4-1
「俺が、ですか?」
新たな生徒会が発足してから一週間、十月に入ってしばらくというころ、達也は自分に向けられた白羽の矢に戸惑っていた。
達也が依頼されたのは、横浜で行われる論文コンペに、代表メンバーとして参加してほしいということだった。
曰く、もともとメンバーだった鈴音と五十里と平河のうち平河が体調を崩して休みがちになっており、代理メンバーを立てようということだった。
しかしそれにしたって、忙しくて論文選考にすら参加していない、しかも一年生である自分が選ばれるというのは、達也にとって不可解だった。
「それなら、論文選考で上位の方を選べばいいのではないですか?」
拒否というわけではないが、不可解な点が気になって仕方がない達也はそう反論する。
そんな達也の反論に対して返事をしたのは、メイン執筆者である鈴音だった。
「実は今回の代表選考はそれなりに複雑な経緯で決まったのです。こちらの表をご覧ください」
鈴音が達也に差し出したのは、今回の校内選考の順位表と論文タイトルだ。
「え、えーと……」
それを見た達也は戸惑いが隠せなかった。
ランキングの一番上に名前を連ねているのは市原鈴音だ。メイン執筆者に選ばれたのだから当然だろう。
問題はその下の名前だ。
二位にいるのは「完全思考操作型CADの開発とその利用方法」というタイトルの論文を出したらしい井瀬文也、僅差で三位にいるのが「実用的な性能を保ったままCADをいかに小型化するか」というタイトルの中条あずさ、そしてその下に五十里、平河、関本と名前が続く。
つまり、代表のサポートメンバーに選ばれたという五十里と平河は、二位と三位ではないのだ。
「これには事情がありまして、実は私の研究テーマと、中条さんと井瀬君のテーマ、これらが合わないのです。そこで中条さんと井瀬君の承諾を得たうえで、私がサポートメンバーに五十里君と平河さんを選びました」
鈴音が口を開いて選考理由を説明する。達也は渡された順位表と鈴音の説明を合わせて、自分に白羽の矢が立った理由が分かった。
しかしだからといって、それはそれで不可解な点が残る。こればかりは達也の方からやたらと口に出せないことなので、相槌だけ打って鈴音の説明を待った。
しばらくやや硬質な沈黙が流れるが、鈴音は諦めたように溜息を吐き、折れて自分から口を開く。
「私の研究テーマは『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』です。司波君のテーマと同じなのですよ」
「あの時のことを盗み聞きしていらしたのは先輩だったわけですか」
「いえいえ、少し小耳にはさんだだけですよ」
達也の恨み節に対して、鈴音はお返しとばかりにあえて軽い調子で言い返す。なんというか、この先輩は元から図太くはあるがこの半年でさらに磨きがかかっているように達也は思えた。誰のせいだろうか、となるといわれるまでもなくあの畜生ゲーム部(花音がつけたあだ名だ)とその中でも特にやんちゃなクソガキのせいであろう。
鈴音の研究内容が新たな魔法の開発とそれの社会的意義の大きい利用方法であるのに対し、文也とあずさの研究内容はCADの開発だ。確かにこれでは方向性が違う。五十里も、得意分野は刻印魔法なのでどちらかというとCAD開発系が得意なのだが、今年の論文内容は何の気まぐれか起動式についてだった。それならば、文也やあずさよりも五十里が優先されるのは不思議ではないだろう。
「しかし、それにしたって、井瀬とか中条先輩なら今から参加しても対応できるだけの能力は持っていると思いますが」
達也の疑問はなおも収まらない。別に参加してもいいのだが、不可解な点が残ったまま参加するというのは消化不良なのだ。あずさは細やかな魔法行使が得意なので新開発した魔法の改良に役に立つだろうし、文也に至っては(鈴音が知っているか定かではないが)九校戦でオリジナルの劣化『分子ディバイダー』を使うくらいには分子間力に干渉する魔法には詳しい。達也の予想では、鈴音はこの研究でクーロン力を大幅に低減させる魔法を開発したと見られ、またその魔法がこの研究の肝であるとみられる。文也以上の適任はいないだろう。
「なるほど、司波君は私に死ねというのですね」
