マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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今回はあずさがメインとなる話です。


3-生徒会の八方塞

 新学期が始まっても生徒会選挙の立候補者は決まらなかった。

 

 中条あずさは気弱さから拒否し、範蔵は部活連会頭になる意思を示して立候補を断った。

 

 そんな中、自身も立候補するという噂を立てられてしまった達也は、真由美の依頼であずさの説得に出向いた。

 

 昼休みはあずさが生徒会室に来なかったので、放課後、逃がさないためにも授業が終わって早々にあずさの教室を訪問し、半ば強引に引っ張り出して説得に当たる。どうやら待ち合わせをしているようでカフェには連れ出せず、教室から少し離れた廊下での立ち話となってしまったが。

 

 達也の静かな脅しと深雪の優しい言葉という落差のある二重説得にも、あずさは多少押されながらも応じなかった。達也の見立てではこの段階でほぼ説得成功は確定していたはずなのだが、どうにもこの先輩は普段の態度や見た目とは裏腹になかなか図太いらしい。先日の生徒会三年女子三人衆による一夏のエピソード雑談会では顔を真っ赤にしてひたすら放心していただけの癖に、ここでは涙目になりつつも頑として立候補を拒んでいる。

 

(ほんと、余計なことをしてくれる)

 

 あずさのこの妙なところで強いメンタルの原因に思い当たり、生意気な笑顔を浮かべるあの黒髪チビの姿が思い浮かぶ。

 

 幼少期から文也の姉役を任されていた彼女は、気弱な気質は変わらないようだが、文也との再会と交流により、妙に図太くなってしまっているのだ。

 

 最終手段として、達也は自身の素性を利用してCADオタクである彼女をモノで釣ろうと提案をする。

 

「再来週発売するFLT製飛行デバイスがモニター用に二つ、手に入りまして……」

 

「あ、あのシルバー・モデルの最新作ですか!? 実戦レベルの飛行魔法を最も効率よく使用できるっていう!」

 

 食いついた。達也は心中で口角を上げて満足げにうなずく。

 

『マジカル・トイ・コーポレーション』の八月発売に遅れる形となったが、それに追随して、達也たち『フォア・リーブス・テクノロジー』も飛行魔法専用デバイスの発売を決定した。当然後追いなので最新・最先端・最速技術とそれ以外では扱いに大きく差が出る技術界隈での注目度は『マジカル・トイ・コーポレーション』より低かったが、玩具レベルに収まる性能と値段に設定したそちらに対し、達也たちはかなり値が張るが性能面で世界一を誇る専用デバイスを開発し、早期の発売までこぎつけた。『マジカル・トイ・コーポレーション』製との差別化にも成功し、安さと安全性の『マジカル・トイ・コーポレーション』か、性能と最新鋭の『フォア・リーブス・テクノロジー』か、を消費者が選ぶ形となり、収益もほぼ半々になる見込みだ。

 

 CADオタクのあずさならば、これには間違いなく食いつくし、そして見事に食いついた。

 

 欲しい。

 

 そんなオーラがあずさから濁流のようにあふれ出している。

 

「普段から深雪も世話になっていますので、新生徒会長になられた暁にはお祝いに、と思っていたのですが」

 

「う、うううううう、そ、そうですよね……」

 

 これで完璧に決まった。そう思っていたのだが、それでもあずさは迷ったままだ。「頑としてお断り」から「迷った」レベルまで引っ張ることはできたが、まだ決まっていない。

 

 これでもだめなのか。

 

 達也は内心で目を丸くした。絶対これで了承されると思ったのだが、いったいなぜだろうか。

 

 達也は疑問に思い、あずさに問いかける。

 

「先輩、欲しくないのですか?」

 

「ほ、欲しいです……欲しいですけど……やっぱ生徒会長になるのはちょっと……」

 

「世界最高峰のデバイスですが?」

 

「ううううううう司波君の意地悪ぅ……だ、だって、生徒会長になってまで欲しいとは思いませんし……それならふみくんから貰えるので十分ですよ……」

 

((そういうこと))

 

 あずさの返答で、司波兄妹は合点がいった。

 

 この粘り強さの原因も、やっぱり井瀬文也だった。

 

