マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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3-優等生と悪戯小僧-6

 しばらくすると、隼と三十尾が息を切らせて部屋に駆け込んできた。

 

「大丈夫か!?」

 

「無事か!?」

 

 魔法戦闘による音を聞いていたのか少しでも早く駆け付けるために急いで戦いを終わらせてきたらしく、ところどころに傷を負った二人は、荒れ果てた部屋の中を見回し、駿たちの無事を確認し、そして醜い亀になった男二人を見て、事態を理解した。

 

「どうやら上手くやったみたいだが……」

 

「あまり、無茶してくれるな……」

 

 そのまま二人は各々が思っていることをあきれ果てた気の抜けた声で口に出す。隼に至っては、実の息子の危機だったために一気に安堵して膝から崩れ落ちて座り込んでしまった。

 

「すまんすまん。どうにも逃げられそうだったからよ」

 

 隼から受け取ったリモコンでドローンを操作して窓から回収しながら、文也は悪びれていない様子で笑いながら返答する。

 

「あいつがどうしても突っ込むって言うから放っておけなくてな」

 

 駿は脚の痛みから立ち上がれず座ったまま、目をそらして歯切れ悪く答える。未熟者の自分が、命の危険がある場所に、先輩であり教官であり親である隼の言葉に反して突っ込んでいったことに負い目を感じているのだ。

 

 そんな駿を見て、隼は立ち上がり、歩み寄ってまたしゃがんで駿と同じ目線に立つと、穏やかな顔で駿の頭にごつごつとした手をのせ、不器用に撫でた。

 

「そうか。お前なりに考えての行動だったんだな。無茶のしたのは悪いが……友達のためだからな。よくやった。お前は私の誇りだ」

 

「親父……」

 

 怒られると思っていた駿は、安堵と感激から目頭が熱くなる。しかし、涙を見せまいと、撫でられた気恥ずかしさを誤魔化す意味も含めて顔をそらし、意志で涙をのみこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとのことは大人たちに任せ、文也と駿はビルを後にして、近くの廃ビルに座り込んでひとまずの疲れを癒した。駿は痛みで上手く歩けないので、近くで休憩することにしたのだ。

 

「とりあえずお疲れさん。協力してくれてありがとな」

 

「お疲れ様」

 

 文也が近くのコンビニで買ってきたジュースとお菓子を差し出す。駿はそれを受け取り、渇いた喉をわざとらしい甘さの炭酸ジュースで潤した。

 

 同じように文也もどっかりと座り込んでジュースをあおる。駿は少しずつ飲むつもりだったのだが、文也は一本丸々と飲み干してしまった。

 

「ふいー、一仕事したあとのジュースは格別だぜ」

 

「おっさんのビールみたいに言うなよ」

 

 呆れたようにたしなめるが、実際に暑さと運動直後と緊張からの解放によって喉がカラカラだったので、駿も文也に倣うように残りを一気に飲み干した。

 

 それを待っていた文也は、飲み干したのを確認すると、口を開く。

 

「脚と腕痛むんだろ? ちょっと見せてみろよ」

 

「ああ、頼む」

 

 駿は変なことはされはしないかと心配になりながらも、実際にだいぶ痛むのでゆだねることにした。

 

 文也は悪戯することもなく、スジを痛めた脚や、無理に振って叩きつけて痛めた左腕を真剣に見る。

 

「うーん、なるほどな。やっぱスジだな。数日安静にしてマッサージでもしてりゃ治る」

 

「そうか、それまでは我慢だな」

 

 ひとまず大怪我じゃなくてよかった。駿は胸をなでおろす。家に帰る前に訓練場で治療してもらい、杖でも借りれば帰れるだろう。

 

 そんな風に考えている駿に、文也が声をかけた。

 

「なあ、治してやろうか? そういう魔法知ってるんだ」

 

「……治癒魔法か?」

 

 駿は思わず問いかける。治癒魔法はメジャーな魔法だが、高等な魔法でもあり、それを行う専門の治癒魔法師ライセンスも必要になるほどだ。しかも、切り傷や骨折などのわかりやすい怪我ならまだしも、スジを痛めたというようなあいまいな怪我の治癒魔法はさらに難しい。

 

「いや、もっと簡単な魔法だ。いいか?」

 

「もう好きにしろ」

 

 この際もう悪戯されてもいいか。駿はそう考え、全部委ねることにした。考えたり警戒する労力もめんどくさくなってきたのだ。

 

「よし。じゃあ、全身の力を抜いてリラックスしてくれ。大丈夫だ。変なことはしない」

 

「ん、わかった」

 

 言われたとおりに駿は力を抜いてリラックスをする。

 

 文也は長袖をまくって腕を回して気合を入れるような動作をしてから、駿にCADを向ける。するとすぐに、自分の体に魔法が行使される気配を感じた。しかしそれは、これから行使されると分かっていたからかろうじて知覚できる程度に小さい。不意打ちでやられたら、何が起こったのかわからないまま結果を受け入れることになる。

 