そんな達也に対する鈴音の返事は、達也ですら底冷えするほどの凄みがこもっていた。
鈴音の後ろで青ざめる五十里と廿楽に同情しつつ、達也はなぜこんなトーンでこんな要領の得ない言葉が返ってくるのかを考えて、すぐに合点がいった。
あずさはこの返答の理由にならない。おそらく断った理由は、彼女が新生徒会長として論文コンペの生徒審査委員を務めることを見越してのことだろう。
問題はもう一人。井瀬文也だ。
確かに能力的には申し分ないが、人格的には申し分しかない。このクソガキのあれこれのせいで、この半年間生徒会メンバーは散々苦しめられ、胃腸を痛めてきたのだ。それが特に重症化したのは、会長である真由美、風紀委員長である摩利、そして生徒会の参謀かつ事務処理係の鈴音だ。あとついでに新担当の駿。
そんな文也をメンバー入りしようものなら、鈴音のストレスは増大して、ついには胃に穴が開きかねない。そうなると論文コンペどころではないし、下手すれば真面目に死にかねない。大げさだと思うかもしれないが、当事者からすればそれはリアルに想像できる危機なのである。
「あ、はい、申し訳ございませんでした」
達也はそこまで想像して、悪いことを言ったと思い、珍しく心の底から謝罪した。
そして不可解な点がすべて潰れたので、あとはもう参加するかしないか決めるだけだ。
これに参加するのは、達也の目標にとっても大きなメリットがある。断る理由はもうない。
「わかりました、協力させていただきます」
こうして、達也の代表メンバー入りが決まった。
☆
さて、こうして論文コンペの準備が始まったわけだが、この大会は、大人数で参加する九校戦よりも実は協力する生徒は多く、ほぼ全校規模での準備が必要となる。
発表用の器材作成、起動式の調整、演出の構成・手順、当日の会場生徒警備隊の訓練などやることは盛りだくさんだ。そしてそれには謎の技術力を持つゲーム研究部も例年部をあげて全面的に協力しており、毎年心強い味方となっている。ちなみに正確に言えば、例年部をあげて強制的に協力させられている、が正しい。普段アホみたいに迷惑をかけまくる連中だが能力はあるので、毎年生徒会や部活連や教員たちが総結集してゲーム研究部をあの手この手で脅し、無理やり協力させているのだ。
「あの人たちはすごいな」
そんなゲーム研究部たちの作業の様子を見て、達也は感心する。
二科生がほとんどというが、部員のほぼ全員が機械いじりに精通しており、その対象は魔法関連の機器にすら及ぶ。他の研究系の部活や美術系の部活も協力してくれているのだが、ゲーム研究部員だけは正確さも速さも段違いだ。
そんな様子を見て、達也はあることに気づいた。
「そういえば井瀬がいないな」
こういうところで一番活躍するのは間違いなく文也だ。しかし、今この場にはいない。朝、駿が風紀委員として連行している様子は見たので学校に来ていないということはないはずなのだが。
「ああ、あのガキンチョね」
そんな達也の独り言に返事をしたのは、新風紀委員長として見回りをしていた花音だった。
「あいつは十文字先輩の演習に引っ張り出されてるわよ。あのナリなのに結構戦えるからね」
「なるほど」
達也は花音の説明を聞いて納得した。そう言えば朝、幹比古が克人の演習相手に抜擢されたと言って緊張で死にそうになっていたのを思い出した。警備隊には二人とも入っていないが、『モノリス・コード』での活躍で目をつけられて参加を頼まれたのだろう。
「井瀬と幹比古、か」
十文字克人は強大な相手だ。幹比古はまだなんとかなるとして、文也との相性は悪い。
『分解』しかできない達也もそうだが、文也は達也と同じかそれ以上に『ファランクス』と相性が悪いのだ。
文也の十八番は、一流の魔法式構築速度と苦手のない魔法相性、そして究極ともいえる『パラレル・キャスト』をフル活用した、多種類多数魔法の同時行使だ。
障壁魔法というのは普通の物理的な壁と違って、防ぎたい物事の対象の種類に応じた系統・種類の障壁を構築しなければならない。よって文也の攻撃に魔法で対処するには、基本的には、すべてを『術式解体(グラム・デモリッション)』などで魔法式を無効にするか、全部を撃ち落としてさらに『情報強化』などで直接干渉も防ぐか、しかない。