 二人は文也が『マジカル・トイ・コーポレーション』のエース魔工師の一人『マジュニア』であることを知っており、それは二人の見立てではあずさもまた同じだ。汎用飛行魔法の実用化と専用デバイスの発売にいち早くこぎつけた『マジュニア』が親友であるあずさは、その会社が発売しているものか、はたまた発売用にダウングレードする前の高性能なもの、またはそれをさらに改良したものを貰える予定なのだろう。

 

 当然CADオタクである彼女は文也から貰えるものより高性能であろう達也が示した「にんじん」も欲しいが、だからといってそれの代替になるものは貰えるので、生徒会長という重責を背負ってまでそれが欲しくはないのだ。

 

(ほんとどこまでも邪魔なやつだ)

 

 達也は困り果て、八つ当たり気味に文也を内心で呪う。

 

 そして、そんな達也よりも怒りをあらわにする存在が、彼の後ろに控えていた。

 

「どこまでも……どこまでも私たちの邪魔を……」

 

 うなるような声で、深雪が顔を伏せ、達也にしか聞こえないくらい小さくつぶやく。両手の拳は固く握られ、全身は怒りにわなわなと打ち震え、それに呼応して魔法が暴走し、周囲の温度が下がる。

 

「ぴ、ぴぃ!」

 

「落ち着け、深雪」

 

 あずさはその様子に恐怖し、涙をぽろぽろこぼしながら頭を抱えて廊下の隅にうずくまる。あずさから見れば、自分がかたくなに拒否をするから深雪がついに怒ってしまったようにしか見えないのだ。

 

(井瀬のことになると沸点がどうしても低くなってしまうな)

 

 達也はそう妹を分析しつつ必死になだめる。

 

 廊下は騒然となり、野次馬的に説得の様子を観察していた生徒たちも、これ以上関わりたくないと、下校するふりして逃げていった。

 

 そんな人が離れていく廊下に……この騒動の原因が現れた。

 

「…………何してんだ?」

 

 小学生かと見まごうほどの身長と幼い顔立ち。鞄を改造してベルトを取り付けて肩に斜め掛けして、両手をポケットに突っ込んで歩いて現れたのは、文也だった。

 

「ふ、ふみくぅん、せ、生徒会長の説得を断ってたら、深雪さんが怒っちゃって」

 

「ほーん」

 

 文也の存在を感知したあずさは、腰が抜けて立てないみたいで、即座にハイハイして文也に縋り付く。そのあずさを頭を撫でて落ち着かせながら話を聞いた文也は、無感動な返事を口から漏らして達也と深雪を見据える。

 

(しまった)

 

 あずさが待ち合わせしていたのは、まさしく文也だったのだ。

 

 文也は必ずあずさの味方をする。しかもかなり弁(屁理屈ともいう)が立つし、場合によっては強制的に話を打ち切る幼稚な策も辞さない。

 

 しかも、今の状況は、どう考えても達也と深雪が悪役だ。

 

 気弱なあずさを呼び出して見た目が怖い達也が半ば強引気味に説得したが、それでも断られ続けたので妹の深雪が怒って魔法を暴走させて脅している。

 

 文也からはそう見えるし、それは半分以上が事実だ。

 

(頼む、深雪、落ち着いてくれ……)

 

 文也が現れたことで深雪の怒りはヒートアップして、昂る感情にマイナス比例して気温はどんどん下がっていく。文也・マジュニアに怒りが一点集中することで、拡散した散漫な怒りは収まってはいるが、逆にこうして彼ががっつり絡めば、その怒りはより強いものになる。しかも今回は、井瀬文也としての文也と『マジュニア』としての文也の両方が達也を煩わせる原因になっているため、だいぶ怒りが強い。

 

 達也は文也に向き合っているため、表立って深雪を説得できず、心の中で祈るしかできない。しかしその思いは(珍しく)深雪に伝わらず、怒りと圧力は増すばかりだ。

 

 それに呼応して、達也と深雪を見る文也の目線もだんだんと鋭くなる。童顔に反して悪い目つきが、いよいよ本格的に険を増す。

 

「お前ら、あーちゃんに何した?」

 