「お、おお……おおおお」

 

 駿はすぐにその効果を実感した。

 

 痛めた脚の各所にまるで指で押されたような圧迫を感じる。特に痛いというわけではないが、特に気持ちよいというわけでもない。

 

(ツボ押し……みたいなものか)

 

 眉唾だと思っていたが、どうやら文也はそれを魔法で実践しているらしい。効果のほどは相変わらず不明ではあるが、まあ悪いことにはならないだろうと、駿は文也にゆだねた。

 

 次第に指で押されたような圧迫は全身に及ぶ。背中、腰、首筋、肩、手のひら、腕、各所が点で圧迫される。また圧迫の強さや深さは場所によって異なり、さらには後半になってから気づいたが、押されると同時に温度も少しだけ変化している。

 

「よし、いいぞ。ちょっと立ってみろ」

 

 開始から数分後、文也がそう言うと同時に、全身の圧迫が止まる。

 

 駿は文也に言われたとおりに立ち上がった。

 

「ん、全身の疲れが取れたような感じがするな。体が軽い」

 

 駿は肩や腕を回して自分の体の変化を確認する。なるほど、眉唾物だとは思っていたが、どうやら効果はあるようだ。

 

「おいおいそうじゃないだろ。脚はどうなんだよ」

 

 そんな駿に対し、文也は呆れた声で問いかける。

 

「あ、そういえば!」

 

 駿は文也に言われてようやく気付いた。この施術の目的は脚の痛みの軽減だった。

 

 そして、その瞬間にもう一つのことに気づく。

 

 脚の痛みの軽減という目的を忘れるほどに、「脚が痛くない」のだ。意識してみてようやく脚にほのかな痛みを感じる程度で、先ほどまでの歩くのが困難なほどの痛みとは程遠い。

 

「その様子だと上手くいったみたいだな」

 

 驚いてる駿を見て、文也は満足げに笑って頷いた。

 

「左腕もほとんど痛くない……すごいなこれは」

 

「だろ? やっぱ俺って天才だな」

 

 冗談はよせ、と返したいところだが、駿は効果をその身で実感しただけに文也の自賛を否定できない。

 

 感心と悔しさをにじませながら、にやにや笑っている文也を睨む。そしてふと、さきほど袖がまくられてあらわになった細い両腕に気づく。左腕には汎用型CADが巻き付いているが、右腕にはカラフルな腕輪が五つも着けられていた。

 

「なあ、それってなんだ?」

 

「ん? これ? CADだよ」

 

「冗談はよせ……」

 

 先ほど言おうとしたことをつい口に出した直後、駿の脳裏に鮮烈な映像がよみがえる。

 

 男たちを仕留めたときだ。文也は、あの腕輪がたくさん着けられた腕を握りこみ、その直後に大量の魔法が同時に行使された。

 

 ということはまさか……

 

「もしかして、お前……そのCADで最後のあれを?」

 

 まさかありえないだろう。駿はそう思いながらぱっと思いついた推測を口にする。それこそ、冗談はよせ、と自分に言いたくなるような推測だ。

 

 理論上は可能らしいが、まずありえない。仮にそうだとしても、せいぜい二つが限度だ。

 

 駿は変な冗談を言ったな、と自嘲しながら答えを待つ。

 

 そして、文也から返ってきた答えは、まさかの肯定だった。

 

「そうだよ。『パラレル・キャスト』だ」

 

「は?」

 

 駿は思わず変な声を漏らした。ここ最近こんなことばっかりだが、この時の呆け具合は間違いなく一番だ。

 

「これは全部『マジカル・トイ・コーポレーション』製のCADでさ、一つにつき一つしか魔法を登録できないんだけど、その分発動までがすげー速いんだ。だから、『パラレル・キャスト』で全部同時に使えれば最強だろ?」

 

「………………冗談はよせ……」

 

「冗談じゃないんだな、これがまた」

 

 頭を抱える駿の前に、文也は自身の体をまさぐって次々と隠していたCADを見せる。その数、実に25個。

 

 真夏なのに長袖長ズボンだったのは、これらを隠すためだった。駿はCAD複数使用制限のために自分の左腕を痛めて汎用型CADまで壊す羽目になったのだが、文也はそんなことを全く必要とせず、『パラレル・キャスト』という『常識外』で解決してしまう。

 

 駿は信じたくなかったが、しかしあの光景を説明するには、19個のCADの電源を入れたままにしながらポケットに隠されていたのも含む6個のCADによる魔法の同時使用という説明を受け入れるしかない。それ以外には「理論的には可能」にすら当てはまらない。

 

 この悪戯小僧には何度も驚かされたが、これには特に驚かされた。

 

 駿は、もう何でも信じてやろう、と諦め半分の境地にたどり着いた。そもそもからして、初対面の時から一貫してこのチビは非常識だったのだ。非常識の答えもまた非常識になるのは、当然と言えば当然なのである。

 

「…………そうかそうか、つまりお前はそういうやつなんだな」

 

「ちょうちょを盗んだわけじゃないんだがな」

 