しかし、その基本や常識から外れた力を持っているのが克人だ。『ファランクス』は四系統八種・無系統すべての障壁魔法と『情報強化』と『領域干渉』をランダムに絶え間なく連続で紡ぎだすという究極の防御魔法だ。これは文也の攻撃をすべて退けることができる。文也の干渉力は高いと言えば高いのだが人並み外れたものではなく、克人のそれこそ人並み外れた障壁魔法の干渉力には手も足も出ないだろう。
(どんな戦い方をするのだろうか)
普通なら手も足も出ない。しかし、あの悪戯小僧ならば、何か策を考えているのではないか。
達也はそんな期待を抱きつつ、自分の仕事に戻った。
☆
一方そのころ、そんな文也は、全く別の理由で手も足もでない状況に置かれていた。
文也がいるのは、訓練会場である演習林ではない。生徒会室だ。
「ふみくん……今日二回目じゃん……」
正座させられて摩利の監視で反省文を書かされてる文也に対し、あずさは呆れるほかなかった。
「だって、これはさすがに理不尽だろ! 元会頭さんだって『全力でこい』って言ってたし!」
「うるさい! 黙って書け!」
「あべしっ!」
あずさに対して鼻息荒く文也は反論するが、怒り心頭の摩利の鉄拳制裁によって悲鳴を上げて倒れこむ。
一週間前に告知された文也は、天敵『ファランクス』を破るために三つの策を考えてきた。
そのうちの一つが摩利に咎められ、こんなことになったのだ。
演習開始一時間前、魔法戦闘に興味がある摩利は、克人の対戦相手である計十二人の一・二年生の男子がどのような顔ぶれなのかと気になって、準備室に顔を出した。
そしてその瞬間目についたのは、文也が引っ提げているライフル銃の様ななにかである。
当然この時代でも銃刀法は存在しており、免許がある者でないと特例を除いて銃器は単純所持すら禁止だ。
摩利は嫌な予感がしたので、すぐさま(着替え中で裸になっている五十嵐が女の子みたいな悲鳴を上げているのも気にせずに)部屋にずんずんと歩み入り、文也を問い詰めた。
文也はにやにやしながら「まあ見てろって」「楽しみにしてろ」「まったくせっかちだな」「はっきりわかんだね」などと言ってはぐらかしてきたが、ついに観念してそのライフル銃の説明をしだした。
まずこのライフルは自作したCADの一種であり、銃弾を放つために火薬などは使っていないので火器に当たらないから銃刀法違反ではない。
しかし、その力は、まだ普通の銃火器のほうがマシだったというレベルだ。
使っている銃弾は炭化チタンでできており、とてつもなく固く、また貫通力に特化した性能をしている。長い銃身は照準補助であるとともに刻印魔法が施されていて、ここを通った銃弾はとてつもない加速をし、銃口から出た瞬間には音速の七倍ほどになる。銃弾を放つのに使われるのも魔法で、そこから銃身を通って魔法によって加速していくのである。さらに銃口から照準を向けた先に『疑似瞬間移動』のチューブを通して空気抵抗による減速をなくし、おまけとばかりに銃弾に『情報強化』を施して減速魔法も受けつけなくする。
それらが組み合わさることによって、貫通力に特化した超硬度の銃弾がマズルフラッシュも発砲音も反動もなく音速の七倍で物理法則による減速も魔法による減速もなく放たれる。対魔法師性能だけでなく普通に使っても世界最凶の魔法ライフルなのである。
克人の『ファランクス』を点で突破することだけを考えて、前々から佐渡で回収したスナイパーライフルを元に作っていたものを改良した傑作ではあるのだが、『マジカル・トイ・コーポレーション』と井瀬文雄の崇高な理念はどこにいったのだろうかというようなレベルだ。
この説明を聞いた同じ部屋にいた選抜メンバーたちはみな一様にドン引きした。駿ですら怒りを通り越してドン引きした。
そして、一番ドン引きしたのが摩利であり、一番怒ったのも摩利だった。
「お前は十文字を殺すつもりか!!!!????」
その怒声とともに文也は全身をぼこぼこにされ、参加を中断してここに連行されてきたのだ。
ちなみに、開始直前に文也が不参加なのをいぶかしんだ克人が真由美に事情を聞いたところ、見事に克人もドン引きした。たかだか校内での訓練にムキになりすぎである。結局そのライフルは没収され、今日の訓練が終わった後は森崎家で責任をもって預かることになった。