 鋭い声で達也と深雪に文也が問いかける。一応双方の話を聞くつもりはあるみたいだが、こんな状況になってしまっては、何を言っても無駄だ。

 

 そこで達也は、せめて、あずさを「脅している」つもりはないということを釈明することにした。

 

「いや、実は、お前も噂で聞いているとは思うが、今度の生徒会選挙の立候補者探しに難航していてな」

 

「そうなのか。まず選挙があるのも知らなかった」

 

 バカじゃないのか。達也は、自身以上に世事に興味がない文也の返答に頭痛を覚えるが、それでもそんな考えはおくびにも出さず釈明を続ける。

 

「俺らや現生徒会としては、生徒会長にふさわしいのは中条先輩か服部先輩だと思っているのだが、服部先輩は部活連の会頭になることが決まってるから、中条先輩にやってもらいたいと思ってる」

 

「あーちゃんは当然拒否するだろうな」

 

「ああ。だが、そうなると大きな問題が色々あるから、こうして俺らが説得に来たんだ」

 

「ほーん、説得にしてはまたずいぶん穏やかじゃないけど、お前らの文化ではこれを説得って言うのか」

 

 やはり、文也は達也たちが脅したと考えているようだ。深雪は多少落ち着いたようだが魔法の暴走は収まらず、深呼吸を繰り返して落ち着こうとしている。しかしその眼は文也を鋭く射貫いていて、敵意と怒りがあらわになっていた。

 

「深雪はチョッと俺に何かがあると穏やかでいられない性格だから、申し訳ないがこうなってしまったんだ。脅そうとか、そんな意思はない」

 

「そうは見えねぇけど……あーちゃん、司波兄が言ってることは本当か?」

 

「わ、わからないけど……司波君からは、起こるかもしれない問題についていろいろと言われた……」

 

「へえええええええ、なああああるほど。うんうん、なるほどなあ」

 

 あずさの返事を聞いた文也の声に、怒りと険があらわになる。

 

(詰んだな)

 

 達也は心中で両腕を上げた。降参だ。こうなってしまっては、もう説得はできまい。

 

「あーちゃんの責任感に付け込んで言葉で脅したけどうまくいかなかったから妹様の実力行使か」

 

「責任感に付け込んで脅すのはふみくんもよくやるじゃん……」

 

 文也は自身が出した結論を達也にたたきつける。なんか後方から小学生の頃の思い出がよみがえったであろうあずさの声が小さく聞こえてくるが無視だ。

 

「人が嫌だ、ってんだから無理やりやらせようとしてんじゃねえぞカス兄妹!」

 

 達也は反論しようとしたが、それを遮って文也が中指を立てて叫び、そのままあずさを連れてその場を離れていった。

 

(参った。完全に失敗だな)

 

 達也は妹の頭を撫でてなだめながら、文也とあずさが去っていった方向を呆然と見て、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そう。ご、ごめんね。なんか悪役にしちゃって」

 

「いえ、こちらこそ、説得に失敗して申し訳ございません」

 

 その後、深雪を落ち着かせた達也は、生徒会室で真由美に失敗の経緯を説明した。途中から余りの展開に話を聞いていた三年女子三人組の頬がゆがんだりもしたが、だれも達也たちを責めたりはしなかった。

 

「それで、深雪さんはどちらに?」

 

「『先輩方とお兄様にあわす顔がありません』って、女子トイレの個室に籠ってます」

 

 同行してるはずの深雪の姿が見えないので鈴音が尋ねると、達也はありのままの答えを返した。達也がなだめたことで冷静になった深雪は、自身の失態と失敗に気づき、兄に一言いい残すと女子トイレの中に走って消えていったのだ。

 

「そうなると、いよいよ参ったわねえ。生徒会経験者はもう二年生にはいないし……」

 

「五十里君なんかはどうでしょうか」

 

「五十里君ねえ。言えば引き受けてくれるとは思うけど、会長となるとチョッとねえ……」

 

「桐原はどうなんだ?」

 

「桐原君は部活連の執行部ですね」

 

「ねえ摩利。風紀委員から沢木君か千代田さんくれない?」

 

「勘弁してくれ。あいつらがいなかったら風紀委員が成り立たん」

 