 駿のつぶやきに、文也がよくわからない反論をする。そうしてつぶやいたことで駿の中の混乱にいったん整理がついた。もう常識で考えても仕方ないのだ。「そういうもの」と受け止めておくべきだ。

 

「さて、じゃあ俺は家でやることがあるから帰るとするよ。もう歩けんだろ?」

 

「ああ、ありがとな。もう少し休んでから帰る」

 

「おう、じゃーな、駿……あー、森崎」

 

 立ち去るとき、文也はうっかり下の名前で呼んでしまい、バツの悪そうな顔をしてから訂正した。もう突入作戦は終わっているのだ。下の名前で呼ぶ必要もなく、「もとどおり」苗字で呼ぶのが筋だろう。

 

 そんな文也の姿に、駿は初めて親近感を覚えた。頭脳も魔法も大胆さも技能も態度も性格も行動も、すべてが枠から外れた「非常識」な存在が、今は普通の同級生に見える。

 

 駿はその自分の心変わりに苦笑を浮かべる。それを見た文也は自分が笑われたと思ったのか、声を荒げて叫ぶ。

 

「な、なんだよ、いーじゃんか! ちょっと間違えただけだ!」

 

「はははは、すまんすまん」

 

 そんな姿を見て、ついに駿は声を上げて笑ってしまう。文也はなおも不満顔だが、それ以上は何も言わない。

 

 そして、駿の心にちょっとした悪戯心が浮かんだ。今までさんざん悪戯されてきたのだ。やり返すくらい構わないだろう。

 

 駿は悪戯っぽく口角を上げて笑い、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またな、『文也』」

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いた文也は、目を丸くして駿の顔を見つめる。虚を突かれて、何を言われたのかわからないといったような表情だ。

 

 悪戯成功。駿はさらに口角を上げ、文也に勝ち誇るように笑いかける。

 

 それを見た文也はようやく理解したのか……同じように口角を上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またな、駿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全く、反省しないものだな)

 

 駿は内心で自嘲する。

 

 あの時の出来事で今まで積み上げてきた少しずれたプライドの様なものは壊されていたはずだ。

 

 しかし、あれから三年ほど経った間に、いつの間にかそのプライドはまた積み上がっていたようだ。その結果、そのプライドをまさしく逆なでする達也に何かと絡んでは敗北し続けて自分を追い詰めて空回りしていた。その必死さと悔しさがあったからなりふり構わず文也に『モノリス・コード』の代理を頼めたので後悔はしていないが、ちょっとばかり達也とその周りには悪いことをしたなとは思う。まだしこりは残ってはいるが、もう変な態度をとるのは止めようと決めた。

 

 文也のことを「そういうもの」と納得できたことを踏まえれば、達也やその周りの魔法力と能力が乖離してる二科生の変な友人たちも「そういうもの」と思っておけばよい。文也と同じ扱いをされるのはちょっと失礼な気もするが、内心なら勘弁してもらおう。

 

(それにしても、あの時はよく騒ぎにならなかったな)

 

 達也たちのことは置いておいて、考えは再び三年前の出来事に戻る。あのあと、事後処理は森崎家や三十尾家、それに不良に敗北したというスキャンダルを隠したい五十川家が奔走したとはあとから父親から聞いたが、それにしたって全く世間に知られていないというのは不思議だ。百家の三家が奔走したとはいえど規模が規模なので、ウワサ程度にはなっててもおかしくはないはずだ。もしかしたら、被害者になりかけた研究所や工場や塾、それにあとから事情を聞いたであろう軍や警察や公安も、案外文也と同じ考えで、大事になる事態を避けたかったのかもしれない。これだけの組織が本気を出せば、さすがに色々と厄介な事情も握りつぶせるだろう。

 

(勉強、しなきゃな)

 

 今まではがむしゃらに学力と体力と魔法力を高めることに邁進してきたが、一方でこういった政治方面にはからっきしだ。いかんせん直情型だから、今まで全く学んでこなかったというのもそうだが、そもそもからして苦手なのである。しかし森崎家の次期当主としては、そろそろ学び始めてもいいころだろう。

 

 まだまだやることはたくさんある。

 

 駿はひそかに、過去を踏まえて、すっかり日が暮れた海を眺めながら、果てしない未来に思いをはせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、一ノ瀬の遺伝子はワルガキばっかなのか」

 

「おいおいじーさん、一ノ瀬じゃなくて井瀬だろ? ボケたか?」

 

「ほざけ、元ワルガキの不良中年」

 

 川崎で組織的なテロが少人数の有志によって未遂に終わったという事件から数日が経った。それだけ経ったというのに、一歩間違えれば大惨事という割には大きな動きがみられない。

 

 そんな中、十師族に列せられる九島家の元当主でかつ最高にして最巧の魔法師としてうたわれる老齢の魔法師・九島烈は、なぜか東京の住宅街にある何の変哲もない一軒家を訪れていた。

 

 九島と対面しているのはたくましい筋肉が特徴的な大男・井瀬文雄だ。

 