こうして一年生男子のエースである文也不在で選抜メンバーは克人と戦うこととなった。
☆
「十文字先輩、恨みはありませんがここで負けてもらいます」
「降参するなら今の内ですよ」
「いやーやっぱ井瀬は恐ろしいわ」
「なんか……本当に、ごめんなさい」
「お叱りはあとで文也が全部受けますから」
(う、うわあ……)
そのころ演習林で繰り広げられていた光景は、とても魔法科高校の訓練とは思えないものだった。
魔法が行使されている様子は一切なく、11人は時折CADを触りつつも各々そこらへんで拾った木の棒や石を構えて、克人を取り囲んでいた。その様子をモニター越しに見ていた真由美は、それはそれはもうドン引きである。
「ぐ、ぐう、これは井瀬の入れ知恵か」
「いや、なんかもう、本当に申し訳ないです」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる克人の質問に、ぶっとい瘤が膨らんでいて叩かれたらかなり痛そうな木の棒を構えた幹比古は謝罪で答える。
本来、絶対無敵な魔法力と『ファランクス』を持つ克人は、棒切れや石ころをもった素人なんぞ、何百人いたって相手にできる。しかし、克人は今、魔法を使うことなく、冷や汗を流してじりじりと狭まる後輩たちの輪を見て身構えるのみだ。
否、克人は魔法を使わないのではなく、魔法が使えないのだ。
克人の周りに張り巡らされているのは、無秩序な魔法式の数々。高校一・二年生と言えど一級の魔法師11人が一斉に構築した魔法式は質も数も膨大であり、その魔法式同士は相克しあって不発になる。そしてその相克する力は、圧倒的な魔法力を持つ克人の魔法すら不発になるほどであった。
魔法が使えない克人は、もはやただの人。11人はそれぞれ演習林の中で拾った武器を持っており、各々はそれなりに運動能力もあり、しかも圧倒的な数の利を活かして取り囲んで逃げ場をなくしている。
「これを考えたのも井瀬君?」
「そ、そのようですね……というか、こういうことを考えるのは井瀬君しかいないと思います」
モニターしているのは真由美と深雪だ。二人とも文也が引っ提げてきた凶悪ライフルにもドン引きさせられたが、今克人を追い詰めている文也の作戦にもドン引きさせられていた。
九校戦会場に向かうときに起こった事件、この時文也は呑気によだれを流して寝ていたのだが、事の顛末はあとから聞いていたのだ。そしてこの時、バスに乗っていた生徒が一斉に魔法を使ってしまったことで克人が魔法を使えなくなってしまうトラブルもあったと聞いており、これを参考に文也は作戦を立てた。
魔法訓練だから、双方の攻撃も魔法でなければならない。そんな固定観念があったが、実はそんなことはない。いざ現場で襲撃してくるかもしれない敵は魔法以外の方法で対抗してくるかもしれないのだ。『モノリス・コード』のような「競技」ではなく、あくまでも実戦を想定した「訓練」なのだ。よって、魔法以外での攻撃もこの訓練では許されている。
それらを考慮した文也が考えた作戦は以下の通りだ。
まず開始直後、克人を中心として全員が四方八方に散って逃げて武器を確保。克人が全員で取り囲めるほどの場所に出てきたら全員で一斉に近づきながら、克人の周りに干渉強度に特化した魔法を相克を気にせず使い、克人の魔法を使用不可能にする。そしてあとは各々が持った原始的な武器で、ただの人となった克人を数の利をフル活用してタコ殴りにする。
この作戦を連行されるちょっと前の文也から聞いた駿や幹比古たちもドン引きしたのだが、一番勝てそうな作戦でもあったため、文也がいなくなってもそれを実行することにしたのだ。
『お前らにプライドはないのか!?』
カメラにつけられたスピーカーから、真由美たちと一緒に可愛い後輩たちの活躍を見ようとモニター要因として参加していた辰巳の怒声が響く。すぐ隣で怒鳴られた真由美と深雪はその声の大きさに耳をふさぐが、気持ちは同じだ。
「プライドですか? ええ、まあ、相応にはございますよ。ですが、プライドで飯は食えませんし、十文字先輩には勝てませんから」
『森崎お前!!! あのゲーム研究部のチビが乗り移ってんじゃないだろうな!!!!???』
「いえまさか。あいつなら先輩に敬語すら使いませんよ」
