジトに少人数で乗り込んでこっそり制圧するなんて無理な話だ。
それでも乗ったのは、いろいろ根回しして集めた突入勢力が、駿が信頼できるほどのメンバーだったからだ。根回しには全力で協力はしたが、満足いくほどの準備ができないようだったらすぐに警察に頼るつもりだった。
そうして、文也と駿でそれぞれ思いつく限りのコネを駆使して文也が示した方針に適う協力者を募った。
まず駿は自分の父に直々に連絡して森崎家運営の訓練場の警備をさりげなく強化させ、また緊急出動できる部下たちを変装させて魔法科学研究所川崎支部周辺に待機させた。父は当初やはり警察や軍に通報しないのをいぶかしんだが、なにやら思うことがあるようで最終的に賛成してくれた。
また駿の手で五十川を保護してもらった時に連絡先を交換した講師に事情を話して、彼を通じて塾長の三十尾に連絡をし、特待クラスの生徒たちは家に帰らせ、さらにその三十尾に魔法塾川崎海浜校にも連絡を入れてもらい、達人ぞろいの講師たちに警戒に当たらせ、また適当な嘘をつかせて授業を中止にして生徒を帰らせた。三十尾家の影響力は魔法塾界隈では強く、川崎海浜校は素直に対応してくれたらしく、駿の想定以上に話はすんなり進んだ。
そして突入勢力に名乗りを上げたのが、駿たちが訓練場を使いに来るということでわざわざ川崎に来ていた、森崎家の当主で駿の父親である森崎隼(はやと)その人だ。駿としては教官が一人来るものだと思っていたのだが、まさか父親自らが出てくるとは思わなかった。
「こんな話、よく信じたな、親父」
「お前が言うのならそうなのだろうと思ってな」
突入部隊で顔合わせをしているとき、駿がそう言うと、厳格な父親は何かを考えているような顔をしながらそう答えた。駿は父親から信頼されていることをたったこれだけのやり取りで感じ、感慨と責任感を覚える。
また、魔法塾からも参加者が出た。それも塾長たる三十尾本人だ。
本当は特待クラスの講師が出動する予定だったのだが、「我が塾の生徒を狙う悪漢を許すわけにはいかない」と三十尾本人が立ち上がったのだ。
駿がこうした協力を取り付けた中、文也もいろいろと連絡をした。
まず父親に連絡をして工場の警備を固める。工場とは言ってもそこで働く作業員は全員魔法師だ。罠や警備設備も過剰なほど用意してあるため、反社会団体のテロ行為くらいなら余裕で退けられる。
「さて、まずみんな、集まってくれて感謝する」
「君が井瀬君だね。駿から聞いているよ」
そうした準備を経て、主導者である文也がそう話すと、隼が文也にごつごつした大きな手を差し出す。
「ああ、そうだ。森崎の親父だな? 今回は息子さんにも含めて世話になるぜ」
「うむ。大騒ぎになるのは私も避けたい。君がいなければ魔法師社会は大きな損害を負っていただろう」
文也がそれを握りながら礼を言うと、隼は握り返して参加した理由を答える。
この川崎は森崎家の訓練場があることからもわかる通り、地域警護を担う一族の一角が森崎家だ。その担当地域でテロ行為が起きようものなら、それで死傷者がゼロだったとしても、「起きてしまった」時点で信用失墜になる。ボディーガードが専門なのでこちらから打って出るのは苦手なのだが、それでも積極的に参加することにしたのだ。
「さっき構成員の一人にちょっとばかし乱暴ながら『お話』してもらったんだが、今回イコールが根城にしているのはこのビルだ」
「ふむ、なるほど。この辺りは店の出入りが激しいから中々監視が行き届いていなくてな」
「無理もないさ、急拡大した連中だ」
文也が三人に端末で示したのは、繁華街から少し離れたところにあるビルの一つだ。猥雑な繁華街のため、店の出入りが激しく、森崎家のおひざ元でありながら中々監視が行き届かないというのが実情だ。
そしてここはもともと社会への不満と若さと時間を持て余す不良が集まる場所であり、彼らの敵意を魔法師に向けて取り込むことで、『イコール』は急拡大した。そのため余計見つけづらく、こうした大規模テロ一歩手前まで来てしまった。大事になれば森崎家の失墜は免れないので、多少無茶な作戦でも隼としてはなんとしても秘密裏に片づけたい。
「イコールの裏には、おそらくブランシュとかが絡んでると思ってる。イコール自体は新興組織だが、手口がいくらなんでも慣れすぎだな。大規模な反魔法師団体が裏で糸を引いているに違いない」
「で、このテロを境に全国の反魔法師組織で呼応してさらにデカイことやろうってことだな」
三十尾が百家本流の力を駆使して短時間で調査をした結果を話すと、文也は肩をすくめてわざとらしくやれやれといった動作をする。不良を集めて急拡大させたこの集団は、いわば盛大な捨て駒というわけだ。同情はしないが、哀れな存在ではある。
「それと、これは私が参加した理由なのだが……」
「わかってるさ。不良たちはなるべく殺さないしケガさせない、だろ?」
そんな会話に続いて遠慮がちに口を開いた三十尾に、事前に事情を聞いていた文也がその理由を述べる。
三十尾の立場からすれば、普通はこの件は大事にしても問題ない。三十尾家自体は百家でありながら特定の地域の監視もしていないし、どこでテロが起きようが一家の失墜はない。
しかし、今回の件が大事になるのは、『教育』に力を入れる三十尾家にとっては良くないことだ。
イコールの主な構成員は、社会からあぶれてしまった若い不良たちだ。彼らは、自業自得な面が強いが、社会からもはじき出され、逃げ込んだこの川崎という街でさらに悪だくみする大人たちに騙されるような形でこのテロに参加している。
この件が大事になれば、魔法師社会だけでなく、この「不良」というグループにもより一層冷たい目が注がれることになる。そうなれば、まだ若くて更生や償いが可能である若者たちの未来は、より厳しいものとなってしまう。
確かに、彼らは自業自得だ。しかし、大人が、教育者が、もっとしっかりしていれば、もっと理想的な制度を整えていたら、もっと良いな社会にしていれば、彼らは社会からはじき出されなかったかもしれない。
魔法教育だけでなく教育そのものにも力を入れる三十尾家にとっては、不良たちもまた未来ある若者であり、守り育てるべき存在だ。
そんな彼らの未来が閉ざされるようなことはあってほしくない。故に、大事にせず秘密裏に解決するため、また未来ある若者たちがこんなことで死なないために、こうして当主自らが出てきたのだ。
文也からすれば全くどうでもいいことなのだが、百家本流の当主が参加するというのならこの程度の条件は飲んでも良い。魔法と言う「楽しい」ものを消すためにテロ行為をするということは文也にとってはいかなる理由があっても許せず、手加減するのも面倒なので全員殺してしまってもよかったのだが、それよりも不殺にする代わりに三十尾が参加してくれる方が成功率が高いのだ。
「さ、じゃあ作戦会議をするぞ。まずは……」
人通りのない汚い裏路地にある廃屋の一室に集まった四人の魔法師。突入作戦を成功させるべく、四人は額を突き合わせて話し合った。