 候補者を思いつく限り出していくが、それでもそれぞれに理由があってダメだった。何よりも、本人たちに頼んでもいい反応はされないだろう。

 

 しかしだからといって、このまま希望立候補者に任せておこうということもできない。『血の選挙』は御免だし、彼女らが極秘裏に調べた立候補をするであろう生徒たちは、彼女らからすれば任せられない人格や実力だ。

 

「やっぱり、そう考えると五十里君が一番ね。摩利、千代田さんと組んで説得しに行きましょう」

 

「ああ、わかった。しかし、ああ見えて五十里は案外強情だからな……無理に説得しようとすると花音も反発するだろうし……」

 

 先が見えなくなった生徒会選挙。母校の行く末を案じる三人は、八方塞がりとなってしまい、そっと無機質な天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くあいつらときたら……」

 

「ふ、ふみくん、多分二人とも悪気があったわけじゃないと思うし……」

 

 時を同じくして、第一高校の帰り道。文也とあずさは並んでその道を歩いていた。

 

「まあ妹の方はありゃ癇癪ヒス持ちだからそうだとしても、兄の方はどこまでも腹黒いやつだ。脅そうというつもりは間違いなくあった」

 

「ま、まあまあ……」

 

 被害者本人ではなく文也のほうがカンカンで、被害者本人であるあずさがそれをなだめるという矛盾したやりとり。あずさは困り顔でなだめているが、その内心は穏やかなものだった。

 

 文也が、自身のために怒ってくれている。

 

 昔からしばしばあったことであるが、このことが、あずさにとってたまらなく嬉しいことだった。

 

 文也には迷惑をかけられっぱなしだが、一方で、あずさは何度も助けられていた。

 

 小さいころから気弱でずっと体が小さかったあずさは、激しいものにこそならなかったが何度かいじめの標的にもなったし、断れないものだから面倒ごとを押し付けられることも何回もあった。

 

 そんな時、文也は何度も助けてくれた。

 

 彼自身も体が小さいのに、あずさをいじめる上級生数人相手に単身で噛みつき、大喧嘩をして怪我をしてまで守ってくれた。

 

 あずさが仕事を押し付けられたとき、それを見たら断るのを手伝ってくれたし、断り切れなければ手伝ってもくれた。すでに魔法が人並みに使えた文也は、禁止されているにもかかわらずこっそりと家からCADを持ち出して魔法でさっさと仕事を終わらせ、一緒に遊ぼうと誘ってもくれた。

 

 そんな思い出が、今日また一つ増えた。

 

「それで、話は変わるけどよ」

 

「え、何?」

 

 さっきまでカンカンだったのが嘘のように冷静になった文也は、あずさに問いかける。

 

「あーちゃんは、ほんとに会長、やりたくないの?」

 

「え……」

 

 あずさは予想しなかった質問に、思わず戸惑った。

 

 いつものジョークではない。あずさの顔を見つめる文也の顔は、そのような雰囲気はない。

 

 そして、戸惑っている自分に気づいたあずさは、そのことにもさらに戸惑った。

 

 何を悩んでいるのか。生徒会長なんて重役は、やりたくないに決まっている。さっきの説得にも、強情に断ったはずだ。

 

 そんな自身の矛盾に気づいてしまい、あずさは思わず口をつぐんでしまう。

 

 しかし文也がそれ以上何も言わずに黙ったままあずさを見つめるので、沈黙に耐えかねたあずさは、整理できていない頭を回して、口を動かす。

 

「え、えっと、それは、やっぱり、や、やりたくないよ? お仕事はすごい大変そうだし、みんなの前でお話しするし、責任も重いし……私には、やっぱり無理だよ」

 

 重責に耐えられない。難しい仕事や大変な仕事は自分には絶対にできない。

 

 あずさはそう、文也に話す。

 

「そうか。俺はそうは思わないけどな」

 

「え?」

 

 文也の言葉にあずさは思わず声を漏らす。

 

 しばし思考が停止するが、文也が再び歩き出したのを見て、半ば反射的に追いかけて歩き出す。

 