 ここは井瀬家。九島は先日の事件について話すために、わざわざ九州からここを訪れたのだ。

 

 そんな遠くから来た立派な老師たる客人に対してこの家の中学一年生(に見えないがそうらしい)の一人息子が悪戯を仕掛け、あまつさえ保護者たる文雄はそれを見て指をさし手を叩いて笑っているという、あまりにも手荒くて失礼しかない歓迎がつい先ほどあったのは余談だ。

 

「全く老体に無茶させおって。この数日は大変だったわい」

 

「いやはや、ほんとありがたい。こればっかりは頭が上がらないな」

 

 九島の当てつけの様な愚痴に、普段から豪快で快活(無神経でおおざっぱとも言う)な文雄は困り顔で頭を下げる。それでも普通の魔法師から見たら何倍も態度がでかいのだが、こう見えてもかなり申し訳なさとありがたさを感じているのだ。

 

 突入前、文也から事情を聞いた文雄は、自分が現地に行けない歯がゆさを噛みしめつつもできる限りの協力をした。それがあの探査ドローンであるわけだが、それ以外にも、事後処理の根回しもしていたのだ。文也の電話が長引いたのは、根回しのために状況を詳細に伝えていたからだ。

 

 そんな文雄が事態の隠ぺいを頼んだのが、この九島烈だった。かつての恩師であり今でも連絡をたまに取っている人物で、文雄の知り合いの中で一条家の剛毅と並ぶ権力者だ。ちなみに『一ノ瀬家』について知る数少ない人物の一人でもある。別に井瀬家は隠しているわけでも全くないのだが、特に言っているわけでもない情報なので、十師族ですらほとんど知らないことである。第一研究所の出身である一条家や一ノ倉家や一色家、それにそこの数字落ちの家は知っているのだが、こちらも口を閉ざしている。嫌な思い出は忘れるに限るということだ。

 

「ここは七草と十文字の管轄じゃぞ。どれだけ苦労したと思っとるんじゃ」

 

「まあまあ先生。代わりといっちゃあなんですが、ご依頼の品をお渡ししますから」

 

 不機嫌な九島に対し、文雄はわざとらしい包装がされた箱を渡す。ご丁寧に「黄金色のお菓子」などと書いてあるが、その中身は『キュービー』たる文雄が開発した軍用兵器の設計図と説明書だ。

 

 文也はここからしばらくして知ることになるのだが、『マジカル・トイ・コーポレーション』は『フォア・リーブス・テクノロジー』と違って庶民的で親しみやすい展開を見せている一方で、実は裏で色々とやっている。

 

 その協力者は主に文雄の知り合いで、そのうちの一人がこの九島烈なのだ。九島は退役したといえど元少将であり、軍とのパイプは太く、また役人や警察や政治関係にも強い影響力を持つ。『キュービー』として最先端の技術と提供する代わりに、以前からしばしば秘密を守り通すための協力をお願いしていたのだ。本音を言えば魔法の軍事転用に積極的にかかわるのは文雄の意志にも会社の方針にも反するのだが、清く正しくだけでは秘密は守り通せないのだ。

 

「ふむふむ。ふーむ……防衛用設備しかないのは流石じゃのう。そこは譲らぬか」

 

「名目上『国防』軍なんだから、それくらいで妥協してくれ」

 

 それでも、せめてもの意地ということで、提供するのは防衛設備のみだ。こちらから攻撃するのに協力するのはやはり理念に反するし、そもそも他国への攻撃能力に関しては第五研究所や一条家という存在がいる以上すでに過剰戦力もいいところなので、今までこれで通している。

 

 中身を確認して満足した九島はそれをしまうと、ちょうどそのタイミングで部屋のドアが開けられる。

 

「ういーす、さっきの詫びだ。暑い中来たし喉渇いたろジイサン。ほい、アイスティーしかなかったけどいいかな?」

 

「粉薬とか入れとらんよな?」

 

 入ってきたのは、お盆にアイスティーが入ったコップを三つ乗せた文也だ。先ほど悪戯を仕掛けた客人に対して悪びれもせずにコップを乱暴に置き、自分もどかりと座ってアイスティーをあおる。

 

「今回の件はありがとな。ジイサンがいろいろやってくれたんだろ? 親父から聞いたぜ」

 

「いかにも。君もよく気付いて動いて、しかも成功してくれたのう」

 

 文也が顔を覗き込んで礼を言うと、九島もそれに応える。実際文也のやったことは日本魔法師界にとっては大貢献であり、中学一年生で成し遂げたと聞いた時は心底驚かされた。九島はそれを聞いて文雄から協力を頼まれたとき、若者の頑張りに応えようと張り切って裏工作をして回った。その末のお返しが悪戯というのは悲しい話である。

 

「魔法ってこんなに楽しいものなのに、なんで世間はこんなに過剰に嫌うんだろうな。もっと楽しいこと考えないと人生つまらんだろうにな」

 

 そんな文也は、誰にともなく、愚痴っぽく不満を漏らす。

 