『そういうことは言ってない!!!』
怖い先輩の怒号に対し、駿だけはまさしくどこ吹く風といった感じで克人を追い詰めてる。その顔は冷酷で涼し気だ。
「なんか森崎君、変わった? 前はプライドの高い魔法主義者の典型だったのに」
「この夏に心を入れ替える何かがあったのではないでしょうか……良いことか悪いことかは判断しかねますが」
そのやり取りを見ていた真由美と深雪は怒号の裏で声を潜めて話す。前までの駿は魔法主義者の典型であり、魔法に強いこだわりとプライドを持っていた。それが空回りして周りからの評価はイマイチだったわけだが、今の駿は全く違う。魔法主義者はどこへやら、相手の魔法を数の力で無理やり封殺し、原始的な武器でリンチしようとしている。そしてそのやり方を、多少の抵抗はあるようだが、勝つためと割り切って冷酷に実行しようとしているのだ。
そうこうしている間に克人を取り囲む輪は、木の棒の間合いほどに狭まる。辰巳の怒号に申し訳なさと恐怖が掻き立てられてはいるが、みんなしっかり魔法の更新は忘れず、克人は何度トライしても魔法を使えなかった。
「せいっ!」
「やあっ!」
「お命頂戴!」
木の棒を持った六人が一斉に克人に襲い掛かる。それに少し遅れて、木の棒よりも間合いがとても狭い代わりに威力が高い石を持った五人が襲い掛かった。まずリーチの長い木の棒で牽制し、その隙に威力の高い石でタコ殴りにして戦闘不能にする作戦だ。普通なら大怪我が避けられないが、幸いにして我が校の養護教諭は優秀な治癒魔法師でもある。大怪我をしても安心だ。
「ふっ!」
「「「ぐえっ!」」」
『え?』
しかし、予想した結果は訪れなかった。克人が脚を振り上げ拳を突き出すと、木の棒を持った生徒三人がまとめて吹き飛ばされる。そうして他の生徒がうろたえている隙に克人は次々と徒手空拳で数と武器と立ち位置で優るはずの後輩たちをなぎ倒していく。
「そ、そんな……」
「まさか……」
「お前らは一つ勘違いをしている」
かろうじて最後に残った駿と沢木を同時に相手しながら、克人は先ほどまでの苦々し気な表情はどこへやらと言いたくなるような自信満々の笑みで話しかける。もうすでにほとんどが気絶して魔法の更新も途絶えているから魔法が使えるのだが、あえて素手で戦うつもりのようだ。
「俺は魔法だけでなく、素人数人に囲まれても大丈夫な程度には格闘戦の心得もある」
二人のみぞおちに大きな拳を叩き込みながら、克人は意識が遠のく二人にそう囁いた。
☆
「なんですか、これ」
あまりにも予想外の展開が続いた訓練を見終えた深雪は、呆れたようにつぶやいた。
魔法を封じられ数の力でリンチされそうになった克人の苦々し気な態度は実は演技で、卑劣な後輩たちを見事格闘戦で返り討ちにした。
それはわかるのだが、あまりにも気の抜けた内容に呆れるしかなかったのだ。
「はー、十文字にあの程度で勝てるはずがなかろうに、バカどもが」
同じくあきれ果てた辰巳はそう言って椅子に乱暴に座る。
「なーんか今年は調子狂っちゃうことが多いわねえ」
見てただけで疲れた真由美は、お茶を飲んで一息つくと、そんな愚痴を口から漏らす。
生徒会長になってから苦労とトラブルの連続だが、今年度に入ってからは特に想定外の連続だ。
真由美はその理由に心当たりがある。
それは、新入生の三人だ。
規格外の司波兄妹、そして井瀬文也。
どちらもその規格外の力で真由美を驚かせ、時には翻弄し、さらに文也はその性格と知能でさらに心労をかけてくる。
今目の前であった訓練に関することもそうだし、また鈴音によると代表メンバー選抜でも文也関連で色々あったらしい。
今年の論文コンペは、なんだかてんやわんやしそうだ。
真由美はそこまでぼんやりと考え、ふと思い出したことがあった。
そういえば、先日妹が川崎で襲われた事件の犯人たちは、七草家での『尋問』によると、大亜連合の手先だった。川崎と、論文コンペ会場の横浜は近い。そして七草家の情報網によると、大亜連合の動きが最近少しだけ活発らしい。この関連性は……
(いや、まさか、ね)
真由美はふっと笑って不安を振り切る。そんなの、もはや陰謀論のたぐいだ。心配することではない。
それから、そんなこんなでハチャメチャな日々が続き、ついに論文コンペの日がやってきた。