「俺は、あーちゃんがすごいやつだって思ってる。まあ、口下手だし、プレッシャーにも弱いからみんなの前で話すのは難しいかもな。でも、話す内容は、あーちゃんが考えたものならきっといいものだし、大変な仕事もあーちゃんならこなせるだろ」

 

「え、そんな……」

 

 あずさ自身は、自分にはできないと考えていた。

 

 だが、幼馴染で、あずさのことをよく知る文也は、「できる」と言った。

 

 自分自身の考えと、信頼している文也の考え。二つの相反する大きな考えが、あずさの心の中でぶつかり合い、戸惑いを広げる。

 

「で、でも、仮にできたとしてもだよ? 私、やっぱり、七草会長みたいにできないよ……」

 

「あんだけ上手に運営できる高校生なんざこの世にいねぇよ。例外例外」

 

 あずさの言葉を、文也はばっさり切り捨てた。

 

 その切り捨てが、あずさの観念を切り崩す。

 

 確かに、考えてみれば、七草真由美の運営能力は高校生離れしていた。

 

 そんな例外と比べても、無意味ではないか?

 

「そ、それに、私、あんなに重い仕事、できないよ……」

 

「生徒会長の権限って、そんなに重いのか?」

 

「重いよ!」

 

 文也の問いに、あずさはついうっかり大声で反論してしまう。

 

 入学してから一年半弱、生徒会役員として、ずっと七草真由美や先代生徒会長の働きぶりを見てきた。九校戦の運営、生徒活動の運営、生徒指導、校内の治安維持、論文コンペの運営、その他各種イベントの運営に日常の些事の多忙。仕事の難易度も量も責任も重く、それらをあずさが見てきた生徒会長の二人は見事にこなしていた。時には強いリーダーシップや強権を発揮し、時には裏方で駆けずり回って調整に苦心し、時には実力行使で生徒を導く。

 

 それらの仕事を、仮にできたとしても、あずさにはその仕事の「重責」に耐えられない。一つの失敗が全体の大失敗につながるような仕事ばかりであり、それは、あずさにはあまりにも重すぎた。

 

「ふーん、ま、確かに重いかもな」

 

「で、でしょ、だから……」

 

「でもその重さ、捨ててもいいんじゃね?」

 

「え、ええ!?」

 

 納得したと思ったら、またいきなり変なことを言い出した。

 

 あずさは思わず、声だけ漏らして思考が停止してしまう。その思考の空白に、文也の言葉が入り込んでくる。

 

「生徒会長ったって、しょせん高校生、子供が学校内でやる活動の一環だ。こんなに生徒会長の権限があるのは魔法科高校くらいで、そこらの高校はこれの半分もないぞ。魔法科高校の生徒会制度なんざ、自治だとか自主性だとか、そんな言い訳と理屈をつけて、大人たちが責任と仕事を押し付けてるだけだ。仮に失敗して全体に迷惑がかかったって、悪いのはガキの校内活動に重責を放り出した大人たちだ」

 

 あずさにはその言葉が、悪魔の囁きのように感じた。

 

 詭弁だ。言っていることは正しいかもしれないが、それでも結局重責があることは確かだし、この論理を周りが認めてくれるかはわからない。仮に認めてくれるにしても、重責を知りつつ立候補しておいてこの論理を使って責任を逃れようとするのは、それこそあまりにも無責任だ。

 

 あずさ自身、自分が責任を余計に感じすぎているのはわかっている。それでも、文也のこの論理は認められなかった。

 

「で、でも――」

 

「それに」

 

 あずさが反論しようとする。しかしそれは、文也の言葉によってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までみたいに、あーちゃんが困ってたら、俺が助けてやる。疲れてたら手伝ってやるし、悲しんでたら話を聞いて原因を解決してやる。あーちゃんを責めるやつがいたら、俺が守ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也が一歩あずさの前に出て、振り返ってあずさと正面から向き合い、胸に手を当てて主張する。いつもの気の抜けた顔ではなく、時折見せる、真剣な顔で。

 

「だからあーちゃん、自分のやりたいことをやれ。気の向くままに、思いのままにやれ」

 

 一歩あずさに近づき、文也はその手を取る。正面から、近くから、あずさに向き合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーちゃん、本当にやりたいことは、なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな文也の問いかけによって、あずさの頭の中は、入学してからの一年半の思い出があふれ出す。