 魔法を楽しむ。魔法で遊ぶ。

 

 文也は物心ついた時からその楽しさと喜びに触れてきた。

 

 そんな文也にとって、反魔法師団体というのは、その気持ちは理解できないこともないが、やはり不満の対象だ。これまで『マジカル・トイ・コーポレーション』は魔法師以外にも貢献できる魔法グッズを作ってきた(魔法師が使うことで生活をサポートしたり人を楽しませることができたりする魔法専用のCADなどだ)し、つい最近は体験がてら文也も開発に加わっている。魔法が使えなくとも、それで楽しめる要素はいくらでもあるのに、魔法をかたくなに嫌い続ける。それが文也には不満だった。

 

 そんな文也の言葉を聞いて、九島は溜息を吐く。

 

(世のすべてがこのような純粋な心を持っていたら、どれほどよかったか)

 

 そんな考えが頭をよぎった。

 

 しかし、すぐに考え直し、また、さらに深い深い溜息を吐いた。

 

 ついさっき自分がされたことを、今まで文雄にされたことを思い出せ。

 

 

 

 

 

 

(こんな優秀悪戯小僧ばかりだったら、常識人の胃に穴があくじゃろうよ)

 

 

 

 

 

 

 亀の甲より年の劫。さすがの慧眼である。

 

 この三年後には、このクソガキはたった一人で、先輩たちの胃に大きなダメージを与えることになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふいーすっきりした」

 

 ようやくたどり着いた公衆トイレで用を足した文也は、また戻るのが面倒くさい距離だなと思いつつトイレを出る。夏でも夕焼けから日が暮れるまでは早く、文也がトイレから出るころにはすっかり日が暮れてあたりも暗くなっていた。海浜でしかも人気がない場所で、さらになまじ不良のたまり場になってる繁華街に近いものだから、この時間のここは治安が悪い。一人で歩いて居ようものならあっという間に目を付けられる。別に魔法でちゃちゃっと撃退できるのだが、面倒ごとは御免だ。

 

 さて、そんな面倒ごとは御免被りたい文也の意志とは裏腹に、ちょうどその面倒ごと真っ最中の光景が、ベンチまであと半分というところで目に飛び込んできた。

 

「ちょっと、離しなさいよ! むぐっ」

 

「……」

 

 このくそ暑いうえに暗い中なのにサングラスとマスクをつけたダークスーツの男が、中学生くらいであろう小柄な少女を押さえつけている。そこから少し離れた地面には無残に壊れた子供用サイズのCADが転がっていて、男の手には小型の拳銃が握られている。

 

 その少女は癖のないショートカットでボーイッシュな雰囲気を放っており、文也ほどではないにしろ目つきは鋭い。小柄な少女だというのに明らかに「素人」ではない男に押さえつけられてもなお、恐怖はありありと浮かんでいるが抵抗心もむき出しだ。

 

(ええ、なんだこりゃ)

 

 見れば、その周りでは数人の男たちが、血を流したり丈夫そうなスーツが破けたりして地面に倒れ伏している。血の流れからして拳銃による殺傷で、スーツの破け具合を見るに魔法によるものだろう。

 

 明らかに、治安が悪いとかそういう話ではない。この少女のボディーガードであろう男たちとまともな組織ではなさそうな男たちでの戦闘もあったようだ。そしてその末に意識があるのが少女とそれを押さえつけている男だけになったのだろう。転がっているCADはおそらく男が拳銃で撃ち抜いて壊したものだ。ああなってしまっては、CADに頼る部分が大きい現代魔法師は戦闘力が激減する。

 

 また、その戦闘が行われた場所も、文也が通ってきたメインの道からは外れた人目のつかない林の中だ。注視すれば丸見えなのだが、少しでも気づかれないようという配慮だろう。

 

 できれば関わり合いになりたくない。別に少女一人どうなったって文也には関係ないのだ。これが子供なら勇んで救いに行ったかもしれないが、ボディーガードがつくほどの階級でそろそろ分別がつくであろう年齢でこんなところにいては自業自得もいいところだ。

 

(世も末過ぎるだろ)

 

 しかし、見てしまった以上救わないというわけにもいかない。文也は世の無情を嘆きながら仕方なく手を出す。やる気のない手つきで汎用型CADのキーを叩き、男の銃に『フリーズ・ファイア』を使用する。

 

「ちっ!」

 

 しかし、それは完全な不意打ちだったにも関わらず失敗した。男は敵ながらあっぱれの反応速度で自身の銃に『情報強化』を施して魔法を無効にしつつ、闖入者を警戒して、舌打ちをしながら仕方なく少女から離れて飛びのく。

 

(いよいよまずいやつらだな)

 

 今の一連の動きを見て文也は確認した。生半可な犯罪集団ではなく、何者か……おそらくそれなりの大物の思惑によって動く「プロ」の集団だ。

 

 文也は最初のやる気がなさすぎる自分の行動を後悔しながら、オフモードだったスイッチを切り替えて本格的に戦いの準備をする。

 