 

 入学してすぐに生徒会に入り、積極的に一高の運営にかかわった。

 

 大変だったし、つらかったし、割に合わないような仕事ばかりだった。それでも、成功したときの達成感や嬉しさは、いつも素晴らしいものだった。

 

 一高の運営にかかわり、いいところがたくさん分かった。

 

 あずさは一高が、母校が大好きだ。

 

 一方で、悪い部分もたくさん見てきた。

 

 二科生の差別、部活間の争い、生徒間の派閥競争、組織への嫉妬、システム面での不備。

 

 これらはまぎれもなく存在している。

 

 大好きな一高を、もっと良くしていきたい。

 

 この思いは、いつの間にか、あずさの心の奥でずっと降り積もっていた。

 

 一切悪いところがない理想の高校生活。そんなことは絶対にありえないだろう。

 

 でも、その理想に、少しでも近い生活を、一高でみんなに過ごしてほしい。

 

 思い出の奔流の中で、あずさは自分の気持ちに気づいた。

 

 しかし、のしかかるであろう重責や多忙が、その気持ちに蓋をしていた。

 

 その蓋が文也によって開けられたことで、あずさの気持ちがあふれ出す。

 

「わ、私は、私は……生徒会長に……なりたい。なって、一高をもっと良くして、みんなに楽しく過ごしてもらいたい!」

 

 文也の手の中で、あずさは小さな手をぎゅっと握り、その思いを口に出す。

 

 それを聞いた文也は、いつもの悪戯っぽい笑みでなく、穏やかな笑みを浮かべ、うなずいた。

 

「ああ。あーちゃんなら、絶対できるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九月の月末。

 

 演壇の上に歩いてピョコンとお辞儀するあずさを、達也や真由美たちは舞台裏から見ていた。

 

 今日は生徒総会と、生徒会長選挙演説の日だ。生徒総会は多少の悶着はあったものの、真由美の案が賛成多数で可決された。

 

「ほんと、あーちゃんが会長やってくれるって言ったおかげで助かったわ」

 

「ええ、しかし、いきなりでしたね」

 

 コンサート気分の歓声の中、あずさは多少の気弱さや緊張を見せつつも、毅然と立派に演説をしていた。

 

 達也が説得に失敗した日の夜、見事に五十里の説得に失敗した(五十里が活躍するところを見たいであろう恋人の花音を説得の切り札として連れていったら、五十里が難色を示すや否やすぐに裏切って五十里の支持をし始めたのが敗因)真由美は、結局閉門時間まで何も妙案は思い浮かばず、途方に暮れて帰宅した。

 

 そしてどうしたもんかと自室で頭を悩ませていたら、あずさから電話が入り、「やっぱり生徒会長をやります」と連絡を受けた。電話越しの声では立派な先輩を装っていたが、通話を切った後は安心で膝から崩れ落ちてそのまま布団もかぶらずに眠って風邪を引いたほどである。

 

(本当にいきなりだったな)

 

 拒否をするあずさの意思は固いようだった。達也の脅しと深雪の懐柔、達也がぶら下げた飴に深雪の怒気、このどれもが通じず拒否された。

 

 しかし、その日の夜には翻意して「やる」と決めた。それも、あとから飛行デバイスがやっぱ欲しくなったとか、深雪が怖くなったとか、そんな理由でやろうと決めたとは思えないほど決意と意志に溢れていた。

 

 あずさの口から読み上げられる政見と政策は、達也から見てもかなり立派なものだ。それも、よくある高校生らしい観念論に傾きすぎたものではなく、しっかりと地に足がついた、理想と現実の両方をしっかりと見据えたものだ。

 

 達也は、珍しく舞台が良く見える特等席のど真ん中に陣取ってあずさをじっと見つめている文也を見る。さっきの生徒総会までは熟睡していたのに、今はしっかりとあずさの演説に耳を傾けているようで、時折満足げに頷いたり笑みを浮かべたりしている。

 

 あずさが今読み上げている演説内容は、あずさだけでなく、文也も協力して作成したものだ。推敲係としてその過程や完成形を見た真由美は、「あの悪戯小僧にこんなまともな文章が書けるとは思わなかった」と言わしめるほどで、らしくもなく真面目に協力したことがうかがえる。