 男の動きは迅速だった。まずは自身と銃に改めて強固な『情報強化』を施して守りを固めたうえで、文也に銃とCADを併用した攻撃をしかける。文也はそれらをすべて撃ち落とすと、逆に汎用型CADのキーを乱打して攻撃魔法を次々と使用する。『情報強化』は特別な手段を使わないと破れそうもないので全部直接干渉しない外部からの攻撃魔法だ。

 

 しかし、その発動速度も種類も尋常ではない。汎用型CADだけを使っていると見せかけて、靴の中にしこんだものや空いた指で触れたCADからも魔法を使用して、ありえない速度と種類の攻撃を浴びせる。

 

 結果、男は奮闘空しく数と種類の暴力を受けて倒れ伏す。得意なのは『情報強化』だけのようで、障壁魔法は凡庸だった。複数系統種類の魔法に対しては、それに対応した複数種類の障壁魔法が必要なのだ。とはいえこれだけの種類の魔法を同時で防ぐほどの障壁魔法を展開できる魔法師自体が少ないだろう。文也の知っている範囲では、できそうなのは『万能』の真由美と『鉄壁』の克人に圧倒的なゼネラリストの範蔵や規格外の深雪や一条父子や父親ぐらいだ。防げというのも無茶な話である。

 

「おい、大丈夫か」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 文也は倒れた姿勢のまま茫然としている少女に声をかけ、手を貸して立たせる。そんな文也を、好戦的なやや鋭い目つきの割には弱弱しい気持ちがあふれた目で見上げて礼を言うと、その手を取って立ち上がった。

 

(……うん、気にしない気にしない)

 

 向こうは倒れていたので上目遣いだったが、立ち上がった今、上目遣いでなくなってしまっていた。

 

 少女は比較的小柄であり、その見た目から年齢を判断したわけだが、この少女の目線は文也より上にある。そう、小柄だと思っていた少女は、実際小柄だったわけだが、それでも文也より明らかに身長が高かったのだ。

 

 文也は、一刻も早く面倒ごとから離れたい意志と気にしないようにすればするほどあふれ出る敗北感から逃げたい意志によって、少女に怪我がないかぱっと見で確認すると、涙目の顔を隠すために帽子をさらに深くし、少女から目線を離してその場を去る。

 

「あ、あの!」

 

「なんだかわからんけど、お嬢さんがうろつくところじゃねぇぞ」

 

 何か言いたそうだったが、それを遮るように忠告をして、文也は早足で駿が待っているであろうベンチへ向かう。だいぶ可愛らしいお嬢さんだったし、ピンチから颯爽と救ったという自覚もあるため、そこからのロマンスやそれが発展した『アハーン』に心が躍らないわけでもないのだが、それ以上に想像される面倒が大きすぎるのだ。これ以上は関わりたくない。

 

「ん、どうした文也、なんか疲れた様子だけど?」

 

「便所が遠すぎるんだよくそったれ」

 

 ようやく合流した駿の問いかけに、文也はトイレがあんなに遠くなければ面倒に巻き込まれなかったと恨みを込めながら悪態を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにみなさん、文也はちゃんと手は洗ってきたので、汚い手を少女に差し出したわけではないのでどうかご安心ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香澄ちゃん!!!」

 

 真夜中の高級住宅街の一角、とくに大きく豪華な七草家の邸宅に、その家の長女である真由美の悲痛な声が響く。

 

 川崎に二人で遊びに出かけていた双子の妹である香澄と泉美。しかし慣れない土地だったために二人ははぐれ、その隙に香澄が何者かに襲撃されたのだ。

 

 二人だけで出かけたように見えて実はそれなりに腕の立つボディーガードが数人こっそり控えていたのだが、下手人は複数人のプロで、奮闘空しくも全員気絶させられてしまい、香澄もCADを破壊されてそのまま誘拐されそうだったと言う。

 

 すでに無事だったとは聞いているのだが、それでも真由美は気が気でなかった。ちょっと遠出していた出先からすぐに帰ってきて、襲われたという妹の無事を確かめたかったのだ。

 

「お姉ちゃん!」

 

 走ってきたのと心配で汗だくの真由美が部屋に入るや否や、泉美と何か話していたらしい香澄は姉を見てぱっと顔を輝かせる。

 

「か、香澄ちゃん! 大丈夫? 怪我はない? 変な事されなかった?」

 

「うん、大丈夫。怪我は擦り傷だけだし、抑え込まれたりはしたけど途中で助けてもらったから大丈夫」

 

 香澄はそう言うが、昔から強がるところがあることを良く知っているので、真由美はその様子をじっくり観察する。大きな怪我をした様子はないし、性的な被害にもあっている気配は確かにない。声がいつもよりやや暗くて表情も弱いからやはり強がっている部分も大きいのだろうが、それでも心配した大きな被害はないようで一安心だ。

 

 帰りの車の中で聞いた情報によると、下手人は大陸系だった。七草家で大陸系で誘拐と言えばすでに滅んだ大漢の事件が想起され、その被害や顛末を少しだけ知っている真由美は、その下手人の正体を聞いただけで肝を冷やした。大漢はとっくに滅んでいるのだが、その残党が何かやろうとしても不思議ではないのである。

 

「香澄は……今年の夏は不幸だね」

 

「全くだよ」

 

 泉美が少しぎこちない笑みを浮かべてそんな冗談を口にする。もともと明るい性格ではないのだが、今はいつもよりもかなり笑みがぎこちなく、香澄の気を紛らわすために気を遣って冗談を言ったのが真由美にはわかった。

 

 その考えがわかっていたかは定かではないが、香澄は少しだけいつもの調子を取り戻し、頬を膨らませて不満を一言に凝縮して吐き出す。

 

 泉美は今年の九校戦を余すところなく楽しめたのだが、香澄は運悪く風邪をこじらせてしまい、生で競技を見ることができなかったのだ。録画してあった姉の活躍だけは見たのだが、それ以外は見られていない。泉美以上に魔法競技に興味がある香澄にとってはこの上ない不幸だったのだが、今日はそれ以上の不幸に見舞われたのである。

 

「ふう……ほんと、香澄ちゃんが無事でよかったわ……助けてくれた人にお礼言わなきゃね。どんな人だったの?」

 

 真由美は心配で激しく動いていた心臓がようやく収まるのを感じながら、ほっと息を吐くと、可愛い妹を助けてくれたお礼を直にしたいと思って尋ねる。

 

「う、うーん、そ、それがね、よくわかんなくて……?」

 

「ん? どういうことかしら? 香澄ちゃんも気絶してたの?」

 

「えっと、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 香澄の説明は、今一つ要領を得なかった。ボディーガードは全員気絶させられていて、ことが終わった後に香澄がそのうちの一人を起こして人気のある場所に一緒に戻った、というのは聞いているので、真由美から見れば、その助けてくれた恩人を見ているのは香澄だけだ。だからこそこうして本人に聞いているのだが……。

 

「えっと……ちょうど日が暮れて暗くなってきてたし、帽子を深くかぶってたから顔が良く見えなくて……」

 

「あーなるほどね」

 

 香澄の説明を聞いて、真由美はようやく納得が言った。いつもの物おじしない香澄ならばそこから名前を聞き出すぐらいまではいけただろうが、襲われた直後で弱って混乱していた彼女はそこまで気が回らなかったらしい。

 

「で、でね、その男の子すごかったの! プロっぽい大人の男と真正面から魔法の撃ち合いをして余裕で勝っちゃったんだ!」

 

「へえすごいわね。男の子てことは高校生くらいかしら」

 

 香澄は目を爛々と輝かせ、真由美に身を乗り出してその助けてくれた恩人の活躍を話す。真由美はその様子に「すごい人を見た」という喜びや憧れ以外の何かの感情を感じ取ったが、その推理は置いておいて、恩人の正体について頭を巡らす。

 

 小柄な中学三年生の香澄が「男の子」というからには、高く見積もっても高校生くらいだろう。ボディーガードたちや香澄を超える腕があった下手人を真正面から打倒したとなると、それほどの腕を持つのは高校生しか考えられない。

 

「うーん、それがね、その男の子、あたしより背が小さかったの。多分、高くても中学生ぐらいだと思う」

 

「あら、じゃあ中学生でそれだけの腕があるってことなの?」

 

 真由美は頭を悩ませる。それほどの腕を持つ高校生は少ないが、中学生ともなるとさらに少ないだろう。しかもその男の子は中学三年生の女の子の中でも小柄な方である香澄よりさらに小さいという。

 

 いったいどんな子なのだろうか。

 

 中学生ですでに実力が備わっている男の子と言えば、真っ先に浮かぶのは師補十八家の七宝家の息子・七宝琢磨だ。しかし彼は香澄よりもだいぶ背が高い。

 

 そして、それ以外全く思いつかなかった。魔法師が社会に認知されるのは高校生になってからであり、中学生までの評判は、魔法塾内での成績か名家の間での(後ろ暗い目的・意味も含めての)情報収集か噂話程度でしか伝わらないのだ。とはいえ、情報収集力がある七草家でもよくわからないとなると、相当隠れた才能だと言えるだろう。

 

「それでね、その男の子がすごいの! 男と真正面から向き合ってね、手元も見ないですごい速さでバーッって汎用型CADに入力して魔法をどんどん使うの! 干渉力と改変規模はお姉ちゃんほどじゃないけど、速度と種類はお姉ちゃんよりすごくて!」

 

「「え、ええ!?」」

 

 その話を聞いた真由美と泉美は思わず声を上げる。

 

 香澄の話の中に見過ごせない部分があったからだ。

 

 真由美は『万能』たる七草家の長女であり、その才能も環境も努力も随一の存在である。『万能』の名に恥じず、どの系統種類も偏りなく同時に使いこなす七草家の至宝であり、しかも高校三年生だ。

 