 

 真由美でも達也でも深雪でも、あずさを説得できなかった。

 

 そんな彼女をこうして動かすことができる人物は、文也しかいない。

 

 あずさに生徒会長選挙立候補を決意させたのは、間違いなく文也であると、達也は踏んでいる。

 

 それも脅しや物で釣るような形でなく、あずさの中にあったであろう気持ちを引き出し、本人の意志と決意で出馬させた。

 

(結局いいとこどりか)

 

 一瞬文也のことを見直しかけた達也は、すぐに思い直してふっと小さく息を漏らす。

 

 そもそも文也のせいで説得に失敗したようなものだ。本人が誰にもなしえなかった説得をしたところで――「誰にもなしえなかった原因」そのものが説得に成功したところで、マッチポンプでしかない。

 

(つくづく、冗談みたいなやつだ)

 

 達也は文也から目線を外し、また演説をするあずさをぼんやりと見る。このままでは、風紀委員としての出番もなさそうだ。

 

「――本日の決定を尊重し、次期生徒会役員には、一科生、二科生の枠に拘らず、有能な人材を登用していきたいと思います」

 

『それってあの小さい男の子のこと~?』

 

 そんなあずさの演説に、冗談めかしたヤジが飛んだ。

 

 あずさと文也の仲は、もはやほぼ生徒全員が知ることとなっている。どちらも(片方は良い意味で、もう片方は良い意味1:悪い意味9くらいの割合で)有名人であり、その二人の行動は、本人たちは自覚していないが、意外と注目の的である。あずさが文也を信頼し、またそれ以上の感情を抱いているという予測は全校生徒が抱いているものだ。

 

 そんな経緯から発せられたのは、温厚なあずさならば間違いなくスルーするだろうと思っての軽いヤジだったが、意外にも、それにあずさは反応した。

 

「ただいまのヤジについてですが」

 

 演説の流れを無視して発せられた言葉は、普段の優し気で気弱で温厚なものでもなければ、演説の緊張と意志を込めたものでもない、今まであずさの口からは誰しもがきいたことのないような、冷たい声音だった。

 

 会場の空気が、それによって急に冷える。和やかだったムードが、一瞬にして鳥肌が立つような緊張感に変わった。

 

「私はそのようなことはするつもりは一切ございません。わざわざ自分の首を絞めるような真似はいたしません」

 

 あずさは、あの文也との会話の後、冷静になって、考え直した。

 

 文也は「今まで見たいに、あーちゃんが困ってたら、俺が助けてやる」と言っていたが、考えてみれば、「今まで」「困ったこと」の原因の大半は誰だっただろうか。

 

 そして、あずさが見てきた生徒会長は、いったい主に誰のせいで「困っていた」だろうか。

 

 それは「文也自身」であり、また「文也自身が所属するゲーム研究部」である。

 

 全く、どの口がそんなことを言うのだろうか。

 

 助けてくれるのは嬉しい。

 

 しかしだからと言って、文也を生徒会役員にしようものなら、どんな苦労と災難があるか、わかったものではない。

 

 まさしく、あずさからすれば「冗談じゃない」というやつだ。

 

 話を聞いていた文也は、表情を凍り付かせ、滝のように冷や汗を流している。

 

 そして達也は、あずさの眼に気づいた。表情や感情に欠けた、光のない深淵の様な眼だ。こんな感じの眼を、ゲーム研究部や文也が関わる話をするときに、生徒会役員や風紀委員がよくしていたが、これはそれよりもさらに深い。

 

「悪い冗談はよしてください」

 

 冷淡にそう言って、そのままあずさは声音を戻して演説に戻った。

 

 しかしコンサートの様な空気は戻ることはなく、粛々と演説は終わり、投票に移る。

 

 

 

 

 ほんの少しの無効票を除いて全員の信任により、あずさの生徒会長就任が決まった。




生徒会の○○シリーズは昔よく読んでいました。この作品のパロディのノリも割と近いところがあるかもしれませんね。

次からは、原作で言うところの横浜騒乱編にあたる話、天地上下編に入ります。

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