 そんな真由美を速度だけと言えど超えるレベルで多種類の魔法を使いこなすというのは、プロの魔法師でもそういないのである。しかもそれをやったのが噂にすら聞かない謎の中学生だというのだから、二人が驚くのも無理はない。

 

 襲われて混乱していて、さらに助けてくれた恩人への憧れからそう錯覚しているだけというのも考えた。しかし、香澄は中学生にして魔法に対する目利きは確かだ。しかも真由美に対してやや過剰ともいえるあこがれも持っている。真由美を超えるほどという実に大層な評価を、勘違いで下すようなことはないだろう。

 

 いよいよ謎が深まって真由美が混乱するのをよそに、香澄はすっかりいつもの調子を取り戻したどころかいつもよりハイテンションで、溢れんばかりに目を輝かせ、頬を赤らめて熱く語る。

 

「男が拳銃とCADを同時に使ってその人を攻撃するんだけど、それを全部軽く撃ち落としてさ、しかもそこで止まらずにもうバーッとCADに入力すると、同時に見えるくらいの間隔でどんどんいろんな魔法を使って男に攻撃するの! 『情報強化』を使われてたから攻撃全部を射撃系に決める判断力もすごいし、いろんな魔法を間違えずにあんなにたくさん早く組めるのもすごいし!」

 

 真由美はそのテンションに押され気味になりながらも、その声音や顔色から、ようやく先ほどからうっすらと漏れていた、香澄が抱いているであろう感情を見抜いた。

 

 その結論をつけると同時に、やはり双子だからかわかる部分が真由美よりも多いようで、泉美は真由美と同じ判断をもう口にしていた。

 

「もしかして、香澄、その人に恋しちゃった?」

 

 そういう泉美の顔も赤いし、それを見ていると真由美もなんだか顔が赤くなってきた。

 

 彼女らの将来の相手はほぼ社会状況や家同士のあれこれで決められるため、彼女らは恋という言葉とは無縁の生活を送ってきたし送らされてきた。しかしというか、だからこそというべきか、身近に、しかも妹がそんな気配を放っているのを見ると、年頃の女の子ということもあってか、なんだか顔が熱くなるのだ。

 

 そして、当の本人である香澄の反応は、二人よりもはるかに大きかった。

 

 泉美の言葉にきょとんとし、そしてその意味を知るや顔がみるみる顔が赤くなり、混乱と慌てが混ざったように目を潤ませて口をパクパクとする。単純故に反応もわかりやすい。もうあっというまに顔がゆでだこの様だ。

 

「え、あ、ちょ、あ」

 

 大昔の映画に出てくる真っ黒な体に白いお面をかぶった妖怪もかくやというほどに声を詰まらせ、口をパクパクとしながら腕を大きく振って何かを言おうとする。あまりにも漫画みたいな初心な反応を見て真由美と泉美は逆に落ち着いたが、それとともにいよいよという確信も湧き上がってきて余計に顔が赤くなる。

 

 しばらく顔を真っ赤にしながら滑稽なパントマイムを演じた香澄は、急に両手を脚の上に乗せ、身体を縮こまらせて、うつむき加減で小さく細い声でつぶやいた。

 

「そ、そうかも……」

 

 キャーッ。香澄の言葉を聞いた真由美と泉美の内心は、まさしく少女漫画を見る乙女のごとき花模様だった。いつもの好戦的で快活な様子は鳴りを潜め、顔を真っ赤にしてうつむき加減でもじもじ恥じらっている様は、いつもとのギャップもあって二人にとっては非常に「美味しい」反応だ。

 

 初心な泉美は香澄につられて顔を真っ赤にしてもじもじしはじめたが、その点世の中の酸いも甘いも知り、この夏も(およそ男側にとって悲劇的ともいえなくもないものではあるが)逢瀬の様なものを経験した真由美はいち早く復帰し、妹の恩人であり想い人となった小さな魔法の名手の正体について考える。七草家に『恋』が叶うような話はまずないが、若くしてそれほどの達人ならば家柄がなくともその才能を認められる可能性はある。

 

 そしてその正体に思考を巡らせたとき、真由美の脳裏にある男の顔が浮かんだ。そこに連想が向いた瞬間、もはや条件反射で胃にちくりとした痛みが走る。

 

 いくつもの魔法を一気に使う……小さい……男の子……。

 

 この条件に当てはまるのが、自分の後輩にいるではないか。

 

(いやいやいやいやいやないないないないないないない!!!!)

 

 真由美は即座に頭を強く振って否定し、生存本能からか恩人の正体について思考を巡らせるのをやめた。

 

 しかし、それでも、真由美の胃痛はしばらく収まらなかった。




これにて駿との過去編はお終いです
最終話に色々詰め込みすぎましたね

Q「優等生の課外授業」はどうなったの?
A展開の都合上カットです。あの女性は、なんかこう、オリキャラ追加のバタフライエフェクトで頑張って逃げきれました(震え声)

次回はあずさと文也の関係性について言及する話です
夏休み編の最終話にあたります。そう、夏休み編の終わりと言えば、あずさの一大イベントの、アレです

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